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#28 | リスナーさんからのおたよりを様子見しよう!(後編)
2026-10-21 18:57

#28 | リスナーさんからのおたよりを様子見しよう!(後編)

『よすみの様子見』は 漫画研究者のトミヤマユキコさんとよすみ編集長の藁谷周太郎が、
漫画のことも、そうでないことも、一度立ち止まって、すみの方から様子を窺いながら、次の一手を考える番組です。
毎週水曜お昼に配信!

第28回は『リスナーさんからのおたよりを様子見しよう!(後編)』
 

【出演】
トミヤマユキコ(マンガ研究者)
藁谷周太郎(よすみ編集部 編集長)

Produced by よすみ編集部


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■おたより、感想はこちらから
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#よすみの様子見 #よすみPodcast 

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サマリー

リスナーのスリッパラッパーさんから届いた「サブスクのおすすめが自分に最適化されすぎる一方、雑誌は意図せず多様な作品を提示する」という便りを、後編として取り上げる。雑誌はかつて情報やコミュニティに触れる媒体だったが、インターネットやSNSの普及で役割が変わり、現在は紙の束としての雑多さや編集方針に魅力があると語られる。よすみでは、内容よりも「どう書かれているか」という形式を重視し、ジャンルをまたいで作品を選んでいるという。さらに、雑誌の雑然さは偶然ではなく、形式や編集上の「法と制度」によって作られるもので、ジャンプの継続性も編集者・作家・読者がその基盤を内面化しているためだと論じる。後半では、中上健次が語った谷崎潤一郎の作家像を例に、法と制度を知るからこそ逸脱の形を描けるという考えを紹介する。

