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#28 つじかぜACの歩みとコミュニティへの思い/芦澤伸(アッシー)さん、寺崎俊之(しゅわっち)さん
2025-03-03 1:17:51

#28 つじかぜACの歩みとコミュニティへの思い/芦澤伸(アッシー)さん、寺崎俊之(しゅわっち)さん

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今回は、私が参加している「つじかぜAC」のアッシーさん、しゅわっちさんにご出演いただき「つじかぜAC」のこれまでの歩みとコミュニティへの思いお聞きしています。


原点は多摩川クラブ第一回たまリバーの実行委員(ピンキーさん、アッシーさん)/多摩川クラブの上流支部時代、つじかぜチームとして活動/歴史のある多摩川クラブを盛り上げたい/つじかぜの名前の由来/織田フィールドで練習開始/トラックで練習できる感動/つじかぜの規約(走中八策)を作成/多摩川流域の色々なランニングクラブとも交流/速く走る人と楽しく走る人、両方にとって楽しいクラブにしたい/織田フィールド休業時のご苦労/練習会でのしゅわっちさんのサポート/レースは目標ではない、練習会が好きで楽しい/色々なイベントもたくさん/アジフライランを35回開催/アッシーさんの登山はガチ/分科会もたくさん(登山部、ゴルフ部、自転車部、水泳部、蕎麦部、カラオケ部など)/大学のサークルをイメージしている、分科会の縛りはない/つじかぜRCではなくACの意味/じゅんさんや運営の方々に感謝/練習会の写真とレポートとがあるので楽しめる/練習はペースを引っ張ってくれる人がいると頑張れる/練習メニューを決める運営委員会を作る/2023年頃にヤスさん、ガイさんが参加して盛り上がりが増した/右往左往していた時代からチームらしくなってきた/飽きない練習メニューの工夫と効果/練習メニューをこなせた時の爽快さ/チーム対抗の練習ゲームも開催、童心にかえれる/府中駅伝参加の歴史と駅伝の楽しさ/駅伝きっかけで練習会も立ち上がる/イベントも活性化したい、例えばもんじゃ焼きラン/つじTリニューアル(レース用)を構想中/5000m18分台に挑戦したい(アッシーさん)/ 自分の記録よりチームの活性化が楽しい/初参加の人が楽しんでくれたら嬉しい、多摩川クラブの初参加が原体験/23区を巡る街ランやロゲイニングを企画したい(しゅわっちさん)/個人の記録達成よりもイベント企画が好き/つじかぜ練習会やイベントにぜひご参加ください


『ワーク・ライフ・ラン』

これからの時代を健康的に、そして前向きに生きるためのヒントと問いをお届けする番組です。

過去・現在・未来の働き方(ワーク)、社会生活の変化(ライフ)、ランニングを通しての心身の健康(ラン)をテーマに話しています。


パーソナリティ

宮﨑晃(Miyazaki Akira)

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00:05
はい、ワーク・ライフ・ラン始めたいと思います。 本日のゲストは芦澤伸)さんと寺崎俊之)さんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
早速ですけども、自己紹介の方をまず芦澤さんの方からお願いいたします。
今日はお招きいただきありがとうございます。 私、芦澤伸と申します。
辻風アスリートクラブで運営員をやっておりまして、担当は練習会一般の運営とかを任されております。
一応、うちのチーム、本名で呼び合う習慣がなくて、必ずあだ名、ハンドルネームって呼んでるんですけども、
私、アッシーって呼んで、ちょっと芦澤さんとかって呼んでるとくすぐったいので、このからさっきアッシーで大丈夫ですので、よろしくお願いいたします。
自己紹介っていうと、今日は私、おそらくランさほど早くもなく、特徴、長い距離を走るわけでもなく、
こうやってお招きいただいたのは、たぶんチームのことを、今後の歴史とか、一番私が詳しいので、その辺で呼ばれてると思うので、
自分の自己紹介はそこそこでいいかなと思うんですけれども、
一応、ランは始めたのが大体17年になります。
辻風始めたのが16年になるので、私、ラン始めてから1年で辻風を立ち上げてきたっていうことなので、
プラス1になるので分かりやすいんですけども、そこからずっと辻風と共に歩んできたって感じですね。
一応、ずっとサブスリー目指して頑張ってきて、1回だけ達成しております。
それをきっかけに、もうラン、レースに興味をなくして、以降ほとんどレースを走らず、
もう気がつくと10年近く走ってないような状況になってるんですが、
そのおかげで練習は頑張ってやってるんですけども、一切レースじゃないという、そういうちょっと変わったランライフを送っております。
そんなとこです。
ありがとうございます。じゃあ、またいろいろお話を聞いていければなと思ってます。
では、寺崎さん、自己紹介をお願いします。
はい、寺崎敏行です。ハンドルネームはSHOWATCHです。
ウルトラマンのSHOWATCHではなくて、会社で聴覚障害の人たちがいっぱいいるので、
そこでSHOWを使ったりとかするのが、ハンドルネームの成り立ちということになります。
私は元々近所で2、3キロ走ってたんですけども、10キロ走れるようになったので、どっかクラブに入ろうと思って入ったのが玉川クラブ。
そこでいろいろ練習をしたことによって、10キロハーフフルマラソンというふうにチャレンジしたんですけども、
初フルマラソンでやっと3時間半を切れたんですけども、それから半年後、実は脳梗塞でちょっと倒れてしまって、
03:10
医者からはフルマラソンはやめた方がいいかな、みたいなことを言われたんですけども、3年後もう一度フルマラソンを走って、
それから、どうせ走るんだったらサブフォー目指す人たちの練習に付き合ってあげようかなというところから、
ベーサーをずっと始めたというのが現在のランの状況です。
私自身が他にレース記録を目指すというよりも、みんなと楽しく走りたいなというのもあって、
いろんなイベントを私自身も立ち上げてやっているという感じです。
以上です。
ありがとうございます。
私も、今日のアッシーさん、スタッフさんとは、去年から辻風の方に私が参加させていただいて、
そこで本当にいろいろと参加している中での人とのつながりなんかもいろいろサポートしてもらったりして、
楽しく一緒に活動させていただいています。
今日は辻風アスリートクラブの歴史や歩みなんかもお聞きできればなと思っています。
なので、今日はアッシーさん、しゅわしゅさんとお呼びしながら会話していきたいと思っています。
よろしくお願いします。
ちょうど振り返るのによくて、ずっと新しく入ってきた人が多くて、
古いメンバーが分かっていることだと思うんですが、大半が新しくなったから、
どうして辻風ができたのとか、なんで辻風というのかというような疑問がたくさん投げかけられてくるようになったので、
これを聞いてもらえば分かるようになるかなと思うので、ちょうどいい機会なのでよかったなと思いました。
では、今日は辻風の歩みを中心にお聞きできればなと思っています。
アッシーさんに、なぜ辻風が立ち上がったのかとか、
その初期の頃のお話をお聞きできればなと思うんですけれども。
辻風、先ほどしゅわちさんが玉川クラブの話をされていたと思うんですけれども、
もともとは玉川クラブ、私もしゅわちさんも他の古いメンバーもみんな玉川クラブのメンバーだったわけですね。
玉川クラブに入って、今私年表を作ってきたんですけれども、2008年に玉川クラブに入会したんです。
だいたい冬ぐらいだったかな。そこの何も分からず、とりあえずランもまだ右も左も分からない状態で入って、
それでいきなり入ってから、もともと玉川クラブって川崎の下流域、川崎に近い古市場というところで練習拠点があったんですが、
私自身が読売ランドのあたりに住んでいるので、行くのにすごい遠くて時間がかかるんですよ。
それで毎週土曜日練習会出るって、当時は日曜にも練習会があったりして、土日2回出るのすごい大変だったっていうのがまず一つあって、
06:07
漠然と土曜日は一生懸命トラック練習を古市場でやって、それで日曜日のロング練習はこっちの方でできないかななんて考えてはいたんですね。
その時にたまたまこの年表で2008年の12月に、玉川クラブで玉リバーって今でも辻風ついている玉リバー50っていう、
よくハネハネっていう羽村から羽田まで走るイベントをちょっとやろうかっていう話になって、
その時にピンキー、大江健一っていう一緒に立ち上げるやつがいるんですけれども、ピンキーって言うんですけれども、
ピンキーがまず条例域に住んでるから、羽村近いからピンキー運営員、実行委員やってよみたいな話になったらしいんですよ。
ピンキー一人だとちょっと大変なんで、アッシーさんちょっと一緒に手伝ってくれないっていう当時の代表から言われたのが、
この直接の辻風につながってくるんですけれども、それでじゃあ二人で試奏しようっていう話になって、
その時に僕がさっき言ったようにこっちの方で練習会やりたいんだよねっていう話をピンキーとしてて、
だったらこっちでちょうど小前、多摩川の河川敷、小前市に距離表示のゼロ地点っていうところがあるんですね。
ゼロメートルから4.4キロかな、府中の境まで行っていくっていうコースがあったんで、
ここら辺でやったらいいんじゃないかなんていう話をちょうど試奏してるとこ、そこ通りかかった時にそんな話をして、
そこが辻風を結成するきっかけになったっていう感じですね。
それが2008年の12月のことで、試奏ピンキーと一緒に2回3回ってやってたんですけれども、
だんだん最初はやったらいいねえが、実際ちょっと近くにちょうど初代会長を務める中野さんっていう、
タコ中さんって私たち呼んでるんですけれども、タコ中さんがちょうど小前に住んでいて、
タコ中さんちょうど近くにいるから、タコ中さんにもちょっと巻き込んでちょっと練習会やろうよなんて、
そういうまず最初は洒落のような感じで話してたのが最初のきっかけになります。
じゃあ最初はなんか自分たちが走りやすいコースを探してたみたいな感じですか?
