未知の未来の始まり
あきさん、こんにちは。
こんにちは。さて、今回は、ノートがマイナビと共同でやってる企画ですね。
想像していなかった未来について、エピソードを募集してますよ、っていうことなので、
今回は、あきさんの人生の中で、想像してなかった未来を、当時、例えば、なんですか、
学生の時には、想像してなかったけど、今、こういう人生になってるわ、みたいな話があれば、ぜひ聞きたいな、っていうところ。
うん、想像してなかったよね、今のね、生活ね、ほんとに。
ていうか、オーストラリアに住むなんて、考えてなかったですよね、たぶん。
考えてなかったですよ。
なんか、NHKの教育、なんだっけ、今の言いテレみたいなやつで、女優さんが、シュノーケリングだか、ダイビングかをやってる映像があったのよ。
それを見たのよ。見た時に、ああ、いいな、たぶんその方は、どっか海外のビーチっていうか、海で潜ってたんだと思うんだけど、
ああ、こういう生活いいな、っていうあこがれはあった、小学校とか、中学校とか、その時にね。
だけど、実際にこっちの人と結婚して、こっちにずっと住むなんてことは、全然考えてなかったね、全く思って、想像はしてませんでした。
まあ、そりゃ。
だから、仕事をして、仕事を途中で給食して、こっちに来て、まずは留学したのよ、1年間の、なんていうの、1年半かな、院に行くって言って、こっちの院に。
そうそう、行って、ちょっとスキルアップしたいと思って、来たのね。
で、その時も、もういくつだったかな、27とか8とか、それぐらいだったから、うちの親にさ、留学したいんだよねって言ったら、
ああ、え、結婚は?って言われて、
まあ、そうだよな、普通そうなるよな、ひと昔ぐらいだと思う。
そうそうそう、とりあえず、今行かなかったら、絶対結婚してからも行かないし、
帰ってきてから、見合いでもなんでもするから、とりあえず行かせてって言うか、行くからみたいな、そんな感じ。
もう仕事ずっとしてたから、それで貯金貯めて、自分のお金で行くっていうことは決めてたのね。
でも、一応さ、長い間、日本を留守にするし、日本の手続とかを親にやってもらわないといけないこともあるからっていうことで、話したのね。
許可っていうか、話したのね。
そしたら、ええって言われて、まあ、帰ってから考えますみたいな感じで、来たんですよね、こっちにね。
で、なんだろう、こっち来たときは、来て、最初のワンタームは全然、もうひっしこいてやるみたいな、終わったんだけど、
それが終わって、休みになったときに、休みになっても、ニュージーランド行こうかなとか、旅行の計画とかも立ててたのよね。
キャリア迷子の時期
はいはいはい。
でも、試験とか課題とか、アサイメントを全部終わって、さあ、休みになりましたってなったら、急にうつになって、もうガクンと来ちゃったんだと思う。
えー、ちょっと、なんですか、燃え尽き症候群みたいな。
そうそうそうそう、たぶん。ずーっと仕事で忙しかったし、で、留学の、なんていうの、留学準備とか、トッフルとか、受けまくって、全然点数足りないみたいな、
で、最終的に受けたIL2が、点数がやっと取れてみたいな、そういうのも、それもね、仕事しながらやってたりしたから、
そう、で、来てからもさ、最初はホームステイだったけど、途中で学生アパートに移ってとか、いろいろあって、なんかもう、わーっていう感じで、急に、あれ、何もやることがないみたいな。
全部終わった、そういうトッフルとかIL2とかの勉強も終わって、
終わって、
そういう仕事とかも終わって、やることがなくなったってことですか。
そう、こっち来て、最初のワンタームは、まず、慣れることからみたいな、
生活をね、銀行口座とかも作らないといけなかったし、こっちの留学生保険みたいなのも、セットアップしないといけなかったし、みたいなので、いろいろ、こっちで生活するための基盤を作っていくのと同時に、
講義とかも受けて、講義とかもさ、やっぱり日本の大学と全然違うから、しかも英語だから、がむしゃらにやってきて、で、アサイメントもテストも終わって、
はーって一息ついたら、気が抜けちゃったんだろうね。
あー、なるほどね。
そう、ガクってきて、
で、当時は、スマホもないし、国際電話って言ったら、電話できるカードを買って、で、公衆電話から電話しないといけなかったんだよね。
はい、はい、うん。
で、夜、日にある公衆電話から、うえー、みたいな、どうしよう、どうしよう、とか言って、親に電話して、でも親はさ、あんたさ、私のほうが大変だったんだからね、とか言われて、
今、そんなこと言わなくてもいいのに、とかね、泣いてた。
まあまあ、で、それで、カウンセリングとかも、こっちの大学のね、カウンセリングとか行って、で、復活しつつあって、まあ、2回目のターンが始まり、で、そこで夫に会ったかな。
へー、そっか。
最初、夫の、夫を見たときさ、なに、こんなでかい人、とか思ったんだ。
こわっ!って思って、でかっ!こわっ!みたいな。
え、旦那さん、身長何センチなんですか?
