1. ままならない日常は続く
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2026-04-11 1:33:17

\けんいちさんとコラボ/「死」について軽やかに話してみる

Y Z
Y Z
Host
死が怖いからこそ知ってみたい、考えて見たいという気持ちから、仏教に造詣が深いけんいちさんと「死」についてカジュアルに考えてみました。(私の音量がバカでかいです。ごめんなさい。)

今回のテーマを扱った経緯
世代交代の時期をどう生きる?
死生観-無宗教と仏教の違い-
安楽死はあり?なし?
死から考える、今どう生きるか

けんいちさんのチャンネル📚
https://stand.fm/channels/60a15de9b82bc5e1f316c02a

#生と死 #死生観 #生き方 #宗教 #仏教
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感想

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00:00
はい。ということで、じゃあちょっと始めていきたいと思いますが、一応ね、タイトルコールさせていただきますね。
はい。みなさん、こんにちは。ヴァルでございます。このチャンネルは、弱さを抱えた自分が人生をサバイブしていくための思考・感情の記録と、気軽に制配できる縛りのない緩やかなつながりを作っていくために、今日も配信しておきます。
今日はね、本当に私にとっては久しぶりのコラボ収録となりますが、過去にもね、それぞれのチャンネルで1回ずつ、なんで計2回コラボさせていただいている、Kindle作家のけんいしさんをお招きしております。けんいしさん、本日はよろしくお願いします。
はい、お願いします。 けんいしさんのチャンネルも、ちょっと自己紹介的なところいただいてもいいですか?
はい、えーとね、僕の方のスタイル風のチャンネルは、Kindle出版っていうことを副業でやっていまして、Kindle出版のお話と中国、現在ね、僕、中国の上海市で生活しているので、中国の生活のことを配信しているチャンネルになっています。
はい。 そんなところでやっています。 ありがとうございます。 ゆるゆると配信しています。
はい、けんいしさんもなんか、月に1編ぐらいの、かなりのハイスピードで本を出版されてたりですね、かなり精力的に活動されている方なので、ぜひけんいしさんのチャンネルもね、お聞きに行っていただければと思います。
で、今回でなんでけんいしさんをこのテーマでお招きしたっていうのかっていう経緯なんですけど、コメントにもけんいしさんにはお伝えしてたんですけど、
私がちょうど誕生日、1月24日が誕生日なんですけど、誕生日の日にシャープ21の収録で、将棋の騎士の加藤悲文さんが亡くなれたっていうことを聞くから、大切な人がいつかいなくなってしまうんだなっていう改めての喪失感とか、
自分自身、いつかもし死ぬんだったらどうやって終わりを迎えるのがいいかなとか、尊厳死みたいなことについても話した回があったんですけど、これを話した時にけんいしさんとそういうテーマのお話ができたら面白いんじゃないかなって思っていて、けんいしさんは仏教とか宗教にもお詳しい方なので、
非正観とかについてまた違った考え方とか見方をお持ちなんだろうなと思っていて、今回コラボのお誘いをさせていただいたんですよね。
そうですね。バルさんの配信を聞いて、加藤悲文さんのことがあれなんだっていう、ちょっとそこは気になりましたね。
そうなんですよ。
結構、出題感がかなり離れてるじゃないですか。
完全にそんなに見張る心みたいな感じで、NHKのドキュメンタリーを見た時に、悲文先生の人生観とか勝負に対する考え方みたいなのが、すごくかっこいい人だなって思っていて、一回公演も、公演会みたいなものにも参加してみたりとか。
03:09
そうなの?