スリッパラッパーさんの便りと雑誌の雑多さ
みなさんこんにちは。よすみの様子見は、豊かであるために、おもっとうに一人ひとりが送る生活の手触りを届ける編集部、よすみのポッドキャスト番組です。
漫画研究者の富山由紀子さんと編集長の笑谷が、漫画のことも、そうでないことも一度立ち止まって、隅の方から様子を伺いつつ、次の一手を考えますというところで、
今回もですね、リスナーさんからのお便りをよすみしようの後編ということで。
はい、よろしくお願いします。
なかなかないですよね、その一人のリスナーさんのお便りを2回に分けてよすみするっていうのは。
なかなかないですよ。普通はね、一個の番組の中で何人か分をバーッと取り上げて、打ち返していくみたいなのが多い。
私はラジオリスナーなので、もともとそういうのが多いですけど、せっかくならよすみらしく、リスナーさんからのお便りも、隅の方からじっくりよすみしようじゃないかと。
そうですね。
ということで、2回に分けて、一人分を2回に分けて。
珍しいですけど、それくらい濃密なお便りが来たということで。
そうですね。じゃあ、前回も聞いていない方もいるかもしれないので、我らさんの方からお便りの紹介をもう一度お願いします。
はい。ラジオネームスリッパラッパーさん。
いつも楽しく拝聴しております。サブスクの作品が多すぎて、何を見たらいいかわからなくなる問題。すごく共感します。
Netflixを何作品か見てると、分析されていっておすすめが出てきますが、そうすると、いつも似たような作品ばかりが並んで、目が滑ってしまいます。
確かに好きだけど、そのジャンルばかり見たいわけではないし、結構安易に視聴者をカテゴライズしてしまってるなと思います。
そういう意味では、漫画雑誌の方が、よりいろんなジャンルを、こちらの意図とは関係なく、雑誌側が提供してくれるなと思いました。
しかし私が講読しているジャンプは、ジャンプらしい作品がやはり掲載されるので、たまに全体的に気分じゃない時もあります。
最近ではジャンプらしくない作品をあえて掲載するというような試みも見受けられますが、
ですので、よすみの完全にジャンルレスでシームレスな作家さんたちのラインナップがかなり刺さります。
自分の中の見聞が広がっていく快楽を感じることができます。これからもよすみの漫画、ポッドキャストどちらも応援しております。
ありがたい、ありがたい、ありがたい。
雑誌の役割の変化と紙の魅力
で、前回はこのお便り、スリッパラッパーさんのお便りの前半ですよね。
サブスク見てると、自分に最適化されすぎているのではないかという話で、よすみしたので、
今回はこのお便りの後半部分に書かれていること、雑誌が読んで字のごとく雑多である件について、
雑であることにはメリットがあるんじゃないかということについて、よすみをしていくんですが、
われわれは雑誌好きじゃない?
好きですね。
わりと好きなほうだと思うんですよ。
ただ、最近は大学で教えてると、雑誌が好きとか雑誌を買って読んでますみたいな人はむちゃくちゃ少ない。
まあ、そうですよね。そうだと思います。それは。
いやー、悲しいよ。
悲しい。そもそも雑誌とは何かって感じですよね。若い読者からしたらね。
なんかそうみたい。ネットとかで結局いろいろ見られるわけで、書店とかコンビニとかでわざわざ雑誌を買うとか、
雑誌で情報を仕入れる、見るみたいなことの何が楽しいのかがわかんない人も多いのかなとは思います。
まあ、言っても僕も世代的には雑誌めっちゃ読んでた人ではないんじゃないと思うんですよね。
そうか。
一応その中学生のときはジャンプ講読したりとかしてましたし、小学生のときは小学1年生とかね。
ああ、あれね。
あれとか、まあそれもやっぱ古くみやでですけど、でもやっぱ小さいときのほうがやっぱ雑誌コロコロとか、そういうの見てて、
でもまあ高校生とか大学のときは、まあちょっとね、大人だってポパイとかブルータスとかそういうカルチャー誌とか読みますけど、
漫画雑誌は確かにあんま買ってなかった。コミックスっていう単位でね、買うっていうのがあるんで、結構経由だと思いますよ、僕の世代でも。
そうか。
うん。
なるほどね。私の世代とかだと、もう大学生になったぐらいでようやくそのインターネットを大人じゃなくても使ってよいみたいな流れになるので、
それまではもう基本的に書店に行くとか雑誌を見るとかするのが、最も新しくてイテテル情報にタッチする方法だったので、めちゃめちゃ雑誌は読んでいて、
