トッティーさん、最初に少しご紹介させていただいたところで、京都だけじゃなくて、滋賀とか沖縄とか、なんかね、いろんな地域で生活も含めて、活動も含めて、いろいろ好かれてらっしゃるっていうのがあったので、いろんな地域を見てるからこその京都の良さとかも今日、いろいろお話伺えたらと思うんですけど、ご出身、そもそもどちら?
出身は大阪府の高槻市という京都と大阪の間にある町で、生まれてから高校まで、卒業までは高槻にいました。
じゃあ、大学から京都に来て、そこからしばらく京都にいらっしゃったんですかね。
そうですね。1年生のときに京都に、今住んでる同じ北区に移住してきて、4年間、僕大学院まで行ってるので、ほぼ6年間は京都に住んでましたね。
そうなんですね。そっから、けっこういろいろてんてんとされてたんですか。
そうですね。大学院卒業して、就職して、1年間は京都から大阪に通ってたんですけど、1回職場埋めだったんで、大阪の駅の近くに2ヶ月ぐらい移住して、すぐにまた京都帰ってきて、でもその後、東京に転機になったので、そっから約9年ぐらいかな、東京に住んでましたね。
そっかそっか。東京も経験しての、また京都戻ってきて。
そうか。東京はどうだったんですか?なんかご自身的には、すごい住んでて。
なんかまず、もともとその仕事、化粧品のマーケターとかで、個人営業やってたんですけど、化粧品のメーカーで、仕事として、やっぱりそのマーケティングとか、商品開発とかするのって、
東京のきらびやかなショーウィンドウみたいなところで、いろんな化粧品が売ってることとか、アパレルをなんか見るとか、そういうのはすごく刺激になったんで、すごい仕事にはすごい、何ですかね、勉強になったというか、刺激になったいい街でしたね。
なんかね、東京でのその仕事の雰囲気と、なんか働く場所によっても、結構その空気感って変わるのかなと思うんですけど。
そうかそうか。ありがとうございます。なんか今はその、生活的には京都拠点にして、あと滋賀にも拠点が。
そうですね。去年、ちょうど1年前の5月に、滋賀県の高島市っていう、琵琶湖の西側、湖西と言われる、西側のちょっと北側にある街があるんですけど、そこにちっちゃな家を買ったんですね。
で、そこを一応拠点にしてあって、仕事もちょっとそこでさせてもらってるので、週の3分の1ぐらいですかね、今は滋賀に通って。で、3分の2ぐらいが京都にいるみたいな感じですかね。
そうかそうか。なんかね、京都とその滋賀ってまとまり合ってますけど、移動ってどういう感じですか?
基本的には、地下鉄乗って京都駅からJR乗ってみたいな、電車移動ですね。
もうドアとドアでどれくらいなんですか?
ドアドアで、どれぐらいだろう、1時間半ぐらいですかね。
なんか、地理的に言うと、山一個挟んで、その京都の市街地と湖西のあたりがあって、みたいな感じですかね。
そうですね。もともと、サバ街道って言って、京都市内から北の方の山道の街道抜けていったら、琵琶湖に抜ける道があるんですけど、そこの道がすごい好きで、そこから通ってたんですけど、
そこ抜くと、1時間ぐらいとかめちゃくちゃ近いんですよね。
電車だと、1回街に出て行かないと、ちょっと時間がかかるみたいな、そんな感じですかね。
僕も、ちょうど湖西から山抜けて、京都市内の柵岡っていうところに住んでいるんですけど、琵琶湖もお隣ですね。
バスが滋賀県のほうまで出てて、山ほんとちょっと越えて、1時間かからないぐらいで、その滋賀の山合いのほうですけど、
別荘地エリアみたいなところがあって、結構そこまですぐ行けちゃうなっていうのがあって。
山越えるだけで、こんな滋賀県近いんだっていうのは、住んでみて初めて知って。
そこ行き来してる方、実際いるんだって今、トッディさんに出会って。
気持ち的な遠い場所なんですけど、実際地理的に意外と近くて、つながりもある場地なのかなって思いますね。
滋賀のほうに関わり始めたのは、何がきっかけ?