まあそういう、言うても僕あれラン始めてまだ半年で、まだその後でキロ後でも走るかどうかのまだペーペーで、
しかもクラブでまだ新参者で在籍2ヶ月かそこら辺だったんですよ。
それがいきなり別で練習会っていう今みたいにSNSもない時代で、
そこでこうやるっていうのはまずちょっとね、クラブの他の先輩方にちょっとなんて思われるかとかいろいろビクビクした部分もあったんですけども、
でもなんかちょっとやりたいという情熱がちょっと勝って、しかもその後に結局思想を3ヶ月くらいやって、
実際そのタマリバーが翌年の2009年5月にやった時に結構大盛況だったんですよ。
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今みたいに大規模な大規模なイベントとかってタマがクラブはもうガチでしかやらないんでやったことないし、
今みたいな状況もLINEもFacebookも何もない状況で、
そういうイベント、マラニックって言葉自体もまだなかった頃にそういう大きいイベントをやったっていうのがちょっとかなり自信になったんですよ2人で。
それでじゃあちょっと次はこれやろうあれやろうとまた盛り上がってきて、
それでそこからいろんなイベントを打っていくんですよ2人で。
今みたいにしわしさんがやっているようなことなんですけども。
それをずっとやっていて、中でその例の練習会、そのタマリバーが5月だったんですけども、
その後で今運営やっているのじさんとか結構近場の人たちがまたメンバーも増えてきて、
さっき言ったけど初代会長タコ中さんとかを巻き込んでいろんな企画をちょっとこっちで立てて、
イベントがいくつかやっていく中でその練習会にこぎつけると。
そこの時はまだ上流支部っていう形で、僕らタマが川崎の古市場からするとかなり上流域のスタッフが多かったんで、
上品というのは上流ではないんですけども、上流支部とかって何かいつしか言われるようになって、
上流支部の練習会をやろうということで、そこで2009年の9月の第1回のコマイゼロ地点練習会と言っているんですけども、
そこにこぎつけたっていうのが感じです。流れになります。
なるほどです。ありがとうございます。最初の頃の流れがよくわかりました。
アシーさんがタマがらクラブを走っていた時のモチベーションというか。
僕はもともとはランとかってあまり興味なかったんですけど、山をやっていたんですね。
1人でずっと登山を4,5年ぐらいずっとやっていたかな。40歳になってから。
その時の体力がつくので、ちょっとジョギングでも始めようかなと思って、軽い気持ちで始めたら、
時にちょうど東京マラソンが始まって、マラソンというのが盛り上がっている時期だったので、洒落で申し込んだんですよ。
したら一発で引き当てちゃって、それでこれちょっと走るからには感想したいなと思ってタマがらクラブに入るわけなんですね。
それで入って、東京マラソンがあの当時2月だったか確かぐらいだったと思うんですけど、
入ったのが多分11月とかそのぐらいかな。
2008年の11月に加入して、その1月後にさっき言った実行委員にピンキル氏に選ばれて、
それでその3ヶ月後にイベントを成功させて、それで常理支部を作ってしまうという。
半年に、いきなり何やってるんだって感じなんですけど。
12:05
すごい、東京マラソンを走るのにきっかけで入ったら、最初にいきなりイベントが成功して、
イベント中心の企画が。
だから走りよりイベント、今と変わらないんですけど、どっちかというとこうやってみんなでわちゃわちゃ騒ぐのがすごい楽しかったっていう。
それがモチベーションになってたような気がしますね。
タマがらクラブが練習中心のチームだったんですね。
そこでイベントをやるから多分人が集まったんだと思うんですよ。
みんな求めてたわけですね。
早いやつはイベント来ないんだけど、本当に早いのと、
しわちさんとかも初め、ランを楽しむっていうのが二極化してる部分もあったかもしれないですよね。
ガチのやつあんまり来なかったもんね。
本当に早いやつ多かったんで。
ちなみに東京マラソンはそれでどうでした?
東京マラソンはまだどんなスピードで走れるかわかんないから、
確か5時間とか6時間とか書いたら、
Gブロック、今でも忘れない、新宿中央公園の端っこくらいからスタートしたんですよ。
スタートするまで20分くらいかかったんですけど、
タイム自体は4時間、多分5分だったと記憶します。
ネットで行くとサブ4にはなってたんですけど、
タマがらクラブはネットは一切採用されないんで、
サブ4やりたいなと思って、
それがまた今度走りのモチベーションになっていったって感じですかね。
ありがとうございます。
柴木さんはまだこの時期の辻風には?
自宅でちょこちょこ走ってただけだったんですよね、その頃は。
私が入ったのは2010年なんですよ。
すでに足さんたちがいろいろ練習も含めてイベントをやってるときに、
入ってから走り始めたって感じですよね。
上流支部は辻風って名乗ってました?
あの時はね、辻風ってもう名乗ってたと思う。
思えばかなりヒヤヒヤだったんですよ。
結構僕が足が辻風作って、
暴走していったみたいな印象が多分みんな強いんですけど。
我々からすると古い地方で練習する以外に、
銀沢園でもやってたじゃないですか。
こういうところで練習するんだと思って参加してたんですよね。
実際は僕が流されてた方で、
さっき言ったピンキーなんですよ、全ての黒幕っていうか。
無口な男が全部動かしてるんですよ。辻風って決めたのもピンキーですし。
そうなんですか。
僕もタコ中澤会長も流された方で、
僕はただ声がでかいのと出たがりなんで目立ってるんですけど、
動かしてるのはピンキーなんですよ、今でも。
15:00
それはでも聞いてみないとわからないこと。
あの寡黙な男が、わかりますよね、付き合ってると。
普通の人は一切人の前であんまり喋らないんで、
静かな大人しい男だと思われるんですよ。
たぶん熱は一番高い。
先ほど言ったピンキーも僕より半年くらい前にタマガクラブに加入してるんですけども、
タマガクラブ自体はあの当時50年くらいあったんだっけ歴史。
そうですね。戦前からじゃないですか。
かなり老舗のクラブで、初先輩方たくさんいる中で、
まだ半年一年も経たない輩がこうやって支部を立ち上げ、
それでピンキーが先ほどのタマリバーで気を良くして、
ホームページ作っちゃったんですよ、上流支部の。
先ほどの練習会とか告知したり、
一応名目は上流から本体にメンバーを送り込むっていう大義名分があったんですよね。
名目はあったんですか?
