スピーカー 1
くらぬきです。
スピーカー 3
中山です。
スピーカー 1
ザッソウラジオは、くらぬきとがくちょこと中山さんで、僕たちの知り合いをゲストにお呼びして、雑な相談のザッソウをしながらイルコをしゃべりしていくポッドキャストです。
2026年8月のゲストは、メタバーストクリエイターズ代表の若宮和男さんです。第2回となります。よろしくお願いします。
スピーカー 2
よろしくお願いします。
ザッソウラジオ
スピーカー 1
前回は、仕事、技芸論、仕事、遊戯論、そして仕事芸術論というところから、何か違いがあるのか、同じところがあるのかみたいな話で盛り上がり、最後、若宮さんが唐突に調べ物を始め、唐突に第一回が終わってしまうという。
ザッソウラジオらしい、引きのある終わり方でしたが、何を調べてらっしゃったんですか?
スピーカー 2
ちょっとその話をしてもいいですか?浜口秀司さんって知ってます?
スピーカー 1
はい、知ってます。お会いしたことないですけど。
スピーカー 2
ほぼ日記さんとかであった記事で、すごい面白かったのは、さっきの都定制度とかですね、傾向に近い感じかなと思っていてですね。
4章限に仕事というか、育成というか教えるということを分けているんですけど、横軸に文書化できるか文書化できないか、形式値にできるかできないかってことですね。
上下はホワットとハウっていうのなんですけど、ホワットは何をしたらいいかっていうことを文書化できていると、これ左上の証言でトゥードゥリストなんですね。どうやったらいいかを文書化できていると手順書っていうのがあって。
で、どうやったらいいかが文書化できないみたいなものは、一応スキルって呼んでるんですけど、たぶん儀芸に近い感じのところですね。で、最後に何をしたらいいかで文書化できないのをカルチャーっていうふうにやってるんですけど。
スピーカー 2
これがですね、これの反時計回りと時計回りっていうのがあって、これがすごい面白いなと思ったのが、普通の仕事の何かを教えるのとかっていうのは反時計回りで言ってると。さっきので行くと、トゥードゥ、これをやってくださいね。どうやってやるんですよ、があって。
で、その次にスキルになって、最後カルチャーを体得する順番で行くと。で、これが結構西洋的なというか、トレーニングに近いやり方だと思うんですけど、これを逆回りするっていうのがあって、時計回りですね。
つまりカルチャー、言語化文書化できないカルチャーをまず体得して、そこからスキルで手順書に行って、最後トゥードゥに行くみたいな感じで。
で、これはお師匠さんから、お寿司屋さんで最初カウンターを磨いたりとか、仕込みどころか掃除だけをずっとやらせるみたいな時には、最後何をやるかに最初に到達、こっち回りだとするところを一番最後にして、カルチャーから入れていくみたいなあり方で。
たぶんだから堀江門さんからすると、あのすごく、そんな無駄な。
スピーカー 2
下積みがいるのか問題に結構近いと思うんですけど、稽古もそれに僕近い感じを持っててですね。
ゼアミが稽古の時に、能ってモノマネ芸なので、モノマネをするところから入るんじゃなくて、舞と歌いをひたすらやれみたいなことをずっと言ってて。
そこで自分らしさの土台みたいなのができた後で、やっとモノマネのほうに入らないと、側の真似だけで小物にしかならないみたいなことを言っているんですけど、
それをさっきの技芸と都定制度みたいなお話を聞いた時に急に思い出して調べだしちゃったっていうのでした。
スピーカー 3
この文書化できない、言語化しきれないみたいなところを伝えるための都定制度ですもんね。
スピーカー 1
そうですね。確かになって思って聞いてた。
文書化できなくて、ファット、何をしたらいいかがカルチャー。
スピーカー 3
ここをカルチャーって当てるのは悩んだって書いてありますね。
スピーカー 1
カルチャーって難しいですね。トゥードリストと手順書、スキルまでは分かりやすいというか。
ここで言うカルチャーって、例えばどうなんでしょうね。文書化できないから説明できないかもしれないけど。
スピーカー 3
僕、組織文化みたいなことをよく考えながら活動しているのですが、カルチャーは誰かが何かをやったり、やらなかったりした時に周りがどういうリアクションをするかっていうのの相対だと思ってて。
何をするか、何をしないかをした人に周りからどういうフィードバックが返ってくるかがカルチャーだと思っているので、ここは文書化できないファットっていうのはしっくりくるなって。
スピーカー 1
なるほど。例えばどういう感じですか。
スピーカー 3
