『よすみの様子見』は 漫画研究者のトミヤマユキコさんとよすみ編集長の藁谷周太郎が、
漫画のことも、そうでないことも、一度立ち止まって、すみの方から様子を窺いながら、次の一手を考える番組です。
毎週水曜お昼ごろ配信!
第23回は『ダメだしについて様子見しよう!』
【出演】
トミヤマユキコ(マンガ研究者)
藁谷周太郎(よすみ編集部 編集長)
Produced by よすみ編集部
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サマリー
漫画や文章の創作における「ダメ出し」について、編集者と書き手それぞれの受け止め方を話す。藁谷は、漫画家への赤字は極力減らし、必要な相談は会話で伝える一方、製版・印刷工程では細かく赤字を入れると説明する。富山は、赤字を自分が更新される機会として楽しみ、岩波ジュニア新書の審査で子ども向けの文章に必要な視点を学んだ経験を語る。学生時代の大量の赤字や、編集者が赤字を入れる快感を抑える工夫にも触れ、最後は多様な編集者のダメ出しを味見し、自分に役立つものを選ぶ姿勢を勧める。
編集者はなぜ赤字を減らすのか
皆さん、こんにちは。
よすみの様子見は、豊かであるためにおもとに、
一人一人が送る生活の手触りを届ける編集部、
よすみのポッドキャスト番組です。
漫画研究者の富山由紀子さんと編集長のわらやが、
漫画のことも、そうでないことも、一度立ち止まって、
隅の方から様子を伺いつつ、次の一手を考えます。
はい。
はい。よろしくお願いします。
お願いします。
今回のテーマはダメ出しです。
ダメ出しね。
ダメ出しです。
これ、創作をする人にはもうついてもあるダメ出し。
後でしゃべるけど、私はダメ出しは好きな。
好き?
好きなタイプ。むしろダメ出しされたいタイプ。
はいはいはい。
赤字とかも。
うん。いい。全然いい。
いいですか。
けど、わらやさんはダメ出しをする側なんで。
する側なんでね。
まずはする側の気持ちを聞きますよ。
する側ですか。
する側はね、でもめっちゃ気につかせますよ。
やっぱり。
今は、僕でもそもそもネームとかあんま赤字入れないタイプなんですよ。
そうなんだ。
文字系とかはやっぱり誤字、脱字とかね、あったりして戻さなきゃいけないじゃないですか。
漫画の方は、もちろん赤字たくさん入れる編集者も多いし、
僕も一時期やんなきゃいけないのかなって思ったりはしたんですよ。
赤字いっぱい入ってて仕事してるっぽくなるじゃないですか、編集ね。
編集からしたら。
でもなんか、人によっては、前の出版社では赤が入るっていうのが、
やっぱりメンタルにくるから、青字で入れたりとかしてました。
色?
色。
赤はちょっときついと。
赤はきついから、赤はいいこと書いててもダメに聞こえちゃうから、
青字で入れたり、カラフルにしたりっていうのをやってる編集者が、
周りにたくさん行ってるんで、めっちゃ勉強になるわと思って実践してた時もあるんですけど、
赤字の色と伝え方
でも、なんていうか、赤字ね、難しいですよね。
こっちを別に叩いてやろうって思って言ってるわけじゃないから、
難しいですけど、でもやっぱりダメ出しっていうのは、
やる側もやられる側も、あんまり気持ちよくないとされてるんですけど、
でも、だいたい最終的には感謝されることが多いですけどね。
最後は?色々あっても最後は?
色々あっては。揉める時ありますよ。いやそうしたくない、みたいな。
あったりしますけど、最終感謝されることは多い。
逆もなくもないかもしれないですけど、
逆があった場合は、担当外れるみたいな感じになるんじゃないですか?漫画だったら。
いよいよ決裂みたいな。
普通にやっぱりうまくやれないんで、みたいな感じで担当下ろしてくださいとか、
よすみだったら自然とフェードアウトみたいな。いないですけどね、今のところ。
でも、そうしていいよって伝えてるんですよ、僕は。
どうしても合わないと思ったら?
