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みなさん、こんにちは。行きたくなる世界遺産です。この番組は、学校の教科書は旅行雑誌には載っていない、世界遺産の魅力について厚く迫る番組です。
KANAEさん、世界遺産とはどういうものですか?
はい。世界遺産は、文化遺産、自然遺産含めて多種多様なものが登録されています。各国にいろんな違いがあるので、その違いを批判するのではなく認め合って争いをなくしていこうというもので、いろんな国の違いを知るための教科書のようなものです。
はい。そして、みなさんの耳のお供をするのは、世界産検定マイスターのみどと。
KANAEです。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
大丈夫ですか?
大丈夫です。
ちょっと危なかったですね。
はい。噛んでしまいそうでした。噛んでた。
噛んでた。
甘噛みですかね。
はい。
ということで、2月中旬になって、雪がね。
そうですよ。
だいぶすごかったみたいですね。
うん。ね。京都とかもね。
雪がね。
そうそうそう。
積雪が。
そうなんですよ。ちょうど僕たちが京都で西本岩自然動員でイベントさせていただいたんですけどね、2月2日に。その翌週が豪雪だったらしくて。
いや、新幹線とかも結構動いてなかったというか遅延してたみたいじゃないですか。
らしいですね。
だから1週間遅かったらね。
そうですね。
結構まずい状態でしたね。
まずい状態でしたね。本当に。
危機一髪でしたね。
そうですね。でもイベントも大盛況でしたね。
そうですね。たくさんの方に来ていただきまして、京都っていう関西圏って、わりと私たちもあんまりどんな人たちがいてくれてるのかってのもわからない状態でもあって、どんな人が来るんだろうとか。
そうですね。
新しい場に乗り込むって感覚で行ったんですけど、まさかあんなにね、多くの方にご参加いただけるとは思ってなかったので嬉しいです。
なんか関西圏のみならず関東から遠征して来ていただいた方とかもね。
いらっしゃいました。
いらっしゃいまして。
ありがとうございます。
で、われわれ仲良くしていただいてる杉部さんも来ていただきましたね。
ドッキリ登場でしたね、杉部さん。
本当にね。まさか来るとは思わなかったので。
そうそうそう。嬉しすぎました。
なんかね、みなさんちょっとお土産というか、お土産を持ってきていただいてる方もたくさんいまして、本当にちゃんと全部おいしくいただきましたね。
私もね、結構全部食べてるかも。
猛スピードで食べてます。
今日ね、今日収録してるのは京都のイベントから約1週間なんですけど、本当に9割くらい食べた、もう。
そうですね。僕もそうですね、もうすでに帰りの新幹線でつまんでました。
本当おいしかったです。
おいしかったですね。
ありがとうございます、みなさん。
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またね、これ買ったっていう方もね、また引き続き何かチャンスがあればイベントできればと思ってますので、機会、タイミングがあればぜひぜひチェックしてきていただければ嬉しいなと思ってます。
また関西でやってくださいってメッセージくださった方もいて、今回行けなかったんでお願いしますみたいな。また行きたいです。
そうですね。ファンフェス関西でやるかもしれないんで。
なるほどね。場所はね、まだ確定してないですからね。
確定してないですからね。
そうです。
そうですね。
交互期待ということで。またその時にね、こういった形でお伝えしますし、生きせかのホームページ見ていただければ、そこにイベント情報はすべて網羅されてますので、ぜひチェックのほどよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ということで、今日の世界遺産行ってみようと思います。
はい、ではですね、今回の世界遺産です。
なんかすごいこう、顔が、けっこう楽しみな感じですか?今日の世界遺産。
いえ、いつもの決められた仕事をいつも通り、完璧にこなすのになって。
じゃあ、はい、行ってください。どうぞ。
今日はですね、南米ですよ。
南米?
はい。
あ、南米?
南米です。
ほんとですか?
はい。南米はチリの世界遺産です。
おー、はいはいはい。
チリと言ったら何ですか?