例えば、会議始まる時に1分遅れてきましたみたいなことをした人に対して周りがどうリアクションをするのか。
その一つ一つ、すべて。
スピーカー 2
なるほど。名文化されてるわけじゃないけど。
スピーカー 1
リアクションの相対ってことか。
スピーカー 3
そうですね、リアクションの相対。
AさんはこういうリアクションするけどBさんは違うリアクションするって言ったら、そこの組織分割にはなってないってことじゃないですか。
スピーカー 1
中途で入った人だけはちょっと違うリアクションするみたいなことになりますね。
スピーカー 3
目標0.1%未達だった時に、全員ダメだったねみたいな。達成できなかったかってなるみたいな組織文化かどうかがわかりやすいかもしれない。
スピーカー 2
僕もちょっと似てるんだけど、そのリアクションじゃないみたいなのでいくと、
企業のコアバリューとか個人のコアバリューとかみたいなのの題を結構してるときがあるときに、
今だとMVVとかちょっとソース原理とかにも近いかもしれないんですけど、
まさに形式地化してこのときにはこうせよっていうのではない生き決定の軸みたいなのがあって、
例えばディズニーとかで言うと楽しくなる魔法みたいなのがコアバリューであったときに、
ディズニーリゾートでお掃除してる人がマニュアルにそうせよって書いてるわけじゃないんだけど、
モップでミッキーを書けるようになるとか、ゴミを拾うときに音が出るやつを仕込んでおいて何回やるとかって、
楽しく魔法を来た人にかけようって思ってるかどうかみたいなので、
具体的に何をせよっていうのが政治化されてるわけじゃないので、
手順書ではないと思うんですけど、なんかそれが学長ので言うと揃ってきちゃうみたいなのは、
最初にそれを揃えるみたいなのが、いわゆる下積み的なところには。
何が揃ったかとか、じゃあ何を取得してやり方どうわかったのって言われると、
スピーカー 2
うんうんってちょっと発狂になる。
揃い方みたいなのはやっぱあるかもしれない。
スピーカー 1
そうですね。リアクションっていうのもそうだし、
今話聞いてて思ったのは、カルチャーをそれこそ下積みで身につけるのか、
言語化できないので都定制度で身につけていくみたいになったときに、
逆にやっちゃいけないことはチェックリストでやっちゃいけないんだなって感じが。
スピーカー 2
なるほど。
それこそモップでミッキーを書くとか、
スピーカー 1
こういうことをしましょうみたいなのがチェックリストになった瞬間に、
それをすればカルチャーですかって言うと、
なんか違うんだよなみたいな感じがしてくるので、
だからこそ文章化できないっていう。
文章化できたらトゥードゥリストになるので、チェックリストになるので、
そんなのを今感じましたね。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 2
そこに体で覚えるみたいなのがあるのって言うと、
ちょっとギゲーロンのトックつけて話すと、
これも本の中で今回追加したところで、
わざと技術の違いみたいな話を、あれなんですけど、
技術って日本語で言うとテクノロジーとテクニックっていうのがあって、
違うけど日本語では技術だねって両方言うじゃないですか。
これどういうベクトルなんだろうかと思ったら、
スピーカー 2
個人の体から離していく方が技術なんだと思ったんですよ。
例えば受験のテクニックとかでなったら、
誰がやっても同じようにアウトプット届けられますっていう、
のを学ぶじゃないですか。
そうすると個人本当は能力も身体も違うんだけど、
そうじゃなくてみんな一緒のことができますよねっていうのになって、
さらにその先のテクノロジーってなると、
人間がいなくてもできるよねっていう方向に行ってると。
なんでこれ体からすごい離していく方向なんですけど、
技芸とか人間の技、日本語で言う技って、
技を身につけるっていう言い方をする。
むしろこの身にの中で寛容するというか収容するというか、
ここで養わなきゃいけないみたいなのがあるなと思ってて、
そこが今回の本では最後から2番目ぐらいの章に、
西洋的な思考と東洋的なあり方の、
ちょっと西洋的なアングロサクソン的なやり方がだんだん限界を迎えつつあるとか、
それの極北がAIでってなったときに、
それが結局人間を阻害するみたいなことが、
テクノロジーでめっちゃ幸せになるはずだったんちゃうみたいなのが、
一個のテーマであるんですけど、
結構そこにさっきの稽古とか日本的な技芸とか技みたいなのは、
改めてちょっと面白い。
スピーカー 3
