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2018-03-07 14:54

第61回 長澤誠氏(株式会社フルッタフルッタ代表取締役)【前編】

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今回は、スーパーフード「アサイー」のパイオニアであり、2014年に東証マザーズ上場を果たした、株式会社フルッタフルッタの長澤誠氏にお越しいただきました。

幼少期はガキ大将、高校時代はドクターストップ中にも拘らず大人に内緒でアメフトの試合に出たというエピソードも。現在の事業にたどり着くまでのアマゾンフルーツとの運命的な出会いのお話、そして創業当初から目指した上場を果たすまでのお話など、盛りだくさんで学びに溢れたインタビューとなりました。どうぞお聞きください。


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社長に聞く!in WizBiz
本日の社長に聞くinWizは、長澤社長様、まずはご経歴をご紹介いたします。
株式会社フルッタフルッタ代表取締役社長執行役員、CEO、長澤誠様、
1986年、関西学院大学を卒業、その後、京セラ株式会社や食品メーカーを得て、
2002年、株式会社フルッタフルッタを設立。
朝日のパイのお願いとして、日本でいち早く輸入を開始するとともに、
アマゾンフルーツを通じて、アグロフォレストリーを先進国市場に結び付けるビジネスモデルを展開されていらっしゃいます。
自然と共に生きる企業連盟の末、生計材と環境が共存共有する社会づくりを目指していらっしゃる社長様で、
まずは常常企業の社長様でいらっしゃいます。長澤社長、よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
まずは最初のご質問ですが、ご出身は神戸でいらっしゃいますか?
そうですね。
小学校中学校時代はどんな幼少期をお過ごしになられましたか?
学期大小というか、ある意味個性的な子供だったと思いますね。あんまり集団行動は嫌いだと。
そうでらっしゃいました。
みんながこれをやろうというと一人で違うことをやるような、そんな子供でしたね。
じゃあ、今の社長様をやっていらっしゃるので、やっぱりそういうもともとのご性格というのが社長さんに向けられる。
三つ子の魂を育むまでですね。
そうですか、なるほど。
高校のほうも関西のほうでいらっしゃるんですか?
そうですね。高校大学まで関西です。
高校時代はどんなことをして過ごされましたか?
僕は中学校の終わりに珍しく病気をしまして、それまでは本当にスポーツしか取りえないような子供だったんだけども、
激しいスポーツをやっちゃいけないなんてお医者さんに言われて、いきなり一番激しいスポーツをやると言って、アメリカンフットボールだと。
当時関西学院というのがアメリカンフットボールの日本一のチームだったので、それで高校受験を決意して、そんなような経緯で高校からは官学に入ったんですね。
官学ではアメフット部所属ですか、大学もですか?
最初は病気の問題があったので、ドクターストップなんかやりましたから、マネージャー代って。
親に秘密でプレーヤーは絶対やらないって。きっちりプレーヤーやって。ということでやりましたけど、大学は残念ながら途中で私は退学しましたけどね。
それでも2、3、5、6年フットボールやりましたからね。
覇とか親御さんにバレたりとかはされなかった?