チリと言ったら、アンデフ山脈とか、アタカマ砂漠。
はい、おー、はいはいはい。
星がきれいなとこですね。
そうですね。とか、乾燥地帯でもあり、なんとか海流みたいな海もありますよね。
はいはいはい。
あとお酒とかね。
そうですね。チリと言ったらワインですね。
はい。
ですが、それらに関係する世界遺産ではなく。
はい。
今回紹介する世界遺産は、チロエの境界道群という世界遺産です。
はいはい。すごい、なんかまたニッチなところ持ってきました。
はい。とびっきりなね、ニッチなところを用意しました。
おー、はいはいはい。
前回ね、僕紹介したのがオランダのキンデルダイクっていう、結構世界遺産好きの人には有名な場所だったんで、今回ちょっとね、なかなか日本からも距離があるし、なかなか知られていないような場所をちょっとピックアップしました。
はい。ということで、ざっとですね、紹介しますと、16世紀、新たなキリスト教信者の獲得を目指し、ヨーロッパから旅立ったイエズス海。南米大陸を侵攻したスペインはインカ帝国を滅ぼし、各地に侵攻拠点を築いていきました。
で、これ侵攻した拠点って、そのまま自動的にね、その国の領土になったわけじゃないんですね。
で、例えばこのチリでいうと、スペインのイエズス海が侵攻していったんですけども、
はい。
侵攻攻略成功したら、じゃあそこがスペインの領土ってなったわけじゃなくて、やっぱローマ教皇の許しが必要だったんですよ。
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なるほどね。
はい。ということで、ローマ教皇側から、土地の住民をキリスト教徒にした場合、その土地の所有を認めるよという条件が付けられました。
布教が伴うんですね。
布教が伴うんですね。
そうなんです。
領土獲得には。
そうなんです。
はい。
はい。ということで、軍が入ってって、侵攻して、侵攻したらその後に宣教師が入って布教をして、正式にスペイン、イエズス海の領土が認められたという流れになるそうです。
だから、絶対船に聖職者が乗ってるんですね。
そうなんですよ。
勝手にはできないから。
そうなんです、そうなんです。
ちゃんと大義名分が必要だったんですよね。
それはそれでどうなのかというね、今から見るとありますけど、その当時はヨーロッパ側からするとそういう事情があったと。
ということで、南米各地にイエズス海の拠点を築いていきます。
その中には、エクアドルの世界遺産、キト紫外も含まれていました。
大好き。
あれさ、なんか紹介してましたよね、キトって。
なんだっけ、ボイシーだっけな。
キトの旧世界、紹介してたかもしれないです、教会を。
ラ・コンパニア教会だったかな。
金がすごい使われてたりとかね。
そうですね、キトといえばね。
なんですが、エクアドルなんで、赤道近くの国からどんどんどんどんさらに南へ南へ拠点を作っていくんですけど、
そこで、最果ての地に到着します。
本当にね、チロエ周辺っていうのは、地理の中でも南極にかなり近づく場所にあるんですよ。
人間が暮らしている、暮らせる限界近いところなんでしょうかね。
当時からすれば、ということなんだ。
ということなんだ。
そうなんだ。
バカボン出てるじゃん。
なんですけど、この土地ってね、実はなかなか難しくて、進行するには。
マプチェ族っていう種族がいたんですけど、この種族は武力的にめちゃくちゃ強い種族で、
戦闘派なんだ。
戦闘派なんです。
あのインカ帝国ですら制圧できなかった。
そうなんだ。インカってだってめちゃめちゃ強いですもんね。
最強って言われてましたよね。
あの辺一帯をね、制圧していたというかね。
インカですら制圧できなかったマプチェ族がいたんですけど、これにスペインもかなり苦戦を強いられます。
なかなか進行できない中で、ある島の住人だけが寛容に受け入れてくれたと。
それがチロエ島ということです。
島だし、かなり南に寄った場所にあるし、さらに雨が多くて、厳しい気候のチロエ島はキリスト教の執着地とも呼ばれたそうです。
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ということで、いきますよ。
今回のミドズポイント。
液体がね、深いというか、こもってる感じのね。
ムーディーに塗ってみました。
今回のミドズポイントは3つあります。
大丈夫ですか?自分で自分を苦しめてない?
