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みなさん、お久しぶりです。こんにちは。八二風と書いて八風と申します。
本日も八風のネイル始めてまいります。 えっと、ちょっと今日はですね、6月22日
になりますが、ちょっと前日の土曜日に収録させていただいております。 えっと
実はですね、先日のMSDの企画の時に、平和の樹の下でという曲を出させていただいたんですね。
この曲は、旦那のお父さんから戦争のことを聞いて、それをまとめたような曲にはなるんですけど、
制作秘話としては、先日うりもさんと一緒にお話しさせていただいた放送があるので、またそちらも概要欄の方に載せさせていただいてますが、
こちらのチャンネルでもしっかりと宣伝させていただければなと思っております。
実は6月11日に、初アルバムのブルースピリットっていうアルバムと、あと沖縄の平和の木の下でっていうシングルを出させていただきました。
そうですね、音楽を作ったものの、なかなか拡散させていくのは大変だなーっていうところでもあるんですけれども、
台風でもね、お歌を歌ってくださる方がたくさんいらっしゃると思うので、
カラオケ音源とか上げさせていただいて、皆さん歌っていただけないかなっていうのもあって、ちょっと本日急いで撮らせていただいてました。
沖縄にお住みではない方たちはご存じでないかもしれないですけれども、6月23日が実は慰霊の日って言って、戦没者に手を合わせる日なんですね。
正午になったらみんな、おじいちゃんおばあちゃんは手を合わせて、戦没者に思いを馳せる1日っていうところでございます。
私の旦那のお父さんも、実は5歳くらいの時に経験してまして、戦争で、目の見えないお姉ちゃんと、足が悪いんですけれども、足の悪いお父さんとで、
自分のそのお父さんと、3人プラスおばあちゃんかな、一緒に逃げてたって言ってたんですが、
ちょっとね残念ながらおばあちゃんはもうどこで亡くなったかわからないっていう話と、あとやっぱり小さくその5歳とか、あとお姉ちゃんもね10何歳だったと思うんですけど、
そんな小さいというか成人にも至ってない小さい子供が、お父さんに、私たちは障害があって、やっぱりヤシデマとになってしまうから、
置いて逃げてっていう話をしたみたいなんですね、お姉ちゃんが。その時に、お父さんは家族はいつでも一緒だからって言って、
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一緒に逃げたっていう話がねずっとあって、それはインタビュー、いろんな戦争経験した人のインタビューとかでも、お父さんを受けていることがあるんですけどね、
そこでも何回も何度も何度も言っている言葉ではあるので、すごく自分の中でも印象的な言葉なんだろうなっていうのもあるし、
私が聞いても、やっぱり幼い子がそういうふうにね、お父さんとかお母さんに、私たちを置いて逃げてって言わせる戦争って何なんだろうなっていうふうにすごく思ってたんですね。
ただ結構その話を聞いたのも、結婚してしばらくしてからかな、で、結構その病院の付き添いとかで、もう本当に結婚の病院の付き添いって結構長いじゃないですか、時間が。
だからその中で、まあでも関係性がそんなに良いわけではなかったので、よくするために昔の話を聞いたりとか、そういう戦争の話を聞いたりとかして、
で、まめもってたっていう感じですね。で、まあ去年からそのいろんな出会いがあって、で、曲を作りをしている中で、本当に朝方4時くらいに、あの、作詞の詩が降りてきたって言ったらあれなんですけど、なんかこう、お父さんからそういう聞いてた話とか、
あと、まあ私、結構子供を連れて、その平和の木って本当にあるんですけど、平和の木を見に行ったりとか、そういうふうにしている時に、あの、普通にこう戦闘機が上をね、ぶんって飛んでいっているところ、
今は平和だけど、でもまだこう、戦闘機が飛んでいる現実もあるみたいな、沖縄の。なんかそういうコントラストじゃないけど、そういうのがパッて朝方思い描いて、で、まあバーって詩を書き上げたみたいな感じで、最初はあの最初のほうのヤマトン中のくだりとかはなかったんですよ。
だけどまあ一緒に音楽作ってくださってるシュガーさんという方にご相談して、なんかいろいろ作っているうちに、まあじゃあ本当の主人公は誰なんみたいな話になって、うーん、なるほどなーみたいな、なんか私がなんでこの歌を作ろうかなって思ったっていうのは、なんかこう、
まあ沖縄の方がね聞いてらっしゃったらそんなことないよって言われるかもしれないんですけど、なんかうちの家と内チャートっていうので、すごいまあ自分自身壁を感じてた時期はあったんですね。まあお父さんに対してもそうだし、普通に働いてたりしてもそういうふうに感じることが多かったんですね。だからなんかその壁は一体どこから来てるんだろうみたいな、で、別にそれがすべてが戦争に絡んでくるわけではないけど、やっぱりこう、