面白い。技って英語にするとアート。
スピーカー 2
本来はアートなんですね。
スピーカー 1
そうかそうか。
スピーカー 2
もともとテクネっていうのは、いわゆるテクノロジーとかの語源でもありつつ、
アートの語源。全く同じ技とか、
技術芸術の術みたいな。
スピーカー 2
それがテクニックとかテクノロジーになると、
誰がやっても何回やっても同じアウトプットが得られるっていう方向に行くんですけど、
西洋的なそっちって、
子の違いを遮断して抽象度高い一丁の答えを、
これは宗教が一神教だからっていうのもあると思うんですけど、
そっちに向かうんですけど、
日本の場合は、個人が技を磨いていって、
みんなが同じことできるじゃなくてその人しかできないみたいなゾーンに行ったときに、
神技って言われるっていう。
神の捉え方ももともと結構違うな。
あって面白いなと。
スピーカー 3
面白い。
でも多くの会社だと、神技持ってるやつ作らない方が良いって。
スピーカー 2
そうそう。
スピーカー 1
なりますよね。
スピーカー 2
仕事は俗人化するなってめっちゃ教えられましたね。
そうですよね。
スピーカー 2
ソニックガーデンはどんな感じになるんですか?
同じことができるようになる。
スピーカー 1
まず遊びだと、僕らがなぜ技芸って言ってるかって言ったときに、
僕らの場合はソフトウェアを作ってるんですよね。
ソフトウェアを作るってときに、
ソフトウェアは産業的に作れないんですよ。
つまり一個一個が一品ものになっちゃう。
Aさんが作ってるソフトウェアとBさんが作ってるソフトウェアで、
同じものを作るってことが絶対ないんですね。
絶対ないのはなぜかって言うと、
Aさんが作ったら、その後もし本当にもう一個必要だったら
コピーアドペーストすればいいだけ。
だからBさんが作る必要は全然ない。
ってなると、一人一人全然違うものを作ってるので、
大量生産では絶対ないんですよ。
よく勘違いされる、
スピーカー 1
家建てるときとソフトウェアのメタファーで建てて言うんですけど、
大工さんみたいなメタファーで建てるんだけど、
いや、そうじゃないと。
スピーカー 1
ソフトウェア作ってるのはどちらかというと、
家の設計してる方だと。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 1
設計するとなったら、設計を大量生産するってことはなくて、
一個一個全然違うものを作るしかないってことですね。
それこそ同じ設計だったら別にコピーアドペーストすればいいし、
同じ設計所でたくさん家建てればいいっていう、
縦売りで作ればいいって話になるんだけど、
スピーカー 1
てことは、僕らがやってるのは一個一個手作りで作るしかない。
みんなに近いってことなので、
クラフトだって言ってるんですね。
なので僕らは、僕の元々の技芸でもあるし、
英語にしたときにアーツ&クラフトって言ってるんです。
スピーカー 1
アーツ&クラフトは、ご存知かもしれない、
ウィリアム・モリスが言い出した言葉で、
僕はウィリアム・モリスにわりと、
なんか知らないけど共鳴をしてるところがあって、
なのでアーツ&クラフトオブワークっていうので、
仕事をアーツ&クラフトにしようって言ってる。
なるほど。
スピーカー 1
一品物だと。
一品物だとしたら、神業があってもいいってことなんですね。
作り方の型はあるんですよ、僕らの会社で。
型はあるんですけど、そこから作る型はあるし、
一人一人がそれを極めていこうとしてるんだけど、
結局型はあるのに、出来上がるものは全部違うしかない。
てことは、俗人的でいいと僕らの会社ではしてます。
俗人的でいいというふうにしてるけど、
それを、ただ言っても事業会社なので、
事業上リスクになることはしなくないので、
どうしてるかっていうと、
シングルポイントをなくさないっていうふうにすることにして、
つまり誰かに依存してるので、
依存しないように全員同じ結果出すじゃなくて、
誰かに依存してるんだとしたら、
その人が何かあったときにカバーできるように、
そのもう一人が情報共有するとか、
お客さんとの対応するときに2人セットで必ずやるとか、
っていうふうにしさえすればいいだけで、
俗人性なくして全員同じことをする必要はないでしょって感じの
対策の仕方をしてますね。
スピーカー 2
ここで多分、学長がよく言ってる、
型の2パターンあるでしょ。
スピーカー 3
育成の型と複製の型ですね。
スピーカー 2
あれを違く聞いちゃうと今の話ってね、
まさに本当に取り替え可能で、
