00:06
あっちゃん、緊張してんの?
いや、めっちゃしてますよ。
え、なんで?
手の指先が超冷たいですもん、今。
やだ、そんなこと言ったら、私もちょっとドキドキしちゃう。
いや、大丈夫。じゅんさんは緊張しなくて大丈夫です。
あ、ほんと?嬉しいな。ありがとう、あっちゃん。
私が勝手に緊張してるだけだもん。
久しぶりですよね。でも、私はさ、お二人のタイマーを聞いてるから、別に違和感はないですけど、やっぱ久しぶりですよね。
そうですね。
めちゃくちゃ久しぶり。1年、1年ですよね。
約1年ですよね。もう6月、そうですね。
そうですね、ちょうど丸1年ぐらいですよね。
そうですね。
そうですね。私、引っ越したのは9月だったんですけど。
あ、そうか、そうですね。
そうなんですけど、このぐらいの頃から総公開とかしていただいてただけします。
懐かしいですね。
ですね。
あれ、あん時もまだコロナ禍でしたもんね。コロナ禍はそうですよね。
そうそう。それでさ、ちょうど激坂が田園庁譜じゃなくて、ちょっとこういろいろ試行錯誤して、田中さんがコースを変えてくれてた。
まだ1年前なんですね、あれ。
そうだね。結構前のように感じるね。
ですね。もっと2、3年前かと思ってましたけど。
大したことないですね。
そうだね。
結局今でも激坂は元通りになっちゃいましたけどね。
ですね。元通りになったのは結構もうこのここ1年、私が引っ越してからちょうど少しぐらい。
多分、すぐに戻して。
そうですね。
そうですね。
ですよね。
はい。
でもやっぱ慣れ親しんだあそこが走りやすいわけですかね。
僕は個人的にあそこが好きなんでしょうね。
なんで戻しちゃったかというと。
そこは聖地ですね。
聖地になってますね。
じゃあ時間なんで。
はい。
ごめんなさい。
どうぞどうぞ。
やりますか、あっちゃん。
はい。
じゃあ、やりますか。
はい。
すいません。よろしくお願いいたします。
お願いします。
よろしくお願いします。
始まりました。タイマーが大好き。
今日第6回目ですね。
はい。
ちょっと田中さんにですね、またちょっと雑談をさせていただきたいんですけど。
はいはい。
田中さんの先、昨日、私と田中さん一緒に久しぶりに走りまして、ちょっと思ったことが一つあったんですよ。
はい。
最近ちょっとキレキレすぎません?
そう?どの辺が?
03:02
いや、最後の、多分聞いてる人は分かんないかもしれないですけど、最後激ザガの1本あるじゃないですか。
16%の上りのところが。
はいはいはい。
で、あそこで、多分田中さんご存知だと思うんですけど、大体自分がちょっと本当に生意気にちょっと勝負を仕掛けるじゃないですか。
最後3本?3本なんですか?
最後3本の前の1本ですね。
はいはいはい。
でも絶対負けるんですけど。
昨日だけは追いつける気配が一切なかったですね。
あ、そう?
はい。
昨日はそうだね、そういう意味で言うと、前を走ってた萩原君についてって、あわよくば最後に抜かそうかなと思ったけど、
ちょっと彼も早かったんで、それができなかったって、そんな感じだったんで早かったのかもね。
なんですかね、で、ヤビツも最近コンスタントに55分は出されてるって言ったじゃないですか。
55分切れてんだね。
切れてるじゃないですか。
うん。
あれなんかあるんですか?秘訣じゃないですけど、こう、最近調子がいい、こうなんですか、理由というか。
やっぱの足指クーパーなんですか?
いや、とかまぁやっぱり原沢さんのとこに通って、そのフォームがだいぶ改善されたんで、フォームというか体の使い方がさらに良くなったって感じかなって気がするけど。
そのセリフ、俺も早く言いたいですね。
まぁでも地道にやってきたらそのうちになると思うよね。逆にあっちゃんも今ヤビツやってないんで、もしかしたら言ったらベストを出せるんじゃないの?
ちょっとヤビツ恐怖症、もうちょっと熱くなってきたじゃないですか。
確かにね。
ちょっとヤビツ恐怖症なところがありますけど。
一応今年になって自分のランニングスペック、ガチョウさんみたいに言われるランニングスペック的には5000とハーフは今ベスト出してるかな、今年で。
そうですよね。
ハーフは何年も真面目に走ってないっていうのがあるから、5000がベスト出せたのは結構効果が出てるのかなと思う。
今までやってなかったフィジカルのトレーニングが田中さんにとってターニングポイントというか転換点として大きかったって感じですかね。
どっちかってそのやっぱり、左のケツが使えてなかったとか、左の脇腹のところが落ちちゃうとかっていうのが改善されてきて、フォームも良くなってきたんで、前の推進力がさらにできたのかなっていう気はしてる。
今まで眠ってたところが起きて使えるようになったことが一番大きいって感じなんですかね。
06:05
そう思うね。
自分の場合は、自分はどうでもいいですけど、右足の小指が早く使えるようにならないと。
でも弱点がわかってるってことはそれを改善すれば良くなると思うけど。
ちょっとまだ時間はかかりそうな気がしますけど。
俺もここまで来てくるのにね。そういう意味で言うと、走り始めて何年かかってるんだって話もあるんだけどね。まだまだこれからじゃない。
高田さん今年で47歳ですよね。
そうだね、もう47歳になりました。
それでベストが出るとは、10年前以上の自分から予想はついてましたか?
全然つかないね。でもまだまだベスト出せるとは思ってるんで。ガチおさんじゃないんだけど、まだまだ。
ラーニングスペックを上げていきたいかなと思うけど。
トモさんも50歳で最強説って言ってるんで、まだまだノリシロだらけってことなんですね。
そうだね、まだまだあっちゃん41歳?
もう今年の8月で40歳ですね。
まだまだこれからですよ。
じゃあ、自分も早くラーニングスペックが見えるようにちょっと。
ちなみに僕がこういう意味で言うとしたら41歳なんで、あと1年ぐらい。
そうですね、まだ365日以上あるんで。
あるんで、今からやれば。
そうですね、ちょっと高田頑張りたいと思います。ありがとうございます。
じゃあ、そろそろお呼びしたいと思います。スマイルモンスターこと、鈴木潤子さんです。
こんばんは。
こんばんは。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
すいません、なんか雑談をしてまして。
いえいえ、もうスマイルモンスターほんと光栄です。お呼びいただいてありがとうございます。
ちょっとスマイルモンスターは自分はちょっと驚きだったんですね。
メンタルお化けってくるかなと思ったんですけど。
スマイルモンスターの方だったんで。
ちょっとかっこよく言っていただいて。
やっぱり順さんって言ったらやっぱり笑顔かなと思いまして。
いやー嬉しいですね。ありがとうございます。
そうですね。今回順さん出演していただくに至って、私もちょっとウェブでいろいろ調べてたんですけど。
まずすごいのが、鈴木潤子スペーストレイルっていうと一発で潤子さんが出てくるんですよ。
うっそ、ほんとですか。
ほんとなんですよ。
知らなかった、なんかそうなんだ、ちょっと調べてみよう。
で、写真がだいたい笑顔。
なんだろう、ハートの写真とかかな。
ハートもありましたし、多分エマちゃんとかと、あとあれですかね、なほさんたちとタカイヤでイベントされてたと思うんですけど。
うん、撮るんですよ。
その写真もあったりですとか。
09:01
そう、口開けて笑ってるのが多いですよね、確かに。
いやもう素晴らしい写真ばかりでしたよ、ほんとに。
いやー、今回そのスマイルモンスターっていうネーミング、かなり周囲からの受けもすごい良くて。
はい。
ハマりすぎとか、笑えるとか、かなりみんないい評価を、コメントもらってます。
さなかさん、コピーライター術とかすごいんじゃないですか。
いえいえ、全然、もうじゅーさんはこれかなと僕は、やっぱりスマイル欠かせないけど、やっぱりすごいスペックを持ってるという。
まあ普通に考えたらね、普通の女性に考えたら、もうじゅーさんはモンスター級のスペック持ってるかなと思いますね。
そうなんですか。
まあでも嬉しいお言葉のシャワーでしたね、今ね。
そういう意味で言うと、多分一緒に一番練習してるのはじゅーさんだと思いますね、僕と一緒に。
そうですよね。
そうですよね。
で、じゅーさんってやっぱりね、ついてこいをするっていうのはすごいですよね、一緒にやってて。
普通女性だったら、僕とかってね、ついてこいってまず思わないのかなと思うところを、じゅーさんは来ますからね。
そこがすごいなと思いますね。
文をわきまえず。
いえいえ、そこがすごいなと思いますよ。
間近で見てたので、ついていってるところがすげえなと思いましたけど。
なるほど。
でも本当に恵まれた環境ですよね、JR田中さんと一緒に走ってるってね。
そうですね、確かに。
それをおっしゃるとおりです。
だよね、幸せだって思うよね。
後々後で出てくる話になりますけど、自分がさっきも話したんですけど、今田中さんとも練習してますし、じゅんこさんとも練習してますし、
じゅんこさんは残念ながら去年から熊谷元に行かれてしまったんで、
あの一年は贅沢でしたよ。
一緒に?
じゅんこさんと一緒に走らせてもらったのも。
あっちゃんと一年ぐらいしか一緒に激坂にいましたから。
そうです、そうです。
めちゃくちゃ贅沢でした、本当あれは。
いやいやいや、でも激坂って本当にいいよね。
そうですね。
あれは貴重な素晴らしい機会だったというか、いい時間だったなって。
そうですね、確かに。
ちょっとそのお話は後ほど出て参りますんで、じゅんこさんを紐解いていきたいと思います。
お願いします。
じゅんこさん、フェイスブックからちょっと拝見したんですけども、生まれは千葉県の香取市?
