テーマと日常の出来事
人生ついでにゆるっと覚醒してみちゃう?
おはようございます。こんにちは、橋本ゆみです。
今回のテーマは、捨てる神あれば拾う神あり、ということで、
今日もゆるっと覚醒マインドでお届けします。
ちょこっと日を明けての配信でございます。
この間節分を迎えて、私は節分割と好きで、
豆好きで、豆毎回一人で投げるんですけど、
今年ちょうどなんかね、お腹の調子がはいはい、
お腹の調子があまり良くなく、豆は負担になるのでね、
豆食べなかったんですよ。
そして、猫さんがいてっていうのは言い訳なんですけど、
やることがちょっとあって、豆すごい呼んでるね。
何ですか。はい。
おー、なんか訴えてる。
はい、ということで、何だっけ、豆まきしなかった。
割と毎年楽しみの季節なのですが、
いろいろとね、やることがあるっていうのは良いことですよね。
忙しいっちゃ忙しいって話だけど、そんなに嫌なことをやってるわけではなくて、
いいものにしようっていうので、いろいろと動いています。
はーい。
すごく猫さんが訴えてくるので、ちょっと待ってね。
そんなわけで猫さんに呼ばれて、ちょっと行ってきまして、戻ってまいりました。
妙な臨場感。
今日のテーマね、捨てる神あれば拾う神あり。文字通りですね。
世の中、嫌なやつもいればいい人も助けてくれる人もいる。そんなお話です。
真実と正解の関係
本当にね、いろんな人がいて、素直でね、何でも、
あ、そうなんだって受け入れちゃうような、そういう人は、
学校の鴨がねぎしょってやってきたっていう鴨ネギさんになってしまうわけですね。
これは私が鴨ネギ傾向にありまして、今のところ大きな騙されるとかはないんですけど、
関わってる人っていうのはご縁があるんだろうなと思って大事にしたいなという思いで行くとですね、鴨ネギになるときがあるわけですよ、人生では。
なので、そういう素直な子というか、受講生とかそういう人には時々ね、
ちっとは疑った方がいいよ、いい人だからって全部がいいわけじゃないよって言ってね、お伝えしたりします。
まあ、とはいえやっぱりどっちも必要なんですよね。
陰と陽、白と黒、表と裏、両方が存在しているのがこの地球のセオリー、法則なわけです。
これはね、人間の都合でどっちかにしたくなる。答えは一つにしたくなる。
真実は一つなんです。コナンくんじゃないけど。真実は一つなんですが、正解は一つではない。ここがポイントですね。
真実というのはもう、宇宙の流れ、自然の流れ、真羅万象、揺るぎない真実というのがあります。
これはもう一つ、もなどですね。一元論的なやつですね。
そこから二元論に発展すると、白黒陰陽表裏が出てくるわけ。
そこから三元論になってくると、そこの枠を超えた存在、それが神話という形で受け継がれていきますが、
なのでカタカナの外人さんが神話を語られなくなった文明は終わっていくという言葉、正確には覚えていないけど、そういう意味の言葉を残しています。
それは三元論、要するにその枠を超えた部分の視点というのが失われていくわけなので、それは発展しないよという話です。
共感と思い出
神話、そしてメタファー、物語、そういったものは無意識の言語でもありますので、理屈よりも子どもは物語の方が理解するというように、
私たちは本能的というか潜在的には論理、理屈よりも枠を超えた、真実は一つだけど正解は一つではないという、その世界の話、そういう世界にも誘ってくれるような話。
それが発展を促すわけです。
なので私がやっているカウンセリングというかセラピーというかメンタリングの手法だったり、後講座で教えていることというのはまさにそこなんですね。
枠を超えた視点から見ていくとか、自分自身がその枠を超えた視点を得ていく。
そうすると巡るんですよ、循環するんですよ。流れ始めたら命が活性化していくんですね。
それは結局酸素がちゃんと体に取り込まれて細胞までミトコンドリアンも活性化していくと本当に元気になりますからね、物理的に。そういう循環にも通じるわけです。
考えというのは結局ね、ホルモンとか神経電達物質とか脳内の電気信号、機械と同じと言っていいか分からないけど、そういった信号がうまく流れないと私たちは考えることすらままならなくなっていくわけですね。
具合悪いと考えられない。こういうことと同じです。体の中で今エネルギーをかけなきゃいけない。
例えば病気になったら、例えば菌が入ってきたら、その菌をやっつける、追い出す、そういうところにエネルギーが使われるから、頭が働かなくなる、熱が出るとかね、そういうことになるわけですね。
