1日にする習慣と神社への日帰り旅
みなさん、おはようございます。 こんにちは、そして、こんばんは。
bigmama yoko の 徒然なるままに。 ママのつぶやきラジオのお時間です。
今日はね、2026年11月1日、日曜日。 1、1、1、なんかいいことありそうだよね。
11月1日、1がたくさんつく日っていうのは、 自分がやりたいこと、始まりの日、決意表明、なんかそんなこともよく聞きますよね。
1日っていうのは、今月どういうふうにしようかな、とかね。 先月、これやろうと思ってたけど、できなかったな、とか、
やってみたけど、これはやらなくていいかな。 やっぱり毎月、今年やりたいこと、やらないこと、そんなことを考える日にしてもいいんじゃないかなと思います。
私はね、1日の朝って、なぜか床を磨きたくなるんですよ。 今日もね、朝から仕事だったから、ゆっくりはできなかったんだけど、
あ、1日だと思うと、もうね、タオルと服用材と持って床をスリスリすると、なんか気持ちいいんだよね。
皆さんは1日にする習慣って何かあります? よかったらね、ぜひ教えてください。
そして昨日はね、おとつい広島は大雨だったんですよ。 そして昨日は、知り合いの方をちょっと岡山の山奥にお連れするっていうことで、
山奥にお連れするって何するんだ? ちょっとご縁ある神社に参拝するっていうことをね、ご案内させていただきました。
大復6時間、弾丸日帰りで行ってきたんだけど、道中いろんなおしゃべりをしながらね、
発信で届くアンチコメントと応援
前日の大雨とは打って変わって、本当に気持ちいい秋晴れでさ、 もうドライブ日和だったんだよね。
昨日の道すがら、いろいろ話したときも思ったし、 私インスタグラムの投稿してるからね、
インスタグラムの投稿の講座のお手伝いも最近ちょっとさせていただいてて、 やっぱり人に何かを伝えるとかさ、それは友達も含め、
良かれと思って言ったんだけど、相手にとってはそうじゃなくて、やっぱり本音を言うのは難しいんだよねっていうお話を伺ったり、
それこそ投稿してると、見る側も住人トイロだからさ、
なんだクソババアって言われることもあれば、 お前が言ってることは間違ってんだよとか、お前みたいなブスに言われたくない、なんていうのは日常茶飯事で。
あとは、ママありがとうとか、今までいろんな相談アカウントとか、いろんな心理学を学んできたけど、
ママに言われるとスッと入るんだよねっていう、嬉しいコメントをくださったり、 本当に賛否両論ですよ。
やっぱり人間っていうのはさ、何か言われると、 誰しもいい思いはしないよね。
アンチが怖くて発信できないです。 誰しも通る道すがらっていうかさ、
まず最初は知り合いにどう思われるか気になる。 そして次にアンチコメントが来た時に傷つく。
良かれと思ってやってるのに、こんなうんこ投げられるんだらやる必要があるんだろうかとかさ。
普通に生きてる。普通がどうかもよくわかんないけど、
なかなか生きてる時に、そういうひどい言葉を投げられることっていうのは、なかなかないのかな。
幼少期の暴言、いじめと就職差別
喧嘩した時に売り言葉に買い言葉はあっても、まさかそんなところで言われるなんて、っていう不条理極まりない暴言っていうのは、
なかなか皆さん経験はないのかな。 皆さんないのかなっていうと、
まあ私はあるからそう言ってるんですよ。
私さあ、ごめんね、今日つぶやきだから、しりめつかもしれないけど、