きっかけは、東九条にある、京都市内の南区の東九条にある、九条湯っていう銭湯を改装したコミュニティスペースのコミュニティマネジャーもやってて、
それをやり始めたのが4年ぐらい前なんですけど、そこの井上さんっていう、管理をされてる男性と仲良くなって、その方も高島好きで、
僕も、たまたま父親が高島でビアマスを釣るっていう趣味があって、サヌーとかリヨットでビアマスを釣りに行くっていう趣味があったの。
1回連れて行かれて、いい町やなと思ってたんですけど、そっから井上さんと出会って、高島いいからちょっと家探しに行こうやみたいな、
ノリで、本当にノリで、秋はめっちゃあるやんって、京都の10分の1ぐらいやんみたいな、この物件が300万とかってなって、ちょっとリアルミニ小屋っていうのが3年ぐらい前にあったのがきっかけですね。
そっからトントン拍子に、井上さんが家買って、ちょっと僕も取り残されて、いつ買うん、いつ買うんって高島市で仲良くなった人たちに言われて、ついに去年買ったみたいな、そんな感じですね。
そうなんですね、なんか面白いですね、京都の南木の九条湯っていう場所もめちゃめちゃ素敵なスペースで、もともと、いつ頃まで営業されてたところなんですか?
確かに、ちょっと不確かなこと言うと怒られるんですけど、たぶん10年ぐらい前までは、銭湯として営業してたはずですね。
今、銭湯として浴槽のスペースとかもカフェになって、運営されてたりもしてましたし、なんかこう行ってみると、銭湯文化の中で楽しい体験ができるみたいな。
いい形でリノベーションはされてるんですけど、基本はもともとの銭湯の良さみたいなところを、水はないんですけど、湯のないコミュニティスペースみたいな感じで、
水のない銭湯で、もともとそういう銭湯って、みんなが、大衆の人たちがコミュニケーションで交流するような場所だったっていうのを残したいっていう気持ちで、今運営されてるんで。
いい場所なんで、ぜひ。すみません、急に宣伝になっちゃいましたけど、行ってみていただきたい。
カフェとかやってるんで。
今でも営業。
そうですね。カフェとバーも最近また再開したのかなと思うんで、夜もやってるんで。
割と京都駅から歩いて行けるぐらいの。
歩いて15分ぐらい。九条駅からやったら、歩いて5分ぐらいですかね。
そっからだったんですね。
そっかそっか。
じゃあ、仕事、今京都と住んでて、京都はどんな感じなんですか?
一回東京でしばらく働いてて、またこっち来てみたいな、なんか帰ってきたきっかけみたいな、そっちも聞いてみたいなと思うんですけど。
仕事自体が、さっき商品開発とかマーケティングの仕事をしたいと思って、前の会社入って、一通り10年経ってやった上で、仕事としてはちょっと一段落ついて、
っていうのと、町の暮らしっていう意味では、仕事としてはすごく刺激もあって、学びのある町だったんですけど、
やっぱり、ぶっちゃけ住みやすいかと言われると、あんまり住み心地が良いなと思ってなくて、
実は最初5年ぐらいは、東京都内に住んでたんですけど、もうちょっと田舎を求めて、千葉に引っ越したんですよ。松戸っていう。
畑がある、いっぱいヤギリネギっていう、ネギの一大生産地の町に引っ越したんですけど、
それでも、ちょっと前を見たら、東京の大都会が見える生活に、ちょっとだけなんとなく、戻りたいなって、なんとなく思ったんです。
ちょっと今、うまいこと表現できないですけど。
で、京都は、父親が、僕の戸塚家がずっとそこにいたのが京都なんで、たまたま僕は大阪に出身なんですけど、
そういう声もあったんで、一旦京都に戻ってみようかなって、1年放棄して、急に辞めたみたいな感じですね。
そうやったんですね。京都帰ってきてから、どんな暮らししちゃったんですか?