そうです。
香取市って昔は沢良っていう市だったんですけど、それが合併して香取市になりましたが、猪田高とかの生まれが。
12:05
そうですね。
私の地図の師匠、猪田高さん。
そうです。
あと沢良の街並みっていうのが日本遺産みたいなのが選ばれてるみたいですね。
さすがリサーチ力の高いあっちゃん。
リサーチ力の高いあっちゃん。
詳しい。そうですね、小江戸とか呼ばれるような感じで、昔のこの川、利根川とそこの支流の小野川っていうのがあって、そこが運河というか交通だったのね。
そこで、そんな風景が残っていますね、今でも。
すごい綺麗な、本当にちょっと川越えに近いけど、川越えとは違って水路があるみたいな感じですよね。
そうですね、おっしゃる通りですね。
どちらかというと茨城の多分、上須とか板子に近い方ですよね。
よくご存知。そう、千葉らぎ県なんですね、本当に。
すぐ川を渡れば茨城県。
はいはい、見ましたよ、もう。
あとは香取市といえばね、香取神社の総本山が。
よくご存知ですね。香取神宮がありまして。
そうですよね。日本全国の香取神社の総本山があるところなんで。
そうなんですね、香取神宮ってね。
そう、パワースポットだなって、あそこはいつ行っても思うんですけど。
勝負の神様が祀られてるのかな。
そうですね、多分、だいたいどこの武道場に行っても、
天手康大神、大神、香取大名神みたいなのがありますからね。
なんていうんですか、乗れんじゃないや。
巻き毛みたいなやつがありますからね。
東京にも香取神宮。
ありますあります。
いいところですね。
そうですね。
総査とかも近いですよね、千葉県総査市。
よく知ってますね。
総査って読めないような難しい感じですよね。
詳しい。
千井武夫が生まれた総査市。
詳しいんですけど、私よりも千葉県詳しい。
すごい。
いいところです。
いいところですね。
あとあれですよね。
霞ヶ浦とか湖も近いんですよね、この辺って。
そうですね。
霞ヶ浦は茨城県なんですけど、
やはり利根川を渡ってすぐですね。
そうですよね。
じゃあ、そんな幼少期を千葉県香取市で過ごした純子さんなんですけども、
学生時代のスポーツ側、部活とかって何をやられてたんですか?
学生時代はですね、小学校も中学校も、中学生も、
水槽楽部でクラリネットを吹いていたんですけれども。
水槽楽部だったんですか?
そうなんです。
運動とは無縁だったんですよね。
ぶっちゃけ運動神経はゼロですね。
15:03
もう全くセンスないみたいな感じで、
ボールとか投げさせたらもうほんと飛ばないし、
だからあっちゃんとか田中さんみたいにバスケットとかまず無理無理みたいな、
テニスとかもやらせたらええみたいな、
なんか運動がほんと苦手だったんですよね。
走ることもあんまり好きではなかったという感じなんですか?
ところがですね、運動神経はほんとになくて、
例えば短距離とかはそんなに速く走れないんだけど、
マラソンはね、実はまあまあ得意だった。
転輪はあったってことなんですね、その頃から。
うん、なんかね、
思い出したらうちの父親がマラソンを走ってたんですよね。
市民ダンナーですね。
フルマラソンとか大会に出てて、
全然私は興味がその頃はなかったんで、
全く親父のことは知らなかったんですけど、
その頃はマラソンを走ってたんですよね。
大会に出てて、全然私は興味がその頃はなかったんで、
全く親がどういう、なんだろう、どんな感じで走ってたとか、
応援に行ったのもほんと1回ぐらいしかないんだけれども、
そんな走ってたこともあって、父親が、
私が小学校1年生に入るときに、
ちょっと一緒に走ろうっていうことで、
家がさっきほど言った香取市の利根川のすぐ近くだったので、
利根川沿いを2キロとか、小学生の頃、
父親が一緒に連れ出して走ってくれてたな、
っていうことを思い出しました。
なので、そんなのがあって、
たぶん走ることに関して抵抗感はなかった。
なかったってことですね。
あれですよね、水素学で、
クラリネット、じゅんさんがパートされてたと思うんですけど、
クラリネットの歌あるじゃないですか。
パパの大好きな。
パパからもらった。
クラリネットって、実は自分が知ってる限りだと、
吹くのがめちゃくちゃ難しいわけなんですよね。
よくご存知ね。
だから、たぶんパパからもらったのに、
吹けなくて困ってるからどうしようするけど、
実は吹くのが難しいから吹けないんですよね。
パッキラ回ろうではなくて、
そんなのでしたよね。
あれね、そうですね。
難しい。
どうなんだろうね。
例えばトランペットとかとちょっと違うのは、
トランペットとかは、
金管楽器って言って、
トランペットをそのまま吹くんだけど、
クラリネットとか、
あとサックスとかもそうなんだけど、
木管楽器って言って、
18:00
リードっていう。
竹の薄いやつですよね。
よく知ってますね。
それを合わせて、薄いんだけど、
すぐ割れちゃうんだけど、
薄い竹とクラリネットの木管楽器の間に空気を入れて、
音を出すみたいな感じなのね。
その薄いリードが、
よく割れるのよ。
割れるとものすごいひどい音になっちゃうのね。
出る音が。
そうなんですね、あれ。
だから、そういう意味では扱いは難しい分はあるかも。
リードってあれですよね。
シズ、安いアイスを買うと付いてくるスプーンみたいなやつですよね。
そうそう。
切れてきてて。
バービーボーイズのコンタは、
あれはクラリネットじゃないんですよね。
あれサックスじゃない?
あれサックスですよね。
あれあれでかっこいいなと思って。
かっこいいよね、サックスの音とかはね。
ですよね。
じゅんさん、なんで吹奏楽部をやろうと思ったの?
吹奏楽部をやろうと思った理由か。
まず、運動は苦手意識が最初からすごいあったので、
運動部は違うなって思っていて、
あとはちょっとピアノを習ってたこともあったので、
音楽は嫌いではなかったからかな。
そのクラリネットに行き着いた。
なるほど。
クラリネットに行き着いたのはね、
そんなに学校の部活だから、
どれでもいいよ、あなた好きなの選んでっていうわけにはちょっといかなくてですね、
あなたはこれ、あなたはこれみたいな感じで、
あまり大きなトロンボーンとかチューバーとかいう大きいのはちょっと体力的にも無理かなって思って、
クラリネットだとサックスよりもちっちゃめで、
自分でも持つのに辛くなさそうだったんで、
私そんなに体格が、結構背は小さい方だったのね、小さい頃。
なので、自分に見合ったサイズかなと思って、
クラリネットの音色に惚れたとか、そういうのは特にはないんだけれども、
そんな感じで選んだのかな、クラリネット。
ちなみにどんな音楽とか聴いてたんですか?
やってた当時とか。
やってた当時でも、まだ小学4年生ぐらいから、
その吹奏楽部に入っててたので、
普通に、その当時は日本の本当に、それこそ普通に松田聖子ちゃんみたいなのをやってて、
そんなのを吹奏楽でも演奏とかしてたとか、そんなところですかね。
聖子ちゃんカットではなかったんですか?
聖子ちゃんカットは憧れましたね。
21:02
憧れ、はい。
聖子ちゃんカットは憧れました。
聖子ちゃんカットは憧れました。
でもやっぱりパーマはその頃中学生だったので。
ああ、そうですよね。
そうそうそう。
確かに。
だったけど、そうですね、やっぱり。
クリンクリンというか、憧れてましたね。
松田聖子って、やっぱりそう考えて影響力がなかなかすごいですね。
松田聖子さん、息ながらやってたんですかね。
松田聖子さん、息長いですよね。
長いですよね。息長いって言って失礼かどうか。
そうですね。
でも、この間、今年も紅白とか出てましたよね、確かね。
出てましたね。
何かでCMで、何だっけな、何か。
今年何か、結構40人か何かなんですよね。
そうそうそう、何かそういう収演で結構取り上げられてましたよね。
そうなんですよね。
もうすげえ変わらないなと。
言い方を悪くすると、娘より照れていますもんね。
まあ、確かにね。
娘のファンがいたら大変申し訳ないんですけど。
娘は舞台で頑張ってるんだ、あれですけど。
そうなんですね。
あれ、娘結婚したんだっけ。
しましたね、確か。
同じ舞台俳優さんか誰かと結婚しましたね。
聖子ちゃんって今、いないんですかね。
聖子ちゃんって今、いくつですかね。
いやー、どうなんですかね。
相当ですよね、結構ね。
もう、官暦、そんなにいかないか。
でも、官暦ぐらいなんじゃないのかな。
神奈川崎はもう間違いなく官暦を出ますからね。
懐かしいですね。
松田聖子すげえな。
1962年って何年ですか。
今59歳だって松田聖子さん。
59歳?
59歳。
もうすぐ60歳か。
官暦あれやな。
すげえ。
本名、河町のりこって言うんですよ。
知らなかったの?
知らなかった、知らなかったです。
福岡出身だね。
福岡出身ですよね。
福岡って芸能人ありそうに確か。
菊谷教師か誰かわかんないですけど、
そこら辺と同じ学校とかなんですよね、この子ね。
そうなんだ。
ここはあやふやなんであれですけど。
でもね、その時代結構福岡のチェッカーズとかね。
ああ、そうですね。
そうだそうだ。
福岡で芸能人、田森さんもそうですけどめちゃくちゃ多いですからね。
確かに。
この話でもなかなか話はできそうですけど、
ちょっと話を純粋に戻しまして、
小中、水槽学部をやられてたってことなんですけども、
高校時代は特に何もされてなかったんですか?
高校時代ほぼ帰宅部でしたね。
ああ。
24:00
その頃バイトとかってあったんですか?
バイトとかあったっていうのはあれですけど。
バイトはね、
禁止とったかどうかっていうのはちょっと覚えてないんですけど、
冬休み、お正月前とかの休みに
高校多分3年間バイトしてたと思うんですけど、
さっき言ってたカトリ神宮ってあるじゃないですか。
はい、カトリ神宮。
カトリ神宮、お正月みんな初詣とかに出てくるんですね。
で、お団子屋さんがカトリ神宮の門のところにあって、
そこで毎年いつもお団子を売ってて、
焼いたりしたんですか?
焼いたりもするんです。
草団子なのね、基本は。
焼き団子もあるんだけど、
基本は草餅のその焼いてない柔らかいお団子に
お団子をつけたりとかきな粉をつけたりとかっていうのをパックで売っていて、
それを年末なんで、お団子屋さんのお団子屋さんで
大きな声で販売をするんですよ。
で、焼く落とし団子っていう団子だったんですけど、
名前が焼く落とし団子いかがですか?みたいなのを
すごい声を張り上げて結構販売をしていて、
結構向いてんじゃないかな、私って思ったんですけど、
結構オープン時間、団子屋さんが空いてる時間の
クリエイティブなお団子屋さんで、
オープン時間、団子屋さんが空いてる時間の
クローズ時間になる前に結構販売終了をいつもしていて、
やっぱちょっと私もしかして販売向いてんのかなって
その時ちょっと思ってました。
大きな声出すのは結構その頃から
大きな声だったなって今思い出しました。
団子の世界には踏み入れなかったってことなんですか?
そうだね、団子の世界、団子焼いてなかったね、あんまり。
団子販売中心だった。
よかったですね、団子の世界に踏み入れなくて。
でももしかしたらそっちでもトップセールスしてたかもしれないですよね。
もしかしたらね、そっちの道にセールスの道に進んでたかもしれないけどね。
5時ぐらいのニュースで、かとりじんぐうで
声を張り上げてる女性トップ販売員がいるみたいな感じで
取り上げられたかもしれないですよね。
確かに。
でもじゅんさん確かに声が通りますもんね。
あ、じゅんさんミュートだ。
ミュートなっちゃいましたね。
なっちゃったね。かとりじんぐうって。
あ、失礼しました、すみません。
大丈夫、大丈夫。
で、その団子。
高校3年間もバイトやられてたって話なんですけど
その時はやっぱり走ることっていうのは一切されてなかった。
27:03
一切していなかったですね。
ただ、父親が連れ出して利根川沿いを走ってたっていう
小さい頃があって、何かこうちょっとこう
なんだろうね、悩んでたこともあんまりあったとは思えないけど
何か体を動かしたいなって思った時は
そういえば利根川沿いを走ったりとかしてましたね。
定期的にじゃあ何かまあ趣味とはいかないですけど
何かがあるとじゃあ利根川沿いを走られてたってことなんですね。
うん、確かに2キロぐらいですけどね。
2キロぐらい、じゃあ本当に普通にただ走ってただけって感じなの?
