ゆめのたね放送局 12月5日分 ゲスト:Sugarさん
2025-12-05 30:00

ゆめのたね放送局 12月5日分 ゲスト:Sugarさん

今月は私の音楽のプロデューサーでもある、
Sugarさんをお迎えして、
お話ししました。

ぜひ、お聴き下さい!

SugarさんのInstagramはこちら
https://www.instagram.com/sugar.songwriter?igsh=czNlbHVvNTlybGhp

お知らせ✨.•*¨*•.¸⭐️•*¨*•.¸¸⭐️•*¨*•.¸¸✨

12月27日からまで
年末忘年会ライブ!!
アリーナ席25席満席めざしてます!
みなさん!ぜひお待ちしております!
毎月新曲、毎月うちなーぐちクイズやります。
note
https://note.com/yafoo8385/n/n11477bfb307b
チケットはこちらから
https://corom.app/mp/FW209


ゆめのたね放送局パーソナリティ
レッドチャンネル 八風の十音
https://www.yumenotane.jp/yafuunoneiro


平和の樹の下でが1000回再生されましたー!
https://milestone.tunecore.co.jp/milestones/4yweeccK9NKpFXEkQGIt?category=song_ugc_play_count

八風の音楽応援隊のオプチャ作りました。
是非、宜しくお願いします!
オープンチャット「八風の音楽を広め隊」
https://line.me/ti/g2/-S1kUOs5-ZTv79LY8XW4ULeAIwNNSU_EMsshBw?utm_source=invitation&utm_medium=link_copy&utm_campaign=default


