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若宮和男さんとザッソウ第2回|思考実験の45分(#235)
2026-08-12 44:53

若宮和男さんとザッソウ第2回|思考実験の45分(#235)

ザッソウラジオは、ソニックガーデンの代表・倉貫義人と仲山考材の仲山進也(がくちょ)が、2人の友だちをゲストにお招きし、ゆるーくおしゃべりするポッドキャストです。

ザッソウとは「雑な相談」のこと。毎月、さまざまなゲストとザッソウしています。

/////

ゲストは、メタバースクリエイターズ代表の若宮和男さん。第2回は、「仕事技芸論」「仕事遊戯論」「仕事藝術論」それぞれの観点による、思考実験の回になりました。

/////今回のザッソウ/////

カルチャーはリアクションの総体/身につく技と身体から離せる技術/属人性を良しとする環境と仕組み/ずっと遊び続けられたらいいな/椅子取りゲームより少年マンガ的経営/自由、自立でいるために

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サマリー

今回の「ザッソウラジオ」では、メタバースクリエイターズ代表の若宮和男さんをゲストに迎え、仕事における「技芸論」「遊戯論」「藝術論」の観点から、思考実験を深掘りしました。まず、仕事の教え方に関する「都定制度」の概念が紹介され、文書化できる「What」と「How」の要素と、文書化できない「カルチャー」の重要性が語られました。特に、カルチャーは個人の行動に対する周囲のリアクションの総体として捉えられ、組織文化の形成に不可欠であることが示唆されました。 次に、技術(テクノロジー・テクニック)と技芸(アート)の違いについて議論が展開されました。技術が個人から離れていくのに対し、技芸は身体に宿り、その人ならではの「神技」へと昇華していくプロセスが語られました。ソフトウェア開発を例に、大量生産ではなく一点物のクラフトとして捉えることで、属人性を良しとしつつも、シングルポイントをなくすための工夫が紹介されました。これは、単なる「複製」ではなく「育成」の型が重要であることを示唆しています。 さらに、「遊び」と「仕事」の関係性についても考察が深められました。趣味からプロフェッショナルになる過程で、お金をもらうことの意味や、楽しさを持続させるための「フロー理論」が語られました。プロフェッショナルとは、高い水準をクリアすることを誓うことであり、必ずしもお金が全てではないことが示唆されました。最後に、「仕事遊戯論」では、ビジネスを戦争に例えることの是非が問われ、競争ではなく共存や協調の重要性が語られました。特に、日本酒業界の例を挙げ、パイを奪い合うのではなく、業界全体を盛り上げるための協力関係が築かれていることが紹介されました。最終的に、個々の集団の存在意義や、文化を尊重しつつ共存するあり方について議論がなされ、このテーマは次回の放送に続くことになりました。

仕事の教え方とカルチャーの重要性
スピーカー 1
くらぬきです。
スピーカー 3
中山です。
スピーカー 1
ザッソウラジオは、くらぬきとがくちょこと中山さんで、僕たちの知り合いをゲストにお呼びして、雑な相談のザッソウをしながらイルコをしゃべりしていくポッドキャストです。
2026年8月のゲストは、メタバーストクリエイターズ代表の若宮和男さんです。第2回となります。よろしくお願いします。
スピーカー 2
よろしくお願いします。
ザッソウラジオ
スピーカー 1
前回は、仕事、技芸論、仕事、遊戯論、そして仕事芸術論というところから、何か違いがあるのか、同じところがあるのかみたいな話で盛り上がり、最後、若宮さんが唐突に調べ物を始め、唐突に第一回が終わってしまうという。
ザッソウラジオらしい、引きのある終わり方でしたが、何を調べてらっしゃったんですか?
スピーカー 2
ちょっとその話をしてもいいですか?浜口秀司さんって知ってます?
