新月とエネルギーの変わり目
人生ついでにゆるっと覚醒してみちゃう。
こんばんは、橋本ゆみです。
今回のテーマは、神月なので、また始まりというか、このエネルギーの変わり目に何だか話してみようかなというような回でございます。
明日ちょうど神社ツアーのその前の日で、
まあまあ収録がちょっとね、本日という形になってしまいまして、ちょうどいろいろエネルギー変わり時だよねーって言っていて、
神月を迎え、まあ本当になんかね面白い、面白いなーってやっぱ思いますね。
何が面白かったかっていうと、今日はですね、知り合いのアーティストさんのアトリエにお邪魔をしまして、
それで12月にそのね、アーティストさんの方にお願いをしてワークショップを開催するんですね。
あのセーマと言って、セーマってわかるかな?神社の締め縄とか使われるやつですね。
朝、朝ですね。朝。朝。
あれ、あれで去年ね、私が締め縄を、締め縄でえとの飾り物を作るというワークショップに参加をして、
それと同じ感じで締め縄はいいかなと思いつつ、
でも今日ね新しいアイデアが出て、それもね、まず試作を作っていただいて、それでね、
本ちゃん決まる、本ちゃんというかね、何するかってなるんだけれど、
すごい良い案が話に出て、いやー本当にこれは、これはね作ったらマジでいいですよっていうやつです。
その中身は秘密ですが、セーマで作るっていうだけあって、やっぱね、穢れを浄化してくれるすごくいいアイテムになりますので、
まあまあ年末の話、10ヶ月ももうないんだけどね。
この先もね、メルマガとか撮っておいてもらうとお知らせいくと思います。
それだけじゃなくて、いろんなことがなんか今日、調子、調子というかちょうどよく回っていたり、新しいアイデアが出たり、
なんだかね、初めてのこともあったし、その中で変わっていくんだけど、変わらないものも確かめられる日だったんですね。
もういろんなものが変わりますよ、そりゃ。
大きく変わった方が大きく飛躍できます。
ちょっとしか変わらない人はちょっとの飛躍です。
それぐらいね、本当に大きな舵切った方がいいんですね。
なので、もうね、何かが終わるタイミングでもあるので、何日か前かにも言ったけど、
5円っていうのは本当にわかりやすく終わりますね。
良い悪いじゃなくて、5円っていうのが変わるんですよね。
列車のさ、路線でガチャンって変えて、右と左、なんかね、分かれ道でレールが切り替わるみたいな、
そんなの昔、ドラマとか映画とかで見たことある人いると思うんですけど、
ガチャンって切り替わるから、レールに乗ってるっていうのは変わらないけど、
行く方向が本当にどんどん進めば進むほど全然違う場所へ導かれる、
そういうターニングポイントなんですよね。
変化の本質と三言論的思考
どっちにガチャンと切るかっていうのは、その先が何かわかんない状態で選ばなきゃいけないみたいな。
なので逆というか、良い道と悪い道が分かれていたとしたら、
うっかり悪い道に行ったらもうずっとそっちの方向まで行って、なかなか軌道修正しにくくなる、
それぐらいの切り替えなんですよね。
今みたいな話は結構前にもしていて、何回かにわたり段階的にしていて、
いつ言ったんだっけね、もう戻れないよっていうタイミングは過ぎたんですけど、
またさらにそこで細かな分岐として今が来てるし、
その前のタイミングでごちゃごちゃした人は今がそのタイミングっていう人もいます。
同じレールだとしても、先に行く電車と後から行く電車みたいな、
そんな風に考えてもらうといいかな。
なのでいろんなことが早く先取りでやってる人っていうのはもうピークは過ぎてるんですけど、
そこを追っかけてる、少し後から来てる人たちっていうのはまさに今が切り替え時。
明日の神社ツアーっていうのは本当に今までの余分なものを全部燃やしていくというか置いていく。
過去は過去に置いていって、新しい扉を開いてその空間へ本当に踏み出していく。
リアルにですね、リアルに。
リアルにっていうのはエネルギーがその状態、ライトブリー側の状態がそこにコミットすると、
確実に現実には反映されますので、そういうことをやっていきます。
そんなこと言うとかなり怪しいって思うかもしれないけど、