そうですそうです。生悲文見てきました。
僕は逆に藤井聡太さんとの対戦からしか知らなかったですね。
なるほど、ありましたよね。すごい年が離れてる。何かで話題になってましたよね、2人の対戦が。
藤井聡太さんが悲文さんを倒したのかな、勝ったのかな、何かで引退されたか、何かちょっと話題になったんですよね。
最後の対局だったんですね。
ちょっと詳しくはないけど、何かすごく話題になって、すごく有名な騎士を若い最年少の人が倒したみたいな、そんな感じで話題になったのかなと思って。
なるほど、何か悲文先生で言うと、その対局があった時も話題になりましたけど、それより前に、結構メディアで取り上げられる、日本のメディアで取り上げられることが多くて、
お人柄がかなり、何て言うんですかね、面白い方だね、ユニークな人なんですよね。
そのキャラクターがすごくウケて、日本のメディアでいろんな番組出たりして、現役続けながらそういうメディア活動もやってたんですけど、
多分最後、引退試合というか、またニュースになってっていう流れだったのかなとは思ってます。
素敵な、その悲文先生も熱心なキリスト教徒の方なんですよね。
本当に、ドキュメンタリーでもそうだったんですけど、すごく何時間も祈りを捧げるらしいんですよね。
対局の合間は、さすがにそんな長くはできないですけど、合間にちょろっとしたりとか、毎日のように祈りを捧げていて、すごくその姿が美しいなって私は思ってしまったんですけど。
なんかちょっとイメージないよね、ギャップがあるよね。
そうなんです、そうなんです。
だから、将棋ってそれこそ論理的にというか、あくまでなんて先を見てみたいな感じだけど、
宗教ってそういうものとは全く違う感覚的なものとか、合理的に考えるようなものじゃないから、ちょっと違うものなように思うんですけど、
お姫様先生は何ですかね、そこのギャップも魅力的で、そうなんですよ、そうそうそう。
で、そういうことからね、私その世代的にというか、まだ私が若い頃の有名人とか、身の回りの方とかがなくなるっていうことがそんなに多くない、まだ多くないんですよね。
06:02
でも、ひふみ先生が亡くなられたっていうのをニュースで聞いて、きっとこれからそういうことがたくさん起きてくる。
慣れ親しんだ有名人の方とか、自分が好きだなと思っていた方とか、身の回りの人もそうですけど、
改めて、結構それって辛いよなっていうふうに思って、どんどん増えるじゃないですか、そういう人が、年を重ねるによって。
あの頃見ていたね、憧れの芸能人がとかね、年を取って気がついたらもう亡くなったっていうことをニュースで知るみたいなね、ありますよね。
そうそうそう。健一さんは私より年齢が上でいらっしゃるので、そういうものってどう受け取ってますか。
やっぱりね、亡くなる、10年ぐらい前からあんまりニュースにならなくなったり、テレビに出なくなったりする方も多いから、意外と忘れてたりしてて、
でも記憶はね、昔のまま残ってるから、テレビ見たり映画見たりドラマ見たり、古いものを見ると、そういうので思い出したりはする中で、急にニュースでね、亡くなりましたっていうのが来るから、
なんか時代がね、だんだん変わっていって、自分が子供の頃とかはね、小さい頃に見ていたスターがどんどんいなくなっていくなっていう。
で、逆にさ、若い新しいスターは見なくなっていくんでしょうね。年取っていくとね。
全然知らなくなっていって、ついていけなくなっていくので、だから、だんだんなんか、世界が狭くなっていく感覚はありますよね。
狭くなる感覚。
確かに、いやでも、そろそろからだったと私も思ってきてますよ。
そういう周りで。
いや、なんかその、例えば音楽シーンとか、文化の中心にあるのって、20代とか30代前半とかってなったりするので、
その、なんだろうな、それについていこうみたいな気持ちも、だんだんあんまりなくなってきたっていうか。
そうね。だから、僕も地元に戻って、友達と例えば車に乗ったりすると、まだ車にね、CDとか、音楽とかを聴いてる友達も、古いのをいまだに聴いてますからね。
やっぱね、そうなるんだろうなって人は、思いますよね。
もうちょっと笑っちゃうぐらい、時代止まってるよね。
人によるし、確かに全く新しい曲を聴かなくなるってことでもないんですけど、