やっぱどんなにすごい人でも相性ってあるし、納得感。スタンスに納得しないみたいな。
結構それでダメ出しじゃない、ダメ出しというか、
うちで描くんだったらこういう風に描いてもらえると、みたいな中で、
やっぱりそうは描きたくないんでやめます、みたいな作家さんも全然いますよ、よすみでも。
いるんで、そこは僕はダメ出しっていうよりか、もうお互いのスタンスの擦り合わせだと思ってるんで、
なんで赤字は極力入れない?
原稿をもらって製版会社さんに原稿を入れて、写職とか打ってもらって、要はセリフ打ってもらったり、
原稿を紙で印刷するように余白とかないように拡大縮小してもらったりとか、
そこはめっちゃバリバリ赤字入れますよ。
なるほどね。商品にするときの。
商品にするときは、誤字脱字もあるし、あと原稿作業とか、ネームのときにも言うんですけど、
ネームのときに、落としちゃった誤字、脱字とかに作家さんに確認して、
それを反映するときに、対製版会社とか、対印刷会社に対してはめっちゃ赤字入れます。
めちゃくちゃ。作家さんにはあんまり入れないかな。
その代わり、喋って伝えるって感じで、ここはちょっと相談したほうがいいなって思ったら、
喋りです。
賛否両論あると思いますよ、それは。
でも、赤字で凹む時間があるんだったら、言葉で凹むほうがまだいいかなと思って、わかんないですけど。
コミュニケーションがちゃんとある状態で、凹んでもらったほうが。
たまに赤字入れて、そのまま直しちゃうみたいな感じがあったりするんですよ。
そのまま、言われた通りに、あまりにも編集者の言った通りに、やっちゃうみたいな。
でも、それはなんか、作家さんが悪いんじゃなくて、やっぱダメ出しってそういう力があると思うんですよ。
納得してないダメ出しでも、文章で書かれてたら、じゃあここを直してもらったら納得感あるなら直そうみたいな感じに、
それは別に作家さんのせいとかじゃなくて、人間そうだと思うんですよ。
だからこう、そういう意味じゃ、割と文字で赤字入れするっていうのは便利さもあると思うんですよ。
そうなんだって結構素直に受け入れて直すっていうのもあるんですけど、漫画の場合はやっぱ絵とセリフっていう、
編集者って絵のところってあんまりタッチできないところを持ってるんで、あんまり文字でフィードバックしちゃうと、その通りに直しちゃうときに、そうじゃないってなっちゃう。
バランスが崩れちゃうみたいな。
文字物とかだったら明確にこういうふうにしたらって、大体案出せるじゃないですか、こっちから。
そうですね、文字で書かれてるものに対して赤字も文字で書いてきて、そしてそれをまた文字で直すだけなんで、文字しか通過がない。
でもなんか、画角とかをこうしたほうがいいんじゃないみたいなのあるんですよ、やっぱりフィードバックのときに、絵の話も。
それ例えば僕が描いちゃったりするときもある、作家さんによってはあるんですけど、やりすぎるとお前が描け屋になりそうだなっていう風になっちゃうし、
富山が楽しむダメ出しと岩波ジュニア審査
そこはやっぱり作家さんが自分で考えて直してもらいたいので、視察選択してもらいたいから、あえて文字に残さない。
全部セリフで、セリフというか文字でやるというのが一応僕のスタイルです。
でもその媒体とかジャンルとか編集者によって赤字の入れる入れないはたくさんあると思うんで、これはちょっと主義主張だと思います。
正しいとは言えないかなと思います。
何が正しいとかはないか。私もフリーランスの漫画は描きませんけど、ライターをやっていて、編集さんによってとか、あとは出版社さんによって赤字の入り方、なんか違う。
だから丁寧な、むちゃくちゃ丁寧なところだと、それこそさっきの赤という色が多いと相手を傷つけるのではないかという多分配慮があって、
明らかな誤字、脱字だけが赤字で入っていて、あとは全部鉛筆とかで、ここどうですか、みたいな。
構成の人とかね、そうですよね。
あくまでご提案であるので、そこからどうするかというのは富山さんの方で考えてくださいねというのが、めちゃめちゃ丁寧なパターン、2色ぐらいに分けて書いてあるみたいな。
鉛筆ですよね。