USENの投票宜しくお願いします🙏
まだ記事が作れてないのですが、
また貼っておきます。


#朝ライブ #音楽 #オリジナル曲 #シンガーソングライター #コロム #Corom #USEN
#ゆめのたね放送局 #ゆめのたね
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00:00
八風の音色
私から少し月を越え
皆さんこんばんは。レッドチャンネル21時からは、八風の音色をお送りいたします。
パーソナリティはシンガーソングライターの八風がお送りいたします。
オープニングに聞いていただいたのは、私のブルーという、あの、八風のオリジナル曲でございます。
このオリジナル曲をですね、ぜひ全国の皆さんに聞いていただきたいなと思っておりますので、
よろしくお願いいたします。皆様、これから30分間どうぞお付き合いくださいませ。
この番組は、ご縁、応援、貢献をテーマに、夢ある番組をお届けする、夢の種放送局沖縄スタジオからお送りいたします。
はい、こんにちは。11月、あ、こんばんはですね。すいません。間違えました。
11月7日に、あの夢の種ラジオのパーソナリティデビューした、シンガーソングライターの八風と申します。
あの、出身は京都で、今沖縄に住んでおります。
5歳の男の子を育てしながら、今年の6月にシンガーソングライターとして、あの、活動していってるんですけれども、これからの音楽のことですとか、あと沖縄での日常生活など、あの、気づいたことを皆様にお届けできればなと思っておりますので、よろしくお願いします。
で、あの、ちょっと今回はですね、ゲストの方をお呼びして、あの、お話をするというので、今回は、あの、私の音楽を、あの、プロデュースしてくださってるシュガーさんをお迎えして、あの、いろんなお話をできればなと思っておりますので、あの、早速お呼びしたいと思います。
シュガーさん。
はい、はーい。ありがとうございます。嬉しいです。
なんかね、ちょっと超絶緊張して始まったんですけど、ちょっと今。
いつもと全然違うから。
違う、違う。ちょっとあの、遠隔で繋いで今ね、やってて、あの、パソコン越しにシュガーさんを見ながら、あの、やってるので、あの、ちょっと私が変な感じで緊張してるっていうだけなんですけど。
あの、今ね。
パソコンばっかりや。
私がちょっとシュガーさん、シュガーさんと呼ばせていただいてるんですけど、あの、じゃあシュガーさんどんな方なの?みたいな方がちょっとわからないまま、あ、今11時11分ですね。すごい。
ゾロめ。
ゾロめ。
ちょっとね、あの、軽くちょっと自己紹介していただきたいなと思ってますので、よろしくお願いします。
はい、私はですね、歌で表現する人生、ヤフーさんみたいなね、歌で表現する人生の調律師と名乗って、あの、声だけじゃなくてね、生き方とか人間っていう、ボーカルは人間が楽器だからっていうそこの土台の哲学に根差して、シュガーボーカルメソッドという自分の独自のメソッドを主催しています。
03:28
大人の女性のために、その人本人がよく自分の内側と向き合って帰るぞって思ってる人たちの心からのサポートを毎日毎日やりながら、で、特徴としては、ボイトレとかって結構解剖学とかも入ってきて、すごい西洋っぽい感覚で語られてるものが多いんだけど、
私は東洋の視点に完全に軸足を置いて、言語学とか音楽史とかあと骨格の理論っていうのを統合して、歌が、歌を聴いてくれた人が涙が出るとか鳥肌が立つとか息を飲んじゃうとか、
そういう感じで、心体反応として、つき動かし、感動できる歌っていう、その場所まで表現を爆上げするぞっていうのを決めて、湧き上がる自分のままで歌えるように、湧き上がる自分のままで歌を作っていけるように、
出す声じゃなくて、出る声をして、歌を指導してるっていうのをやってます。で、今、プロデューサーっていう肩書で私のことを紹介してくれたんですけど、
メソッド主催者っていうのと、リチューニングっていうコースが最初6ヶ月あるんですけど、リチューニングを終えた生徒さんの中からアーティストとして活動していくエコーメンバー、世に響けっていう意味でエコーメンバーがいるんだけど、
このリリース組のみんなのプロデュースとか、作詞作曲家っていう肩書の中で、音楽家として生きているシュガーと申します。よろしくお願いします。
あ、ありがとうございます。今ね、私は実はシュガーさんと一緒にお仕事もさせていただいてたりしてて、生徒さんとのレッスンの同席の中とかで、結構シュガーさんのことを知ってるような気になってたんですけど、なんか今回インタビューするに際して、なんかシュガーさんの私は何を知らないのかなっていうことをちょっと掘り下げた結果、
いや、シュガーさんが今までなんかここに至るまでのどんな音楽を聴いてきたかとかはよく知らなかったなと思って、ちょっとその辺のお話というか、シュガーさんの音楽の歴史をちょっと遡っていけたらいいなっていうのがあって、ちょっと今日はこの時間を設けさせてもらったんですけど、
06:15
ちょっと早速お話を聞いていきたいなっていうところなんですけど、幼少期から10代とかの中で、なんかこの曲印象的やったなとか、忘れられないエピソードとかってあるのかなと思って。
