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2026-01-21 24:16

第470回 松本順市氏(株式会社ENTOENTO代表取締役)【前編】

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今回は、株式会社ENTOENTOの松本順市氏にお越し頂きました。

大学卒業後、アルバイトをしていた魚力に入社。5K職場の改善に動き、同社が上場する原動力となる。

同社が上場する前に独立をし、1400社以上の人事制度構築を手助けするお姿から、経営のヒントが得られます。ぜひ、インタビューをお聞きください。

 

なお、過去にこの番組で配信した内容は、経営者インタビューメディア「経営ノート」にも掲載しています。ぜひこちらもご覧ください。
■経営者インタビューメディア「経営ノート」
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■WizBiz社長塾
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サマリー

このエピソードでは、株式会社ENTOENTOの代表取締役である松本順市氏が自身の経歴や学生時代の経験について話しています。福島県いわき市出身の彼は、中央大学での学びやアルバイトを通じて成長していく様子を紹介しています。経営者としての経験やアルバイトから正社員になった際の驚き、そして経営学の知識を実践にどう活かしたかが述べられています。特にサービス産業の改善や人事生産性の向上に取り組む姿勢が強調されています。また、松本氏は株式会社ENTOENTOの成長戦略や営業部長としての役割について語り、生産性向上に向けた業績の共有化の重要性を強調しています。

松本氏の経歴の紹介
社長に聞く＀in WizBiz
本日の社長に聞く＀in WizBizは、株式会社ENTOENTO代表取締役)松本順市さんまでいらっしゃいます。
まずは、経歴をご紹介させていただきます。
福島県いわき市ご出身、中央大学3年生の時に、当時3店舗しかなかった、
小売機にアルバイトとして入社。
その後、社員となられ、山田社長の参謀役として小売機の方を大きくなさっていらっしゃいます。
そして、当初2部上場まで小売機さん、今の当初プライムさんに上がっていらっしゃいます。
そして、1993年、多摩経営研究所を設立し、独立なさっていらっしゃいます。
そして、今現在はENTOENTOという名前に変更し、多くの企業の人事制度を高知するコンサルタントをなさっていらっしゃいます。
松本社長様でいらっしゃいます。松本社長、本日はよろしくお願いいたします。
はい、よろしくお願いします。
まず最初のご質問ですが、福島県いわき市ご出身ということで、小学校時代はどんなお子様でいらっしゃいましたでしょうか。
小学校時代はですね、実は家庭がとても経済的に厳しかったので、そういう環境にいるとですね、あまり夢も希望もないっていうような、そういう小学生の時代を過ごした記憶があります。
どんな感じでしょうか。微妙な話よりはどんなことしてたなんて思えながら。
そうですね。勉強、塾なんかありませんので、地元には。塾って言うとソロマン塾と習字塾ぐらいしかありませんので、ほぼですね、勉強はせずに、学校の裏に山があるんですけど、ほとんど山で遊んでたっていう感じでしたね。
はい。ガキ大賞みたいな感じですか。
一緒っていうほどではございませんけど、結構、みんなで集まってワイワイするみたいな、遊ぶ場所がないんで。遊園地もないんで。もう、だからそういう意味では、遊ぶと山に行くしかないみたいな、そういう子供時代でしたね。
はい。
中学時代はどんなお子様でいらっしゃった思い出はあったりしますでしょうか。
中学時代はですね、これはもう一般的にこういう話は聞いたことがある方がいらっしゃると思うんですが、私の世代って親や親戚がこう言うんですよ。
いい高校、いい大学、いい会社に進むことが幸せな人生をつかむ王道だと言われて生活してましたので、中学校時代は勉強しましたね。朝の4時まで勉強してました。