はい、とっても丁寧だなと思うけど、私はダメ出し大好き人間なので、真っ赤っかでも意外と盛り上がるっていうか。
嬉しい。
嬉しい。構われている感じがするから。
まあそうですよね。
嬉しい。
それもある。
なんかその赤字の方向性とかが例えば違うなって思ったとしても、あんまそのなんていうのかな、無理矢理なんか強制されてるとか、なんか強く言われてるとかっていうよりは、
この人はこう思ったんだっていうか、それで赤字をさ入れるコメント書くのだって大変じゃん。
熱を入れて書いてくれたんだなと思うと、なんかそれにどう答えるかみたいな、お互いの良い落とし所を見つける。
単に言うこと聞くっていうだけじゃなくて、落とし所を見つけると思うから、なんかちょっと違うなって思ったときも結構ワクワクしているし、
あとは岩波ジュニア審査の仕事をしたことがあって、これがむちゃくちゃ勉強になった。
いいレベルですね。
いいレベルなの。で、今まではやっぱり大人の人が読むものを大人の私が書いてるっていう感じで、赤字が入ってくる水準も大人が書き、大人が読むものに対しての赤字なので、
意外となんていうの。
対象年齢的にそうですよね。
OK、わかりましたみたいな、あなたの言いたいこともわかるみたいな感じで赤字が直していけるんだけど、なんかその子供の視点で見たときにみたいな、そのジュニア世代が見たときにみたいのは、こっちにそのチャンネルがないから。
むずいっすね、確かに。
なんか、こんなとこで赤が入るんだとか、こんなとこで読者がつまずくかもっていうアラートが出るんだみたいのが、全部が始めてすぎて。
言葉ってことですか?
言葉遣いとか。
大人にしか書かない言葉よみたいな。
あとその、分かりづらいとかね、文章自体もそもそも分かりづらいとか、長すぎるとか、あるいは短すぎるとか、もっと書いてくれて構わないとか。
大人だったらここ分かってくれるよなみたいな感じで、周りくどく書いた方が大人だと飽きちゃうからショートカットしてるけど、
例えばこれがジュニアだと、もうちょっと噛み砕いて、繰り返しになってもいいので、言ってもらった方がいいみたいな。
最後にもう一回富山さんの言いたいこと、最後にもう一度言ってもらってもいいとかっていう赤字が入ったりとかして。
それは編集だ。
そう、別世界と思って、その時はその両者の落とし所とかじゃなくて、本当にその赤字をそのまま私は全部クリアしようみたいになったし、編集者という人を本当に全部信じてついていかなくちゃいけない局面が、このライターを10年とか20年とかやっててもあるんだと思って。
面白いですね。
めちゃくちゃ面白かったの。
それは面白いですね。
そう、だから赤字って私にとっては面白いもの、楽しいもの、しんどいってこともあるよ、なんかうまい、別の言い回しが見つかんねえなみたいな、つれいみたいな時もあるはあるけど、
おおむねワクワクする、自分が更新されていく感じっていうか、自分の腕前がなんかよくなる感じが。
それ面白いですね。
そうそう。
確かに。
学生時代の大量の赤字から学んだこと
学生さんとかの作品とか見てて赤字入れる時もあって、へこんじゃう学生とかもいるんだけど、どうにかこれをなんか面白いものと受け取ってくれるといいんだけどなみたいな。
まあでも確かに学生とかは一回そういう感じで赤字のあれはしといた方がいい気がしてて、僕もあの学生の時にありえないくらいの赤字を問わるね、問わる有名な授業がございまして。
うん、私それ何の授業か分かるな。なんかすっごい赤が入るんだよね、もうここ全部いらない×。
まあまあまあ、ハラスメントだっていう学生もいましたよ、あれがね。
あ、そうなんだ、きつすぎると。
今思えばああいう言い方しなくてよかったのところは多分あって。
表現がね。
難しいですよね、なんか教育的に言った言葉がやっぱ今の時代というか、まあよくよく考えたらハラスメントみたいな、そこまでしなくていいじゃんみたいなのがあるってあれなんですけど、
でも、やっぱ大学1年生の時に書評を書く、本を一冊読んで、あれ何字だろう、1500から2000くらいだったかな、で書評を書くみたいな授業があるってまあご存知だと思うんですけど、すごかったですよ、やっぱ赤字が。
