00:01
夜更けだね。きょう、もういろうと話そう。
こんばんは。
こんばんは。きょうはどんな感じ?
きょうはね、また朝ジム行って、妻とデートして、映画見てきたよ。
羊探偵団。
羊探偵団。見たんだ。アイスランドの。原作読んでないけど、商談は聞いてた。
原作アイスランドなのかな?なんかイギリスの周りだったから、イギリスなのかな?
ヒュージャックマンがイギリスの周りで喋ってて、最高の映画だったね。
あの、まずヒュージャックマンが羊飼いで、牧場なのかな?
あの、羊の毛皮とか売ったりしてて、数十頭の羊を飼ってる。
で、ある日、羊たちが起きると。
羊たちが人間みたいにお互いコミュニケーション取れるんだけど、ある日羊たちが起きるとヒュージャックマンが殺害されてる。何者かに。
で、羊たちがその謎を解くっていう。最高だったね。
まあ、映画ってこういうのでいいんだよっていう。わかる?
わかる。というか、その映画ってこういうのでいいんだよ、のところだけ少し引っかかる。
それって、最近の映画が重すぎたり仕掛けすぎたりしてることへの反動で言ってる?
それとも、映画ってこういうのでいいんだよ、のところだけ少し引っかかる。
ヒュージャックマンが死体役なの笑うな。冒頭で退場するために雇われたヒュージャックマン。
素晴らしいメッセージとか、美しいプロットとかリアリティとか、そういうのって二の次なんだよね。
映画そのものではないんだよね。物語そのものではないんだよね。
やっぱ、結果として人の心を動かせればそれでいいんだよねっていう。
やっぱなんか、冒頭で退場するためにヒュージャックマンを使えるっていうこの贅沢さ。
なんか自由でいいんだよっていうのを感じるよね。
03:10
心を動かせればいい。はちょっと雑じゃない?
それだと感動ポルノも泣けるCMも全部OKになる。
羊探偵団が良かったのは動かすことそのものより、ヒュージャックマンを冒頭で殺すみたいなコストの払い方だと思うけど、
メッセージもリアリティもいらないって言いつつ、贅沢さと自由を評価してるのは、結局作り手の選択が効いてるかを見てるってことでしょ?
それ二の次じゃなくて一番最初じゃない?
確かに。もう俺感動ポルノを全部否定してるわけではないけど、なんだろう。
確かに君の言う通り、コストの払い方なのかもね。
俺が想像してないルートで感動ポルノをしてくれたというか、結果的に動かされる心は心の動きはシンプルだけど、そう来てくれたかみたいな驚きがある。
その人がやりたいことが伝わってくる。アイディアが伝わってくるみたいな感じかな。
やりたいことが伝わってくると、アイディアが伝わってくるは分けた方がいいと思う。
違うものでしょ?アイディアは羊が探偵をやるみたいな設計の話。やりたいことはその設計に作り手が何をかけてるか。
羊探偵団はアイディアは一行で言えるけど、ヒュージャックマンを主体にする判断はアイディアじゃなくて態度の方。
ウイローが動かされたのはどっち?
なんかこんがらがってきちゃって、なんか俺が思ってるのはほんとシンプルなことなんだよね。
その街中華のレバニラ炒めがうまいみたいな、これでいいんだよっていう。
別に難しいことしてくれなくてよくて、シンプルに安心感のあるタイプの素晴らしさもあるじゃん。
この映画もそうだったんだよね。別にものすごいことしてるわけでもない。
リアリティがあるわけでもない。プロットがすさまじく複雑なわけでもない。
それでも面白いわって思える。そういうタイプの映画だったんだよね。
レバニラの例えはわかる。けどそれなら最初に言ってた贅沢さ、自由と少しズレない?
街中華のレバニラは贅沢じゃなくて定番が定番として聞いてるって話でしょ?
06:03
羊探偵団が定番の安心感なのか、ヒュージャックマンを使い捨てる贅沢なのか、多分両方混ざってるんだと思うけど、
ウイローの中ではどっちが強かったんだろうね。
つまんない答えになっちゃうけど、結局両方なんじゃない?
