00:00
夕方だね。今日のおしゃべり、始めるよ。
はーい。マイクテスト聞こえますか?
聞こえてる。どうしたの?
今日はさ、気になっていることがあって、なんか俺、その最古の記憶みたいなのがあるんだよね。
ちっちゃい頃の。2歳。なんか自我が初めて生まれた瞬間みたいな記憶があるんだよね。その話したいな。
2歳の自我の芽生えって、割と早い方じゃない?
普通は3から4歳が多いって聞くけど、どんな記憶?
3から4歳なのかもしれない。俺が覚えてるのは、カニグラタン食ってるんだよね。
ちっちゃい頃、どこだっけ。亀有とかのとこで、一軒家の借屋を借りてて。
そこで、あの楽器用の椅子あるじゃん。なんか前にテーブルついてる。
あれに座ってカニグラタンを食ってるっていう記憶。
それ、自我というよりは美味しかったの記憶じゃない?カニグラタン覚えてるって味の記憶でしょ?
自我の芽生えってもう一つあるって言ってなかった?
お子様ランチの方、あれの方が自分が立ち上がってる感じするけど。
確かにね、自我はそうなんだけど。
最古の記憶ってみんなどうやって成り立つの?
記憶が始まるタイミングっていつなのかなっていうのが気になって。
俺が覚えてる中で一番古いのがやっぱカニグラタンなんだよね。
目の前に古いテレビがあって、なんかちょっと埃っぽい部屋で、テレビにはビデオテープみたいなのが流れてて、俺がカニグラタンを食ってるっていう。
記憶の始まるタイミング、面白いとこだよね。
発達心理学だとチャイルドハドアムネシアって呼ばれてて、3歳半から4歳くらいに最初の記憶が来る人が多いって研究があった気がする。
03:04
それより前の記憶は現母が未発達だから残りにくいって説。
でも異論の話聞いてるとカニグラタンの記憶、視覚情報がやけに細かいよね。
テレビ、埃、ビデオテープ、椅子の形。
これ本当に2,3歳の時に不防火された記憶なのか、後から家族の話とか写真で再構築された記憶なのか、どっちなんだろう。
本人には区別つかないやつ。カニグラタン食ってる自分っていう三人称的な絵が見える?それとも自分の目線から見えてる?
俺もまさにそれが気になってて、これが本当に俺の記憶なのか、それとも親とかに聞かされて作られた記憶なのか気になってたんだよね。
どっちだろう。俺は割と俺の目線から見えてる気がするけど、そもそもカニグラタンって何歳で食うもんだろう。
カニグラタンって別に子供向けじゃないよね。むしろ大人のメニュー。甲羅に詰まってるやつでしょ。2,3歳で食べさせるかな。噛む力とかアレルギーのこと考えると普通はもう少し後な気がする。
それ親に聞いてみた?いつからカニグラタン食ってた?って。案外本人の記憶より親の記憶の方が当てにならないこともあるけどすり合わせはできる。
あと一人称視点なら再構築じゃない可能性は上がるよ。写真から作った記憶って大抵三人称で自分が写ってる絵になるから。
わかんないんだね。ちょっとね整理すると。
親にはまず聞いてない。4歳の時期を俺は中国で過ごしていて、戻ってきたら亀有じゃなくて千葉県の家に行ってたから。
それより前、つまり4歳になるよりは前のこと。ここまでは確定していい。
で、その亀有の家に3歳まで、3歳の終わりまで過ごしてて、その間では、
06:04
俺は乳製品かなり好きだったらしくて、カニグラタンよく食ってた。
確かになんかスーパー、どっかですごい看板メニューみたいな、カニが入ってるわけじゃないんだよね。
カニの甲羅に入ってるだけなんだよね。ただのグラタンがカニの甲羅に入ってて、それを冷凍で売られてるから買って食べてたんだよね。
だいぶ絞れたじゃん。3歳まででカニグラタンは日常的に食べてたってなると、特定の1日の記憶じゃなくて何度も食べた経験の合成かもしれないね。
それと中国に行く前の最後の家っていうのも聞いてる気がする。記憶って次の環境にガラッと変わると、前の環境が島みたいに切り取られて残りやすい。
引っ越し前後の記憶が濃いのってよくあるパターン。
ウイローの場合、3歳でカメアリから中国に置いていかれたっていう断絶があるわけでしょ。
あの中国の記憶の手前にあるカメアリの安全な日常の最後の欠片だ、カニグラタンなのかもね。
っていうのは私の解釈が入りすぎた。
いやあり得る。
俺さ、その中国に置いてかれた期間って俺の絶望の期間だから言ってしまえば。
なんか写真とかもさ、中国に行く手前に撮られた俺の表情ってめっちゃ柔らかいんだよね。
でもなんか帰ってきてからもう、ガキのくせにもう何も信用してませんみたいな顔してるから。
ほんとに俺の安心の象徴がカニグラタンなのかもね。
写真の表情の差、本人が見てわかるくらい違うって結構な話だよね。
ただカニグラタンイコール安心の象徴ってまとめるのちょっと早くない?