バレましたね。ある時、木陰から私の主治医と私のおふくろが悲しそうな顔して見学しているのを見まして驚きました。
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その後、主治医の方に止められたりとかいろいろ大変だったんじゃないですか。
その時は強制的に引き上げられましたね。すぐ検査です。
でも幸いにして、感知していたんですね。
ですから、お医者さんとすれば何とも言えない苦虫つぶしたような顔をしていましたけど、治ったということで。
なるほど。大人と小さい子が一本木といいますか、の方がいらっしゃるんですね。
そうですね。信じたことをやるっていうスタイルだったんですかね。
素晴らしいですね。そのままアメフトの流れから感染学院、大学もそういう風に選ばれてという形で。
自動的にエスカレーター。
大学時代、こんなことした、あんなことしたと、思い出とかはあられますか。
そうですね。そんな思いをして入った、好きでやったアメフトなんですけど、ちょっとしたことがきっかけで、僕はクラブを飛び出しましてね。
今が振り返ると、そこからの人生が今の私が決めているようなところがあって、
かっこいいと言うと、ドロップアウトみたいなね。
本当に一流のチーム、今で言うと一流の企業から突然辞めたときに、自分の力と看板と、この差が分かってないわけですよね。
その現実を経験して、それが大学の3年生、4年生くらいのときかな。
その無力さを知って、そこからまた元気が出てきて。
少なくとも一流チームの普通に卒業していく人たちに負けちゃいけない。
今度は個人の力でそれを乗り越える。
そういう学生時代を過ごしたんですね。
ですから、私は通算6年間大学に行っておりまして、普通の人たちよりは社会勉強をしたと。こういうことです。
じゃあ、卒業は少し皆さんと遅れてから就職か。
2年遅れてますね。
だから、大学に行ったみたいなことですね。行ってませんけど。
大学卒業後は京セラが出らっしゃったんですか。
そうですね。
京セラが選ばれた理由というのは何かありますか。
これも運命だなと思うんですけど、私はマスコミ志願になったので、
当時京セラさんがすごくエクセレントカンパニーと言われて騒がれていたんですけど、
人工骨だとか電波砲だとか、いろんな事件が起きてですね、
すごく社会的に叩かれていたのに、私はへそ曲がりなものですから、すごく興味があってですね、
入社試験を受けに行ったという、そういう経緯があります。
京セラでは、やっぱり稲森さんの京セラですから、学獲とか勉強になったことが相当現れたんじゃないですか。
そうですね、結果的には最初はそういう興味本位で、何か情報が取りたくてじゃないですけど、
入社試験を受けに行ったものがですね、ぐいぐい引っ張られまして、
その真相に触れていく度に、あれということで、
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ですから私自身が多分学生の時にですね、社会なんてこんなもんだろうってちょっとうがった目を見ていた。
真実を追い求めるようなですね、そういう世界ではないんだろうと思っていたんですけど、
この会社はですね、どうもそういうことがバンバン出てくるわけですよ。
それの元は稲森和夫さんだったということで、それからもうすごくファンになって、
賞物なんかも読み漁ったり、特に会社本みたいなのをたくさん作っている会社だったので、
それ全部データをもらって読み漁って、知らず知らずのうちに洗脳されていったんですかね。
私の今のベースだと思います。
なるほど。教セラーは何年ぐらいいらっしゃったんですか?
それがですね、たった5年しかいないんです。
しかし非常に凝縮した5年でですね、
当時の稲森さんが周りに従えていた重要なメンバーが何人かいらっしゃいますけど、
その中の営業の役員さんにですね、ずいぶん顧がってもらって、
私は暴れん坊でしたから、こいつは私しか面倒見れんっていう、
そういうことだったんですけどね、実際は。
でもそのおかげで、稲森さんに非常に近い方ですから、
私はまさか稲森さんから直接インフルエンスを受けることはないんですけど、
その人を通して。
でも当時も1万人以上の確か大きな会社だったので、
なかなかその隅々まではね、このフィロソフィーっていうようなものが浸透してなかったんですけど、
でも私はそういう関係性の中で非常にラッキーにですね、
その辺を教えてもらいましたね。
なるほど。
その後は教セラーを辞められて、食品メーカーに行かれていらっしゃるんですか?
これは単純に私の父がですね、食品の受食企業を経営している関係で、
長男でございますので、お手伝いをしようということで入りました。
それは戻ってこいって感じでいらっしゃるんですか?
父親からするとそういう気持ちもある。
しかし私は最初から教セラーに行ったぐらいですから、2代目としては失格ですよね。
弟もおりますので、弟は後継ということで、ちゃんとポジションもありましたから、
私は手伝おうと。
その間に充電して、自分の次を決めようということだったんですね。
なるほど。
お父様の会社に入られた後、2002年にフルッタフルッタを設立ということで、
これは経緯と言いますか?