スピーカー 2
俗人化しないマニュアル化ってなったら、
抜けたときに同じ形でバコンって入れれるようにって、
前はやってきたと思うんですけど。
スピーカー 1
それはでも大量生産とか、
同じことたくさんやるとかっていう世界観だと、
それで良いんだと思うんですけど、
全員がデザイナーみたいなもんで、
一人一人違う仕事してる人たちにとっては、
そのやり方はそもそもそごわないんじゃないっていう話だと思うんですよね。
同じもんいっぱい、ソフトウェアで同じもんいっぱい作るって、
マジでありえないことで。
スピーカー 2
なるほどね。
なんかそれで、今なんか言いかけたんだよな。
でも、それで逆に、僕前雑草ラジオで、
青木さんの回だと思うんですけど、
補修生の話をしてたのめっちゃ面白いなと思って聞いたんですけど、
要は一点物作ったときに、
購入した側も会社でも困るのって、
まさに俗人過ぎて、
亡くなっちゃったら、もう全部死にますみたいなのが嫌じゃないですか。
だから、そこにもやっぱ補修生っていうことが、
ちゃんとデザインというか、
作られていないといけないっていうか、
逆に補修生があれば、違う人が関わっても、
クラフツーを、金継ぎみたいなもので、
受け継いでいける。
受け継いでいくときには、最初に作られたものからは、
スピーカー 2
実は変わっているんだけれども、
そういう動的な概念みたいな感じなのかもしれないですね。
スピーカー 1
そうですね。
補修生とさっきの同じもの作らないは、
僕らの中では全然矛盾がなくて、
一個一個のソフトウェアが、
一個一個の企業ごととか事業ごとに作るものが違ってくるので、
全然違うものになるけど、
目指しているのが、
めちゃくちゃ補修生の高いものを作ろうとしているので、
最終成果物は一個一個のソフトウェアが違うけど、
補修生に対しての品質基準は同じくらい高い。
その高い補修生を出すために、
僕らは型があり、一定のプロセスが決まっていて、
やり方もかなり揃っている状態にしているという感じになっているが、
とはいえ、結果は一個一個違うんだよなみたいな感じではありますね。
スピーカー 2
ちなみに、ソニックガーデンさん的な型ってどんなものなの?
それが形式化、さっきの文書化できる、できないとかも含めて。
スピーカー 1
そうですね。文書化できないやつ。
文書化できないのはいくつか理由があって、
文書化しても良いところもあるんですけど、
まず変わっちゃうというところがあるんですよね。
一番良いやり方は常に最新なので、更新されていくので、
文書化したらその時点で終わってしまうというか。
なので常にアップデートしていかなきゃいけないなというところがあるのが一つありますね。
スピーカー 1
でも、めちゃくちゃ単純なところで言うと、
ソフトウェアを作る前の設計の仕方として、
こういうふうな順序で設計すると良いですねっていうことだったり、
品質の基準として、僕らとしてはここは絶対譲れない品質の基準がありますねみたいなことだったりっていうのは
型としてあるっていう感じですね。
スピーカー 2
ちょっと違う角度で、さっき合間で話しかけてたので言うとなんですけど、
これはお二人に聞いてみたいなが、
遊ぶように働くなんですけど、
スピーカー 2
質問の背景をちょっとだけ説明すると、
うちクリエイターと一緒に仕事をしているので、
メタバスのクリエイター、基本的にはもともとはただの趣味で面白いから作ってたという人たちなわけなんですよね。
この趣味でやってるところから、
スピーカー 2
同人的な文化として、別にそれは悪くはないんですけど、
エンターテイメントとして残るものを作っていこうとか、
すごい性を込めて作るっていうゾーンにはちょっといかない、
アマチュアっぽさみたいなのがある状態があって。
じゃあプロになるって言った時に、
スピーカー 2
あんまりやりすぎるとお金もらってやる職業クリエイターみたいな感じになってしまうと。
この遊ぶが仕事に、
趣味を仕事にした方が幸せなのかそうではないのか、
好きなものをみたいな。
僕らは割とうっすら、学長だとサッカー好きが仕事にも、
そのままではなくて、サッカー選手ではないけど生きてたり、
アートとかだったりするはすると思うんですけど、
そこら辺どう思います?遊びと仕事のプロとかそこら辺の。
スピーカー 1
さっきの話で遊びは趣味か仕事かの話ではなく、
別のレイヤーというか、
趣味だから遊ぶわけでもなく、
趣味は遊ぶか仕事だからプレイしないってことでもない気もするので、
どちらかというとなんだろう、
お金もらうかどうかってこと?