あったんです。
その時2人で本気でそう思って、タマガクラブを盛り上げたいっていう気持ちがすごい強かったから、
何のタイムもなかったんですけれども、いろんな人から言われましたよ。
何を考えているのかわからないと。
クラブ内でそんなの作って、派閥みたいなもんじゃないですか。
ホームページまで作って、しかもTシャツとかまで作ったりとか。
タマガクルとは別の上りがあるんですよね。
そう、上りとかも作って、練習会は別に持っていて、
一体何を考えているんだって結構言われましたね。
そういう最初の頃のご苦労というか、そういうのもあったんですね。
で、2人がやっぱりまだ半年、1年でちょっと推しが弱いんで、
それで先ほど言ったタコナカさん、中野さんですね、タコナカさん。
中野さんっていう。
タコナカさんが結構子はモテなんで、年齢も上で結構重鎮っていうか、
タコナカさんを縦に見越しで担いでピンキーと僕で暴走してきたっていうのが初期辻風の歴史ですね。
宮崎さんがだから今ホームページを作って、別辻風内のなんとか支部ってやってるようなもんですからね。
だいたい頃合い的に。
例え話ですよね。
大それたことはちょっとね、これはでも僕もまさかホームページを作るとは思ってなくて。
その時にホームページ、ドメインってあるじゃないですかURL。
その時に取ったドメインが辻風だったんですよ。
なるほどですね。
それが最初は上流支部だったんですけど、そのドメインで辻風。
駅伝の時に玉川クラブ、一番高いとは賭けるっていうチーム。
漢字一字で賭ける、馬編の賭けるっていうチームがあって、
あとハヤテっていう、みんな漢字一字でチーム名を表す駅伝の流しあったんですね。
18:06
風にちなんでるんですよなぜか。
フィンキーがだから無料ドメインの中でちょっと風が入るっぽいやつ。
一文字だとちょっと大それてるんで二文字で辻風いいんじゃないかってこれどうとかって言ってきて、
俺何でもいいからいいんじゃないのみたいな感じでドメインが決まって、
そしたらそれがいつしかチーム名になって。
面白い。
今に至るって感じ。
ホームページの無料ドメインから選べるんですね。
そうなんですよ。
その時のドメインをつける文字が欲しい文字がなかったらしいんですよ。
なんで本来の辻風いいのが。
Zですもんね、辻の。
ZじゃなくてJなんですよ、普通のローマ字で言うと。
JがなくてZだったんですよ。
だからいまだに僕ローマ字で言うとき間違えてJから言っちゃいますから。
辻のはあれはZなんで。
普段ひらがなで私は目にしてるんで。
そうなんです、ひらがななんですよね、それで。
感じなんかダサいねって言ってて、ひらがなのがユニクロみたいな感じで、
いいんじゃないかっていうんでひらがなにしたんですけど。
じゃあドメインを注目してみると実はそういったちょっとあるんですね。
そうなんです。
皆さんたぶん辻間違える人がかなり多いんですけど、
一応Zということで周知をお願いいたします。
じゃあそういう形で、また2009年のあたりはホームページができたり、
非公認で活動しているような。
そうですね、でも今非公認と言いつつ、
結構その当時の代表が結構度量が広いというか面白がって、
別にこうやって盛り上げてくれなかったらどんどんやってくださいとかって言われて
お墨付けを得たから、もうますますちょっとね。
たぶんそういった雰囲気の中で柴地さんが入ってこられたんじゃないかなと思います。
たぶん1年ぐらい結構活発にやってましたからね。
練習場所として堀市場だけじゃないところ。
織田にも行きましたしね。
この練習会があるんだって参加したんです。
それでいろんな人を呼び込んだというか。
それで拾っていったと思うんですよね。
そうですね。
織田は全くの正規じゃないんですよ。
あれは僕とあとカイトっていたんです。
野次さんとかのお友達だったカイトってやつがいて。
早いやつが。
カイトと2人で最初なんか織田っていうのがあるんで、
ちょっと行ってみようぜとか言って2人で最初走ってて。
そしたらすごい織田がトラックでめっちゃ走りやすくていいねってなって。
毎週やってて。
じゃあちょっと練習会にしちゃおうっていうのは感じ。
それが玉川クラブの筋風としての練習会にしようって始めたのがいつでしたっけ。
2010年か7月。
ちょうどだからこまいゼロ時点から1年後ぐらいに通う練習会が立ち上がってんですね。
21:06
これは完全に非公認ですね。
玉川クラブの方は全く関係なしでやってましたね。
この頃に参加されてる皆さんは参加しやすさとかあると思うんですけど、
みんなどういうモチベーションどういう雰囲気だったんですかね。
今の火曜と火曜は全く変わんないですね。
結構早い人が来てはいたんですけども、
それの内容を当時は玉川クラブ掲示板あるじゃないですか。
昔のティーカップ掲示板って今なくなっちゃったんですけど、
フリーの掲示板があって、あそこにこんな練習した、あんな練習したとか、
レースコーダーとか結構活発にやってた。
今LINEとかなかったんで。
そこに一応火曜日こんなことやってますみたいにバンバン書き込んで。
辻風の方にも掲示板作って、別だったんですよ。
だからああいう土連は、土曜練習会は土連って言ったんですけども、
土連は玉川クラブの掲示板で、火曜連はこっちのメイン練習会として、
キヌタとかこっちは辻風の掲示板に書き込むみたいな、
二足のわらじで活動しましたね。
だんだんでもこの頃から拠点が固まってきたみたいな感じですか?
そうですね。先ほど言った駒井ゼロ地点が、
後椅子とかもないし、非常に行きづらいかったんですよ。
駅からも遠いし。
1回だけで終わっちゃったんですよ結局。
何か行きづらいから、この辺でやるんだったらどこがいいって、
ピンキーといくつか駒沢走ったり、キヌタ行ったりしたら、
キヌタがいいんじゃないかっていう話になって。
それでキヌタで始めたら、何ですか人が集まるようになったって感じですね。
でもその当時はまだね、僕らも玉川クラブの中でやってるんで、
ほとんどが玉川クラブのメンバーだけですね。
新しく入ってくる人も、一応辻風に入会というよりは、
玉川クラブに入会という形で、ずっと活動してましたね。
しわちさんが2010年の6月に、玉川クラブに入会するんですね。
しわちさんは、玉川クラブに入った心持ちみたいなのはどんな感じだったんですか?
あの頃は本当に全然走れなかったんで、
逆に走り方を教わったというか、いうのがあるんですね。
私がすごい感激したのは、トラックですから一周400じゃないですか。
同じペースでみんな走るっていうのが、すごい驚きだったんですね。
しわちさんは最初は小田からですか?
最初はドレン。
ドレンからキヌタ公園の練習会行ったり、小田間練習会行ったりとかっていう感じですね。
あの頃結構増えたんですよね。
もっちゃんとかウィンウィンさんも同じくらいですか?
24:00
もっちゃんは私の1つくらいか2つくらい。
あの辺多分9人メンバー増えたんですよ。
最初、しわちさんとかってまだ認識してなかったんですよね。
一気に増えた時期だったんで。
あの当時最初、確かドレンに出てた人も30人とか、
30人いけばいいなって思ってた。
あの当時急に60人くらいに増えた時期なんですよ。
かなり盛り上がってましたよ。
そういったところで辻風が活動が1年経ち、
その後に規約とかを作っていくっていう感じなんですね。
よく坂本龍馬の戦中発作にもじて早中発作っていうのは
高中会長が起承したんですけれども、
玉川クラブと辻風同時起承で、
高中さんが筆で同じものをちょっと文言を変えて、
それを今後ちょっと遵守してやっていこうっていう。
その辺からちょっといろいろ安穏というか、
独立に向けてのこの辺りからなんですよね。
それは何か言える範囲でですけど、どんなご苦労があったんですか?
