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おはようございます、なっちゃのです。
昨日ですね、今、痴漢被害者は守られるようになったのに、これはもう風潮的にですね、守られるようになっているのに、
リリちゃん、頂上女子リリちゃんの被害者は何でこう叩かれているんだろうって、それは同じ被害者っていうカテゴリーの中で何が違うんだろうみたいなことをしゃべりました。
で、この痴漢被害者が守られるとか、女性が活躍できる社会をとかっていうことで昇進しやすいとか、もはや形式的にでも昇進しやすいことになってきてとか、
あとは何ですか、育免というのはやめようとか、男も育児して当たり前だとかですね、本当に一昔前から風向きが変わってきたことって、なんかたくさんありますよね。
で、この考え方が変わるとか、風向きが変わるとか、いろんな人の動きの積み重ねがあるなっていうことを思った話をしてみようと思います。
例えば最近だったら、SNSで女性の性被害のMeTooのムーブメントとかがありましたよね。
ハッシュタグにMeTooでつけて性被害を告白するっていう動きが全世界で広がっていて、これは特にこれまで男の人の圧力に負けて泣き寝入りしてた人たちが声を上げてもいいんだみたいなきっかけというか、そういう運動になったんですよね。
あとはブラックライブズマターっていうのもありましたよね。個人差別や人種差別へのこういう運動があったじゃないですか。実際のきっかけは違うみたいなんですけど、私の場合はというか、この最近の動きでいうと、
4年前にアメリカで白人警官が黒人の方を文字通り首根っこを捕まえて殺人してしまった事件があって、その事件によってブラックライブズマターっていう運動が活発になるのをツイッターとかで眺めていました。
この問題は特に、この様子、考察っていうか首を絞められるというか、この喉のところ首のところを圧迫される様子が動画で映像として拡散されて、すごいショッキングな映像だったので、特に大きなムーブメントになったなっていうふうにいうことなんですけど、そういうことで風向きが変わりますよね。
でもそれって何というか、0から1に変わった話じゃないですよね。このことによって初めて黒人が、黒人の差別をやめようとかっていう動きになった話じゃないじゃないですか。
もともと50ぐらいあったものが、この事件を通していろんな人が、やっぱりダメだよねみたいになって、50ぐらいあったものが55ぐらいになるぐらいのイメージなんですよ。その後のレベルアップもすごく大事なんだけど、やっぱり根本は対して行使されずに、とりあえずはハラスメントやめましょうとかSDGsみたいな感じで畳が成長しているっていうくらいのイメージなんですよね。
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全く詳しくないのに言うなって感じなんですけど、わかんないですけど、本当に詳しくないんですけど、この01になったっていうのが、例えばキングボクシーとかガンジーとかね、この歴史に名前が残る人の存在がすごく大きいと思うんですよ。
この詳しくないのに言うなっていうのは、キングボクシーが01にした人なのかっていうことがちゃんとわかってないのに言うなっていうことなんですけど、でもやっぱりこういう大きな多くの人に影響を与えた人たちの存在っていうのは、歴史が変わるっていうことですごく大きな動きになりますよね。
ずいぶん前にその時歴史が動いたっていう番組がありましたけど、なんかまさにそれだなというふうに思うんですよ。
そういう本当に01で物事が変わっていく時っていうのは、変化は1かもしれないけど、なかったものが生み出されるっていうことってすごいエネルギーが動く。
それは良くも悪くもだと思うんですけど、人の感情の触れ幅とかもすごいでしょうし、1ができれば後は2とか3とか増やしていけばいいだけっていう、なんかまた全然構築のあれが全然違うと思うんですよね。
ようやくまたこの女性の権利とかの話に戻すと、今こうやって女性の活躍の権利を当たり前にとか言ってますけど、活躍の権利というか活躍したいだけの女性ばかりではないと思うんで、きちんと言うと女性とか男性とかじゃなく、
生きたいように生きることができるというか、そういうふうに言うとちょっと乱暴なんですけど、人として選択肢がある、それを性別に関係なく選択することができるっていうことが選択しやすい環境になってきたじゃないですか。
そこにはやっぱり同じようにものすごい覚悟とエネルギーで今の世の中につなげている人の存在があるなというふうに思ってるんですよ。
で、パッと思いつくのはこの女性解放化運動ということで思いつくと、例えば平塚雷長とか市川夫妻とか有名人がいますよね。
今で言うとフェミニストみたいな、今で言うとというか、当時はそういう言葉が日本では使われてなかったと思うんですけど、今で言うフェミニストみたいなことで、本当に今活躍しているフェミニストで言うとその巨匠は上野千鶴子とかになるんですかね。
で、そのあたりが浮かぶと思うんですけど、本当にこういうゼロから1にしていく時で犠牲を払って生き方を訴えたっていう、女性の生き方を訴えたっていう点ではもう私的には伊藤之江なんですよね。
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伊藤之江ってアナキスト、このアナキストっていうのはこの無政府主義者とか言われるんですけど、要は政府とか既存の制度とかに反対しまくって好きに生きさせろって最後まで訴えた人なんですよね。
今で言うともう本当に極左翼の人なんですよね。
伊藤之江は有名人なので知っている人も多いかと思うんですけど、このまさに女性という性的な役割に疑問を呈した平塚雷長とかと同じ時代の人なんですよ。
同じ時代の人だけじゃなくて、平塚雷長とかにもかなり大きく影響を受けていて、雷長が出版した政党っていう雑誌、歴史の教科書とかにも載る雑誌があるじゃないですか。
原始女性は太陽であったっていう言葉から始まるやつですね。
その雑誌を雷長と一緒に作ったんですよね。
作った人でこの人の生涯がなんというかね、とてもスキンギなんですよね。
生きるっていうことにものすごいエネルギーを持っていて、そういうふうに言うと聞こえはいいかもしれないんですけど、
本当にとにかく奔放で、自分の不自由さっていうことにとにかく正直に生きる女性なんですよね。
でもこの人の生涯がものすごく腹満場に満ちていて、本当にこういう犠牲の上に歴史が変わっていくんだなっていうことを感じる一人であるので、
この前置きだけでずいぶん時間を使ってしまったので、伊藤野家の生涯を次回お話しさせてくださいということで、
今日は何を喋ったのか喋ってないのかあれなんですけど、これで終わりにしようと思います。
それではまた。