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みなさんこんにちは、ゆきえです。 このチャンネルはナースの放課後、職場では話せない本音を語ります。
やっぱり看護が好きと思える時間をお届けします。 今日はですね、前回の続きで、私看護師をしていてね、29歳の時に、もうすべてが嫌になってしまって、自分のすべてをね、こうなんか変えてみたくなってしまって、
オーストラリアの方へね、ワーキングホリデーに留学したっていう話をしてたんですけれども、今日はね、その続きでね、留学から帰ってきたら、
自分はね、看護師というものがね、より一層楽しくなっていたっていう話をね、したいと思います。 その前にね、一つお知らせさせてください。
7月22日の夜21時から、 いつもね、一緒にコラボライブをしているミヤ子ちゃんと、コラボライブの配信をさせていただきます。
内容はね、ナース祭りについてなんだけれども、ミヤ子ちゃんは看護師であり占い師さんでもあるんですけれども、看護師としてね、ナース祭りのボランティアで参加したということなので、
ナース祭りというね、結構東京ビッグサイトでやっている大きなイベントだったんだけれども、そのボランティアとして参加して、
そのイベントってどういう感じだったのかなと思ってね、そのあたりを聞いてみたいと思いますので、そういうこと気になる方はぜひ聞きに来てくれると嬉しいです。
ナース祭りはなんか看護師じゃなくてもね、入れるみたいなんだけど、みんないる人たちは看護師さんだっていうことを言ってましたね。
なんかもっとね、CMをしたらいいのになーって思って聞いてたんですけど、その話をね、コラボでさせていただきたいなって思いましたので、ぜひ聞いてくれると嬉しいです。
そういう大きい会場のさ、ボランティアの裏側の話とかもなかなか聞けないなって私思うので、楽しみにしているんですけどもね。
で、今日の配信なんですけれども、前回の続きでね、私がすべてが嫌になっちゃってオーストラリアに行ったっていう話。
で、帰ってきてからはちょっと考え方がね、変わって看護師が楽しくなったっていうね、お話をするんだけれども、
前回の話はね、もう自分のものの捉え方っていうかね、自分のダメダメフィルターに通してみたら、すべてがもう嫌なものに思えていて、
実際こうフィルターをとってみると全然違う普通のことだったりとかしても、その事実に対して自分の感情、負の感情を乗せて解釈して、すごいダメなものみたいなことをね、すごい作り上げてたって。
だから、もうすべてが、職場も人も全部嫌なものに見えていたっていうふうにね、内容をお話しさせてもらったんだけれども、
その気持ちのままオーストラリアに留学に行けば、こんな気持ちも吹き飛ぶんだろうと思ってね、そんな希望を胸にオーストラリアに留学に行きました。
最初の1ヶ月間はね、ホームステイしてたんですよね。ホームステイもしてみたかったので。
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ホームステイ先の人たちはすごく良い人で、シングルマザーで子供が1人、あと既に日本人の女の人が1人ホームステイしていて、
その方はホームステイというよりもずっと長くそこに住んでいるみたいな感じの女の子で、
あとおばあちゃんが1人いて、すごく温かいご家族で、本当にビジネスとして留学生を受け入れているので、
あまり干渉されない、聞けば教えてくれるけどみたいな感じのホームステイ先でした。
でもお世話になったなぁって思います。
さっきも言ったように、留学してオーストラリアに着いたら全てが解決するんじゃないかとか、
いろんなものが吹き飛ぶんじゃないかなみたいな、この職場が嫌いだったとか負の感情みたいなのが吹き飛ぶんじゃないかなと思って行ったんだけど、
全然そんなことはありませんでした。何も吹き飛びません。
やっぱりね、環境を変えただけでは何も変わらないんですよね。
それなんでかっていうと、着いたらみんな楽しそうじゃない?当たり前だけど。
周り楽しそうにしてて、それを一歩引いてみてしまっている自分がいたんですよね。
さらに英語が全然あまり上手じゃなかったから、自分に英語を話せない、なんでちゃんと勉強しておかなかったんだろうとか、
周りが楽しそうにしてるけど、私なんかうまく溶け込めないしとか、
なんかそんな風に全てが悲観的だったんだよね。マイナスというか考え方が。
