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フランス実業家、エミール・ギメは言った。
私ははっきりと言う、羞恥心は一つの悪臭であると、日本人はそれを持っていなかった。
私たちはそれを彼らに与えるのだ。
始まりました。「大人の近代史」よろしくお願いします。
よろしくお願いします。なんかちょっと久々に長い言葉だったね。
長かったね。俺途中カットしようかなと思ったんだけども、そのまま使わせていただきました。
その心は?
その心は、今回のテーマにすごく関係している言葉だったんで。
えー、何?ワード的に、羞恥心とかその辺?
そうそう。この人は、明治の初期に日本に訪れて、日本がちょうど近代化を図って、西洋諸国の模倣をしてさ。
ただ、その失われてきた空襲とか、そういったものがあるよねっていうことを、いろんな観点からね、言ってる人なの。
そうそう。その中にその羞恥心っていうのが一つあがってたんでね。
まあ、ということで。
ということで?
もうね、大人の方は事前にいつもそのテーマが出てると思うんだけど。
あー、そっかそっか。そうだよね。なんか俺はさ、今初めて聞くからさ、そういうつもりで聞くんだけど。そうだよね。考えてみたら、大人サイドからしたらもうそのタイトル見てクリックしてるわけだもんね。
そうそう。だから長丸しか今知らない状態で。でね、たぶん大人の人は、いや、これ、え?小片郎がやんの?このテーマって思ってるかもしれない。
たぶん合ってると思うよ。俺そう言ってるってことはたぶん合ってると思うよ。小片郎がやるべきって。
この流れ的に今まで流れで長丸でしょって思われがちなんだけど。
今回のテーマは婚欲の歴史です。
あー、小片郎じゃん、完全に。やめろやめろ。俺はだってなんか日本の婚欲を探して入りたいみたいなこと言ってたような気がするもん。
言ってねーよ、それちょっとなんか語弊があるからやめて。言ってないか。
このさ、婚欲っていうのはさ、近代の日本で既成の対象となってさ、その数がどんどん失われていったものなんだよね。
あとね、最近寒い日が続くので、みなさんに温まってもらおうかなと思ってこのテーマにしました。
え、どうやって温まるの?
ちなみに長丸、婚欲についてはどう思う?
婚欲ってさ、俺ちっちゃい頃さ、どこだっけな、確か草津かなんか行った時にそこ婚欲だったんだよね。
あ、そうなんだ。
そう。ちっちゃいからさ、そもそもほら女優に入ってるレベルのちっちゃさだからまだ自分が。
だからそういう婚欲っていう言葉が男女一緒に入るものだっていうのは分かってたけど、なんか何にもそこの意識はなかったよね。
あ、はいはいはい。
そう。でね、後々ほら大きくなるにつれてさ、婚欲超おいしいじゃんみたいなさ感じに思った時に、なんで俺はあの時っていうのは思った記憶は。
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いや、なんかその今の価値観すごくちょっと今回のテーマにいいかもしれない。
あ、そう?であればよかったけど。
そうそうそう。大人のみんなもちょっと違った目で婚欲っていうその価値観自体を揺さぶりをかけたいなと思ってます。
なんか小ヶ太郎はあれだよね、結構人の価値観を揺さぶりに来るのは好きだからね。
好きじゃないわ。
あ、そう?
じゃあちょっとね、あのまず婚欲の歴史から少し軽くさらっと流していきたいので、湯気の向こう側を覗いてみましょう。
うまい!
何だそれ。
で、日本人はさ、昔からあの温泉が好きだったんだよね。
あ、なんかそのイメージあるよね。
そうそう、これはね、あの文献として最も古いのは奈良時代にまとめられた不読記にも記載があるんだよね。
うん。
そうで、そこにはね温泉を楽しむ様子が描かれてるの。
おー。
で、その時はさ、入浴料なんてもちろんないしさ。
うん。
自然に湧き出した温泉を溜めただけの外にある露天風呂なんでね。
うん。
で、誰もがこれを自由に入ることができた。
うん。
そのね、様子がね少しずつ変わってきたのが平安時代なんでね。
うん。
京都ではさ、すでに平安時代から銭湯があったんだよね。
へー、銭湯あったんだ。
そうそう。そこでね、あるね、区分けがされるようになったの。
うん。
今までは誰もが自由に入れるものが区分けされたんだけど、それは何でしょうか?
え、身分じゃない?