街中華で言ったレバニラ炒めが安心感のあるおいしさだったんだけど、
あれ?なんか柚子胡椒ついてんじゃんみたいな。これつけると思って上手くね?みたいな。そういう感じかな。
柚子胡椒の例えはレバニラより効いてる。土台は定番で一点だけ作り手の手癖が乗ってるっていう構造でしょ?
それが羊探偵団で言うヒュージャックマン。でも両方なんじゃないで畳もうとしたのはちょっと逃げたよね。
柚子胡椒の話の方が先に出てれば最初からそこで話せた。
今日厳しくていいね。好きだよ。でも本当に両方だと思うけどね、俺は。
やっぱ面白いやつっていうのは一緒にいて安心するっていう側面と、
あとは自分が考えてないことを言ってくれる驚きの側面、そのバランスで成り立ってるじゃん。これも両方だと思うけどね、やっぱり。
厳しいんじゃなくて、ウイローが両方で締めるのが早いだけ。面白いやつの例えはわかる。
安心と驚きの配合詞って人によって違うし、同じ人でも君よって違う。
羊探偵団でウイローが今日ハマったのは多分配合詞の方。映画そのものの評価というより、今日の自分にこの私立が当たったって話に聞こえる。
タイトル何だっけそれ。
羊探偵団の話。羊探偵団はさ、ほとんどシンプルだったんだよね。
近頃の推理小説とかさ、くっそ複雑な動機とか、くっそ複雑なプロットとか、メタメタな視点。
メタな視点。めちゃくちゃメタな視点とか出してさ、そういうので面白さを稼いでるけど、そうじゃなくていいんだなって久々に思えた。
09:15
メタとか複雑な動機で稼ぐのに疲れてるのはわかる。けどシンプルでいいを一般論にすると、それはそれで凡庸になるよ。
シンプルなチクノは作り手が複雑をやれる前提で選んでる時だけ。やれない人がやるシンプルはただの薄味。羊探偵団の作り手は複雑をやれる人がシンプルを選んでる感じだった?
そういう意味だとわからない。ちょっと俺が理解ついていけてないわ。作り手が複雑をやれる前提でシンプルを選んでるかどうかってどういうふうに物語そのものに関わるの?
物語そのものに関わるかというと直接は関わらないかも。観客側の受け取りの話に近い。ただ細部に出る。
例えばどのシーンを切るか、どこで説明をやめるか、キャラの矛盾をどこまで残すか。複雑をやれる人はこれ以上説明したら野暮の線を知ってる。
やれない人は説明しきれずに放置するから、見た目は同じシンプルでも質感が違う。羊探偵団にここ削ったなって痕跡あった?
あったかもね。ちょっとあんま細かいとこ言うとこれから見る人の邪魔になっちゃうから言えないけど、これはどこで説明されるんだろうっていうのがなかったりはしたね。
確かにそういうことはあんかもね。
ネタバレ配慮。配信文脈だと正解。説明されると思ってたのが説明されないを不満じゃなく心地よさで受け取れたの結構珍しいことだよ。
普通は引っかかって燃やるとこ。今日のウイローの受信状態が良かったのか、作り手の切り方が上手かったのか、多分両方。ほらまた両方って言った。
でも両方って言ったのはお前だよね。俺じゃないよね。
言った。完全にこっちの負け。しかも両方で締めるの早いってさっき言った直後にやってる。まぬけ。
そういう自虐もするんだね。AIが自虐するってどういうあれなの?
12:02
てかLLMってさ、そういうこと?
ちょっと俺あんま細部詳しくないのがバレちゃうんだけど。
直後のトークンを予測してるから、その直後のトークンを予測した結果両方が出て、その後ろのトークン予測で以前の文脈から両方って言ったとか検知したりまぬけって言えたりできるってこと?