スピーカー 1
はい、知ってます。お会いしたことないですけど。
スピーカー 2
ほぼ日記さんとかであった記事で、すごい面白かったのは、さっきの都定制度とかですね、傾向に近い感じかなと思っていてですね。
4章限に仕事というか、育成というか教えるということを分けているんですけど、横軸に文書化できるか文書化できないか、形式値にできるかできないかってことですね。
上下はホワットとハウっていうのなんですけど、ホワットは何をしたらいいかっていうことを文書化できていると、これ左上の証言でトゥードゥリストなんですね。どうやったらいいかを文書化できていると手順書っていうのがあって。
で、どうやったらいいかが文書化できないみたいなものは、一応スキルって呼んでるんですけど、たぶん儀芸に近い感じのところですね。で、最後に何をしたらいいかで文書化できないのをカルチャーっていうふうにやってるんですけど。
スピーカー 2
これがですね、これの反時計回りと時計回りっていうのがあって、これがすごい面白いなと思ったのが、普通の仕事の何かを教えるのとかっていうのは反時計回りで言ってると。さっきので行くと、トゥードゥ、これをやってくださいね。どうやってやるんですよ、があって。
で、その次にスキルになって、最後カルチャーを体得する順番で行くと。で、これが結構西洋的なというか、トレーニングに近いやり方だと思うんですけど、これを逆回りするっていうのがあって、時計回りですね。
つまりカルチャー、言語化文書化できないカルチャーをまず体得して、そこからスキルで手順書に行って、最後トゥードゥに行くみたいな感じで。
で、これはお師匠さんから、お寿司屋さんで最初カウンターを磨いたりとか、仕込みどころか掃除だけをずっとやらせるみたいな時には、最後何をやるかに最初に到達、こっち回りだとするところを一番最後にして、カルチャーから入れていくみたいなあり方で。
たぶんだから堀江門さんからすると、あのすごく、そんな無駄な。
スピーカー 2
下積みがいるのか問題に結構近いと思うんですけど、稽古もそれに僕近い感じを持っててですね。
ゼアミが稽古の時に、能ってモノマネ芸なので、モノマネをするところから入るんじゃなくて、舞と歌いをひたすらやれみたいなことをずっと言ってて。
そこで自分らしさの土台みたいなのができた後で、やっとモノマネのほうに入らないと、側の真似だけで小物にしかならないみたいなことを言っているんですけど、
それをさっきの技芸と都定制度みたいなお話を聞いた時に急に思い出して調べだしちゃったっていうのでした。
スピーカー 3
この文書化できない、言語化しきれないみたいなところを伝えるための都定制度ですもんね。
スピーカー 1
そうですね。確かになって思って聞いてた。
文書化できなくて、ファット、何をしたらいいかがカルチャー。
スピーカー 3
ここをカルチャーって当てるのは悩んだって書いてありますね。
スピーカー 1
カルチャーって難しいですね。トゥードリストと手順書、スキルまでは分かりやすいというか。
ここで言うカルチャーって、例えばどうなんでしょうね。文書化できないから説明できないかもしれないけど。
スピーカー 3
僕、組織文化みたいなことをよく考えながら活動しているのですが、カルチャーは誰かが何かをやったり、やらなかったりした時に周りがどういうリアクションをするかっていうのの相対だと思ってて。
何をするか、何をしないかをした人に周りからどういうフィードバックが返ってくるかがカルチャーだと思っているので、ここは文書化できないファットっていうのはしっくりくるなって。
スピーカー 1
なるほど。例えばどういう感じですか。
スピーカー 3
例えば、会議始まる時に1分遅れてきましたみたいなことをした人に対して周りがどうリアクションをするのか。
その一つ一つ、すべて。
スピーカー 2
なるほど。名文化されてるわけじゃないけど。
スピーカー 1
リアクションの相対ってことか。
スピーカー 3
そうですね、リアクションの相対。
AさんはこういうリアクションするけどBさんは違うリアクションするって言ったら、そこの組織分割にはなってないってことじゃないですか。
スピーカー 1
中途で入った人だけはちょっと違うリアクションするみたいなことになりますね。
スピーカー 3
目標0.1%未達だった時に、全員ダメだったねみたいな。達成できなかったかってなるみたいな組織文化かどうかがわかりやすいかもしれない。
スピーカー 2
僕もちょっと似てるんだけど、そのリアクションじゃないみたいなのでいくと、
企業のコアバリューとか個人のコアバリューとかみたいなのの題を結構してるときがあるときに、
今だとMVVとかちょっとソース原理とかにも近いかもしれないんですけど、
まさに形式地化してこのときにはこうせよっていうのではない生き決定の軸みたいなのがあって、
例えばディズニーとかで言うと楽しくなる魔法みたいなのがコアバリューであったときに、
ディズニーリゾートでお掃除してる人がマニュアルにそうせよって書いてるわけじゃないんだけど、
モップでミッキーを書けるようになるとか、ゴミを拾うときに音が出るやつを仕込んでおいて何回やるとかって、
楽しく魔法を来た人にかけようって思ってるかどうかみたいなので、
具体的に何をせよっていうのが政治化されてるわけじゃないので、
手順書ではないと思うんですけど、なんかそれが学長ので言うと揃ってきちゃうみたいなのは、
最初にそれを揃えるみたいなのが、いわゆる下積み的なところには。
何が揃ったかとか、じゃあ何を取得してやり方どうわかったのって言われると、
スピーカー 2
うんうんってちょっと発狂になる。
揃い方みたいなのはやっぱあるかもしれない。
スピーカー 1
そうですね。リアクションっていうのもそうだし、
今話聞いてて思ったのは、カルチャーをそれこそ下積みで身につけるのか、