自声が忘れちゃった。
自分の声どんな声だったっけって。
遊びすぎて忘れちゃった。
3つあります。
まず1つ目。
1つ目が、入植者と先住民の文化的融合。
先に言ってますよ。
2つ目が、チロエの境界道群の特徴。
チロエ様式とは。
そして最後3つ目に、チロエの今という順番で巡っていきたいと思います。
まず1つ目です。
入植者と先住民の文化的融合なんですけど。
チロエ島っていうのは、1567年にスペイン支配後にイエズス海が占拠活動をします。
まずイエズス海は、島の中心街であるカストロっていうところに教会を建てるんですよ。
それが今、世界遺産に登録されているカストロ境界道っていう境界道なんですけども。
そこに、メイン拠点となる境界を開いて、寒来に迎えてくれた島の住民たちに溶け込もうという狩いをします。
例えばですね、具体的に言いますと、ミサってあるじゃないですか。
ミサは、この人たちスペイン人なんで、当然スペイン語でミサをします。
なんですけど、これはスペイン語を使うんじゃなくて、現地の先住民語でミサを行ってた。
難しい。難しくないですか、それ。
むずいでしょうね。
何語なのっていうくらいの感じじゃないですか、先住民の人たちって特に。
そうですね。だからそこの言語をまず理解しないといけないから、かなりプロセスがね。
環境構築できてたんでしょうね、ということは。
そうですね。っていうのもやっぱりこう、チロイの人たちが寒来に迎えてくれたからっていうのもあったんじゃないでしょうかね。
もちろん今はね、スペイン語は共通語なので、今ではミサはスペイン語でやってるとは思うんですけど、
当時は先住民の言葉を使ってやってたと。
はい、すごいな。
だったり、やっぱり宗教なんで、キリスト教とは異なる教えがあると、やっぱ選挙活動的に困るわけじゃないですか。
なんですけど、この土地にまつわる民謡だったり、土着信仰を無理やりやめさせようとはしなかったそうです。
ということで、土地の文化やしきたりを守ったと。
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なんかこう、限度がちゃんとあっていいですね。
無理やりこうしなさい、これをしゃべりなさいっていう、私たちが知っている、
国体国会時代のなんか、そういう雰囲気ではなくて、寄り添い合うじゃないけど。
そうなんですよ。なんかね、ちょうどいいポイントを見つけながら、友愛的に布教してたっていう。
そうですよね。
かなり珍しい例なんじゃないですかね。
それができると、きっとお互いにとってもいい面が出てきますよね。経済的なとか。
そうですね。
こういった宗教的な事柄以外でも、文化面で民謡っていうね、現地の文化がありまして。
民謡。
民謡。これ何かっていうと、例えば建物引っ越しとかね、大きな人手がいるときは、みんなで助け合ってやると。
で、やってもらったら、今度は自分が何か助け合えるときに加わると。
っていうような助け合いの文化ですね。こういった民謡っていうのがあって。
これすごいのがね、この人たちね、海での漁が主な産業だったんで、魚が釣れなくなったら、拠点を変えないといけないじゃないですか。
それでね、建物ごと引っ越すらしいんですよ。
でも、そういう民族の方々いますよね。
いますよね。
お家ごと引っ越して漁とか、飼料して暮らしていくみたいな。
じゃあ、もう移動式になってるんだ。
移動式らしいです。
すごい。
っていうことにも当然加わったと。
で、こういった友愛的な関係性から、入職者と先住民がね、とけ合って、多くの方が結婚したことで、文化的融合が深まったとされています。
なんかちょっと布教形態が、僕たちが教科書で知るような内容とはちょっと違った、すごい温かいものだったと。
なるほどね。
はい。
なんか素敵ですね。
いいですよね。
うん。
こういうのだったらね、なんかすごい宗教のあるべき姿って言ったら、ちょっと大それた言い方になりますけど、なのかなって思っちゃいますね。
なんか、寛容に受け入れてくれるっていうのはすごいことだと思うんですよね。
思った。だって全然知らん人じゃないですか。
そうだよ。絶対攻撃しちゃうじゃないですか。