最初は、3ヶ月か6ヶ月ぐらいは、いわゆるニート的な生活で、
就転職活動も、一応、転職エージェントみたいなところに登録してたんですけど、積極的には全然してなくて、
京都じゃ、ブラブラしながら。
ブラブラしながら、それこそつなぐむさんのイベントに行ったりだとか、
いろいろ京都の町で、スタートアップ界隈だとか、町づくり界隈のことをされてるイベントにいっぱい行ってました。
個人商店がすごい多いし、昔から繋いでやってはる個人商店も多いですし、
新しい面白いことやりたいお菓子屋さんとかお花屋さんとか、雑貨屋さんとかも結構、どんどん周りでできたりもするんで。
そういうのを見てるのは楽しいかもしれないですね。
そうですね。あと、やっぱり、結構こだわりを持ってある人が商店してることが、商売してることが多いんで、
お話ししても面白い人が多い。経歴とか思いが面白い人が多いっていうのがすごく印象にありますね。
そうなんですね。今、そこのエリアを盛り上げるような活動とかもされていらっしゃる、楽北社中さんとか、
あと公園、大宮交通公園の管理人さんとか、結構いろんな顔を持ちながらその地域で活動されてらっしゃると思うんですけど、
どんなことそれぞれされてるんですか?
そうですね。先に公園の話をすると、もともと僕が3年前に、ちょっとさっき触れなかったんですけど、
商品会社辞めて、京都戻ってきた後に、そういうふらふらしてた間に、紹介されたIT系のベンチャーに3年間、実は勤めてたんですけど、
その、IT系のベンチャーで勤めているうちに、なんか家の近く、トッティの家の近くに、大宮交通公園っていう公園があって、
そこが、パークPFIっていう民間の会社さんが、公園を京都市からお借りして、
ちょっと厳密に申っちゃってるかもしれないですけど、民間の力で公園を元気にしていく、みたいなプロジェクトが始まるから、
なんか、ちょっと手伝ってくれる人探してるらしいから、行ったら、みたいなことがきっかけだったんです。
じゃあ、もう近所住んでたっていうのが結構。
そうです。だけです。
っていうのと、なんか僕がもともと東京から京都戻ってきた時に、なんか自分の村を作りたいみたいなことを、まるでホラー補給のようによく言ってたんですよ。
で、それにピンと来てくれた人が、なんか公園で活動は村作りにつながるんじゃない?みたいなことで、最初スタートしたのがきっかけ。
それが4年前ですかね。きっかけだったね。
そこから、大宮交通公園の立ち上げのちょっとお手伝いをしたりだとか、
で、実際運営してからは、リニューアルオープンしてからは、現場の運営だとか管理のことをやったりだとか、
で、それがちょっと派生して、なんか宝川池公園のほうでも、なんかちょっと新しいエリアマネジメントだとか、コミュニティ作りやりたいっていう話を、
京都市の市役所の方から声をかけてもらって、ちょっとお手伝いし始めて、
っていう感じで、その公園つながりで、今京都市内の3カ所か4カ所の公園の利活用のコーディネートみたいな仕事もさせてもらってて。
公園を、なんかこう一つの起点というか、
そうですね。
コミュニティの中心として、なんかまちづくりしていこうみたいなのが。
そうですね。なんか、市役所のほうもそういう思いでやられてるんで、
民間というか市民の立場から、なんか僕も、何の専門家でもないんですけど、たまたまちょっと公園に関わってるという理由で、
今一緒にやらせてもらってるって感じかな。
なんか、公園ね、一つ面白いコミュニティの形かもしれないですね。
割とイベントされてたりとか、なんか環境系の取り組みを、そのオミヤの交通公園のほうではされてる印象はあるんですけど。
そうですね。
もともと僕らが市民として入るきっかけとなって声かけてくれたのが、
そういう環境のこととかを重要視してというか、大切にされてる人たちに声かけてもらったのもあって、
その活動、今でも公園内でやってる感じです。
環境再生とか、土の中の環境を良くしようとか、そういうプロジェクトをやりながら。
じゃあ、実際に公園の土作りの部分から一緒に、みたいな。
そもそも、僕が4年前に関わったのも、運営というよりは、土の作業、植栽作業を手伝ってっていうところからスタートしてるんで、