現実的に、現実がやっぱり動かなかったら何やっても意味ないとまでは言い切れないけど、
人間都合では意味がないわけですよね。
言葉にするとどうしても二言論になるんですよ。
どうしても言葉での理解を求める方の方が多いので、そこにフォーカスすると二言論の話になるんですが、
やっぱり三言論的な思考っていうのを持っていただくと、すごく言ってることがわかると思う。
つまり迷路の中で右か左かって言ってた人が迷路を俯瞰してみる高い位置から見たときに、
右も左でもないなみたいなのがもう一回後戻ってここからやり直した方がいいよねっていうのは俯瞰しないとわからない。
迷路の中にいる人は右か左ぐらいしかわかんないわけですね。
後ろに下がるって選択はよほど行き止まりになったときぐらいじゃないと選択しにくい。
この視点の違い、迷路の中は二言論の世界です。
そして上から見る視点っていうのは三言論の世界です。
わかりやすく言ったね。そんな感じですね。
だからそのアーティストさんとお話ししてたときもすごい神事というかね、
アートの深いところからの創造、クリエイトっていうのをやっている方だから、
本当に話をしててもかなりアミニズムなんですよね。
簡単に言ってしまうと型があるものにハテナが湧いちゃう私たちみたいな感じですね。
本質を突き詰めれば突き詰めるほど言葉の領域を越えていくので、
だけど言葉で説明もできる。説明をすると共感を得られる。
そういう深いところですね。
でもそれが一つの本物という表現でもあり本質という表現でもあって、
これからの時代、本物本質っていうのが問われていく時代です。
AI時代における人間の価値
なのでね、まあわかりやすいのかわかんないけど、
これを聞いていらっしゃる方はね、やっぱりスピリチュアルとか占いとか、
そういうの興味あると思うんですよ。
なのでそのフィールドで話すのであればね、占いとかってある種型があるわけ。
カードには意味があったりとか、星とかね、ハウスとかね、読み方、意味がある。
でもその意味を超えたところの直感とか感覚的なものっていうのが、
本質的には本当に大事な部分になるんですよね。
そこが言い方を変えた方がいいかな。
AIとかだったら教科書的な意味合いをつなげて、
AIで占いでも何でもできるわけです。
だけどその奥にある流れているもの、
例えば歴史の奥にある人同士の交流の中で生まれているエモーショナルな部分とかは、
AIでは表現できないわけですね。
なので表面上の美しさ、絵とかもそうだけど、
表面上の美しさとか物語を作ったとしても、
そこそこいいものができるわけだけど、
でもその行間の中に含まれているものっていうのは、
絵は特に作家というか作者というか描いた人のものが入るので、
やっぱりそのエネルギーって感じるわけですよね。
AIが描いたのはどうかっていうと、
その絵自体が醸してるっていうよりは、
その絵を見ることによって見る側が勝手に醸してるっていうのはあるかもしれない。
それはあるかもしれない。
人が描いたものって両方が起きるんですよね。
両方が起きる。
なのでね、やっぱりそのものに命が吹き込まれてるか、
命が宿ってるか、何らが宿ってるかっていうところが、
この後のね、アートもそうだし、何でもそうだけど、
今後の世界、めちゃくちゃ大事になってきますよ。
本物しか残んないっていうのはそういう部分でもあるし、
なので自分自身がやっぱりね、
簡単に言っちゃえば考える。
考えることを妥協しない。
これはすごい重要ですよね。
タロットとオラクルの話をしたときにもちょっと触れましたけど、
人間がちょっと面倒だなってことを、
全部サービスに変えてきた、
昨今、近代のわけですよ。
便利な世の中っていうね、
今までだったら乗り物が馬とか飛却みたいな、
要するに三次元的な誰かの労力を借りるっていうことで、
移動とかを楽にするっていうことはあったけれども、
誰かの能力や労力を借りずに機械が、
燃料とかあれば機械がずっとやってくれると、
そういう時代に変わり、
ご飯だってインスタントなものが流行るというかね、
開発されて、手軽に栄養が補給できるみたいな、
そういう時代になっていて。