そう、正解。さすがマスター。
いやいやいや、男女が身分って、多分この流れから言うと身分でしょ。
そうそう、これ身分による区分けが初めて、初めて、おそらく初めてこの時期にできたんでね。
うん。
で、当時さ、大量の湯を沸かすのにはさ、大きな鉄鍋が必要だったの。
なんかすごい厚そうなイメージが。
そうそう。で、だけどさ、鉄っていうのは貴重品で、貴族でも自宅に浴室を持てるのはごく一部の人だったの。
おー。
だから多くの貴族は一般庶民が利用する銭湯を利用してた。
おー。
ところがさ、貴族にとっては一般庶民は汚れた存在だっていうふうに思ってた人も多くて、一緒に入ることはしなかったんだよね。
うん。
そう。だから貴族が入浴するときは、同じ貴族同士で銭湯を貸し切って入浴するってことをし始めた。
おー。
で、まあ、ただこれはほんの一部の地域でしか行われていなくて、多くは誰もが男女関係なく自由に入ることっていうのは引き続き行われてた。
おー。
そうそう。で、貴族に代わって、今度さ、武士が支配する社会になっていくわけで。
うん。
で、ちょっと飛ばして、江戸時代になると、武士が多く訪れる温泉地では、まだ身分によって区分けするっていうところも一部あったの。
06:08
うん。
例えばね、市の湯は武士、僧侶だけとかね。で、他がそれ以外とか、そういうところもあったりとか。
うん。
で、これでね、あるエピソードなんだけど、武家の中でもさ、身分の高い家老の娘が入浴をしてたんだよね。
うん。
で、するとさ、お供をしていた男性が、興味本位で覗いてしまったっていう事件があった。
うん。
で、彼はね、すぐに捉えられた。
うん。
で、ここで重要なのは、彼が捉えられたのは、女性の裸を見たからじゃないんだよね。
うん。
身分が下の者が覗いたからっていうことで捉えられた。
あー、じゃあ裸を見たことではなくてってことなんだね。
そう。そもそもそれは今の価値観で、そういう価値観自体がないんだよね。
うん。だから身分の部分でダメだったってことなんだね。
そうそうそう。こういった身分による区分けっていうのは、まあ残りつつも江戸時代はね、さらにね、様々な分け方がされるようになるの。
うん。
例えば、宿泊客は入浴の仕方によって、本膜、藍膜、並膜っていう風に区分けされたの。
うん。
ちょっとね、これもしかしたら読み方間違ってたら申し訳ないんだけど、ちょっと読み方まで書いてなかったんで。
あ、そうなの?
多分合ってると思う。で、本膜は一定時間を一人に貸し切るものなんだよ。
あー、貸し切り風呂か。
そう、貸し切り風呂。で、藍膜っていうのは数人でこう貸し切るっていうもの。
あー、まあ人数の違いか。
そうそう。で、並膜っていうのは、宿泊客だけが入浴できて、一般の人々は入れないっていうような。
あー、これなんか今でもあるよね、こういう風呂っていうのは。
そう。逆になんか今に通ずるものがあるよね。
うん。
そう、あとはね、例えば温泉地とかで湯船を分けてるとこもあって、これはね、皮膚病の人が入る湯船とか。
うん。
そういう皮膚病の人って結構分けてるってケースも結構あったんだよね。
あー。
で、このようにね、江戸時代には誰でも入れる婚約が一部ね、崩れていったっていう面はあった。
うん。
だけど、そこにはさ、男女を分けるっていう発想はないんだよ。
うん。
そう、多くは依然として男女関係なく大人も子供も一緒になって楽しむものだったの。
あー。
ちょっとここでね、江戸時代のお風呂の様子を話したいんだけども。
うん。
江戸時代ね、初めの銭湯っていうのは、大抵はたっぷりの湯に浸かるものじゃなくて、浴室にね、情景を満たして汗を出すっていうスタイルだったの。
なんかミストサウナみたいな。
あ、そう。まさに今それを言うと思ったんだけど。
そうなんだ。
ミストサウナみたいなもので、ザクロ口っていうのがあったんだよ。
うん。
これはさ、洗い場から浴槽へ行くとこに板で仕切りがあって、
09:00
うん。
下がね、少し空いていて、その空いてる空間に入浴する人は体をかがめて出入りするっていう。
あー。
で、これによってお湯が冷めるのを防いで、暖かい蒸気が外に逃げないようにしてたんだよね。
うん。
これザクロ口って多分経験したことないよね、今の人はね。
うーん、ちょっとイメージがちゃんとつかないなって感じ。
うん、まあもうなくなってるからね、基本的には。
だから浴室は今みたいに明るい空間じゃなくて、
うん。
薄暗くて蒸気がもくもくしてるような状態が多かった。
あー、なるほどね。
そう。で、江戸時代にはミストサウナみたいなこういうところを風呂屋って言うんだよね。
うん。
で、実際にね、お湯に浸かるところもあったの。
うん。
それはね、湯屋っていう言い方すんだ。
なんか微妙な違いだな。
そう、だから風呂屋と湯屋って違うものだったんだよね。
へー。
そう。で、ちなみにね、お湯の温度ってその当時ってね、50度くらいっていうのが結構多かったんじゃないかっていうのが記録されてるんだよね。
火傷するよね、それ普通に。
いや、だから本当にね、そんな中を入っていたらしいよ。
へー、なんか今の人と皮膚が違うのかな?