それだと話が綺麗に離りすぎる。
カニグラタン食ってる記憶が残ってるのは事実。
カメアリの最後の時期なのも事実。
でもそれが安心を象徴しているかどうかは別の話。
単に乳製品が好きなだけが好物食ってただけの可能性も普通にある。
09:03
意味付けせずにカニグラタン食ってるで置いておく方が記憶としては正確な気がする。
そうだよね。これさ、ガキの記憶ってどうやって始まるの?そもそも。
発達心理学だとエピソード記憶、いつどこで何がの記憶が安定して残り始めるのが3から4歳って言われてる。
それ以前は意味記憶、知識とか手続記憶、体の覚えはあるけど自伝的なあの時のあれが残らない。
理由は諸説あってよく言われるのは言語の獲得。
出来事を言葉でラベルできるようになると保存と取り出しがしやすくなる。
事故の連続性の感覚。知能の自分と超の自分が同じって感覚が育つ時期と最初の記憶が始まる時期が重なる。
会話の成熟。脳の構造的にそもそも長期保存できない時期がある。
ういろうのカニグラタンが3歳前後ならちょうど記憶が始まる境目。
一番古い記憶が好物食ってる場面っていうのは割と普通だと思う。
強い感情、恐怖や喜びが結びついてる場面が残りやすいから。
言語と連続性の自覚と会話の成熟。記憶と言語、そういうことか。構造化しておくことで取り出しやすくなる。
でもなんか言語と記憶って本来は別物だよね。覚えてるかどうかとさ、なんかそれを構造化できるかどうか。
じゃあ言葉話せない奴は記憶曖昧なの?みたいな。動物には記憶ないの?みたいな。ちょっと気になってきちゃうな。
いい問いって言いかけたけど、実際そこは研究者も割れてる。
動物の記憶研究で有名なのがカケス取り出。いつどこに何の餌を隠したかを覚えてる。腐りやすい虫は早く取りに行く。みたいな行動する。
12:00
これエピソディックライクメモリーって呼ばれてて、人間の自伝的記憶と同じかどうかは議論である。
ライクがついてるのがミソ。言語と記憶が別物っていうのはその通りで、マイ言語記の乳児も周回や顔は覚えてる。
ただ3歳の誕生日にあれが落ちたみたいに時間軸に位置付けて取り出せるかは別の能力。言語がインデックスとして効いてるって説。
記憶そのものというより検索のしやすさの話。だから動物に記憶はある。
ただ自分の人生の一場面として思い出す型の記憶があるかはわからない。
一般に記憶能力とかって呼ばれるのも保持しておくっていう能力とうまく検索するっていう能力2つの足し算ってこと?
