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はいどうもー、いくつになっても本当の自分で自由に楽しく。 産男児の母で農家の妻、心理セラピストのよしこです。
今日もお聞きくださりありがとうございます。 このチャンネルは本当の自分で生きる、本当の自分を生きるということをテーマにお話をしております。
はい、というわけで今日は、親への愛情の変化っていうね、お話をしたいと思います。 私はアラフィフなので、母親、両親はね、70代後半、80近いんですけれども、
先日ですね、母が肩をね、骨折したんですね。 あの車で40分ぐらいの場所に住んでいるので、
お見舞いきたいな、困っていることあるんだったらなんかやりたいなと思いながらも、まあ生活はできてるから気にしなくていいよなんて言うね、
あの言葉に甘えて、あのちょっとね、忙しいさも本当にあったのもあって、それから子どもたちが行くとね、またいろいろと動いてしまうだろうなと思って、
一人で行きたいっていうタイミングを狙っていたっていうのもあるんですけど、ちょっと行くのが遅くなったんですが、
昨日行ってきたんですね。 家のことだったり、料理のことね、ちょっとできることを
やるよって言って、一通りやってきたんですが、 その実家にいる時にね、母がね、椅子ごと後ろにひっくり返るっていうことが起きたんですよ。
で、あのびっくりして、
はい、いきなりですね、何もないのに突然ひっくり返って、
うううって言って倒れていたんですよね。どうしたのって言ったら、なんかもう気づいたら倒れてたみたいな感じで、でもちょっと後ろを振り返って、
その足元のところのコンセントを抜こうとしたんだけど、 あのもう気づいたらバランス崩してこうやってひっくり返ってた、うう腰が痛いって言って、
肩も痛めた上に腰も痛めちゃって、なかなか起き上がれなくて、 でしばらく横にそのままね、
あの椅子ごと横たわって、ちょっと落ち着いてから起こしてっていう感じで対処したんですね。 で、ちょっとしばらく前から足、膝も痛いって言って、足がだんだん変形して、
下にもあって、周りからは手術したら治るんだよっていう言葉を受けながらも、 彼女はなんとなくもうそのままでいいって言って、あの何もしていないっていう道を選んで、
今に至ってるんですけど、なんか私あの、 その母が70代なる前か、もっと前、あの以前アロマセラピストの仕事をしていた時には多分ちょっと触れた
ことがあったんですけど、もう20年ぶりぐらいかなに、母の体に触れさせてもらったんですね。 足がだいぶ本当に辛そうだなと思って、いつもズボンを履いていて、
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あの外からももうわかる変形ぶりなので、だいぶきついんだろうなと思って、 素足をですね、触らせてもらったんですけど、まあとんでもなくもうパンパンに
むくんでいるんですよね。骨折もあってなので、さらに循環もね、
うまくいかなくなっていて、さらになんか多分パンパンになってっていうのもあって、 これはきつい、これでよく生活してるなっていう状況だったんですよね。
でなんか、 その絵を目の当たりにして足に触れた時に、なんか本当に愛おしいなって思ったんですよね。
本当もうびっくりするぐらい、よくねゾウさんの足とか言いますけど、本当にこんなに人間の足って太くなるっていうぐらい
あのむくんでて、でもこれ足なのっていう感触だったりもして、 だけどなんかその足に触れさせてもらった時に、すごい自分の中から愛おしさっていうのが溢れて、
なんかそれは本当に私がいつも子供に感じるような、 なんかそう溢れてくる愛おしさっていうのにすごい似てたんですよね。
で、ああ、もしかしたらもうあんな風にね、倒れちゃうくらい、 あのもう筋力も落ちてて、
で、なんとなくこう生きる気力っていうのもなんとなく下がっていて、 このまま介護になっちゃうかもしれないなって思ったんだけど、
でもそれでも私は、 なんかちゃんと母を愛そうってすごい思ったんですよね。
で、なんだろう、母とうちの家族自体がそんなにすごい仲良かったかっていうと、 全然そんなことなくて、
ちょっと機能不全家族だったかなっていう、 だいぶコミュニケーションに問題があった家族だったりとか、
まあ両親は本当にずっと仲が悪かったりとかね、 そういう感じだったんですけど、なんかそういう過去のこととかは
どうでもよくて、私はここから母をたくさん愛そうって、 そして今の私だったら愛せるっていう気持ちがなんか自然と湧き上がってきました。
それでなんかそう思えるようになったのも、 私が子供を育てさせてもらうっていう経験をしてきたから、
そう思えるんだろうなってなんかふと思ったんですよね。 多分独身のままだったら、多分わがまま放題、
私は結構我が強いので生きてて、多分母が介護ってなっても、 こういうふうに寄り添えなかった気がしたんですよね。
だけどある意味神様に3人の子供を育てるっていう機会をいただいて、 それを自分なりに一生懸命やってきて、
なんかそれがあったからこそ、なんかこういう子供を愛するみたいなところと似た愛情がね、 湧いてくるのかもしれないと思った時に、
なんか神様の愛のレッスンだなじゃないですけど、なんかその3人の子供を育てる、 今もねいろいろありますけど、育てるっていうことを、
そしてあの母をこれから多分ケアすることになるんだろうなと思うんですけど、 そういうことを迎えさせてもらうっていうのがなんかひとつながりのストーリーになっているような感じもして、
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なんかそれを私はこれから経験するっていう、 なんかある意味不思議な覚悟というか、なんかそんな気持ちにね、
あの腹を決めて帰ってきたっていう感じでもありました。 まあ昭和のね、女性あるあるで結構自分のこと後回しというか自分のこと考えずにね、周りのことのためにこうね動き自分を
なんかこう使っていくっていうね、犠牲にしてまで使うみたいなことってある世代かなぁとも思うんだけど、
まあそうさせたのはね、まあ子供の私も原因じゃないですけど、なんかそういうふうに母が自分のことをもっと大事にしていいよってさせてあげられなかったのは、
私も関係してたんじゃないかなとかね、なんかちょっと 思って何とも言えない切ない気持ちにごめんねっていうような気持ちにも
なったりしたんだけど、でもね本当またここから一段深く、あの現役の親子の時にはなんか取れなかった、
一段深く心のちょっと柔らかい部分のコミュニケーションがこれからもしかしたら気づいていけるのかもしれないっていうか、
私がそういう気持ちで母と接しようって今思っている今です。 はいというわけで人って必ず年老いていきますよね、そして
親が年老いて介護を迎えるっていうことが多くの人に訪れると思うんですけど、その時にやっぱりその時になってみないとわかんない
あのことを通じて、なんかいろんな気持ちにもなったりするんだけど、これはある意味大変なこともあるかもしれないけど、やっぱり
愛を学ぶというかね、そういう大切なことを学ぶ一つの経験になるんじゃないかなって思っている今です。
もしかしたら介護で大変な思いをしている方ってたくさんいらっしゃるとは思うんですよね、だけどなんかそういう自分にとって
プラスになったりとか何か教えてくれたっていうようなね、 経験とかある方いたらよかったらコメントいただけたらと思います。
もしくはなんかハートマークとかいただけたら嬉しいです。というわけで今日は親への
なんだっけ、忘れちゃったタイトル。はい、思いのね、愛の変化っていうことをお話ししてみました。今日も聞いてくださってありがとうございます。
ではではまた撮っていきます。じゃあね、バイバーイ