簡単に言うと。
なので、捨てる神あれば拾う神あり、誰かから裏切られたり、思ったような、期待するようなことが得られなかったとしても、別のところで拾ってくれる、救ってくれる、そういう存在が世の中には同時にあり、
そしていい人たちだけと暮らしていきたいなんていうのは無理なんですよ。そんなのは無理なんですよ。
そこにはまるとちょっと語弊が出ちゃうかもしれないし、変に受け取られると嫌なんだけど、あえて言ってしまうと、もうね、全員がイエスってなったら、それは宗教ですよ。
宗教っていうのは原始的な宗教ではなく、信仰宗教的な意味ですね。
やっぱり真実は一つだけど正解は一つじゃない、こことリンクしていくんですね。
あえて言うけど神という存在が真実として、私の言う神っていうのは八百万の神だから何か一つではないし、特定の宗教を信仰しているわけでも全くないんです。
本当にね、なんていうかアミニズムでしかないんですね、私の中ではね。
でもある特定の宗教を信じている方、信仰している方、敬っている方からするとちょっとピンとこない話かもしれないです。
どっちがいい悪いじゃないんですよ。どっちだっていいわけです。
話を戻すと、何かしらそういう自分たちでは人間たちでは計り知れない、宇宙で言ってもダークマター的なね、よくわからない領域。
そこに何らか作用する力、何らかの発端があると。
それは誰がやっているのか、何がそうさせているのかっていうのを代名詞として神というふうに表現するならばですね、
それは源と言ったっていいんですよ。
そのように表現するのであれば、捨てることも拾うことも、これは二元論の話なので、神は神っていう話ですね。
それを本当に人間の都合で言っていけば、必要なものがもたらされている、
必要な試練だったり、必要な痛みだったり、飛躍するための一回へこむ何かだったりっていう、
これは後付け、理由付け、人間の都合解釈ではありますが、私個人的には嫌いじゃない、そういうの。
ただそこに答えを見出して一つに決めてしまうのは危ういなと思うので、
ケースバイケース、自分がその時救いになる言葉、救いになる考え方、
ちょっと気が楽になって冷静に考えられる、そういうフックというか、栄養剤というか、予備水というか、
その人にとって最終ふさわしい方向、いい方向、あるべき姿に近い方、そっちに流れるのであれば、
プロセスにおいて痛みを伴うってことはネガティブなことではない。
痛みを知ったからこそ人に寄り添える、こういうこともあるわけです。
なのでね、体験してなくても、例えばカウンセリングとか、そういう人の相談を受けているときに、
体験したことがないとても辛い出来事でも、感情に関してはやっぱり共感はできるわけ。
だけどその体験を実際しているわけではないので、その人が感じている悲しみを共に味わう。
こういうことをするわけですね。
なのでね、先にそういう味わいをしていて、現実、後で体験をしたときに、
さらにね、その悲しみ、痛みが深まるということはやっぱりありますよね。
逆に悲しい体験をして、例えばペットロスとかね、大切なものをなくして、
私の場合はもう人生最大の悲しみは祖母だったので、その後のウサギも同じくらい悲しい。
友達とかもやっぱり悲しい。
でもその体験をしているのとしていないのとでは、確かに違うけれど、
自分の中では想像つかなくても、目の前の人がそういう悲しみに浸っていたら、
やっぱりそういうね、共感というところは持って生まれたものじゃなくて、
仕事柄というのもあってですね、味わっていく、こういうことがあります。
なので、嫌な体験していないから、嫌な体験した人に寄り添えないかって言うと、そういうことじゃない。
これは別に私に限らず、どんな人でも、誰かのことを気遣えたり、考えたりできる人、
そういう人は自分の中で、自分の中で、自分の中で、自分の中で、自分の中で、
自分の中で、自分の中で、自分の中で、自分の中で、自分の中で、自分の中で、自分の中で、自分の中で、自分の中で、体験したことを
できることなんですよね。
でもね、中にはね、サイコパスと呼ばれる、「全く共感できない!」って人もいるからね。
人生の波と感謝
それはそれで別にね、悪いことじゃないけど。
悪いことじゃないけど、一緒に仕事をすると、まあ非常に大変ですよ。
私のね、友達がね、そういうビジネスパートナーに出会うことが多い人がいてですね