スピーカー 2
何かその、
例えばアート作品とかは何でワークっていうかっていうと、
さっき言ったように自分の手長さみで描いている状態じゃなくて、
鑑賞に耐えうる価値のあるものを作るっていう時には、
芸術で言うと完成するっていう作業が必要なんですよ。
作り続けるっていうこのプロセスのループから、
完成っていう引きちぎり方をするんです。
終わりがあるからこそここまで行こうみたいなのは、
スピーカー 2
エンタメだとアニメとかすごい作品作ってる時とかって、
そこまでだーって頑張るみたいなのがあると思うんで、
お金もらわないでもないし、
スピーカー 2
遊びっていうゾーンが、
例えば子供に勉強しないで遊んでるっていう時には、
ゲームしてやってる時って別にどこにも到達しない時もあるじゃないですか。
楽だからやってるなーっていうだけの時もあって、
その真摯さみたいなことなのか、
スピーカー 2
うちはだから趣味の延長でしてきたくらい。
クリエイターさんって中にはそんなに別に、
頑張って仕事したい感じでもないですっていう人もいるし、
せっかく作るんだからたくさんの人に喜んでもらうものを作ろうよとかって言いながら、
うちは伴奏する編集チームが、
エンタメとしてプロのステージに上げていくみたいなことを、
頑張ってやるんですよね。
その方が本人も、実は仕事というか、
スピーカー 2
楽しくなる、たくさんの人に届いた時に。
やりすぎると辛くなるとかあると思うんですけど、
ただの主観した遊びというか、
暇つぶしみたいなのとはちょっと違うゾーンに、
要素って何なんだろうなーみたいな。
スピーカー 1
学長どうですか。
また語源調べがちなんですけど。
スピーカー 3
プロフェッション、
先生なんですよね。
プロフェッションするっていうのはそうですね、宣言するとか先生するとか。
スピーカー 3
なんか、責任果たします。
この高い水準をクリアすることを、
誓いますみたいな。
そういう感じですよね、もともと。
お金がどうのこうのとかでもないなっていう。
スピーカー 2
本来はね。
スピーカー 3
ぐらいのところで、場にふわっと置いたまま去ります。
さらばんでください。
スピーカー 2
サッカーもクリエイターと似てるのは、
最初趣味で面白いからやってるじゃないですか。
スピーカー 2
どっかでプロの選手になるって、もちろん所属しても
お金をもらえるかどうかっていうのはあるかもしれないけど、
なんかそれが変わる瞬間がありそうな気がするというか。
責任感って言うとまたちょっと違う。
スピーカー 3
プロだからやっぱり求められる基準を
満たすことをお約束しますみたいな意味合いだとすると、
たぶんプロのサッカー選手とかも、
例えばサッカー選手になれた、イエイって言って、
でもJ2からJ1に上がったら、
求められる基準急に高くなって、
うまくやれないみたいな状況とか、
よく起こると思うんですけど、
この時に仕事だからやらなければならないみたいな感じになるのかどうかみたいなのがあるだけで、
プロかどうかとは関係ないのかなっていう。
どうですか倉木さん。
スピーカー 1
今の話、私の話だと。
スピーカー 2
エンジニアはどうなんですかね。
趣味でというよりは割と職業エンジニアを目指して入門してくるんですか。
スピーカー 1
いや、これは一般論はわかんないですけど、
僕らの会社は少なくともソフトウェア開発、
プログラミングで遊べることが大前提にあると思っている。
技芸の入り口は遊びだと思っているんですよね。
遊びから始まる。
どんなものも遊びがあって面白いと思い、
そこで夢中になる。
それを続けていった先に、
学長の言葉を借りると、
一定の期待に応えられるようになっているからこそ、
そこで報酬が発生し、
スピーカー 1
順番としてはそうですね。
報酬が発生し、
そこでさらに上達をしていき、
上達途中で大変なこともあるかもしれないけど、