でもなんかその若い頃の感覚とはまたちょっと変わってきたかなっていう気がしますよね。
09:03
狭くなる、そうですね、なんか次の世代が生まれているなっていう実感を、徐々に色濃く感じるようになるみたいなことですかね。
まあそうね、もうだからね、自分たちはついて生きてないなっていうのもあるから、
だから本当に、自分たちが青春を過ごした音楽をリピートしてる感覚ですよね。
一番、もしかしたらその人にとって一番良かった時代の好きな音楽を聴くみたいな。
たくさんYouTubeとかで見てても、90年代とか80年代とか、そういう時代ごとに音楽のそういう動画があるんですよね。
なんかついついそういうの聴いてしまう、聴きながら作業してしまうみたいなね。
そういうのはありますね、聴きたい時あります。
一回聴いたら、そんなアルゴリズムばっかり出てきてさ、次から次へとまた出てくるんだよね。
なるほどね、無限ループみたいな。
サザンのベストとかミーズのベストとかミシテルとかさ、そういう世代を聴いてきたので、一個聞くとなんかハマっていきますよね。
確かにそうですね、なんかもっと浸りたいみたいな気持ちになったりとか。
あるな、きっとそういうのも増えてくるのなって思いつつ。
私は若干その世代交代みたいなので、バトンを渡すみたいな。
例えばゲゲンチサだったらお子様もいらっしゃるので、次の世代に受け継いでいくみたいな部分があるかなって思ってて。
私はちょっとどうなるかまだわからない状態なんですけど、
自分が世界からいなくなったとして、その受け継いだお子さんだったりとか、誰かにはその記憶として残っていくわけじゃないですか。
例えば、娘さんが犬子さんの思い出とか、言われたこととかは、その娘さんの中に残り続けるけど、
でもそれで、じゃあその娘さんがまたお子さんをみたいな、最終的にどんどん薄くなっていっちゃうじゃないですか。
そうね。
なんかそういうのを考え始めると、
本当に何だろう、ずっと残り続ける、めちゃめちゃ世界的な偉人とかでない限り、
本当に意識としても、肉体としてもそうだし、意識としてもいなくなっちゃうみたいなことがあるんだなって思うと、
ちょっと怖さを感じたりするんですけど。
分かる分かる。
ありますか。
12:00
人生の中で何かを成したかなって思っちゃうよね、自分の中でね。
そうそう。
例えば偉人とかを見てても、僕の皆さんが好きな坂本龍馬とか幕末の志士でいてたりするんですけど、坂本龍馬は33歳で亡くなってるんですよね。
若いですね。
若いでしょ。
33歳で、いろいろこれが定説とか本当じゃなかったみたいな話もあるけども、一応今の歴史の中での定説としたら、
殺虫同盟を結んで大正奉還を成し遂げて亡くなってるんですよね。
ということは江戸幕府を終わらせた立役者の一人でもあるっていう捉え方を取れるので、もし本当にそれが歴史の真実の一つであったら、そのために生まれてきて死んでいった人生なんですよね、坂本龍馬って。
江戸幕府を終わらせたためにこの世に生まれてきて使命をもって、それが完結して亡くなったみたいなね。
それを33歳で成してるってすごい偉業だなとか思ったり。
たしかに。
例えば徳川家康が天下を取ったのは60歳を超えてからなんですよ。
だいぶ晩成ですね。
江戸幕府を開いたのは60歳を超えてからなので、そういうことを考えたら自分の人生の中で、まだまだ先何があるかわかんないと思うけども、
何を成してきたのかなとか、自分の子供に対して何を残せるのかなっていうのは結婚して子供が生まれてて結構考えましたね。
考えたら思うようになったよね。
やっぱりそうですよね。
それまでね、独身の時とかはあんまり自分のことしかあんまり考えてないと思うので、
そうですね。
自分中心に考えているから、そんなこと考えてなかったけど、子供が持っていくと、生まれると子供に何を残そうっていうね。
発想が切り替わっていって。
お父さんは何を残せるんだろうっていうね。
いつまで子供のそばにいれるんだろうみたいなね。いつまで生きていけるんだろうみたいな。
そういうことを考えたら何か残さないといけないなっていうので、
一つ一つは僕は子供の写真とか動画とかを取りためて、ビデオにして、いつでも見れるようにっていう残し方をしたり、今はKindleっていう出版の本を通じて残すみたいなね。