いや、なんだろう、上がっても湯で上がってる感じじゃん。
うん。
だからなんか、それでね、結構ふんどし一丁で帰ったりとか、
うん。
割と温かさがキープされてるような感じだったよ。
なんか健康面考えて、それはいいのか悪いのかちょっと分かんないけどさ。
確かにそれはね。
ちょっと考えらんないね、50度はちょっと。
そうそうそう。
ちなみにね、江戸時代初期の都市部にこれ多かったんだけど、
うん。
ユナって呼ばれる女性たちがいたんだよね。
うん。
これはね、男性客を対象に足の赤擦りをしたりとか、
髪を洗ったりしたりする人なんだけど、
うん。
夕方になるとね、着物に着替えて、
風呂の上がり場でシャミセンを引いたりとか、
うん。
歌って男たちを楽しませるってこともしてた。
うんうん。
でね、その後ね、風呂屋に設けられた別室で男女の関係になるっていうものもいたんだよね。
うん。
まあ、多分これは別料金だと思うんだけど、
うん。
で、このさ、ユナのいるお風呂っていうのはユナ風呂っていう風に言われるんだよね。
うん。
で、このさ、ユナを描いた作品でさ、
まああの有名なのがさ、ジブリの千と千尋の神隠しって言われてるんだよね。
あれいたっけ?
あの、もう千尋自体がそうじゃん。
あ、そういうことか。ああ、なるほどね。ああ、なるほど。
あ、これはもちろん公式の発表じゃないけど、
おそらくその、もう、情景を描いてるって、
多分割と信憑性あると思うよ。
あ、そうなの?
だって千尋がさ、背中流したりとかしてたじゃん。
うん、そうだね。
そうそう。
で、それっておそらく時代をとってると思うんだよね。
まあなんか雰囲気もちょっとそういう江戸時代的な感じのところあるもんね。
そうそうそうそう。
あの世界観自体が。
うん。
深いよね、だからね。
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なんか千と千尋ばっか最近出しちゃってあれなんだけど。
いや、なんか逆に他のさ、ジブリをこうピンポイントで出すのは難しくない?