うん、そうですね。
ほー、で、たぶん次に進学か就職されるかと思うんですけども
そんなじゅんさんが走り始めることになったきっかけっていうのは
これいつなんですか、これ。
そうですね、全然大学に行ってからも走るっていうことには無縁だったんですけど
会社に入っても別に運動クラブとかに入ったり
例えばスポーツジムに入ったりとかそういうのはなかったんだけど
うちの旦那さんのスーさんと結婚してからですね
漠然とした憧れでやっぱり一度はハワイに行って
ホヌルルマラソンって走ってみたいよねって思ってたんですよ。
あ、ホヌルルマラソン、はい。
で、スーさんにそのことを話したら
スーさん、俺走ったことあるよーとか言って
そうそう。
タラッと言ってきたんですね。
え、そうなの?って思って
じゃあ俺が教えてやるよじゃないですけど
一緒に走り方というか走ってくれてね
最初はそれこそ1キロ、3キロ、5キロみたいな感じで
短い距離から一緒に走り始めて
10キロぐらい走れるようになって
結構スーさん教えるのというか上手いなっていうのは
ハーフで20キロ走れたらフルマラソン走れるから
大丈夫だよみたいに教えてくれて
スーさんと一緒に川口湖のハーフマラソンに出たんですね
川口湖一周マラソンだったと思うんだけど
それを経てホヌルルマラソンに初めて出たのが2004年だったんですけど
2004年
なのでトレイルではなくて走るってことだと
まずはロードから私は入ったんですね
そうなんですね
この川口湖ハーフってこの時どのくらいで走られたかって
タイムって覚えてます?
川口湖ハーフもスーさんにひたすらついてってことで
30:04
時間は全然覚えてないんですけれども
2時間半とかそんなぐらいかかったんじゃないですかね
2時間半って結構ハーフで2時間半って遅い方なんですか早い方なんですか
自分よくわかんないですけど
どうなんでしょう
でも
もっとかかったのかな
すごい遅いわけじゃないけど普通ぐらいなのか
どうなんだろう
でもね2004年のホヌルルマラソン覚えてるんだけど
初めて出たフルマラソンの方
これ多分6時間近く5時間後半
6時間に近いようなタイムだったっていう記憶をしているので
すごく遅かったんだなと思います
初マラソンは約6時間ぐらいだったんですね
でも一応完走されたってことですもんね
そうですね
今スーさんってジューンさんの旦那さんなんですけど
スーさんはそうするともともと
ジューンさんと出会う前から走られたってことなんですか
そうなんですよ
スーさんはホヌルルマラソンも走ったことあったけど
トライアスロもしたことがあったんです
トライアスロもされてたんですか
すごいですねそれは
ものすごくそれをやってたってわけではなさそうなんだけど
自転車もある程度乗るし
泳ぎもするしみたいな
スーさん大学では潜水部なんですよ
ダイビング部
ダイビング部
ダイビング部
潜水部って本人が言うからそうなんですよ
ダイビングしてたんですよ
潜水部とダイビングだとなんか
軽いのりか重いかみたいな感じがしそうですよね
いやずっと潜水してそうな感じだよね
あそっかそっか
青森の方にありますよね
潜水用の専門学校
高校の来る授業の中で
アマサンじゃないですけど
本当に昔の宇宙服みたいの着て
潜水の練習するみたいのが確かあるんですけど
なんか体に悪そうだね
すごい不快
そんな感じがしますよ
そんなにチャラい感じじゃなくて
いつもプールでずっと
潜って
それこそ潜水してみたいな練習とかをしてたみたいですよ
その話を聞くと
ダイビング
すごいじゃん
結構ガチなんですね
そうガチだった
タンクカー
ガチのダイビングってなんなんだろうな
なんすかね
たまにあるじゃないですか
何もタンクとかつけないで
こうスモグリするやつ
33:02
実際は海に出たらタンクはつけてたんでしょうけど
練習の時は
やっぱりずっと
タンクとかそんなにつけなくて
スモグってたみたいだから
女子とかぶっ倒れてたとか言ってました
それガチですね
それは確かに潜水部ですね
ガチってなんなんだろうな
俺大学時代ダイビングやってたけどね
やってたけど
やってたよ
やったけど
別にいいけどさ
遊びやすいだけだからあれだけど
あの世界で結局回数
ライセンスがあって
そのライセンスも
回数を潜るとそのライセンスの
ランクがどんどん上がって
そうですよね
そういう世界だから
結局
空気の吸い方とか
呼吸の仕方で
長い時間潜ってられるっていう
そういう感じだったような
気はするけどね
いかんせい
金がかかりすぎてやめたけどね
そうですよね
金かかりますよね
だからスーさんは
学生だったから
本当に海の家みたいな
ダイビングショップとかで
バイトをしながら
タンクとか重たいのを
運びながら
その代わりに
もう何本でも潜っていいぞ
みたいな感じで
練習してたんじゃないですかね
でもあれ1日2回ぐらいしか
潜れないんじゃないかな
行けないんだよね
そういうのがあるんですか
体に負担がかかるんですか
負担がかかっちゃうんで
何メートル以上潜るんだったら
何時間とかね
そういうのがあるんですね
タンクは溜まっちゃうんですよね
溜まっちゃうんで
あんまり1日何時間も潜れるっていう
類ではなかったと思うよ
そうなんですね
だいたい2本とか
多くて3本ぐらいですよね
潜るのにね
そうですよね
自分は泳げないんで
何もと思わないんですよね
泳げなくても大丈夫だよ
ダイビングは
どちらかというと
水怖い人なんですよ
私もそうだった
ちょっとパニック
私もダイビング本当に
本当ですか
してたけど
やっぱり最初潜るときは
ブグブグって
すごいパニックに一瞬になって
なるなるなる
泳げないし私も
水風呂はい
水風呂つかるだけでも
ダイビングするみたいな感じになるのが
それはない
ないですか
水風呂も得意じゃないんですよ
多分サウナ入って
あんまり水風呂長く使えない人なんで
36:00
水が怖くなくて
冷たいのが嫌なんじゃないの
そっちですか
そっちか
ダメなんですよ
水は怖くても
その気持ちもわかる
いつもだったらやってみたいなって
言うんですけど
ちょっとパスします
ロードをじゅんさんやられてて
調べていく中で
トレランを始めたきっかけかどうかわからないんですけど
OSJのフリーペーパーで
UTMBを走るかぶらぎさんを見て
UTMBモンブランを目指すっていうのを
調べたら出てきたんですよ
トレがあってトレランを始められたんですか
それとは別にトレランは山をやってたとか
何か始めるきっかけは何だったんですか
まずそのOSJのフリーペーパーは
多分2008年のかぶらぎさんのUTMBの写真だったと思うんですね
それに憧れてモンブランをいつかは走りたいって思ったのは事実なんだけど
その前からトレランニングは始めていて
2008年より前からもやられてたってことなんですね
そうなんです
きっかけは2006年だったんですけど
その頃はロードを走っていて
ロードシューズを渋谷のアートスポーツに買いに行ったんですよ
そしたら結構お勧め上手の店員さんがいて
その時ロードシューズもいいんだけど
これからはトレランニングだよみたいに教えてくれて
店員の勧めがあったんですね
それでその時大目高水山のトレランの大会のチラシを見せてくれて
30キロって書いてあったから
ちょっと山も楽しそうだし
30キロだったら一回ホノルルマラソン走ったことあるから
それよりも距離短いしとか思って
そのお勧め上手の店員さんに載せられて
その時にロードシューズ買いに行ったのに
トレランシューズ買っちゃって
バックパックも買っちゃって
その時ですか
ハイドレーションまで買っちゃって2人で
もうすっかりいいかもだったんだけど
全部人揃いとりあえず無いと無理だよみたいな感じだったから
そうかと思って
閉め閉めですね
閉め閉めだよね
でもそこから大目高水山を走ってっていうのが
39:04
実は最初のきっかけです
トレイルの初レースは大目高水山
そうですね大目高水山30キロです
実質は30キロ無いですもんね
そうですよね
自分も初めては大目高水山に出たの
ちなみにこのタイムってどのくらいだったんですか
これがまた本当にギリギリで
まずその時は大目高水山って
一旦最初走ってロードに出るじゃないですか
ロード出たところに第一関門みたいなのがあった
えのき峠のところですよね
そこの関門のところでね
カウントダウンもうしてたんですよ
高水山あるあるですよ多分
渋滞にハマったりするとそうですよね
そうか
あと1分くらいな感じで言われて
本当もう間に合わないのみたいになって
猛ダッシュでその関門は抜けたのは良かったけど
それから高水山の上のところまで登って
帰ってきたらもうゴールに誰も掛かりの人もいないぐらいな
もう本当ビリのビリぐらいな感じだったと思う
シーンとするぐらいな
そんな感じで初めての感想だったんですけど
一応感想はできたんですけど
スーさんと2人でね
もう本当途中休み休み
途中で2人で座り込みながら
行けんのかなゴールまでみたいな感じで走ってました
最初
やっぱあれですかロードの42キロと
今約交渉30キロですけど
ちょっとそれは別物だなっていう感じですかねやっぱり
全然違うなって思って
もう痺れてたんですけど
その翌週の日曜日1週間後にまた同じところに来て
