1. なかよしインターネッツ
  2. 184. 粋で察しの良いお客さん..
2023-09-27 42:00

184. 粋で察しの良いお客さんになろう🎬

良い店には良い客が集まるというけれど、「良い客」になるための練習の機会が、コロナの3年間でブランクになってるのかもねという話。良い客とは察しの良い人のこと。悪い客のことを「痛客」と言ったりするけれど、SNSで変な絡み方をしてしまう人は、その能力を伸ばす練習をするとよさそうという話。

【動画あり】Watch on Spotify❕(Spotify無料アカウントでフル視聴できます)

🛒かわいいグッズ通販はこちら ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://itopoid.booth.pm/⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠

👾JOIN Discord Server (for Listeners) ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://discord.gg/J5fSu2Y5kR⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠

⁠✅FOLLOW ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://x.com/itopoid⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠

📝感想は #なかよしインターネッツ

サマリー

最近、配信者とファンの関係が問題になっていることがあります。お店とお客の関係も同じようで、良いお客さんになるためには店のルールを守って、他のお客さんに迷惑をかけないように気を配ることが必要です。インターネットの問題は察しの良し悪しで起こりますし、コストをかけて能力を身につけることが重要です。ビジネスの場面では、痛いお客さんにならないようにすることが大切です。ルーキーズちゃんねるの面白さや絵のかっこよさ、漫画の盛り上がりを感じながら、板脚にならないマナーの大切さを考えています。時間と空間というのは似たような概念です。SFみたいな話になってしまいますが、楽しい時間は楽しい空間で過ごすことができますし、SNSのタイムラインやリプライツリーの中でもある種の空間とも言えるものです。ですから、そのような楽しい時間を作ることが大切であり、お店側も明確に良いお客さんと悪いお客さんを意識しています。

お店とお客の関係性
最近すごく思うのがですね、いわゆる配信をしている人とか、タレントさんと、ファンの関係のあり方とか、よく問題になるじゃないですか。
これね、どうしたもんかなって一応試行実験してみたら、あれもしかしてと思ったのがですね、お店とかに行って、良いお客さんという具合にあるじゃないですか。
良いお客さんと悪いお客さん、それが誰にとって良いのか悪いのかっていうのは、いろんな見方があると思うんですけれども。
例えば、常連の邪魔をしないというのも一つあるかもしれないし、あとは常連ぶって店員さんや店長さんを困らせないとか、あとは長いしないとか、なんかいろいろあるじゃないですか。
そこのコミュニケーション、いわゆる飲食店はまた違う、独自の文化とかもあると思うんですけど、スナックとかそうらしいしね。
それはそうとしてですね、お酒を飲まなかったとしても、よく本とか読むとさ、レコード店のおっちゃんがいろいろ教えてくれたんだとかあるじゃないですか。
古本屋さんの店主さんがとかいろいろあるでしょう。
でも、そことの関係性とかの距離感みたいなのって、やっぱりすごい難しいっちゃ難しいと思うんですよね。
そうか、そういうのをこの数年間やらなかったし、やれなかったんだっていうのをハッと気づいたんですよね。
いわゆるコロナでですよ。
コロナでお店の人とお客の自分っていう関係値という練習をあまりしなかった。
そしてマスクしてて会話もほとんどしない。
そもそもお店が開いてなかったり、お店に行かなかったりもあるんですけれども、
普通にコミュニケーションの練習をする機会がなかった。
もしくは忘れちゃうぐらいブランクが開いてしまったっていうのは一つあるなと思ったんですね。
特にですね、この問題の結論はマッチョなことを言うとですね、
それをちゃんと覚えると人生結構いい感じになる気がするっていうのが一つの結論にはなります。
覚えられてない場合は覚える努力をすると身につけられることもあるっていう感じなんじゃないかなと思います。
これはすごいパワー系なことを言っています。
お店の人とお客の関係はすごく難しいと思うんだけど、
まず一つ明確にちょっとシステマチックに言うとしたら、
お店とその空間においてお店屋さんサイドとお客さんサイドという絶対に崩れない関係値というのがあるということをわきまえられるかっていう話になるんですよね。
すなわち営業時間中にご挨拶する限りは、