それでだんだん、周りにホームシックなんじゃないの?みたいなことを言われたぐらいにして、
いやホームシックではない。変わりたいなんて1ミリも思ってないけど、なんでこんなにスッキリしないんだろうとか、
この場に与えられたこの場を環境をこんなにガラリと変えて、住んでる国まで変えているのになんでこんなに晴れないんだろうとかね、
思って、その時は解決しないで、だんだん過ごしていくうちに、ポツポツと友達もできてくるし、
いろんな国の人たちがいるわけですよ。留学してて、語学学校にもよく通ってたので、
そこでもいろんな国の人に知り合うわけなんですよね。やっぱりそこがちょっと転機でね、
私の捉え方は全て悲観的でマイナス思考だったんですよ。英語を話せない自分に腹立てるとかさ、
なんかその、なんて言ったらいいの、
この壊るべきみたいな、なんか溶け込めないとか、固まった殻の中にいる自分みたいな、そんな感じでしたね。
で、まあ転機となったのはやっぱり留学先で、今まで北海道に住んでて、北海道の札幌市というところに目線が向いてたの。
でもそれが、海外に行ったら、海外にいる日本の人って、いろんなところから地域から来てるから、
その時点でもうさ、だいぶ、留学先に来てるっていう時点でだいぶちょっと個性的な日本人にはなっちゃうんだけど、
ね、それの時点でも面白いんだけど、で、その中で世界中の人たちがいっぱいいるわけですよ。
南米とかヨーロッパとか、もういろんなところから人が来ていて、そうなってくると視野が広がったんですよね。
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で、まずさ、もう日本の常識が他国では非常識、でもまさにその逆もあるわけですよ。
で、それを見た時に、今まで私は自分の物差しとか、自分のこうあるべきのルールで物を見て判断して、
それでもう嫌だとか良いとか、もうこれないよね、みたいな判断してたんだなっていうふうに思って、
やっと気づきましたね、もう29歳にして。遅いのかな、どうなんだろう。でも気づけてよかった。
で、文化とか習慣の違いを知ることで、他者を否定することはまずなくなりました。
で、全然だってルールが違うし、考え方が違う国に住んでる人たちだから、否定も何もその人たちの普通だから、
それを否定するっておかしいなとか、だからそれはそれでこれはこれ、みたいな。
客観的に受け入れられる範囲がね、許容範囲がすごい広がっていきました。
で、それまではさ、私は看護師っていう仕事って、どうしても何々しなければならない、根拠とは何かとか、
こうあるべきとか、そういうふうに厳しい規律の中でね、働いてたんですよ。
ほんとガチガチの世界。やっぱり命に関わることなので、決まりが結構厳しかったりはするんですよね。
で、看護師の歴史もとても古い職業なので、その、いにしえの文化みたいなのもすごく引き付いている職業でもあるので、
こうあるべき、こうしなければならない、これが正解、これは不正解、そんな世界線でした。
で、そうなった時に、まあその自分の常識をね、他人に押し付けたら、それはおかしいことになっちゃいますよね。
変な人に見えちゃうというか、ダメな人に見えるというか、おかしいよねってなっちゃうってことなんだよね。
多分自分それやっちゃってたんだろうなーっていうふうに思うし、
例えばさ、日本ってさ、お店がね、9時閉店ですよーって言ったら、お店の人は9時に閉めて、
てかさらに9時にまだお客様がいらっしゃったら、まだ閉めないで開けてるじゃないですか。
いなくなったら閉めて、お掃除始めて、閉店なんだけど、オーストラリアのショップはもう9時に閉店っていうかさ、
9時に閉店になったら、もう8時半ぐらいからお掃除始めて、全部閉めて、全部なんかしまうんですよ。
で、8時きっかりになったら全部シャッターも下ろす、みたいな状態の国だったんですよね。
これをどう捉えるかなんだけど、日本の感覚でいくと、え、信じらんない、まだここでお客さんご飯食べてんのに、みたくなると思うけど、
でもこちらのその国の常識はそうだから、あ、そうかって、まあでもそうすると8時にピッて終わったら、その後のプライベート大切にしてる国なんだなとか、
そういうふうにルールとか思いとか、マインドみたいなその国の考え方を知ると受け入れられるようになったっていうのが大きいですよね。
