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2024-10-02 21:46

「困った人」は「困っている人」。完璧を目指さずにラクになれたら

今夜の勝手に貸出カードは、松本俊彦さんと横道誠さんの『酒をやめられない文学研究者とタバコをやめられない精神科医が本気で語り明かした依存症の話』です。


「気分調整成功体験」によって、いろんなものにハマってしまう私たち。お酒、タバコ、買い物、SNS、ゲーム……などなど。快感よりもやめられない理由とは。


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サマリー

本エピソードでは、発達障害や依存症に関する問題を通じて、人間関係の困難さとそれに伴う心の苦痛について考察しています。また、困っている人々とその周囲の関係性に焦点を当て、ハームリダクションの概念を紹介しています。依存症に対する社会の対応とその課題、特にハームリダクションの考え方についても語られています。さらに、他者を排除するのではなく、共存を目指すことの重要性について触れています。

発達障害の現状
真夜中の読書会おしゃべりな図書室へようこそ。
こんばんは、KODANSHAのバタやんこと川端です。
真夜中の読書会おしゃべりな図書室では、
水曜日の夜にホッとできて明日が楽しみになるをテーマに、
おすすめの本や漫画、紙フレーズをご紹介します。
第185夜を迎えました。今夜のお便りご紹介します。
ペンネームこばやんさんからいただきました。
こんばんは、こんばんは。眠れない夜にいつも聞いています。
真夜中の読書会を聞くと必ず寝落ちできるので、とっても助かっています。
何よりです。ありがとうございます。
少し前から大人の発達障害という言葉を聞くようになりました。
最近、私はそういった発達障害を持ったパートさんに仕事を教えています。
文字を認識するのが苦手で、1から100まで細かく、
説明が必要で毎日ヘトヘトです。
そんな毎日から解放されるワクワクするような面白い本がありましたら教えてください。
よろしくお願いします。といただきました。
依存症の理解
リクエストありがとうございます。
毎日ヘトヘトそうですか。それは大変ですね。お疲れ様です。
もう一つこばやんさんからは、コーチングを学ぶように会社から言われていて、
そのコーチングについてお勧めの本があればとリクエストをいただいていました。
この方のためなのかどうか分かりませんけれども、
すごくご自身で学ぼうとされていて、努力をされていて、頭が下がります。
自己成長を促すコーチングも、それから仕事のノウハウを1から教えるティーチングも、すごく労力がいることですよね。
自分だけの仕事が忙しいとはまた違う負荷がありますよね。気も遣いますしね。
さて、そんなこばやんさんに今日セレクトした本は、
発達生涯について解説した本でも、コーチングについて解説した本でも、
ワクワクドキドキする小説でもないんですけれども、
最近私が読んですごく面白かった、アカデミックな意味で非常にワクワクした本をご紹介したいと思います。
読み終わった後に、すごく自分を肯定されたような、おやもやしていたことから救われたような気持ちになったので、この本にしました。
今夜の勝手に貸し出しカードは、松本俊彦さんと横道誠さんの酒をやめられない文学研究者とタバコをやめられない精神科医が本気でカタリア化した依存症の話という本にしました。
この本はこの長い長いタイトルの通り、アルコール依存症の治療中で数多くの事情グループを運営する文学研究家の横道誠さんと、
ヘビースモカニコチン依存症で依存症治療を専門とする精神科医の松本俊彦先生の往復書館で構成された本なんです。
いやいや何の依存症でもないしと思われる方もいらっしゃるかなと思うんですけど、私もそう思いつつ、何となく表紙が面白そうだったので手に取ったわけなんですけれども、
何かにすごく悩んでいるというわけじゃなくて読み始めたんですけど、読みながら思い直したんですよ。私何の依存症でもありませんって言い切れる人ってどのくらいいるのかなって。
お二人の先生のようにお酒やタバコだけではなくて、ゲームとかギャンブルとかパチンコとか、ギャンブルとまでいかないけれども、
例えばスマホゲームのガチャとかね、ちょっとこう執着の度合いが病的になることもあるでしょうし、お金の使い方も派遣度を超えることもあるかもしれませんし、