運営をするのスタートというよりは、本当にスコップ持って、工事現場というか、そんな感じのことからスタートしてます。
一番最初の仕事は、ブルーシートをきれいに畳むっていう仕事だったんで。
なんか驚くさい感じがいいですね。
そうですね。よく覚えてます。よく現場の人に怒られてました。
そういう仕事したことなかったんで、急に素人が入ってきて、そこ入ったらあかんとか。
懐かしいな。
いいな、そういうの。かなり楽しそうな。
そうですね。
そういう入り口でいたんですか。あと商店街のほうとかでも、いろいろと活動されてるじゃないですか。
そうですね。楽北社中っていう会社は、僕ともう一人、平本さんっていう二人でやってるんですけど、
その方が新大宮商店街の理事もされてて、商店街内の中で朝ごはん屋さんになって入るっていうのもあって、
なんとなく僕も家すぐ近くなんですけど、新大宮商店街が。
ユーザーとしては、それこそ大学初めて買ったテレビは、商店街内のお店で買ったりしてるんですけど。
めちゃめちゃゆかりありますね。
そうなんですよ。でも、その時って正直あんまり意識してなくて、家の近くにある商店が並んでる場所ぐらいの認識でいたんですけど、
平本さんと出会って、商店街って結構魅力もあるけど、課題も多いなってことを知り始めて、
徐々に徐々に関わり始めたみたいなのがスタートだったんですけど、
そんな中で、どちらかというと、僕は人とのつながりで、だいたい活動とか仕事が増えていく感じにあるので、
商店街のほうも、行ってるうちにいろんな拠点だとか、人たちと出会って、ちょっと手伝ってとかって言われることが増えてきて、
今、なんとなく商店街の中でも活動というか仕事をしてるみたいな感じですね。
すごいですね。入り込んでいく、溶け込んでいく感じが、とってぃさんならではの。
そうですね。良くも悪くも、別に僕は商店街の仕事をしようとか、公園の仕事をしようと思って、今があるわけじゃなくて、
なんとなく行ってて、仲良くなってきたら、仕事を頼まれたから、いつの間にかそこの活動してる人になってるみたいなのが、
今やってるほとんどの仕事というか、暮らしの根幹にあるみたいな感じですかね。
仕事の作り方とか、地域との関わり方みたいなのって、京都、作りやすい街なのかなってイメージもあるんですけど。
僕もあんまりいっぱいいろんな街を知ってるわけではないんですけど、京都は本当にすごいつながりがあって、南部の社会だなっていうふうには思いますね。
作りやすいと思いますね。
すごい地に足ついたというか、地元があって、どんどん広がっていく感じが、いいなと思っていて。
今、そういう楽屋のあたりって、コミュニティとして集まるような場所とかって、商店街とか公園とかあると思うんですけど、
他にもいろいろあるんですか?
そうですね。いわゆるコミュニティスペースとか、コミュニティカフェと呼ばれるものが、新大宮商店街の周辺だけでも4つか5つぐらいは知ってるかなと思うんですけど、
ここにみんなが集まるというよりは、それぞれちっちゃなコミュニティが集まれる場所があって、
そこのコミュニティの場を運営してる人たち同士が、わりと知り合いなので、なんか紹介し合ってるみたいな感じに今なってますかね。
結構じゃあ、小さいコミュニティが重なって、
そうですね。
こんな感じなんですね。
そうかそうか。
なんか、シェアハウス的なものとかも。
そうですね。
僕が最近、去年出会ったハッチ京都っていうシェアハウスがあって、そこも新大宮商店街のすぐ近くにあるんですけれども、
通りのすぐ近くにあって、大きな小民家を使って、若い20代中盤から後半の人が5人ぐらいで共同生活してる場所なんですけど、
シェアハウスであり、ゲストハウスもやってて、かつ、なんかコミュニティカフェみたいな活動もしてる場所なんですけど、
そこに僕は最近よくイソウロウと呼ばせてもらってるんですけど。
住んでるわけじゃないけど。
住んでるわけじゃないです。
しゃべってみる、話しかけてみるって結構大事なのかもしれないですね。
そうですね。
とうちさんは、わりと自分から行くタイプなんですか?