このKindleってそういう意味では非常に副業として活動する側面もあるけども、家族や子供に残す。
今は読まないだろうけど、いずれ亡くなったらね、いつか読んでくれる日が来るんじゃないかとかね。
そういうので、形には残すことによって、ちょっとでもね、たぶん喋っててもさ、記憶なんか消えていくから忘れると思うんですよね。
15:04
確かに。
そういう意味だとそうですね、Kindle活動、金石さんの生きた証もありますもんね。
バルさんのね、そのペースの本もそうですよね。
そうですね、確かに。
あ、ちなみにあやまるさんが、天才って早死にするって言いますよねって。
そうね。
役目を終えちゃったから、早めにちょっと亡くなっちゃうみたいなこともあるのかな。
ね、なんか死んで完結するみたいな感じがあるよね。
そうですね、確かにそうですね、私はだから独身なので、誰かその自分の子供に対して何か起こすって、もちろんそういう気持ちは今はないんですけど、
だから、だけど、例えばですけど、この今回のジーン作ったのも、同じようなね、30代独身の女性のなんかお守りになるような本作りたいなと思って。
これっておそらく普遍的に今後、私が年を取って、年下のその30代の女性も同じように多分考えるような出来事だったりするので、
私の生きている範囲のことでは、だから罵倒を渡すっていう感じにはならないかもしれないけど、
なんだろうな、誰かのために何か残すっていうのは、なんかそういう意味だと、私の生きる活力にもなるし。
絶対そうなると思うよ。
例えば本になって残ったりするとね、将来丸さんが亡くなって100年後でも読まれる可能性があるから、そういうプラットフォームが残っとけばね。
そうですね。
今でもさ、僕らでも夏目漱石を読んだり、ダダイオさんも読んだりするのと一緒で、それを読んで、今の現代人が当時の時代の本を読んで、また違う観点で今の人生を見つめ直したりすることができるっていう意味では、
音楽とか、例えば小説とか、例えばクラシックでもあったりね、モーザルトの楽曲であったりしても、未だに効くわけじゃないですか。
今の人がそれによって何か違う刺激を受けるわけで、そういう意味ではアーティスト活動っていうのは、作品をもし世に残してある程度認知されたら、
自分の名前は一生残り続ける可能性があるなと思いますよね。
確かに。スタイフもね、スタイフというプラットフォームがなくならない限りは、続いていく記録として残り続けていくので。
いいですよね。なるほど、そうですね。
なんか、ちなみに私はね、お葬式とかをやっているという意味では仏教なのかも仏教徒なのかもしれないけど、
18:06
信仰として特定の宗教を信じているわけじゃないので、やっぱり死ぬイコール無になるみたいな感覚なんですけど、
なんかそれってすごい怖いんですよね、想像すると。
意識がないっていう、永遠に意識がなくなる状態って、
ね、体験したことないから怖いし、
でもじゃあずっと意識だけこの世を漂っていたらいいのかというと、
それはそれでなんかだるいっていうか、ずっといなきゃいけないのかみたいな部分もあるし、
原因者は、そういう意味だとどういう姿勢感的なのを持っているのかというのと、
その仏教的な考え方でいうと、死はどうみたいなのってありますか。
えっとね、僕も子供の頃とかは全く無宗教に近いというか、
死んだら無になると思ってたんですよね。
だからもう死んだら終わりみたいなね。
小学校の時に友達のお父さんがね、癌で亡くなったんですよ。
それまで一緒に遊んでたお父さん、野球とかして遊んでくれてたお父さんが、
突然癌で半年ぐらいして亡くなって、
人って亡くなるんだっていうのを結構、
友達のお父さんだったけど感覚であって、
いずれ僕も亡くなるんだなみたいなね、そんな子供ながらに、
その時は死の考えとかでもなかったから、
そこからUFO番組、幽霊番組とかオカルト番組とかそういうのを子供ながら見ていって、
中学高校で大人になっていく中で、
信仰宗教もどんどん出てきて、
悪い宗教ね、お金を騙すとか壺を売るとか、サリンを作るとかね、そういう宗教が出てきたりしてて、
世間は賑わってたんかな、そういう意味でね。
だから仏教に対しても非常に怪異的というか、
変な宗教、宗教イコール洗脳と思ってたんですよ。
人をコントロールされて変な方向に持っていかれるみたいなね。