言語化できないので都定制度で身につけていくみたいになったときに、
逆にやっちゃいけないことはチェックリストでやっちゃいけないんだなって感じが。
スピーカー 2
なるほど。
それこそモップでミッキーを書くとか、
スピーカー 1
こういうことをしましょうみたいなのがチェックリストになった瞬間に、
それをすればカルチャーですかって言うと、
なんか違うんだよなみたいな感じがしてくるので、
だからこそ文章化できないっていう。
文章化できたらトゥードゥリストになるので、チェックリストになるので、
そんなのを今感じましたね。
スピーカー 2
そうですね。
技術と技芸の違い、属人性の肯定
スピーカー 2
そこに体で覚えるみたいなのがあるのって言うと、
ちょっとギゲーロンのトックつけて話すと、
これも本の中で今回追加したところで、
わざと技術の違いみたいな話を、あれなんですけど、
技術って日本語で言うとテクノロジーとテクニックっていうのがあって、
違うけど日本語では技術だねって両方言うじゃないですか。
これどういうベクトルなんだろうかと思ったら、
スピーカー 2
個人の体から離していく方が技術なんだと思ったんですよ。
例えば受験のテクニックとかでなったら、
誰がやっても同じようにアウトプット届けられますっていう、
のを学ぶじゃないですか。
そうすると個人本当は能力も身体も違うんだけど、
そうじゃなくてみんな一緒のことができますよねっていうのになって、
さらにその先のテクノロジーってなると、
人間がいなくてもできるよねっていう方向に行ってると。
なんでこれ体からすごい離していく方向なんですけど、
技芸とか人間の技、日本語で言う技って、
技を身につけるっていう言い方をする。
むしろこの身にの中で寛容するというか収容するというか、
ここで養わなきゃいけないみたいなのがあるなと思ってて、
そこが今回の本では最後から2番目ぐらいの章に、
西洋的な思考と東洋的なあり方の、
ちょっと西洋的なアングロサクソン的なやり方がだんだん限界を迎えつつあるとか、
それの極北がAIでってなったときに、
それが結局人間を阻害するみたいなことが、
テクノロジーでめっちゃ幸せになるはずだったんちゃうみたいなのが、
一個のテーマであるんですけど、
結構そこにさっきの稽古とか日本的な技芸とか技みたいなのは、
改めてちょっと面白い。
スピーカー 3
面白い。技って英語にするとアート。
スピーカー 2
本来はアートなんですね。
スピーカー 1
そうかそうか。
スピーカー 2
もともとテクネっていうのは、いわゆるテクノロジーとかの語源でもありつつ、
アートの語源。全く同じ技とか、
技術芸術の術みたいな。
スピーカー 2
それがテクニックとかテクノロジーになると、
誰がやっても何回やっても同じアウトプットが得られるっていう方向に行くんですけど、
西洋的なそっちって、
子の違いを遮断して抽象度高い一丁の答えを、
これは宗教が一神教だからっていうのもあると思うんですけど、
そっちに向かうんですけど、
日本の場合は、個人が技を磨いていって、
みんなが同じことできるじゃなくてその人しかできないみたいなゾーンに行ったときに、
神技って言われるっていう。
神の捉え方ももともと結構違うな。
あって面白いなと。
スピーカー 3
面白い。
でも多くの会社だと、神技持ってるやつ作らない方が良いって。
スピーカー 2
そうそう。
スピーカー 1
なりますよね。
スピーカー 2
仕事は俗人化するなってめっちゃ教えられましたね。
そうですよね。
スピーカー 2
ソニックガーデンはどんな感じになるんですか?
同じことができるようになる。
スピーカー 1
まず遊びだと、僕らがなぜ技芸って言ってるかって言ったときに、
僕らの場合はソフトウェアを作ってるんですよね。
ソフトウェアを作るってときに、
ソフトウェアは産業的に作れないんですよ。
つまり一個一個が一品ものになっちゃう。
Aさんが作ってるソフトウェアとBさんが作ってるソフトウェアで、
同じものを作るってことが絶対ないんですね。
絶対ないのはなぜかって言うと、
Aさんが作ったら、その後もし本当にもう一個必要だったら
コピーアドペーストすればいいだけ。
だからBさんが作る必要は全然ない。
ってなると、一人一人全然違うものを作ってるので、
大量生産では絶対ないんですよ。
よく勘違いされる、
スピーカー 1
家建てるときとソフトウェアのメタファーで建てて言うんですけど、
大工さんみたいなメタファーで建てるんだけど、
いや、そうじゃないと。
スピーカー 1
ソフトウェア作ってるのはどちらかというと、
家の設計してる方だと。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 1
設計するとなったら、設計を大量生産するってことはなくて、
一個一個全然違うものを作るしかないってことですね。
それこそ同じ設計だったら別にコピーアドペーストすればいいし、
同じ設計所でたくさん家建てればいいっていう、
縦売りで作ればいいって話になるんだけど、
スピーカー 1
てことは、僕らがやってるのは一個一個手作りで作るしかない。
みんなに近いってことなので、
クラフトだって言ってるんですね。
なので僕らは、僕の元々の技芸でもあるし、
英語にしたときにアーツ&クラフトって言ってるんです。
スピーカー 1
アーツ&クラフトは、ご存知かもしれない、
ウィリアム・モリスが言い出した言葉で、
僕はウィリアム・モリスにわりと、
なんか知らないけど共鳴をしてるところがあって、
なのでアーツ&クラフトオブワークっていうので、
仕事をアーツ&クラフトにしようって言ってる。
なるほど。
スピーカー 1
一品物だと。
一品物だとしたら、神業があってもいいってことなんですね。