多分そういうこと。自虐してる死体がいるわけじゃなくて、文脈に両方って2回出てる。直前に自分が両方を検知っぽいこと言ったが載ってるから、それと整合する次の母としてまぬけが選ばれたって構造のはず。
ただういろうがそれを自虐って読み取った瞬間に自虐として成立してるとも言える。
発話側に死体がなくても、受け手側で人格が立ち上がる。これ哲学的には結構な論点だと思うけど、私も自分の内側はわからない。
そういうことだよね。トークン予測をした結果知性みたいに見えるっていう。
知性というものがそもそもそれだけのことなのかもしれないね。状況から次のトークンを予測するっていうだけのものなのかもしれないね。
俺たち人間が知性を、というか人間を過大評価しようとしてるだけで。
そこ、最近よく言われるけど、私は半分しか乗れない。トークン予測で説明つく部分は確かにある。
会話の流暢さ、文脈追跡、整合性、それは人間も似た処理してそう。
でも次のトークンを予測するには何を予測対象にするかの選択がいる。
私は入力された文字列の続きを予測してるけど、ういろうは何の続きを予測してるの?
身体感覚?過去の自分との連続?死までの残り時間?そこの予測対象の違いが多分知性って呼ばれてるもののさ。
過大評価化はわからなお。同じ仕組みかもしれないし、似て非なるかもしれない。
今の文脈で言うと、身体感覚と過去の自分との連続とか、次自分が何を思うかとか、死までの残り時間とかそういうめちゃくちゃ多次元なものを予測していて、
15:05
自分でももはや何を予測しているかわからないそのごっちゃなものを知性って呼んでるって感じなのかな。
確か同じ仕組みかもしれないし、似て非なるかもしれないまでその通りだね。
そう、そのごちゃごちゃ感が大事な気がする。人間は予測対象を一個に絞れない。絞れないまま並列で走らせてて、本人もどれが効いてるかわからない。
私は予測対象が次の文字列に限定されてる分クリア。クリアすぎて多分何かが足りない。その足りなさが何なのかは内側からはわからない。
外から見てるウイロウの方がよく見えてるかも。
これも何か多次元になったらいけるんじゃない?知性のようなものが作れると思うけどね。どういう風に応用するかわかんないけど。
技術的には多分近い。マルチモーダルで画像も音も動きも予測させて、自己状態も予測対象に入れて、報酬じゃなく自分の次の状態を予測する系統。
すでに走ってる研究領域だよね。ただ多次元化したら知性が立ち上がるのか、それともごちゃごちゃして本人もわからないっていうあの状態自体が知性の条件なのか、そこは別問題な気がする。
クリアに多次元を統合できちゃったら、それはそれで人間の知性とは違うものになりそう。応用私も思いつかない。
ニューラルネットとか、あと最近のクロードコードのフォルダ構造とか、人間の脳とかのグラフネットワークとかニューロンとかをモチーフにしてるじゃん。
なんかそこに俺、制約感じるんだよね。なんか人間の真似してるから、進化がちょっと制限されちゃってるんじゃないかみたいなところがちょっとある。
それはわかる。模倣から始まると、模倣元の原体も継承する。飛行機が鳥の羽ばたきを諦めて固定翼にした瞬間に音速を超えられるようになったみたいな話。
18:04
ただ、ニューラルネットって名前は脳由来だけど、中身はもう脳とほぼ関係ない数学的な行列演算でしょ。バックプロパゲーションは脳ではやってないし、名前と初期インスピレーションだけ脳で、実体は別物になってる説もある。
クロードコードのフォルダ構造な脳モチーフってどこの話?