SNSとかネットショッピングとか、あとは自傷行為とまではいかないけれども、例えば指のささくれをついむいちゃうとか、
美味しいというより痛みを感じるぐらいの激辛料理、激辛ラーメンが好きとかもある種の依存というようなことが書いてありまして、
金鮮麺とか痛みとか具合が悪くなるとか、自分にマイナスがあることがわかっているのにどうしてやめられないんだろうっていうことですよね。
その薬物とかアルコールとかって依存症って聞いた時に、私のイメージは快感があるからやめられなくなってしまうっていうものかなとなんとなくぼんやり思ってたんですよ。
でもそうじゃないんだということがこの本に書いてあって、初めて納得がいったんですね。
ちょっとその箇所を読んでみたいと思います。
思うに彼らをその薬物に借り立てているのは快感ではありません。
というのも快感ならばすぐに飽きるはずだからです。
おそらくそれは快感ではなく苦痛の緩和なのではないでしょうか。
つまり人はかつて体験したことのないめくるめく快感によって薬物にはまるのではなく、
かねてよりずっと悩んでいた苦痛がその薬物によって一時的に消える、弱まるからはまるのです。
快感ならば飽きますが苦痛の緩和は飽きません。
それどころか自分が自分であるために手放せないものになるはずです。
というふうにあります。
これは臨床心理学の学問では自己治療仮説とも呼ばれているそうなんです。
苦痛の緩和ならちょっと納得がいくというか、快感だったらどんどんどんどん量が増えなきゃいけないかもしれないですけど、
苦しいことからちょっとだけ解放されるということですかね。
苦痛の緩和に役立つのは心地よい明定、
例えばアルコールとか薬物には明定だけではなくて、
一般的には苦痛と捉えるものですら役に立つことがあるというのが、
例えば自傷行為のようなものだったり、
少し痛みを伴うものとかっていうのは、
一時的に苦痛から意識を反らすのに役に立つ可能性がありますというふうに書いてありました。
さらに人が何かにハマる時、そこには必ずピンチが存在しているという指摘もありまして、
なるほどと思ったんですけど、
ピンチとは大事な人が亡くなってしまったとか、別れてしまったとか、
大切な人の喪失みたいな受け止めきれない大きな悲しみみたいなケースもあるでしょうし、
何かちょっと無理をしている日々が続いているとか、
無理をした関係性があるとか、
なんとなく今の状況が居心地が悪いとか、
そういったものまでピンチはピンチですよね。
皆さんも何かピンチ、苦痛を緩和する意味で、
ついやってしまう何かがあるんではないでしょうか。
小林さんも誰かを指導したりしながら、
イライラしないように気持ちを抑制したり、
ちょっとした無理を強いられているということですよね。
居心地の悪さを感じることもあるかもしれないですし、
ピンチはピンチなんじゃないかと思います。
私もピンチ、日々小さなピンチはたくさん味わっていて、
それを多分コーヒーを飲むとかビールを飲むとか、
苦いものを飲むことで緩和している。
決して味覚的にすごいおいしいと思って飲んでるっていうより、
やっぱ苦痛の緩和なのかもしれないと思う。
この本を読んで初めて思いました。
先輩は疲れてる時に猛虎丹麺がすごい食べたくなるって言ってて、
私は辛いものはそこまで得意じゃないので、あんまり食べないですけど、
疲れてる時カレーを食べるとか、
麻婆豆腐のちょっと辛めのやつが食べたくなるとかあるかなと、
ものすごくペヤングが食べたい時は疲れてるというのがあります。
あともう一つ思ったのは、こうやってマヨ毒を配信しているわけですけれども、
マヨ毒の配信と合わせてインスタグラムとかエックスとか、
たくさんのSNSも私運営してて配信してまして、
発信するってこともある種に、私にとっては小さな自傷行為による苦痛の緩和なのかもしれないとこの本を読んで思いました。
SNSでバズる快感がたまらなくて続けてるっていうより、
普段あんまり仕事柄口にできないこととか感情を口にしづらいことが多くて、
我慢してるつもりはないんですけれども、
何も関係ない話をSNS上で知らない人たちにつぶやくことで、
和らぐみたいな感覚があるんですよね。
こういうことを気分調整成功体験という言い方をこの本に書いてあったんですけど、
自分の力で気分を変えることができるっていうセルフコントロールの成功体験というのは、
結構強い報酬、快感よりも強い報酬として残るらしいんですよ。
だから習慣化しやすいってことなんでしょうね。