えー、わかんない、189とかそれぐらい?わかんないけど。
あ、けっこう大きいですね。
うん、わかんない、170ではないな、180だな、190でもないと思うけど、あと、ちょっと横にも大きかったんだよね。
あー。
がっしり系、がっしり系、今はちょっと、もっとくまさんになってるけど。
まあ、なんだろう、欧米系の人だと、こう、日本人のお柄の人よりも、ひと回り大きかったりするじゃないですか。
そうそうそうそうそうそう。
だから、初対面のときは、全然、付き合うとかそんなことも思ってなかったし、で、あれよあれよという間に付き合うことになっちゃってさ、
でも、私は帰るって言った手前、大学が終わったら帰ることになるわけですよね。
帰って、日本で仕事してたんだけど、そのときもずっと一応遠距離でやってて、
彼が日本に来るか、私がオーストラリアに行くかって、そこでもすごい悩んで、で、結局オーストラリアに来ることになったんだけど、もう仕事したくないと思ってさ。
それは、こう、仕事をしながら遠距離をするのがつらかったから?
遠距離はね、別に、仕事がね、すっごい忙しくて、遠距離じゃなかったら続いてなかったかなと思うの。
土日とかも会えないし、会おうと思ったら会えないし、仕事が忙しすぎてですね、で、3年間遠距離してたんだけど、
会うのはビデオ通話で、私が寝っ転がりながら、彼がパソコンやりながら話をするみたいなのを結構毎日やってたんだけど、
途中で寝落ちしちゃうし、私。
疲れちゃってね。
疲れちゃって、それぐらいでしか会話ができないみたいな。
実際に会って、とかなってたら、たぶん、疲れて、で、会えないとかなって、え、なんで会えないの?みたいな、そういう感じが続いたとしたら、もう会えないならいいよ、みたいな。
私はもう会えないから、向こうがそれで忙しくなくて、会いたいって言っても会えないってなったら、続いてなかったんだろうなって思う。
なるほどね。
で、仕事もつらいなって、寝る間も十分に取れないくらい忙しくて、
で、もう辞めたい、仕事、あきさん、辞めようかなと。
辞めるか、でも、彼はまだ学生だったから、日本に来て就職するか、みたいな感じで、私がずっと続けるか、安定してたからね、私の仕事としては。
そうするか、私が辞めていくか、みたいな、辞めていくとしても、オーストラリアで仕事したくなかったんだよね、もういい、みたいな。
まあ、結構厳しいですよね、日本語じゃないし、友達いないし、
うん、そう、もういいってなって、で、オーストラリアに行くことになりました、で、女性専業主婦になりました、夫は仕事に行きます、
で、私は、移民のための英語教室みたいなところに通って、一応、だから、なんかやることはあるわけですよ、やることはあるんだけど、一応、仕事探さなきゃなーとかも思うわけですよ、
でも、日本の経験でしか探せないと思ってたから、でも、日本の経験で探そうとすると、やりたくない仕事ばっかりヒットしちゃうんですよね、
だから、もう、モラトリアムじゃないけど、になって、どうしたらいいかわかんない、で、そっから10年、自分、キャリア迷子になり、
やりたくないことはもう決まってるけど、何をしたいかがわからない、で、キャリア迷子になり、一応、子供ができたから、それをいいわけに、ずっと専業主婦とかしてたんだけど、
新たな道の発見
でも、今、オンラインで仕事もして、で、サーナーもバイトもして、思ったのが、私、家にいたら、ほんとにくすぶっちゃってるな、みたいな、
外に出て、外の人からありがとうって言われるのが、一番、私の原動力みたいな感じ、
もやもや、もやもやの10年で、いろいろありましたけど、
今、だから、オンラインで仕事するなんて、一応、企業してるじゃない、で、自分で仕事を、ワークショップとかしたりとか、テックサポートとかしたりとか、してるのも、全然、
昔、日本でやってた仕事とは、全然、関係ないわけじゃないけど、全然、違う仕事だし、サーナーの仕事も、サーナーで働くなんて、思ってなかったからね、
しかも、そのサーナーで働く仕事が楽しいなんて、その時は、想像もつかなかったからね、
ねっぱしとかさ、やりたいこともできてきたし、みたいな、
ねっぱしの練習もしてるって、言ってましたよね、ちょっと前にね、
そうそうそう、ねっぱしの練習、早くオーナー帰ってこないかな、みたいな、早くデビューしたいな、
ねっぱし危機、
でも、今の状況は、そうそうそう、全然、想像してなかったね、
今、あきさん、ご自身の人生振り返って、どうですか?トータル的に見て、楽しかったですか?それとも、結構、後悔が残るような感じですか?
