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お晩です。この配信は、日本のどこかの都市を描いた歌と、その歌が描く地域についてのお話をしていきます。
お相手はMCワタンドです。よろしくお願いします。
そんなわけで、今回お届けする曲は、東京事変の一服という曲です。
この歌に出てくる場所は、東京の地名が2箇所出てくるんですけども、非常に面白い表現、面白いフレーズで出てきます。
2フレーズ出てくる1つ目は、東京都渋谷区南平台の角の整形地200坪という場所です。
そして2つ目が、東京都新宿区野良井町の駐車場大きい何百坪という場所です。
なんというか、広さが坪単位で出てくるというので、非常に面白い表現ですよね。
歌に出てくる場所というのは、歌の中に出てくる登場人物とかドラマとか世界観を説明するための補足というか、舞台設定というか、
そういう位置づけで説明されることが多いので、本当にどこだよというようなことだけ言ってればことたりいるんですよね。
一方でこの曲は、出てくる場所の条件というか広さとか、非常に不動産情報として土地をこと細かく説明してるんですね。
というのも歌の中で、この今言った地名のフレーズの後にお店出したいですね、お店にしましょうよというフレーズも続いていまして、
なんというか、本当に言う通り不動産としてその場所を見ている歌なんです。
いろんなところで地名を聞くことがあると思います。
それこそ歌の中で聞く地名は先ほど僕が言ったように、基本的には舞台設定として、街を情緒的に捉えているものかなと思うんですね。
一方でこの世の中でどこか具体的な場所を語るものというのは、大半がその地域の経済的な価値として語られているものがほとんどなんじゃないかなというふうに思うんですね。
住みたい場所としてどうか、そこの家賃はどうかという話もそうだし、そこにお店を出したらどうか人が来てくれるかどうかみたいな話もだし、
自分が育った街みたいなところの話だとちょっと違うかもしれないけど、結構大ピラなメディアに出てくるような地名というのはやっぱりその場所での経済活動みたいな、どうしても切っても切り離せない形で語られるところかなというふうに思うんですよね。
以前ちょっと別の配信でしたことがあるんですけども、地域を何か図る時の価値基準として、その情緒的価値と経済的価値というものが2つあるかなというふうに思うんですよ。
経済的価値というのはお金に換算できる価値というところで、みんな経済合理性である種、数字で分かるやりとりできるというようなものですよね。
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一方で情緒的価値というのは、非常に感情に紐付いていて、その人その人の思い出があるし、その大きさは比較もできないし、その人の中での大きさとか他のものと比べることができることはあるんだけども、人と人で比べられるものじゃなかったりするんですよね。
それがどうしても衝突しちゃう時があるんですよ。例えば大きい緑があるところにビルを建てましょうみたいなことになった時に、経済的価値で見ればビルを取り壊した方が儲かるし、結果として地域にお金が潤って地域経済活動が豊かになりますよ、みんな地域の人もハッピーになりますよ、みたいなことを言うこともあれば、
いやもうお金とかじゃないんだよと。昔からここで育ってこの風景が好きだったんだから、もうそれを変えるとか良してくれよ、みたいな話になっちゃってさ、それはもうどっちがどうって言えなくて平行線じゃないですか。全く違う物差しでお話をしてるっていうふうなところなので。
なんかこのぶつかり合いっていうのがどうしても地域を語る時には発生しちゃうものなんですね。歌の中で語る地域っていうのはどっちかというと冗長的価値に振り切った形で歌われるから、ドラマとの非常にマッチング性があるなというところで、みんなその意味では同じ物差しで歌の中の歌詞は捉えているんだけど、
この東京事変の一服なんかは経済的価値として、この場所で何本なりますかね、みたいな。お店やったら家賃場所代このぐらいやんで、まあこのぐらい売り上げましょうか、みたいなね、経済的な視点で土地を見てるというふうなので、土地の見方も本当に色々だなというのが改めて見えてくる曲です。
なんかやっぱりそういう意味では、経済的な視点で見ようと思うと土地の情報って、道路があって車付けがいいといいなとか、広くて形がいいといいなとか、日当たりがいいといいよねとか、あとは周りに口うるさい人がいないといいよねとかいう感じで、やっぱり全然違った視点で語られるなというふうに思うので、
このものさしの捉え方でまた歌の歌い方は広がるなというのを東京事変に教えてもらった気がします。そんなわけで是非、この場所、新宿と渋谷、それぞれもう経済評価のど真ん中、地域で描かれる街をちょっと違った視点で捉えてみてください。東京事変、一服。