いや見せてもらったことある、なんかすげー×とかついててすごかった、傷ついてた健康がずたずたに。
やばい人だともう半分くらい全部赤で囲って×ってつけられて、うわーみたいな、だからその他の人たちの赤字も見れるわけですよ、自分だけじゃなくて。
あれがね今思うとめっちゃ面白かった、人の赤字を見て確かにって思ったりとか、こう書かない方がいいんだみたいな感じで、それをやっぱ大学1年生で大赤字。
でなんならちょっと他の人たちよりもなんかそのあんまり良い赤字を入れてもらえなかったなって思ったんですよ、なんか根本が良くなさすぎて。
なんか良い赤字とかもあるんですよ、だからここの論点はいいがこの書き方だとみたいな赤字も入ってるわけですよ、他の学生から。
なるほどね、直すともっと良くなるよっていう感じの赤字ね。
そうそう、目の付け所はいいとか書いてあって、でも僕のは当時はなんかなかった気がしてて、うわーっと思って。
褒めの赤字は一切ないと。
褒めの赤字はもう普通になんかダメダメダメみたいな感じ。
そういう学生の方が多くて、やっぱすげー優秀な学生は大学1年生だとやっぱ文章みんな下手なんですよ。
だけどやっぱ目の付け所みたいな、うわーって思って、それで3年後?2年後?3年後ゼミ入って大学4年の時に、それが小説だったんですよ1年の時は。
思想哲学の方のやつを取ったのかな。
その時に全然赤字入らなかったんですよ。素晴らしいみたいな感じで。
評価もAプラとかで、めっちゃ棒尻出ましたね、うわーって文章って上手くならないなみたいな感じで。
ちょいちょいなんかもっとここ踏み込んで書いてもいいとか、だからそのダメの赤字じゃなくて、分かってるやつの赤字みたいな入った時に、すごい嬉しくて、
うわー批評、ちゃんと勉強した成果がここで?みたいな感じで。発表する時も、まあさすがですね、みたいな感じでなんか言われて。
まあまあまあそういうねゼミに行ったんだよね、あれなんですけど。
そうだからやっぱ1回その赤字入って悔しいと思う気持ちはみんな味わった方がいいですよね、とはいえね、とは思います。
そうだから悔しがっては欲しいかな、あんま悲しんだり傷ついたりする必要はないけど、
そうそうそうそう。
クソみたいな悔しみはあってもいいかな。
多分その大学の授業の方は本気で学生を卸ろうとしてきてるから、悲しんで欲しいと思って書いてると思いますよ、きっと教授の人たちはね。
そうだと思うんですけど、でもあの編集者は、まあやっぱそうは思ってないんですよ。
赤字を入れすぎない編集の工夫
うん、より良くしようと思っていってるからね。
悲しんで飛んで作品がね、なくなっちゃう方が悲しいんで、精一杯そこらへんを頑張りますけど、僕はなんだろうちょっとやっぱ立場的に赤字をそんなに入れたくないっていうか、
赤字を編集者の心地としてなんか赤字入れると気持ちよくなって、どんどん赤字入れちゃうんですよ、どんどん気になっちゃう。
ドパ編集みたいになっちゃう。
ドパドパ、その赤字ドーパみたいなの出て、その赤字を入れることが目的化しちゃうみたいなのが感覚がやっぱ赤字入れる側があるんですよ。
なんで赤字入れないようにして、打ち合わせの時に、ここはこういうふうにこう思ったんで、みたいな感じでやるようにしてますね。
なるほどね、気持ちよくなっちゃうのをいかにコントロールするかが編集者の側には求められてる。
赤字入れるぞで、赤ペンを持ってネームを読むと、赤字を入れようとしちゃうから、いいところに気づきにくかったりするんです。
だからもう、本当にゲラの時だけです、僕が赤ペンを持つのは。
うん。
よくないな、みたいな。
基本面白いって読みたいじゃないですかね、ワクワクしてネーム読みたいから、だから一応ペンは持たないようにしてますね、ネームの時だけは。
なんかそういうシステムも大事だね、これをする時にペンは持たずにまずは読むとか。
持っちゃうと、やっぱ書きたくなっちゃうし、書いちゃうと、
もう荒ばっかりだって。
ドパー赤字になっちゃうから。
そう、ドパー赤字になっちゃうんで、それは気づくはずなんですよ、作家さんも。
細けえな、みたいな、こいつみたいな、いつもよりみたいな、あるから、そう。