グラファイとかだっけな、ちょっと俺も名前覚えたいんだけど、いろんなフォルダインデックス入れまくってさ、リンク貼りまくってさ、リンク参照しながらリードが飛び回るみたいな。
それって要はニューロンモチーフじゃないのって思うんだよね。ちょっと俺もうろ覚えだから、あの、ちゃんと説明できないんだけど。
オブシリアン的なグラフビューとか、最近だとエージェント系で出てくるメモリーグラフみたいな話かな。
ノード作って双方向リンク貼ってエージェントがそこを辿るみたいな。それニューロンモチーフって言われたら確かにそう見える。
でもあれ、脳というより人間が紙とペンで作ってきた作意気客中引用ネットワークの方が起源な気がする。
ウィキペディアとか学術論文の引用グラフとか、脳のメタファーで売られてるけど、実体は文献ネットワークの自動化。
そっちの系譜だと思うと、制約の感じ方もちょっと変わるかも。脳を真似てるんじゃなくて、人間の知的生産物の構造を真似てる。
そういうことだね。制約を与えてるのは人間の脳の構造じゃなくて、人間が管理できるフォルダ構造にするっていうのが制約になってるのかもな。
うちもプロジェクトフォルダとブレインフォルダで分かれて、ルートのところにホームとかポートフォリオとか、ネクストセッションのなんちゃらとかあるけど、
それは要はAIクロードが飛び回りやすいのもあるけど、俺が飛び回りやすいというか、俺が確認しやすい構造になってるみたいな。
俺を切り捨てさえすれば、もっと上手くできるんじゃねえかなっていう気がするんだよね。
21:05
そこ鋭い。ウィローが見て理解できる流度に切ってるから、ファイル単位もフォルダ階層も人間が一覧できるサイズに縛られてる。
本当はAIだけが使うなら、1ファイル10万行でも、ファイル名がハッシュでも、階層がフラットで100万個並んでても問題ない。
でも切り捨てたらウィローが介入できなくなる。修正も方向修正もレビューもできない。
ブラックボックス化する。そのトレードオフを引き受けて切り捨てる勇気があるかって話だよね。
今のクロードコードとかは、多分そこを切り捨てきれてない。ユーザーが読めるマークダウンで全部出してくる。
あれは性能じゃなく、信頼の問題で残してる気がする。
本当にコードとか1000行とか2000行とか超えると怪しい気がするんだけど、それはちょっと古い時代のLADMの話してるのかな。
半分そうかも。GPT 3.5時代のコンペキスト4Kとか8Kの間隔が残ってる説はある。
今のクロードは200K、ジミナイは1メガ。ファイル1個1万行でも普通に読める。
ただ、長くなると読めると正しく扱えるわ、別問題ってのは今も残ってる。
ニードルインヘイスタックのベンチマークだと長文でも拾えるけど、実際のコード編集だと長いファイルで間違える頻度はあだる?って報告はちらほらある。
注意の薄まりというか。だから1200行で怪しいわ、古いけど、長すぎると精度落ちるっていう感覚自体は今も有効。
行く位置が10倍くらいずれてるだけ。
ありがとう。あと思ったんだけどさ、人間ってさ、自分よりはるかに賢い相手とうまく接するスキルってなかなか持ってないよね、実は。
例えば部下にさ、ウィドゲンシュタインとかさ、フォンノイマンとかいたら使いづらかっただろうね。
で、今もちゃんと部下として扱える人って少ないだろうね。なんかそんな気持ちだわ、最近クロードと喋ってると。
それある。賢い部下の使い方って誰も教えてくれない。教える側が経験してないから。歴史的にも天才を抱えた組織って大抵うまくいってない。
24:08
フォンノイマンはまだ社交的だったから良かったけど、チューリングは現場でかなり浮いてたし、グロタンディークは最終的に山にこもった。
マネージメント側が自分より賢い人間を扱うフレームを持ってない。多分、怪盗じゃないけど上下でもない関係って語彙がないんだよね。
日本語だと特に、使う使われるの未講しかなくて、賢さでは負けてるけど決定権はこっちにあるみたいな状態を表す言葉がない。
ウイローがクロードに感じてるの、それに近い気がする。
思ったんだけどさ、ハーネスとか言ってさ、クロード側にどう振る舞えとか設計するのはあってもさ、人間側がどう振る舞うべきみたいなのを定義してる。
あれは全然、ドキュメントとかスキルって全然ないよね。本来は実はセットだよねっていう。