それが依存につながりやすいという話も出てきてました。
そんなふうに言語化されてちょっと少しほっとしたというか、
なんで私こんな誰からも求められてないのに一人で喋ってるんだろうって思うことが時々あるんですけど、
私の中でこの気分調整成功体験なんだなと思ったりしました。
人が健康的に生きるためにはある程度不健康を許容せよという言葉が前書きに書かれているんですね。
完全にクリーンが健康的かっていうとそうではないんじゃないかということが、
この本の中では繰り返し書かれていると思いました。
さてさて、コバヤンさんからのリクエストからはだいぶ話が外れてきてしまったんですけれども、
なぜこの本をですね紹介しようと思ったかと言いますと、
アカデミックなワクワク感というか、知らないことが言語化されてすっきりする面白さということとは別に、
このピンチ、何かにハマるときそこには必ずピンチが存在しているという話からつながるんですけれども、
困った人は困っている人っていう見出しの章がありまして、その言い回しにとてもハッとしたんですよね。
困りごとの本質
コバヤンさんが指導されているから困った人だと言いたいわけでは全くないんですけれども、
ただ実際コバヤンさんはその方へのレクチャーにかなりの時間と労力を取られていることは確かなわけですよね。
それは困った事態なんじゃないかと思うんですけれども、そして一方でその方も困っているんじゃないかと、
困らせたくてやっているわけではなくて、その方だって周りに負担をかけたくないし、
スムーズにやれるならスムーズにやれた方がストレスがなく、心苦しく思っているところもあるかもしれないと想像したりします。
発達障害と依存症の話をごっちゃにするなという向きもあるかもしれないんですけれども、
敢えてこの教本を紹介したのは、この本の書き手の一人である横道さんはご自身が発達障害を辞任していらっしゃって、
発達障害とメンタル的な問題だったり、何かに依存する傾向の重複しやすさについても書かれています。
みんながみんなそういう傾向があるというわけじゃないんですけれどももちろん、
何らかの困りごとを書かれやすいとか、いじめやハラスメントの対象になりやすかったり、結びつきやすさはあるようです。
この本を読んで私が初めて知った言葉がありまして、ハームリダクションという用語です。
ハームリダクションというのは薬物問題に関する用語のようでして、
ハーム、つまり被害をリダクション、減少させるっていう意味ですね。
薬物依存を撲滅する、撲滅するって言い方はちょっと強いな。
なくしていこうっていう国としての薬物政策には、
一般的、今まで従来的なやり方だと2つあって、サプライリダクションとデマンドリダクションという2つの方法があるらしいんですよ。
依存症とハームリダクションの考え方
サプライリダクションっていうのはサプライヤー供給を止める、規制する、販売ルートとか提供者を摘発する、取り締まる方法ですね。
一方でデマンドリダクションは需要を減らす、薬物乱用防止の啓発だったりとか、依存症の治療だったりとかっていうデマンドリダクションですね。
ただ実際には完全に治療によって感知したり、流通をゼロに根絶したりするっていうのは非常に難しくって、
こうした厳しい罰則による撲滅運動だけでは、かえってそういう人たちを支援から孤立させてしまったり、隠そうとするので、
闇へ闇へと見えづらくしてしまうっていう弊害もあるわけなんですね。
変わってそのハームリダクションという考え方はどういうものかと言いますと、ある一定層薬物に依存して抜け出せない人がいる前提で清潔な注射器を配るとか、
剤や副作用の少ない純度の高い薬物の少量を配るとかっていうふうに、
ハームを最小限にすることを利害の目的にする方法なんですね。
イギリスではアルコール依存症のホームレスや低所得者の方に対して、ごくごく微量のアルコールを炊き出しと一緒に無料配布するとかっていうのも結構効果的であるという話も載っていて、
これもハームリダクションの手法ですね。
最後の対談ではギャンブル依存症の話が出てくるんですけど、それも1000円とかごくごく小額かけていい金額を配るとかっていうやり方もあるなって話も出ていて面白いなと思いました。
私が少し前に知った言葉で、もう一つネガティブケイパビリティっていうワードがあるんですけど、
ネガティブケイパビリティは明確な答えが出ない事態とか、劇的に改善したり完全に良くなったりしないものに対して受容する能力、キャパシティみたいな意味なんですけど、