気になったら話しかけますね。
いきなり通りかかる人、しゃべってかけたりはしないですけど、
例えば屋親さんに、ちょっと気になる野菜があったら、ちょっとその店主さんにお話しかけたりして、
その野菜の話だけじゃなくて、いつからこのお店やってあるんですか?とか、
そうすると、なんか結構面白いネタを返してくれたりするんですよ。
なんか、ここは実は誰々の出生地であってみたいなとか、
そういう話の中から、なんかその人は松江でとか、
なんかそんなことがあったりもするんですけど。
意外とちょっと話してみると、
たぶんみなさん、面白いエピソードとか、ストーリーを話してもらえるようなことが多いイメージがありますね。
ちょっとずつその関係性って、たぶん深まっていく気がするので、
なんか今日話しかけてみて、次、こんな話もまた出てきたみたいなのが。
そうですね。僕はなんか、結構大切にしてることは、
なんか面白いなと思った場所だとか、面白いなと思った人には、
割と早めにもう1回採訪する、訪れるっていうのはすごい重要なことだなと思っていて、
それはちょっと意識してやってますね。
なんか、村作りとかのキーワードにもつながるような考え方なんですけど、
なんかその村っていうのはどっから出てきたの?
村っていうのは、なんかそろそろ東京で仕事してて、
やっぱちょっとなんか、自分の人生観とはこのままいったら合わないなと思ったときに、
なんか自分が本当にやりたいことはなんだろうなみたいなことを、
自己分析とかしてたんですよ、東京で。
で、まあ経営の話だとか、なんかそういういろんなビジネスみたいなよりで、
ちょっと結構考えてたんですけど、結局自分がやりたいことはなんだろうなと思ったら、
なんか気の合う仲間というか、ある特定の人って意味じゃなくて、
なんとなくこう、志とか感覚が合う人たちと一緒に、
仮に今100年時代なので、100歳死ぬまで、
なんか好きなことやってたりだとか、なんかこれやったほうがいいよねってみんながなることをやれる、
続けられるような環境に生きていきたいなっていうのを思って、
そうなったら、なんかそんな環境って別に今誰かが用意してくれるわけじゃないんで、
自分で作っていかなければならないし、
それは結局なんかコミュニティを作ることだから、
なんかまちづくり、でもまちって言うほど大きなことをしたいわけでもないし。
ちょっとちっちゃいぐらいの。
ってなって、なんか村ぐらいのサイズ感かなみたいな、
それでちょっと抽象的に言い始めた感じですかね。
村は京都とか、その滋賀とか、あと沖縄とか、それぞれの村ができたらなみたいな感じですか。
僕の感覚的には、なんかそのあるどこかの土地に自分の村ができるというよりは、
なんか自分が関わっているコミュニティ全体が、
有機的につながって、なんかバーチャル村みたいな、
バーチャルって別にネット上のって意味じゃなくて、
なんか感覚的にこう、場所が決まってない村があるみたいな、
そんなイメージかなと思ってますね。
土地というよりか、つながりベースで広がっていくような感じなんですかね。
そうですね。
村づくりは、なんかこう、誰かリーダーが率先してやるというより、
たぶん本当にそこに関わっている方々が一緒に作っていくような。
そうですね。
まあ実際まちもそうだと思うんですけど、
誰か一人が旗掲げてやるタイミングもあると思うんですけど、
やっぱり、なんかそれぞれがやりたいことを実現していった結果が、
なんか一つの、なんか面白いまちになってると思うんですけど、
そんなことを、こうゼロから作っていけたら面白いなと思ってる感じですかね。
京都で村をつくろうみたいなね。
そうですね。
いいかもしれないですね。ありがとうございます。
なんか京都で、そのおすすめの過ごし方とか、
なんか気に入ってることとかってありますかね。
なるほど。
楽屋限らずでもいいでしょう。
なんか僕は、三拠点を目指してるというか、
まあやってる理由でもあるんですけど、
なんか、こうシーンとか季節に合わせて、
なんかやっぱり良い場所とか体験って違うなと思って、
京都でいうと、
まあ、ベタなのは春と秋っていうのがやっぱり過ごしやすいとはあるんですけど、
好きなのは、一番好きなのは五山のおくり火がすごい僕は好きで、昔から。
あの夏の風物詩館は、
しかもなんか京都のイベントって割とこう局所的にやることが多いんですけど、
やっぱあの五山のおくり火は町全体でこう一つの京都をつくるみたいな雰囲気があるじゃないですか、
あれがすごい僕の中でベタですけど、好きなイベントというか行事ですね。
そうですね。僕もよく言うのだと、大門寺焼きとかで聞いたことある方もおられるかもしれないですけど、
僕、家のベランダからちょうどその台。
見えるんですか?