ご挨拶じゃなくてもいいですね。
営業時間中にコミュニケーションする、しかもそこの相手のお店でっていう場合は、
どんなに友達だったとしても客と店主であるっていうのは一つあると思うんですよ。
それはなぜかというと、他にお客さんが来たときに意味わかんないことになっちゃうから。
向こうがどう振る舞っていいのかわかんなくなっちゃうからですよね。
いわゆる家族に対して話すテンションやノリと、
コミュニケーションの距離感
店員として話すノリ、店員としてお客さんと話すノリというのは全く違うので、
それが混ざっちゃうと大変だよっていう話なんですよね。
でね、またちょっとマッチョな話をするとですね、
店員さんとお客さんは友達じゃないです。
お友達じゃない。
いい客、いい店、いい客という概念があって、
確かに顔なじみとか、よくしてもらってるっていうのはあるんですけど、
それはあくまでお店とお客の関係であるっていうところなんですよね。
これはですね、大学とかで上京してきて、
東京生まれ東京育ちの人は別かもしれないですけど、
それはナチュラルにそれを勉強する機会があったりなかったりのかもしれないですけど、
糸っぽいどは上京してきて、茨城県ってお店なんか一つもないので、
上京してきて、こういうのってあるんだみたいなのを、
いろいろお店に行って勉強させてもらった。
別にいっぱい話したりとかそういうことはしてませんよ。
そんなに社交性のある方ではないです、糸っぽいどは正直なところ。
横目で見たりとか、うっすらこういう感じかみたいなね。
そういうのが多かった。
でもいろんなところに行って、時間と、大学とはいえ交通費はかかるから、
あとは何か買って帰るとかすると、お金はかかるけどね。
なのでコストというのを払ってそこらへんの塩梅というのを勉強してきた。
だから初めて行くお水屋さんでも店員さんに迷惑をかけない、
そしていいお客さんだなと思ってもらって、
いろんなインスタには書いてないことを教えてもらえるような、
そういうコミュニケーションの距離感みたいなものを少しずつ勉強してきているっていうね。
そういう感じなんですよね。
確かにそれは昔は全然できなかったし、
一人で行くならまだしも誰かと一緒に行くときとかすごい難しいですよね。
急に店員さんの前ですごい丁寧な話し方になるみたいな、ちょっと恥ずかしいじゃないですか。
でもそれはそれでわかってる人同士であれば別にいいんですよね。
なのでそういうのって学んでいくことだと思うんですけれども、
そういうことを学んで大人になった人って基本的に察しがいい人なんですよね。
行きでいなせなみたいな、それこそ2010年代とかですか、
もちろんそれより前からも活動的にいろいろ書かれていらっしゃいましたけれども、
松浦八太郎さんとかの本、いわゆる丁寧な暮らしみたいなのがめちゃめちゃ流行ってる時期、
昔からあったんだけどそういう文化は、
改めてネットでも流行り始めた丁寧な暮らしっていうワードというかジャー語みたいなものが流行り始めた時、
糸っぽいではその時に大学生ぐらいだったんじゃないですかね。
もしかしたらもうちょい、でも大学生ぐらいかな、
カウブックスとかに初めて行った時はそれぐらい、大学1年生とかじゃないかな、中目黒のね。
なので、松浦八太郎さんの本を大学生の時に見ても、
何これっていうか、何これみたいな、何これって感じだったんですけれども、
今読むと、あーなるほどね、言いたいことはわかるよみたいな感じになるんですよね。
ちょうど今日、はっと思い立って読み返してみたんですけど、
あーなるほどねっていう発見があってですね、
こういうお店はいいお店なのであるみたいなところ、
そういうやりとりみたいなのって、
やっぱわきまえてないと、察しが良くないとできないことなんですよね。
一番最初から友達っぽい感じでなると、
まあ普通に相手も警戒しますよね。
能力と察しの重要性
インスタグラムとかTwitterとかもそうなんですけど、
SNSとか見てるとですね、
インスタの明らかにコメントをするようなアカウントじゃないところに、
インスタってね、鍵垢でコメントするとコメントだけ見えて、
それでアカウントの詳細が見えないんですよ。
すなわち安全源からめっちゃコメントできるんですよ。
で、客だからみたいな感じで、
いわゆるカッコつけたブランド投稿に、
値段いくらっすかっていうコメントしたりとか、
なんか変なDM送ったりとかっていう人って結構いるんですよね。
あとはTwitterとかマイクスとかで、
なんかすごいフランクすぎるノリで話しかけるみたいな。
で、そのギャグも滑ってるみたいな。
だいたい似たような感じなんですよ。
それっていうのは、察しがあまり良くないんですよね。
いわゆる空気読めてないっていうところなんですけど、
空気を読むっていう言葉にするとですね、
空気を読まないほうがいいみたいなものはもちろんあるんですけど、
察しがいいっていうのはある種思いやりでもあるんですよね。
他の誰か他の人も見てるところで、
そのコミュニケーションを成立させたら迷惑がかかるんじゃないかとか、