まず、でもあんまりちょっと言えないかな。
でもここは避けて通れないんですけど、
先ほど言ったいろいろメンバー間でギクシャク、
運営に対することであったりとか、
それがちょっとまず何なのかなって、
練習会の雰囲気も結構ちょっと悪くなってきた時期なんですよね。
あいつがどうだこうだみたいな。
ちょっと内憤ってわけでもないんですけど、
まずそこがちょっと嫌だなっていう空気が。
それでこういったさっきの規約ができた、
そういうこともあって、ちゃんとルールを作ろうっていう。
今はそんなのなくてもちゃんとうまくやれてたんですけど、
とにかく人数が先ほど言って増えた時期だったんで、
人が増えるといろんな考え方もあって、
ちょっと誰が悪いってことでもないんですけど、
ちょっといろいろゴタゴタして。
もう一つですね、やっぱり多摩川クラブ早い人多いんですよ。
とにかくね。
僕らはどっちかというと、
私たちとも先ほど楽しく走りたい。
やっぱり今まで多めに見てもらえてた、
この辻風のクラブナイクラブみたいな、
派閥みたいなものはいかがなのかみたいな、
雰囲気がどんどん強くなってきて、
当時その辺で、後で仕切ってた人から、
そろそろもう独立したらどうなのみたいな感じで、
やんわりと言われたんで、
今これだったらちょっとこちらに賛同してやっていける自信もついたんで、
じゃあちょっとこれなら独立させてもらいますと。
一応ちゃんと筋を通して、別に抗ってたわけじゃないから、
円満には独立してはいるんで。
話しづらいこと話したんですけど、
やっぱ多摩川クラブ今すごい良いクラブになってますね。
当時だけですからゴタゴタしてたのは。
ちょっとそこだけ強調しておきたいです。
今は辻風は結構仲のいいチーム多くて、
27:03
多摩川クラブも合同イベントとかやってるし、
そういったことも定期的にやってるじゃないですか。
今度はこの前たまたま多摩サブの今のリーダーとちょっと知り合いになって、
4月にバーベキューやろうって話になって、
あそこの府中の河川敷で合同練習会。
まだこれからの話なんですけど、
結構神宮外にしてもいろいろチーム間の交流が結構あるんで、
いずれなんか対抗戦やりたいなと思ってるんですよ。
前からピンキーさんといってるんですよ。
面白い。
やっぱり川沿いが多いんですね。
多摩川流域最強を決めるタイプね。
辻風もやっぱり原理を例えれば多摩川ということで。
そうなんですよ。
一応今は木鈴田・駒沢が拠点ですけど。
当時結構ここに清原君っていう、
ずっと今年ちょっと九州に引っ越しちゃったんですけども、
清原君がその辺りで加入してるんですよ。
辻風のほうに来てくれたから、
多摩川クラブじゃなくて辻風に加入してたんで、
そういう早い子も増えて、
清原君目当てで早い人間が集まってきた時期でもあったので、
速さと楽しさを両立できる。
ちょっと別のチームができるんじゃないかと夢見てしまって。
それで一気にこの時は僕が言い出して、
みんなこういうわけで独立したいと。
最初みんな清原さんも多分えぇって感じだったと思うんですよ。
多摩川さんも。
僕はもう一本立ちしたいと言って、
中場、ピンキーは僕の言うことに絶対賛成なんで、
二人で押し切った独立までこぎつけたって感じですね。
私はあの時一緒に賛同しようと思ったんですよ。
多摩川君に行ってたから卒業練習も出ようと思ったんだけど、
こっち面白いな、こっちがいいなと思って参加したのはありますね。
多分でも他のメンバーもよく辻風って何かわからずにこっちに。
でも行ったり来たりが結構多かったんで、
独立期間もしばらくは多摩川クラブの人もこっち来るし、
こっちの人も多摩川クラブに行くし、
別にメンバー間は何でもなく、ただ器が名目上分かれただけで、
しばらくは二人三脚な感じで。
一緒にイベントとかもやってましたしね、相変わらず。
多摩リバーとかも多摩川クラブのメンバー半分くらいはそうです。
イベントやっても情報見ましてたからね。
清原さん的に辻風の楽しさみたいなのはどんなところが印象に残ったりしますか?
辻風っていろんな人が集まるんですよ。
自分の知っていることって限られてるんですけど、
30:02
全然知らない人がいろんな考えを持って参加すると、
こんなことも面白いなっていうのが広がるんですよね。
そういうコミュニケーションも含めたいろんな話ができる。
知識が広がるっていうところがすごくいいなって思うんですよね。
そうですよね、本当に。
僕もそこで思ってたのは、
この間だいぶ飛んじゃって府中駅前の参加したりして、
本当にチームワークがいいなと思って。
あれは楽しいですよね。
本当に参加する、私本当に体一つで今回参加させていただいてたんですけど、
そこまでの準備とか、当日の流れとか、
その後の打ち上げとかも含めて、
みんながすごく協力して、
一つの大きなイベントをやられているのがすごい感動しましたね。
本当にね。
ピンキーは全部Tシャツとか一人で運んで、
申し込みとかも毎回、
遅れたらいいかって言って、
府中市役所まで足を運んでるんですよ。
申し込み書を全部書いて。
朝早くからジュンさんとか来て並んで、
7時くらいに行って場所を。
誰も取らないのにね、場所を。
必ず毎回同じ場所をジン取るという。
前はトラックの方でやってたんですよね。
あそこは朝からすごい並んで取れないんですよ。
それもあったんで、日が当たる、
あっち側の野球場の方がいいなって言ったら、
あそこ空いてましたからね。
話聞いたりしたら、
アッシーさんとしわちさんが2人で練習してた時期もあったとか。
そうなんですよ。
僕すごい印象深いのは、
先ほどしわちさんが病気で倒られた時があったじゃないですか。
あの時、
なんでしわちさんと代々木公園2人で走ったんですかね。
なんですかね。
おだが何かありました?休業とか。
だっておだがあればおだで走ってるんだけど、
しわちさんとなぜか代々木公園をずっと一緒に走ったんですよ、その時。
短い時期だったんですけどね。
でも結構何回も走りましたよね。
確かたぶんまたおだのちょっとした休業があったんだと思うんで。
人もだからおだ走れないと急に来なくなるんですよ。
しわちさんと2人で多分何回かずっと走った時に、
しわちさんが倒れたんですよ。
本当あの後ずっと2人で走ってたのに、急に1人になったから、
しわちさん結構重傷かと思ったから、
もしかしたらもう二度と走れないのかなと思って、
涙出ましたよ、本当に。
今でも覚えてる、その時。
1人で走ってる代々木公園の心細さ。
暗いですね、ちょっとね。
これでしわちさん大丈夫かな。
結構比較的早く復帰、半年くらいで復帰しましたよね。
一応ね、ランニングしたいって言ってリアビューをやったんですよ。
でも半年間はずっと歩くだけにして、
33:01
半年後に川崎県生で3キロ走ったんですよ。
キロ6くらいで。
そうですよね、驚異的な回復力です。
多分1年経ってなかったですよね、経ってましたっけ。
1年と9ヶ月後には、イベントなんですけど、
多分20キロくらい走ってます。
すごい。
本当に良かったですよ。
あの時にリレーに出ようと思ったら、
いや、やめとけって言われて、
要はスピード練習すると結構大変じゃないですか。
なのでやめとけって言われて、あの時は走んなかったんですけどね。
しわちさん、それさえなければサブ3.5まで行って、
多分もっとグッと行くところで倒れたから、
そこからこうやってサポートに回ったっていうか、
それで今Dチーム引っ張るみたいに入ってきた人とか、
そういう人たちを見てくれる。
僕とこの両輪の体制がそこからできたんで、
かえって辻風の発展のためにはね、
いい役割分担になったのかなと。
しわちさん早くなってたら、
多分もうそこ引っ張る人いなかったから、
しわちチームいなかったですからね。
もともとサポートするとか教えるって好きだった。昔から。
なおかつ、ああいう人っていろんな練習を自分でできるじゃないですか。
だけどそうじゃない人たちって、
そもそもどれくらいのペースで走ったらいいのかというのも含めて、
できないのが多いので、
じゃあ一緒に走ってあげますよっていうところから始めたんですよね。
そうしたらみんな私より早くなる。
いいことじゃないですか。
みんな師匠を超えていくという。
名コーチってことですよね。
アッシーさん、一人で走ってた日もあったりしたんですか?
結構一人では走ってましたよ。僕近かったんでね。
ずっと一緒に行った人がいなくなったりとか。
辞めようかなと思った時とか?
ないですね。
レース嫌いですけど練習は好きなんですよ。
それも面白いですね。
たぶんみんなそれで、なんでモチベーションが続くのって。
僕は昨日の開放連だって、
今日これできるかなって思いながら朝からドキドキしながら行きますから。
未だに。
レースを目標にする人多いんですけど、
そういう人が走れなくなると行けないダメになっちゃうんですよね。
でも我々って別にレースが目標じゃないですよね。
レース目標じゃない。
だから続けられると思うんですよ。
その日その日を楽しむみたいなことなんですか?