だって、それまでさ、しかもさ、インカ帝国滅ぼしてんすよ。
たしかに。
絶対やられるじゃん。
怖いじゃないですか。そもそも、だいたい争いになるわけで、でもそれすごいわかるんですよね。
知らん人が来て、何してくるかわからないんだったら、とりあえず武器持ちますよね。
事実、日本だってそうでしたからね。
開国したら何されるかわかんないって言って、日本内でもその開国派と幕府側で割れたんで。
そうですね。
いや、すごいですね。
すごい寄り添い合えたっていうのは奇跡すぎる。
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まあ、南米再編派手の地っていうのもあったんでしょうね。
それができたのもね。
ということで、2つ目に行きます。
はい。
チロエの教会道具の特徴、チロエ様式と。
ということで、早速世界遺産的な要素に入っていきたいと思います。
先ほどのね、人々が助け合う民画っていう文化なんですけど、これによって多くの木造教会が作られていくんですよ。
はい。
で、さらに木造なんで修繕もされていきます。
で、ここでね、ちょっとね、はっと思った方もいると思うんですけども、
例えば、他の世界遺産、キトの市街とかっていうのは、南米北部にある世界遺産なんですけども、この教会とかってだいたい石造りじゃないですか。
そう、ゴシックで石造りのものが多いですよね。
はいはい。
なんですけど、このチロエは木造教会なんですよ。
これがまあ、一つの特徴というか、なかなか珍しいのかなというか。
まあ、そうですよね。ヨーロッパの文化が混合しているけれども、木造なんですね。
そうなんです。
っていうのもね、ここチロエっていうのは島なので、まあ、素資源が限られたっていうのもあるんですけど、
一番大きな要因は、この教会建設に携わった人たちがどういう人たちかっていうことなんですよ。
これはね、この教会作ったの実はね、船大工さんがほとんどだったらしいんですよ。
あ、そうなんだ。
確かにこう、海のそばとかだとね、木材使って船作ったりとかしますよね。
そうなんですよ。
そういう人たちはいっぱいいそうですよね。
そうなんですよ。まさに今ね、かなやさん言ったとおり、まあ、ここの主産業って漁なんで、
当然、船大工さんがすごいいっぱいいたんで、それをもって、まあ、当時はね、木の船を作ってたんで、
船大工さんの知識が教会建設に変わってたと、いうことなんですよね。
で、その特徴がね、建物にも随所に残っていて、建物の中から天井を望むとすごくわかりやすいんですけども、
天井の構造がそっくりそのまんま、船底をひっくり返したような構造になっています。
あ、そうなんだ。
はい。
ちゃんとそこはね、船大工が作った証拠が残ってるんですね。
そうなんです。
なんで、張りっていうものはないですよね。
基本的に建物って、日本の建物もそうですけど、屋根をつなぐ張りっていうものがありますよね。
でも、漁船とかって、張りってないですよね。
船底は、1本柱があって、そこをこう、あばら状に、
なるほどね。あ、そうですね。
で、そういった構造になってるっていうことですね。
はい。
で、そして、釘はほとんど使われておりません。
職人の技なんですね。
そうですね。本当に寸分の細寸で作られたと。
で、さらにさらに雨が多いんですよ、この千老江島っていうのは。
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っていうこともあって、建物の浸水をから守るために、壁面が、鱗型に木片を重ね合ってるんですよ。
要するに、瓦みたいな形になっている。
はい。
屋根瓦みたいな形で木片を重ねて、水はけをよくして、中に水が入ってこないようにしていると。
それで、なんか水の流れを作るんですかね。
そうですね。だから、上から下に向かって重ねてるんで、
要は、そこは浸水しないじゃないですか。
あ、そういうことか。
上から雨が降ってくるんで。
なるほどね。
逆流しない限り浸水しないんで。
そうやって、雨水から境界を守っているっていう。
で、さらにね、特徴的なのが、境界の入口中心部にね、大きな塔が1本、どの境界にも立ってるんです。
塔が立ってる?
