自分らしさの重要性
みなさん、おはようございます。こんにちは、そしてこんばんは。
波瀾万丈女Bigmama yokoの【ぶっちゃけラジオ】のお時間です。
パフパフ!
今日はね、2026年1月30日、金曜日。
昨日のラジオさ、日にち間違えてたよね。
昨日は1月29日でした。ごめんなさい。
今日のラジオのテーマはね、やっぱり自分らしさを歪めちゃダメよっていうお話をしたいなぁと思ってます。
自分らしさを歪めない。これさ、ほんと大事だと思う。
今回ね、ここ数日講座募集足掻いてますって何回か喋ってるけど、何事も行動するとありがたい気づきがあるもんだよね。
今回ね、思ったのがさ、自分らしさを歪めない、自分の色をくすませないっていうことをね、すごく思った。
今さらって感じ?それともなんだそれって感じ?
まあね、どういうことかというとさ、例えば今回の講座を募集するっていうことは、講座生産に入ってほしいわけじゃん。
例えばよ、例えば10人入ってほしいなーって思ってたとする、例えば。
で、その10人に満たないときに、やっぱり色々試行錯誤するわけじゃないですか。
私は今はね、人数何人入ってほしいなーは全く思ってないんですよ。
ただ、思いを伝えて、いろんな方に届いてほしいなーはすごく思っててね。
どうやったらもっと届くんだろうは考えてる。
で、この参加人数とかさ、そういうことに執着し始めると、なんていうのかな、ちょっと色が濁るっていうかさ。
例えばですよ、みんなに分かってほしいって思うと、これまた言葉選ぶじゃん。
そして、例えば若い人にもね、年齢重ねられた方にもみんなに分かってほしいと思うと、これまた内容がおかしくなるじゃん。
だから、なんていうのかな、私が思っている思いを出して、それに響いた方が入ってくれば100点。
発信と調和
こんな人に入ってほしい、あんな人に入ってほしい。
例えば1人より2人、2人より10人、10人より20人とかね。
なんか、いろんな思惑が混ざれば混ざるほど発信の言葉が濁るっていうかさ。
それはもう私の人生したくないなっていうのを今回改めて思ったの。
今自分の、例えば周りにいる人とか、今自分が出会っている人とか、もちろん人は出会いもあれば去っていくこともあるし、また新しい出会いもあるじゃん。
そこで人が去らないようにすると思えばさ、人の機嫌を取ろうとすることがあるかもしれないし。
本当は伝えたいのに言わない方が音頻かなとかさ、言いたい思いを言わないとか、言葉をごまかすとかさ、相手に合わせすぎて発言しちゃうと、
その出したかった思いっていうのはね、お腹の中に絶対溜まるんだよね。
溜まったものは、バケツの底の泥水みたいなもんでさ、濁ってくるわけよ。
そしたら本当のことを言ってるの、この人みたいな、なんかちょっとどこかに濁りを感じたり、本音はそこじゃないよね、みたいな。
なんでこの人いい顔してるんだ、みたいなさ、それじゃ伝わらないなって思うわけ。
で、私の場合はですよ、思うこと伝えて、伝わらなければ、それが今の現実だから。
でも私は伝えたいと思うので、伝えれる私、そしてなんていうのかな、そうなんだって思ってもらえるあり方ができる私であれるように、日々の鍛錬っていうのはやっぱり必要だし。
で、この喋りだってそうよ、喋らなかったらね、もう本当に下勘で路列が回らないしさ、老化と抗うところもあるわけ。
何だってそうだよね、お金稼ごうと思えば稼ぎ方を学ぶし、営業をうまくなりたいと思えば営業のノウハウを学ぶし、伝えたいと思えば伝え方を学ぶし。
やっぱりやりたいと思うから貪欲になるわけじゃん。
何でもやらないといけないから、言われたことだけやってたら、それだけのお給料はもらえるかもしれないけど、その労働の時間、例えば8時間、言われたことだけを面白くないけどずるずるやる、なんかその8時間がめちゃくちゃもったいない気がするわけ。
私の場合は、やらなければいけないけどやるっていうのが本当にできない人なんで、どうしてもやらないといけないときは、そのやらないといけない理由を自分にいろいろ説明して、自分で自分を納得させて、そっか、これをやったらそんないいことがあるんだっていうときめきの瞬間に変わるまで考えるんですよ。
だから心がときめかないのに、言われたからやらないといけないはできない。
いくら考えても、例えば商品を売るって言ったときに、どうしてもその製品を売らないといけないのであれば、本当にそれがいいと思えるまでめちゃくちゃ使い倒す。
で、そのめちゃくちゃ使い倒すのがさ、例えば1年かからないとわからないじゃなくて、もう本当にものすごい量使うんですよ、私は。
それでも腑に落ちなければ違うなーだし。ある日、え?ってときめけばそっからスイッチオンになるんで、そういう努力はしますよ。
それが自分の色を濁らせずに自分の言葉を紡ぐっていうかさ、私もともと今こんだけしゃべってるけど全くしゃべれない女だったんで、しゃべりたいと思っても何を自分が思ってるかもわからない女。