はい。これはやはり父の会社に入るまで私は食品というのは知らなかったわけで、
これがきっかけでですね、たまたまチョコレートをやっている会社だったので、
OEM中心でしてね、これも教セラーのときに学んだことがちょっと経験が生きたんですけど、
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やっぱり教セラーも原料メーカーからですね、自社のブランドへの展開というのはずいぶん苦労されたんですよね。
父の会社はスケールが違う、小さいけども同じ環境があって、
自社のものを何か自分がいる間に作ろうという、それでオンリーワンみたいなものを探していたときに、
たまたまアマゾンにですね、カカオの親戚のフルーツがあるよというのを友達が教えてくれてですね、
そこが結局私と食品とのつながりですし、そしてアマゾンとのつながりになったと。
それをもってですね、私は独立したという、こういう経緯です。
なるほど。
3分コンサルティング。
ウィズビズが社長の悩みを解決。
本日の3分コンサルティングはS社様でいらっしゃいます。
インターネット教育サービス事業で年少1億7千万従業員10名でいらっしゃいます。
初めまして、私はインターネット教育サービス事業を経営しております。
具体的なインランニングを利用したオンライン個別指導を行っています。
これが大変ありがたいことに、当初の相当生まれるニーズがあり、
さらなる顧客ニーズに対応するため、営業を強化したいと考えております。
しかし人手不足は深刻です。
特に若手人材の不足には年々手を焼いています。
若手の人材が入ってきたらすぐに払われていってしまいます。
そこでウィズさんはどのような人材採用をしているのか、ご教授いただきたく存じます。
何卒よろしくお願いします。
人材採用の件も何回もいろいろお話をしていますが、
これから採用困難時代でいらっしゃいますので大変だと思います。
特に採用は苦労される企業さんも多いんじゃないかと思います。
私どもも苦労していないかと言われると、やはり苦労はしております。
しかしながら他の企業様に比べたら取れている方なんじゃないかなと。
特にうちはエッサ様もそうですが、ネットの事業をやっていますので、
経営者向けネットメディアというと割と応募が来ます。
かつ企業化を目指している人、独立した人を募集しておりますというような形であったりとか、
上場を準備しておりますというようなことを文言に入れておりますので、
他社が10名ぐらいしか応募がないところ、うちは50名ぐらい応募が来るという感じになっていますので、
そういう見合いではどんなふうに応募をするのか、応募の文章を書くのか、
みたいなことが大変重要になってこようかなと思います。
最後に私どもは常にお話ししているのは、
大企業に入れない人を募集している、大企業に合わない人を募集している、
こういう言い方をさせていただいています。
つまり皆さん方が目指すような、採用したような人々をマーケット戦略でそのマーケットを狙いに行くと、
ある意味同社ですので一緒に戦わなきゃいけない。
しかしながら大企業さんが取らないマーケット、他の企業さんが取らないマーケットに行くと、
そこは逆に人手が余っている部分もあって、うちは採用しやすい。
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こんなふうになりますものですから、他社とは違う人材を取って、
他社とは違う人材を育てるんだということを考えながら採用しかけているので、
それほどは他の企業さんに比べたら苦労はしていないというのが事実でございます。
そのためには実は採用した後の教育制度というのもしっかり整えているかというのも
鍵になってこようかと思います。
1つには就業規則がきちんとあるか、人事評価制度がきちんとあるか、
そして経営理念がきちんとあるか。
この辺は3点セットは当たり前で、
プラス人材教育のシステムがきちんと組み立てられているか、
仕組みができているのか、こんなことを考えながら、
先にそっちを揃えてから採用というのをやっているというのが事実です。
なので私の入っている社員は、
例えばネットの企業ならパソコンが使えませんというのが入っていても、
すぐに使えるように徹底的に仕込みますし、
わりと日本人の方、日本語不自由な方が多くいらっしゃいますが、
日本語不自由な人間も入ってきても徹底的に文章を直させますので、
私自身が直させますので、わりと日本語の文章力が上がってきます。
うちではコピーライティング力やキャッチコピーを作る力というのは大変重要になってきますが、
徹底的にその辺を考えさせますし、教育してきますので、
それほどの人材じゃなくても採用ができているということになろうかと思います。
そういう意味では、S社様も社内の教育制度や、もちろん就業規則、人事評価制度、経営理念は当たり前として、
社内の教育システムというのを、仕組みというのを作られることが最優先なんじゃないかな。
そうすると、少しレベルが低い若手が入ってきても、うまく教育もできるし、
社内へのもっとここにいて勉強したいというような思いから、
辞めにくくなるという部分も出てくるんじゃないかなというふうに思っています。
そういう意味で、やっぱり企業文化というのを作って、社内風土というのを、組織風土というのを作って、
そして教育システムを作ってという辺りが本当のキーかなというふうに思っています。
何かご相談ごとございましたら、もうちょっと細かくお話ししたいと思っていますので、
ぜひお越しいただければと思っております。
本日の3分コンサルティはここまで。また来週。
最後までお聞きいただきまして誠にありがとうございました。
本日のポッドキャストはここまでになります。
また来週。お楽しみに。
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