はい、りょかちです。
りっちゃです。今回は、ちょっとお便りというか、リプレイをいただいたものがありまして、ちょっとそれの反応をしたいなと思ってます。
はい。
で、ちょっと前に、ディズニーの話を、私がディズニーに行って、めちゃめちゃ若者観察してきた話をしたんですけど、
それの話で、ツイッターでPutさんという方からコメントをいただきました。
はい。
いつも聞いていただいているということで、ありがとうございます。
ありがとうございます。
今回、ご本人の話、これエピソードで話していいですかって言って、OKですって言っていただいたんで、どうぞやりたいと思ってるんですけど、
はい。
ディズニーの回、今回も面白かったです。
りっちゃさんに影響されてジェンダーバイアスな子育てしたいなと思っている自治なのですが、
今回の放送で、男子がアートくくったり、男子が可愛くすることがOKになった、大丈夫になったという内容に少しモヤっとしてしまいました。
りっちゃさんはどう思われますか?
子供の考えにジェンダーバイアスがあるからこそのものなんじゃないかなと思ってしまって、
かっこ決してヘイトではないです。どう考えていったらいいんだろうと思いもやした疑問です。
ここまでかな。
ちょっと話したいですって私は言ったんですけど、ぜひ話していただけると、とても勉強になります。
日々男の子は女の子だとカテゴライズしてしまうことや、もともとは女の子は可愛いものが好きと考えてしまうことにもやもやしています。
いつもYAYA RADIOを楽しみにしていて、勉強になることも多いので、これから楽しみにしています。
というようなお便りでした。
こんなに良いリスナーさんに恵まれて、ありがたいですね。
賢いし、一緒に考えてくれるリスナーさんがいて、なんと素晴らしいんでしょうか。
ポッドキャストというメディアは。
すごい建設的だよね。本当にありがとうございます。
しかもノードックも行っていただいたとのこと、ありがとうございます。
時間が空いちゃってすみませんが、これをもらって旅行者とも少しLINEで話してたんですけど、
すごいそうだなと思ったんで、ちょっと答えがあるわけじゃないんですけど、話したいなと思って一回取り上げてみました。
一緒に考えているところも一緒に放送できたらと思っています。
最初にリプライいただいたんで話すと、ディズニーの回っていうのを聞いてない方もいるかもしれないんで、
説明すると、私がディズニーランドにこの前行きまして、
そこでいろいろ若者の観察をしてきて、結果それが面白かったっていう話でしたんですけど、
中で若者がグループでコーディネートをして最近ディズニーに行ってるとか、写真をすごい撮ってるとかって話と、
中で男子が変わったっていうのが私が言ってて、
それは結構男子5人でグループでコーディネートをしてディズニーに来るとか、
わちゃわちゃ楽しいとか、彼女とお揃いコーディネートをしてるみたいなのが、
すごい可愛い系が増えているな、自分の年代の時と比べて増えてるなっていうのがあって、
その現象が面白いみたいな話をしてたんですけど、
確かにそれって男子は普通可愛いもの好きじゃないとか、
男子が可愛いもの着てOKになったとか、
そういう括りを持って見てしまうっていうことは、
ジェンダーバイアスの強化みたいにならないかっていうところに思いましたっていうことかなと思うんですよね。
最初にちょっとなんか私がこれリプレイもらって考えたことを話すと、
確かにこのエピソードは若干後で自分でも編集しながら、
結構男子や女子あってすごい隠れて話しちゃってるなと思ったところは多少あります。
それは結構思った。
録音って後で自分で聞くとはこんな話だかって思うのもあるしね。
自分の一つの考えは、
ただジェンダーバイアスってジェンダーに限らないんですけど、
バイアスってゼロにはできないって思うんですね。
ゼロにはできないとかしなくて別にいいと思ってるっていうのがあります。
なんでかっていうと、バイアスってこと自体は、
無意識バイアスの研修とか受けたときにも前提としてあった話なんですけど、
バイアスっていうのはある程度の人間が生きやすくするために作ってるところがあって、
なんでかって言ったら向こうからナイフを持ってきた人が歩いてきたみたいなときに、