今度はそのAIのコンシェルチュとか、
人間が検索とかもね、結局楽になったわけですよね。
今まではセンスがある人がパパッと早く検索できたのが、
今もそうだと思うけど、
でもチャット君とかでやればそこそこできる。
できるっていうかね、早く検索される。
自分で自力でやるよりは早いみたいな。
そういう結局人がちょっと面倒だなっていうものがサービスになって、
それが普及して人間の代わりに働いてくれるっていうことが
いっぱい今起きているんですよね。
それが労力から、物理的な体力を使うものから、
だんだん知力の方に入ってきて、それが今のAIとか。
どんどんね、本当に家から出なくてもご飯食べられるみたいな。
ご飯は食べられるし、動かなくても
それこそ動かなくてもリモコンで電気つくのが全部スマホでできるとか、
いろんなことが自動化されていて、
つまり人間の労力が機械とか文明によって置き換わっている。
労力から能力にそれが置き換わっていて、
機械が扱えない能力に関してはもう人間しかできない。
それは何かっていうのがエモーショナルな部分だったりとか、
生理的なことだったりとか。
どんどん楽な社会になっていって、
どんどん考えることを考えるコストが減っていっているわけですよね。
いや早い、いや早いですよ。
これすると体も動かさなかったら寝たきりになるように、
頭も働かせなかったら本当におバカになっていってしまう。
極端な言い方すると。
本当ね、それはやっぱりどこかで気をつけないとやばいですね。
自己肯定感と自己責任
飲み込まれちゃうと思う。
だって楽だもんね。
でも前に音声配信で、
メルマガ文章を書くより喋る方が楽ですよねみたいなのが、
何かちょっと違和感があると。
私自身がそうは思っていないっていうところがあって、
合意できないなっていう話をしたんですけど、
なので結局AIで全部、
時短時短でAIが全部やってくれるから、
全部AIに書かせるみたいな、
それもなんかねやっぱりピンとこないんですよね。
壁打ちとかにもすごく便利だし、アイディアも広がるしいいんだけれど、
だんだんAIが言っていることが、
やっぱり疲れてたりずっとやり続けてたりすると、
答え合わせをしてくれる、答えを出してくれるような錯覚に陥るんですよね。
途中で、それで答えを出してもらおうとして、
自分に途中でハッと気づいたりして、
この方向でもそもそもいいのかみたいなのを検討すると、
やっぱりAIはそんなには使えないな、将来的に分からないですけどね。
今の段階で、言うほど使えないなというかね、
使えるんだけど、それを使えるって言ってる人たちは、
大変失礼な言い方をするかもしれませんが、
インスタントな感じがしちゃうんですよ。
だから他と変わらなくなっちゃう。
独自性っていうのが、どんどんそがれていってしまうっていうのを感じるんですね。
独自性っていうのがね、本当に大事だけど、
本当にみんなそこが困るところですよ。
一番、一番みんな嫌だなっていうかね、難しいなって感じちゃうところなんだよね。
どうしてもね。
まあでもそれが苦しみの中からでしかそれって分からないので、
考えない限り分からないし、
考えて行動して、人と話して、ブラッシュアップされていくことでやっと磨かれていく。
石がね、原石の石があったとしても、やっぱり研磨されて輝きが出るように。
やっぱりそのね、手間を加える、手しゅうにかけるっていうのはすごく重要なんですよね。
私はそう思うんですよね。
何に手しゅうをかけるのかって、結局自分自身。
自己肯定感って話を少しだけどっかでしたんですけど、
自己肯定感を求めるのであれば、本当に自分と向き合わないと自己肯定感なんて出ないんです。
なぜなら自分を肯定するってことだからです。
いつでも自分を否定して、悪い言い方すればね、いろんな意味があるんだけど、
悪い言い方すれば、自分で責任を取りたくない人はいつまで経っても自己肯定感は生まれない。
つまり自信がない状態がずっと続くんです。ずっと続く。
だって自信がない状態じゃないと、自分で責任を取らなきゃいけないし、
守られる立場に置かれなくなっちゃうんですよ。
無意識的にね、自分を謙遜してるつもりでも過度な謙遜はただの自己否定なので、