毎日のようにですか。
そう。3時間ぐらいしか勉強しないっていうすごい生活してましたね。
素晴らしいですね。
もともとクラブ活動はバスケットボールをやってましたので、クラブもやっていましたけども、勉強は本当に真剣にやってましたね。
いい高校に入らなきゃいけないっていう気持ちがあって、人生で一番勉強した時期だと思います。
なるほど。
じゃあ中学で一番ぐらいの成績でいらっしゃったんですか。
男性では一番だったと思います。女性で優秀な子がいて、彼女だけは抜けませんでしたね。
なるほど。素晴らしいですね。
じゃあその後の高校は、いわき市内の一番の高校か何かにお住みなんですか。
おかげさまでそういういわき高校という高校に進学をさせてあげました。
なるほど。高校時代はどんなことをして過ごしたなんて思いでございますでしょうか。
高校時代は大学進学できるほどの余裕がなかったので、今度は全く勉強しなくなっちゃいました。
3年間思い出せないんですよ。何をしていたか思い出せない。
今年卒業した友人、高卒の50年ぶりの同窓会があったんですけども、誰も私のことを知らないということで。
いたっけみたいなことを言われまして、いくらなんでも存在価値がなかったのかなって、自分なりに驚きました。
どうですか。今のお姿からは全然想像つかないんですが、あんまり学校も行かれなかった。
学校はとりあえず行ってましたけども、お世話の手前、高校に行ったので学校に行ってましたけども、
学校に行って勉強した記憶はないし、クラブ活動もそんなに熱心にやった記憶はないし、
もったいない3年を過ごしたって感じがしますね。
人生をもう一回やり直すんだったら、あの3年間取り戻したいって感じがします。
大学は中央大学ということで、中央大学は何学部にお住まいになったんでしょうか。
小学部、階級学科です。
中央大学の小学部を親身になった理由は何かございますか。
あるんです。
人前で話しすんのが苦手です。
今でも。これはそういうお仕事されてる先生には申し訳ないんですが、あんまり話をしなくてもいいだろうと。
コミュニケーションっていうことが増えてても大丈夫な仕事って何かなっていうふうにいろいろ調べてみたら、
税理士の先生か、公認会計士さんが合ってるみたいな、そういう技術で飯が食えるというふうに思って、
中央大学の階級学科を選んだということです。
なるほど。ちょっとお話しするの上手じゃないというお話がありましたが、
レジスタンの皆さん方、プロの傾向をされたので、松本社長、お話しするの上手だと私は思ってますので、
レジスタンの皆さん、ご勘違いなさらないようにしていただきたいと思いますが。
今でもそうなんですけど。
中央大学時代の思い出なんて何かございますでしょうか。
そうですね。実は中央大学で税理士か公認会計士を目指すって思ったんですが、
バイトを実はウオリキっていう会社で大学3年からやってたんですけども、
バイトしながら公認会計士は無理だということが分かったので、
税理士に絞って勉強をしてたんですけども、私の教授が、
節税戦略って言葉を作った教授で、そっちに傾倒して勉強してきたっていうことがあるので、
気がついてみたら税収の勉強全然してなかったっていうことがあるんですけども、
大学時代はそういう意味ではそういう方に進もうと思ったので、
これまた急に勉強し始めましたね。
大学生で大学生なのに旅行カバンに2つぐらい持って毎日学校に行くわけですよ。
アルバイト経験の詳細
みんな友人に言われました。松本何しに来てんだって勉強に来てるんですけど、
みんなそんなに教科書なんか持ってこないわけですよ。
授業が1日2つか3日くらいしかないっていう適切に持ってこないんですが、
私たちはゼミやってたので本当に本を2、30冊持って学校に行くっていうふうに、
あのときは勉強したなって感じでしたね。
なるほど。じゃあアルバイトと勉強と両立ってそんな感じですか?
そんな感じですね。勉強するかバイトするかどっちかって感じでしたね。
趣味なんか持つ余裕はなかったって感じですね。
だからバイトと学校に行くのが趣味でした。
なるほど。ありがとうございます。
アルバイトで上売り金で入られたのは何か理由があられましたか?