はい。塔が備え付けられてるんですよ。
で、中心にあるカストル境界塔だけ2本あるんですけど、その塔が、要は夜になると、灯台の役割をしてたと。
はい。
ということで、海辺の漁師町っていうこともあって、その文化とか風潮っていうのが大いに入っている境界ということです。
霧とか多かったんですかね。
なんでしょうかね。でも雨が多いってことは霧もあるんでしょうね。
そうですね。そんなに立ってるってことは、気候的にね、目印もわかりにくいとかだったのかな。
そうでしょうね。
漁師町なんで、灯台っていうのは必ず必要だとは思うんで、それを境界が兼ねていたっていうんですね。
今ではね、そういう近代的な灯台があるとは思うんですけど、かつてはそういった役割をしてたということです。
で、内装はヨーロッパの伝統を基調にしながらも、装飾品だったり、外壁の色ですね。色合いは現地特有の明るい色を採用しています。
ということで、南米本土ではちょっとね、先ほども木との話もしたんですけども、だいたいスペインってコロニアル様式のね、建物が多いんですけど、
ここのチロエっていうのは、チロエの文化とか風習がヨーロッパの文化と融合しあって、他にはないような独特な建築様式をとっているっていうことで、
これをチロエ様式と呼んでいます。
あんまり他の土地では見ない境界の作りというか、見た目ですよね。
そうですね。そうなんです。見た目もね、結構明るい色使ってるし、なんかその構造も独特っていうか。
やっぱ、今ちょっとね、調べながら話してるんですけど、あれですね、そんなにこう大都会じゃないから、
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そうなんですよ。
めっちゃ田舎なんですよ。
綺麗ですね。
結構、境界が生えてますよね。
うん。わー、すごい。空が広いし。
そう。そのね、メインのカストル境界像なんて、紫と黄色の奇抜ない。
確かにね、普通使わないくらい。
レイカーズカラーですよね。
確かに。あんまり使わないですね、家とか建物にね。
ということでね、こういった独特の様式、チロエ様式の建物が特徴な境界道具なんですけども、
やがてこの境界っていうのは、島では宗教だけのものではなくて、学校だったり病院、あるいはお祭りの場として、
広くね、使われるようになって、島民にとっては重要な意味のある場所に変わっていったんですね。
というような背景があります。
はい。
そして最後、3番目、チロエの今ということなんですが、
まあ、宗教師と原住民が解き合って、非常に温かい雰囲気で暮らしていったんですけども、
そんなイエズス会との友愛的な交流も終わりが訪れます。
1767年、イエズス会の追放。
追放。
追放されることになります。
まあ、これね、チロエのイエズス会が何かしたっていうわけではなくて、
スペイン本土の方で、ローマ教皇とスペイン国王の間に溝ができてしまって、
なるほどね。
その余波が、キリスト教の終着点と呼ばれたチロエにも訪れたんですね。
ということで、イエズス会はこのチロエの地を離れていきます。
すごい、そのまま続けられないんですね。違う大陸なのに。
それでまたやってくるって、もう違うよとかって言いにくいってことですよね。
出ないといけなかった。
当時チロエにいたイエズス会の人たちも非常に歯がゆかったんじゃないでしょうかね。
なんでわしらがって思ってたと思いますよ。
確かに。