やっぱりこういろんな考えの人が留学先にはいるわけですよ。
今まで出会ったことのない、べきべき成人じゃない、こう中には吹っ飛んだ感じの人もたくさんいて、面白いなーって思って、
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でもこれでいいんだって思わせてくれた。
で、留学を終えてね、日本に帰国して、再びもう絶対やらないと思ってた看護師をね、帰国してから1年後ぐらいからまたね、ぼちぼちやり始めたんですよね。
なんとなくまた戻ってもいいかなって思い始めて、その前にね、ワンクッションとして病棟とかに戻るのにちょっと抵抗があって、
看護大学の教員のアルバイトとかしながら、ちょっとずつ現在の看護はどうなっているのかなみたいな感じでバイトしながら学生さんを教えてたんですよ。
そうなってくると、なんか物の見え方が変わってくるんですよね。こうしなければならないって一生懸命教えてるんだけど、
ならないっていうよりは、こうする必要性ってこうだよねみたいな。で、こうなっちゃったら患者さんこうなっちゃうし、こうだからこうだよねみたいな。
なんて言ったらいいのかな。こうあるべきみたいな教え方ではなくて、こうすることでこんな風にいいよねって言って、含みをもって伝えられるようになった自分になってたんですよね。
で、本当に患者さんとかって病気によっては食べちゃいけない食べ物ってあったりするんですよ。飲んでる薬でこれは絶対食べちゃダメだよとか。
そういうものに関しては絶対ダメダメダメってさすがに言うんだけど、今までこの病気だからこれを控えましょうみたいな食べ物とかも結構看護師さん達で食べちゃダメだよっていう感じで言う人も中にはいるんだけど、
まあなんか普通に生活してたらこれをはじくって難しいよなって思うものも結構あったりするんで、
まあ食べるにしてもこうやって食べてみようかとか、こうやってここで食べちゃったらこうしてみようかみたいな、
なんかそういう大概案じゃないけど、全くもってダメダメ無理無理ありえないみたいな感じでは話さなくなってましたね、行って戻ってきてからは。
まあそうするとね患者さんもねいろいろ話しかけてきてくれるし、話も聞いてくれるし、
じゃあどうしたらいいのってこうね結構前のめりに聞いてくれるようになるっていうことが分かりましたね。
やっぱりこうダメダメ否定というかこうあるべきはね誰も話聞かないなっていうことに気づいたし、
そんなつまんないこと自分言ってたんだと思って、自分言われたら嫌だもんね。
いや看護師として必要だから言ってるっていうのはもちろんよくわかるから、言ってる人悪いとは思わないのよ。
だって正しいし、その方がその人の体のためや今後の健康寿命にも関わってくることだから。
だから一生懸命ダメダメダメって看護師さんたちは言っている。それは正しいと思うんだけどね。
まあでもね生きていく上でね、なんかそれずっと言われたら辛いなぁとか思っちゃう自分もいたりとか、
まあ100%ダメじゃないものに関しては、ルールを守ろうねっていうところは結構なんとなく含みを持たせて話しすると、
その方が逆にちょっと守れたりしている感じは感じますよね。
本当にね、こう海外に行って戻ってきただけなんだけど、遊んでただけなんだよ。
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オーストラリアで何も身になることはしてなくって、アルバイトしたり、本当普段何もしてない。
海に友達とプラプラお出かけしたりとか、電車に乗って、この電車の端っこってどこなんだろうとか言ってね、ただただ乗ってみたりとかさ、友達と。
そんな生活をずっとしてたのよ。サンドウィッチ持ってただ歩いてるとか。
ね、そんな中なんだけど、やっぱりこう環境とかものの捉え方の違う人たちの中で生活したおかげで、
ね、本当に私はいろんな価値観と
視覚をもらって視野を広げてもらったなーって。
自分では本当に広がらないよね、視野とかさ。
自分の頭の中を自分で広げるって本当に難しくって。
人の考え方、人がいるからこそ自分の頭の中のさ、こう考え方が広がっていくよなーってね、本当に思わせてくれました。
ただ毎日ね、遊んでるだけだったんだけど、それでもね、私の中で大きな、もう本当宝物のような時間でしたね。
それでね、その感覚を持って帰ってきて、なんか学生さんと関わったりとかしてるうちに、よし、美容棟に戻ってみようと思って美容棟に戻ったら、