っていうところまで考える。
いくら仲が良かったとしてもオープンな場所では、
ちゃんと他に影響が出ないようなコミュニケーションをするとか、
いわゆるそれってそのままお店の中での会話なんですよね。
あまりにもフランクすぎるとお店の人が気まずくなるじゃないですか。
なんでこの人にはこんな話してるのに、
他の自分には話してくれないのって、
例えば他に来てるお客さんが思っちゃうかもしれないじゃないですか。
そういうところも踏まえてコミュニケーションできるのがいいお客さんなわけなんですけれども、
特に最近ネットでいろんなコミュニケーションのトラブルみたいなのが発生しますけれども、
意外とそこら辺なんだろうなっていう、
もちろんこの問題というのはすごく難しい問題だし、
誰しもができるものでありません。
これもう完全に能力の話です。
能力の話というのは結構残酷な話で、
できない人になんでできないのって言っても、
それってかなりきついですよね。
どうしようもなくできないっていう場合はあるんですよ。
なのでもうどうしようもない問題だとは思うんですよね。
それはそれとしていかにお互いがウィンウィンな形でコミュニケーションするか、
もしくはそういったコミュニケーションをサービス提供側が設計できるかというのが、
我々が地球に生きる生命体というか思考する生命体として、
永遠と抱え続けなきゃいけない課題だとは思うんですけれども、
もちろん生まれ持った能力的なところっていうのももちろんあるんですが、
それはそうとして、それよりも経験をしたかみたいなところ、
人と関わったかっていうところはかなりあると思うんですよね。
偏った人間関係をずっとやってたりするとやばいってのがありますね。
これは世の中でよく言われていることで完全にこれは偏見の塊みたいなことですけど、
スエッコっぽいみたいなのってあるじゃないですか。
スエッコっぽいみたいな。
スエッコだから全部スエッコっぽくなるかって言ったらそうでもないと思うんですよね。
どういう形で自分が人と関わってきたかっていうこと、
そしてそのタイミングでどのプロトコルでコミュニケーションをやろうとしたかってただそれだけの話なので、
別にスエッコだからってめちゃくちゃスエッコっぽいキャラクターとかありえないわけですし、
あと血液型が性格なんていうのはもうナンセンス中のナンセンスですよね。
もはやその話題が出ただけでちょっとなんだら今の時代ちょっとピリつく感じすらあるっていうのは伊藤ぽいでは正直感じています。
大丈夫かなみたいな。
いやその占いとかだったら別ですよ。
例えば椎茸占いとか伊藤ぽいでも大好きだしね。
そういう意味ではいいですよ。全然いいです。だから星座とかそういうのもいいんですけど。
ただですね、行動規範や性格、
ここから先こういうような運気が来るからこういうふうにするといいよとかだったらまだその人の未来の行動アクションの背中を押してることだから正直何書いてあったって別にいいんですよ。
別に。
それ大吉中吉小吉と同じだから。
だけどもその血液型で性格が生んだっていうのは正直結構ヤバめだと思う。
ヤバいリトマス試験師と考えないとリスクなのではないかと考えなければいけないような悲しい時代に突入しているというのが正しい言い方かと思います。
まあイトープだと別にいいと思うんですけどね。楽しければ何でもいいと思いますし。
血液型はクワ型それでいいと思うんですよね。
ゼニ型。
あんまりこういうの知らないんですよね。
あんまりそういう何というか、
何だっけ、お邪魔します、邪魔すんなら帰ってみたいなのあるじゃないですか。
ふざけんなって思いますけどね。
それはもうそういうオープンセサミ的なチチンプイプイヘア毛ごまみたいなそういう呪文なのはわかるんですけど、
帰ってって悲しくない?悲しいと思う。
あとその100万円って言われるのも悲しい。
105円、105万円ねって言われるのも悲しい。
悲しい。
それを無視して普通に105円払ってっていうところまでがお決まりやろうがいみたいな。
お前そしたらそれ看板に書いて首から下げとけよっていつも思うんですけどね。
でもね、そういう話なのよ。そういうことなんですよ。
だから豪に言っては豪に従いじゃないけれども、
例えばイトポイラって105万円ねって言われたらわはははみたいな感じでやるけど、
内心本当になんかグーでピンタするぞみたいな気持ちになる時もあるんですよね。
だって悲しいもん、買えないもん、105万円も持ってないもんっていう気持ちにイトポイラになっちゃうんだけど、
そういう風になること自体がね、もう虜なのよ。
インターネットの問題とコスト
向こうもマジで言ってるわけじゃないんだからさっていうね。
逆に言うとね、そこはそういうコミュニケーションするというのが、
他のお客さんとの何かズレとかも発生させないような正しい振る舞いなわけよ。
でもそういうのって勉強しないとわからないわけじゃん。
慣れればできるわけよ。全然ね。
イトポイラまだ慣れてないというだけで。
これもコスト、いわゆる時間であったりとかお金であったりとか、