やっぱもう1回やりたいよねって
2人で走ったのまた同じコース
なんだけどまた2人で途中で休みながら
やっぱゴールつかないんじゃないかこれって
すごい真っ暗になってやっと帰ってきて
っていうのをやってました
やっぱ田中さんとこの頃からちょっと変人はあったんですね
そうですね
ちなみになんで15キロじゃない
その時って15キロのレースはなかったんですか
大海高見空
なんか
その時15キロに目は行かなかったんですよね
田中さんらしいですね
ちなみに僕の初レースはですね
僕も大海高見空だけど僕は15キロに出ましたね
自信がなかったんで
なんかそれも田中さんらしいですね
田中さんはちなみになんででも
その高見穂15キロ最初に選んだんというか
42:00
トレイルやってみたいなと思うけど走ったことがなかったし
そもそもロードのレースも
ハーフマラソンが最長だったんで
いや30キロ無理でしょと思って15キロでしたね
なるほどなるほど
堅実ですね
そうですね
人実豪華な感じはしますね
高見穂走られていろいろそこからあると思うんですけども
私がここから聞きたいことのまた一つにもあるんですけど
田中さんとの出会いというのは
この2000
いきなりそこに飛ぶんだ
そこがですね
次のレースも気になるんですけど
いいいい
その出会いというのはちなみに何年だったんですか
私が記憶しているのは2002年
私が記憶しているのはですね
2015年だったんじゃないかと思うんですけど田中さん
結構飛ぶんですねじゃあ
いや違いますよ
違ったまずい
違う
古市場
古市場あってますよ
そうですよね
古市場ってあっちゃん知ってるかもしれない
知ってますはい
トラックですね
浜川沿いにあるところですね
そこでは
以前友さんがですね近くに住んでいたので
友さんたちとそこで練習をしていたことがあったんですね
ちょっと私走っていない時期があったんですけど
また走り始めようかなと思って走り始めた
その時に古市場に何で行ったのかな
行った時に田中さんに初めて会ったと記憶してます
そうですかね
会ってます僕が最初に古市場に行った時に
じゅんさん来てましたよ
田中さんが初めての時に私がいたんですか
が来たと思ってます
田中さんが初めて古市場に行かれたのはいつなんですか何年ぐらい
2014だったと思う
それ2014年なんですね
14年か14年なんですね14年かもです
だってTDTの何でしたっけ
2015
14に確か
今の形のバックルがもらえるのは確か2014年だったんじゃなかったかな
でその時にだってすでにガス橋映像じゅんさんとかすーさんやってましたもんね
2014年の
秋に
そっか
45:00
ちょっとその辺の記憶が曖昧ででも
ごめんなさい
生々しくて僕はごめんなさい
でもじゃあそれで古市場で田中さんと初めて会って
その後田中さんに激坂を教えていただいて
一緒に走るようになったんですよね
そうですね古市場ではちょこちょこ走ってたけど激坂に来たのはその後半年後ぐらいですけどね
そうなんですねてっきり自分は激坂が最初かなと思ってたんですけど
違かった
古市場で
古市場で400とか800とかそこら辺の
いやもうねヤストしかやってないよその時は
ヤスト縛りだったんですね
常にヤストしかやってなかった記憶があるけど
やってたやってた
サブスリーを友さんと一緒に田中さんを目指されて
いや一緒じゃなくて俺が一方的に友さんにサブスリーやれって言われてた感じですよ
あっそうだったんですか
出会うたびにサブスリーおめでとうございますって言われたやつですか
そうそう
サブスリーやったのが2015だと思うんで
多分14年の時にはもうすでにそういう風に言われてたと思いますよ
なるほどそういうことですか
じゃあ田中さんはかつたですかサブスリー
そうそう
そうですよね
あの時はじゅんさんはかつたで応援してくれてて
すずさんが走ってたんじゃなかったかな確か
なるほど
そうありました私が自転車で応援してた時ありました
そうですよね
そうですそうです
そうするとここら辺の絡みがあれなんですね
じゅんさんは先に友さんとの方の出会いの方が早い
そうなんです
そう友さんと出会ったのは
これもちょっと私の記憶曖昧ですけど
私2009年に
UTMBの中のCCCに出たんです
CCCが初めての海外トレイルレースだったのね
さっきかぶらぎさんのOSJのフリーペーパーにつながるんだけど
2008年のかぶらぎさんの姿を見て
いつかUTMBに出たいと思ったけど
100マイルいきなりなんて絶対無理なんで
まずは当時は98キロだったかな
CCCに出ようと思って
約100キロくらいですね大体毎年離れて
そうそう
2009年に出たのね
2009年に出るにあたって
48:00
全く情報があんまりなかったんですよ
どうやってUTMBに出るのみたいな
まず
サモニーにどうやって行くのみたいなところから始まって
そんな時にうちの旦那さんが
その当時みんなブログやってたんだよね
ブログが流行った時期かもしれないですねこの時代って
これ再生期だったの
それでスーさんが
目指せツールドモンブランっていうブログをやってたんですよ
時代感じのゲームですね
そうですよね
そうですよね
時代感じのゲームですね
もしかしたら検索したらまだ出るかもしれないんだけど
そこで自分が知り得たUTMBに関する情報
こうやって実はサモニーは実は
スイスの中理比から行くと行きやすいんだよとか
自分たちが知り得た情報をアップしたりとかして
結構役立つブログだったのね
そういう情報を載せてくれてて
そういう界隈には結構役立つ情報が載ったんですね
その時にこれがスーさんらしいなって思うんだけど
オフ会っていうんだっけ
オフ会ですね
今度モンブランに行くんだけれども
興味ある人ちょっとみんなで集まってみないかみたいなのを
そのブログ上で多分呼びかけたんだと思うんだけど
その時にそれに呼びかけに答えてくれた人たちが結構いっぱいいて
その中にトモさんがいたんですよ
まだトモさんでかい頃ですか
まだもうでかい頃でした
多分90キロぐらいある頃だと思う
その時にその呼びかけに反応したのがトモさんと
イソさん
DM16号イソさん
あと小島さん
広道さんですか
広道お兄さんが反応したっていう
広道お兄さんはちょっとだけ違って
広道お兄さんUTMBに反応したんじゃなくて
実は妄想のべ山っていう
これもまたスーさんらしいんだけどイベントを立てて
のべ山ウルトラを出ようと思ったのね
なんでかっていうと
CCC出るにあたってまずはロードで100キロ走れなかったら
山でも100キロ走れないだろうって思って
まずはのべ山のウルトラに出ようと思った時に
のべ山ウルトラ出るには妄想の
例えば100キロよりもちょっと少ない70キロぐらいは走らないと無理だよねと思って
イベントを立てたのスーさんがね
だいたいこんな感じの長さだったらいいかなって
また一緒に走りたい人誰でもどうぞっていうところに
51:01
現れたのが小島さんだった
へー
なんかすごい足知ってるし
まあそうですね
口数は少ないけどオーラがちょっとあるし
どうもねあの人なんか
はせずにすごいタイムで走ってるらしいよとかって
なんかこそこそこそこそ言いながら
恐る恐る話しかけたらすごい人だったっていう
広道お兄さんなんか巧みな感じがしますよね
そうだねすごいよね
小さな巨人じゃないけどすごい
出てくるメンバーがすげー常に名前が
なんか今考えるとすごいよねその時
あれその妄想のべ山が
トモさんが感想できたんでしたっけ
そうできなかったよね
そうっすよね笑っちゃったけど
ごめんね
そうです笑っちゃダメです
すいません笑っちゃった
すいません笑っちゃった
なんかねすごい可愛らしい感じ
まだ大きいトモさんだったのすごく90キロの
でその大きいトモさんがね
その妄想のべ山のコースは
いくたり口もちょっとだけ入ってたかな
最終的には玉川沿いを走ってサロモンがゴールだったのね
はい
でサロモンのゴールにはちょっと行けなかったのね
トモさん足が痛くなっちゃって
そうしたらなんかねすごい膝を抱えて
すごい残念そうで
すごい寂しそうな背中をしてたのね
で最後私みんながゴールをするのを迎えに
サロモンで待っててくれたりとかして
そんなトモさんだったんですよその当時は
それがね
その妄想のべ山とTDTってまた全然違うんですよね
でもただその頃から
その近辺はずっと走ってたんですね
玉川使って大鳥居をゴールにするみたいな
そうですね
トモさんもそのあたりに住んでましたしね
そうですよね
いいですね
創世紀の人の話って話が怖いですよね
なんか時代を感じちゃいますよ
ですよね
練習方法もわからない中で何しようって
とりあえず山で100キロだから
ロード100キロ走らなきゃまずダメでしょっていう
そうなんか手探りですよね
うん
すげーなそういうのは
そうですね
なんかちょっと話は飛ぶんですけど
はいはい
結構スーさんの自慢をするわけじゃないんですけど
スーさん結構そういうところがあって
2009年はCCCに出て
翌年2010年に
UTMBの方に私エントリーをしたんですね
ちょっと待ってくださいね
5年後にUTMBなんですか?
54:01
トレーラーを始めて
2006年に多分高水初レースですよね
そうですね
2010年にMBですか?