作り方の型はあるんですよ、僕らの会社で。
型はあるんですけど、そこから作る型はあるし、
一人一人がそれを極めていこうとしてるんだけど、
結局型はあるのに、出来上がるものは全部違うしかない。
てことは、俗人的でいいと僕らの会社ではしてます。
俗人的でいいというふうにしてるけど、
それを、ただ言っても事業会社なので、
事業上リスクになることはしなくないので、
どうしてるかっていうと、
シングルポイントをなくさないっていうふうにすることにして、
つまり誰かに依存してるので、
依存しないように全員同じ結果出すじゃなくて、
誰かに依存してるんだとしたら、
その人が何かあったときにカバーできるように、
そのもう一人が情報共有するとか、
お客さんとの対応するときに2人セットで必ずやるとか、
っていうふうにしさえすればいいだけで、
俗人性なくして全員同じことをする必要はないでしょって感じの
対策の仕方をしてますね。
スピーカー 2
ここで多分、学長がよく言ってる、
型の2パターンあるでしょ。
スピーカー 3
育成の型と複製の型ですね。
スピーカー 2
あれを違く聞いちゃうと今の話ってね、
まさに本当に取り替え可能で、
スピーカー 2
俗人化しないマニュアル化ってなったら、
抜けたときに同じ形でバコンって入れれるようにって、
前はやってきたと思うんですけど。
スピーカー 1
それはでも大量生産とか、
同じことたくさんやるとかっていう世界観だと、
それで良いんだと思うんですけど、
全員がデザイナーみたいなもんで、
一人一人違う仕事してる人たちにとっては、
そのやり方はそもそもそごわないんじゃないっていう話だと思うんですよね。
同じもんいっぱい、ソフトウェアで同じもんいっぱい作るって、
マジでありえないことで。
スピーカー 2
なるほどね。
なんかそれで、今なんか言いかけたんだよな。
でも、それで逆に、僕前雑草ラジオで、
青木さんの回だと思うんですけど、
補修生の話をしてたのめっちゃ面白いなと思って聞いたんですけど、
要は一点物作ったときに、
購入した側も会社でも困るのって、
まさに俗人過ぎて、
亡くなっちゃったら、もう全部死にますみたいなのが嫌じゃないですか。
だから、そこにもやっぱ補修生っていうことが、
ちゃんとデザインというか、
作られていないといけないっていうか、
逆に補修生があれば、違う人が関わっても、
クラフツーを、金継ぎみたいなもので、
受け継いでいける。
受け継いでいくときには、最初に作られたものからは、
スピーカー 2
実は変わっているんだけれども、
そういう動的な概念みたいな感じなのかもしれないですね。
スピーカー 1
そうですね。
補修生とさっきの同じもの作らないは、
僕らの中では全然矛盾がなくて、
一個一個のソフトウェアが、
一個一個の企業ごととか事業ごとに作るものが違ってくるので、
全然違うものになるけど、
目指しているのが、
めちゃくちゃ補修生の高いものを作ろうとしているので、
最終成果物は一個一個のソフトウェアが違うけど、
補修生に対しての品質基準は同じくらい高い。
その高い補修生を出すために、
僕らは型があり、一定のプロセスが決まっていて、
やり方もかなり揃っている状態にしているという感じになっているが、
とはいえ、結果は一個一個違うんだよなみたいな感じではありますね。
スピーカー 2
ちなみに、ソニックガーデンさん的な型ってどんなものなの?
それが形式化、さっきの文書化できる、できないとかも含めて。
スピーカー 1
そうですね。文書化できないやつ。
文書化できないのはいくつか理由があって、
文書化しても良いところもあるんですけど、
まず変わっちゃうというところがあるんですよね。
一番良いやり方は常に最新なので、更新されていくので、
文書化したらその時点で終わってしまうというか。
なので常にアップデートしていかなきゃいけないなというところがあるのが一つありますね。
スピーカー 1
でも、めちゃくちゃ単純なところで言うと、
ソフトウェアを作る前の設計の仕方として、
こういうふうな順序で設計すると良いですねっていうことだったり、
品質の基準として、僕らとしてはここは絶対譲れない品質の基準がありますねみたいなことだったりっていうのは
型としてあるっていう感じですね。
スピーカー 2
ちょっと違う角度で、さっき合間で話しかけてたので言うとなんですけど、
これはお二人に聞いてみたいなが、
遊ぶように働くなんですけど、
遊びと仕事、プロフェッショナルの定義
スピーカー 2
質問の背景をちょっとだけ説明すると、
うちクリエイターと一緒に仕事をしているので、
メタバスのクリエイター、基本的にはもともとはただの趣味で面白いから作ってたという人たちなわけなんですよね。
この趣味でやってるところから、
スピーカー 2
同人的な文化として、別にそれは悪くはないんですけど、
エンターテイメントとして残るものを作っていこうとか、
すごい性を込めて作るっていうゾーンにはちょっといかない、
アマチュアっぽさみたいなのがある状態があって。
じゃあプロになるって言った時に、
スピーカー 2
あんまりやりすぎるとお金もらってやる職業クリエイターみたいな感じになってしまうと。
この遊ぶが仕事に、
趣味を仕事にした方が幸せなのかそうではないのか、
好きなものをみたいな。
僕らは割とうっすら、学長だとサッカー好きが仕事にも、
そのままではなくて、サッカー選手ではないけど生きてたり、
アートとかだったりするはすると思うんですけど、
そこら辺どう思います?遊びと仕事のプロとかそこら辺の。
スピーカー 1
さっきの話で遊びは趣味か仕事かの話ではなく、
別のレイヤーというか、
趣味だから遊ぶわけでもなく、
趣味は遊ぶか仕事だからプレイしないってことでもない気もするので、
どちらかというとなんだろう、
お金もらうかどうかってこと?