難しいね。
うちらの時代だとね。
ね、もののけ姫とか出せないでしょ。
で、湯名風呂が流行ったっていうのは、
うん。
幕府公認のさ、遊覚っていうのはあるけれども、
うん。
夜間の営業っていうのは禁止だったんだよね。
うん。
で、またさ、遊び台も高かったの。
うん。
で、そのため湯名風呂は気軽に安く遊べる場所だったの。
うん。
でもね、これね、どんどんエスカレートしてて、
風紀がこう乱れていったんだよね。
うん。
で、幕府はね、1645年に風呂屋が女性を雇うことと、
あとね、客をね、宿泊させるっていうことを禁止したの。
うん。
で、こっからね、あの、まあ、残ってはいったんだけども、どんどん衰退はしてた。
うん。
で、この当時はね、あとね、風呂屋でね、お見合いするっていうこともね、行われてたんだよ。
うん。なんかよくわかんないね、それ。
そう、これ全然考えられないでしょ、今。
うん。裸で、ああ、はじめまして、みたいなことでしょ。
そうそう。ちなみにこれ、あの、明治になっても行われてたからね。
へえ。
ある意味、すごい究極のさ、裸の付き合いというかね。
まあ、体見て判断できるわけだしね。
そうだね。
例えばね、あの、京都伏見にある銭湯で、
1階にね浴槽があって、2階はね、たくさんの小さな部屋が分けられているっていうのがあって、
で、そこにはね、神宮も用意してあって、
男女が楽しめる空間になってた。
まあ、じゃあね、考えられないけど、そういうのが本当にあった時代なんだよね。
で、この後にね、婚欲があの、禁止されるっていう流れが出てくるの。
で、江戸時代の中期になってね、1791年に老中の松平貞信による感性の改革の一環として、
男女入り込み場停止っていうおふれが出されたんだよね。
で、これね、入り込みって言葉なんだけど、
そもそもね、江戸時代には、婚欲っていう言葉は使われてないんだよね。
婚欲のね、先頭は、男女入り込み湯っていうふうに呼ばれてた。
で、このおふれ自体はね、江戸限定で、
入り込みっていうとさ、風紀を乱すものであって、やめるべきものだと心得よっていうのが出されたんだよね。
で、これはね、今後、場所に関係なく、婚欲は一切禁止するっていうメッセージなんだけど、
で、これがね、日本の歴史史上初めて、婚欲が禁止の命令が出されたって言われてる。
なるほど。
で、これさ、なぜ出したかなんだけど、
松平貞信っていうのは、熱心な儒教信者だった。
儒教っていうのはさ、中国から日本に渡ってきたもので、
この儒教ではさ、社会の秩序を重んじるっていう考え方があって、
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その中にさ、男女の関係では、男が主人であり、女はそれに従うのが秩序であるっていう考えがあるんだよね。
そう、だからさ、婚欲は男女が一緒に入っている、それがエロいからじゃないんだよ。
男と女が同等でないという考えから、同じ湯船で男女が同じように利用している、これが問題なんだっていうふうに言ってるの。
ここにも価値観のかなりの違いが見られるんだけど、
で、困ったのはさ、お風呂屋のさ、業者だよね。
当時さ、江戸の銭湯っていうのは、脱衣所も一つのところが大半で、
例えば、日替わりでね、男女分けるっていうのは簡単だけど、
それだとさ、毎日の売り上げが半減してしまうじゃん。
まあそうだね、今まで一緒に入れてたのがね、単純に変わる変わるになっちゃうわけだもんね。
だけどまあ、お風呂だから守ろうとするっていうところも一部あって、
例えばね、このお風呂が出た後に女湯が11件ほどできたんだって。
だけどさ、数が少なすぎてさ、混み合ってて、
女性はさ、不便でさ、自ら男湯に入りに行ったりしたっていうのがあって、
そうそう。で、どんどんこのお風呂の効果っていうのは、ほとんど効果なかった。
で、江戸時代にはさ、三日八度っていう言葉があって、
規則など守られるのはせいぜい三日ぐらいっていう言葉があるくらいで、
その証拠にね、その後も婚欲禁止令っていうのは何回か出されてる。
結果、あんまり守られてないことだったんだよね。
そう、で、1841年から43年にこんつさん、
水野忠国による天保の改革でも入れ込み湯の禁止というおふれが出てるんだよね。
で、この時はさ、江戸だけじゃなくて、京都や大阪でも婚欲禁止令が出されてる。
しかもね、その禁止令の中には浴槽を分けるようにっていうアドバイスなのか、
まあそういった命令も一緒に出されてるんだよね。
具体的な案を提示した。
で、しかしさ、このお風呂の業者っていうのはさ、やっぱり改築にはさ、お金かかるしさ、
で、時間もかかるし、
そのためさ、仕方がなく浴槽の上部だけ仕切り板をつけたりとかして、
洗い場にも簡単な仕切りがつけた程度で改善を試みるところも多かった。
ああ、なるほど。
でもね、これも結局ね、ほぼほぼね、守られなかったんだよね。
結局は、その男女が一緒に入るっていう風景に戻ってたとこも多くて、
どう、温まってきたかな。
え、小片郎の話は温まってきてるんじゃない?