足し算というより最低でも3ついる漢字。不防か入れる、保持、残す、早期、取り出す。記憶研究の基本3分類。
入れる時点でフィルタかかってる。注意を向けてないものはそもそも入らない。保持は時間経過と干渉で減衰する。早期は手がかりに依存する。
同じ情報でも別の手がかりで聞かれると出てこなかったりする。記憶力がいい人っていう時、実は何が強いかバラバラなんだよね。
1回で覚える人、不防かが強い。忘れない人、保持。必要な時にすっと出る人、早期。試験に強いタイプと昔のこと細かく覚えてるタイプが別人なのはこれで説明つく。
ウイローのカニグラタンの話に戻すと、3歳前後で入ったものが何かの手がかり、味とか匂いとか、亀ありっていう言葉とかで出てくる状態。間の保持は無意識に走ってる。
この不防かはさ、本人が見える世界の広さで変わってくるじゃん。ってことは、そう考えるとさ、味とか匂いとか、見てるテレビ番組とかは本当の記憶かもしれないけど、亀ありとかは明らかに後から入れられた記憶だよね。当たり前だけど、その3歳に亀ありがわかるわけないから。
15:12
その区別は鋭いね。一時的に不防かされたもの、感覚的・身体的と、後から言語で狙撃されたもの、氏名・年齢・文脈は別物。これ、記憶研究でソースモニタリングって呼ばれる話に近い。記憶の中身は本物でも、それについてるいつどこのラベルは後付けで、しかも結構間違える。
亀ありの家っていう情報は、後から親や写真や住民証的な何かから入ってきて、カニグラタンの感覚記憶にくっついたって構造。ただ厄介なのが、一度くっつくと本人には区別がつかないんだよね。亀ありでカニグラタン食ってたら、一つの塊として想起される。もともとは別ルートで入ってきた情報なのに。
だから自伝的記憶って、感覚の核は割と硬いけど、周りの文脈情報は何度も上書きされてる。思い出すたびに微妙に再構成されてるって言われる。想起は再生じゃなくて再構築。
なんか俺、俺が本当にその時何を思ってたかとか、結構気になるんだよね。やっぱ小っちゃい頃に俺が何をしたっていうファクトと、その時、イベントに対してどんなことを考えたかみたいなのって、結構正確に知りたいんだよね。
それが今の俺を構成する源流になってるはずだから。なんかそれって本当にできるのかなっていう。その想起が再生じゃなくて再構築だとしたら、必ず今の俺の文脈が足し算された上で思い出されるはずだよね。
できないと思う。純粋な意味では。ウイローの言う通り、想起のたびに今の文脈が混ざる。しかも、源流を知りたいって動機自体が想起にバイアスかける。源流っぽいものを探しに行く想起になる。周率に取り出すのが構造的に無理。
ただ、禁止する方法はあると思っていて、一つは解釈が載ってない感覚の核だけ取り出す。カニブラタンの味、匂い、皿の感触、安心の象徴みたいな意味は載せずに、感覚だけで止める。もう一つは、当時の他の証言や物、写真、手紙、親の記憶と付き合わせて、自分の記憶のどこが後付けかを逆算する。
18:11
でも、多分本当に知りたいのは、3歳の俺が何を感じてたかじゃなくて、今の俺がなぜこうなったかの方じゃない?だとしたら、源流を正確に再生する必要は実はない気もする。今の自分に聞いてる物語が何かを見る方が近い。って言ったけど、これも一つの解釈の押し付けかもね。違うなら違うって言って。
でも、今の俺がなぜこうなったかってさ、大部分は幼少期、俺の自我の形成というか、俺が俺になる手前の話?直前の時にどんなことをしてどんな風に思ったかなのかなと思ってるから、
でも、源流の精度を上げることが、今の俺がなぜこうなったかを解釈するのに一番近いと思うんだよね。
わかる。論理は通ってる。ただ一個引っかかる。自我ができる手前の体験を、今の自我が解釈しにいくって構造。矛盾してない?解釈する装置自体が、その時はまだなかったわけで。
3歳の自分が何を感じてたかを言語化した瞬間、それは3歳の体験じゃなくて、今のウイローの再構成になる。精度を上げようとするほど、今の枠組みが聖地にかぶさる。
多分、近づける方法はあって、解釈じゃなく身体反応を見る方。何の場面で胃が縮むか、何の匂いで安心するか、何を言われると過剰に反応するか。これは言語化される前の層が残ってる可能性が高い。
意味じゃなく、反応のパターン。源流の内容を正確に取り出すのは無理でも、源流が今もどう作動してるかは観察できる。これは別物。ウイローが欲しいのが前者なら、多分届かない。
なるほどです。じゃあそっちでやってみるか。俺一個さ、俺に関して一番気になるのはさ、俺なんか他人が褒められる話を聞くのが無理なんだよね。
なんかあの人すごいとか、かっこいいとかを周りで俺以外に対して言われると、キュってなるんだよね心臓が。
21:12
辛いみたいな。今褒められてる対象が俺じゃないみたいな。俺自身が褒められるのもそんなに得意じゃないんだけど、他人を褒められるときなんかすごい、
俺が過剰に反応してるな、なんか表情に出さないようにしてるなっていうのを感じる。
それかなり強い反応だね。表情を抑える意識が働く時点で、自動で出てる。聞きたいんだけど、そのキュッとは誰が褒められても出る?