スピーカー 2
何かその、
例えばアート作品とかは何でワークっていうかっていうと、
さっき言ったように自分の手長さみで描いている状態じゃなくて、
鑑賞に耐えうる価値のあるものを作るっていう時には、
芸術で言うと完成するっていう作業が必要なんですよ。
作り続けるっていうこのプロセスのループから、
完成っていう引きちぎり方をするんです。
終わりがあるからこそここまで行こうみたいなのは、
スピーカー 2
エンタメだとアニメとかすごい作品作ってる時とかって、
そこまでだーって頑張るみたいなのがあると思うんで、
お金もらわないでもないし、
スピーカー 2
遊びっていうゾーンが、
例えば子供に勉強しないで遊んでるっていう時には、
ゲームしてやってる時って別にどこにも到達しない時もあるじゃないですか。
楽だからやってるなーっていうだけの時もあって、
その真摯さみたいなことなのか、
スピーカー 2
うちはだから趣味の延長でしてきたくらい。
クリエイターさんって中にはそんなに別に、
頑張って仕事したい感じでもないですっていう人もいるし、
せっかく作るんだからたくさんの人に喜んでもらうものを作ろうよとかって言いながら、
うちは伴奏する編集チームが、
エンタメとしてプロのステージに上げていくみたいなことを、
頑張ってやるんですよね。
その方が本人も、実は仕事というか、
スピーカー 2
楽しくなる、たくさんの人に届いた時に。
やりすぎると辛くなるとかあると思うんですけど、
ただの主観した遊びというか、
暇つぶしみたいなのとはちょっと違うゾーンに、
要素って何なんだろうなーみたいな。
スピーカー 1
学長どうですか。
また語源調べがちなんですけど。
スピーカー 3
プロフェッション、
先生なんですよね。
プロフェッションするっていうのはそうですね、宣言するとか先生するとか。
スピーカー 3
なんか、責任果たします。
この高い水準をクリアすることを、
誓いますみたいな。
そういう感じですよね、もともと。
お金がどうのこうのとかでもないなっていう。
スピーカー 2
本来はね。
スピーカー 3
ぐらいのところで、場にふわっと置いたまま去ります。
さらばんでください。
スピーカー 2
サッカーもクリエイターと似てるのは、
最初趣味で面白いからやってるじゃないですか。
スピーカー 2
どっかでプロの選手になるって、もちろん所属しても
お金をもらえるかどうかっていうのはあるかもしれないけど、
なんかそれが変わる瞬間がありそうな気がするというか。
責任感って言うとまたちょっと違う。
スピーカー 3
プロだからやっぱり求められる基準を
満たすことをお約束しますみたいな意味合いだとすると、
たぶんプロのサッカー選手とかも、
例えばサッカー選手になれた、イエイって言って、
でもJ2からJ1に上がったら、
求められる基準急に高くなって、
うまくやれないみたいな状況とか、
よく起こると思うんですけど、
この時に仕事だからやらなければならないみたいな感じになるのかどうかみたいなのがあるだけで、
プロかどうかとは関係ないのかなっていう。
どうですか倉木さん。
スピーカー 1
今の話、私の話だと。
スピーカー 2
エンジニアはどうなんですかね。
趣味でというよりは割と職業エンジニアを目指して入門してくるんですか。
スピーカー 1
いや、これは一般論はわかんないですけど、
僕らの会社は少なくともソフトウェア開発、
プログラミングで遊べることが大前提にあると思っている。
技芸の入り口は遊びだと思っているんですよね。
遊びから始まる。
どんなものも遊びがあって面白いと思い、
そこで夢中になる。
それを続けていった先に、
学長の言葉を借りると、
一定の期待に応えられるようになっているからこそ、
そこで報酬が発生し、
スピーカー 1
順番としてはそうですね。
報酬が発生し、
そこでさらに上達をしていき、
上達途中で大変なこともあるかもしれないけど、
だんだんより上手くなればなるほど、
自由・自在と言いますけど、
スピーカー 1
自在になっていくという風になっていき、
そうするとだんだん面白くなってくるので、
最後に行くとまた遊びみたいなものになるので、