なんか私は歌を歌ったり、曲を作ったりしてるのもちょい前の時期、覚えてる範囲内だと多分、曲書き始めたのが8歳だっていう風な曲があるんですけど、それよりちょい前、本当に7歳とか8歳ぐらいの頃からタップダンスを習ってたんよね。
お嬢様って。
お嬢様だったかもしれないが、振り返れば。お嬢様と呼べるほどお嬢様じゃなかったよ。普通に言ってるけど、私が一生懸命もがきながらお嬢様っぽい生活をしてたんだと思うけど。
それは本当にたまたまだったの。タップダンスを習うというか。本当に家から一個坂道を降りて、右に曲がった道すがらにすぐよ。徒歩5分ぐらいのとこ。
材木屋さんがさ、材木屋さんってすごい屋根高いイメージあるじゃないですか。その高い屋根の上にプレハブ小屋みたいなのがくっついて。なんでそこなのか、なんでサップ教室そこにあったんだけど、下うるさくてもよかったから。
なるほどね。
材木屋の上に小屋があって、そこをダンス教室にしてる、うかいこうよっていう日本のタップダンサー。たまたまよ、それも。狙ってわざわざうかいこうよのとこに行ったんじゃなくて。うかいこうよがスタジオを持ってたっていう。
すごい。
で、先生のジャズダンスとタップダンスを習いたいと自分で思ってね。大丈夫かな。
あ、なんとか大丈夫です。
あ、よかったよかった。で、なんかこう、その時に初めて聞く音楽いっぱいあったんよ。
なるほど。
タップダンスとかジャズダンス、割と伝統的なというか、ヒップホップとかじゃなくて伝統的なジャズダンスって感じだったんだけど、その中ですっごい覚えてるのが、アレサ・フランクリンのAin't No Wayっていう曲があって、
09:03
そうで、かっこいいんよ。すっごいソウルフルで。で、たぶん私が触れたブラックミュージックっていうか、の一番最初はおそらくアレサ・フランクリンのAin't No Wayだったと思う。
これはすごく記憶に残ってて、なんか涙が出そうになるの。ストレッチの、毎回聞けるストレッチの定番曲だった。
タップダンスのサプシューズを履く前にストレッチをやるんだけど、その時に毎回聞くやつなんだけど、毎回泣きそうになってて。
なんで?
いい歌なんよ。すごくいい歌で癒されるっていうか、それまでの空気とAin't No Wayが始まってからの空気が変わるんよ。パキッと。
すごい。
心味があるっていうか、かっこよかったよね。それがすごい幼心にずっと響いてて、あの曲は特別、私の中で。
っていう記憶があるかな。
一方でさ、めっちゃ普通の子っぽい話をすると、
ピアノとかを触るのと同時進行が、小学校5年か6年の時にアコースティックギターを私は始めたんよね。
それのきっかけが、友達が、それこそ私のお友達のお嬢様がね。
どこもお嬢様が多いな。
すじ髪入りのお嬢様。
その子が飼ってるしば犬と私の部屋は同じ部屋の大きさだった。
そういう印象。で、家に洞窟があるんよ。洞窟があってコウモリがいたみたいな。そんな思いで。
行くと外国人のお手伝いさんが2人ぐらい迎えてくれるみたいな。
上の上にはすごい変わったフルーツが置いてあって、スターフルーツとか食べれたみたいな。
そういう結構ガッチョお嬢様だったんだけど。
そのお嬢様がクラシックギターをお習いになられ始めた。
それを見てなんかめっちゃかっこいいなとか言ってて、羨ましくて取ったのがアコースティックギターだった。
みたいな感じだったんだけど。
当時はあんまりよくわかってないから、木でできてるギター買おうみたいな。
始めて、やっぱりその時に触ったのは、やっぱりユズだったよね。
ベタ。
ベタ。
ユズとアレサフランクリンを同時に弾くっていう。
かなり稀な生活だね。
でもね、つながってくんよ。このユズの物語は最初つながってくんよ。
12:05
後で話すとね。
話すとね、時計がツッツキしてくる。
でもそんな感じかな。
あと、そうだな、10代っていう意味で言ったら、その後中学生になるでしょ。
中学生になったら、またちょっといろんな音楽聴き始めたんだけど、
アレサフランクリンと同等で弾くんだら、エリック・カプトンの。
いいですね。
エリック・カプトンのユズ・ヘブンをガチで練習した。
なるほど。
あとは、いろんな曲を聴いてたけど、ジャズで言ったらダイアナ・クラールにハマっていた、その後。
ダイアナ・クラールのアルバムを聴きすぎて、本当に壊れるんじゃないかぐらい聴いたかな。
ペンの音楽、あとボサノバを好きになったりとか。
そういう、結構いろんな音楽に割と手を出して。
洋楽に私は全然触れてこなかったタイプの人間なんで、洋楽に触れたいなみたいなきっかけとかあったんですか。
私は中学校の時に、ひたすらに自由だけを求めて、法則のない、マジで一個も法則のない学校に行きたかったの。
それで進んだのが、SFCって呼ばれてる、慶和初夏藤沢っていう中学校。
そうかそうか。
で、なんていうの、例えば中学校で初めて学校に行った日ね。
あの、ここって合ってます?みたいな感じ。
いや、これから日本語で授業始まりますけど大丈夫。
へー。
もう日本語よりも英語の方が。
日常だったんですね。
いつも喋ってんだけど、
そういう感じの子が結構いたいね。
で、その子たちが文化を私にくれたって感じだね。
なるほど。
アベリル・ラビーン気候とか。
ナイレス問題だって。
スパイス・ガールズ。スパイス・ガールズ歌えないなんて信じられない。