全くだから仏教には無知という状態で、
本当に無宗教、無になるって思ってたんだけども、
ヨーロッパに渡って旅行でね、ぐるっとヨーロッパ回ってると、
やっぱキリスト文化なんですよね。
そこに行ったら、全く日本の価値観と違って、宗教観が違って、
キリストの世界の中で生きてるんですよね、皆さんね。
キリスト文化圏というか。
僕たちが日本の感覚だったら、仏教とか神道とかキリスト教とかあるけども、
基本的には普段は日常の生活を送りながら、
21:00
時間のある時とか週末ミサに行くとか、
その仏教活動をしに行くっていう風に捉えてるっていうかな。
けどキリスト圏に行ったら、キリストの世界の中で働いてるっていう、
全く概念が違うよね。
だから食事する前には必ずお祈りをするし、
何かするにしても、神に指針をお願いしたり頼んだり、祈ったりして、
自分の方向を決めたりとかね。
就職するにしても、神様に相談するとかね。
日常に溶け込んでるっていうか、生活のひとつっていうか。
それがなかったら生きていけないっていう状態なんですよ。
僕も旅行してる時に、旅行者の外国人の方からよく聞かれてたのは、
お前は何の宗教や?って聞かれてるんですよね。
僕は無宗教だみたいなことを喋ってたら、
お前は豚か牛かって言われるわけよね。
人間はやっぱり宗教を持つべきみたいな。
神様を信じずにどうやって生きていくんだっていう。
彼らはそんな発想で、信じる軸がないのにどうやって人生を過ごすんだっていう風に、
いろんな人から言われていって、よく聖書を渡されました。
これ読めっていう。
すごい、そこまで。
お前の人生はこれ読まないといけないみたいなね。
それがもう鬱陶しくなってきてさ。
いちいちそれを対応するのがね。
確かに。
だから途中からもう僕は仏教徒ですよみたいな言い方をしていったら、
お前は仏教徒かってなって、
ヨーロッパの人からしたら仏教は未知の宗教でよくわからないから、
あんまり突っ込んでこないんだよね。
それ以上ね、神様がどうとか信仰はどうとかあんまりよくわからないからさ。
僕は仏教とかキリスト教とか宗教に対しての価値観が、
日本にいてる時とも180度ガラッと変わって、
信じるに値するものなんだなっていうね。
今まで信じたら洗脳されると思ってたから。
時代的にもそうですよね。
そういうところで価値観がちょっと変わっていって、
宗教のあり方っていうのを見直すようになって、
でもキリストもあればイスラムもあればヒンドゥもあれば、
仏教もあればってみんなそれぞれ違う世界があるから、
じゃあ何がいいんだろうみたいなね、何が違うんだろうっていうのは気になりながら、
死生観で言ったらね、キリスト教とかは基本的には、
死んだら天国に行く、地獄に行くっていう、そういう世界なんですよ。
神様の世界に行くみたいな感じ。
その時に天国に行かされるか地獄に行かされるかみたいな、
それは生きてきた時の行いによって、
24:01
でもそれは天国に行こうと思ったら神様に許しをこいたら許してくれるみたいな、
懺悔したら許してくれるみたいな、ちょっとそういうノリがあるんですよね。
生まれ変わるっていう概念はないんですよ。
神様の世界に行くだけっていうか。
だから一生は一度っきりみたいだね。
だから今の人生を楽しんでいくんだけども、やっぱり罪も犯すから、
その罪を犯してあの世に行きたくないから、
懺悔をして最後は天国に行きましょうみたいなね。
なるほど。
そんな世界観がこれ、
ヒンドゥー教、イスラム教とユダヤ教ってのは同じ、
もともとの発祥が一緒だから似たような感じなんですけど、
一方イスラム教、キリスト教、ユダヤ教ね、それが同じ例なんでね。
ヒンドゥー教と仏教も同じ発祥なので、
ヒンドゥー教と仏教っていうのは輪廻転生を信じてるんですよ。
あやまるさんがちょうど投げかけてくれたものですね。
輪廻転生。
そうね。
日本はどうかって言ったら、
日本はもともとは神道があって仏教が入ってきてるので、
神道っていうのも輪廻転生ではないのよね。
生まれ変わるように神道でいろいろ言ってるわけでもなくて、
多分仏教の関係が混ざってきてるのね、途中からね。
もちろん神様の世界とかがあるんだけど、
どっちかというとキリストも仏教も神道もそうだけど、
基本的にはSFなんですよ。
SF?