だんだんより上手くなればなるほど、
自由・自在と言いますけど、
スピーカー 1
自在になっていくという風になっていき、
そうするとだんだん面白くなってくるので、
最後に行くとまた遊びみたいなものになるので、
だから遊びを働くところを僕らはビジョンに置いているのは、
最初苦しいから最後遊びを働くを目指しているというよりは、
スタート地点は遊びだったから、
ずっと遊び続けられたらいいなと思っているということを
僕らは思っていて、
なのでうちの会社でやっぱり出資に入るときに、
プログラミングとかソフトウェア開発が全く面白くない。
なんか儲かるからなとか、リモタクトできるからなとか、
スピーカー 1
とかっていう理由だと、
どの道難しくなっちゃうとやれなくなっちゃう。
要はそのプロセス自体が面白さがないってことなので、
プロセスに面白さがないと思っている人は、
もっと別のいい稼ぎ方が見つかったり、
もっと柔軟な働き方を見つけたら、
そっち行っちゃうってことなんですよね。
それはそれで別に、
それを望んでいるならいいんだとしたらいいんですけど、
僕らの会社としては、
ソフトウェアを作ることを大事にしている会社なので、
ソフトウェアを作ることに一生懸命なってる人たちじゃないと
やっていけないと思うので、
いい答えとしては、
入り口は遊びがスタートしないとダメだなと思っている。
スピーカー 2
なるほど。
なんかあれ、ちょっと今、
若干ミハイキクセントミハイみたいな感覚もあって、
フロー理論みたいなのも、
スピーカー 2
あれってずっとフローの状態にいるためには、
一定スキルを身につけるのと、
課題の難易度を上げながら行かないと、
面白いっていうゾーンに行かないみたいなのがあると思っていて、
うちのクリエイターとかでも、
スピーカー 2
最初の遊びで、
お金もらえないゾーンで作りたいものを作ってるも、
楽しいと言えば楽しいのかもしれないんですけど、
それがお金もらえるゾーン、
J2からJ1に上がるみたいなことによって、
スピーカー 2
遊びでい続けられるっていうところもあるような気もしますし、
逆に職業クリエイターみたいなので、
住宅で一定お金が金額もらえるようになると、
つまんなそうになる人もいるんですよ。
スピーカー 2
上がっちゃった人みたいな。
スピーカー 3
対屈ゾーンでお金もらってる。
スピーカー 2
そうそう、対屈ゾーンでやりつつ、
いろんな案件の話とかも、
金額で見て、受ける受けるを決めてみたいな。
だけど、自分のそもそも遊んでた時の、
ここまでチャレンジしてみようみたいなのが、
もうなくなっちゃうみたいになると、
お金はもらってるんだけど、
職業クリエイターというか、
クリエイターとしてプロであるっていうことと、
ちょっと違うゾーンに行くなみたいなのも、
フロー的に遊んでられるように、
スピーカー 2
それは同じことやってたらダメで、
難易度とかスキルによって高めていくっていうことが、
技芸としてはやっぱり必要だってことなんですかね。
スピーカー 1
ダメかどうかっていうと、
別にそれで良ければ全然いいと思うんですよね。
その人が充実して、
別にそこに充実を求めてない人も出てくるので、
もっと家族のこととか、
スピーカー 1
他の趣味のこととかで充実するために、
とはいえ、この今の時代を生きていかなきゃいけないので、
住宅をしてつまんないと思いながら仕事をすることに関して、
人生全体でバランスを取ることは別にありがありなので、
否定は全然しないし、ダメだと思ってないんですけど、
それはそれとしても、
でも仕事自体をもっとポジティブに、
面白いものと捉えてもいいんじゃないって、
僕は思ってるって感じなだけなんですよね。
そうするためにはさっきの難易度を上げていくことは、
欠かせないよねっていうふうに思ってる。
スピーカー 3
ちなみに仕事遊戯論では、