勝手にそっちでやってくれやって。
揺らされてますもんね。
そうなんですよ。
ということで、イエズス会はこの地を離れていくんですけども、
その後、このチロエを引き継いだのがフランシスコ会が引き継ぐ形になります。
引き継がれるんですけども、このチロエ様式の教会道群はその後も残されていて、
それこそミンガの精神で教会道の修善修復を繰り返して、
今も多くの教会が歴史と文化を守り抜いていると。
すごい。ちゃんとそのままにしてくれてるんですもんね。
そうなんです。残ってます。
まあね、信仰してる人もきっとたくさんいるんでしょうけどね。
いや、状態を保つっていうのもまたすごいですよね。
そうですね。なかなか。
しかも木造ですか。
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ですよね。
雨の多い土地で。
確かに。
ということで、18世紀から19世紀の間にかけて建築された教会で現存するものは159頭。
すごいたくさんある。
その中からカストロ教会道をはじめとする14頭が2000年に世界文化遺産として登録されました。
14頭以外にも159頭すべって合わせると。
そうですね。
島の中だってことですか。
厳密にはチロエって諸島になってるんですよ。
本島以外にもいくつか島があって、それを合わせると159頭あるみたいですね。
じゃあ結構分散してるんだ。
そこにもあるみたいです。
ちょっとあれみたいな感じですよね。
長崎の雨草地方とか。
なるほど。
みたいな感じなんですけど。
長崎の方は景観が主に、離島の方は景観として世界遺産になってますけど、
で、メインの大浦天神堂だけ建物がね、そのものが世界遺産ということなんですけども、
このチロエは建物自体がね、世界遺産ということです。
作りがね。
ということで、今回の世界遺産は、チリのチロエの境界導群でした。
ありがとうございます。
ということで、どうでしたか?チロエ。
なんかこう、かわいらしいイメージあったけど、やっぱね、蓋開いてみると風景とか見てもかわいらしいし、
でもやっぱね、チリって大自然だから、その雰囲気も感じられていいなぁなんて思いましたね。
そうですよね。
なんかちょっとさ、こういった宗教系の世界遺産って、どうしても闇な部分ってあるじゃないですか。
ここって珍しく、当然闇な部分もあるんでしょうけど、
バックボーンの大元になっている部分が、すごい人間的に温かい繋がりがあるなと思って。
そういう部分も少なからずあるんだなっていうね。
まあ、良い部分と悪い部分が、きっとその時代ってあったと思うんですけどね。
まあね、すべてがいいわけじゃないですからね。
でも、いい面もきっと、現地の人たちに与えてたんだろうなと思うと、すごい温かくはなりますね。
そうですね。なんか、どうしてもスペインの南米進行って、すっごいなんか暗くて、
イメージ、ぶっちゃけ悪いじゃないですか。
まあね、奴隷制とかがね、強くなっていった時代ですからね。
そっから三角貿易ができたりとかさ、
もうなんか、悪名堂開いて、すごいなんかちょっと言葉を選ばずに言ってますけど、
ある中で、こういった場所もあるんだなっていうのが、ちょっと意外だったので、
確かに。
ちょっとこの機会に紹介してみようかなと思って、ピックアップしました。
27:02
ちなみに、このキリスト教の終着点と名の通り、このチロエ島はですね、アクセスは非常に大変です。
大変そう。南でしょ?