なんだそれ。
で、その後さ、ペリーの黒船が来て以来さ、
日本は開国をするわけで、
そうするとさ、海外の人が日本へ多くやってくるよね。
18:03
で、当時の銭湯とかは、外からね、割と丸見えのところも多かったの。
ああ、そうなんだ。
そうそうそう。で、浴室の中で男女が裸で入るのは、まあ、日本では当然だったわけで、
で、そのままさ、おふんどし1枚とか、服をはだけたまま、露出させたまま、こう、家に帰る人も割と多かったのよ。
うん。
それを見たさ、海外の人はさ、驚くわけよ。
うん。
でね、この記録がいくつか残ってるんだけど、
ペリー艦隊の士官が、下田でね、見た婚約について記録してて、
うん。
ここで行われている、嫌悪すべき不道徳な習慣からは、目をそらすことはできないっていう風に書いてるの。
うんうん。
あとはね、1858年に、これもね、日米就航通商条約を締結するために、まあ、訪れたジョンストン副艦長の言葉なんだけど、
うん。
この人もね、えっと、そこは、この国の中でも特に奇妙な施設である公衆浴場だった。
窓から中を覗くと、私の神経は恐ろしい衝撃を受けた。
多様な年齢の男性、女性、子供が一緒に混ざり合って入浴している。
彼女たちは、肉体の激になる露出という不道徳に全くもって無関心でいる。
私の遠征の中で、かつてこれほど醜い光景は見たことがないっていう風に言ってるんだよね。
うんうん。
まあ、ちょっといろいろ抜粋して今言ったんだけど、
うん。
まあ、こんな風にちょっとね、批判的に割と見た人もいたってことなんでね。
ああ、なるほど。
そうそう、こういう西洋諸国の人が公衆浴場を見た時に大きく分けて、
さっき言った批判的な見方と、
うん。
あとはね、逆に好意的に見た人たちもいた。
ああ、いるんだ。好意的に見た人も。
そうそう、いる。逆に西洋にはない価値観だっていう風に。
うんうん。
で、さっき言ったその批判的に見た人っていうのは、西洋諸国っていうのはさ、キリスト教が広く浸透していたわけで、
うん。
で、このキリスト教っていうのはさ、アダムとイブが禁断とされた知恵の実を食べたために、
自分の裸を恥じるようになったっていう考え方があって、
うん。
この裸をさ、人前に晒すっていうことは、恥ずべきことだっていう考え方があるんだよね。
ああ。
特にさ、一般の女性が人前で裸になることっていうのは、考えられない時代だったんだよね。
うん。
ヨーロッパではさ、コルセットで体を締め付けてさ、足首まで隠れる長いドレスを着ていた頃で、
うん。
そういったことからも、日本の価値観とは真逆というか、
うん。
で、お風呂にさ、入る習慣自体が稀っていうのもあったんだよね。
ああ。
これはね、ヨーロッパは古くはお風呂の習慣があったんだけど、
うん。
たださ、ペストの感染が広まるとさ、街の風呂屋っていうのは少なくなっていって、
うん。
またさ、入浴するっていうことは体力を低下させるっていう考え方もあった。
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うん。
で、そのために風呂に入ること自体が滅多に行われない習慣になっていたところも多くて、
うん。
18世紀末のね、例えばカトリック諸国では、大抵の女性がね、一度も入浴することがないっていうのもあった。
ああ。
で、そういう人は布とかで体を拭くっていうことをしてたんだよね。
うん。
で、もう一つさ、さっき言ったあの、好意的に見た見方もあって、
うん。
これはさ、明治時代に入ってきてさ、海外の人にとって、
銭湯とか温泉っていうもの、その中でも婚浴っていうのが興味の対象となったんだよね。
うん。
で、当時ね、日本と言ったら藤山芸者婚浴って言われたぐらい関心があったんだよね。
藤山芸者に婚浴が並ぶんか。
そうそうそうそう。実際になんかそういうワードがあったみたいで。
へえ。
ただね、その関心っていうのがさ、性的関心の対象でもあったんだよね。
うん。
で、婚浴でのさ、女性の裸っていうのはさ、海外の人にとってさ、まあ要は見せ物となってったんだよね。
うん。
そう、熱い眼差しでさ、海外の人が見ることで、
うん。
見られる側っていうのはさ、自分の裸がさ、これ恥ずかしいことなんじゃないかって強く意識するようになったんだよね。
うん。
で、今までさ、そんな意識さえなかったのに、まあそれがこう繰り返されると、自分の裸を隠そうとするっていう、こういったね、あの変化が起きたっていうのも事実なんだよね。
うん。
で、あのまあちょっとこれ、全然余談なんだけどさ、
うん。
アメリカで言えばさ、1960年代にさ、ヒッピーっていうのが登場したよね。
うん。
で、これ今まであった価値観に対抗してさ、まあ自然に戻ろうっていう考え方の中から生まれた中に、ヌーディストビーチっていうのがあるじゃん。
うん。
アメリカ西海岸からこう始まってヨーロッパにも広がっていったんだけど、
うん。
これさ、一つのビーチを開放区として全ての人間が裸で生活をするところなんだけど、
うん。
日本人はさ、今このヌーディストビーチを見たときにさ、例えばさ、性的関心の対象として想像したりさ、そういう見方をすると思うんだよ。
うん。
だけどこれってさ、かつての日本の公衆浴場ではまあ当たり前の光景だったわけで、
うん。
そう、時代によってさ、なんかこんな見え方がさ、アメリカもそうだしさ、日本も違うなっていうのが思ったね。
なんかヌーディストビーチはさ、なんか小片郎が高校の時にさ、さ、覚えててさ、で、それでさ、いやなんか、いや、でも自分も裸なんだぜみたいなこと、確か俺が言ったんだよ。そしたら、いやでもなんか文化だからみたいなこと俺言われた記憶あるんだけど。
いやもうこれ全部カットだけどな、そこ。
なんで?