だから自分の思いをしゃべらずに生きてきた時代が子供のときすっごいあるから、人に合わせた言葉は出せれるけど、自分の言葉を出せれないっていう時期があったんですよ。
だから結局さ、がんにも2回なっちゃったし、自分が我慢して自分の体を痛みつけるっていうね。
だから今は本音のつもりでしゃべってるけど、次の日あれは違ったかなって思った時にはあれは違ったんだよねって言えるようになったし。
今もこれを聞いてる人がどう思うかよりも伝えたいことを一生懸命伝えて、よくわかんないけど伝わるよね、あの人っていう方にもすごく出会ったんですよ。
上手にしゃべるけど何も伝わらないっていう人もいるじゃん。それは私にとっては時間の無駄っていうかさ。
すごくいい話聞いたけど部屋を出た瞬間何も残らないみたいな。
それより何言ってんかわかんないけどさ、なんかいいものだっていうことは伝わったみたいな、その人の熱意っていうの。
そういうあり方に私はすごく惹かれるわけ。
でもそういう熱い生き方が一番できない対極の冷えた人間だったんで、そういう人間になりたいと思いつつ今も頑張ってるって感じ。
だから私は自分の色、自分から吐く言葉は自分のエネルギーなんで、そこに何か思惑を乗せて濁らせたくない。
いいと思ってないのにいいよーは言いたくない。
すごくいいものは相手がよくわかんないって言ってもすごくいいんだよねって言いたい。
そんなことを今日も思ってお昼も急にインスタのライブ配信したの。
自己成長と変化
なぜかというと何かまだ言いたいことがある。
そしてありがたいメッセージいただいたんで、なんかね嬉しすぎてさ、それをシェアしたかったんで、ちょっと仕事の合間に急遽お昼ライブ配信ね。
告知もなくお昼だったけど、聞いてくださった方がいてね、本当に嬉しかった。
何でもやってみるもんだよね。やらなきゃ伝わらないし、やるから出会えるし。
自分の色を濁らせたら、例えばよ、私がブルーだったとするじゃん。
そこに赤色を混ぜて紫になったとしたら、その紫の私がいいと思って人が集まるじゃん。
でも私の本音はブルーだったら、そこになんかざまずきが生じるわけじゃん。
そうじゃなくて、私はブルー、今こんなことを思っているブルーって喋って、
パープルが好きな人にとっては、なんか物足りないなこのブルーと思えば近寄らないし、
ブルーが好きだわって思う人は来てくれるし、それが一番波長が合うってことじゃん。
で、みんな色が違うから面白いわけじゃん。
色鉛筆のたくさん入ったカンカンが好きなんですよ、私。
いろんな色が並んでいる。
必要な時に必要な絵を描くために、いろんな色を混ぜ合わせて作る。
そういうチームを作りたいわけよ。
それを残りの人生でやっていきたいなと思っている。
なんだこの青色って思われるくらい、自分の熱量?愛情?
よくわかんないけど、思い?
あの人は嘘つかないよねっていうあり方。
人のためだと思ったら、嫌われてもいいからちゃんと伝えられる人間でありたいと思っています。
だからね、私が自分でイライラしている時はね、誰かの色が混ざっている時なんですよ。
もちろんいろんな情報を聞いて、いろんなことを学んで、一瞬違う色が入るけど、それが自分の色になるまで私は自分で噛み砕きますから。
そして、なるほどって自分の色になった時に言葉として発言する。
聞いた話でまだ自分の色になっていないことは吐きたくない。
まあ、めんどくさい女かな。
そんなことを思っている今日1日。まだお昼だけど。
自分の色。自分の色だって絶えず変わっていくからね。
それでいいんだと思う。
私一つ嬉しいのが、私の大好きな陶芸の作家さんがいて、その人が10年に1回ぐらい会うのかな。
そのたんびに10年経っていると、私がやっていることも違えば雰囲気も違うらしく。
普通の人は、あ、陽子さん何か変わったとかさ。
なんか営業していた私がヒーリングをやり始めるとふぬけになったっていう人もいるし。
ヒーリングをやってて営業をやったら物欲に走り上がってっていう人もいるわけよ。
だけどその陶芸作家の人は、陽子ちゃんは何をやっても陽子ちゃんだよねって言ってくれて、
次会うときどんな陽子ちゃんに会えるかすごく楽しみなんだよねって。
かっこいいでしょ。こういう人が好き。
で、やることが変わるたんびに、あなたは面白い女になるよねって言ってくれるわけ。
嬉しい、そういうの。
今日も自分の色を大切に。
学んだことは自分の色になるまで、私は不倫を知るまでしっかり向き合って。
自分の思いに重なったときに、私の色になる。
自分の色になるまで、私は不倫を知るまでしっかり向き合って。
自分の思いに重なったときに、私の口から発信していきたいと思ってます。
今日も最後まで聞いてくださって本当にありがとう。
ありがとう。
じゃあまたね。