見えるんですよ。それこそ京都に戻ってきたのも、大門寺山のそばに住みたいな、
気軽に登れるような生活がしたいなと思って、そのあたり住んでるので。
うち3階なんですけど、1階にファミリーで仲良くしてるご家族が住んでて、
毎年3階に集まってもらって、一緒に見るっていうのを、ここ数年はやってて。
めっちゃいいですね。
そうですよね。大門寺山が見える家に、だいたい人が集まっていくみたいな、
8月の16日はみんなが集まるみたいな、ありますよね。
お隣も家の屋上に集まって、みんなワイワイ見てるみたいな、あったりとか。
結構、道路というか、山が見えるところみんな集まって、ワイワイ眺めてる感じは、京都らしい景色かもしれないですね。
いいですよね。
鴨川から見る大門寺と、北のほうなんで、船形っていって、見るのがすごい好きですね。
来る機会あれば、ぜひみなさん、コンプリートなかなか難しいかもしれないですけど。
難しいと思うんですけど、4つぐらいまでは、なんとか、自転車があれば、いけるかなと思いますね。
テレビで見るでも、十分きれいなもの見れますが、ぜひリアルなもので、見ていただくといいかもしれないですね。
最後に、せっかくなので京都の暮らし、実際してみたいなとか、
今、京都住まいの方は、もうちょっといろんなところつながってみたいな、興味あるところかかってみたいなとか、ある方おられるかなと思うんですけど、
関わりしろ的に、こんなんやってるよとかあれば、ご案内いただけると。
そうですね。商店街も公園も、シーズンごとにイベントとかもあったりはするんですけど、
常にここに来たら、いったんつないでもらえるみたいな場所をちょうど作りたいなと思っていて、
しおみわ商店、今は現状でいうと、さっきちょっと紹介したシェアハウスの八地京都という場所が、
常に人がいるし、僕もよく関わっているので、そこにいったん来てもらえれば、
地域の面白いこととかは紹介できますし、そこはゲストハウスでもあるので、
もし京都外の人だとしても、京都旅行のひとつの拠点としてそこを使ってもらったら、
地域も案内できますし、人も紹介できるんで、
いったん八地京都というゲストハウス、シェアハウスに遊びに来てもらって、
とっていますかって言ってもらうと、僕がその人にあった出会いをコーディネートできるかなと思います。
案内所的な。
そうですね。地域の関係案内所みたいなのができたらいいなと思ってて。
結構なんかそういう利用されたりも実際あるんですか?
現実まだ、結局僕がそういう意識で関わっているんで、僕経由で来る人はそういうイメージで来てくれるんですけど、
まだそれに特化した場所に今はできているわけではないので、
これからそういう風になっていけたらいいなっていうのをメンバーのみんなと話してますね。
いいですね。なんか普通に来るだけだとなかなか出会えない場所と出会えたりとか、
人と出会えたりみたいなのが。