コストを払わないとやっぱり学べないことだったりするわけですよね。
で、自分の振る舞いというのは、ある種これはね、
ダンスみたいなもんだと思ったほうがいいと思ってるんですよね。
演劇的なっていう風になるとちょっとあまりにもコミュニケーション社会学っぽいんですけれども、
だからもうちょっとダンスだと思ったほうがよくて、
振り付けみたいなものがあるんですよ。
盆踊りみたいな。
盆踊りって本とかで書いてないじゃないですか、地方のさ。
例えばイトポイラも地方の太鼓の先生みたいなのやってたのよ。
音楽をやってたからね。
で、そのなんか、
句伝でのみ伝えられる、
あれですよ。
何だっけ、下原三区だっけな。
名前忘れちゃったけど、
地域の田舎みたいなの、
お林みたいなののメロディーと、
あと太鼓のリズムですよね。
大太鼓と小太鼓のリズムみたいなのを教えるわけよ。
で、イトポイラはもうこれ毎回誰かが教えてるのは不の連鎖だからって言って、
教えてる映像をビデオで撮ってもらって、
これを秘伝の種にしてくださいっていう風にしたわけよ。
で、そっから無限にイトポイラのビデオが擦られてるらしいんですけれども、
今どうなってるかわかんないんですけど。
でも、苦伝じゃないですか。
それと同じだと思うんですよね。
それを勉強した方がいい。
ただこれは勉強するといろいろ応用が効くと思うんですよ。
かなりのところで応用が効く。
なので、覚えた方が人生楽ではあると思うんですよね。
で、もちろん例えばイトポイラが苦手な文踊りシリーズとかで言うと、
それは先輩から可愛がれる方法みたいなのはイトポイラは全くわからない。
なぜかというと先輩みたいな概念もそんななかったし、
可愛がられた経験もあんまりない。
ものすごく年が離れている方に、
自分はその時気づけなかったけどものすごくよくしていただいたっていうのは、
もうほんと数人名指しでもう挙げられるんだけれども、
でも本当にそれぐらいで、
だからその後輩力の高い人とか見ると羨ましいなっていうふうに思うってことは、
大学時代とかもよくあった。
でもこれはイトポイラがそれを身につけてないからなんだよね。
その文踊りを身につけてないから。
それに対してそれは性格だよっておじさんとか言うじゃないですか。
なことはないと思う。
なんだろうね。
全てを生まれ持った何かとかで、
それはもうしょうがないよみたいにやるのは、
それはやっていかなくなった奴の言い訳だろっていうふうに思うわけですよ。
それはイトポイラは努力してないからだし、やろうとしてこなかったから、
その結果でしょっていう話なので。
世代が違う、これよく感じるんですけれども、
やっぱり我々と、多分我々ぐらいがギリだと思うんですけど、
めちゃめちゃ就職氷河期じゃないですか。
不景気だし、とにかく未来もないっていうふうに言われてきた世代じゃないですか。
本当に45以上とかの人とほとんど価値観は合わないというのを最近はすごく強く感じます。
それは歴史的に確かに上の世代との発歴というか、
ちょっとおじさん嫌だなと思うとか、
そういう性質がどうしても生命体はあるっていうのは仕方ないんですけれども、
それとは別にあまりにも楽観的すぎるっていうのはあるんですよね。
意外とどうにかなるみたいなポジティブな気持ちがあると。
彼らから言わせると、
今の子たちはものすごく切羽詰まってて余裕がない感じがあってよくないよねっていう。
でもそれはね、
それは違うよ。
今の10代の子とかのテンションとか、
すごいからね。
本当に。
本当にすごい。
ものすごく、
ある種定年もあれば、
やっぱり頑張らないといけないっていう気持ちもあり、
それこそ伊藤ぽれがよく言って、
ジョジョ・ニブの貧民街テンション、シーザーのテンションあるじゃないですか。
あのテンションとかは結構ありますよね。
世代によって全然違うので、
生まれ持ってからしょうがないんだよみたいな結構オプティミスティックすぎるっていう感じがあります。
なので、
いろんなふうに解析されてきているというか、
パターンもできてきてるわけじゃないですか。
分析もされてくるわけですよね。
なので、
クールだとか透かしてるとか無気力だ、
いやむしろそうじゃなくて、
どうしようもないから、
それはそうとして、
じゃあどうやってやっていくかっていうのを、
むしろ現実をちゃんと見ているっていう。
現実をちゃんと見ると無気力になってしまうっていうのは、
それはもう結果としてしょうがないことだと思うんですよね。
なので、
もし何かそういうふうに言われたら気にしないでください。
それこそはははって笑うのが、
そのボン・オドリの正しい、
どうやら振り付けらしいです。
伊藤ぽれは最近覚えました。
こうやって大きくなっていくんだなっていうのを感じますよね。
話は戻してですね、
ちょっと脱線しちゃったので、
さっしのいいお客になるっていうのですよね。
これはね、やっぱすごく大事ですね。
というかね、
基本的にインターネットのすべての問題は、
察しが悪いか、
良いか、
で発生します。
で、
もちろん、
ちょっと残念ながら、