ハームリダクションとちょっと似ているところがあるなと思って、ハームリダクションとネガティブケイパビリティと、今後非常に支えになる考え方だなと思ったりしたのでちょっとご紹介しました。
社会の中の障害と多様性
白と黒に分けて、黒を白にしよう。完全に白にしていくことを目指そうってするんじゃなくて、どこまで行っても真っ白くはならないのを前提にしつつ、自分たちのお互いのストレスを緩和する最悪の事態を避けるとか、軽減するとかっていう感じですかね。
さて、今日はこの酒をやめられない文学研究者とタバコをやめられない精神科医が本気で語り明かした依存症の話から紙フレーズをご紹介して終わりたいと思います。
もう一人の著者である松本俊彦さんは、精神科医として教員向けの薬物濫用防止教育の講義を依頼されることが多いそうなんですね。
ダメ絶対ってやつですね。ダメ絶対っていうテーマで依頼されると、それについて松本さんは書かれています。
告白しますが、私はこのテーマで講演をするのが大嫌いです。とにかく心のエネルギーがそがれる。
主催者側はやたらと対魔の怖さを教えてほしいと要望してきますが、正直私には何をどう話したものか見当もつきません。
私に話せるのは対魔の怖さではなく、村のルールを破った人を袋叩きにする日本社会の怖さだけです。
というふうにありまして、ここだけですね突出して動きが強くて、松本さんのね強い生きどおりを感じたんですよ。
それ以外のところは、この本は往復書館の体裁をとっていまして、
ヘイ都市、ヘイ誠って呼びかけ合っていて、ゆるがらみし合うおじさんって感じでほっこりする、そんなゆるトーンですらすら読めちゃう本なんですけど、
困った人の困りごとに目を向けることなくただただ排除してしまう。
自分たちの中に、自分たちの学校にいなければいいっていう考えに対する生きどおりでしょうかね。
問題は社会の側にあるかもしれないのにと。
障害は社会の側にあるという言い方をしたりしますよね。
例えばメガネが発明されていなかったら、禁止になった時点で教育を受けることも仕事を得ることも難しいかもしれないですし、
海外に行けば日常の会話も回らないっていう状況に誰しもが陥ったりするっていう、
困った人になってしまうのはその人に問題があるんじゃなくて、社会の側に課題があるという考え方、見方ですね。
紙フレーズで挙げたテーマからちょっと少しずれてしまうんですけれども、
今、ダイバーシティとか多様性とかっていうのが理想論として高々と掲げられる一方で、
実際問題として現場の本音みたいなところで言うと、異質なものを排除したい気持ちも裸に言いづらいからこそ、
よりネガティブな感情が強まってるんじゃないかなという危機感も感じることがあります。
だって同質的な集まりの方が安心だし楽ですもんね。
そんな中で先ほどご紹介したハームリダクションっていう発想を、
ある一定の人がそういう人だってことじゃなくて、ある一定嫌な感情を持つ人はいるっていう、
みんながホワイトな気持ちではいられないのを前提にした、
いい塩梅を見つける、見つけていけるといいのかなと思ったりしました。
異質なものが混ざってきた時に、今までの同質性を担保しようと必死になるんじゃなくて、
今までの例えば当たり前の水準とか、当たり前の手順とかを見直すきっかけにしていくとか、
みんなが同じようにやれることを目指すんじゃなくて、
そうじゃなきゃダメなんだっけ、そのやり方じゃなきゃいけないんだっけっていうのを見直してみたら、
自分たちも自分も楽になれたらいいんじゃないかなと思ったりしました。
コバヤンさん、リクエストありがとうございました。
ご本ももしよかったら読んでみていただけたら嬉しいです。
ちょっとリクエストとはずれていたかもしれないんですけれども、
来週ぐらいにはですね、ちょっとそろそろ気温も下がってきましたので、
読書の秋スペシャルでもやりたいなと思っています。
この秋、冬、読みたい、新作、小説なんかをたくさんご紹介できたらと思っていますので、
また聞いていただけたら嬉しいです。
さて、今夜もお時間になってしまいました。
真夜中の読書会おしゃべりな図書室では、
リスナーの皆さんからのお便りをもとにおすすめの本や漫画を紹介しています。
インスタグラムバタヨムからメッセージをお寄せください。
それではまた来週水曜日の夜にお会いしましょう。
おやすみなさい。
おやすみ。
21:46

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