今、ここの、今の状況に落ち着いて思うのは、後悔はしてないかな、オーストラリアに来てよかったと思うし、
一番最初にね、カナダとかニュージーランドとかも考えてたんだけど、オーストラリアに来てなかったら、夫とも会えなかっただろうし、
ってことは、今の子供たち2人にも会えなかっただろうし、
そうだよな、でも10年間、もうちょっとなんかできたかな、とか思ったりもしないでもない、
そのキャリア迷子になってた時期ですか?
そうそうそうそう、でも、そこで迷子になってなかったら、今の生活にはならなかっただろうから、別に後悔はしてないかな。
逆に、あきさんはこういう人生を理想としてたみたいなのってあったりしたんですか?
こういう人生を理想としてた。
例えば、学生時代は、もう10年後はこういうことをやってたかった、とかいうのを言い出してました?
いや、なんか学生時代はね、盲目的に、日本でやってた仕事に就くんだ、っていうふうに思って、ずっと勉強とかしてたから、目標はなかったかな、目標はそれだったかな、目標はそれか、
何歳までに結婚して、何歳までに子供で、とかも特に決めてなかったんですか、当時。
決めてなかった、決めてなかったけど、そういうふうになるもんだと思ってた。
でも、多分、留学した時点で、そこから外れたんだろうね、みんなが進むレールみたいな、乗ってるレールから外れたから、そこから自分でどうにかしないといけなくなっちゃって、
まあ、そうですよね。
まあ、悩みつつも、どうにかしてきている人生。
で、今の家がさ、灼夜とはいえ、もう本当に自然の中にね、住んで、夜の星がきれいで、静かで、レモンの木とかもなってたりとかして、っていう、本当に理想なのよ。
だから、この先がまたどうしたいかが、もうここでいいよ、みたいな。
今の生活でも、十分。
海外生活の選択
じゃあ、もし、今、あきさんにも寿命がきてしまって、明日死ぬかもしれない、みたいになったとしても、全然、それはそれでいいっていう感じですか?
うん、全然いい。全然もういい。
すごい幸せな人生ですね。
ただ、ただ、ただ、この家は灼夜だから、3年ぐらい経ったら、たぶん出ていかないといけないのね。
その3年後、どうしよう、っていうのを。
それは、そのとき考える。
そうそう、まあ、日本行くんだったら、ちゃんと仕事、仕事見つけてねって、夫には言ってやる。
夫は今、ビジネスやってるからさ。
日本行くときに、私が全部オーガナイズしないといけないっていうのは、嫌だから、よくあるじゃない?
駐在でさ、日本の人も駐在で海外行ったりするとかあるじゃない?
それを、日本に駐在で行く感じで、会社がオーガナイズいろいろしてくれる。
そういうふうだったらいいよ、行くって言ってやる。
確かにね、そのほうが楽だし。
うん、そうそうそう、めんどくさそうだもん。
全部家も見つけてとか、やってる時間がありません。
ビザとか、ああいうのが結構めんどくさそうだなとは思いますね、海外で働く。
めんどくさい。
ですよね。
そっか、でも、あきさんが留学の時点で、当時の王道の生き方、
例えば、公務員として安定して働くとか、大企業の会社員として働いて、
もう安定だ、みたいな人生のレールから外れてたっていう選択がすごいなと思って。
そこからオーストラリアに住むとか、結構かなりチャレンジングな道を選んできたわけじゃないですか。
その選択をした、なんて言うんだろう、理由っていうかモチベーションってどっから来るのかなと聞いてて思ってて、
海外住したい夢があったかって言うと、たぶん、あきさんの話聞いてると、そうでもなさそうだなって思ったので、
うん、全然。
なんでだろうと思って。
なんでだろうね、なんかその時に、一番こっちがいいよねっていう選択を選んできただけっていう感じもする。
留学も、私が勉強したいことがあって、それが海外でできるみたいな、そっちの方がいいっていうのがあったから海外に来たし、
夫と出会ったのも、うつから抜けて、そのカウンセラーの人にボランティアやってみなよって言われて、
そこで大学のボランティアをやることにして、そこで一緒にボランティアやってたメンバーの中の一人っていう感じなんだけど、
帰ることはもう全然自分で決めてたし、帰らなきゃいけなかったから、日本に帰って、
3年後どうする?みたいな、3年後っていうか、一応そこで働いてて、遠距離がさ、別れるか結婚するかじゃない?