だから遊びを働くところを僕らはビジョンに置いているのは、
最初苦しいから最後遊びを働くを目指しているというよりは、
スタート地点は遊びだったから、
ずっと遊び続けられたらいいなと思っているということを
僕らは思っていて、
なのでうちの会社でやっぱり出資に入るときに、
プログラミングとかソフトウェア開発が全く面白くない。
なんか儲かるからなとか、リモタクトできるからなとか、
スピーカー 1
とかっていう理由だと、
どの道難しくなっちゃうとやれなくなっちゃう。
要はそのプロセス自体が面白さがないってことなので、
プロセスに面白さがないと思っている人は、
もっと別のいい稼ぎ方が見つかったり、
もっと柔軟な働き方を見つけたら、
そっち行っちゃうってことなんですよね。
それはそれで別に、
それを望んでいるならいいんだとしたらいいんですけど、
僕らの会社としては、
ソフトウェアを作ることを大事にしている会社なので、
ソフトウェアを作ることに一生懸命なってる人たちじゃないと
やっていけないと思うので、
いい答えとしては、
入り口は遊びがスタートしないとダメだなと思っている。
スピーカー 2
なるほど。
なんかあれ、ちょっと今、
若干ミハイキクセントミハイみたいな感覚もあって、
フロー理論みたいなのも、
スピーカー 2
あれってずっとフローの状態にいるためには、
一定スキルを身につけるのと、
課題の難易度を上げながら行かないと、
面白いっていうゾーンに行かないみたいなのがあると思っていて、
うちのクリエイターとかでも、
スピーカー 2
最初の遊びで、
お金もらえないゾーンで作りたいものを作ってるも、
楽しいと言えば楽しいのかもしれないんですけど、
それがお金もらえるゾーン、
J2からJ1に上がるみたいなことによって、
スピーカー 2
遊びでい続けられるっていうところもあるような気もしますし、
逆に職業クリエイターみたいなので、
住宅で一定お金が金額もらえるようになると、
つまんなそうになる人もいるんですよ。
スピーカー 2
上がっちゃった人みたいな。
スピーカー 3
対屈ゾーンでお金もらってる。
スピーカー 2
そうそう、対屈ゾーンでやりつつ、
いろんな案件の話とかも、
金額で見て、受ける受けるを決めてみたいな。
だけど、自分のそもそも遊んでた時の、
ここまでチャレンジしてみようみたいなのが、
もうなくなっちゃうみたいになると、
お金はもらってるんだけど、
職業クリエイターというか、
クリエイターとしてプロであるっていうことと、
ちょっと違うゾーンに行くなみたいなのも、
フロー的に遊んでられるように、
スピーカー 2
それは同じことやってたらダメで、
難易度とかスキルによって高めていくっていうことが、
技芸としてはやっぱり必要だってことなんですかね。
スピーカー 1
ダメかどうかっていうと、
別にそれで良ければ全然いいと思うんですよね。
その人が充実して、
別にそこに充実を求めてない人も出てくるので、
もっと家族のこととか、
スピーカー 1
他の趣味のこととかで充実するために、
とはいえ、この今の時代を生きていかなきゃいけないので、
住宅をしてつまんないと思いながら仕事をすることに関して、
人生全体でバランスを取ることは別にありがありなので、
否定は全然しないし、ダメだと思ってないんですけど、
それはそれとしても、
でも仕事自体をもっとポジティブに、
面白いものと捉えてもいいんじゃないって、
僕は思ってるって感じなだけなんですよね。
そうするためにはさっきの難易度を上げていくことは、
欠かせないよねっていうふうに思ってる。
スピーカー 3
ちなみに仕事遊戯論では、
ビジネスにおける競争と共存
スピーカー 3
退屈ゾーンは仕事してることに、
ちゃんと仕事してることにはならないっていう位置づけになりますね。
スピーカー 2
なるほど。
いや、なんとなく今、
風に落ちたというか、
なんかわかった気がします。
スピーカー 1
あと、
喋ろうと思ったけど、
スピーカー 3
仕事遊戯論って言って、また遊戯って、
漢字で遊ぶと戯かと思って、
遊戯の戯って、
巨の宝だなって思ったんですよね。
要は、おもちゃの刀みたいな感じ?