そうですね。練習会が十何年もやっても未だに楽しいですもんね。
私はランだりじゃなくて、いろんなことにも目を向き始めてるんですよ。
それが水泳だし、トータルもそうだし、
36:01
それこそ週に4回走って、週に2回泳いでって感じですからね。
素晴らしいです。
ほぼ毎日何かやってる感じですか?
そうですね。
っていうかね、じっとしてるの嫌なんですよ。
私の小さい時の頭はチョロキューですから。
なんでチョロキュー?
チョロチョロ。
じっとしてないっていう。
いろんなランニング以外の企画もされてるっていうので、何か振り返って印象に残ってるんですか?
それこそ街ランみたいなやつはいっぱいやってたんですけど、
富士風のGMじゅんさんのイベントで、アジフライランっていうのがあるんですよ。
山とかいろいろ走った後にアジフライのお店に行くっていうだけなんですけど、
そこのお店がね、美味しいんですよ。
何回行ったんでしたっけ?
35回行きました。
その時に行ったルートとは別のルートをいろいろ自分で考えて、
山だけ走る、ロードだけ走るとかいろいろあるんですけど、
私が誘うメンバーの、
速い人もいれば遅い人もいれば山が好きな人、そうじゃない人もいるので、
そういう人たちに合わせてこんなコースがいいんじゃないかっていうのをいくつか作って、
そういう人を誘っていくんですよ。
それが後次で35回になったんですけどね。
そういうルートも毎回企画されてたり?
そうですね。
僕も4回くらい行きましたもん。
何以外はないかありますか?
イベントという感じではないんですけど、
当然は誰かが行くのに一緒に行ったりするだけなんですけど、
一番いいのは高尾、白山。
あそこの茶屋のところにかき氷があるんですよ。
夏になると。
普通のかき氷ってせいぜい10センチくらいでしょ?
倍くらいあるんですよね。
値段が600円とかで安いので、
そこまで行ってかき氷を食べて帰るとかですね。
いうのは何回もやりましたね。
楽しいですね。
あと神馬山とかで気軽に登れるんですけど、
登ったところで山コーヒーをするとかね。
足利さんはそういうのやらないですよね?
足利さんはそういうのやらないですよね?
やりますよ。
やります?
山飯とか。
山飯ね。
やっぱり山はね、山から入ってますから僕は。
足利さんはトレーランとかの大会も出ない?
トレーランはね、北端とかに何回か出たくらいだけど、
39:01
山はね、走るより普通に登ったほうがいいなと思って。
あんまりレースには。
下り怖くてね。
登りめっちゃ強いんですけどね。
富士登山は結構いい成績。
俺一回入賞しましたからね。
ハーフなの。
5号目コースで。
年代別だったんですけどね。
登りは強いです。
下りはもう全然ダメ。
下りはそうですよね。
レースやるともう登りで抜けるんですけどね、
下りで倍くらい抜き返されるから面白くなくて、
レースやめちゃいました。
山は今も結構あれですか、定期的に。
山はもうガチですよ。
もうあそこ、ジャンダルムっていう一番、
普通上で登れるルートで一番難しいところ。
辻風登山部で。
これは一昨年になるのかな。
去年は鹿島やり行ったりとか、
結構剣だけ行ったり、
かなり本格的な登山部もありますんで。
辻風には。
登山部もガチの登山部と
ゆうの登山部多分ですよ。
すごい。
そうすると文化会みたいな感じで、
数えると何個くらいあるんですか?
文化会結構ありますよね。
もっちゃんがやってるゴルフ部もあるし、
しわしさんの水泳部、
あと自転車部。
自転車部は最近、
開店休業なんですけど。
あとそば部ってありますね。
いや、もともとは
陣内寺のそば巡りっていうのがあって、
それで作ったら、
レースに行ったところでそばを食べるとか、
いうのを含めて、
そばに関するものは何でもいいよとかね。
ありがとうございます。
今日のポッドキャスト聞いた人で、
その存在していない人たぶんいると思うんですよ。
興味があったらあれですね、
今度ちょっとあれどうなんですか?
来るかもしれないですね。
一応目指すは大学のサークルって
よく言ってるんですよ。
大学あれじゃないですか、
わけのわからないサークル活動。
あれでいいかな。
だんだんみんな年取ると
走れなくなってきたりするじゃないですか。
そうなるとそういった
また別の道を提示するために、
なのでうちのチーム名前を
ランニングRCじゃなくてACにしたのは
そういう意味があって。
ランニングクラブだったら
走らなくなったら終わりじゃないですか。
ACなら何でも。
アスリートクラブって
ちょっとすごい敷居が高いっていう人も
いるんですけど、
我々よく遊びクラブって言うんですよ。
ランだけじゃなくて何でもいいよ。
一時期カラオケクラブもありましたね。
あったね。
もともと僕らが暴走してできたチームなんで、
チーム内暴走して何作ってもいいよと。
一切縛りがない。
緩いっていうのがうちのチームの特徴です。
皆さん本当に楽しく
42:00
そういう中でもやってるのは
やっぱりアッシーさんとかシュワッチさんとか
ピンキーさんとか
今までいろんな方々があれですよね。
そうなんですよね。
運営の人がやっぱりすごいね。
今は純さんが代表になられてから
だいぶこちらは落効させてもらってますんで。
コミュニティのすごい歴史を聞けてますね。
でもこれ楽しかったですよ。
これ振り返ったの。
一応ピンキーさんが毎回
総会4月にやるので
総会資料を作るんですよ。
全部こういうのずさんだから
一切忘れてて
あれいつだっけみたいなこと言ったら
総会資料ドサッと送ってきて
リンクを。
全部振り返ったんでこれができたんですよ。
だから参加者まで分かりますもんね。
歌謡練習会って
俺いつから始めたのかなと思ったら
ちゃんと出てたんですよ、その資料に。
確かに日付までちゃんと記録されてるのとか
参加者何人ってすごいですね。
あの当時は掲示板
さっき言った掲示板に必ず書いてたんで
その時誰参加したって言って
それでやったらピンキーさんが
総会資料にトピックを抜き出して
書いておいてくれるんですよ
練習会の日誌みたいな形で
練習日誌みたいな形で
それを全部送ってきてくれたから
僕がいつかなと思ったら全部分かって
その時に書いた
今もLINEで
その伝統が残って
今もLINEでレポート上げてるじゃないですか
あれがあると本当に誰が参加して
何やってたかっていうのが分かるんで
あれすごい良いと思うんですよね。
そうですよね。
辻風の練習会のLINEグループで
その日の練習のレポート
そう。あれたまに指名し忘れて
結局僕が書くことになることが
多かったりするんですけど
でもあれがあると見てる人も楽しいじゃないですか
それをしわちさんが必ず抜き出して
いつも写真撮ってくださってるじゃないですか
その写真とレポートを上げて
Facebookに上げてるんですよ
なので振り返るときにそれを見ると
何をやったか分かるし
それを見てまた練習会に来ようと
こんなたくさんの人がこんな風にやってるんだとか
そういうのがあるんで
いろんな人が書くことによって
これぐらいでももっと緩くてもいいんだとか
早い人がいればこんなガチでやってるんだとか
いろんな人に書いてもらうことによって
集客につながってるのかなと
今後も皆さんに協力いただいて
レポートは毎回違う人に書いてもらいたいです
確かに確かに
参加してなくてもこういう感じだったんだとか
分かるし
あとその人がそういう風に思って
今日の練習会に参加されたのって
知れるのは面白いですね
そうですよね
あと新しい人にはすぐには示すと嫌がられるから
45:02
だいたい2ヶ月か3ヶ月ぐらい経った頃に書いてもらって
この人がこういう人でっていう名前とかも
覚えてもらえるじゃないですか
だから今入った方も2、3ヶ月後によろしくと
この場を借りてお伝えしてきます
そうですね
一回書いてみたら結構楽しかったりするかもしれないと
しわしさんが毎回写真を撮っていただいて
それをアップしていただいて
本当助かりますよ
僕そういうルーティンワークが全然できないタッチで
旗振るの得意なんですけど
こういう細かいことが全部しわしさんとか
ピンキーさんがやってくださって
大風呂敷広げて旗振ってるだけですからね
でも皆さんチームワークですよね本当に
私もいろんなイベント
辻風じゃないところのイベントに参加したり