自分を否定するっていう方向に入ってきます。
なのでね、安全なところから口だけ出してたいみたいな人も結構いらっしゃいますね。
それがいいとか悪いとかじゃないけど、あんまりそれの度が強いと人から嫌われるってだけですよ。
一人でいいんだったらいいんですよ。
でも大体そういう自己価値が低いじゃない、自尊心じゃない、何だっけ、
自己肯定感がないなって感じる人っていうのは、承認欲求を求めつつも承認されるとそれを受け入れないっていう、
なんかね、ゲームが始まったりするので。
だから結局自己肯定感ってそういう自分を見つけていかなきゃいけないし、見つめていかなきゃいけないし、
そういう自分が嫌だじゃなくて、そういう自分を肯定して、肯定して、じゃあどうするかっていう建設的というかね、
前向きな取り組みをすることが自己肯定感が高い人っていう風になっていくわけですね。
自信がない人っていうのは、自信がない状態であることがメリットであるという状態なんですよ。
なんかね、自分がそういう時期があったから、はっきり言えるんだよね。
誰かをリスっているわけでも、それがダメだってわけでもなく、
それで終わりにせずに、それはさ、プロセスにしましょうやと提案したい。
今その段階でいい。でも今その段階である自分っていうのをしっかり肯定的に受け止める。
自分はダメだって言い続けるんじゃなくて、ここがうまくいってない。
あるいはここが足りてない。こういう欲求があって、真逆のことをやっているぞと気づく。
気づいてそのまま言い続けるのか、成長というかね、次のステージに進むのかは自分で決めれば、それでいいと思います。
自分で決めるっていうことが責任でもあり権利でもあるわけだからね。
自分で決めることをせずに、チューブラリンでいる状態だと、いつまでたっても自信がないとか、自分はできないとか、できる自分にはなれないわけね。
できる自分になりたいかっていうと、そうでもないみたいなところに入っちゃうと、ずっとループなんですよ。ずっとループ。
変化への一歩と新月の力
占い師さんとかの相談でお客さんが、いつも同じこと言うんですとか、なんでこの人をこういうふうに考えられないんだろうって人いるんですとかね。
ご相談いただくことあるんですが、結局今話したようなことが相手に起きているっていう。
そういう相手の場合どうセッションするかっていうやり方とか考え方とかあるのにね。
本当に全員がそうじゃなくて、その中でもやっぱりほんのちょっとのきっかけで変われる人っていっぱいいるんですよ。
そういうきっかけにリーディングとか占いとかカウンセリングコーチングの人ってそのきっかけになれる人たちなので、そこのポイントっていうのをうちの講座ではお伝えして。
なのでね、うまくいってないときも講座生たちは全部プロセスでどんどんクリアしてうまくなっていってるんです。
それは個人差がある。お仕事されている人もいれば専業主婦の方もいる。それは人と比べるもんじゃないんですよ。
これまでの自分と比べて確実に前へ上へ変化しているっていうところをね、しっかり足場一歩一歩固めながら進むと。
そうするとほんといつの間にか、いつの間にかすごい変わったなみたいな、今すっごいことやってるねみたいな人めちゃくちゃいて、これがね喜びですよね私も。
ほんと嬉しい。そういう人がどんどん出てくる時期というか、そんな新月ですよ。
本当に荷物をバーンと捨てて、新しい世界にバーンと飛び込んだ人は、捨てた分バネの力になるっていう、そういう時期なので。
ほんと明日の新月はめっちゃ楽しみなんですよ。
明日というかね今年またそのね流れでいろいろ考えている途中なんですけど、ほんとにねこの流れに乗っていくっていうのが神事でもあるし、流れに乗ってたら失敗は失敗じゃマジでなくなるんですよね。
なのでね、ほんと身体を整えて、日差しを捉えられる身体と感性を磨いていってほしいなぁなんて勝手に思っております。
というわけで、今日もご視聴いただきありがとうございました。
明日も、明日はもしかしたらアップされないかな。わかんないなっていう感じでございます。
というわけで、またお会いいたしましょう。
それでは皆さん、また。