南です。
日本からは、アメリカの都市などを経由して、チリの首都、サンティアゴへ。
そこまで、たぶん20数時間とか、下手したら30数時間とかかかるんでしょうね。
遠いですよね。ほぼ裏側ですよね。
そこから、カストロの空港まで、約2時間のフライトにありそうです。
でも、1回、アメリカ経由してサンティアゴ行って、さらにまた移動なんだ。
そうです。
サンティアゴからは、なんと1100キロ南離れているそうですね。
かなり離れてます。日本から。
だって縦長ですもんね。めっちゃ広いですもんね、チリってね。
そうですね。南極大陸から指でなぞったほうが、たぶん近いかもしれないですね。
確かに。
島自体もね、結構でかくて、なんと南米で5番目に大きい島だそうで。
それは大きそうだな。
日本で言うと、四国の半分ほどの大きさが。
もう島じゃないですよね、そう考えるとね。私たちからするとね。
そうですね。非常に大きな島だそうです。
すごい、なんかこう、日本すごいちっちゃいから、そんな大きな国ってどんな感覚なんだろうって、よく思っちゃいますね。
いや、そうですよね。
なんか、私、北海道出身じゃないですか。
なんとなく、関東とか、北海道以外の県の人たちからする北海道の大きさと、なんか感じ方が似てる気がするんですけど。
確かに、そうかもしれないですね。
そのまた、すごいバージョンなんだろうなって、よく考えちゃいますね。
ちろえも、あれか、イオンまで119キロっていう看板があったじゃないですか。
それはないでしょ。
トイザらスとかね。
トイザらス。
あんのかな。
なんか、ちろえからイオンまで119キロどころじゃないですよね、たぶん。
確かに。そういう看板もね、ありますもんね。
119キロだから、全然ね、1時間半とかで行っちゃう?2時間ちょいとか。
そう。
車飛ばせばね。
119キロ先あるイオンに行こうと思わないか。
確かに。
なかなかちょっと、道民の方のあれはわかんないですけど。
そんなね、各市にはイオンたぶんありますよ。
本当ですか。
全然あると思う。各市、今思ったかもしれないけど、全然イオンはたくさんあります。
数十分くらいで。
そうですね。
全然、そんなね、そんなの人いない土地じゃないんで大丈夫。
でもね、大陸が広いっていうのは、そういう感覚をあんまり味わわないから、すごいなって思いますね。
確かにね。またたぶん文化とか、グルメも独特なんでしょうね。
なんかたぶんなんですけど、私、北海道に住んでるときはいろいろ行きましたよ。車とか飛行機とか使っていろいろ行ったんですけど、まだ行ったことがないところはあるわけで。
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そうですよね。
だから、チリの人たちなんて南に住んでて、北側には行ったことないからわからないって人はきっといるんだろうなって。
いやー、じゃない。
そうですよね。
思います。
確かに。あんな細長かったら。
行けないですよね。
それはさ、めっちゃ北にいる人が、南のチロエとか、絶対行ったことない人いますよね、いっぱい。
そう、むしろ北に行くんだったら、アルゼンチンとか行っちゃえとか、フェル行っちゃえとかね、の人たちもそうじゃないですか。
確かにそうですね。
そんなに面白いんだったらね。
いや、なんかちょっと面白いですね。
うん。
ということで、行きたくなる世界遺産では皆様からのお便りをお待ちしております。
このエピソードの概要欄にあるリンクから投稿してください。
番組フォローがまだの方は、Apple Podcast、Spotify、Amazon Musicなどから是非フォローのほどよろしくお願いします。
加えて高評価もいただけたら嬉しいです。
Xで投稿される際は、カタカナでハッシュタグイキセカとつけてポストしてください。
皆さんとの交流を楽しみにしています。
ということで。
次回は、たぶん私の世界遺産紹介すると思うんですけど、少しね、近いかも。
予告。予告選抜パターン。
いろんな世界各地のところをやっぱりいつも紹介してるから、今度ヨーロッパ来るかなとかね、期待されてる方もいるかもしれないから一応言っときます。
でも内容は全然違いますが。
内心ちょっと僕がチリの世界遺産で最初に見たときドキッとした。
ドキッとした。
まあ、近いな。
近いけど、楽しい内容を持ってきていると思いますので、皆さんお楽しみに。
では、カタズを飲んで楽しみに待ちたいと思います。
それでは、また来週お会いしましょう。バイバイ。
バイバイ。
この番組は、ちこさん、たもんさん、フェリクスさんの提供でお届けしました。
ご支援いただきありがとうございます。