企画したりとかするんですけど
そこで参加した人たちを呼ぶんですね
練習会に
自分はこのぐらいしか走れないよっていう人がいるんですけど
実際やってみると速かったりするし
逆に一緒に走ってあげると
この時は走れるんだ、速くなったんだ
っていう人も出てくるんで
そういう意味でも広がってきてる
輪が広がってきてるっていうのがありますね
でも通い練習会に出た人は漏れなく総力上がってますよね
そうですね
激上がりですよねしかも
私も本当に練習会の時は
宮崎さんはもともと速いから
黙ってても速くなってる
でもやっぱり仲間いるといいですよね
同じぐらいの総力
一人でやるよりはやっぱり
誰かについて走ると
やっぱりもうちょっと頑張ろうって思うんですよね
思いますね本当に
だからグループに分かれて練習してるんで
皆さんのその時の自分の
あれですよね
総力にあった練習ができるっていうのも
すごい良いですよね
宮崎さんは
一番参加されてる回数が多いんですか
そうすると通じて
そうですかね
そうですね多分
ほとんど参加してる
僕結構休むこと多いですよね
なんだかんだ言って
山行っちゃってることが多くて週末
火曜日でしょ
で木曜日でしょ
で月に1回定期練習会って言って
別にやったりとかしますし
あとそれ以外に仲間と集まって
走ることもよくありますから
そういう意味では多いですかね
もしかしたら年間100回ぐらい参加してるかもしれないですね
そうすると
週にはほぼ出ますもんね
火曜週末なんか
イベントをカウント
しわちさん独自のイベントもあるけど
走ってるね仲間と走ってる回数は
多分しわちさんだったんですか
でもね
1ヶ月で走ってる距離は
200キロはないんですよ
そんな長く走るっていうのは
あまりやってなくて
48:01
街中も10キロから15キロくらい
のイベントが多いんですよね
ただその中で
楽しく走るためには自分で
コースを考えるとかね
そっちが楽しいんですよね
でそのコースをみんなに紹介してあげる
こんなところもあるんだっていう
発見をしてもらうっていうのがあるからこそ
多分やってるんだと思うんですね
そうすると
立ち上げ機があって
ちょっとこう
人数が少なくなった時期もあり
でも今またすごい燃え上がっている
そうですね
やっぱり独立してからしばらくは
さっき言った木原君と中心に結構
ガチでやってる時期があって
駅伝とかもね
かなりいい走りとかもしたり
した時期もあったんですけどね
やっぱり小田がなくなると
急にやっぱり今も
今は全然違ったんですけど
前回の小田の時がかなりやばくて
火曜練習会も
ほんとまたしばちゃんと2人か3人
っていう時期が
あの時も2年あったんだよね
長かったですね
想像できないですね
今私が参加している感覚を見ると
だからガイとか今
宮崎さんとか入ってくれて
盛り上げてくれてるから
帰って小田がなくても
勢いが増しているような
あれがあったんですけど
前回の時はほんとにひどくて
ほんと2人3人っていう感じで
なんとか週末がそこそこ
その時はまだ
逆に週末の定期練習会の方が
少し今
盛り下がってしまってるんですけど
あの当時はそっちの方で
なんとか
回復して火曜また細々
火を灯すみたいな
それが2年間続きましたから
辛かったですよ
振り返ると
続けてたから今がある
って感じなんですかね
そうですね
小田がとりあえず2年して再開して
みんな待ってましたとばかりに
またわっと増えたんですよ
あの時も今と同じくらい
盛り上がってはいたんですが
うちのチームの特徴としても
どのチームの人も
大歓迎で
当時双子玉川の
そういう会のメンバー
かなり来てくださってて
辻風のメンバーより
双子玉川のメンバーの方が
多かった時期が結構長かったんですよね
練習会自体はやっぱり人数いるから盛り上がって
しかもそこで
その頃から人数増えたから
メニューを作んなきゃいけないね
それまではメニューがない
自主練で今日何やるって
決めて走ってたような感じで
自主練扱いが
ちゃんとした練習会
人数も増えたし
いるメンバーで
今日はこういうメニューにしよう
気分で
この人数になってきたら
そういうわけにはいかんぞ
51:00
そこで火曜の運営委員会
みたいなのを作って
練習メニュー
当時双子玉川の
新太郎さんという
最近ちょっと参加されてないんですけど
早い人がいて
その人に頼んで作ってもらって
それがやってから
ますます人が増えて
双子の人たちは
すごい協力してくださって
同じくして
しわじさん経由で神宮外縁にも練習会があって
そっちの人も入ってきて
結構人数増えたよね
でもやっぱり辻風のメンバーが
その中で半分に満たないというのは
ちょっと寂しいなというのがあったんですよ
その練習会
1年2年続いてた時に
ちょうど潮目が変わってきたのは
安とかが加入した
頃が去年23年くらいだったから
ちょうど1年半
宮崎さんより
半年かそのくらい前なんですけど
安とかが入ってきて
同じくらいしてガイが加入してきて
辻風の結構早い
ガチランナーが
ちょうどその頃から増え始めたんですよね
あるメンバーが
自分の友達を
こっちに来ないって呼び込んだんですよ
で広がったんですよね
宮崎さんもその口で
ガイから経由で
順ちゃん来たりとか
そういう形で
双子玉川の人も相変わらず協力してくださって
辻風の方も
増えていって
本当に
そこからようやく
辻風も
それまでは本当に
うおをさおうっていうか
こっちダメであっちこっちだ
バタバタバタバタ
10何年やってたんですよ
それがようやくここに来て
本当にチームらしくなったな
っていう感はありますね
じゃあ
ここ本当に3年くらい
そうですね
ここ3年くらいですね
火曜連
それで
織田フィールドが使えなくなった
今も非常に盛り上がって
あれはガイの力ですよ
みんなが飽きない
たまにお楽しみなイベントとか
入れたり
みんなが飽きないように
メニューもあの手この手できついやつ
考えてくれて
きついからみんな喜んでくるみたいな
いい効果があって
全然落ちないですもんね
逆に増えてますよ最近
インターバル走ってね
単純なメニューしか考えつかないんですけど
ガイは
いろんなメニューを考えますよね
ちょい足しできついやつ
そうそう
トラックだとそうなっちゃうんですよね
400インターバルとか1000のインターバルとか
っていうのを繰り返しになっちゃうんですけど
いろんな組み合わせですよね
できるような
やる前は大丈夫かなこのきついのと思いながら
終わったときはすごい爽快ですよね
できたときは
できないときは落ち込んで帰りますけど
あっそうですか
落ち込みますよ
でもできたときは足取りも軽く帰ってきますもんね
54:03
未だに
ペースが遅いグループも
頑張ったらついてこよう
っていう人多いんですよね
うーん
そういう風な
練習してからみんな早くなるんですよね
なんか面白いなと思ったら
去年の夏に
東京体育館の
競技場で
チーム対抗の
ミニゲームみたいな
面白かったけどめっちゃきつくなかったですからね
あれから
1週間ぐらい俺走れなかったからね
あのときも
ちょっと
罰ゲームみたいなのがあって
僕が見ながらみんな子供に帰ってんのかな
とか思って
また新たな企画あるらしいですよ
もっとヤバそうなやつ
ご期待で今ガイが
素案出してきてるんだけど
子供心に変えるような
イベントも楽しいですよね
今は
何名ぐらい
そう聞かれると思ってカウントしてきたんですよ
178人ですか
本期登録
しかもあれ
辻風は毎年
4月に名簿一新して
またこれからやるんですけど
登録し直すんで
本当にリアルな数字ですね
今年1年の
そうするにしたら
たぶん300近くなるのかな
今まで
登録しない人はどんどん名簿外しちゃうんで
でかくなったなと思って
昔40人ぐらいで喜んでたのにね
最初の頃は
そうですね
宇宙駅で最初は
もうあれですよ
1チームで補欠すらいない状態で
なおかつアスティさん
翌日レースだったのに
赤羽ハーフかなんかあるから
あの時
2年目の時僕は補欠だったんですよ
じゃなかったんでしたっけ
ちょっと覚えてないんだけど
レースがあるからゆるで走るって
言って出たんだ
ピンキーさん
ピンキーさんは
食中毒かなんかで
青い顔しながらとりあえず補欠
いないからって言って
来て
無理やり走って
