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詩吟の魅力を発信する、【詩吟ch】
おはようございます。こんばんは。【詩吟ch】のheyheyです。
このチャンネルは、詩吟歴20年以上の私、heyheyによる、詩吟というとてもマイナーな日本の伝統芸能の魅力や吟じ方について、分かりやすくザクバラにお話ししていくチャンネルです。
皆さんいかがお過ごしでしょうか。
私は子育てが、里帰りの終わった奥さんが家にいて、娘と3人でドタバタしております。
今は3日目になって、ちょっとずつ落ち着いてきたのかなというところはありますけれども、
多分、もっともっと僕が頑張らなきゃいけないなと思うところがたくさんあるので、何とか奥さんに喜んでもらえるよう頑張ろうと思います。
さて、今日お話しする内容はですけれども、これは多分よく悩まれている方多いんじゃないかなというテーマです。
一つの詩吟を長く練習すべきか、それとも多くの吟を短期間にたくさんやっていくべきかという話ですね。
テーマ長いので、どういう風にまとめようかなと思うんですけれども、
これよくあることじゃないかなと思います。
だいたい詩吟の教室に行くと、僕のあくまで経験則ですけれども、早ければ2ヶ月、2ヶ月ペースか1ヶ月ペースかそれぐらいで、
次の吟、次の吟とやる場合もあればですね、一つの吟を半年とか1年とかやる場合もあるんじゃないかなと思います。
もちろんそれぞれ一長一短はあるんですけれども、今回はですね、僕のこれまでの経験を踏まえた上での意見を一つお伝えして何か参考になればと思います。
私の意見はですね、結論から言いますと、一つの吟をできるだけじっくり長くやった方がいいと考えております。
どれだけ長くかというとですね、最低でも半年、できるなら1年ですね。
1年以上はそこまで頑張らなくてもいいのかなと思うんですけれども、1年やった方がいいのかなと思います。
これはなぜかというとですね、やはり詩文に対する理解、表現に対する細かいところへの認識とかですね、そこがどんどんどんどん深めることができるんですね。
そしてその一度深まったことはですね、他の吟にも転用できていくんですよ。
逆に言うとですね、色んな吟を雑色的に触っていくと、それはそれで色んな吟の知識が増える、表現の仕方が広がるように感じがちなんですけれども、
実際のところはですね、あまり深いところまで踏み込むことができないと考えています。
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僕は今まさにちょっとだれてきている曽読ですね。
曽読1000回に向けて、今340回かな、それぐらいになっているんですけれども、これと同じ話なんですね。
曽読もですね、何回も何回もやっていくことで、だんだんと飽きてはくるんですけれども、それも乗り越えつつ頑張っていくことでですね、吟の詩文の細かいところにまで意識が行き渡っていくんです。
細かいところっていうのはどういうことかというと、まず綺麗な発音、聞きやすい発声、それがどういうものなのか、そして言葉の助詞とか、それとか濁音、微濁音、そしてアクセント、音程もですね、
そういったところが詩を何度も何度も読んでいるうちに、だんだんとマイルドに全体に気持ちが行き渡っていくということになります。
曽読だけでおいても、曽読においてもこういうものなんで、吟も加えたらもう言うまでもなくという感じですね。
言わずもがなという感じですか。
吟においてはですね、さらにやはり吟じていく際に最初のうちはですね、とにかく全力で最後まで吟じることで精一杯になるのかなと思います。
けれども、そこからですね、さらにしっかり通して吟じれるのが当たり前になってくる。
そしていろんなところ、希少転結のそれぞれでどういう表現をしていくのかが踏み込んでいく。
そして最後にですね、吟トータルでどういうことを表現したいのか、特に一番大事なところはどういうふうに吟じたらいいのか。
こういう優しく言った方がいいのかな、最初だけ力強くやった方がいいのかな、全体的にもうローローと吟じた方がいいのかなとか、いろんなことを試していくわけなんですね。