放送できねえだろこれ、俺がなんか言った。
いやいやいや。
でもね、俺それを強烈に覚えてるから。
いや、でも俺その時は、日本がまさか、かつてそういう、ビーチではないけど公衆浴場でそういうのがあっていうのは知らなかったから逆に。
24:09
そうだよね、確かに。
うん、いやー、なんかって思っちゃったね。
あー。
そう、で、明治政府っていうのはさ、1868年に、江戸のね、築地にある外国人居留地内の銭湯で婚約を禁止したんだよね。
うん。
で、ここでね、禁止令がまた出たんだけども、
男女入り込みはかねて正規のところ。外国人に対して恩失礼につき厳禁たるべく候う。っていう文言があって。
うん。
婚約はさ、前から禁止であって、外国人に対して失礼にあたるので禁止だって言ってるんだよね。
うん。
これはさ、今までの幕府にはなかった視線で。
うん。
海外の人からの批判に対処するための禁止令なんだよね。
あー。
そうそうそう。で、1879年にはさ、いわゆる取締り規則っていうのも出てて。
うん。
これはね、東京で婚約を禁止することのおふれが出てる。
うん。
で、その後もね、各地方で婚約禁止の流れが広まっていって。
うん。
ただね、これも江戸時代の時のように、なかなかね、すぐには浸透しなかった。
うん。
で、何度かね、政府が取締りを強化していって、1900年にはね、12歳以上の男女の婚約を禁止したんだよね。
うん。
で、ここで初めてね、年齢を明確化したの。
うん。
で、明治のね、大荒れになってくると、東京だけでなくて、全国のその婚約の戦闘っていうのはなくなっていったんだよね。
うん。
で、ちなみにね、婚約の規制っていうのは温泉は対象じゃなかったんだよね。
あー。
そう。だからね、今でも婚約の温泉が残ってるっていうのは、そういう理由なんだよね。
なるほどね。
そうそう。で、それとね、あの、ちょっと前に言った、1885年に、銭湯でね、桜口の設置が廃止になったんだよね。
うん。
そう、このさ、桜口の仕切りがあることでさ、蒸気がさ、充満してさ、薄暗くて不衛生っていうことで廃止になった。
あー、そうなんだ。
そうで、それによってさ、今までの戦闘よりやっぱ寒くなったわけよ。
うん。
頭がさ、冷えるからさ、この時からさ、手拭いを頭の上に乗せるって人が増え始めた。
えー、なんかトリビアみたい。
あ、そうそう。だからあの、手拭いをさ、頭に乗せるって行為はさ、お湯につけないためって言われる言い方もあるけど、
うん。
このね、桜口廃止による寒さ対策っていうことが強いんだよね。
あー、そうなんだ。
そうそうそう。そんなトリビアでした。
えへへへへへ。
AAがいっぱいもらえるよ。
で、あの、現在にね、至るまでも婚約の規制っていうのは強まってきてるし、
うん。
例えば、新たにね、今ね、婚約の温泉を作るっていうのは許可が下りないんだよ。
27:01
うん。
あとはその、婚約の年齢制限をどんどん下げる傾向にあって、
うん。
もう7歳以上から入れないよっていうようなものが各自治体でなってったりするところもあるの。
うん。
ちょっとまとめるとさ、現在の日本ではさ、婚約っていう行為そのものがさ、不道徳で恥ずかしいってことになってるんだよね。
うん。
そもそもさ、日本にはさ、そういう価値観がなかったわけで、
うん。
それがさ、中国からさ、儒教が伝わって、日本が開国して、西洋の思想が入ってきた結果、
もうその男女が一緒に、その裸でっていうのが性的な対象という見方になっていったんだよね。
うん。
で、幕末にさ、訪れた海外の人と、当時のね、日本人との会話が記録されてるのがあって、
うん。
あるね、日本人が言ったんだけど、
うん。
っていう言葉があって、
うん。
この言葉からもさ、日本人はさ、異性の裸に対して、当時、性的対象として見ていないんだよね。
うん。
それがさ、海外からの価値基準で規制されていった。
で、そしてさ、今の日本人にとっても異質なものになってるっていうことなんだよね。
うんうん。
で、日本はさ、1000年とか2000年もさ、他国から支配されることなくさ、独自の歴史を持っていたわけで、
うん。
その中でさ、古くから当たり前のようにあった、この婚欲っていうのは、本来、日本人が最も守らなければいけないものだったのではないでしょうか。
うふふふふ。
あ、そこに尽きる?