あるんです。実は中央大学って1年入学したときって東京の中央線お茶の水にあったんですよ。
駿河台にあったんですね。駿河台って当然周りお茶の水噛んだ東京の企業がたくさんあるんで、
一番割のいいバイト探したんですよ。警備員ですね。
当時ザンカードみたいなテレビ番組あったりして警備っていう仕事がクローズアップされた時代なんですけども、
基本的に命かけるんで宿泊の仕事って命をかけてやる仕事なので、
実体はこんなこと言ってもいいのかどうかわかりませんけども、
真夜中に宿職をして4回5回ぐらいそのビルを巡回すれば寝てても勉強してても何をしてもいいというとっても割のいいバイトだったんですけども、
それが大学3年の時に東京の八王子っていうところに移転するわけですよ。
駿河台にあった時はボロ校舎で、私の友人は中央大学の上の一番階層の床をぶち抜いたぐらいにボロ校舎でしたけども、
八王子に引っ越したらすごかったですね。博和の制度ってのはこういうもんだってぐらいになってすごいなと思ったんですが困ったのはバイトですね。
ないんですよバイトが。アルバイトニュースを探したんですけども、もう贅沢言ってられませんので、
とにかく当時5千円ぐらい稼げるバイトないかなと思って探したんですよ。ないんですよ。やっと探した。
あ、1日5千円だと。うわーやっと見つけたと思って業種を見たら魚屋じゃないですか。
田舎にも魚屋ありますけどね、もう想像するだけですよ。冷たいでしょ汚れるでしょ臭いでしょ。
もうどうしようかなと思ったんですが、せいに払わないので、奨学金はもらってましたけどそれじゃ生活できないので、それで魚屋に申し込みをしたっていうのがきっかけです。
見合いながら来ました。
なるほど。ありがとうございます。福島県の湯垣の平子出身なんで、小沢浜のほうは漁師町かもしれません。
そうなんです。
ちょっとお魚あんまりも好きじゃないかもしれないですね。
私はそのくらい好きなんですけども、ただ大学時代の友人と同社会をやったりしたときに言われたことがあるんですよ。
私は実は地方大学一郎で入ったんですが、
松本君バカじゃないの?一郎までして大学に行って勤めたら魚屋だってそういうふうに言われて。
確かにあなたの言う通りだって。なんか初任給高いんだろって言われましたけども、
初任給って感覚が全然なくて勤めて、後で初任給を友人と比べたら2割安かったですね。
なんだ、2割安いのかみたいなことで。サービス残業130時間でしたけど、これもご縁だと思いますけどね。
なるほど、ありがとうございます。
アルバイト時代の悪気での思い出なんてございますか?
松本氏の入社エピソード
実はアルバイトのときにはアルバイトなので時間は全然ないんですけども、ないですよね。
30、40時間しかやりませんので。正社員になったときに初めて130時間サービス残業あるってことをしたわけですよ。
当時はブラックって言葉なかったんですけども、今出たら超ブラックですね。
こんなに労働時間が長いんだって思いましたけども、一番ショックだったのは、
社長とか幹部の皆さんにも、よー松本、入社するんだなっていうふうに、正社員になって入社するときに喜んでもらったんですけども、
私が入社したときに全幹部が集められまして、宿泊会していただきました。大卒一号だったらしいんですよ。
松本が正社員になるんだってみんなが、よー頑張れ頑張れとかって言ったんですけども、
その週に社員の人たち、バイトやってたから司令の人たちがたくさんいたんですが、
お前なんか正社員になったんだって言うからそうなんですって言ったら、
当時、今みたいな居酒屋ありませんので、バス停のコリアリアに7、8人の社員の人に連れて行かれて言われたんですよ。
松本、お前バカじゃないの?大学まで卒業して来る場所じゃないよと。
みんなあれだよな、魚やって人生を諦めてくるんだよなと、そういうことを言われたんですよ。
あなたやる気ある?って、一人一人指すリーダー格納していて、俺ないよ。あなたはどう?
俺はないよ。あなたはないよ。ないよな、みんなな。俺もないんだよと。
そういう会社に、なんでわざわざ君が来たのか。
わーって歓迎された上層部と、一般階層の社員の人から見ればバカじゃないのって言われて、
なんだこのキャプションって思いながら驚きましたね。
経営理念の確立
なるほど、ありがとうございます。その上陸での正社員になった以降は、思い出とかこんなとこだったんでございますでしょうか。
大学時代に、実は正社員になった理由の一つもそうなんですが、
大学時代に経済学を学ぶ中で、こういうことを学ぶんですよ、学問として。
経営者は労働者から削除するってことを学んだりするわけですよ。
でもバイト席の経営者はとっても社員思いで大事にするってことをいろんなことを見ながら、そうだなって思いながらいたんで、
大学で学んでることとバイトに行ってるこの会社の経営者の違いってことに驚いて、たくさんの経営者が知ってるわけじゃないので、
世の中にはこんな社員を大事にする経営者がいるんだっていうふうに。