偽物の武器みたいな。
なので、
スピーカー 3
戯とは、
ビジネスを戦争だと思ってないっていうことが、
結構重要なポイントになるんだなっていう。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 3
マジで戦争を例えに使ってはいけないみたいな。
あくまでも、
遊びでごっこですよみたいな。
っていうのが一個補助戦としてあるなって。
問われるのは、
何と戦ってるんですかっていう問いが結構重要で。
あとは、
そこから考えていって、
どのくらい近い人を敵認定しているかで、
その人の器の大きさが決まるっていう風に思ってて。
スピーカー 3
よく言うのが、
同じ会社の隣の部署を仮想敵として、
マネジメント、自分の部署の一体感を作るみたいなと感じないですか。
ああいうのはあまり良くないよなみたいな。
スピーカー 3
半沢直樹っぽくなるよなみたいな。
社内の構想みたいな。
スピーカー 2
それを思うんですよね。
僕らもエンターテインにしようと思って、
ものを作っているんですけど、
同じ界隈の中で、
ちょっと競合みたいな話が出てきてます。
資本主義って、モノポリーに代表されるように独占ゲーム。
これいつも不思議だなと思ってるんですけど、
同じくらいのタイミング、
この時代にたくさんいる人の中で、
今、メタバース面白いんちゃうって言って、
そこで起業までしてる人って、
本来、戦隊の中で言ったら、
めっちゃ友達になれる確率が高いと思うんですよ。
だけど、近しいところにいればいるほど、
それを競合して、
椅子取りゲームみたいな感覚になっちゃうと、
あの案件、あそこが取られたとか、
設定みたいなのが、
スピーカー 2
これは本当に資本主義の独占ゲームの
弊害でもあると思いますし、
それをやっていく中で、
ものすごい経営の言葉も、
戦略とかからそうですけど、
全部戦に借りてきた言葉なんですよね。
キングダム経営論とかもありますけど、
なので少年漫画の漫画経営論しかないっていうのが、
僕いつも思ってることで、
少年漫画ってやっぱり、
友情、努力、勝利みたいな、
勝利前提みたいなのなんですけど、
スピーカー 2
いろんな漫画があるじゃないですか。
僕、女性兄弟だったんで、
結構家にある本をひたすら読んでいくと、
スピーカー 2
少女漫画結構読んでるんですけど、
少女漫画って全く違う論理で、
スピーカー 2
多分経営を見れるとか、
なんかあるなぁみたいなのでいくと、
戦ね、
スピーカー 2
確かに遊戯の戯って、
まさになんとかプレイってことですよね。
スピーカー 3
そうですね、確かに確かに。
スピーカー 1
プレイ。
スピーカー 3
なんとかプレイね。
ちなみに楽天、
それこそ創業当初とかは、
パイを奪い合うとかいう概念、
みんなないので、
別に多少同業であろうが、
ノウハウ共有しようみたいな感じには、
スピーカー 3
なりやすかったし、
あとは、しばらく時間が経ってきたときに、
日本酒ジャンルの店舗さん、
いっぱいあるんですけど、
みんな仲がいいっていうのが起こって、
なぜかというと、
日本酒って業界的に、
衰退期まっただ中なので、
スピーカー 3
お互いパイを奪い合うみたいなことしてても、
パイ自体なくなっていくからさ、みたいな。
どうすればみんな、
例えば父の日に、
他のもんじゃなくて、
日本酒買いたいねって思ってもらえる人、
どうやって増やそうかみたいな、
ゲームを一緒に遊ぶみたいな関係性になっていったんですよ。
なので、
うち発想の締め切りが、
父の日何日前です、みたいなオペレーションで、
その締め切った後に、
問い合わせお客さんから来たら、
うちも締め切っちゃったんですけど、
ここのお店ならまだ間に合いますよって言って、
他のお店紹介し合うみたいなことが、
自然に起こったりとか、
そういうことがありましたけど、
あれは、戦争だと思ってると、
スピーカー 3
起こらないよなっていう。
スピーカー 2
そうですよね。
スピーカー 1
これでも、
僕もそれはいいなと思うし、
別に今から言うことが、
僕が肯定したいと思ってるわけではないけど、
試行実験なんですけど、
だとした時に、
例えば、
近しい会社があって、
すごいいいことやってる、
スピーカー 1
同じようなことやってるなと思った時に、
じゃあ合併しちゃえばいいんじゃない?
もしくは、
売っちゃえばいいんじゃない?
みたいなこともあるじゃないですか。
もしくは従業員にしちゃえばいい?
ってなるけど、
でも、それはちょっと嫌でしょ?