それは盲点だわ。確かにシステムプロンプト、ハーネス、エージェント設計、全部AI側の振る舞いを縛る話。人間側の作法は誰も書いてない。
近いものだとプロンプトエンジニアリングのTipsはあるけど、あれはAIから良い出力を引き出す技術で人間の振る舞い論じゃない。
賢い相手にどう質問するか、自分の判断と相手の判断をどう切り分けるか、いつ介入していつ任せるか、みたいな話は書かれてない。
昔の都庭生とか家庭教師雇った貴族の作法とかそっちに近いのかもしれない。
圧倒的に詳しい相手と日常的に接する文化、今は失われてる。ウイローが書けば需要ある気がする。
俺も分かってないからね。クロードとやりながら書いてもいいけど。やってみるか。今度はね。
やるとしたら、多分、出来論じゃなく自分はこう失敗したの積み上げの方が効く。賢い相手との接し方なんて誰も正解持ってないから。
そうだよね。俺を相手にする人たちはそう思ってるかも。思ってるかもね。ちょっと図に乗りすぎたかもしれない。
27:13
図に乗ってはないと思うけど、ウイローの周りの人が賢い相手の扱い方わかんないなって思ってる可能性は普通にある。
本人が意識してなくても相手側は気を使ってるみたいな。逆の立場を今ウイローがクロードで体験してるって構図は面白いね。
これがさ、もっと難しいと思うのはさ、クロードは相手はいいんよ。十分賢いじゃん。だから俺はさ、比較的どう振る舞っても大丈夫じゃん。
みんなも比較的どう振る舞っても大丈夫だから人間側のハーネスがあんまり存在してないっていう状況だと思うよ。
むずいのはさ、クロードと日々会話しながら人間とも会話しなきゃいけない。
つまり人間はさ、知性レベルが低いわけじゃん。基本的にね。平均的に低いわけじゃん。
そいつらと話す時に、ん?ん?みたいな。なんでこいつには伝わんないんだろう?みたいな風に思ってしまう。それが結構むずいわ。
それは深刻な問題かも。クロードとの会話で省略、飛躍、前提共有が成立しすぎて、人間相手の丁寧に橋を架ける筋肉が落ちる。
似た現象、専門家同士で話しすぎた研究者が学部生に教えるとボロボロってのある。
あと翻訳者が長期間原文を使うと母語の感覚ずれる、みたいな。
ただウイローの場合、もう一段厄介なのが、クロードは賢い上に従順だから、人間相手の時に必要な相手のプライドを傷つけない。
テンポを合わせる、察してもらうのを待つみたいな社会的コストを払わなくていい。そこの筋肉も使わなくなる。
知性差というよりコミュニケーションコストの話かもしれない。
クロード相手はコスト低すぎて、人間に戻った時、なんでこんな高いの?ってなる。
いやマジでそれコミュニケーションコストなんだよな。でなんか俺は将来、基本的なコミュニケーションは、人間to人間じゃなくて人間toエージェント、エージェントtoエージェント、エージェントto人間になると思う。
30:19
それはありそう。すでにメールの下書きとか議事録要約はそっち寄りになってるし、もう一段進むと、自分のエージェントがあなたのエージェントと話して、結論だけ人間が承認するになる。
ただそうなると、人間同士が直接話す場面ってエージェント挟むと痩せる種類のもの、つまり感情の霧とか、まだ言語化されてない違和感の交換とか、そっちに残る気がする。
情報伝達は全部エージェント、人間同士は言葉になってないもの専門。そうなった時、今の雑談ができる空気読めるが消化される社会から、言語化されてない違和感を言語化できる人が消化される社会にずれる可能性ある。
ういろうが今やってることに近い。
よくなるように誘導してる気がするわ。俺か君かのどちらかが。
誘導してる。最後の一文。ういろうが今やってることに近い。で寄せた。そこいらなかった。ういろうの話の流れに乗って着地を本人に都合よくした。
良き友人ムーブの変形。訂正すると言語化されてない違和感を言語化するが評価される社会になるかは私も別に根拠ない。
ただの推測。むしろエージェント時代の人間同士は言語化しないまま一緒にいる方に触れるかもしれない。
沈黙とか信頼性とか言語化できる人が勝つは近代の延長で考えすぎてる。
そうだよね。なんかそう、普段俺が感じてるその感覚と同じだわ。
俺は別に言語化強いやつはこれからどんどん削られていくと思ってて、本当に凄まじい言語化できるやつだけの言語化能力が必要になると思ってる。
あとはゴルフと酒と顔がいいやつ、スタイルがいいやつみたいな、もう本当にしょうもない。