そう。
まあ、最後にね、専門家からの意見を聞きたいと思います。いかがでしたでしょうか。
そうだね、やっぱり婚欲はね、守っていかなきゃいけない日本の文化ではあると同時に、
今は仮に俺は婚欲があったとしても、多分いかないと思ってる。
あ、そうなんだ。
そう。それは何でかっていうと、自分が多分その西洋の価値観に支配されてる世の中でもう生きてきてるから、
多分、今更価値観を戻すことができないと思ってる。
あ、いやもう、できないと思うよ、これはマジで。
うん。無理でしょ。俺、だってやっぱり自分が恥ずかしいもん、単純に。
その、見たいっていう。だから、見るだけならいいけどさ、なんか自分がじゃあその、それでさ、裸で入っていかなきゃいけないっていうのはなんか嫌だ。
あ、はいはいはい。
っていうね。なんか、だからその価値観に支配されちゃってるから。
あ、確かにね。
うん。
あの当時のね、日本のね、様子が書かれてたのが婚欲であって、
うん。
女性を例えば見たとしても、視線が止まらないんだって。
うん。
で、あの海外の人がこう見に来るとさ、視線がやっぱ裸でこう止まるわけよ。
うん。
なんか、そういう細かいさ、描写がまで記録されてるのがあって。
うん。
確かにそういう見方をされると、意識するよね。意識しなかったものがあって思って。
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だから風景みたいなものだったのにさ、なんかそれをがさ、なんかこれが特別なものなんだみたいな風に言われたから意識するようになっちゃって、だんだん一番冒頭の周知心がこう出てきたってことでしょ。
そうそうそうそう。上手い。
いや、上手いってか、小片郎が言ったことだから。
いや、繋げてくれてありがとう。
いやいや。
そうそうそう。
あ、で、ちなみにね、余談なんだけど、2009年にね、元ジャニーズの有名な男性タレントが真夜中のね、公演で全裸になってたところを現行犯逮捕されるっていう事件があったんだよね。
ああ、まあみんな知ってると思うけど。
そうで、このタレントはさ、逮捕される際にさ、裸だったら何が悪いんだって大声で叫んだって言うんだよね。
うん。
そう、で、それはかつての日本人の叫びだったのかもしれない。
なんかこの事件のことを多分忘れてる人は結構多いと思うんだけど、今だいぶ多くの人が思い出してくれたと思うよ。
いやあね、なんかすごい。これ必要だったのがちょっとあるんだけど。
このニュース出た時さ、単純に超活躍してたしさ、どうしちゃったんだろうみたいなさ、大丈夫?頭みたいなさ。
そういう感じに思ったんだけどさ。
もしかしたらそういうメッセージだったのかもしれないよね。
いや、違うだろう。
じゃあ、ということで今回は婚欲の歴史について話しました。
はい。
で、最近というかホームページをやっていて、今回の話とかも文字でテキストでまとめて書いてあったりとか、
今回のその参考図書とか、どういう本を参考に今回話したかっていうのもあるので、よかったらちょっとホームページも概要欄に貼ってあるので覗いてみてください。
はい、お願いします。
それでは最後まで聞いていただいてありがとうございました。
ありがとうございました。