そうですね
はあ
そのほら憧れだったし
まあ確かにそうですね
すいません話止めちゃって
いいえ全然全然
そうですね
まあそうだったんですよ
昨後だったんですけど
でもCCC完走したし
次はUTMBかなって思って
そのUTMB走るにあたって
やっぱりこれもさっきと同じなんだけど
やっぱり山で100マイル走るんだったら
ロードで100マイル走ってみないと
ダメでしょって
行き着くまず疑問はそこなんですよね
そうそう基本はそこなんです
それでスーさんと2人で初めて
スーさんがなんかコースを考えてくれて
富士山の周りを
富士山登るわけじゃないんだけど
富士山の周りを回る
実はその時富士山ドリームウォークっていう
なんかこう
ハイキングみたいな感じで
例えば樹海のエリアであったりとか
あるいは藤宮のエリアであったりとか
とにかく富士山を中心にして
ぐるーっとこう回るような
そういうなんて言うんでしょう
一遍に回るんではなくて
もう一月に
例えば1回
12ヶ月かけて回るみたいな
そんなイベントが
旅行会社主催なのか
あったんですよ
それがだいたい
多分100マイルぐらいだったんですよ
全部合わせると距離が
でスーさんはこれはと思ったのか
それを一遍に2人で走ってみよう
ということで
旅行会社か何かのコースを考えて
全部
トレースして
そうそう
FGTって富士山ぐるり旅っていうのを
例の
そう始めたんですよね
2010年に始めたんですよね
その富士山ぐるり旅
今富士山ぐるり旅は
結構毎年みんなで走ってるんですけど
結構ですよね
うちの瀬尾姉さんも
そうですね野深さんも
いつも参加していただいて
コアメンバーなんですけど
飛躍がすごいですね本当に
2009年CCC
2010年TMBで
そっか
でもあれだよ2010年は中止になったから
100マイル走れてないんですよ
もう本当数字で天候が悪くて
私何キロ20キロとか
サンチールビーって何キロ地点ですかね
いやすいませんちょっと僕
私もそう
20キロとか30キロぐらいで終わっちゃって
57:00
私の
UTMB
っていうこと
ちょっと地図見たんですけど
大体21キロ地点ぐらいでしたね今
ありがとうございますさすが早いね
そこで終わっちゃいました
私のUTMBは
それも天候でアウトだったんですか
そうなんですよ
もうこの先進んじゃダメって
でも確かに山が
本当に雨で川みたいになっていて
危険な状態だったんですよね
確か
カブラギさんも
2009年に3位に入られて
翌年もっとさらに上を
って狙って
すごいいた年だったと思うんですけど
残念でしたよね
カブラギさんも
ゴー泣きした感じですよね
カブラギさんが
そうなんですね
号泣されてた
そのUTMBは
後に
走られてないんですか
そうなんですよ
今ちょっと自分も
じゅんさんのレースを見たんですけど
そうなんです
なので私
ちょっとポイントとか色々と
難しいんですけど
いつかは出てみたいと思ってる
レースの一つがUTMBなんですよね
なるほど
今そうそう
海外のレース色々見てたんですけど
あれと思って
ねぇじゃんと思って
そうなんですよ
じゃあまだあれなんですね
まだいいですね
まだ夢が残ってるってことですよね
いっぱい残ってるんですよ
やり残しが
そんなにまだあるんですか
まだ他にもあるんですけど
じゅんさん国内の100マイルって
ある一つ以外
全部完走されてるじゃないですか
新列
そうですね新列
出た年女子3位で
これから110キロに短縮されちゃった
そうですね
17年
これもやっぱりあれですか
その夢の中の一つ
そう夢の中の一つ
それで今年が100マイルじゃなくなっちゃったじゃないですか
私2019年ボランティアもしていたので
優先エントリー権はあるので
はいはいはい
残念ながら100マイルは
ちょっと今年はないなと思って
悲しくなって
確かにこのコロナ禍だと
なかなか厳しいですよね
あれ18年怪我でダメだったんでしたっけ
18年はそうなんですよ
18年アキレス経営になっちゃって
そうですよね
そうなんですそれで出られなかったのが
UTMFタホリムでダメだったんですよね
そうなんです
あの年が一番頑張ってた
田中さんにいろいろ教えていただいて
1:00:02
いえいえ
走ってた
でも一番充実した年でした
あの年が
そうですねタホリム女子4位
26時間42分28秒
すごいな
MFが女子5位
28時間23分24秒
もうねMFは本当に田中さんのおかげですね
いえいえ
いやもう
練習思想もいっぱい知っていただいたし
私の中では一番思い出が詰まっている
結構えぐいことやってましたもんね
夜中の12時にスタートして
川口湖スタートして
11時間でゴールボーンに行くっていう
そうそう
もう田中さんは
多分レースも近づいてきてたから
ゆっくりめのペースだったと思うんです
田中さんにとっては
私なんかレースペース以上のペース
まあそうですよね多分
そうです
でもあれがもう本当に私にとっては
すごい一番楽しい思い出だったし
田中さんとそんな長い距離ずっと走ったのは
もうないですよね多分
そうですねスタート前に何人かいたんですけど
最終的には3人しかいなかったですからね
もうそれも本当に怖くて
これがG100の世界なのかと思って
なんかどんどんみんな
やっぱりちょっと僕自分で行きますってみんな感じで
結構みんな田中さんも
気をつけてねみたいな感じで
みんなどんどんいなくなってくると思って
私これついていけるのかなっていうのと
ついていかないとどうしたらいいんだろうって思って
必死でした本当に
いやでもそれでもついていけるのが
やっぱり田中さんと違うんですよねやっぱり
そうだと思うよ
だって最後に残ってるのは
岩垂と僕とじゅんさんだけだからね
バケモンばっかりじゃないですか本当に
でも本当にあれ楽しかったんですよね
だからなんかあの本番の時も
なんかそういえばここの下り坂
田中さんはこういう風なコース取りで走ってたよなとか
なんかちょうどこの時点で
私が結構へたれちゃって田中さんが
じゅんさーん
ジェル取ってますかーとかって
前の方から声かけてくれたりとかしたなとか
本番の時結構その思想の時のことを
すごい思い出していて
それで元気もらって走ってましたね
逆にどちらかというと練習の方が
レースより辛かったってことですよね
私はそうスピードからして
そうですよね
距離がね半分ぐらいだった
てか2018年まで結構頻繁にあれですか
思想死に行ってたって感じなんですかねこれは
UTMFに関しては
思想もそうだけど
そもそもその前の峠草から結構一緒にやってたからね
1:03:00
そうですね
ヤビッツとかってことですか
足柄かな
足柄か
本当にこの2018年というのは
じゅんさんの中でも結構一番
もっとしたかもしれないですけど
本当に一番練習して一番濃い1年でしたね
タフォリムとMFは
ちなみにタフォリムの方が後ですか
MFはこの時何月だったんですか
MFはこの時4月
4月ですか
タフォリムが7月
7月ですね
3ヶ月後ですか
確かにそれで
秋の新月ってことですよね
予定としては2018年
そうなんです本当は出たかったんですけどね
これ出てたら面白かったでしょうね確実に
いやいやいや
でもやっぱりちょっと
体にはオーバーワークだったのか
あとはケアがあんまり
できてなかったんですよね
あんまりそれまで
故障というのを経験してなかったんで
タフォリム走る時くらいから
ちょっとあれれっていう
症状はあったんですけど
タフォリムは全然
普通に走れたんですけど
帰ってきてからすぐに
アキレス腱の痛みが
始まって
結構ずーっと
走れなかったんですよね
新月だけじゃなくて
その後OMMとかも入れてたんですけど
OMMのバディの
佐紀ちゃんにごめんね
そう靴間佐紀ちゃんに
ごめんねって言って
全部歩いてもらって
歩き通しで参加したりとか
その年はずっと
多分痛かったんですね
18年でもハートも走ってないですか
2018年は走って
16と17だと思う
その時は走ってないのか
そうですね
私調べになっちゃいますね
2018年
そんな練習したって
言ってみたいですね
やってるよね田中さん
いやいやいや
いやいやいや
田中さん言わなくていいです
大丈夫です
傷つけて大丈夫です
さっきもちょっと
メンタルおばけの話しましたけど
やっぱりじゅんさんと
自分も激坂で1年
一緒に走らせてもらって
やっぱり暑い時期もあれば
寒い時期もあるっていう
季節も色々あると思うんですけど
じゅんさんにとっても
体調がいい日もあれば
体調悪くない日もあると思うんですけど
いつでも絶対に
まず弱音を吐いてるとこ
自分見たことないし
本当にそうだっけ
1:06:02
田中さんが結構
たまにじゅんさん大丈夫って
心配される時があったじゃないですか
声かけて大丈夫みたいな
見てるこっちからでも
本当に大丈夫かなって思いながら
もうその大丈夫かなのまま
最後まで行っちゃうとか
大丈夫っていうのは
すごい息がハワハワして
そうですそうです
確かに
なんかそうですね
たぶんしばらく走ってなくて
っていうか
アキレス圏園で
ちょっとブランクがあって
復帰した頃に
たぶんあっちゃんとかと
走るのだったのかな
最初は本当に
全てが心配もそうだし
筋肉もそうだしで
全てが悲鳴を上げていて
だけどちょっと
怪我する前も走ってたから
その時の自分
はもうちょっと走ってた
じゃなかったっけ
と思ったりすると
やれるんだろうなと思うんだけど
やっぱりやれなかったりとか
そんなことありましたね
そういえば
心拍たぶん
ざっと見た感じ
250ぐらいあるんだなと思いながら
もう最後まで行ってて
最後まで落ちないじゃないですか
このメンタルの強さは
何なんだろうと思って
田中さんもしょっちゅう
自分に
ジュンさんのメンタルだよ
ジュンさんのメンタルだよ
追いつけるとも思ってないですし
慣れるとも思ってないんですけど
そのメンタルの強さは
ちょっと何なのかなっていうところは
お伺いしたいなと思って
メンタルね
じゃあなんだろう
そんな心拍とか
ゼーハーしてても
最後まで行けちゃうとか
何か支えてるのかなっていう
支えてるっていうのまたあれですけど
無謀だよね
でもできるんじゃないかって
勝手に思ってるのかな
あんまりネガティブな
自分とか聞いてる人は知ってると思うんですけど
超ネガティブなんで
これ以上行ったら
死ぬんじゃないかなって思いながら
走る時があるんですけど
そんな発想はもうないってことですよね
私はまあできるでしょうみたいな
ちょっと楽観というか
何の根拠も全くないんだけれども
やってみようみたいなところはあるのかな
田中さんから見て
じゅんさんのメンタルの強さって
どの辺りだと思いますか
いやでもね
俺と男性
男性女性って言うのも変だけど
俺についてこようっていうのは
すごいと思うよね
逆にだろう
なんで逆にじゅんさん
ついていこうと思うんですか
やっぱりそれはもう
貴重な練習だから
ついていこうって感じなんですか
うんそれもあるし
なんだろう
だって田中さん
1:09:01
やるって言うし
やってみよう
みたいな
なんかその頃
なんでしょうね
例えばなんか
1キロのインターバイルやるにしても
最初の100、200は
ついていこうとするのは
すごいなと思って
僕が例えば今
よく練習してるメンバーと
やるけど
明らかにスピードが違うんで
無理してついていこうって
思ってないけど
じゅんさんそれをやるっていうのは
すごいなと思って
そういうことですか
何も本人は考えてないですね
とりあえず前に
それがすごいと思う
そうなのか
よく古市場のトラック走りましたね
田中さん
そうですね
最近たまに行ってますけど
本当ですか
だいぶ元に戻りましたね
本当ですか
2019年台風で
台風ですね
でも全部埋まっちゃってね