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なんかそういう現実もあるんじゃないかなーっていうのをすごく感じてて、だからいつかそういう壁がなくなったらいいのになーみたいな思いもあって、まあ最初のところにやっぱりなんでその
ヤマトンチュの私には言いづらいこととか、なんか言えないこととかがあるんだろうみたいなのを、なんか一番最初に感じてたなーっていうのをちょっと思い出して、まあね、今時風に言うと内チャーなんですけど、もう70代とか80代のおじいちゃんおばあちゃんは結構ヤマトンチュって言われる方も多くはいらっしゃるので、
そういう言葉をあえて使って、なんかこれは何だろうって調べてもらうために使ったような歌詞にはなってますね。なので、まあそういった意味が込められてる。なんか、なんかわかんないけど、結婚してやっぱりこう、なんか外から来た人みたいな感覚なのかなーって思うことがすごく多くて、なんか家族っていう感じじゃなかったように思うんですね、私の中では。
まあ家族になろうとして頑張ってたけど、なかなか家族になりきれないなーみたいな、なんかそういうのが最初すごくあったから、だからまあ家族になりたかったっていう一言をちょっと入れてはいるんですけど、なんかそういうこう自分ともどかしい、
そのお父さんとの関係性とか、なんかこう暮らしていく上でちょっとなんかいろいろもどかしいところがあったなーっていうのをちょっと思い出してその死に込めてみたっていう感じですね。
あとは本当にあの、なんか平和な日常がある。
で、今こうして旦那と出会えたりとか子供に巡り会えたのって、まあお父さんがその戦争で生き残ったから、あの今があるとは思うんですね、本当にそれは。
だからそれをちょっと最後のメッセージじゃないけど、まあその命がつながってるのは奇跡だから、やっぱそれを生きていかなきゃいけないっていう意味も込めて、まあ最後の歌詞に込めてるっていうところはありますね。
っていうので、できればね、ちょっと6月11日にせっかく配信し始めたので、なんか皆さんにこの曲を流してほしいなっていうのもあるので、ちょっと今日はメールというか配信のサイトをちゃんと概要欄に貼っておきますので、
まあもしね、あの流していただけるんだったら、このこれで流せるのか本当の音源を上げないと流せないのかちょっとわかんないんですけど、ちょっと流せるんだったら流してもらいたいなっていうのもありますし、もしカラオケでちょっと歌ってみたいっていう方がいらっしゃれば、いつでもあのカラオケ音源をあのメールとかでお送りさせていただくことができるので、あの気軽にちょっと、なんて言うんですかね、あの、
レターとかいただければ、あの本当に拡散してほしい、あの、まあちょっとね今年の慰霊の日にはなかなか拡散しきれなかったなーっていうのはあるんですけど、やっぱり来年に向けて、ちょっとまあ慰霊の日と言ったらこの曲だよねって言ってもらえるように、ちょっとあの、まあ今後は拡散していけたらいいなってすごく思うので、あのそういった意味でもちょっとぜひあの歌ってもらいたいし聞いてもらいたいし、
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あのまあ平和についてもちろん考えてもらいたいっていうのもあるので、あの皆さんでそういった1日をお過ごしいただけるようにしていただきたいなっていう思いも込めて、ちょっとね明日当日上げるのもいいかなとは思ったんですけど、せっかくなのでそういう明日に向けて何かこう拡散していただく方法はないかなっていうので、ちょっと日曜日に上げさせていただきました。
なのであの皆さんちょっといろいろ拡散する方法があれば教えていただきたいですし、あのぜひ拡散にご協力いただけたら嬉しいなっていうので、ちょっと本日は収録させていただきました。
はい、なのであのちょっと曲は実際にあの、ちょっとだけ流そうかな、どうしようか。
まあサビから流せればな、サビの部分と1部分をあのやっぱり流してあの聞いていただければなと思いますので、あのちょっと後ほど音源の方も上げておきますのでぜひ聞いていただければなと思っております。
それではあの皆様素敵な1日をお過ごしくださいませ。
私もあなたも最強の運と笑顔で日々これ後日。
6月23日 正午のあの丘 降り注ぐ光の日が 駆け抜ける青い風
見守る広い空 美しい街並み ありがとう 胸に続く未来を信じて
平和の日の下で 笑顔あふれる日々 そんな日があるのは あの日の影の涙
平和の木の下で 当たり前の幸せ あなたが繋いだ奇跡