じゃあこの人はどんな人なんだろうみたいなのを、
ゼロからいい人かもしれない、悪い人かもしれない、
フラットで考えるっていうのをすべてのことにおいて判断してたら、
それはめちゃめちゃ生きづらいというか、
過去から何も学べないで、経験がない状態でゼロからやると、
赤ちゃんみたいなもんなんで、すべてのポイントにリスクがつきまとったりとか、
判断が遅れるわけですよ。
バイアスっていうのはある程度、向こうから刃物を持った人が来たらそれは危ないとか、
これは極端な例かもしれないけど、
一定程度、例えば女性の方が男性よりも筋肉が弱いはずだから、
重いものは持ってあげた方がいいかもしれない、
みたいなのも知識をもとにそこで判断をしているわけだったりして、
バイアスっていうのは、今まで自分が得てきた情報をもとに何かに対して、
こういう傾向があるとかって考えること自体は悪いものではないというか、
なくせはしないものだと思うんですね。
じゃあジェンダーバイアスっていうものは何かっていうと、
男の人は一般的には割とかっこいいもの、
かわいいなってものよりはかっこいいものが好きみたいなのがあったりとか、
女の人はバイアス、バイアス、
女の子の子供はブルーが好きな人よりもピンクが好きな女の子の方が多分多いはず、
みたいなところはバイアスかもしれないと思うんですけど、
私はバイアスって自覚的であることが大事だと思っていて、
あとは無理に人に押しつけないこと。
女の子の子供が例えばピンクが好きと言いましたと、
それは別にピンクが好きと言ったこと自体は別に何も悪いことではないと思うんだけど、
ただ本当はフラットに選べるのに、
女の子だからピンクだよねみたいなのでピンクしか押しつけないとか、
それは広がった、
なんか選択肢が広がったってことかもしれない。
でこれを置き換えてみたときに、
あんまおかしくないなと思ってて、
どっちに対しても選択肢が広がっているっていうことだから、
私はこれはそこまで何だろう、
おかしくないのかなっていうふうには思ったんですよ。
うんうんうん。
でこれただ世の中で何だろうな、これどうだろうみたいなときに、
結構もうちょっとこれね音声だから、
なんかちょっとテキストだと怖くて言えないところもあるんですけど、
なんかさ、最近ちょっと前のエピソードで話したけど、
なんか登壇者全員男性のカンファレンスがありますと、
でそれに対して女性が一人もいないっていうことに対して、
なんか女性が誰もいないのは何で一人も選ばなかったんだ、
みたいな声を上げた人がいました。
でそれに対してまた主催者側の言論として、
なんかそこは課題には感じてるけど、
今回はフラットに選んだら男性ばっかりになってしまいましたと、
っていう答えがあったりするじゃないですか。
あと主催者側が言うかわかんないけど、
誰かあの人がいや実力で選んだら男性ばっかりになったから仕方ない、
っていう人もいるじゃないよく。
でなんか私これ黒人と白人とかで例えば考えてみたときに、
なんかさ全員カンファレンスが全員白人男性しかいませんでしたときに、
どうして黒人とか有色人種とかなんかいらないんですかって話がアメリカであったとして、
普通に有色な人白人しかいなかったので選びませんでしたって言ったら、
それめっちゃ大問題じゃないって思うんだよ。
そうですね。
そういうプリビリッジのもとに生きてきた人たちの中でやってるわけで、
現実問題でそれが起きちゃってることはもうしょうがないと思うんだよ。
だったとして、ただそれでなんか平然と、
いや有色な人を選んだら白人だけだったんでっていうことはまた違うわけで、
10人いたとしてそこに白人がいることは仕方ないかもしれない、最悪。
でもなんかただそこに意思があるかないかの違いなんで、
それで有色な人なんで白人しかいませんでしたって平然と言えることは、
いやさすがにまずいだろうっていう、
そこにある格差に何も目を向けていないかっていうふうに思ったりはします。
なんでなんか思考実験として結構これはオススメではある。
なんかこれを男女入れ替えてみたらどうなるんだろうとか、
これを男女じゃなくて、人種とか外国籍とかそういうことで考えてみたときに、
なんかおかしくないかって思えることとかって結構あるんだって。
確かに。自分ごとに、自分がマイノリティになる方法で考えるといいかもしれないですね。