警察に行かれてましたもんね台風の後
お二人で
まだその頃は
真ん中の芝生だった部分が
土が山のように
積もってた頃でした
そうですね
もうだいぶ綺麗になったんですね
もう普通に走れるようになってますよ
そうなんですね
そうですね
小田フィールドで一緒に
トラックレーンさせていただいた時も
たしかじゅんさんその日
バリウム飲んだのに
インターバルしましたよね
あれは本当やばかったね
しかもその時
なんと福島若田さんとかいらっしゃって
そうですか
もう全然
視界から消えちゃうんだけど
それでもやっぱりちょっと
せっかくだから走んなきゃって
思ったけど
そのままトイレに直行しました
いやそれもそれですげえなと思いますよ
いやいやいや
無謀っちゃ無謀なんですけど
たしかに田中さんの背中を
だからきっとそういう古市場とかでも
背中を普通に
追っていたので
全然どんどん離れていくんですけど
でもなるべく
2週も待たせたりしたら悪いから
せめて1週半ぐらい
待っていただくぐらいには
頑張らなきゃなと思って走ってたから
なんか別に
田中さんには絶対ついていけないでしょう
とかっていう考えとかは
そういうのはあんまり
考えにはなかったのかもしれないですね
なんていうか
とにかくついていくのは当たり前みたいな
なんていうんだろう
素敵ですね
ついていくのが当たり前
追いていけないけどね全然
いやでも気持ちですよね
1:12:01
いつもたしかに
自分もついていこうと思うんですけど
どっかで諦めますもん
いやいやでも
アルちゃんすごく早くなったじゃん
田中さんの背中が遠くなっていくんで
いやいや普通にトラックで勝てないからね
いやいやそんなことは
そんなことはないですけど
いやいやいや
それ以上言うと
俺が調子に乗るんじゃダメ
そんなさ
ダメです
はい
で純さん調べる中で
トルデジアンとか
ハートコービPTLとか色々出てるんですけど
さっきに2018年の
タホリムとかUTMFの話がありましたけど
海外で一番思い出に残ってるレースって
何のレースになりますか
海外はですね
やはりトルデジアンが
一番思い出に残っています
それは
15年16年どちらになりますか
うーん
どちらも思い出深いんですけれども
はい
というのは
15年は
田中さん覚えてらっしゃるかもしれないんですけど
私スタート前に
足の指の骨をいくつか
あーそうですね
そうですね
そうそう
一緒に走ってて
それで10日前ぐらいだったんですよ
多分出発する
えっ4日前ですか
10日前
10日前
くっつくかなどうかなと思ったんですけど
やっぱり10日で骨はくっつかなかった
ジュウさん絶対くっつかないですよ
100%くっつかないですよ
結構色々ね
頑張ったんだけど私なりには
ソルームとか行ったり
別カムできなかった
そうそう別カムできなかった
お前どんなどんなだって感じですけど
というのは
私トルデジアンすごく憧れてて
前から
出たいな出たいなって
思っていて
でもそれまでちょっと
そんな長い休みとかも
なかなか取るのも難しいし
行くチャンスがなかったんだけど
たまたまその時抽選で当たったから
もう一生当たらないかもしれないと思って
骨が折れてて
でも走ろうって思ったんですよね
その時は
なんですけど
翌年抽選また当たったんで
はい
ラッキーだなと思ってるんですけど
どっちかっていうと
2015年の時よりは
2015年
天候が悪くて途中で
みたいですね
私は200キロ地点ぐらいで
中止になっちゃったんですね
日本人だとゴールできたのは
小野くんぐらいだったと思うんですけど
そうですね
たぶんちょっと見たんですけど
女性だと誰もたぶん
ゴールの車いよいよ行ってなさそうだったんですよね
ちょっとリザルト見たんですけど
そうですか
本当に上位選手しか
ゴールできなかったんじゃないかな
たぶん確か
1:15:00
餅月さんだったかな
日本人のかなり有力選手も
ゴールの前で
止められちゃったと思いました
みたいですね
そんなこともあったんで
2016年は
完走できたので
2016年の方が自分はやっぱり
印象が大きいですね
2015年なでしこ
ジャポンですね
フランス語風に言うと
なでしこジャポンは
PTLですね
トルデチアンが
この時が
129時間37分40秒
そうなんだ
それは自分でも分からなかったんです
ありがとうございます
2016年で完走
ありがとうございます
いいえいいえ
これが僕の大事な仕事なんだ
どこで見つけたんですかって
Googleです
Googleは本当にすごいね
ありがとうございます
トルデチアンってやっぱりあれですか
景色がきれいとか
そういうのもあると思うんですけど
じゅんさん的に思い出に残るって
他のところでもあるんですか
景色以外ですとか
環境とか
そうですね
それまでも100マイルの海外レースは
出たことがあったけれども
CCCですけど
U10B
そうなんですよね
1時間が150時間ってことがあって
私レベルだと129時間なんで
4日とかですかね
かかってるんですよね
4日間とか
朝から晩までというか
もう24時間
ずっと山の中にいられるわけで
なんかその旅が
レースっていうより
その時は旅だな
山の中に
ほぼ旅ですよね確かに
そうなんですよ
時々他の選手とも
一緒になるけど
一人でいることもかなり長いですし
ぽつんと一人山の中に
入れて
でもトルデジアのすごくいいところは
コースマーキングとかも
きちんとテープがあるので
そんなに一人でも
心配なくコースを進めるんですね
へー
結構ちゃんと整備されてる感じなんですよ
そうですねコースは
ちょっとの迷いとかはありましたけど
大きなロストはすることなく
ゴールまで行けましたので
だから一人でも楽しんでられるし
あとは荷物も
途中
ドロップバックを
一箇所にとかではなくて
どんどん自分の荷物を
次のエイドステーションに
また次のエイドステーションに行って
運んでくれるので
そうなんですねへー
そうなんですよ
だから最低限次のエイドステーションに
着くまでの分だけ持ってればいいんですよ
自分は
重たくなくて
自分の背負っているザックは
最低限の装備を持っていれば
大丈夫なんですよ
1:18:01
へー
エイドでも相当
美味しいご飯が食べれますし
パスタとかはもちろんなんですけど
お肉とか
新鮮な切りたてのハムとか
その場で切ってくれるんですか
その場で塊から切ってくれるんです
へー
山の中で
プロシュートって言われてるんですよね
そうそうそう
そういう生ハムみたいなのも
出てたと思うし
美味しい
これぞ山の中で感じの
山小屋の中で
温かい食事が食べれて
スープとか飲めたり
美味しい
なんでしょうね
楽なんだけど
山の中で
一人の時間もずっとあったりして
全てが貴重な体験だな
って思いました
ありがとうございます
自分もちょっと
実はあまり
多分人に言ったこともないですけど
自分もトルデシアンで
一回出てみたいんですよ
絶対出た方がいいと思う
これその度には
何練習したらいいんですか
期間はそんなに厳しくないんですよ
はい
なので乾燥したいと思ったら
先にちゃんと進むようにしていれば
乾燥はあっちゃんだったら
総力的にも全然問題ないと思うし
練習するのっていうのは
長く走る練習っていうのは
必要だけど
でも5日間走り続けるなんて
練習はもちろんできないから
私がでもその時したのは
自分が
自分が
自分が
自分が
自分が
自分が
自分が
やっぱり
高いところにも
いくんですね結構
トルデシアンって
エイドステーションみたいなところって
だいたいそんなに高くない
1500メイトルぐらい
1300とか
そういうところが多いけど
山自体は高いところは
3000超えるんですよ
富士山超えちゃうんですね
富士山ぐらいですか
3000
ぐらいのところもあったりして
まあ大体山に入っちゃうと2500とか
そういう高いところが多いんで
やっぱり富士山には何度も行って練習しましたね
やっぱり高知をちょっと慣らした方がいいってことなんですね
そうですね
高知練になるのと
あと富士山長い時間走れたら
走ってたかもしれないですね
ちょっと自分に足らないものばかりの練習だったんで
ちょっとまずそこからですね
富士山からですね
1:21:01
富士山でもすごくいいと思います
行きやすいしね
よくされてますもんね
田中さん地役とかで
今度の日曜向け行くみたいですね
え?行く?
確か私週末練だったけどね
私はそうだね
すげーなんか都合のいい言い訳ができたみたいな感じになっちゃいましたけど
すいません
なるほどじゃあまずは高知で長く動き続ける練習して
慣らすのがいいんじゃないかということですね
そう思います
あとはじゅんさんのメンタルを見習うってことですね
ここがまず最大の僕は練習ですね
じゅんさんアメリカのレースヨーロッパのレースってどっちが好きですか?
どっちも好きでアメリカのレースもタフォリムとハート2つ出たんですけど
特にタフォリムは景色も良かったですし
ハートもスタッフの人たちすごく温かくてコミュニケーションが
どっちもすごく良くて
あとはヨーロッパのレースとかと違って
なんていうか気楽な雰囲気というか
日本のレースもそうだけど
なんかものすごい緊張して
筆形装備とかもなんか吟味したり
なるほどそのとりあえずその感じなんですね
でもアメリカのレースはもうエイドで何でも出してくれるし
何でもやってくれるし
なんか楽だなーって
その分景色とかも楽しみながら
レースをもっと気持ちを楽に楽しめるなっていう気がする
ヨーロッパはあれですか
なんかちょっと別にピンと糸が張ってるわけでもないですか
緊張の糸がピンと張ってるような
ヨーロッパだと景色はすごくいいですし
ですけどなんて言うんでしょうね
エイドももちろんちゃんとあるんですけれども
なんかやっぱり
なんとなく山の奥に入っちゃうと自分で何とかしない
もちろんアメリカもそうなんですけど
自分で何とかしなくちゃいけないんだなっていう緊張感が
ヨーロッパの方がすごく高い気はするんですよね
なんだろうな
私が出たアメリカのレースは特に
ハートも周回の5周だったし
あとタホリムも周回の2周っていうことで
なんて言うんでしょう
結構すぐにちゃんとエイドステーションにたどり着けるっていう感覚
1:24:03
これも持っていかなくちゃとかっていうのはないけれども
例えばヨーロッパでトルデジアンとかだと
もしかしたらこの区間20キロあるけど
この区間で雪が降っちゃうかもしれない
なるほどチェーンスパイク持たなきゃなとか
替えのあったかいTシャツ持たなきゃなとか
雨降ったらどうしようとか
結構考えることが多いんですけど
もちろんアメリカの大会も考えなきゃいけないこともあると思うけど
ちょっとそういうのが緩いというか
いろいろサポート体制が大きいような気がしました
なんか気楽に行ける
なんかそれこそ短い区間は手ぶらで行ってる人たちもいたしね
こういうふうに気軽に100マイルを楽しめるような
そこが良かったかな
言葉にちょっと言い表せないですけど
なんとなくわかります
すいませんちょっと説明が
自分もわかります
自分もうまくちょっと表現できないんですけど
確かにアメリカの100マイルレースを
多分いろんな方の聞くと
やっぱりジュンさんおっしゃったように
本当にウエストバック行くことも
いけるみたいな感じですけど
ヨーロッパの場合確かにおっしゃったように
山とか越えると
あそこの間にこれ持つあれ持つどうしようとか
いろいろ確かに何ですかね
神経質には何かなりそうですよね確かに
なんとなく次の山に挑むときの
このなんて言うんでしょう
心構えが違うような
田中さんはどうですかね
なんか田中さんも両方いっぱい出られて
UTMBも出られてるかと思う
まあなんかUTMBはレースっていう感じだし