残念ながらというか、
どうしてもやっぱり生まれ持った能力の差というのは、
どうやらあるらしい。
それは信じたくないですけれども、
どうやらある。
なんで、
どうしようもなくそれが苦手な人っていうのも、
もちろんいます。
なので、
そういう人がいるという前提で思った方がいい。
そこの差というのは絶対ある。
そしてそれにプラス、
いわゆる、
レベルをどれだけ上げるか。
レベル上げという、
周回を、
能力の身につけ方
周回クエストをどれだけ回したか。
どれだけ種火を自分に食わせたかっていう、
そこのレベルっていうのもあるわけですよね。
もともと、
この考え方はものすごく、
非常に厳しい考え方で、
結構辛いけれども、
ゲームの話でいうとですね、
星3サーバントと星5サーバントがいますと。
もちろん聖杯を食わせれば、
星3サーバントも100レベルぐらいまで上げられるわけですよ。
そういう意味ではいいんですけれども、
星3サーバントと星5サーバントというのは、
レベルの上限というのが結構最初は決まってるじゃないですか。
ゲームで考えたらですよ。
そんなこと現実ではそこそこないですよ。
みんな、
50歩100歩、
どんぐりの聖クラブです。
人間である以上。
人間そんなハイスペックじゃないからね。
どうでもいいので、
人間が考える課題なんて、
全てにおいてどうでもいい。
はい。
で、
あのー、
なんでしょうね。
どうでもいいっていうのは、
人に与えるストレスという意味では、
全然どうでもよくないですよ。
人個人にとってはどうでもよくないです。
ただ、なんでしょうね。
そこまで、
シリアスに悩むほどでもない。
なぜかというと、
人間が生きる、
それそのもの自体が、
意味があんまりないから。
っていうね。
いや、あの、
まあ、ここに対する
エクスキューズしなくてもいいと思うんですけどね。
まあ、でもそれはそれとして、
だからこそ、
希望を持って生きていくというのが、
大事なわけですからね。
はい。
まあ、
その話はもういいよね。
さすがにもういいよね。
で、
その、
どれくらい自分を、
自分に周回クエスト回して、
種火食わせたかっていうのが、
結構あるわけですよ。
で、それに関しては、
努力でできるわけですよね。
で、
ここでちょっとやっぱり問題になってくるのが、
やはりコストがかかるということなんです。
それは時間をかけなきゃいけないということと、
あとお金もかけなきゃいけない場合もある。
それはいろんなところに、
その、
行けるかどうか、
自分を運べるかどうかっていうのがありますよね。
いや、もう全部徒歩で行ったら、
確かに無料かもしれないですけど、
徒歩で行ったって、
そのカロリーは消費するんだから、
コストがかかるって話ですよ。
あとは、
ちょっとなんかこう、
いいお店に入ったりすると、
例えばご飯屋さんだと、
さすがに何も注文しないってわけでは、
いかないじゃないですか。
そういう意味でちょっと、
コストがかかりますよね。
お小遣いがかかる。
なんで、それは難しい。
なので、
大体先輩とかにおごってもらって、
っていうので覚えたはずなんですけど、
そういう機会が来るので、
ぶっ飛んだわけですよ。
で、なるとどうなるかというと、
そういうのを学ぶ機会が全くない状態で、
今いるわけですよ。
そう。
なんで、
もしですよ、
これを聞いているちょっと若い世代で、
そうですね、
大学生とか、
大学卒業したちょい後ぐらいって場合はですね、
もちろんその能力を全て身につけなければいけない、
っていうわけでもないですし、
それをしないと、
インターネットでめちゃくちゃ空気読めない人になっているかっていうと、
そうでもないです。
いろんな、
いろんな学び方あります。
いろんな学び方があるけれども、
ただ、
ビジネスでやっているっていう、
いわゆるキャバクラとかホストとか、
ガールズバーとか、
コンカフェとかなんでもいいんですけれども、
お仕事でやっているんですよね。
お仕事でやっている人に対して、
友達みたいな感じで接する痛い客になりたくないじゃないですか。
それが痛いというのは、
なんとなくこう、
漫画とかで書いてあるじゃん。
で、だいたいこう、
なんか、
なんか、
ホスト陰明寺とかに、
悪霊退散みたいな感じで、
うわーってやられるじゃないですか。
あの鬼のやつね。
あの、ギュゲスの二人っていう、
めっちゃ面白い、
透明人間になったりならなかったりする、
漫画を書いてる人がツイッターで連載してる、
なんか、
歌舞伎町に鬼がいて、
みたいなホストとかが、
その、
陰明寺で、
みたいなそういう、
あの、
ツイッターで連載してる漫画、
Kindleで無料で見れるので、
見てほしいんですけど。
ギュゲスの二人めちゃめちゃ面白いからね。
おすすめです。
マジで面白い。
はい。
うわー、
なんか、
すげー今の漫画みたいみたいな。
で、
見た時のね、
ほんとに、
おいおいおい、
マジ、
お、
お、
すごいみたいな、
あの、
感じすごいっすよ。
これ毎週見てもたぶん楽しいんだろうな。
毎週っていうかその、
毎回?