だったら勤めるんだったら、労働者を削除しない企業に勤めようと思って上陸に入ったってことなので、そこで入ったんですけども、
この経営者が最初に言ったことが、サービス産業は30時間あるんだと。
ひどい会社に入ったなって思ったんですが、私も調べたわけですよ。
日本全国の魚屋さん、八百屋さん、肉屋さん、生鮮産品って言うんですが、調べたらみんなサービス産業があるんです。
当たり前だったんですよ。
たぶん当時、52年前ぐらいですかね、サービス産業を本気でなくそうと思った最初の経営者でしょうね。
それに取り組むっていうことをし始めたんですけども、もっと踊れたのは、当時、周旧すかせ、小売業だったんで小売業の情報をよく集めてたんですが、百貨店が周旧すかせをするっていうニュースが流れたんですよ。
社長が松本くん、うちも周旧すかせやろうと、ということを言うわけですよ。
いやそれは素晴らしいと思いますけど、考えてもみてください。
サービス産業が130時間ある会社は、周旧すかせできるわけないじゃないですか。
無理ですよね。社長、ちょっとサービス産業があるから無理だと思いますけど、
なんなこと言うなよ。何か考えて、周旧すかせにしようよ。
何でかというと、魚屋はさ、冷たいし、朝は早いし、汚れるし臭いし、大変なんだよ。
そして給料安いしな、みたいな。だからせめて休みは増やしてあげたいんだよって言ったんで。
それでたまたまやったことが面白かったと思うんですけども、
この会社、サービス産業をなくすために、周旧すかせにするために、
任時生産性という言葉を当時使ってましたけれども、あらりを労働時間で割った数字なんですよ。
任時生産性、当時2600円だったんですが、3000円になったら、
サービス産業も減りながら、月1日、周旧すかせにできるということがわかったんです。
で、それを提示したら、現場の社員の人たちが、
魚屋で休み月1日、もう1日増えるんだ、すごいなあ、なんて言うわけですよ。
まあみんな薄々サービス産業だって知ってると思うんですけども、
そんなことやってる魚屋はないので、お、いいねって言うし、
軽所軽所で、この任時生産性3000円になったらサービス産業なくせる、
休みを増やしてあげるっていうことで取り組んだわけですけども、
この数字ってのは非常に面白い数字で、現場の社員もやろうっていう数字だし、
経営者もやろうっていう数字なんですよ。
よく経営目標って売り上げとかあらりとかっていう会社が多いと思うんですけども、
現場ラベルで考えると、売り上げ今10億ですけど、12億にしたいんです。
現場の社員もう全然ピンときませんよね。
今どうなんですかみたいな、全然自分のやってることが直結しないんですけども、
この任時生産性はすごいですね。
まあ2600円とか3000円になったら休みが増えるってことはわかってるんですから。
人事生産性の向上
ということをやっていくっていうことをやっていったので、
面白かったのは、私は素人だったんで当時3店舗で、
任時生産性3000円の店と2500円の店と2000円の店があるわけですよ。
もう仕事やったことがないので現場で、なんで違うのかなと思って社長に聞いたんですよ。
私の素人判断だと3000円の店が何をやって生産性が高いのかってことがわかれば、
それを同じようにやったら3000円になりますねというふうに思ったんで、
店長会議で社長が3000円の店に、店長に聞いたわけですよ。
君の店は3000円で高いと。何をやって3000円だったんだって聞いたら、
その店長が死ぬ気で頑張りましたって言ったわけですよ。
死ぬ気で頑張ったんだなあ。じゃあ2000円の店の店長、君はどうなんだと。
なんか奇声苦調で話をしたら、その2000円の店長、いや私も死ぬ気で頑張りましたって言ったわけですよ。
社長がポロッと、それは死ぬ気が足りない。
なんかわけがわからない話になって、社長死ぬ気っていうのは高度に移せないのですから無理だと思いますっていうことで、
実はその3000円の店はどうして生産性が高いのかっていうことを、
これも多分日本で一番最初に分析した魚じゃないかと思うんですが、
それでやってることの違いがわかったんですよ。これは面白かったですね。
違いがわかったら最初はみんな無理だっていう部分はあったんですけど、いやできるかないみたいなこと言ってたんですが、
実際に数字、生産性の高い人たちはこういうことをやってるから生産性高いっていうことを重要業務って言うんですけど、
それを明らかにしてたら、なんだこんなことできるってみんな言い出して、
意外と思った以上に早く3000円になり、ここが面白いなと思ったのはとっても今でも参考になってるのは、
3000円の店の店長って褒められるってわかった瞬間に、意外と教えたがらないんですよ。
だって社長に褒められた、褒められたのは他の店よりも人事生産性が高いから褒められたわけですよね。
いややっぱりずっと褒めてもらいたいですよね。だから教えたがらなかったんですが、この会社は