そういう感じか。
なるほどなー。
スパイス・ガールズ歌えない奴はダメみたいな。
なるほどねー。
今でも覚えてるよ、私1年B組だったんだよね。
で、1年C組とB組の教室って、教室の後ろ側がガラスになってて、それぞれが。
15:08
で、B組とC組は黒板が向かい合ってるんよ。
だから、教団に立ってる先生たちがお互いがめっちゃ見えるみたいな教室の作りしてた。
で、ある昼休みにC組からなんかTears in Heaven流れてくるわけ。
で、「え?なんでTears in Heaven流れてくんの?」って思って、
私はそこダッシュでC組行ったんよ。
誰?誰?これ誰?と思って。
で、そこでギター弾いてたのがhidenoyukiっていう、今でもギタリストやってる。
有名な所がいるんだな、そういう学校には。
私hidechiって呼んでるんだけど、hidechiとの出会いはTears in Heavenが結んでくれた。
だから、洋楽聞くのがわりと当たり前で育ってる人たちと、同じ空気吸わせてもらったっていう。
それはね、マジでね、私はその学校に行ってよかったなと思って。
なんか今でも、よく言った私。
高速ないの求めて、私はだから通学時間2時間かけたんよ。
自由を求めてね。
自由を求めて、朝は5時に起き、冬なんか真っ暗闇の中、電車に乗り、ひたすらね、行ってたね。
で、今の通学2時間の話で思い出したのは、
高校まで話し飛ぶけど、高校になった時には、ちょっと変わった学校だからね、高校の学校は。
卒業論文を書かされるんよ。
その時に、遊民の切なさの理由っていう。
卒業論文を書いて。
でも、行きし帰りし2時間、2時間2時間なんで、4時間。
遊民づけっていう。
研究できないとどうにもなるから。
そうですね、研究できないし。
ありがたいことに、私はちょっと話し飛ぶけど、聞いたらもう大体、高校生までの間になってたから、
もう行きし帰りし、延々コード取りっていうか。
なるほどね。
もうずっとどういうコードの動きをこの歌はしてるかっていう、めっちゃ複雑なんよ。
この部分は、かえってピアノで確かめるみたいな感じでもして、やってたりとか。
あとは、遊民全曲を1回印刷したのにすごい量。
すごい大変な量だった。
いやいや、すご。
それを全部ファイリングして、多く使われてる言葉が何かとか。
色を全部調べたりとか。
18:00
いわゆる大学生がやりそうな卒業論文のあり方でやったんよね。
それもすごい思い出だし、今の私を作ってるんだろうなって。
なるほどな。
あとは、さっきのユズ・ケイトですから。
これも深い話になってくるけど、バンプーにハマった。
バンプーポチキン。
もうケイトが空で言える。
もう何も考えなくてもバンプーのケイト。
ステップ、空で覚えて歌えるような女の子だったかな。
バンプーにはもう相当入れ込んでた。
だから大人になって、もうコネでバンプーのライブ行けた時泣いたよね。
やったぜ、みたいな。
コネで行けたんや。
勝利した私は、みたいな。
すごい。
そういうことが起きていくよね。
私は本当にその時々で愛してきた音楽にとことん導かれて生きてると思う。
ゆうみはね、逆だな。
私、小学生の時、ゆうみに会ってるんよ、実は。
そうなんだ。
マスタヤ・マサタカさんの式房で歌う合唱みたいなものをメンバーに頂いた。
そこにはワンオークロックの鷹がいたんだけど、あそこもいろんな天気になっているんだけど。
さっきヤフーさんがお嬢様って言ってくれたみたいに、私が育った小学校もすごかったので。
パブリック役者の息子がいたり、芸能界の娘・息子が。
そういう中で、この人たちは違うねって思ったよね。
普通の女の子だった私は。
しがめそ流で歌い表現バイリンガルの人がいっぱいいたってことですね。
そういうこと、そういうこと。
もう溢れ出るように。
さっきは帰国子女の話が出てきたけど、帰国子女たちが苦労もせずに英語を習得してくるわけだわ。
家では日本語を喋って外では英語っていう環境に晒されてるから。
英語を、私たちが日本語を喋れるのと全く同じ不自由のなさで。
これをバイリンガルって言ったりすると。
日常と表現の世界を行ったり来たりすることがあまり当たり前の子たちというのに、その時触れたんだよね。
で、それのことを英語日本語の語学バイリンガルじゃなくて、
しがめその中で、それは表現バイリンガルだったという風に言って。
まさかの時に表現バイリンガルいっぱい触れて。
21:02
途中の速さというかね。
違うよね。
で、そのまままさたかさんの指揮で歌ったのも嬉しかったし、
その時、音楽会やったんよね。
で、音楽会に、その日にギターを弾いたんよ私がね。
それはね、イマジンだった気がする。
すごいな。
そんなような曲だった気がする。
で、イマジンじゃないな、あれなんだ。
歌いそうやばい。
まあまあまあ。
で、その時にギター持って行ってたから、ゆいみんにタイムもらったんよ。
えー、いいな。
で、それでも実談あって、
それを引っ越しの時に、おじさんの家に1回置いたんよ。
嘘?信じらんない。
あ、そんなん。置いたんよね。
そうしたら、おじさんがめっちゃ、これマジで大事なやつやんけって。
で、絶対に落ちないように上にニス塗るわって。
ニス塗ったら消えちゃったの。
ひどいわ。