今風で言ったら科学的じゃない世界の話ですよね。
証明できないからみんなそれぞれ違うこと言ってるみたいなところがあるんだけど、
その中で僕も仏教を好きだからいろいろ追いかけてみたら、
意外と考え方が理にかなってるというか、しっくりいくというか、
輪廻転生を信じた方がいいよねっていうね。
その方が人生楽しいよねっていう、
キリスト教のような発想で人生を全うするのもありだけど、
それより僕は仏教の輪廻転生を信じて、
来世があると信じた方が今世がいいものになりそうな、
そんな感覚はあって、仏教はいろいろ見ていくと、
もちろん仏教の信じないところ、これは変だなっていうところもたくさんあるし、
ここは信じたいなっていうところもある中で、
27:00
チベット仏教を深く知ったりはしていきました。
ちなみに本当に基礎的なところで言うと、
輪廻転生ってどういう考え方になるんですか?
仏教の中でも宗派によってちょっと違ったりするんだけど、
僕がチベット仏教で聞いたのは、
使徒が亡くなったら49日後に転生するんです。
そんなすぐするんですか?
だから49日っていう言葉があるじゃないですか。
49日で一旦お葬式というか、区切りをつけるっていうかな。
現世に亡くなってから49日間はこの世にさまよってるって言われてるんですね。
で、49日後に天の上の世界に上がっていくっていうの。
で、上がっていってそこから、
高僧、だらいラマとかにそういう高僧、えらいお坊さんは早く転生するんですよね。
いつ転生するかは人によるので、すぐ転生する人もいれば、
何年も転生しない人もいるらしいみたいな、そういう発想なんですよね。
それは徳の高さによってすぐできたりしなかったり、みたいなことですか?
そうなのかな、これが徳なのかタイミングなのか、
何かきっかけがあるのかはわかんないけど、
何回も転生するんですよね。
そうか、今の人生が終わって、
例えばアリさんになって、アリさんの人生が終わって、
鳥さんになって、みたいな、そういうことですか?
動物になるかはわかんないけど、
人間としてでも何回も何回も、だから何百回転生していく。
神様自体も仏教の中で出てくる、そういう神様自体も何回も転生していくんで、
だから何回もその魂が、若い魂と何百年、何千年の魂っていうのがあって、
例えば百年の魂と五千年の魂があったりしたら、
五千年の魂っていうのは何回も転生してるわけですよね。
そういう人のほうが、生まれてからの能力を発揮しやすいっていうの。
何回かわかるかも。
なんか、この人人生何回目ですか?みたいな方っていらっしゃいますよね。
そうそうそう、そんな話はね。
それはわかるな、あるかもしれないですね、そういう意味だと。
なるほどね、繰り返していく。
なんか、やっぱ無になるっていうことより、希望がありますよね。
でもね、これはそういう輪廻転生はいいように捉えてる、
30:02
ちょっと僕言い方したかもわかんないんですけど、
実は釈迦は、これは全く逆の話をしてるんですよ。
つらいこと。
これね、仏教の中でもちょっと間違いやすいところなんですけど、
日本の仏教っていうのは大乗仏教が流れてきているので、
大乗仏教っていうのは、釈迦が死んでからできた宗派なんですよね。
だから釈迦の時代にはない宗派の発想という考え方が大乗仏教なんだけど、
釈迦の時代に教えてた教えっていうのは、
亡くなって、輪廻転生するとまた人間に生まれ変わってくるので、
人間に生まれ変わってくること自体が苦しみだって釈迦は言ってるんですよ。
そうなんだ。
人間に生まれ変わることが苦しいっていうのは、
当時、今でもそうだけどインドとか行ったら、
カースト生徒っていうのがあって、身分が生まれ持って決められてるわけですよね。
頭いいから、頑張ったから、成績がいいから、上のクラスに上がれるんじゃなくて、
あなたは生まれた瞬間から掃除、洗濯専門の人ですよとかね、
皿洗いですよとかね、決められてるみたいな血筋があって、
そっからもう一生抜けれないんですよね。
なるほど。苦しい。生きるは苦しい。
そうそう。で、生きていくことはやっぱ苦しいことだよっていうことを、
そういうことを釈迦は言って、それを四文字熟語とかに言ったら、
祝博って言葉があると思うんだけど、祝博するとか言うでしょ。
これは四つの苦しみと、もう一つの苦しみが足して、四つの苦しみ、八個の苦しみって書いて祝博っていう言葉になってて、
これ仏教用語なんですよね。
その四つの代表的な苦しみで言ったら、置いていく苦しみがあって、病気になる苦しみがあって、
愛する人が亡くなる苦しみがあって、生きること自体が苦しいって言ってて、
これ四つの苦しみがあるんですよね。
だから、その苦しみを逃れるためには、輪廻転生をしないほうがいいっていう考えなんですよ。
確かにそうですね。
だから、釈迦は輪廻転生をしない方法を編み出した、それが下脱っていう方法なんですね。
