1. 神田大介の経験
  2. テストの答案折ってましたか
2024-06-24 10:09

テストの答案折ってましたか

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テストの思い出って皆さんありますか。小・中・高等、だんだんと勉強って難しくなっていって、その勉強のね、あなたは理解できてますかっていうのを測るのがテストですよね。
好きって人あんまりいないでしょうね。私はこの番組の中でもルールを話してきましたけれども、勉強はできたんですよね。
別にこれ私が努力したとかじゃなくて、なんとなくできたんですよ。こうやって聞くとどう思います?やっぱり嫌味っぽいですかね。
でもできたからしょうがないよな。これ普通に例えば運動神経がいい、足が速い子とかが、いや別になんてこともないけど足は速かったですねとか、そこ掘りは何回でもできましたねって言ってもあんまり嫌味じゃないとされてるじゃないですか。
勉強だとなんとなく嫌な感じがするのは何なんでしょうね。何が違うんでしょうか。ピアノもね、特に上手に弾けましたけどみたいなこと言ってもあんまり嫌味な感じはしないんじゃないですか。
テストですよ。テストってこうやっぱり中学になって中間試験、期末試験とかが定期テストっていうのは明確にあって、小学校の時にもテストはありましたけど、なんかそういう明確な感じじゃなかった気がしますけど。
とはいえね、中学、そして高校と。高校の場合は赤点とかっていうのがあって、私の通ってた学校はですね。平均点の6割とかに、平均の6割ですね、足しないとなんかやばいっていう。
なんだよ、なんかやばい。あんまり良くないことが起きるっていう。なんだったかな、忘れちゃったな。高校だったかな、赤点取ると成績表に赤い線が引かれて、それを3回繰り返すとセントラルヒーティングとか言ってなんか赤い線で四角く成績を囲われて流年の危機になるとか、なんかそんなんだったと思いますけれども。
ともかくテストってのはね、大変ですよね。で、そのテストっていうのを答案返却ってのがあるじゃないですか。まあね、それはやったテストは必ず返ってくるわけですけれども、点数書いてありますよね。
100点満点だったりすると、だいたいどうですか。長い答案用紙の右上に書いてあるじゃないですか。数字が書いてあって、棒線が下に2本引いてあるあの赤いペンで書いてあるあれですよ。あれ、皆さんどうしてました?
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結構追って隠してませんでした?中学校はだいたいみんなそんな風にしてたような気がしますね。あれ出席番号順とかで何々やらかんだと呼ばれて前に取りに行くみたいな感じだったんですよね。
で、おそらく、例えば私立の学校とかだと、そういう成績表を貼り出すみたいなこともあるのかもしれませんけれども、小中高大とね、公立にしか行ったことない私はそういう経験が全くございませんで、高校で初めて自分だけ実力テストっていうのが年に1回だけあって、自分にだけ全学年の中で何位だったのかっていうのが知らされるっていうのはあったと思いますけれども、
その白日のもとにね、みんなが分かるような形で貼り出す、そして競争意識を煽るみたいなことはなかったですね。ついでなかったですね。で、中学校はもともと小中学校にはそんなの、何て言うんですか、順位が明らかになること自体がなかったですね。
で、私の場合は、答案をちょっと折り曲げて三角に、端っこを折り曲げてですね、隠す子たちがいたっていうか、それが大半だったと思うんですけど、なんか嫌だったんですよね。だから隠さなかったですね。
点が良かったからいいだろうとか隠さないんだとか言われましたけれども、まあ、だけど、そうですけど何かっていう感じでしたね。
あのね、今の自分の子供たちを見ていて明確に違うなと思うのは、勉強ができるっていうことが、そのなんかあんまりなんて言うんですかね。
ひけ目に感じてない子はおかしな話ですけれども、昭和の頃ってやっぱりその勉強ができるイコールガリ弁みたいな感じのイメージがあって、ちょっと隠すみたいなところありましたよね。
私はあれは納得いってなくて、だって何なんですか。運動神経がいい子っていうのは別にそれを隠すことはないし、音楽ができる子とか絵が上手い子とかもそれを隠すことはありませんよね。できるのはすごいなっていうふうに単純に評価の対象になるし、それから、
私は物心ついた時から勉強はできたんですけれども、って言うとなんかこう嫌味な感じに取られる。スポーツは物心ついた時にできますとか足が速いですって言っても、その嫌味に感じられませんよね。
勉強ができるっていうことに対して、人は日本人は日本社会では隠したがるというかそこを懸念するのは下品であるというような価値観が確かにあったと思うんですよ。
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今もあるんじゃないかな。で、そうおかしいなと思ってたんですよね。だから人に対しても、いやーでもいつからかなぁ。
神楽が頭いいよねとか勉強できるよねって言われたら、そうなのよとかって言って否定しないようにしたんですよね。最初は否定したんですよ。いやいやまあそこそれほどでもないよとか言って一応言ってたんですけど、ある時思ったんですよね。
なんで俺こんなこと言ってるのかなと。それはなんでかって言ったらみんながそう言ってるからなんですよ。周りの人が。周りのクラスメイトとか、大人がですよね。
例えば出身の大学を聞かれるときに、名古屋だとね。名古屋大学っていうのが有名な大学なんですけど東大でもいいですけど。どこの出身なんですか。卒業されたんですか。名大ですと言うときに。
そうなんですか。頭いいんですねって言うときに、いやいやそんなんでもないんですよとかなんですか。どちらの大学出たんですか。早稲田です。いや頭いいんですね。いやいや全然そんなもう本当にあのねたまたまうかってのもんでとかっていう人たちを周りにたくさん見てたわけですよ。大人だろうな。
なんかねしっくりこなくてですね。だから私はその多分ねもう小学校の高学年ぐらいの時かな。だから東京から名古屋に転校してきてでいきなり頭良かったわけですよ。テストとかでもそんなみんな100点だったんで基本的にね。
そうするとあてこすってくるわけですよね。勉強できんのに。できるけどみたいな感じで言うようにしたんですよ。そうするとねみんな引くんですよね。そんな返答を期待してなかったんだけどみたいな感じになるんですよね。
それがね大変私としては愉快でしたね。あれでしょそういうこと言っていやそれほどでもないんですっていう返しをみんな期待してるんですよね。でいやいやなんかもう毎日勉強してるんでしょみたいなことなんでしょ。でも私は全然そういうこと言わないようにしていて。
できるけどみたいな感じで勉強も別に本当にそんなしてなかったんで6年生になって塾に行きましたけどでもそれも塾に行ってるだけでね。塾の宿題とかやってましたけどね。特に何やってたってわけじゃないんで。
そういうのって何なんでしょうね。そういう頃から何か思い出したんですよね。
そういうのって何なんでしょうね。そういう頃から何か隠すのが嫌いでしたよね。
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人に対して何かその別に自分が悪いこともしてないのに何でそのねコソコソしなきゃいけないんだっていう考えたんですよね。
母親はそういう性格だったって言えばそうかもしれないですけど。
決して別に正義感が強いって言うタイプもないしそもそも格好仕事をしないって正義感なのかもしれないんですけどね。
何というかとにかく昔からそういう性格であったっていうことは多分間違いないんじゃないかなと思います。
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