でも私は、サインを持ってること自体に、それほど思い入れがないというかね。
意外とないんで。
だから、あんま物に興味がないね、私はね。
いや、そうなんよな。
経験っていうか、思い出を語れる私がね、ありがたい。
へー。
面白い人生だなと思うね。
いろんなご縁に本当に導かれて。
私の家に遊びに行かせてもらったりとかね。
すごい。
経験は私結構、たまたまよ。たまたまなんだけどさせてもらって。
で、生きてきて芸能界にどんどん入っていくんだけど、
そこからはもう挫折しかない。
マジで挫折した。
で、さっき話したみたいに、20代になって、
チャンネルの道が開かれましたっていう時に、
最初、いろんなコンテストに応募してて、
オリジナル曲で出ていくんだけど、
その時に一番最初に拾ってくれたのはマーティ・フリードマン。
面白い人。
へー、そうなんだ。
ネットとかだと、他のたくさんの音楽家の人たちに出会えて、
わかりやすくNHKの番組に私のこと出してくれたきっかけは、
マーティ・フリードマンだった。
そうなんだ。
その時に初めてちゃんとああいう音楽を聴いたよね。
24:01
音の大きいね。
ギターがかっこいい音楽。
きっかけでいろいろ聴いたりとかもしたのは面白かったのと、
そのテレビと同じテレビだったんだけど、
そこで審査員の立場にいたのが寺岡洋人さんだった。
ユズのプロデューサー。
だから私がユズを好きで聴き込んで、
幼い頃の中でユズを一生懸命弾いてた思い出が、
退化された。
なるほど。
スピードとかもいっぱい歌ってたけどね。
沖縄で言う。
そこで話が繋がっていくことになる。
プロデューサーがいてくれて、ミニアルバムを発売するに至る。
なるほど。
そこから先の話も聞きたいなと思ってたんですけど、
なんと5分前です。
また次回です。
次回に。
ちょっと持ち越しで、
一旦じゃあエンディング?
ジングル挟んでエンディングに行きたいなと思っております。
はい。
夢の種放送局。
エンディング曲はYahoo!のオリジナル曲、
涙雨の向こうでを聴きながらお送りしていきます。
ちょっと早いものでエンディングになってしまいまして、
シュガーさんの本日の感想は?とか言って、
めちゃくちゃ喋りまくってもらってありがとうございます。
喋るの得意なんでね。
そうですね。
永遠に喋れますからね、私たち。
永遠に喋れるよ。
ちょっとお知らせをここからしていきたいなと思っておりまして、
シュガーさん今ね、1月で募集されてると思うんですけど、
ちょっとお知らせを言っていただけるとありがたいです。
冒頭に話しまして、
シュガーボーカルメソッド、
その独自のメソッドの募集って年に3回だけあるんです。
1月と5月と9月なんですけど、
1月のスタートのメンバーを現在募集しております。
さっきも話したみたいに、
表現バイリンガルに生まれなかった私が立ち上げたメソッドで、
バイリンガルに生まれた子は英語が自由に喋れて世界と繋がっていけるんだけど、
じゃあバイリンガルになれる環境に生まれなかった子は、
英語が一生喋れないかって言ったら、そうじゃないよね。
普通に単語を覚えて、グラマーを知って、
27:01
喋りの練習して、
英語ってどういう仕組みでっていうのを一つずつやっていくよね。
そういうのと同じように、音楽ってこうだよね。
音ってこういう仕組みだよね。
人間ってこういう楽器だよねっていうのを、
丁寧に一つずつ紐解いていくのが、このシュガーボーカルメソッドです。
そういう人間の本質とか音楽の根底にあるものが何かっていうことが知りたい、
知的好奇心の高い人はもちろんのこと、
自分の声をちょっと見失ってる人とか、
表現して生きていきたいのに、
一歩踏み出せないまま年だけ食っていくような気がして、
ちょっとドキドキしちゃってる人とかがいた時に、
私は人生っていうのは必ず寿命があって、
この楽器は根性限りだからね。
この楽器の時に、
私音楽やってよかったなぁ。
一生懸命歌で表現して楽しかったなぁ。
歌作って誰かに聴いてもらって喜んでもらって感動した。
音楽やっててよかったっていう風に叫ぶようにして、
人生の幕が閉じるような、
そんな人生を生きるためのサポートっていうのを、
いつも日々やっております。
そういうのに興味がある方は、
ぜひInstagramとかで私のことをまず見てもらって、
この人面白いなって思ってもらったら、
ぜひ公式LINEからメッセージをもらえたらいいなと思っております。
ありがとうございます。
最後にYahooからもお知らせを挟みたいと思います。
12月27日、コロムというバーチャル音楽スタジオで、
20時から22時まで音楽ライブをまた開催いたします。
今回はオリジナル曲とリクエスト曲なども含めて、
多分10曲以上は歌うことになるでしょうっていうことなので、
ぜひお楽しみいただけると嬉しいなと思っております。
その他の最新の情報はInstagramですとか、
Xnote、夢の種ホームページなので、
ご覧いただければなと思っております。
それでは皆さん、素敵な金曜の夜をお過ごしくださいませ。
私もあなたも最強の運と笑顔で、
また来週お会いしましょう。
ご視聴ありがとうございました。
30:00

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