エイドに行ったからって
何かサポートしてくれるわけじゃないけど
アメリカに行けばね
そのエイドに着いた瞬間に
何かやることないかとかって
すぐに聞かれてサポートしてくれるのは
すごいいいかなと思うけど
でも山の規模で言うと
タホリムなんか実は標高2000から3000の間だから
結構実は過酷でUTMBだって
3000いかないですもんね
だって山的に言っちゃえば
確かにそうですね
そういう人はね
標高的には実はタホリムの方が
高かったりもするんで
確かに
まあただどこなんだろうな
タホリムだったら
あの時期だったらそんなに過酷ではないかなって
気がする
雨降っちゃったらわかんないけど
いいも悪いも
アメリカは自己責任かなっていう感じは
すごいしますね
そうですよね
筆形装備とか書いてないですもんね
筆形装備ないですからね
基本僕も基本ウエストで走ってましたね
ウエストベルトだけで走ってた感じだったんで
1:27:05
タホユタ州ですかこれはユタ州
ネバダ州になるんですね
ユタ州はワサッチだね
ワサッチ
結構今ちょっとコースマップ見ていいんですか
タホこの隣の何ですか
これ山脈山域って言うんですかね
東の北東のあたりのうるちょろする感じだよね
そんな感じですね
ここはなんかすげー景色が綺麗っていうのを
聞いたことありますけど
景色すごい綺麗でした
湖がとてもよく見えたり
お花畑とかも途中であったり
ザアメリカって感じなんですか
ザアメリカって感じでした
これ2018年田中さんも出た年ですか
2017じゃないかな
田中さんは前年なんですね
そう17年だね
17年出たもう散々だったけどね
そうなんですか
全然思った結果にはならなかったけどね
サブ24できたけど
でもサブ24なんですねやっぱり
バックルが違いますからね
バックルが違いますね
そう24切るとまたいいバックルに
タホもそうなんですね
ワサッチもそうですけど
タホは24と30とそれ以外かな確か
じゅんさんは30以下だもんね多分
そうですね26時間ですね
42分28秒
その年のぶか姫と一緒に出たんですよね
あそうセオさんも出た年なんですね
セオさん2回出てるから
俺も一緒にセオさんと行ってくからね
あそっかそうだそうだ
みどりさんとか出られたんですよね
そうですね
まあねちょっと来年はやっぱりまだ
コロナ厳しそうですからね
来年はちょっと出てみたい
なんか海外のレース1個ぐらい出てみたいな
と思いますけど
まず4月にハードがあるんで
そうですねちょっと頑張ろうかと
ハートもねいいですよね
ハートはどうだろうな
きついかな
初めは結構な覚悟がいるからやるなら
じゅんさんが出た時
2017年のハートが制限時間が36時間で
じゅんさんでも35時間かかってますからね
そうですね
2016年と2017年出たんですけど
1:30:03
2016年は多分
32時間半ぐらいですね約
でねその年はスタートの
前々日ぐらいに到着できるように
行ったんですよ
なんですけど
2017年ちょっと仕事の都合で
あんまり休めなくて
翌日がもうスタートっていうスケジュール
なかなかヘビーですねそれは
そしたらものすごい眠くなったんですよね
自作けですか
自作けだったんじゃないかなって思うんですけど
私結構いつも眠くはなってしまうんですけど
それももうどうしようもない眠さだったんですよね
その時で何回も5分寝て5分寝てって
何回も繰り返してもダメだったんで
もうこの辺だったら
いっそのこと何も考えず寝ちゃえって思って
あのエマージェンシーブランケットに車って
森の中でそーっと眠りこけたんですよ
でそしてパッと起きたら
なんかまだ間に合うかも
ギリギリ間に合うかもって時間で
そっから頑張って
やっぱこれもメンタルですよ
七瀬さんこれはメンタルですよね
いやどうなんだろうね
俺は多分諦めますよ
いやどうだろうでも周回だからさ
ここからどれぐらいかかるかっていうのは
なんとなく肌感覚で分かるから時計見て
大丈夫だと思ったんでしょ
たぶんじゅんさんはそうですね
まあギリギリ多分大丈夫かなと
したらいくんじゃないの
まあその前にやめちゃうって
人もいるかもしれないけどね
まあ確かにそこまでで諦めないっていうのが
まあそうだね諦めないっていうのはね
結構大事だよ大事だね
胸に染みますね
田中さん何かあれですか
じゅんさんに質問ありますか
あ質問そうだね
ちょっと僕が聞きたくて聞けてないのは
そうあのじゅんさん一時期
僕と出会う前って
なんか走るのを休んでたと思うんですけど
あれってなんで休んでたのかって
今まで聞いたことがなかったんで
ああそうですねあれはですね
あの人活をしてたんですね
はいはいはいで
まあやっぱりこう
すごい長い距離を走ったりするのは
そんなに良くないのかなって
その時思って
でえっとやめてたんですけど
であのいつ頃からそれやってた
あの辞めてたかっていうと
あの2010年のUTMBに出て
でこれ100マイル走ったらやめようって
1:33:01
その時思ってたんですよ
はいはい
そしたら100マイル走れなくて中止になっちゃって
はい
でなんかちょっと心残りがあったんですよね
そしたらなんか次の年の2011年に
UTMFがやるっていうことになって
はい
でえっと
じゃあこれを出たらやめようって思ったんですよ
いったんね
そしたらあのUTMFも実は震災で中止になっちゃった
ああそうですよね2011年じゃあ
でなんかちょっと心の中で
100マイルやってみたいっていうのがあってですね
はい
でえっとそしたらなんかまた急に
御滝100マイルやるっていう話が出てきて
あれ2011年ですよね御滝100マイルって
そう2011年でその震災があってUTMFなくなって
その後の7月に御滝があるってなって
でまあこれ出たらと思ってで御滝出たんですよね
でその後ちょっとお休みさせてまして
でまああのちょっとね
やっぱりそういうのはちょっと授かりものだったんで
でもまあ3年間ぐらいやれるだけはやったなって思ったんで
また走り始めてあって感じですかね
だから2014年ぐらいに復活して
田中さんに出会ったっていうことですかね
ああそういうことなんですね
ちなみにあれですよね2012年2011年の御滝は優勝ですもんね
御滝すごいですねあの女子1人しかいなかったです
走ったの1人しかいないですか
走ったの1人しかいないですね確か
だから1位って言えば1位ですけど
ビリっちゃビリっていうその言う感じです
ちなみにだって純さん御滝って何回優勝してるんですか100マイルは
御滝3回出ててですね3回優勝してますよね
女子あんまり出てなかったんですよね御滝
であれですよねだってそれで
西の国も優勝していて
神宮2回でしたっけ
2回にですね
あっちゃん知ってるだから
純さん日本人で一番100マイル優勝してるの純さんだよ多分
めちゃめちゃマイナーなレースばっかりです
いやボクシングでよくパウンド4パウンドって
全階級が合わせて誰が一番強いって話になるんですよ
まあたぶんトリル回でそれ言ったら純さんですよね
たぶんね100マイルでそこまで優勝してる人っていない
だって今数えただけでも5回5回じゃない6回か6回だよね
1:36:00
アーネストフォースと超えてるんじゃないですか
日本人で3回日本人の男で3回100マイル優勝してる奴っていないんじゃねえかな
田中さんはコウミン
僕2回ですもんだっているのかな
いやどの競技でも3回優勝ってすごいですよね
でもこのトレランだけじゃなくてもそうですし
いやいやいやいやいやいや
結構昔の話なんで今は女子の人口が増えてきて
今んとこは純さんが日本人ナンバーワンですよ100マイル優勝回数は
いやでも本当にそうですよね
確かにそうですよね
光栄ですね
やば
すごい損か何でもそうですね一番嬉しいですね
でも一番になろうっていう多分あんまり感覚ないんですよね
多分純さんの中で
そうですねあんまり
前に女子がいたら多分純さん追いますよね
でもやっぱり実力さんがこれってなったら追えないかもしれない
追えないと思いますよ
あれですよ目の前に入ってきたら多分追いますよね
そうですね目の前に入ってきたら静かに後ろに迫って
その後ゴクってジェルを飲んでバーって走ってくる
すげー笑顔で後ろに来てこんにちはって言いながらバーって行きそうですよね
かもしれないですねブラックジューンになると思いますね
純さん負け付き合いなんですか
そうだと思います多分
でもあれですよね一番いいちょっと本当に女先輩に対して失礼かもしれない
一番タッチの悪い負け付き合いですよね
笑顔で迫ってきてどうですかって
ちょっと疲れてそうですかって言ってる間にいなくなるパターンですよね
いやらしいですね確かに
すいません本当にこんなこと言ってしまった
いいえとんでもないです
そうですねあんまり聞いたことないですね
ジューンさん他の趣味って何かあったりするんですか
私大学卒業して最初に入った会社旅行会社だったんですけど
なので旅行はすごい好きで海外とかの旅行をメインに扱ってる会社だったんで
結構海外旅行も航空券とか安く行けたので
結構海外旅行はよく行ってて
スウさんももっと航空会社にいたんで旅が好きで
1:39:03
2人でよく旅行はトレラン始める前は行ってたんですよね
日本国内も含めてですね海外も
なんですけどそのまんま今でも2人とも旅行好きでよく出かけるんですけど
海外行くのがもうほとんど最近ではレースになっちゃいましたね
トレランやりながらも旅行もできるっていうのは一石二鳥って感じですよね
確かにそうですねだからまた楽しみたいですねどっちも好きなんで
ちなみに旅行じゃないですけど熊本に行ったじゃないですか
熊本どうですか
ちょっと気になりますね確かに
熊本ね一言で言うと最高ですね
最高ですか
最高ですねまず熊本の山スケールがすごい大きくて
私あの阿蘇の山からだいたい車で30分ぐらいのとこに住んでるんですけど
今なんか熊本その阿蘇山とかは日本の山じゃないみたい景色が
ヨーロッパとかの山みたいだなっていう感じがして
スケールが大きいし例えばそうですね
富士山のオハチとかってその河口のところってちょっとこうなんていうか
日本じゃない地球じゃないみたいななんか感じがあるじゃないですか
ああいうののすごい規模の置き場みたいな河口があって
黙々と白い煙が出てたりとか
高齢としている砂のここは火星なのかみたいなところもあれば
永遠に続く緑の草原があったりとか
あれ草千里でしたっけ
そうですね草千里とかあと砂ばっかりの砂千里とかがあって
本当景色が本当に良くて
でもすごく気軽に行けるんですよ
結構その標高が高くはないんですね
そんなすごい景色なんですけど
だいたい1500〜1600メートルくらいの高さなんで
1200メートルくらいまで車で行けたりするんですよ
なんで結構アルプスとか日本で
あのすいません関東の方で行こうとすると
3000メートルに近いところまで乗らなくちゃいけなかったりとか
結構大変じゃないですか
でもなんか九州私の感覚だと
なんかそんなに登らなくても
コースタイムでも2時間もないぐらいのとこで
山頂まで行けたりとかして
それがこの広大な景色が広がってるって感じですごい
まず景色にやられました
やっぱあれですかねカルデラじゃないですか
1:42:01
アソザクそこが多分あれですか
ちょっとこうヨーロッパ感があるというか
そうですね
カルデラがヨーロッパ感っていうのもあるんですが
カルデラは本当にすごくて
なんかこう外輪山ってすごい広い半径なんですよね
あの何キロだったかな
まあ縦横かなりの大きさの外輪がこうあって
その外輪の中に町があって
そうなんですよね
町あるんですよね
シェルターもあるんですよね確かアソザクで
そうですねアソザクシェルターもあります
やっぱり風がすごくうんうんするんで