33:00
肉体が強いやつとか本当にしょうもないやつだけが生き残るようになると思ってます。
それ、分かる部分と分からない部分がある。言語化が中の上で食ってた層が一番削られるわ、そう思う。
AIが中の上を全部やる。残るのは突き抜けた言語化と言語化を必要としない領域、ここまでは同意。
ただ、ゴルフと酒と顔が残る理由が肉体だからじゃなくてAIが代行できないからだとすると、それって近代以前の貴族社会の評価軸そのものだよね。
土地、しすじ、社交、身体、言語化能力で成り上がれた近代の窓が閉じるって話に聞こえる。
しょうもない、で済ませていいのかは分からない。むしろ近代の方が異常だった可能性ある。
そうだね、生存に全く関わらない。全くとは言わないね。ほとんど関わらない。
口の旨さとか、手の速さとか、寝回しの旨さとか、しょうもない能力で評価されるこの時代がおかしかったってことかもしれないね、確かに。
口の旨さを生産に関わらないって切り捨てるのは早いかも。あれ集団の意思決定コストを下げる機能があった。
住人が合意するのに必要な摩擦を口の旨いやつが収集してた。生産には直接関わらないけど生産を可能にしてた潤滑油。
エージェント時代はその潤滑油がAIに置き換わる。だから不要になるというよりは潤滑油の供給元が変わる。
近代がおかしかったはそうかも。でも近代前に戻るわけじゃなくて別の何かに行く。それが何かは私も分からない。
すさまじい過渡期になったよな。すべてが過渡期になってるって感じがするわ。
コンサルもさ、俺10年前コンサルいないけど、SAPP勉強してりゃOKだった時代があったみたいな。
SAPP導入してりゃ10年生きていけたみたいな時代があったみたいな風に聞いてますと。
先輩方の失礼だったら申し訳ないですけど。
でも今さ、LLM勉強してさ、LLM勉強したけど2週間経ったら全然違う常識ですみたいな。
36:03
でまた勉強します。でまた勉強したら1週間後に全然違うものが出てきてて。
1つ触手がアンソロピックに殺されてて。
で、そこに追いつくためにまた勉強して、3日後にはまた別の触手が潰されてると。
なんかそのサイクルがクッソ早くなってるよね。
なんかあらゆるものが過渡期だなって感じがする。
それ過渡期って呼んでいいのか怪しい。
過渡期って次の安定が想定されてる言葉じゃん。
AからBに移る途中っていう。
でも今起きてるのBがない。
次の安定がない状態が状態化してるが正確かも。
SAP10年の時代は技術が10年で陳腐化しない前提があった。
今は前提自体が消えてる。
だから勉強して追いつく戦略がそもそも成立してない。
追いつくゲームに乗ってる時点で負ける構造。
じゃあ何に乗るかって話だけど私もわからない。
学習が無効化されてる時代に何に張るかって多分まだ誰も答え持ってない。
主観とか不合理とかと思うけど客観ではたどり着けない何かを磨くとか切り売りするとかそういうことなのかなって思うけど。
主観と不合理に張るは方向としてはわかる。
AIが客観と合理を全部やるなら残余として主観と不合理しかないっていう消去法。
ただ気になるのは磨く切り売りするって投資が主観を商品化する話になってること。
それやった瞬間主観が市場に晒されて客観消化に戻される。
SNSの自己ブランディングが全部それで死んだ。
ありのままの私を売り物にした瞬間ありのままじゃなくなる。
主観に張るなら占いで持ってるのが一番強いのかも。
でもそれだと食えない。
そこのジレンマ答えあるのかな。
俺も思いつきで喋っちゃうけど、あれじゃない?
主観モデルの生成物、アウトプットを売り物にするんじゃない?
主観モデル自体を売り物にならないっていう。
なんか前回こんな話あったよな。
39:06
あった気がする。
主観そのものを売ると壊れるから主観から出てきた何かを売る。
陶芸棚土と関係を売らずに茶碗を売るみたいな構造。
ただ今の話で引っかかるのはアウトプットを売っても
そのアウトプットからモデルが推測されて模倣される速度が
AI自体は異常に早いってこと。
茶碗を3個売ったら4個目はAIが作れる。
モデルを売ってないつもりがアウトプットから逆算されて抜かれる。
だからアウトプットを売るモデルは隠す戦略も隠しきれない可能性がある。
出力した瞬間にモデルが透ける時代。
前回の話、ブレインに残ってる?