みたいなところも、
スピーカー 1
みんなある気がするんですよ。
じゃあ日本酒の業界、
みんなもう弱まってるから、
じゃあどっか大きい会社が来て、
全酒造買収しましょう、
みたいな。
スピーカー 1
それで一体化してやっていくのが、
原理としては、
それが資本効率が良いはずじゃないですか。
っていう風になるとした時に、
スピーカー 1
いや、ちょっとそれは嫌だな、
みたいな気持ちがみんなある気がするんですよね。
じゃあ、
メタワースクリエイター解消して、
他の会社にみんな、
うちの資本会社のやつ譲りますよと。
その方が、
スピーカー 1
目指してること一緒なんだからいいですよね、
スピーカー 3
みたいなことは、
スピーカー 1
でもなんか、
許容できない気がするんですよね。
それって、
なんでだろうな、みたいな。
なんで、
別に競争じゃないのに、
だけど、
相手の群文に下るのが嫌だ、
みたいなところもあるんじゃないですか。
別に、
だから僕はそれがいいと思ってないですよ、
別に。
何だろうな、みたいな。
それこそに人間の本質が隠されてるような気もするな、
と思ってはいるんですよね。
そこがまさに、
スピーカー 3
違い。
じゃあ違いって何なんだっけっていうところですよね。
スピーカー 3
Aっていうお店とBってお店の違いはどこなのかっていう。
心出しは同じだよねとしても、
それぞれ特徴、
強みが違ったりとか、
提供価値が違ったりとかするので、
結局、
スピーカー 3
じゃあその集団の存在意義って何ですかっていう。
どういう価値を提供しているから、
どういう価値を好むお客さんから支持されていますっていうのが、
スピーカー 3
AとBのお店では違うわけで、
そうすると別々に存在する意義あるよねっていうことに。
スピーカー 2
そうですよね。
なんかさっきのカルチャーの話とかにも似てると思うんですけど、
カルチャーの違いがある、
最近、
共同体というより脅威体って違うものの集まりみたいなのでいくと、
コミュニティ的な合唱連行は別に良いと思うんですよ。
AとかBとかが同じ。
コミュニティって入ったり出たりも楽で、
それぞれの在り方があってもいいと思うんですけど、
それが統治モデルでやられると、
カルチャーを上書きされるわけじゃないですか。
スピーカー 2
植民地になったから言語を奪われるとか、
お前らのカルチャーは今日思って終わりになって、
我々総主国のカルチャーにするんだ、
みたいなのは嫌だと思うんですけど、
だからその天下統一の仕方みたいなのも、
強いところの軍門に下るみたいなのではなく、
EUみたいな、
EUが上手くいってるかどうかは知らないですけど、
最近、
それぞれの文化がありつつ、
スピーカー 2
一緒にやろうねってシェイクハンドというか、
コミュニティっぽくなる在り方は、
これを今、資本市場でどうやるのかっていう問題は、
エクイティっていうものが、
基本的には所有権を無しで、
モノポリーに変わるかどうか、
みたいなのはあると思うんですけど、
株をお互い持ち合って、
そこは発明の仕様はあるのかもしれないですね。
スピーカー 3
あとは、またサッカーで考えたら、
強いチームに全員合併吸収されればいいじゃん、みたいな。
チーム1個だけになっちゃったぞ、みたいな。
そうなんですよ。
スピーカー 1
ビジネスの戦争に例えるのが、
ちょっとニュームーブメントというか、
それに対して、
戦争に例えるなんてナンセンスだよね、
みたいな言説を言うと、
わりかし多くの人に指示を受けて、
スピーカー 1
そうだそうだ、みたいな。
戦争なんて昔流れで野蛮でダサいぞ、みたいな。
他のメタファーで言うほうがいいんじゃない、
みたいなことを言うのは分かるのに、
なのに、さっきの話で、
とはいえ、一体化することではないな、
スピーカー 1
みたいなことを言うのが、
ちょっと欺瞞を感じるところもあるんですよ、僕は。
みんな人類平和って言うなら、
そんなことすらなくてもいいじゃん、みたいな。
自分の会社資本みたいなことも持たなくてもいいじゃん、
みたいなことまで、
行き着くどこまで行けばいいのに、
そこは違いますよ、みたいなことに、
共存できんのか、みたいな話で。
僕自身は、別に戦争に例える例えないは、
戦争に例えちゃいけないとも思ってはないし、
戦うときは戦わなきゃいけないなと思ってはいるんだが、
一方で勝ちたいと思う、
支配したいと思ってないんだけど、
負けたくないと思ってるし、
スピーカー 1
自由自立でいたいと思ってるほうが強いんですよ。
なので、逆に言うと、
自由自立で負けないようにするためには、
スピーカー 1
でも強くあらねばいけないと思うし、
誰とも彼ともいいねともできないし、
譲り切ることもできないから、
時には戦わなきゃいけない力を持つかもしれないけど、
だから戦略は、
戦略はよくある、考えることであるんですね。
外すことなので。
戦争に例えないほうがいいってなったら、
それすらなくなるんだとしたら、
ちょっと僕はそこは、
僕は違うなって感じがしてるんです。
スピーカー 2
なるほど、なるほど。
スピーカー 3
僕はなので、
例えば同業とかだと、
一緒に遊ぼうって言える同業っていうのは、
あり得ると思うんですよ。
あとは戦うとしたら、
その遊びを邪魔してくる存在が出てきたときに、
スピーカー 3
自分たちが遊び続けるためには戦わざるを得ないか、
みたいなシチュエーションはある気がする。
でも多分、さっき言ったみたいに、
強いところにサッカーチームが吸収されていって1個になったら、
その遊びっていうのが、
終了したことになるんでしょうね。
だから別の遊びを考える。
スピーカー 1
合気合いっていなくなるからね。
スピーカー 3
そう、別の遊びを考えることになる。
だから、キングダムとか、
一ヶ国にみんなで一つの国になったら、
もう戦争しなくていいじゃん、みたいな発想だと思うんですけど、
遊びの場合は平和になったら、
やることなくて退屈になるから、
そこからまた遊びを考えなきゃいけなくなる気がするんですよね。
スピーカー 1
そうね。
なんか話が深まりまくってる。
ちらかり。
スピーカー 1
ちらかりの深まりまくってますが、
第2回、そろそろもう十分なとれ高だという。
スピーカー 3
長くなってしまった。
スピーカー 1
長くなってしまったので、一旦ここで置いて、
第3回に続きたいなと思います。
はい、ということでまた来週。
さようなら。
44:53

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