ルーキーズちゃんねるの魅力
毎回見ても、
たぶん、
なんだろうね、
退屈せずに毎回こう、
面白いんだろうなっていう、
盛り上がりの感じがね、
きちんと毎回入ってて、
すごい今の漫画だっていう風になります。
あの、
絵もすごいかっこいいのでね、
ぜひ見てみてください。
ま、
それを置いといてですね。
やっぱりね、
ほんとに全部ここなんですよ。
いやマジで、
板脚だけにはなりたくないっすよね。
このね、
差しのいい、
差しの悪いとか、
息とかね、
ま、ちょっと前半では、
ちょっと、
なんかこう、
ちょっとそういう、
なんていうか、
かっこいい言葉を使ってみたんですけど、
もっと分かりやすく言うと、
やっぱ板脚なんですよね。
板脚になるかならないかって、
やっぱね、
勉強なんですよね。
ほんとに。
うん。
で、
勉強、
いっぱいしたほうがいいっすよ。
うん、
とか、
えっと、
なんだろうね、
その先輩とかに教えてもらったりとか、
したほうがいい。
うん、
で、
いとぽよも教えてほしいと思っている。
うん。
ただ、
別に、
あれですよ、
あのー、
やらなくていい、
言葉やらなくていいですよ。
やらなくてもいいなと思ったら、
やらなくてもいいです。
別に、
そのー、
なんでしょうね、
あのー、
絶対に正解なわけじゃないから、
あのー、
コミュニケーションのプロトコルというのは、
世代がほんとに違えば、
ほんとにやっぱノリが違うっていうのは、
先ほど言った通りです。
話が全く通じない。
あの、
生きている世界観が違うからです。
なので、
あのー、
昔そうだったといえども、
今は違うって全然あるじゃないですか。
店員さんに荒っぽい態度を取るみたいなのって、
今ではもうほんと、
許されざることですよね。
なんかの犯罪なんじゃないかってくらい、
そういう、
もうだんだんそうなってきましたよね。
あと、
基本的にそういうのは、
社会的な制裁が加えられてしまうというのもあるので、
まあ、
そうやって、
新書出発がだんだんこう整備されてきたっていうのは、
いいことだと思うんですが、
それと同じ感じで、
別に前正解でも今正解とか限らないんですよ。
ただですね、
どの時代もすごくすごく何よりも大事なのが、
やはり思いやりだと思うんですよね。
思いやりです。
本当に。
で、
思いやりを表現するのに、
まあ、もちろんそれが悪い方向にも行くんですけれども、
日本語というのは、
非常に便利ですよね。
その、
尊敬語、謙譲語、
丁寧語というのがあります。
あの、
因儀無礼になってしまったら意味がないんですけど、
あの、
これ、
丁寧語使ってればいいでしょうみたいなのは、
完全に因儀無礼になるので、
注意した方がいいです。
いとこでも若い頃、
ちょっとそういう感じになってしまったんじゃないかっていうね、
あの、
ちょっと恥ずかしい、
板脚にならないマナー
過去。
まあ、もちろん覚えたてですからね。
あの、
まあ、もちろん、
高校生とかの時はしょうがないと思うんですけれども、
もちろんそれもありますけれども、
基本はそういう柔らかい言葉っていうのがあるわけじゃないですか。
いや、別にそれでその、
なんかその、
教言葉とか、
そういう、
エドシグナルとか、
そういうなんか、
その、
嘘の、
マナーとか、
マナー、
その、
嘘のマナーとかの、
そういう話をするんじゃなくて、
その、
いかに思いやりを伝えたいか、
思いを伝えるか、
私は別に、
あなたに対して、
その、
危害を与えるつもりはありません。
あなたに、
えっと、
なんでしょうね、
一方的にあなたに何か奉仕してほしいという気持ちではないんですという、
そういうことをきちんと伝えられるかっていうことですよね。
あの、
それは、
日本語は、
とても、
あの、
いろいろ選択肢がある言葉だと思うんですよ。
なので、
あの、
それを、
とりあえずそれを使っておけばよし、
みたいなところはあるんですよね。
なので、
そこから始めるっていうのは結構いいことだと思います。
はい。
もちろんその野球部みたいに丸々にしろとか、
なんか帽子外せとか、
そういうなんか細かいやつとかは、
いや、もちろんその、
あれですよ、
その、
外国に行って握手の意味であったりとか、
その頬にキスをするとか、
そういうその文化、
挨拶の文化とか、
それはもちろん、
語に従いの方がプロトコルが安定するのでいいと思うんですけど、
日本の意味ないそういうなんか、
無茶にその、
なんでしょうね、
若い人を下げて、
とか、
なんかそういうのは、
まあもちろんナンセンスになってきている。
まあ当たり前ですよねって感じなんですけれども、
それはなんというか、
なんだろう、
それこそ思いやりがないですよね。
強制させるというのは。
うん。
なのでですね、
そういうことはね、
何か覚えるきっかけみたいなものが、
3年4年ぶっ飛んでしまうとですね、
大学のモラトリアム時代に覚える、
まあもちろん全員が大学行くわけじゃないんですけれども、
ただそうですね、
その時間があったことによって、
ある程度学ぶ時間や機会があった、
少なくとも、
イトッポイドの世代はギリあったなっていうのは思ったんですよね。
なので、
正直幸運だったなと。
はい。
なので、
今20代の子とかは、