まあだからその流れで未だに人よりはというか、雑誌で買っとこうとか雑誌でもっとこうみたいなふうに思うけど、これは本当にあれだね、テクノロジーの進歩と世代の違いとか色々あるかも。
そうですね。やっぱ雑誌の役割っていうものがやっぱ変わってきたっていうのは一番あって、昔はやっぱり雑誌っていうもので情報を得ていくし、コミュニティっていうものも得ていくっていう感じでしたけど、
それがやっぱりインターネットの普及でSNSとかに役割が移っちゃったんで、やっぱりその雑誌とは何かっていうのは見つめ直さないといけないかなとは思うんですよね。
だからもうさすがにこの情報の一時情報を得るための媒体ではもうないと思うんですよ。さすがにそれはもう絶対SNSとかインターネットの方がいいと思うんですよね。
いいと思うというか、勝てないと思うんですよ。だからやっぱ信憑性をジャッジするのが難しいのがインターネットで、雑誌はやっぱその分信憑性みたいなものが担保されていった、やっぱ出版社が出してるんでっていう
ところはまず一個あるかなとは思いますと。
でも、もっと違うところにあるんじゃないっていうふうには思ってますけどね、雑誌の良さは。
よすみが重視する形式とジャンルレスな編集
雑誌作ってるじゃん。今まさに漫画雑誌を作る人間をやってるじゃん。やっぱその、今雑誌を作るっていうことでなんか気をつけてることとかさ、意識してることとかあるわけ。雑誌離れみたいなものがさ、言われる昨今、
あえてさ、紙の雑誌を作っているわけじゃない。
そうですね。だから、よすみがそれこそジャンルレスで、なんか何でもあるなって思われてる一個だと思うんですけど、僕って、たぶん形式にあった叙述、何が書かれてるかじゃなくて、どう書くかのほうに興味がある。
なんかこう、批評の言葉で言えばなんか、まあこう、ナラティブみたいなものだったりとか、まあその、形式ですよね。内容と形式が一致してないみたいな話の、形式サイド。
形式サイドの人間。
形式サイドの人間なんで、何でも載せられちゃうんですよ。許容するパワーがあると。
物語に関してはめちゃくちゃ許容ができると。
だから、例えばその、生活を描きますみたいな。どう考えても物語として面白くなさそうじゃないですか。その人の生活なんて。でも、それもやっぱ、ストーリーとしては面白くないと思うけど、ある意味ストーリー化でき
ると思うんですよね。
そのストーリー化するっていうところって、やっぱ形式のパワーというか、序述がないと、人の生活ってなんて、面白かしか書こうとしないと、面白くないと思って、それはストーリーのパワーじゃなくて、形式のパワー
だと思うから。
わ、わとはどうでもいいが、ハウ。ハウのところに気を配って作品を選定したりとか、その四隅の雑誌に載せようと思うときには、その形式の力を重視してるってことですよね。
書かれ方がおもろいなでジャッジしてるんですよ。何事に対しても。だから、いわば全部に興味あるんですよ。歴史も好きだし、みたいな。
でも、歴史そのものに興味があるんじゃなくて、どうおもしろく歴史をフューチャーしてるかとかが好きなんて、そこなんですよね、たぶんね。
その結果、ジャンルレスでシームレスな雑誌が作れてるっていうことか。
雑誌を支える法と制度、偶発性
テーマに深入りしないみたいな感じですよね。ある意味だと。
おもしろいね。それによって、雑。雑多であるという印象をこっちは受けるけど、なんでもごたまぜにしてるっていう感じでもないね。だから、今聞いてるとね。
そうですね。
形式とかのつづり紐みたいなものがあって、つづられてるとは思う?
なんでもあれば、よろしくないと思ってて、どんなジャンルでも、例えば競技でもあれば、ルールはあるんですよ。
ルールがあったほうがおもろいじゃないですか。ボクシングとかでも、とりあえずどんな手段を使っても相手を倒したらいいみたいなのって、やっぱりすごく刺激的かもしれないけど、技は磨かれないと思うんですよね。
ルールがあるって、技が出てくると思うんですよ。あらゆるスポーツとかもそうだと思いますし、漫画もそうですよね。漫画もやっぱりコマを使わなきゃいけないっていう、小説だったら文字を使わなきゃいけない
っていう、このメディア特性のルールっていうものが、おもしろさにつながると思うんで、おもしろければなんでもありとか、よく言うんですよ。漫画の雑誌のレーベルとか。
そういうイメージある。なんか、おもしろかったら勝ちですみたいな。