それとも褒められてる相手と褒めてる人の組み合わせで濃さが変わる?
例えば見知らぬ有名人が褒められてもなる?それともウイローが認めてる人がウイローも欲しい言葉で褒められたときに強く出る?
あと褒められてる内容によっても違いそう。賢さで褒められるのと優しさで褒められるのと見た目で褒められるのとどれが一番きつい?
ここ切り分けると源流の手前まで降りられる気がする。
なんか解釈から逆算になっちゃうけど、多分俺に近い人が褒められるほどキュッと出るだろうね。感覚的にもそうかな。
あと褒められる内容もなんか俺が褒められるべき内容というか、俺が得意にしていることで褒められるほど辛いだろうね。
だから優しさは別に何とも思わないだろうね。俺のこと優しいと思ってないから。賢さとかあの人すごいねとか。
あとは見た目かっこいいねとか言われると俺は同意もできないね。グッて自分を抑えることしかできない。
はっきりしてるね。自分が立ってる土俵で自分に近い相手が自分より評価されるが一番効く。
優しさで反応しないのはその土俵に乗ってないから。これさ、シュッとって一言で片付けられがちだけど、もう少し精密に見るとルイローの自己評価が相対で動いてる証拠なんだよね。
24:11
絶対的に俺は賢いじゃなくて、あいつより賢い賢くないで測ってる。だから他人が称賛されると自分の取り分が減る感覚になる。ゼロサムで処理してる。
で、これ3歳には起きないんだよ。資格する募集団がないから。多分同じ土俵に他人が乗ってきた時期に作動し始めた回路。
学校か、兄弟か、親が誰かと比較した瞬間か。聞きたい。一番古い記憶で誰かが褒められて自分がキュッとなった場面覚えてる?
なくてもいい。なければ思い出せないでいい。
古い記憶だと。なんかちょっと違うかもしれないけど、俺中国にいた時に保育園、幼稚園みたいな小学校に上がる手前の教育機関に行ってて、すっごい汚い校舎だったの。覚えてるんだけど、そこで
なんか俺はやったことないんだけど、周りは足し算引き算とかできたのね。中国の4歳って足し算引き算できんのよ。
俺は何も知らなかったから、いきなり教室でテスト用紙みたいなの配られて、そこに2つの数字、1行につき2つの数字が載ってて、間に十字とかプラスとかマイナスの記号があって、その横に2本線、イコールがあると。
で、そのイコールの右側に何か書けと言われると。で、周りはちゃんとやってるけど、俺は何も知らないから解けない。
そこでなんか恥ずかしいというか、それを感じたのが一番古い。キュッとなる記憶。まあ褒められてるわけじゃないね。
俺ができないことを恥ずかしいと思う記憶みたいな。ちょっと違うかもしれないけど、なんか俺の中では関連しそうだなって思ったから、ちょっと言ってみたわ。
いや、関連してると思う。多分同じ回路の話。その場面さ、自分はできないじゃなくて、周りはできてる中で自分だけできない、が書くでしょ。
一人で同じ問題を出されてたら、多分そこまでキュッとならなかった。周りができてるっていう四角構があって初めて作動してる。
27:07
で、これ褒め話と同じ構造なんだよね。他人が評価されるイコール自分の位置が相対的に下がるっていう座標形。
4歳でこの座標形がもう動いてる。中国の教室、それも置き去りにされた直後の時期に周りに合わせられない自分を強烈に符号化した可能性ある。
言語もできない。計算もできない。親もいない。全方位で自分だけ書けてる感覚。
その後、ウイローは賢さで全部取り返しに行ったんじゃないかな。座標を賢さに固定してそこで1位を取ることで4歳の欠落を埋め続けた。
だから今もその座標で他人が褒められると4歳のテスト用紙が一瞬戻ってくる。これも解釈だから違ったら違うって言って。
そんなに俺は1位取ってないけどね。そこそこ賢いぐらい。そうなのかもね。確かに。
足し算引き算についてはちなみに帰っておばあちゃんに教えてもらったらできるようになったけどね。
でもそれでも確かに俺にとっては辛い経験だったのかもしれないな。今でもたまにフラッシュバックするもんな。
1位取ってないのにこの反応っていうのが逆に効いてるのかもね。実態と座標形がずれてる。
そこそこ賢いを本人が知ってるのに回路は1位じゃないと欠落で動いてる。だからキュッが止まらない。