どうすればいいんだろうっていうのは、
思いますね。
うーん、
本当に、
いい先輩を見つけた方がいいっていうのは思います。
とにかく板脚にならないっていうのは大事ですからね。
まあ、
これが今日の話なんですけど、
板脚シリーズとかで言うと、
やっぱりその、
何でしょうね、
最近よくある話だと、
配信者さんに対するコメントとかよく問題になりますよね。
あれはもう本当に板脚ですね。
板脚です。
友達じゃないです。
友達じゃない。
友達じゃない、
あのね、
その友達じゃないっていうのは別に厳しいこと言ってるんじゃなくて、
友達じゃないコミュニケーションをするから、
その子がアイドルになれてるっていうのは思った方がいい。
普通の子なんですよ。
どんな子でも普通の子です。
だけれども、
そういう扱いをみんなですることによって、
アイドルとそれを応援するファン、
応援するファンというよりも、
応援するファンってね、
なんかちょっと言葉が変だけど、
それを押すっていう言葉がちょっと流行りすぎたから、
ちょっとよくわかんないですけど、
よくわかんなくなっちゃったんですけど、
いや、これは完全にコンテンツ供給者と消費者です。
はい。
あの、
コンテンツ消費者としてのムーブをするからこそ、
思いやりの大切さと日本語の選択肢
周りの人もそのムーブを一緒にできるっていう感じ。
いわゆる、
コミュニケが全員が参加者ですみたいな、
全員で作るものですみたいなふうに言ってるのと、
結構同じ感じなんですよね。
みんなである種、
消費者として形作るというところがあるので、
このカフェの中で、
普通にちょっと一段ぐらいしか高くないステージとかで歌って踊る、
そのキャストさんがいらっしゃって、
そのキャストさんに対して拍手を送ったり、
応援でサイリウムを振ったりとかってあるじゃないですか。
それはその場所をみんなで作るわけですよね。
でも、もちろん言ってしまえば、
そのステージを一段下りてしまえば、
ある種、
キャストさんでもありますし、
スタッフさんでもありますし、
結構等身大の普通の方だったりするわけですよね。
でも、そうじゃないという、
その行きさをやることによって、
そういったコンテンツが作られている。
しかも、
それをボランティアとか、
自己表現でやってるわけではなくて、
例えばそれが会社で所属している人とか、
いわゆる会社が保有しているコンテンツ、
会社が提供しているコンテンツですよね、
出資をしていたりして、
っていう場合は、
もうそれは本当に、
それはそういうコンテンツなので、
まじで、
ガールズバーでセクハラする人と変わらんからな。
これはね、
昔はオタクだからわからないよっていうことを言う人と、
いや、オタクだからこそそこの振る舞いを
より強く理解してるんだっていう人と、
いろんな言い方があるわけですけど、
それ人それぞれなので、
正直なところ、
できる人できない人がいっちゃうって、
これ繰り返しになりますけど、
それはそうです。
ただ、
学ぶタイミングというのは、
あったほうが良いと思いますね。
逆に言うとですね、
これはちょっと経験談なんですけれども、
あと、
最近特にそれを感じている経験談なんですけど、
差しの良いお客さんになるとですね、
ものすごくいろんな良いことがあります。
これは最近すごく感じてる。
本当に感じてる。
差しの良いお客さんになるだけで、
こんなにも良いサービスを受けられるんだっていう、
その良いサービスというのは、
特別、
他、
その、
良いサービスを受けさせてもらえるような、
差しの良さも大事なんですけどね。
他のお客さんがいるところでは、
そういったものを要求したりとかしないとか、
そういうのも大事なんですけれども、
行くタイミングとか、
話しかける内容、
あとは声かけとか、
そうですね。
それこそ、
あなたを応援しています。
あなたのことが好きなんです。
リスペクトしていますっていうのを、
うまく、
良いタイミングで伝えるっていう風にすると、
やっぱりちゃんとコミュニケーションできる。
で、
知らなかったことを教えてくれたりっていうのを、
すごくいろんなお店で感じてるんですよ。
やっぱり。
行くタイミングとかも結構見計らったりしていて、
何曜日の何時とかがいいかなとか、
それはそのあんまり忙しくない時間とかね。
あとは、
暇そうな時間とか。
ちょっと暇してるなみたいなタイミングとかね。
お話ししたいなって思うようなタイミングで、
やっぱり行った方がいいかなとか、
結構いろいろ考えるんですけど、
そうするとやっぱりね、
あのね、
これはちょっとドライな言い方になっちゃうかもしれないけど、
得することがいっぱいあるんですよ。
いっぱいある。
その得することの最たるものは、
楽しい時間を過ごせるってとこなんですよね。
あのね、楽しい時間っていうのは、
自分一人が楽しいんじゃなくて、
相手も楽しいとその空間、
いわゆる、よく言うじゃないですか、
時間と空間の関係
時間と空間というのは似たような概念だと。
SFみたいな話になりますけど。
楽しい時間というのは楽しい空間で、
楽しい空間というのは自分一人で作るものではない。
それが現実世界であれ、
SNSのタイムラインの上であれ、
その疑似動機的なタイムラインの、