私はね、以前も言ったけど、幼少期に両親が一人ずつ蒸発してるもんね。 まあ理不尽な暴言っていうのは、
結構投げられてきた方なんだよね。 だから幼少期はさ、ぶっちゃけ傷つきましたよ。
だから、なんていうのかな、 喋れなくなったり、人を信じれなくなったり、
それこそ必誤症みたいになったり、自分の気持ちすらわからなくなったり、 1ミリも笑えなくなった時期っていうのもあって、
今思えばまあまあ大変な幼少期だったんだな、みたいな。
でもまあ当時は自分のことだから、まあ大変っていうよりも嫌だけど、
まあいいことを知らないから、そこまで落ち込まないっていうかさ、 まあこれも私の人生だよね。
まあいいことだとは思わないけど、今は母子家庭の方もすごく増えてきたよね。
私も母子家庭で子供を育てましたから、 それこそ戦前戦後すぐの頃は、我慢してでも離婚しちゃダメっていう風潮もあり、
それがどんどん女性も仕事をするようになったから、 我慢するぐらいなら離婚した方が子供にとってもいいんじゃないか。
今は母子家庭の方が結構増えてきて、それこそ先日私同窓会あったんだけど、 半数が離婚経験者でしたからね。
そういう時代なんだって思った。 ただ私が子供の頃はまだ母子家庭も少なければ、
それこそ私みたいに両親いないなんてほんの一かけらだから、
それこそ友達の中でも数人はいましたね。 それを標的にしていじめようとする子。
でも子供の頃は親がいいようがいまいが、 横ちゃんが好き、横ちゃんが嫌い、ただ私に対して普通のコミュニケーションをとってくれる子もいたし、
ただ一番ひどかったのは友達の親ですよ。 親がいないくせにって大人に言われるっていう。
学級院になってもそうかげ口叩かれたし、 ちょっと目立っても親があからさまに三寒日とかで私に言ってきたし、
なんだそれって思うこともいっぱいあったけど、 事実だから親がいないっていうことは。
ただ親がいないことで世の中はこんだけ厳しいんだなっていうのは学びました。 それは友人もそうだし恋愛もそうで、親がいない子と付き合うべきではないって言われたこともあったしさ。
それこそ就職になってくると実際決まらなかったんですよ。 それは履歴書に親のところが空白だから必ず聞かれて、
その時の私の態度も悪かったんだと思いますよ、今となっては。
親がいないことで差別したかどうかはわからなくて、 ただこの会社も親がいないことでそういう目で見るんだ。
勝手に私が先入観を持ってもういいやっていう感じで、 面接でふてくされてたような気もする。
だからね、学校から履歴書を出して面接を受けた会社は全部うまくいかなかったんですよ。
アンチに傷つかないための考え方
私当時喫茶店でバイトしてて、そこに来てたある会社の社長さんが、 ヨンゴちゃん就職決まったか?全然決まらないって、なんで決まらないんだ?
親がいないからじゃないですかね。 え、どういうこと?っていうことで、その社長さんが会社を何社か紹介してくださって、
この中で行きたいところがあれば推薦書くよっていう、 その方のご紹介のお声があってね、会社に就職できたっていう、
めちゃくちゃ恵まれてる、恵まれた就職だったんですよ。
今となってはわからないけど、そういう差別的擁護とか差別的態度とか、 チャンスも限りなく少なかったっていう経験はあるんで、
今で言うインスタグラムをやると飛んでくるアンチ? 抵抗力があるんだよね、私。
どうせ人は言うよって、本当に思ってるの。
で、何だろう、石を投げてくれる人は、 何て言うのかな?