確かに。自分がマイノリティのときはマイノリティになってみる。
逆にマイノリティだったら、
マイノリティがマイノリティになってみるって小説あると思うけど、
私はいろいろ逆、向こうからしたらどう見えてるのかって思うことは大事だなと思うかな、結論するときに。
でも確かに子育てとかしているとそういうことすごく難しいんだろうな。
これ本当にさ、プットさんからいただいてたコメントでめっちゃ思うのが、
日々男の子は女の子はとカテゴライズしてしまうことになんかモヤモヤしてますっていうコメントいただいてて、
そこまで詳細を直接話したわけじゃないんで、そんなに詳細聞いてるわけじゃないんですけど、
自分もでも友達が子育てを結構最近してて、子供3歳くらいの子が多いかなっていう世代なんだけど、
本当に話してるときに、子育てはジェンダーバイアスまみれだよみたいなことを言って、
なるほどって思ったんですけど、確かに子供のものほど特になんだろう、
男の子生まれるって分かったらブルー系のものを出産祝いとかプレゼントしたり、女の子が生まれたらプレゼントしてとかもいっぱいあるし、
男の子はパッキリ分かれてるものがやっぱり多いよね。
与えるものとしてもそうだし、ただ子供の友達の子供しかも男女二子なんですよ。
見てると男の子は車好きだったりとか、女の子ディズニープリンセス好きだったりするわけよ。
それがやっぱり、普通に育つ中で自然と性差みたいなものっていうのもあれば、
でも自然と自分の周りがそれに囲まれたらそっちに人が寄っていくっていうことも当然あるわけで、
これめっちゃ難しい、自分がもし子育てしてたとしたら超悩みそうってすごい思う。
確かに。難しいですね。
私たち子供いないから、自分が子供のときの話しかできないんだけど、
自分が子供のときってそういうの覚えてる?
覚えたし、どちらかというと、もっと女の子らしくなりたいってタイプだったんで。
あんまり違和感あった記憶とかある?
違和感は、私本当にそれに関しては鈍感なほうだったと思います。
そうなんだ。
でも確かに、なんていうか、なんでこうされなきゃいけないんだろうっていうよりかは、
うまくなじめないことに悩んでたかな、女の子らしくできないみたいな。
めっちゃ大きかったし身長、160くらい小学生であったので。
わかる。子供の頃にそういうのってすごいコンプレックスになるよね。
なんかそういう可愛いものが似合わないみたいなのあったけど、
なんでピンクを着なければならないの?みたいなのはなかった。
むしろ、小学校のときのカリスマだった川田美希ちゃんが、
誰だよ。
水色が好きって言い出して急に。
なのでその学年だけ女の子全員水色好きでしたね。
カリスマすぎない?
そう、カリスマなんですよ、川田美希ちゃん。
めっちゃインフルエンサーじゃん。
インフルエンサーでも、当時の学校のインフルエンサーで、
みんな川田美希ちゃんのお母さんのピアノ教室に通ってるんですけど、
みんな美希ちゃんが水色好きって言うから、水色みんな好きでしたね。
だからやっぱりリーチャーさんが言うように、周りの影響は大きいんだろうなってそのときに思いました。
なるほどね。
子供ってさ、もし親がすごい頑張ったとしてもさ、子供に触れる人ってすごくいっぱいいるから、
自分の親とか、親戚とか、保育員である友達みたいなところに、
どこにでも既存のバイアスというのはいっぱいあるわけで、
その中にもし考えが違う人がいたとしてもさ、
常には守れるわけじゃないから、すごくそうだなと思うよね。
もう幼稚園で配られる色がピンクだったりしますからね。
これは是非プットさんに聞いてみたい。
プットさんじゃなくてもいいんですけど、聞いてる人で、
子育ての、将来自分が子育てするとしたらやっぱりこれすごい感じるだろうなっていつも思ってて、
女の子向け、強い女の本みたいな絵本とかすごい見るんだけど、
すごいこれ読ませたいみたいな、面白そうだからさ、すごい思うんだけど、
どうするんだろうってすごい知りたいですね。
ここに考えてる方に是非聞きたい。
それは小さい子が、他の…
子供にジェンダーバイアスみたいなのを強めないためとか、
ユートラルに育てる上で気をつけてることとかあるのかを知りたいなって。
なるほどな。