どの恋愛もそうなんだけど、そうなった時に、どっちがいい?ってなって、
日本で彼が就職するってなった時に、ずっとエンジニアで勉強してきたのに、日本語がしゃべれないから、
江川の先生とかって、なんか違うよなと思って、彼が活躍できるのはオーストラリアのほうかなと思って、オーストラリアにじゃあ私が行くよって言ったのよね。
その時はもう必死すぎて、体も体調崩してたし、ヘルペスとかもすごい口ぼこってできてたりとかもしてて、
たぶん、わかんないけど、体調的にすごい無理してたんだろうね。
無理してたけど、海外に行くっていうことで、またなんかすごい不安になってたのも事実。
仕事辞めるし、親も友達もさようならだし、
もちろん不安に感じる部分もすごくわかるんですけど、逆にそういった日本で仕事がつらすぎて、
ヘルペスできるぐらい、もう体調面でも症状が出てきてしまってたっていうところで、
いっそもうオーストラリアに逃げるじゃないけど、そこで環境を変えることにワクワクしてたみたいな気持ちもあったんじゃないですか。
そうではないですか。
なんかね、決めるまではずっと不安のほうが強かった。
眠れなかったりとかもしてたから。
でも、もう決まっちゃって、行くって決まったら、肝がそわったっていうか、
感じで、オーストラリアに行くっていうふうに決めたのは、良かったかな。
なるほどね。
日本とオーストラリアの文化の違い
来て良かったなって思うのは、誰でもない自分でいられるみたいな、こっちだと思う。
すごい芸能人みたいな。
芸能人とかも、日本だともうプライベートも何もないから、海外に行って、
全く無名の一人の人間として行くから、移住するみたいな話とかを聞いたりとかするから、
そうなんだ。
それに似てるなみたいな。
似てるね。
芸能人だったんですよ、あたしみたいな。
全然違うんだけど、
分かりますよ、でも。
ウォッチされてるみたいな、なんていうの?
プライベートの時も、仕事関係の人に会ったら、こんにちは、みたいな。
ちょっと、ちゃんとしなきゃいけない感があるじゃない?
こっちだとさ、こっちでお客さんとかに会っても、
あー、ハロー、みたいな感じで、
元々、ちゃんとしてないみたいな。
してるんですけど、ちゃんとの仕方が全然違うみたいな。
あとは、オーストラリアがそうなのか分からないですけど、
アメリカとかだと、ヨーロッパとかだと、仕事とプライベートがふっきり分かれてるじゃないですか。
仕事の時間は仕事、プライベートは仕事の時間を考えずに、
家族とか恋人とかの時間にあてると。
でも、日本だと、仕事終わりに飲み会とか行って、
会社の人との人間関係も、ちょっと大事にしていく。
例えば、休みの日に先輩と遊びに行くだったりとか、ゴルフ行くとかの聞いたりすると、
そこら辺での文化というか、さっきのアキさんがオーストラリアにいると、
仕事でお付き合いしたことある人とも、
はい、元気? じゃあまた今度ね、で終わるみたいなのが、なかなかできないなと、日本だと。
そうだね、今のが楽しい。
たぶん、日本にずっと生活してたほうが、安定してるし、お給料も高かったと思うんだけど、
その分プレッシャーとかストレスもいっぱいだったから、
それを考えると、ほんと今は、違うプレッシャーはあるけど、でも、がんばれるプレッシャーっていうか、かな。
ほんとに場所を変えると、すごい付き合う人も変わるし、
状況も全然変わるから、それで人生が変わるっていうのは、ほんとにあるなっていうのを実感してます。
だから、全然想像してませんでした。
想像してなかった未来ですね、まさに。
そうそう、想像してなかった未来です。
それがプラスの方向に働いて、今のところ、あきさんの人生としてはハッピー。
もちろんね、細かい日々の生活で苦しいって思うことも多々あると思うんですけど、
そうですね。
そうしてハッピー。
はい、ありがとうございます。
って感じですね。
過去の私、大丈夫だよ、みたいな感じかな。
結構深かったなぁ。
じゃあ、もしね、感想とかあったらメッセージください、みたいな。
そうですよ、もし海外住、興味あるんですけど、みたいな話とか、
あきさんはオーストラリアに住む経験をお持ちですから、何かしらね、手続き上、こういうのって大変だったよとか、
教えてくれると思うので、ぜひ気になる方は。
はい、連絡してください。
はい、じゃあそんな感じですかね。
はい、そんな感じで。
はい、じゃあねー。
はい、ばいばーい。