ジャンラー問いません。おもしろければなんでもありです。信用しないほうがいいです。絶対にあるんで、基準が。全く基準を設けてない編集部って、この世に一つもないと思うんですよ。だって人間はルールに、法にの
っとって生きてってるから、法と制度の生き物なんで、なんでもありなわけないんですよ。
言語化してない法と制度があるはずで、それを探っていかなきゃいけないですよね、作家側がね。それが非常に問題であるというか、なんでもありって言ったじゃんってなるわけですよ、感情的には。読者も。絶対ルール
あるやん、みたいな。いや、ルールないです、みたいなこと言うのは、やっぱりずるだと。
言語化してくれると。
それは雑誌じゃないと思うんですよ。おもしろければなんでもいいわけないと思ってて、だって、おもしろいって主観だから。だから、おもしろいって主観じゃんに、開き直ったような、ヨスミーですよね。だから、僕が
おもしろいと思えばなんでものります。でも、一応だからルールを開示してるんですよ。形式に興味があるから、ハウを磨いてきてくださいっていう、もうそれがゲームルールになってるっていう感じだから、書きやす
いと思うんですよね。
もっといろいろあるんですけど、ヨスミーも。一応なんか、雑誌って実は法と制度がちゃんと整ってるよって話なんですよ。
おもしろい。
雑伝としてる、それは意識的に雑伝とさせてるっていう法と制度が、僕は存在してるんじゃないかなっていう話ですね。
そう、だから、雑誌だったらなんでも好きってわけじゃないわけよ。雑誌が好きな人間も。だから、それはそれぞれの雑誌の法と制度に好みがあったり、合う合わないがあったりするんだなって。
雑誌、まあ、おおむね全部嫌いか好きかって言ったら好きなんだけど、なんか一冊にまとまっていて、いろいろな情報が入ってる、なんか紙の束が好きだから、好きなんだけど、
でもやっぱり、しょっちゅう買う雑誌と、たまにしか買わない雑誌と、全然見向きもしない雑誌っていうのがあるわけ。雑誌も読まれなくなったとはいえ、書店に行くとめちゃくちゃいっぱいあるから。
って考えると、やっぱその法と制度の好みっていうか、
ありますよね。
あるんだなっていうのが、今話聞いててわかった。
そうなんです。だから法と制度に、法と制度ってあくまでこれもHowなんで、これを突き詰めるとなんかすごい整然としちゃうというか、
不自然さがあると思ってて、法と制度の中でいかにその偶発を呼ぶかみたいなのが雑誌なんじゃないかなっていう感じはありますよね。
なんか今日かっこいいことばっかり。
すいません、入ってますね、結構ね。
遠距離あった。だから法と制度でめっちゃガチガチにしようとかで綺麗に整地しようとしてるわけではないってことですよね。
怖い言葉じゃないですか、法と制度って。
まあそうね。
罰せられそうみたいな感じとか。そういう側面もあると思うんですけど、法と制度ってみんな知らず知らずに使ってるものだと思うんで、雑誌も雑然としてるんですけど、これはすごく虚構性があるというか、
こうなんていうか、自然と雑然になるんじゃなくて、雑然を作るっていうルールが存在していて、
あー面白い。
そう考えると、雑誌って相当おもろいというか、ハマる人はハマると思うんですよね。
この法と制度熱いみたいな、この国で生きたいみたいな、そういうのがやっぱ雑誌のスタイルだと思うんで、それを磨きたいのが四隅かなと思うんですよね。
難しいですよね、法と制度も。ジャンプとかなんでこんなにずっと残ってるかって言って、やっぱり法と制度の整備が一番ちゃんとやりきってるからだと思うんですよね。
なんかすごい基盤からしっかりしてるから揺らがないんだろうね。
そうなんですよね。それが編集者も作家も読者も内面化してるから、ここまでうまくいってるっていう例で、
なんでもありになった瞬間に、全部崩壊するんですよ、基準とかね。だからやっぱ雑誌じゃなくなっていくみたいなのがあるんで、
なんかこうルールとかテーマを引けっていう話ではなくて、いかに制度を作るかみたいな話だと思うんですよね。
いやースリッパラッパーさんのおかげで、法と制度およびそこを土台とした偶発性みたいなものを閉じてある紙の束、それが雑誌だと。
中上健次が語る谷崎潤一郎の逸脱
そうなんですよ。これもちょっと一旦コア向けに1分だけ話していいですか。
どうぞ。
この法と制度っていう概念、いろいろ使われてるんですけど、結構僕もおもろって思った本がありまして、