そうやって深めていって考えていって、それを繰り返していく中でようやく一つの吟がしっかりと出来上がっていく。
彫刻をきれいに細かいところまで削り終わったかのようにですね、本当に綺麗な美しい吟が出来上がっていくと考えております。
これ本当にいろんなことをボンボンボンボンとやっていくと、なかなかそこにしっかりと向き合うことができないので、
僕としてはですね、一つの吟を半年から1年続けていった方がいいのではないかなと考えております。
ただですね、これ唯一、これ一つだけをやっていくとめちゃくちゃ飽きてしまって、つまらなくなってしまうので、
比重としては半分ぐらいですね、半分ぐらいをもう1年ぐらいずっと続ける吟を一つ据えておいて、
そして残りの半分を本当に2週間おき、1ヶ月おき、それぐらいで新しいものをどんどん知っていくということがいいんじゃないかなと思っております。
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こんなところでしょうかね。もちろん人によってはいろいろ言うこともあるかと思いますけれども、
僕が一番大事なところはやはり一つの吟を深くまで一度しっかりと味わってみる。
そこが大事なんじゃないかなと考えておりますので、ぜひぜひ参考になれば幸いです。
さて、今日は後半ですね、一つ吟を吟じていきたいと思います。
前々回かな、節葉流という詩を吟じさせていただきました。
なので後半、今回はそれに祖公の死を受けて書かれたと言われる、こちらですね。
りはくさく、春夜楽場に笛を聞くですね。
こちらの中に、この夜曲中節流を聞く。
何人か、何人か、公園の女王を起こさざらむ。
これはですね、その曲はまさに別離、別れを悼む節葉流の曲である。
この寂しい曲の音を聞いて、故郷も女王を起こさぬ者はいないであろう。
こういう詩がですね、後半のところに入ってくるわけです。
こういう風にですね、詩文と詩文がどんどんリンクしていくと、
さらにこっちの詩もなんかの味わいがさらに深まるというか楽しめるというか、
そういうところがあって面白いんじゃないかなと思います。
こちら本当に、これもですね、僕時々口ずさみたくなるような、
本当に美しい言葉の流れの詩文だなと思っております。
よし、ではちょっと心を落ち着けて、一つ言辞させていただきます。
春夜楽場に笛を聞く。
理伯。
春夜楽場に笛を聞く。
この夜極地、節理大きく。
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何人か、公園の女王を起こさざらん。
いかがでしたでしょうか。
バッチリいかがというとそういうわけじゃないんですけれども、
本当に難しいんですけど、この聞くがですね、本当にいいんですよね。
互いへの極敵か。
暗に声を飛ばす。
この笛の音は誰のなろう。
この声がですね、暗闇の中へスーッと溶け込んでいくんですね。
そして、三次帝旬風に入りて、楽場に満つ。
そしてこの笛の音がですね、春風に沿って、この楽園の街の中に満ち渡っていくという。
もうこの風情だけでも美しいのに、それをですね、この漢字14個だけですね、
それだけでこんなに表せるっていうのはもう本当に美しいなぁと思うわけです。
もう今からまさにこれから冬に入ろうかというところなんですけれども、
こういうあの素敵な春風を想像しながら、早くもう春になってほしいなと。
いやでも春になったら僕の育休が終わってしまうんで、それはまずい。
今のうちにですね、本当にもう娘とたくさん時間を過ごして楽しみたいと思います。
まあ次もですね、引き続き頑張ろうと思います。
それでは今日はこんなところですね。
引き続きこんなところがもっと聞きたいんだよと。
最近の僕のなんかどうでもいい、なんか自分の話ばっかり最近してるんですけど、
そういうのいらないんですみたいな、そういう感想などあってもちょっとへこみますけれども、
真摯に受け止めて、どんどんどんどん皆さんのより良い楽しく詩吟ができるように頑張りたいと思います。
ではでは詩吟の魅力を発信する詩吟チャンネルどうもありがとうございました。
バイバイ!