視野が全然違ってて、こうスタッフの動きとか、ものの見え方、確かに大きな声出す人もいるし、
まあ、なんかいろんな個性的な人がいっぱいいるわけよ。
え、そこでそれやっちゃう?みたいなこととかもあったりするじゃない。
なんだけど、そういうのをひっくるめて会おうと思いながらも、そうかそうかって、なんかこう、ありえなくない?みたいな、そんなことはなくなりましたね。
さすがに命に関わりそうなことを、あ、それはちょっとって言うけれど、それはなくない?っていうのは言わないですね。
その人の考えがあってやってることだから。もしかしたらそれがその時の、もしかしたら正解だったかもしれないしとかね、思うようになって、オーストラリアのおかげでそうなりました。
でも本当にね、そこに行って思ったこととか、その後思ったことは、本当自分の常識は、誰かの非常識なのかもしれないなっていうことだよね。
自分がさ、こうあるべき、普通こうしたんだからこうじゃないとか、普通こうだよね、みたいなことは全部私、それはありえないなって、今は思ってます。
うん、本当に自分の常識は誰かの非常識。
ということでね、それはね、本当に肝に銘じています。
もしね、こう自分がこうしてこうなのに、こう、これならこう、普通こうでしょって思ってて、だんだんこう胸が苦しくなっていっている。
それやるとさ、だんだん苦しくなっていっちゃうんだよね、本当に。狭くなっていって、小さくなっていって、ガチガチに固められるというか、こうしなければならないだから、すごい狭いでしょ。
だから、そんなことはまず本当なくて、あの、守らなきゃいけないことはもちろんあるんだけれど、そうじゃないこともこうあるべきにはさま、はめてしまっている人って、
たくさんね、看護師さんの世界で見かけるので、本当にそうかなって、それは自分の勝手な常識、自分の物差しで物を見ていないかなっていうふうにね、ちょっと考えてくれたらいいなって思います。
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それがちょっとね、あの本当に落とし込めたら、こう自分の物差しじゃないもので測るというか、自分の物差しで測ってたんだなと、勝手な自分の思い込みをこう、相手にこう、なんていうの、当てが、当てはめてたなみたいな。
そうなった時にね、まあそれはそれで、これはこれみたいな気持ちに少しなってくれると、あの心のガチガチ辛い、壊るべきみたいな、看護師のあるある世界の話がね、和らぐといいなぁと思って配信させていただきました。
いやオーストラリア本当楽しかったですね。また住んでみたいなーって思いますもんね。
うん、本当に、なんかね、本当に緩い世界という、緩い国ってよく言われてるけど、特に緩くもなかったし、そこで生活を普通にみんなしているから、仕事もしてるしね、
緩く見えてるだけであって、まあ緩くはないというか、実際そこで生活して生きていくってなったらね、大変なことだし、まあ確かにね、コロナの時期にロックダウンっていうのをオーストラリアはやってたと思うんだけど、
あのただのね、外に出ないでねーだけだったら、あの人たちは出ちゃうというマインドを持っているので、あのロックダウンという形を取ったっていうだけで、うん、そういうところがまあ緩く見えてるのかなと思うんだけど、
それはもう価値観とかの違いなんだろうなっていうふうに思って見ていました。
ね、そういうふうに見ると世の中面白いなーって、そのよくうるさいわって言われている国の方たちとかもいるけれど、どうしてそういうふうに大きな声で話すのかとか、ワイワイ話すのかとかね、その文化とか歴史とか知ると、
まあかといって静かになるわけじゃないからあれなんだけど、納得ができるというか、そういうもんかーみたいな気持ちに最近はなっていて、
なんか許せる、許すったらおこがましいよね、なんか受け入れられるって感じかな、そっかーそれはそれかーみたいな、
そんなね感じになって、そうやってものを見るとね、こう看護師しててもなんかちょっとだんだんね、苦しくなくて、
楽しいなーみたいな感じで見ることができるようになってきたっていう話です。
ね、自分の常識は誰かの非常識、ちょっとこれをね、片隅に置いておいていただけると、少し心が楽になるんじゃないかなーって思うので、配信させていただきました。
今日も最後まで聞いてくれてありがとうございました。またねー。