中上賢治という、純文学の有名なからがいて、中上賢治とかはもう土地の運命とかそういうものを根付いて書いていくみたいな作家なんですけど、ちょっと雑誌すぎた、今。
ちょっと調べてください。
谷崎純一郎という、これもまた変態とかいろいろ言われて、要はその、まあなんていうか、犯罪的じゃないですけど、ちょっとそういう、なんていうか、背徳的なものをやるって、要はこう犯すみたいなことじゃない
ですか。
たとえときに、谷崎のイメージって、なんかそういうこう、放置国家とは逆というか、なんかねえらいことしてるもんみたいなふうに思われてるけど、中上賢治は違うんだと。
中上賢治は、谷崎はそうじゃないと。あいつはガチガチにお利口さんなんだみたいなこと言うわけ。
そうなんだ。
法と制度をめちゃくちゃ内面化してるから、その反対ができるだけで、自由人じゃないと。アナーキストじゃないんですよ、やつはって言ってて。
谷崎はもうバリバリ、こいつはもう法を、なんか法を知ってると、法の表を知っていれば法の裏が炙り出されるから、それを書いてるだけだから、全然自由人とかなんでも変態とかじゃないよってお利口さんっすよ、みたい
な言ってて、
マジ痺れるって思ったんすよ。
確かに。
変態って、その、社会から逸脱してるんじゃなくて、社会を知ってるから逸脱の方法がわかるっていう感じなんですよね。
で、一方そのアナーキズムとかをやり切ると、もうそのなんていうかねじれの関係に行くというか、裏側とかじゃなくて、もう全く別のもの。
こういうのがなんか割と、左翼文脈だとやっぱそっちに行くんですけど、まあなんかそういう話があって、法と制度っておもろいなってなったのは、それがきっかけなんですよ。
あ、そうなんだ。中上賢治があなたに思想を与えていたもんね。
いやなんか、めちゃおもろいなと思って、なんかね、一見して谷崎ってなんか法に背いてるような気がするけど、
実は法に背いてるどころか、バリバリ法と制度を内面化してる作家だみたいな言われたときに、めっちゃおもしろいなみたいな思ったんですよね。
ぶち上がるね、それは。
ぶち上がったっていう、まあまあなんていう、元ネタ明かし。
いや、おもしろい。
ここ、あの、コアファン向けなんで、あの、わかんなかった人は飛ばしてもらったんですし。
そうね、もう20巻も超えてるからね、コアファン向け。
でもちょっとね、あの、調べたら、あの、高段車の学芸文庫、すごいめっちゃ高い文庫あるじゃないですか、
に入ってる物語の系譜っていう、中上賢治の批評集みたいなやつがあって、そこに入ってます。
中上賢治の風景の向こうへ物語の系譜っていう。
はいはいはい。
あ、つった。高段車文芸文庫ね、あのめっちゃ高くて。
つるつる文庫って私は呼んでたけど。
つるつる文庫わかる。でもラメとかめっちゃ入ってるのに、あの、想定のあまりにもこだわりすぎてる文庫で、クソ高いんですけど。
はい、解説とかもすごいんだよね、これ。
これね、めっちゃおもしろいんで、そう、これは、あの、おすすめです。
ここに谷崎氷が入って、それでレポートとか書きました、屋内学説で。
だいぶお世話になってるじゃん。
だいぶお世話になりました。いい本っすね、これはね。
1300円ですけど。
より深みたい人どうぞって。
そうですね。コア向け情報もね、時々入れていこう。
久々に呼びたいですね。
多分、合ってると思う。なんか警部に入ってると思いますけどね。
間違えてたらすみません。
はい。
というわけで。
というわけで、僕が話したい話を一方的にしちゃったという。
いやいやいや、そんな。
感じになっちゃいました。
スリッパラッパーさんのおかげで、たった一本のお便りをこんなにも様子見できて、私は楽しかったですよ。
雑誌って言われると熱入っちゃう。
そうね。
今この時代に雑誌を作ってる当事者だからね、あなたは。
雑誌のやりたいことっていうか、思想がやっぱ強いなって思いました。喋りながら。
止まんないんですよね。語りが止まんないんで。
ぜひぜひ、そういう感じで。
はい。ということで今回は前回に引き続き、リスナーさんからのお便りを様子見してまいりましたが、いかがでしたでしょうか。
私も様子見されたいという皆様のお便りを、我々心からお待ちしております。
次回の様子見の様子見は、来週水曜日のお昼頃に配信予定です。
皆さんのお越しをお墨の方でお待ちしております。
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