ちなみにこれ私は自分はすごい少年のような子供だったんですよ。
へー。
これよかったらその話したことあったかな。
私はまずランドセル黒かったんですね、小学生の時。
すごい。
それが一番世の中って生きづらいなって思ったのがその辺から始まる。
なんか自分でも結構覚えてて、
自分が小さい時ってあんまり自分が女の子だっていう自覚がなかった気がするんだよね。
でも別に男の子だと思ったわけでも当然ないんだけど、
性別もそんなに気にしてなかったと思ってて。
ポイントとしては漫画とか小説とか、本とか映画とか見るじゃん。
私は基本的に主人公に同一化してたわけ、自分を。
ヒロインじゃなくて。
ヒロインとかディズニープリンセスみたいな感じじゃなくて、
ヒーローになりたかったので。
なるほど。
普通に読んでたら小人口に自分を同一化して、
そうすると主人公って大体男の子じゃん。
少年だから、そういう自己イメージだったわけよ、なんとなく。
なるほど、当時は確かに。
でも自分の中では女の子だって思ったわけじゃなくて、
むしろ主人公に同一化してたらこう思うのに、
なんでみんな女の子だって思うんだろうっていうのが結構不思議だった。
で、ちっちゃい頃はとにかく見た目も結構男の子っぽかったし、
周りからみんな男の子だと思われてたし、
本当嫌だったの。女の子っぽいものはすごい嫌いで、
可愛いもの嫌いだから、スカート履くの嫌すぎて本当に嫌だったので、
みんなが勧めてくれた服が着て、みんなが喜んでくれたことは嬉しかったから、
それが悪と言われると、今の自分ではちょっと現体験的にはわからないなっていう。
難しいですね。
いやーそうだよね。私今犬を育ててもんもんもん。
犬に思ってもらえるんだけどさ。
れんちゃん。
そう、れんちゃんがいるんですけど、
やっぱなんか何かしてくれ、自分にとって嬉しいことだったら、
例えばお座りしてくれたとか、全然できないんだけど、
お座りしてて、ちょうどお座りポーズになってて可愛い時に、
あー可愛いね、いい子だねとか言うわけですよ。
でもこのいい子っていうのは、別にこの子、いい子、私にとっていい子なのであって、
別にこの子にとってそれがいい子か。
なんか別に、私にとって都合がいいっていうことをやってくれてるから、
いい子だなって褒めてるんだなってすごい感じさせられる。
疑似子育てなんだけどさ。
それは難しい。
でもそれで喜んだら、それを喜んで覚えさせるっていうのが押し付けだから、
何かをしている時にそれをめっちゃ褒めるっていう、褒める行動をよくしていくしかないんだけど。
でもこれはそう、個性。
こっちの反応によって絶対に何か相手にフィードバックを与えてしまうから、
可愛い服着れたら褒める。
だから可愛い服好きになるっていうことが絶対あるわけで、
それをゼロにすることは絶対できないじゃん。
さっきのバイアンさんの話と同じで。
だから一定順の中で、褒めるのはいいけど、
例えば本人が何かやりたいって言った時に否定しないとか、
そういうラインみたいなのが必要な気がする。
そうですね。もし可愛い服着ても、リボン結んでも、
リッチャーさんみたいに泣き出したら、取ってあげようっていう。
私はすごい自分の親に感謝してて、よく止めなかったなって思うね。
別に言ってたかもしんないけど、
私はそんなに自分のやりたいことに対して、
親から別に何かをストップされたとかっていう記憶はそんなにないので、
でも今友達の子供とか育ててるの見てると、
やっぱ女の子が可愛い服着てるとすごい可愛いからさ、ちっちゃいのね。
これはまあいいや、やりたかっただろうなと。
そりゃあ、その善意で髪も結んでくれたのに。
そりゃあ、ミッキーとか電車とかの服着てるよりもさ、
可愛い服着てる方が多分着せたかっただろうに、
わがままを聞いてくれてありがとうっていう気持ちになります。
いいお母さん。
それは感謝ですね。
私は服にあまり自我がなかったので、
褒められたら嬉しいってなってました。
いやーちょっとこれは、そんな答えという答えじゃないんですけど。
難しいですね。
でもそうだな、すごい資産のあるコメントをいただけるのはすごいありがたいなと思っております。
いや本当に、こうやってなんかいろんな、
2人だけじゃなくてリスナーの人たちと良いトピックをいただけたり、
意見をいただけるのは本当にありがたいですね。