へー、下脱ってそういう意味なんだ。
釈迦が言ってるのはそういう意味。
じゃあ、輪廻転生をしないためにはどうするのかっていうことで、
そのためには自分はストイックに修行していって、欲をどんどん削ぎ取っていって、
全ての欲を削った後に残っているのは、本当に小さな小さな愛だけが残ってて、
そこまで行った人間が悟りが開ける。
33:00
下脱ができる。
でも、ほとんどの人間は輪廻転生し続けなければいけないって、
それは仏教で言うと苦しいことなんだよ。
そうそうそう。
へー。
それは欲に負けてしまうっていうことで、
また人間界に落ちてきて、
同じ苦しい、まだ人間として苦しい人生を歩んでいくみたいなね。
なんか、それ、例えばそういうカーストの低い人がそれをこう受けたときに、
本当に救いがなさすぎませんか、でも。
でもね、だからこそ輪廻転生っていうのが、
カーストの中で根付いたんじゃないかなとも思うんですよね。
インドで言ったらカルマとか言ったりするのよね。
今の人生に課せられた運命、宿命的なところがあって、
この宿命を全うすることによって、
次の人生が良くなりますよっていう教えを取ってるんですよね。
徳を積むとか、今いいことをすることによって、
来世が必ず良くなるから。
それを繰り返すことによって、下脱に近づきますよっていうね。
なるほど。
じゃあ、徐々に例えばカーストも輪廻転生することによって、
徳を積んでカーストも上げて、最終的な下脱を目指すみたいな。
そうそう。今は低いレベルのカーストの下にいるけども、
来世は上のカーストで生まれるために、今をちゃんとしましょうみたいな。
じゃあ、例えばその人が生まれた段階で、
カーストが上の方にいた人だったとしたら、
それ以前の自分が頑張ったんだなみたいな感覚なんですかね?
そうそう、たぶんそう思う。
なるほどね。
そうやってこう、理屈を通すっていうか、自分の中の。
面白いですね。
これが日本に渡ってきたら、大乗ブックになって渡ってきたら、
意味合い変わってたりするんだよね。
どう変わったんですか?
だから、輪廻転生はいいことだっていうふうな認識みんな持ってると思うのよ。
ポジティブなイメージ。
ポジティブにまた人間に生まれて変わりたいんじゃないけどさ。
でもそれは、社会の教えじゃなくて、その後の人たちが解釈を変えていって教えてきたことですね。
あまりにもしんどすぎないかみたいなことなんですから。
ちょっと柔らかくしようみたいな。
ほぼほぼ人間に生まれ変わってくるんだから、ポジティブに考えようみたいな。
そうですね。あとは日本はカラスと、でも階級はあったのか。
36:01
どの時代あったかもしれないけど、インドみたいにもしかしたら厳しくなくてみたいなこともあるのかな。
文献が残ってないからかもわかんないけど、江戸時代にしても種の交渉はあるし、
どの時代でも身分格差っていうのは多分あると思いますよ。
そうですよね。じゃあそれが理由ではないか。
たまたまポジティブな方向に変わって伝わっちゃったっていうか、伝わっていったみたいな。
結局ね、政治利用じゃないけど、人々をまとめるために宗教は使われてきたから、
いい意味で束ねるためにはこうするみたいな。
本来の教えとか、ど返ししても束ねる方向に利用されてるところがあるから、
そしたらそのほうが楽じゃんっていうね。そういったほうがみんなついてくるじゃんっていう。
確かにそうですね。いいように生まれ変われるんだったら、そのために念仏唱えましょうみたいな。
そうそう。だから今さ、厳しい仕事をしてるけども、
このところを積み重ねたら、来世よくなるから、今我慢しようねっていう。
でもそういうものがないと確かに、本当につらい時期を乗り越えられない人もいますよね。
心の救いにはなるかもしれないよね。
そうですよね。全くゼロで、そういうものが全くゼロで、
もう全部自己責任だって言われると、本当につらいですからね。
ただそのつらい現実があるだけみたいな。
なるほどね。じゃあ、今のけんいちさんは、リンデ・テンションを信じてるっていう。
信じたいし、信じてるし、僕はチベットとかを旅していく中で、いろんな話を聞いたんですよ。
だからっていうのもあるよね。
単純に人が言ってるから信じてるんじゃなくて、
実際に前世の記憶を持つ人と喋ったりとか、話を聞いたりとか、
特にそういう仏教関係、チベット関係多いんですよね。リンデ・テンションで引き継ぐとかね。
そんな話が村の中でも当たり前のように喋ってたりとかね。
どこどこで、すごい子供が生まれたよとかいう話が出てて、
その子供、まだ3歳のに、めちゃめちゃ昔の仏教の話を詳しく語りだすんですよね。
自分の言葉じゃないんですよ、しかもね。
トランスするっていう言い方があって、
39:00
神に乗り移る、日本で言ったらイタコみたいなもので、神に乗り移られて、
バーって喋るから古いチベット語で喋るんですよ。
え、その3歳の子が?