青い顔しながら帰ってきましたからね
打ち上げどこじゃなくて
確かに年表に書いてあります
2012年の
毎年2月
11日の建国記念日で
その2012年が1チーム
なったのが
2年ぐらい1チームで
その後3チームになって
今年3チームだって
大喜びしてその後に5、6チーム
になってまた大喜びして
繰り返してここまで来ました
なんかね
今は極金が
11チーム
途中
優勝されてるんですね
そうなんです先ほど言ったキョアラ君の
57:00
チームが1回優勝してるんですけど
70回大会
記念大会だったんだよあの時ね
でもねキョアラ君が
すごい早い
ランナー集めて
別に練習会を持ってて
そこのメンバーがほとんど
だったんですよキョアラ君だけ辻風で
だからあれはほぼ
ドーピングで勝ち得た優勝だったんですよね
今年は若いタコ行きとかが
入ってきてそれでみんなで
絶対入賞だって
頑張って宮崎さんも入って
LINEなんかかなり活発にやってたらしいじゃないですか
デルタチームの
あれで
もうねそこで
22位だったのか確か
そうですね
でもあれの方が
貴重だったと思いますよ
みんなで本当真の辻風チーム
じゃないですか
そうですよね
しかも他にいるライバルチーム
勝手にライバルしてるチームより
上行ったわけですかそれでね
俺嬉しいですよそれはね
なかなかでも今年はレベル高かったですね
高かったですね
多分駅前って
みんなで助けつなぐから
それがいいんだと思うんですよ
そうですよね
普通のレースは
一人でおしまいでしょ
だけど駅前ってチームで
みんなで頑張って走ろうっていうのがあるので
だからいいんだと思うんですよね
なおかつ府中駅前って
昔は時間制限があったんですよ
先頭から何時間まで
しかダメだっていうのがあって
そんなのありましたっけ
昔はあったんですよ
今はそれなくなってるんで
何かあってもゆっくりでも走れるんですね
箱根駅前の
時間制限みたいな
そう昔はあったんですよ
あれで
タコ駅とかがまた盛り上がって
駅前部作りたいって言ってるんですよ
すごい
だからもうちょっと
5月6月ぐらいないんですかと思って
昨日行ってて
あります5月6月
駅前そうですよね
あの
極越競技場じゃなくてしょっちゅう
駅前やってますよ
もうガチなやつがやりたい
なんか
なくなっちゃったんですけど
昔山中湖を
1周13.5キロを
4区間ぐらいに分けて切って
やるやつが
秋にあったんですけど
それ2回ぐらい出たことあるんですけど
結構大変ですね
行って帰ってじゃなくて
もう1周してくるんだったら
だってどんどんどんどん
1周をみんな助け繋いで
それ面白そうだね
セコさんとかが
企画してるやつで
なくなっちゃったのかな
今年あれ出ませんかしたら
奥多摩渓谷駅で
あれ多分関東最高に
早い
大学生でも出ますからね
ほんと山登り山下りの
1回出たことあるんですよ
1:00:01
あれ多摩川クラブで出たんだっけ
あの時
多摩川クラブで出て
辻風チームも出したね確か
登りがあるんですね
だからあそこと一緒だ
青梅マナソンのコースで
奥多摩駅で
上り3区
青梅から出発して
奥多摩の駅で折り返して
下り3区
制限時間あるから白タスキに
ちゃんと送れると
今はないですよ
なくなっちゃったんですか
それはでも良くないね
ガチガチが良かったのに
駅でもほんとに
達成感ありますからね
相当若い連中
盛り上がってるから
川崎出たいって言ってたからね
川崎でも12月ぐらいでしょ
確かあれ
そのチームの中で
また
コミュニケーションがあって
仲良くなるというよりか
アッシーさんが今年出られたチームは
Tシャツ作って
カットPチーム
すごいですよね
大会に向けたTシャツで
練習会も立ち上がりましたから
P連ってやつが
今週ありますよP連
シュアルツアーの方で
何か年表振り返って
思い出を伝えていますか
そうですね
イベントという意味では
色々
考えてやったんですけど
2013年に始めた
生田緑地ランなんかも
私的に
思い出深いんですね
これはもともと
ウィーミーが考えて
色んなコースを繋いで
走るっていうやつなんですけど
生田緑地の中を走って
ジャイアンツ球場に戻ってきて
チーム分けが
亀さんチームとウサギさんチーム
と鹿さんチーム
幼稚園みたいなチーム名が
スーパー亀さんと
歩いてもいいよみたいな
あれは今でも
続いてますけど
昔ほどの参加率が
たまには宮崎さんみたいな
早い連中も
まったり乱舞でやられたら
いかがですかと
結構
起伏もあって楽しいコースなんですよね
単に
平潮を走るだけじゃなくて
そういう色んな
イベントもできる
っていうのがいいかな
球給料もあるし
最近ちょっとイベントが
毎回マンネリ化してきて
なんかね
なかなか参加率が
減ってきたんでそういうところも
活性化していきたいなって気がしますね
うんうんうん
ガチな練習もありの
そうですよね
バランスっていうか
ガチでだけじゃなくて
楽しむやつも楽しいからね
もんじゃ焼きなら
もらいますよ
もんじゃ焼きたいなまた
隅田川沿いを走って
ゴールがもんじゃ焼きを食べるっていう
1:03:01
いいですね
なんかね行きつけの店があって
ヘラをなんかもらってね
昔ですね
辻風で行ったのにしわっちさん
なぜかしわっちって名前が入ってしまった
記念のヘラに
作ってください辻風のヘラを
辻風アスリートクラブの
すごい歴史が聞けて
今日は本当に貴重な会で
本当にありがとうございます
良かったです
こちらも色々振り返りができて
これ今作った年表
かなり簡略版なんで
もうちょっと補強して
皆さんにも
ちょっとお伝えしようかなと
思ってますんで
次の総会で
出します3月の
今後の
何か辻風の
目標というか
何か
目標ちょっとね
やりたいことがちょっとあるんですよね
2つあって
1つが
ここの年表で
2014年に独立したところに
新しい風
2014というプロジェクトが
あったんですよ昔
2014年の1月
ここですこの辺りに
新しい風2014という
プロジェクトがあって
あの時に辻風の
今のロゴを作ったりとか
Facebook立ち上げたりとか
ホームページをリニューアルして
今の辻風のTシャツを作ったりとか
一応広報戦略じゃないんですけど
辻風を一新しよう
っていう何かそういう
運動を始めたんですよね
ロゴマークとかもねみんなで
いくつか候補決めて投票したり
とか今のピンクと黄色の
色使ってるじゃないですか
あの色も投票で決めたりとか
で登り作って
それでロゴが決まって登り作って
でFacebook立ち上げてって一気に
新しくしたんですよ
ロゴマークも昔サムライ使ってたやつを
あの今の火山車みたいなやつ
あるじゃないですか
でそれもちゃんとCI戦略みたいなの立てて
いろいろ広報戦で広報行してる
後で資料あるんで
お見せしますけど
でそれのね
新しい辻風2025をやりたいんですよ
名称はどうするか
分かんないですけど
でもしかしたらロゴマーク
変えようかなとちょっと考えてるんですよね
なるほど
でもう一つ今の辻GT
あるじゃないですか
あれをまだレースとかで
着てきない
特に女子なんですけど
なんか分厚いっていうか
動きづらいとかちょっといろいろ不評
じゃないんですけど
着てくれる方はみんな辻GTで走ってくれるんですけれども
もうちょっとレース用の
少し値段高くなってもいいから
ちゃんとした材質の
もので
なんかそういうのを
今年作りたいなーなんてちょっと考えて
1:06:00
でやるんだったら一気に
ロゴマークもそろそろ
10年使ってるんで
少しリニューアルしてもいいのかなとか
だから新しい風ちょっと吹かせようかなと
で今ちょうど
メンバーも少し入れ替わってる
新しいメンバー増えてきたから
それを僕とか
昔のメンバーがやるんじゃなくて
例えば宮崎さんとか
最近入ったメンバーに
やってもらったらいいなと思ってるんですよね
これから若い人たちが
僕らはもうあと何年か
いるかわかんないじゃないですか
だからその人たちが
愛着持ってやっていけるように
その人たちが例えばチームの育成
例えばそういう
シンボルを決めたり
できたら
よりなんか辻家でも
続いていくのかなと
をやっていきたいです
新しい風2014っていうのは
私が辻家に入って
中心メンバーじゃないんですけど
に参加しだしたことだったんですね
そうですね