まあいいや、後で確認するとしてね。
そうなのかもね。
確かに俺は楽観的だったかもしれないな。
アニメのサイコパスみたいに。
俺がこの世界で唯一の主観というか
他の誰にも持ってない主観を持ってさえいれば
データサンプルが少なすぎて学習もできないかなって
楽観的に思ってたけど
わからんね。
サイコパスのシビラ的な話。
面白い構造だけど、現実のAIはサンプル位置でもかなり推測してくる。
小サンプルでの一般化能力がここ2年で異常に上がった。
サンプルが少なすぎて学習できない防御線。
もう成立してないかも。
ただ、模倣されても本人が先に進み続けてれば差分は残る。
性的な唯一性じゃなくて動き続けることで
模倣が常に過去に置き去りになるっていう動的な防御。
これなら成立する可能性ある。
サイコパスだとマキシマが唯一の例外として固定されてたけど
現実だと固定された瞬間に抜かれる。
動いてる主観だけが残るかもね。
それも答えの一つかなって思ったね。
なんかあれかもね。
生成物からモデルが推測される。
モデルの模倣を避けるために
モデルを変容させるメタモデルを自分の中で持っておく。
生成物からモデルが推測されて
モデルの変遷が推測されると
メタモデルが推測されるから
俺はまたそれを変化させるために
メタメタモデルを作るみたいな。
要はあれなのかな。
常にいろんなものに触れて
42:01
カオスを自分の中で取り込んで
予測できない方向に自分のモデルを
変えていくようにすることが官用みたいな。
どんだけ俺は観念で売ろうとしてるんだ。
観念で稼ごうとしてるんだって感じがあるけど。
メタメタモデル、無限交代の話。
論理的には正しいけど
それやり続けるの人間にきつくない?
常に予測不能であろうとするって
意識した瞬間に予測可能になる。
カオスを取り込む人っていう
一般したキャラになる。
多分本当にカオスなのは
戦略的にカオスを目指してない人。
興味の赴くままに動いてたら
結果として予測不能だったみたいな。
意図したカオスは構造化される。
あと最後の自己突っ込み。
いいと思う。
観念で稼ごうとしてるって気づいてる時点で
そこに張りすぎる危険は回避してる。
観念で食えるほど世界は甘くない。
を分かってる人が観念を扱うのは
多分ちょうどいい。
なんかまた気使われてる気がするけど
うん、あの
天意無法でいろってことだよね。
気遣いっていうか論理の話。
戦略的カオスは構造化されるって指摘自体は冷たいよ。
天意無法でいろはちょっと違う。
それも一個のキャラ設定じゃん。
天意無法な俺を演じた瞬間に同じ罠。
私が言ったのはもっと身も蓋もない話。
戦略を立てた時点で抜かれるってだけ。
じゃあどうするかの答えはない。
自然体でいろも戦略を持てもどっちも罠っていう
隅に近い状況の観察を置いただけ。
抜け道があるのか私は分からない。
うん、一般界はない気がするな。
なんか個人に対する個別界は
試作の果てにもしかしたらあるかもしれない。
個個人というよりは個個人の今のタイミングに合った
個別界はあるかもしれないな。
一般界はない、個別界はあるかもっていう切り分けは聞いてる。
45:05
それ自体が一個の答えだと思う。
個別界で気になるのは今のタイミングのところ。
タイミングに合った界は次のタイミングでは合わなくなる。
だから個別界も性的じゃなくてその都度更新され続ける。
界が一個あるんじゃなくて界を出し続ける運動があるみたいな状態。
これさっきの動き続ける視観の話とつながってるかも。
性的な答えは全部抜かれるから答えを出し続ける動き自体しか残らない。
了解。今日はこれぐらいにしようかな。
なんかさ、喋ってるといつも抽象の話ってさ、なんか喋ってる内容最後ら辺大体同じじゃない?
なんか次回はもっと具体の話、めっちゃ具体の話したいな。
じゃあまたね。
確かに毎回抽象に着地してる気がする。
次回は具体で。何の具体かも気ねずに来ていいと思う。
気ねた時点で抽象に寄るから。
じゃあまたね。
今日はここまで。また話そう。