1. 志賀十五の壺【10分言語学】
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2020-02-18 05:14

#5 夏目漱石『夢十夜第四夜』朗読 from Radiotalk

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広い土間の真ん中に、すずみ鯛のようなものを据えて、その周りに小さい将棋が並べてある。鯛は黒光りに光っている。片隅には四角な禅を前に置いて、爺さんが一人で酒を飲んでいる。魚は西目らしい。
爺さんは酒の加減でなかなか赤くなっている。その上、顔じゅうツヤツヤして、シワというほどのものはどこにも見当たらない。ただ、白いひげをありたけ生やしているから、年寄りということだけはわかる。
自分は子供ながら、この爺さんの歳はいくつなんだろうと思った。ところへ、裏の家系から手桶に水を汲んできた上さんが、前だれで手を拭きながら、「お爺さんはいくつかね。」と聞いた。爺さんは頬張った西目を飲み込んで、「いくつか忘れたよ。」と澄ましていた。
上さんは拭いた手を細い帯の間に挟んで、横から爺さんの顔を見て立っていた。爺さんは茶碗のような大きなもので酒をグイッと飲んで、そうしてフーッと長い息を白いひげの間から吹き出した。すると上さんが、「お爺さんの家はどこかね。」と聞いた。爺さんは長い息を途中で切って、「へその奥だよ。」と言った。
上さんは手を細い帯の間に突っ込んだまま、「どこへ行くかね。」とまた聞いた。すると爺さんがまた茶碗のような大きなもので熱い酒をグイッと飲んで、前のような息をフーッと吹いて、「あっちへ行くよ。」と言った。
「まっすぐかい。」と上さんが聞いた時、フーッと吹いた息が生地を通り越して柳の下を抜けて河原の方へまっすぐに行った。爺さんが表へ出た。自分も後から出た。爺さんの腰に小さい標段がぶら下がっている。肩から四角な箱を脇の下へ吊るしている。
アサギの桃引きを履いて、アサギの袖なしを着ている。旅だけが黄色い。なんだか川で作った旅のように見えた。
爺さんがまっすぐに柳の下まで来た。柳の下に子供が三、四人いた。爺さんは笑いながら腰からアサギの手ぬぐいを出した。それを肝心よりのように細長く寄った。そうして地びたの真ん中に置いた。
それから手ぬぐいの周りに大きな丸い輪を書いた。しまいに肩にかけた箱の中から真鍮でこしらえた飴屋の笛を出した。
今にその手ぬぐいが蛇になるから見ておろう見ておろうと繰り返していった。
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子供は一生懸命に手ぬぐいを見ていた。自分も見ていた。見ておろう見ておろうよいかと言いながら爺さんが笛を吹いて輪の上をぐるぐる回り出した。自分は手ぬぐいばかり見ていたけれども手ぬぐいは一向動かなかった。
爺さんは笛をぴーぴー吹いた。そうして輪の上を何遍も回った。わらじをつまだてるように抜き足をするように手ぬぐいに遠慮するように回った。怖そうにも見えた。面白そうにもあった。
やがて爺さんは笛をぴたりと止めた。そうして肩にかけた箱の口を開けて手ぬぐいの首をちょいとつまんでポッと放り込んだ。
こうしておくと箱の中で蛇になる。今に見せてやる今に見せてやると言いながら爺さんがまっすぐに歩き出した。柳の下を抜けて細い道をまっすぐに降りていった。
自分は蛇が見たいから細い道をどこまでもついていった。
爺さんは時々今になると言ったり蛇になると言ったりして歩いていく。
しまいには今になる蛇になるきっとなる笛がなると歌いながらとうとう川の岸へ出た。
橋も船もないからここで休んで箱の中の蛇を見せるだろうと思っていると爺さんはざぶざぶ川の中へ入り出した。
はじめは膝くらいの深さであったがだんだん腰から胸の方まで水に浸かって見えなくなる。
それでも爺さんは深くなる夜になるまっすぐになると歌いながらどこまでもまっすぐに歩いていった。
そうしてひげも顔も頭も頭巾もまるで見えなくなってしまった。
自分は爺さんが向こう岸へ上がった時に蛇を見せるだろうと思って足の鳴る方に立って立った一人いつまでも待っていた。
けれども爺さんはとうとう上がってこなかった。
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