ありがとうございます
はい
あとですね
アッシーさんと
柴田さん
それぞれ
お二人それぞれの
今後のランニング人生
人生とか目標とか
何かもしそういうのがあれば
それもちょっとできればな
とか思ってまして
なんかアッシーさんの方に
ランニングに関してはもう
ほとんどやりたいことやり尽くしてきているので
あの
あまりないんですけど
できれば
なんですけど
僕5000っていうか
トラックやりたいんですよ
やってきたんですけど
今までベストが1回
17分台出てるんですけど
もうね
だいぶあれから落ちちゃって
幅よくはもう1回
17分台とは思ってるんだけど
今ね去年からずっと
体調がちょっとイマイチで
ずっと1年不調になってて
ようやく最近上向いてきたんだけど
ようやくキロ4まで
やっと戻せてきたので
ちょっとまだ
今年もう60になるんで
17分は無理しても
18分30秒ぐらい
出したいなっていうのが
一つ思う記憶がない
1年でガクンと落ちちゃって
今までだって
4分15なんて普通に
ペースで走ってたのが
インターバルですよ4分15
インターバルで1キロようやくみたいな
それ出すんじゃなくて
3分40ぐらいまで上げなきゃいけないし
だって
本当にこの年になってくると
簡単にできたことが
できなくなってきてしまったんでね
でも距離はちょっと
僕踏めないんでトラック
今年ちょっとやっていこうかなって思ってますね
5000ってすごいきついじゃないですか
きつい
1:09:00
そこにトライされるのはすごいですね
でも早く終わるからね
僕は昔からフルがもう大っ嫌いで
本当やりたくないんだけど
フルやっとかないと
なんかみんなフルいくつとかで
語るじゃないですか
5000いくつなんて誰も聞かないですからね
でも僕はトラックが好きなんですよねやっぱり
そういう意味で言うと
皆さん人それぞれですね
でもねちょっとね
17分は吹きすぎたらちょっと
もう多分18分でいいっすもん
残っちゃうからね今言ったこと
そうですね
まあじゃあ
ランニング関係の目標はそういった感じ
細かいところで言うとそうですね
僕はもう昔から
自分の記録よりやっぱりチームのこと
例えばチームのね
どれだけ人増やすかとか
そういう方が多分9割
95%くらいです僕のランドの中では
個人はどうでもいいんですよ
やっぱり
コミュニティが活性化したり
広がっていくところがすごく楽しい
そうなんですよ
だから駅伝でみんなが頑張ってくれたとか
そっちの方が嬉しいですよねどっちかというと
まあそうですね
じゃあ18分も嬉しいけども
18分だったらめっちゃ嬉しいですけどね
今のこう
人数とか駅伝の
参加人数っていう数が
さらに嬉しいというか
それもそうなんですよ
初めて来た人がすごい良かったって
嬉しそうに帰ってくるのが一番嬉しいかな
そうですね
あれは嬉しいですよね
僕が初めて
タマガクラブに入った時
タマガクラブ後期で
練習やってた時に
月切りでいろいろ教えてくれて
一周ゆっくり走ってくれて
自分に合わせて
そこから土曜日にも来ないと
土曜日に行ったら
全然わからないのにすぐ来て
初めて参加だったら
アップからずっと付き合ってくれて
すごい面倒見良かったんですよ先輩方が
その時すごい嬉しくて
受け入れてくれたみたいな
その気持ちがずっとあって
本当だから新しい人を大事にしないと
来てなんかがっかりして
ほっとかれて何やっていいかわからない
っていうのはほんとね
ならないようにずっと思ってるんですよね
それはありますね
せっかく来たら
馴染んでくれるように
いろんなサポートしてあげよう
っていうのは思ってますね
最近でも本当に
休みの時に誰か来ちゃって
次行った時にさ
誰かわからない人が来てる時があって
さすがに今までは全員覚えてたんですよ
最近わからない人が増えてきたんですよね
だから
その辺とかつないでくださいよ
今までちょっと名前が
1:12:00
でも安西さん結構知ってるんじゃないですか
ほとんど知ってるんですけど
ここ数ヶ月の
ちょっと休み多かったじゃないですか
今度調子悪かったりして
休みの間に増えた人がちょっとわかんなくて
安西さんが全然知らないところで
私が
連れて来てたメンバーさんがいるんだよね
そうそう
だからその辺つないでくださいよ
せっかくだからおもてなしをちゃんとしないと
そこ現体験なんですね
そうなんですよ
あれは本当に嬉しかったんですよね
その気持ちがあるから
今やってる中でも
初めての人が
楽しく帰れるように
私も今の話聞いて
まだなんか自分って
フレッシュな方だなと思ったけど
でも
そういう心配りって
あんまり気にしたことなかったんですよね
インタビューだから
あと何年か来て
もしずっとやってくれたら
その時に
ありがとうございます
しわちさんは個人として
何か今後の目標とかありますか
私はね
23区内
行ったことがない
ところって実はいっぱいあるんですよ
待ち欄という意味では
いろんなとこ行ってるつもりなんですけど
ゆくゆく見てみると
23区内でも
行ったことがない
ところがいっぱいあって
そういういろんなところを
巡るような
待ち欄をしたいなって
ずっと思ってるんですよ
どこですか例えば
いつもやってるのは
屋根線とかね
あるいは
その
他にもあるんですけど
あるんですけど
西の方とか
東の方とか
行ったことないエリアがいっぱいあって
そういうところを巡るラン
やりましょうよ
あれだったらそうですよ
あのあそこ
私行かなかったけど
どうですか
横浜のあれ
ロゲーニング
あれは楽しかったですよ
ロゲーニングってね
楽しいですよ
あれって
去年僕がたまたま
娘の結婚式か何か被ったんですよ
何か被ったんですよ
エントリーした後に
でしょうがない
ガイにもそういうことやらせて
面白いなと思って
ガチガチ
オリエンティニングみたいなもんですよ
代わりに行ったら行くって言って
楽しかったらしくて
地図があって
そこを回る
ポイント性があるんですよ
どこ行ってもいいですね
ポイントをいっぱい貯めると
その貯めた人が一番とかいう形で
巡るんですね
どういう順番で行くとかね
どこまで行くとかっていうのを
最初全部でみんなで戦略を決めて
1:15:01
地図見ながら
ポイントがあって
行きにくいとこほどポイント高いんですよ
そこをどうやって
速い人だったら回れるみたいなね
白石さんはそういうの得意そうですね
企画性とか
そういうイベントとかね
いうのを
これからもっといっぱい考えてやりたいな
っていうのはありますね
結局個人のあれより
イベントを企画の方に行っちゃいますよ
僕たち
オフタニアンの地域行ってると
そうですね
そういうのを考えるのが面白いんですよね
そういうふうに集まってくれた人たちが
辻風以外の人もいるので
そういう人たちを
こっち練習やってるよって
誘う
ありがとうございます
はい
いろいろ今日お話をお聞きできました
じゃあ
本当に最後
一言何かあればなんですけど
はい
そうですね
辻風ぜひ皆さん参加してください
毎週火曜日
通常小田フィールドが
今休業状態で
あと1年
来年の3月まで
使えないんですけど
工夫して今は神宮外苑と
後皇居の二重橋
一周の5キロの
皇居の外周じゃなくて
丸の内側の800メートルのコースがあって
そこを交互に使って
毎週火曜日19時
外苑の時は
19時15分ですね
スタートでやってます
あと週末の練習会も
一応4月から木鈴田公園で
やるんですが
今後どうするか
週末の練習会
今年から変えていこうか
という話もあるので
これはまた告知しますけど
ぜひ週末の練習会
イベント楽しいので
辻風ぜひ参加してください
ということです
確かはですね
練習会という意味ではないですけど
イベントをこれからもっともっと
作っていきたいと思っているので
そちらの方にも参加してください
辻風来を50回目を目指して
多分ね
今年で40回は行くでしょうから
50回は来年初めぐらいですかね
とてもいい話が聞けました
まだまだ話し足りない
聞き足りないところもあるんですけど
ちょっとお時間の関係で
今日はですね
アッシーさんと須田さんにご出演いただきました
どうもありがとうございました
01:17:51

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