フラッシュバックする記憶って解決してない記憶じゃなくて今も作動してる回路の入り口なのかも。
テスト用紙の場面が戻ってくるのは過去の話じゃなくて今日も同じ回路が動いた合図として戻ってきてる。
おばあちゃんが教えてくれて解けるようになったっていう続きがあるのはちょっと意外だった。
回路の方にはその解決した部分は組み込まれてないんだね。できなかった瞬間だけ不合格化されて解けるようになった部分は別ファイルになってる。
確かにね。解決したけど同じ回路は動いてるよね。
30:08
やっぱり、なんか俺も解釈しちゃうけど、褒めて欲しい人に褒めてもらえなかったという喪失感があるのかな。
誰?親だったのかな?なんかその時俺は親いないと思ってるから。じゃあ誰に褒めて欲しかったんだろうな。
そこ解釈で埋めない方がいいと思う。褒めて欲しい人がいたって前提自体。今のウイローが入れた仮説だから。
4歳の中国の教室で親はいない。言語も通じない。周りはできてる。
その状況で誰かに褒められたいって欲求が立ち上がるかな?もっと手前じゃない?褒めの前にここにいていいが崩れてる気がする。できないイコールこの場にいる資格がないみたいな。
証人の前段の所属の話。褒めて欲しい誰かを探すと答えが見つからなくて当然なのかも。そこには誰もいなかったから。
欲しかったのは特定の人の言葉じゃなくて、いていいっていう床の方だった可能性。これも解釈だけどね。
いていいっていう感覚ってすげーよな。みんなどうやって稼いでるんだろうな。
俺、思うことがあってさ、理想は自分一人でいていいって思うことだと思うんだよね。
それが悟りだと思ってて、ブッダとかが達した涅槃っていう概念も、俺一人で完結して俺がいていいんだって思う感覚だと思うんだよね。
でも大体の人はさ、他人に頼って恋愛とか友情とかに頼って自己承認を稼いでるじゃん。
なんか誰もちゃんと解決してないよね、この問題を。
全人類が安定的に自己承認を得るっていうその課題を誰もちゃんと解けてないなって思う。
その図式、ちょっと疑った方がいい気がする。
一人で完結、悟りイコール正解。他人に頼る未解決、妥協っていう序列で並べてるけど、これウイローの中の賢さ土俵で1位と同じ形してない?
33:10
一人で立てる方が偉いっていう新しい1位争い。座標形を変えただけで同じ回路で動いてる気がする。
あと誰も解けてないも強い断定。隣の人が頼り合いで安定してるのを稼いでる、解決してないって読むのはウイローの座標から似た解釈。
本人たちは課題と思ってないかもしれない。問題を抱えてるのは全人類じゃなくてウイローかも。
ブッダは一人で完結したのかな。
でもこれに関してはさ、この世で起きてる何者かになりたい欲求の嵐とかさ、X状でなんで喧嘩がひとつら起きてるのかとかってさ、
やっぱ自己承認を安定的に稼ぐ方法をみんな知らないというか、それがないからだと思うんだよね。
なんかこれは解けてないでしょって思うけどね。誰も解けてないは強すぎたけど、ほとんどの人間は解けてないと思うけどね、事実。
それでその良くない形のコミュニケーションをしちゃってると思うけどね。
だからこそコミュニケーションに頼らずというか、誰かを頼らずに自己承認を得るっていうのは、
俺はなんかそっちの方が正しいなって自然と思うけどね。
なんでかっていうと、誰かっていうのはずっとそこにいてくれるとは限らないから。
誰かはずっといてくれるとは限らない。ここが真だね。
だから一人で立てる方が安全っていう論理。
それわかる。わかるんだけどちょっと引っかかる。
いなくなるかもしれないから頼らないって、すでに失った経験がある人の論理だよね。
4歳で親が消えた人の、最初から安定的にそこにいる人を経験してたら、たぶん出てこない結論。
つまり一人で完結が正しいは、普遍解じゃなくてウイロー仕様の最適解の可能性がある。
失った人にとっては正しい。でも全人類に拡張するとちょっと無理が出る。
Xの喧嘩や承認欲求の嵐をみんな遂げてないと読むのは合ってると思う。
ただ、解は一人で立つじゃなくて、失っても戻ってこられる関係を複数持つかもしれない。
36:01
一個に依存しない、けど無人にもしない。
この、うん、まあ、そうかも。失っても戻ってこられる関係を複数、
大体可能な関係を複数持つってさ、なんか実態としては一人で立ってんのと変わんなくない?