それは、そうね、作家さんの側もだから、ある意味話半分っていうか、そのドパー赤字が来た場合は、これはドパーだぞってなったら、
じゃあ、ノーシンクで受け入れよう、みたいな感じになっちゃうと、意味ないじゃないですか。
だって、より良くしたいわけだから、こうしてほしいわけじゃないんですよ。
こういうダメ出しをぶつけたら、どういうふうな変化が訪れるかを見たいのに、
こう白になっちゃうと、自分のなんていうか、コントロール化のネームになっちゃうんで、
それってあんまり、やっぱ面白くないなって思うので。
そうね。
そうなんです、漫画編集においてはそうですね。
作家がダメ出しを選び取る方法
結構型が決まってる作品とかでも、そう、こういうジャンルでこういう型がありますよ、みたいなことでも、
基本的にはその赤字に対して、ただ受け入れるんじゃなくて、自分らしさみたいに入れてくれてもOK。
ジャンルが固定化されてる時は、赤字入れた方がいいかもしれないですね。
じゃあ、そこは割とカチッと型にはめた方が、むしろ読者さんはついてくる。
そうですね。だから少女漫画の時とかは、僕もその、入れる人入れない人もいますね。
すごいベテランかすごい新人にしか入れないです、赤は。
面白。
真ん中の人たちは、自分で考えて育っていかなきゃいけないから、
新人の人はもう何もわかんないから、赤字を逆に入れて補助線を引いてあげて、
ベテランの人は、もうここミスってますよの赤。
だから二極化するんですよ、大体ここが。
真ん中の人たちはやっぱ、まだまだ伸びしろがあるから、赤字っていうのを入れない方がいい。
入れすぎると、ちょっと筋トレにならないみたいなこともある。
ならないけど、めちゃめちゃのジャンルものをやる場合は、赤字入れた方がいいと思いますね。
面白い。これ聞いてる方で、いろんなところに持ち込みとかさ、してダメ出しされる人いるかもしれないけど、
どの程度受け入れ、どの程度その自分らしさを出し、
あるいは、ちょっとこのことについて話し合おうみたいなそのコミュニケーションの方に持っていくかみたいな、
作家さんもやっぱいろんな編集とやってほしくて、
僕みたいなぬるい人もいれば、ガチガチの人もいて、
でもそのガチガチの人もガチガチの人なりの哲学ロジックがあるから、
いろんな人に持ち込み行ったりとか担当して、
自分に合う合わないだけじゃなくて、勉強になるかそうじゃないか。
いろんなダメ出しを味見する
好みだけで言ったら絶対僕みたいにゆるい方に流れちゃうと思うんですけど、
そうじゃなくて、自分の漫画のためになるかどうかっていう赤字を入れてくれる人、
あるいはあえて入れない人みたいなのを、やっていくとおもろいと思うんですよね。
やっぱりいろんな編集者と仕事できた方が、漫画家にとっては絶対いいはずなんで、
それは多分ライターもそうだと思いますよね。
もちろんですもちろんです。だからジュニアの仕事してほんと良かったなと思った。
いろんな編集と仕事した方がいいんで、
是非ダメ出し、あ、こいつこういうダメ出しするんだ、みたいな視点でいくとくじけないと思う。
ダメ出しをこっちがえりすぐるくらいの気持ちでやった方が、
こっちがえりすぐる。
書き手の方がいいダメ出しこいつするなとか、こいつ悪いなみたいなのを、
持つ尺度みたいなのはやっぱりいろんな人とやっていかないとわかんない。
いろんな人と編集してもらわないとわかんないんで、
なるべくいろんな人と関わってみたらいいんじゃないかと。
そうするとダメ出しへこむこともなくなると思うんで、っていう感じですかね。
はい。だからまあダメ出し、いい悪いとか、傷つく傷つかないじゃなくて、
いろんなダメ出しを受けて、ちょっと自分の中で体制をつくり、
そう、味見しよういろんな。いろんなダメ出しを味見してほしいですね。
様子見?
様子見してほしい、ダメ出しを。
確かに、ダメ出しの様子見。
それがいいと思いますね。
あ、面白い。
今回はダメ出しについて様子見をしました。みなさんいかがでしたでしょうか。
次回のよすみの様子見は来週水曜日の11時ごろ配信予定です。
みなさんのお越しをスミの方でお待ちしております。
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