社員を評価するときにそのやり方を教えた人を最も評価するっていう成長シートっていうのを作ったので、
教えたらは言えないんですっていうか、教えたらもっと評価されるってことだったので教えたんですよ。
これはすべての企業で共通することなんですが、教えた社員が一番成長しますね。
それを目の当たりにしました。こういうことをし始めてコンサルティングして改めてわかったんですけども、
企業の中で教える人がやっぱり一番成長してるんですよ。コックは経営者です。
経営者では出しを見してる経営者はいないですもんね。そういうこと、後でそういう理論構築はしたんですが、
実際に目の当たりにいろんなことをしていって、こうやって人は成長するんだ、こうやって生産性が上がるんだってことをわかってきたことは、とても学びになりましたね。
今お話しされたことは、松本社長がなぜプロの経営コンサルタントとして活躍しているかというのを
如実に合わせているエピソードで、大変面白いお話でございますね。
ありがとうございます。
上場を小池さんはなさっていらっしゃいますが、上場に向けてのご苦労なんていうのはあられましたでしょうか。
ないんですよ、全然。
そうなんです。なぜかというと、この人事生産性っていう生産性指標はマジックですね。
なぜかと言いますと、聞いていらっしゃる方、メモ用紙を立ちながら聞いてもらいたいんですけども、
2600件×174時間っていうのは1人当たり1ヶ月に稼いだあらりなんですよ。
それが最終的に、私が16年いた中で5600件までいったんですが、
営業部長の仕事の重要性
5600件×174時間、所定労働時間をかけると倍になってます、当然。稼ぎが倍なんですよ。
そういう状態に稼ぎがなっていくっていうことをしていくってことで、
何をしたかというと、通常の業績を上げると言うと、よく上司が葉っぱをかけるって言葉を使うじゃないですか。
なんか最近パッとしないから葉っぱをかけるかみたいなことを言ったりするんですけども、葉っぱをかけないんです。
何をしてるかというと、一番成果の高いお店のやり方を共有化するのが営業部長の仕事なんですよ。
だから営業部長が、最初の反日試合した頃、営業部長が成果の副店長を叱るわけですよ。
C店の店長、なんかもう行政がちょっと良くないなーって言ったりして叱ったりすると、社長がとっても優しい社長で、
営業部長、C店長だって成果を上げたいと思ってると、業績を上げたいと思ってると思うよ。
なのに、行政が悪いってのは営業部長の責任だよって言われて、営業部長がギョッとして、
ではということで、生産性が高い業績がいいお店は何をしてるかっていうことを
共有化するのが営業部長の仕事だってことなんで、
通常、今までいろんな企業のお手伝いをさせていただいて、営業部長って大体嫌われ者ですよ。
発泡削るから。でも、うがりきはかけないんです。
良いところは何をしてたのかっていうことを調べていって、そして業績の悪いところに、
あなたね、こういうことやったらもっと業績上がるんだよっていうふうに、
そうだったんですね。私が業績に上がらない仕事を一生懸命やってたんですね。
分かりました部長ありがとうございます。
とぎでく教えてくださいとかって言われるんで。
だから、私が入社したときは年賞3億でしたけども、私が辞めたときは175億でしたけども、
山田社長が言ったセリフで、私もそうかなと思ったことがあるんですけども、
松本君、あんたが入ってきたときって、俺は朝の4時から夜の9時まで仕事やってたと。
月に1回しか休んでなかったと知ってるようになった。知ってますと。
今完全に消費不可制で、働く時間8時間ぐらいしか働いてないのに、
今176億で、経常利率も0.1が9%になったし、
社員には消費不可を出せるようになったし、仕組みで動いてるし、
常に現場で生まれてるやり方を仕組み上で共有化するってことをやってるんで、
ずっとあげるって言ってましたね。
インタビューの振り返り
なるほど。大変勉強になるお話ですよね。ありがとうございます。
本日も社長に聞くイン・ウィズビズをお聞き下さり誠にありがとうございました。
この番組は2017年1月から毎週配信を続けております。
これまでにたくさんの成功社長、成功経営者のインタビューをお届けしてまいりました。
この内容はすべてテキスト化いたしまして、
私どもウィズビズが運営するウェブサイト、
KE-NOTEでも閲覧いただけるようにしております。
音声だけでなく文字で読み返すことで新たな発見や気づきがあり、
皆様の会社経営に役立つヒントがきっと見つかるのではないかと思いまして、
サイトの方にもさせていただいています。
ぜひネット検索で、KE-NOTEスペース社長インタビューと入力いただき、
KE-NOTEのサイトをご覧になっていただければと思っております。
本日の社長に行くインウィズではここまで。
また来週。
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