そのリプライツリーの中であれ、
ある種空間とも言えるものなんですよね。
その面積をとってそこに時間が流れているわけなので。
楽しい時間というのは楽しい空間でもあるのでですね。
そこをうまくできるようにすると、
やっぱり、ちょっと素敵な体験をすることはできます。
できます。これは本当にそうです。
あとは、お店屋さんサイドから言うとですね、
いとっぷりもお店屋さんサイドを結構いろんな、
たくさん経験させていただいているわけですよ。
明確にいいお客さんと悪いお客さんというのは、
めちゃくちゃ明確に意識しています。
これは本当にそうです。
いいお客さんと悪いお客さん
なぜかというとそれを意識しないと、
会社が潰れちゃうからですね。
いいお客さんに対してはいい扱いをします。
なぜかというとそういうお客さんがもっと増えてほしいし、
そのお客さんに去ってほしくないからです。
悪いお客さんはすごい素っ気ない態度を取ることもあります。
なぜかというとその人に答えてしまうと、
それを肯定することになってしまうので、
そういったお客さんがたくさん増えてしまう。
そうするといいお客さんが減ってしまうからですね。
なのでですね、明確にごめんなさい、
ちょっとそういうのはちょっと、
ごめんなさい、ちょっとだけお口チャックでお願いしますみたいな。
よくあるじゃないですか。
いきなり歌いだしたらそれは言われると思うんですけど、
それと同じような感じですね。
そこまで言うところはやらないけどね。
案にはやらないけどね。
明確にはやらないけども、
でもね、絶対にそれはあります。
あるし、何かこう、
そうですね、
コミュニティ運営のやり方と、
客と提供者と消費者の関係って、
昔はコミュニティから何かをこうっていうのが結構あったと思うんですけど、
今それだいぶリスクだと思うんですよね。
むしろコミュニティで何かやってるところっていうのは、
もうなんというか、
基本的にはこう、
なんて言えばいいのかな、
オープンなところでネガティブなことを言わせないように、
はきらめとして置いておくみたいなところのやり方をしているところは結構あると思います、今は。
特にゲームとかだとそうですよね。
ファンをそこに閉じ込めておくことによって、
そこで言わせるっていうのって結構あるんですよね。
お問い合わせフォームとかを用意するのも基本的にそういう理由なんですよね。
やばいお客さんとかがオープンなところで言わないように、
お問い合わせフォームを用意することによって、
そこで一旦理由を下げてもらうっていうのは、
スーパーとかの、
何でしょうね、
要望とかの紙あるじゃないですか、
あれってそういう理由ですからね。
これね、
そういう側に、
どっかでバイトしたことあれば、
一瞬で分かることなんだけど、
バイトしたことないと一生分からないことですよね。
これってね、
残酷だなと思って、
いとっぽでも全然分からなかったからね、
中学生とかの時はね。
マジかよって思ったよ。
うわ、でも確かにそうかみたいな、
うわーみたいな思っちゃったね。
中学生の時、
恥ずかしいとかね、
今でも思うんですけれども、
それはみんなもそうか。
いいお客さんから、
いいお客さんを大事にしたいと思うのは、
やっぱりどうしても人の差がですよね。
というかね、
企業だからとか会社だから、
お店だからちゃんとするっていうのは、
今の時代あんまりないですね。
同じ人じゃないですか、
っていう言い方だとちょっとぬるいですね。
全員に人権がありますよねって
話になってしまうんですよね。
で、
サービスを提供してそのリターンをっていうのは、
それは資本主義における、
普通に取引の話なので、
取引が成立してないんだったら、
やる必要はないっていうのは、
もちろんそれはその通りじゃないですか。
そういう結構基本みたいなものが、
結構見直されてるタイミングなのでですね、
あのー、
なんでしょうね、
いい買い物の仕方ですよね。
そう、
いい買い物の仕方なんです。
いい買い物の、いい消費の、
いい提供の仕方っていうのを、
コツとして覚えてる人は、
問題なく生きていけると思うんですけど、
それを覚えないまま大人になってしまった人が、
苦労する、
その苦労と悲しみというのは、
すごい無限のバリエーションがあるだろうなっていうのは、
感じています。
はい、すごいなので、
こういう風に時代というのは、
やっぱ更新されていくものだろうなっていうのも、
感じるのでですね、
うーん、
やっぱりその教えてもらう、
いい先輩を見つけるといいですね。
悪い先輩は、
一生悪い先輩なので、
いい先輩を、
見つけられるといいなと思いますし、
いとぽいど自身も、
いい先輩に、
なれるようには、
なりたいなとは思います。
まあ、
そんなに、
いとぽいどの周りに、
あんまりいないけどね。
いとぽいども引きこもりですからね。
ということでですね、
察しのいい、
お客さんになるっていうことについて、
まあ、いとぽいどの反省ですね、
と、これからちょっと、
そこについて頑張っていきたいなっていう、
お話をしてみました。
なるべく楽しくね、
生きていけるといいなって、
思います。
満面の笑顔でずっと喋ってるよね。
それではまた次回。
42:00

コメント

スクロール