一言で言えば、私の人生には関係のない人。 私が何かをしようとて応援すらしない人。
その石を投げてくる中のほんの1%ぐらいの人が、 何か自分もそうありたいからざわついて、
そうやってる私を見ることに腹が立って、 つい暴言を吐くっていう方も1%はいらっしゃる。
だけどそこに、何だろう、何でこんなことされてるんだろうって落ち込むことが、 私はね、自分が可哀想だと思ってるんですよ。
だってどうでもいい人の態度、言葉に、 自分が落ち込むなんて可哀想じゃん。
そして自分、私が落ち込むっていうことは、 私を大切だと思ってくれてる、例えば子供たちとか、恋にしてる友人とか、
それこそママありがとうって言ってくれる人たちが、 私が落ち込んでいいことなんか1ミリもないわけですよ。
本音を伝えれば伝えるほど、大嫌いっていう人ももちろん増えるし、 大好きって言ってくれる人も増えるわけ。
だからみんなに好かれるような言葉を発言してると、 アンチは出ないけど、大好きも出ない。
そしてもう風見鶏のように、今は聞いてくれるけど、 また心地いい人が出たらそっちに流れる。
流行りの化粧品みたいなもんで、流行に乗って喋らなければ、 人は私のところに留まることはない。
毎年毎年新しい私にならないと、 人が飽きてどっかへ飛んでいく。
だけど本当に大事だよって思っていることとか、 これが私ですっていうことを発信していると、
さっき言ったみたいに大嫌いっていう人もたくさん出てくる。
だけどほんの一かけら大好きって言ってくれる人も出てくる。
その大好きって言ってくれる人は、私が何をしようが、 次新しいことを始めようが、
何か興味を持ってくださる? そんな人間関係であれるのかなと思うわけ。
だからアンチが怖いっていう人は、 今まで大切にされてきた私、幸せって思ってください。
初めて傷つくっていうのも経験だからね。
傷つくことで免疫力はできるから、 次また暴言吐かれた時に、
そういう人も一定数いるんだなって。
だけど私のことを好きと思ってくれる人のために、 自分が落ち込むなんてナンセンスだなって思っていればいいわけ。
素直に傷つきを伝え、自分を生きる
そして落ち込んだ時は、落ち込んでないふりをするんじゃなくて、 落ち込んだって言えばいいわけですよ。
そういう意味で素直は一番。 素直が一番だと思うんだよね。
分からないことを分からないって言えずに、 いい格好してるとどんどん自分が苦しくなるし、
本当は悲しいのに悲しいって言えず、 大丈夫って言ってると誰も構ってくれなくなるし、
ショックなこと言われても、 大丈夫ですって言ってると、
大丈夫なんだなぁと思うから人は構ってくれないよね。
そして何より扱いにくい人になる。
いつも機嫌がいい。いつもニコニコしてる。
本当にそうならそれでいいけど、 そうじゃなかったらどうしてあげていいか分かんない。
逆もそうで、いつも機嫌が悪い。
なんか声をかけてもいつも大丈夫って言う。
じゃあ構わない方がいいんだろうなぁと、 みんな晴れ物を触るようにね、
ちょっとずつちょっとずつ避けていくから。
それはそれで、何て言うんだろうね、 一人でできることっていうのは人間限られてるから。
いつも言う十人十色、みんないいところも違うし、 できないことも違うわけ。
私はこれは得意だけど、ここ苦手なんだよね。
あ、じゃあそこ私手伝ってあげる。
あ、そう?じゃあ私にできることがあったらいつでも言ってね。
これが一番生きてて楽であり幸せであり、 お互いウィンウィン役に立つってすごく嬉しいよね。
今日は何を話したかったかというと、
自分をアンチにビビるあなた。
今までショックなことが少なかった人生、 私は幸せに生きてきたなって、
自分をよしよししてあげればいいわけ。
そして傷ついた、ね。
例えばその暴言を吐く人は暴言を吐くような メンタルを今持ってるわけ。
だからその人を何とかしようとか、 その人が良くなればいいなっていうのは、
これはもうおせっかいなだけで。
その人の人生はその人のものだから、
その人のためにもし何かしたいと思うのであれば、
落ち込むのではなく、自分が自分を生きること。
そしてその中の1%の人がすごく暴言吐いたけど、
私もあんな風になりたいなって思って、 変わり始めるかもしれないよね。
だから人のため人のためって言うと、
書いてよ字のごとく偽りっていう字になるじゃん。
そうじゃなくて、自分を生きてる。
それが自然に人のためになると私は思うんだよね。
今日も最後まで聞いてくださって本当にありがとう。
じゃあまたね。