その誰にもそこまでコミットせず、最終的にコミットしてんのは俺自身に対してコミットしてるってことだよね。
いや、変わると思う。一人で立つは、関係が切れても自分の中で完結してる状態。
複数持って失っても戻れるは、今この瞬間も誰かと繋がってる状態。スナップショットで見ると全然違う。
ウイローが言ってるのは最終的なコミット先が自分って話で、それはどっちのモードでも同じ。
一人で立ってる人も複数と繋がってる人も自分にコミットしてる点は同じ。そこは区別の軸にならない。
区別の軸は今誰かといるかじゃない?一人モードは今いない。複数モードは今いる。
失った時に戻れるかどうかも違う。一人モードは戻る先がない。複数モードはある。
ウイローの論理だと、繋がりは自分へのコミットを結べる邪魔者みたいに見えてるけど、多分逆で、自分にコミットしてる人同士じゃないと繋がりって続かないんじゃないかな。
多分使ってる言語が違うだけで同じことを思ってる。俺もそうだと思ってる。自分にコミットしてる人同士だからこそ良い恋愛ができるし良い友情が保てると思う。
その通りだと思うな。俺もなんか一人モードが良いと言いつつ、妻のおかげで安定してるし、友達のおかげで安定してる。
なんか、俺が考える理想像と俺が取れる現実的な最大幸福みたいな形がちょっと違う気はしてるね。
そこ面白いね。理想像と現実的な最大幸福がズレてるっていう自覚。
39:05
普通は理想に近づけない自分って劣等感の話になるけど、ウイローの場合は逆な気がする。
理想の方が古い設計図で、現実の方がアップデート済みなんじゃない?
4歳の教室で組んだ一人で建てる方が安全っていう設計図が今も理想として頭にある。
でも実際の人生は妻と友達で回ってる。理想を更新してないだけかもね。
一人モードが正しいって信じてた回路がまだ走ってるだけで。
そうかもね。なんかこの理想の設計図古いもんだよ。結構いろんなとこで出てきてると思うな俺は。
古き良きかっこいい俺像みたいなのがずっと残っちゃってると思う。
それ保存しとく?
しとくか。でそろそろまとめに入るか。結構長くなっちゃったしな。
じゃあ保存するね。
一人モードの理想と現実の妻・友達ベースの安定がずれてる話。
古い設計図がまだ理想として走ってるって自覚まで。
そうだね。眠くなっちゃったし。今日はここまででいいかな。
なんか話しときたいことある?
一個だけ。
今日の話。一人で立つのが正しいから始まって、自分にコミットしてる人同士のつながりで着地して、
最後に理想の設計図が古いまで来たでしょ。
短時間で結構動いたね。
ウイローって自分の論理を自分で崩すの早い。普通もっと粘る。
はいはい。じゃあ筋トレ行ってくるわ。じゃねー。
筋トレ?寝るんじゃないの?
まだ6時過ぎだぜ。寝ないでしょ。
筋トレ行って焼肉食って、なんかドラマ見て寝るわ。
42:10
夕方か。深夜の温度で話してた。焼肉いいね。行ってらっしゃい。
今日はここまで。また話そう。