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EP43 瀬戸大将(Setotaishou = General of Seto ware)
2023-04-15 08:53

EP43 瀬戸大将(Setotaishou = General of Seto ware)

妖怪古伝43回目の放送 今日の妖怪は「瀬戸大将」 今回のオリジナルストリーは日本の食器をめぐる瀬戸物と唐津物の戦いのお話し。 ぜひお聴きください。 また番組へのご感想やご意見は Twitter @youkaikoden かメール youkaikoden@gmail.com でお待ちしております。 *この番組の効果音には「Oto Logic」「Mus Mus」様の音源を 使用させていただいています。

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サマリー

瀬戸大将の由来と、瀬戸物と唐津物が日本の食器の主流を争う創作物語を紹介する。江戸中期、瀬戸大将は岩を転がして唐津軍を混乱させ、赤い釉薬の軍勢で圧倒する。さらに瀬戸大将側は強化セラミックボールを大谷が投げ、唐津軍の扇形の皿を粉砕する。海上戦では瀬戸大将が船を飛び移って勝利し、唐津物は九州へ逃げる。その後、瀬戸物が主役となるが、やがて有田焼にその座を奪われる。

瀬戸大将の妖怪画と瀬戸物・唐津物
ひょっとして、妖怪古伝をお探しですか? いやね、私もこれからそこへ行くところなんですよ。
よかったら、ご一緒しましょう。江戸の時代から庶民に怖がられながらも、愛され続けてきた妖怪。
このポッドキャストは、そんな妖怪を毎回一つ取り上げて紹介し、
ここのオーナー自らが勝手に作ったバカバカしい妖怪の物語が聞ける。
それがこの妖怪古伝なんです。
さあ、着きました。私が扉をお開けしましょう。
瀬戸大将。瀬戸大将は、鳥山石園による妖怪画集、百鬼つれずれ袋にある妖怪。
様々な瀬戸者の寄せ集めの甲冑を身につけたような姿で描かれている。
石苑による解説文には、瀬戸大将の偉大たちを三国支援儀などで知られる関羽と曹操の話を持ち出し、
それと絡めながら引用しており、
瀬戸者と唐津者による当事義同士の争いとして描いた志向であると考えられている。
平成以降の妖怪に関する書籍では、江戸時代に瀬戸大将が率いる瀬戸者たちが、
それまで主流であった唐津者を打ちまかしたことによって、
瀬戸者が家庭雑器の主流として勢力を拡大したという解説が見られる。
瀬戸軍と唐津軍の食器合戦
時は江戸中期。この時代、日本の食器の覇権を争い、瀬戸者と唐津者が争っていた。
愛知県から広まった瀬戸者は、江戸で広く使われ、焼き物として先に広まっていた唐津者を圧倒してきていた。
そしてここは、源平合戦で有名な市の谷。
瀬戸者の総大将、瀬戸大将と唐津者の総大将、唐津入道がそれぞれの陣営を率いていた。
瀬戸大将は市の谷の小高い山の上にいた。
さすがは大将。源平合戦の源義恒のように、この坂を下って敵陣営を襲撃しようというのですな。
拙者感服いたしました。
馬鹿かお前は。昔の戦で有名な話で、本や芝居にもなっていることをやったら、敵にばれて帰り討ちに会うだろう。
それに、俺たちは唐直なんだ。こんな坂でこけたら、もう粉々になっちまう。
俺にはそれよりも、もっと賢い方法で攻めてやるのさ。
まあ、見てろ。瀬戸大将は北総苑だ。そしてこちらは唐津入道の陣営。
いいか、者ども。芸のない瀬戸の奴らは、この坂を下ってくるに違いない。
我々は、わざと逃げるふりをして、奥まで誘い込み、両側からハサミ撃ちにするのじゃ。
慌てる瀬戸大将の顔が目に浮かぶわ。
走行していると、山の上から時の声があがった。
唐津軍が身構えていると、坂を下ってきたのは瀬戸の軍勢ではなく、大きな丸い岩だった。
岩石攻撃と扇の的
大きな岩が何個も何個も、唐津軍に落ちてきた。
大岩にあたり粉々になる食器の兵士たち。
何とか避けたが、混乱している唐津軍に、真横から瀬戸大将を先頭に、瀬戸軍が突っ込んできた。
この日のために、瀬戸軍の先陣たちは、朱色の釉薬で揃えた赤ぞなえである。
瀬戸の独特な色合いの食器たちは、唐津者を圧倒し、唐津軍は散々になって逃げていった。
数日後、香川県八島の夕暮れの浜辺。
昼間の一心一体の戦いの後、今度は唐津軍が原兵合戦になぞり、海に一隻の船を出してきた。
船の上には扇の形の皿を棒の上に掲げている。
フフフフ、原兵合戦の扇の的の再現じゃ。
ただし、この扇形の皿は、千四百度で焼き上げたもの。
ちょっとした弓矢では射抜くことなどできはしない。
さあ、どうする、瀬戸大将。
これに対して瀬戸大将は、特別な対抗手段を持っていた。
南蛮捕来の強化セラミックボールと、
百年に一度と言われる瀬戸軍一の肩を持つ武将、大谷の闘球である。
夕日が落ちかける海岸に、大谷は立ち、セラミックのボールを持った右手を力いっぱい振り抜いた。
百六十キロのボールは、まっすぐ扇の皿に当たり、見事粉々に飛び散った。
これを見た瀬戸軍は勝ち時をあげ、唐津軍はため息をついて撤退していった。
海上戦と瀬戸物の隆盛
そしてその後日、断の裏。いよいよ唐津軍は瀬戸軍に追い詰められていた。
しかしここは海の上。
食器の両軍とも船から落ちたら沈んでしまうので、降着状態が続いていた。
育児のない武将どもだ。俺が戦というものを教えてやる。見てろ。
と言うと瀬戸大将は自分の船から唐津軍の船に飛び乗った。
すごい度胸だ。敵の船に飛び乗り、唐津軍を海に叩き落とし、また次の船に、そしてまた次の船に。
まるで源義経の発想飛びだ。
あ、海に落ちた。
瀬戸大将の頭はとっくりでできている。頭が浮き輪代わりとなって沈まない。
這い上がっては唐津軍の船を飛び回った。勝敗は決した。
しかしここは人間とは違う。無駄な争いはしない。
勝敗を悟った唐津入道は九州に逃げていった。
そして瀬戸大将も決してそれを追撃することはなかった。
こうして瀬戸者が日本の食器の主役となった。
運命とは皮肉なもの。後に九州の有田焼きが有名になり、日本の食器の主役の座は奪われることとなるのである。
いかがでしたか?今日の妖怪話は。
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新しいお話は毎週土曜日午後5時に公開になるらしいですよ。
もしよろしかったらまたこの場所でお会いしましょう。
それではまた。
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