よう話を聞くと、本当に意味がわからない
あまりにわからなすぎて、もう頭の中でバグがすごくなるんですけどね
まま具体的にはちょっと話せないですけど、そういう人もいますよね
でもそういう人といざこざがあっても、友達は何とかやっていけてるわけで
それはやっぱり友達を助ける誰かがいたりして、見てるとね、旗で見てるからわかるわけ
自分がその状態になったら、見えてこないかもしれないけど
やっぱりね、人生というか、世界は波で動いてますから
へこむ日もあれば、盛り上がる日もあるということでね
捨てる神あれば、拾う神あり、本当に2025年はこれをめちゃくちゃ体験した
話何度もしてますけど、めちゃくちゃ体験しましたね
本当に、だからね、よりありがたいなと思って日々過ごしておりまする
節分の豆は負けなかったけど、ちょっとお腹の調子も戻ってきたので
試行錯誤の過程
豆食べようかなと
節分の豆おいしいんだよね
皆さん節分、健やかにお迎えできましたでしょうか
2月はかなりね、いろいろ、天候、そして体、人生の方向性、世の中の動きも大きく
ぐらぐら、いい意味でなんですけど、変わっていきます
ぐらぐらって言ったら揺れる感じだね
揺れる人もいれば、本当にブルドーザーのようにザザザッと今までのものが
さらわれて、さらちになっていくみたいな人もいるだろうしね
耕す時期っていうのは結構みんなもう過ぎていて
土をならしていくみたいなとき
そこのならしている耕していくときにどうしても取り切れなかったものっていうのがいっぱい
根っこが深くて出てくるみたいな
そんなイメージを持たれると、これから春に向かっての過ごし方っていうのも
見えてくるんじゃないかなと思います
夏ぐらいまでは結構ありますよね
ゴールデンウィークあたりと、あと夏かな
リズムとしては節目、いろんな節目があるんですけど
今見ている大枠の流れの節目はそんなとこですね
どっかでも言ったけど、今何かをバチッと決める必要はなくて
結構こうかなぁかなぁ、試行錯誤しながらやっていく感じ
なんかパン作りとか、そういうのに似ていて
こねてこねて、でも一回発酵というか膨らませるために
ちょっと置くでしょ、パンとかって
そんな感じでですね、パンの粉を米粉で作ろうとすると
またやり方が変わったり、なんとかことか
そういう試行錯誤の時でもあるんですよね
パン作るってのは決まっていると、大枠方向性
材料を変えてみよう
材料を変えたら今まで通りの工房じゃダメだなとか
そういうのが出てくるわけ
そうすると何で発酵させたらいいんだ、何で膨らませたらいいんだ
もっとパリッてさせるには
なんか塗ったりとか分かんないけど
温度変えたりとか
粉によって焦げ方とか時間とかも変わってくるわけで
そういう実験というか
試行錯誤、やってみて、もうちょっとこうしよう
もうちょっとこうしよう、みたいな
そういう時期だと思ってください
まさに私は今その状態ですね
やってみて、もうちょっとこうしたら皆さんにいいものを出せるよね、みたいな
それで作り直しとか
いろいろ方向性、微調整というのがされていて
まだ微調整進んでいくんだろうなという感じなんですけどね
その最中はやっぱり目の前の調整に追われてしまうので
なかなか俯瞰してみるということができなかったりして
それをでもやらないと微調整ってずれていっちゃう
微調整だけやってるとずれていっちゃうので
マクロとミクロの視点を行ったり来たりしている
そんな時期ですね
皆さんも似たような体験しているか
あるいはちょっと先にされると思いますのでね
ぜひ今日のお話を参考になさってみてください
今日のテーマは捨てる神あれば疲労神ありということで
今ちょっと何か捨てている状態、捨てられた感覚がある方は
この先疲労神現れますので
安心してどんどん進んでいきましょうと
ということで今日のお話があなたの人生の扉を開くヒントになりましたら嬉しいです
ポッドキャストのラジオ番組魂に目覚める魔法の知恵袋
こちらも合わせて聞いてみてください
そして引き込まれる話し方セミナー
ワンデーセミナー2月は毎週開催です
3月の5日が現在最終受付
最終セミナー開催日となっておりますので
ワンデーセミナーだけでもとりあえず出ておくと
人生の役に立つことめちゃくちゃありますので
ぜひ概要欄から詳細ご覧になってお申し込みください
というわけで今日もご視聴いただきありがとうございました
お出かけされる方は多分寒かったり雪の地域もあるかと思いますので
ぜひお気をつけていってらっしゃい