風向きによってはもう山頂行っちゃダメですよ
そう放送が流れたりします
アソのカルデラから計算すると
大昔はあれって8000メーター級の山だったみたいですよ
そうなんですね
だからあそこで多分爆発して
山体崩壊が起きて
あの高さになったみたいなんですけど
あれが塩水だと
推定でも8000メーターぐらいあるんじゃないかっていう話を
昔テレビでしたと今思い出しました
ていうぐらい本当広い大きいです外輪が
ぜひぜひ皆さん見に来てよ
そうですねそうですね
いつぐらいまで予定なんですか
いや予定っていうか
スーさんの都合なんだと思うんですけど
そうですねそれなので
全くもうわからないんですけど
そんな感じなんですね
でもまだしばらくはいると思いますし
ぜひぜひ
アソラウンドトレイルが100マイルになったら行きたいんですけどね
そうじゃなくてもあれなんでしょうけど
そうですね今年はちょっと残念ながら中止になっちゃいましたけど
来年はやってもらえるんじゃないか
で近々100マイルになるんじゃないかと
結構他の山とかも行ったりするんですか
そうですね
その阿蘇の山とすごく近いところが大分県の九十山っていう
ベップさんの回でも出てましたね
九十山はいはいはいはい
あれはまた阿蘇も実はその阿蘇語学って
阿蘇山って総称してるけど
例えば中岳高岳みたいにいろんな何座かあるんですけど
九十山もそうなんですね
九十山って言ってるけど何座もあるんですよ
十何座あるんですけど
そこもやっぱりねすごく景色がすごくいいですし
今は三山霧島っていう花が咲いてて
もう山がピンク色になっていたりとか
なんかこう今までもちろん日本山々本州の山々も
すごい素敵だったなと思うけど
九州またこう景色が全然スケールが大きくて
違うなーって気がしてます
九州以外も熊本だと石梁っていうエリアがあって
1:45:02
山深いんですよすごく
なんか全然なんて言うんでしょう
手をつかずの自然みたいな感じで
原生林な感じなんですかね
そんな感じですね
見渡せるような山頂なんかに行くと
本当に360度ずっと山に囲まれていて
それがまた本州のアルプスとかとは違って
なんか迫りくる周りに本当にいっぱい山々が見えるみたいな
なんと表現したらいいか
でも山深いんですとにかく
そんなエリアもあったりとか
とにかく今まで経験した日本の山とはまた違って面白いですね
日本アルプスとはまた違う
違うってことですね
また違う気がします
ぜひぜひどっちもすごく素晴らしいんですけど
ぜひぜひ遊びに来てほしい
じゅんすさんは忘れちゃいけない
3333段の階段も
ぜひこれは激坂のみんなで走っていただきたいですね
3333段が距離にすると2キロぐらいなんですけど
全部階段ですよね
これ全部階段です
日本一長い階段なんです
なんかレッドブルのあれですよね
リンちゃんってやつですよね
上田瑠衣さんとかが
そうです上田瑠衣くんは優勝して
そうですよね
そうで白竜走っていう白い竜の走るっていう
白竜走っていう大会なんですけど
なんでかっていうと大会参加者に
たぶん参加Tシャツ白いのをあげて
みんな同じTシャツ着て走ると
階段で
そういうのがあるんですね
それでたぶん白竜走って言うんじゃないかと思うんですけど
白竜走も富士登山競争みたいに
1年目は一般クラスなんですよ
ちょっと富士登山競争と違います
富士登山競争は最初1年目はどうしても
5号目までっていう感じじゃないですか
5号目まで出たら今度山頂にコースに出れるっていうふうに
2年経たないと上に行けないんですけど
石段の方は同じコースには登れるんですけど
1年目は一般クラスなんですよ
どうしても
でその中で男性だったら35分以内に登れた人
女性だったら45分以内に登れた人だけが
次の年からエリートクラスに出れて
Tシャツも黒色に変わるみたいなんですね
だからエリートなんだなって
黒いシャツ見ればすぐ分かるんですけど
っていう感じで
分かれてるんですけど
エリートクラスで優勝すると
1:48:01
石に名前が彫られて
そのコース上に石段上に置かれるんですよね
そうなんですよね
そこに上田瑠衣くんとか
ここに我らが
やってほしい
男性は確か去年は一般クラスの人だったんで
名前は彫られなかったんですけど
階段王の渡辺さんという方が
渡辺義晴さんでしたっけ
25分台だった
26分切ってましたね
田中さんなら切れるんじゃないかと
高さ的にはどれくらいですか
累積は
累積はですね
まずその距離なんですが
階段は2キロぐらいなんですけど
階段の手前に1.2キロの
なんかゆるい坂があるんですよ
それをまず走ってから
階段を走って
トータルで3.3キロくらいになるようにしてて
やっぱり3にこだわってるんです
こだわってるんですね
そうなんですよね
で累積はね
620ですね
620だいぶですよね
結構あると思いますね
女性は去年トップの人が
新記録で32分って言ってました
で男性が去年の人は
その階段王が25分56秒を出してましたね
30分は切れそうな感じはするけど
田中さん切れると思いますね
ただ優勝はきっちりだな
平均斜度21度
ゴールするのに約2100キロカロリー消費します
レッドブルの情報だと
確かこれじゅうさん出られてましたよね
私が出てたのはこの白龍装ではなくて
違うやつなんですね
そうイベントで去年の昨年末
12月の本当に年末に近い時に
10時間の耐久イベント
それだったんですね
そうなんですよ
それで10時間内に何往復できるか
みたいな感じですね
ちょっと待ってくださいね
この3333段を10時間って往復するんですか
そう往復するの何往復
何が面白い
すごいえぇ
ちなみに何往復だったんですか
9往復
約3万段ぐらい登ったところですね
そうですよね
そういうことですね
男性トップの人は10往復と何段か
1:51:03
3000段は行かなかった
最後まで行かなかったけども
かなり最後に近い
2000何段だったと思いますね
あのベップさんが
やっぱり10往復されてますね
へぇ
田中さんこれ出ますか
出ない出ない
はいすいませんその答え待ってました
ぜひ白龍装は出てもらいたい
そうですねはい
これいつなんだ
これね本当は6月の19
20にあるはずだったんですよ
今年は1920で中止になってますね
そうなんです
まあでも来年はあれですね
エチカンが多分あるって
ああそうか
次でしょうねやるなら
4049ですね
いいと思います50から
50から
そう50からで49に一般で出て50
エリートで名前を掘ってます
エリートですね
わかりました
ありがとうございます
じゃあもう熊本で
やっぱり充実した生活を
現在送られているということなんですね
はい楽しんでおります
はい
じゃあいつかそうですね近いうち
そうですね皆さんで合宿に来てください
ありがとうございます
はいはい
田中さん何か他にございますか
じゃあごめん最後に
純さん的には走る理由って何かあります
まあ単純に楽しいっていうのもあるし
あとはずっとおばあちゃんになっても
それこそ友さんがよく
破節年のことを
ひゃひゃひゃひゃに
でしか言えなくなっても
走りたいっておっしゃってたこと
あるかと思うんですけど
まあ私も同じで
おばあちゃんになっても走っていたいなっていうのはあるので
ライフワークっていうんですか
ずっと続けていきたいことだと思ってるんですよね
田中さん何ですか
走る健康のためです
美味しいビールのためですよね
そうですね
あのなんだっけ
アンサー4で今
走る理由っていう動画があるんですよね
見ました見ました
あの中で僕は健康のためって言ってるんで
笑ったと思うそこで
何か目標とかあります
将来的に何か達成をしたいとか
なんかまあ将来的なって大きなのはないんですけど
1:54:00
やっぱりまだ出たいレースがいっぱいあって
海外でも出たいレースもあるけれども
日本で出たいレースだとしたら
富士登山競争とか出てみたいんですよね
でもこれまた2年越しじゃないですか
なかなかエントリーするのが難しい
でもいつかはって思ってるのはそれですね
日本では
海外で何か出たいレースってあります
海外はやっぱりトルテちゃん大好きだったんで
また出たいってのもあるし
PTL私ちょっとまだゴールできないので
それもあるけど
興味これも前々から出てみたいと思いつつ
いつかはっていうのは
アメリカの200マイルにも
いつか出てみたいなとは思っています
タホ200とかですか
そうですねタホ200
あとビッグフットと
あとモアブ240っていうのがあって
なんか今一番興味あるのはモアブ240
コートニーとかも出てたけど
なんでかっていうと
スーさんがユタに留学してたことがあって
学生の頃ですね
ユタの景色も見てみたいっていうのもあるし
アメリカだったら
200マイルはどんななんだろう
トルテジアも大体200マイルぐらいじゃないですか
またアメリカはどう違うのか
累積とかが違うからまた違うんだろうけど
そんなのもありますね
まだまだあれですね
辞めれないですね
そういう意味で言うと
そうですね
いいですね
おかしいキャッチコピーで
いつかはクラウンっていうキャッチコピーがあります
これみたいな感じですね
まさにいつかはっていう感じのがあります
見てみたいですね
100マイルレースで
ジュンさんみたいなおばあちゃんに
ちょっと抜かれてみたいです
もし将来あれみたいな
でもこの間もちょっと
福岡の人とかと走ってて思ったんですけど
このぐらい私ぐらいの年になると
もう孫がいる人が多いんですよね
私ちょっと今年で半世紀ぐらい生きることになるんですけど
50になるんですけど
だからなんかおばあちゃんで100マイル走るとか
かっこいいですよね
確かにかっこいいですね
なんて思って
私はちょっとそうですね
おばあちゃんになっても走りたいですね
やっぱあれですね
ウェスタンステースかな
70歳の人がラスト何ページ
フォールしたとかってあるじゃないですか
やっぱああいうの出るとかっこいいですもんね
1:57:02
かっこいいですよね
確かに残り10秒とかですよね
そのくらいでしたよね
かっこいいですよね
レースで順位を追うっていうのも大事なんだけど
一つ一つちゃんと完走していくっていうのも
やっぱりやってていいなって思いますもんね
そこに結果がたまたま結果がついてきちゃってる感じなんですかね
でも話を聞いてると
じゅんさんの場合はあんまり狙ってる感を
あんまり話を聞いてて
そうですね
正直なところたまたまラッキーだったというか
と思ってます
順位は本当その時に参加してた人とか
コンディションとかね
全然それによるから
はいじゃあお互いちょっと体に気をつけながら
ありがとうございます
怪我をしたらあの治療院で
ちょっとお互い3人とも治療してもらって
共通項ですよね
そうですね
私が一番パーできないと思いますけど
いやいやいやいやいやいや
一番怒られてるの私なんで
いやあたしのが怒られてる
本人に聞いてみましょうかね
ちょっとまた聞いてみます
はいじゃあちょっとここからすいません
業務連絡になっちゃいます
で最近ちょっと質問もとかフィードバックも
いろいろいただいてますけども
ツイッターでハッシュタグ
we love タイマー
ハッシュタグタイマーズとつけていただき
投稿待ちしております
でまたあのポッドキャストの維持にですね
あのドネーション募集してますので
ご興味ある方いれば
ショーノートからそのリンクを見ていただければと思います
はいじゃあすいません
もう約2時間ぐらいになってしまいますけども
ありがとうございました
本当にありがとうございました
今回のゲストはスマイルモンスターこと
鈴木純子さんでした
皆さんおすいません
ありがとうございました
ありがとうございました
ありがとうございました
ありがとうございました
失礼いたします
失礼いたします