3歳、4歳、5歳くらいまでの子供がね。
で、そういう子が珍しくないというか、
現代ではかなりそういうのが話題になりにくくなってるけど、
当時、昔ね、100年前とか50年前とか、戦前くらいの時代だったら、
ポツポツパイいるわけですよね。
で、有名になって、村で有名になって、有名なお寺が調査しに行って、
調べたら、どこどこのお寺の天聖僧に違いないっていう、
みたいな、そんなことがわかっていくので。
すごい。科学的には証明できないですもんね、その子が。
ペラペラ喋りだすから。
うーん、面白い。
あやまらさん、ありがとうございます。
いろいろ質問あげてくれてて、拾えなくてごめんなさい。
まず、お二人は輪廻転生あると思いますか?ってことに対しては、
芸術さんはそうっていうことで、私はどうだろう。
いやでもそう、ニュースとかでね、よくその、前世の記憶があってとか、話があって、
それはなんか嘘だとは思えない、実際あるよなとか思うし、
こんなにうまいこと人生を進めている人とかを見ると、
絶対1回目じゃないよなって思うときがあるんで、
私はあまりに不器用すぎるんで、きっとたぶん1回目だなみたいな思うときがあって。
3回目ぐらいかもしれないよ。
3回目、もうちょっとね、繰り返さないと成熟しないみたいな。
そういう意味だと、あるかもしれないですよね。
さらに生まれ変わるなら、また人間がいいですか?というクエスチョンがありますが、
芸術さんどうですか?
これね、たぶんみんな考えると思うけど、
日本人に生まれ変われるのかどうか問題だよね。
確かに。立場もね、いろいろ。
貧しい国で、貧しい家庭で生まれたくはないなとか思うじゃん。
大変ですもんね、普通に。
まあ、言ってもね、日本で生まれ変わるって確率は低いけど、
まだ裕福な国の一つだからね。
うんうん、確かに。
そう考えると、ギャンブルですよね。
ある意味ね。
うんでしかないからね。
いやー、でも人間以外って考えると、やっぱ動物とか植物とかになるから、
考えることはしたいなって思うので、
動物が全く考えてないとは言ってない、言わないんですけど、
人間がいいかな、後悔するかもしれないですけど。
あやまるさん、岐阜美さんがお好きな時点でバルさんは1回目ではないと思います。
42:04
そうそう。
もっと将棋差しかもしれない。
いやいや、将棋のルールとかあんまりよくわかってないファンなので。
あやまるよ、3歳ぐらいのバルさんはめちゃめちゃ将棋うまかったかもしれないよ。
そういうの家族に聞いていますね、もしかしたら天才少女だった可能性がある。
そうですね、いいね伝承、面白いですね。
そしたら今、バルさん的にはあんまり宗教観的にはそこまでない状態かな、
死んだら無になるっていう方が強いんですかね。
そうですね、というよりも、
けんいちさんがね、この告知をしていただく時に、
あんまり日本人はそういう話を、そもそも死をテーマって話すことがないよね、
みたいな話をおっしゃってたと思うんですけど、
その通りで、深くちゃんと考えたことがないテーマなんですよね。
だから自分はこうであるってあんまりまだ言えてなくて、
なので、避けてきたっていう感じですかね、どっちかっていうと。
でも絶対通らないといけないから、通らないといけないし、年齢を重ねれば重ねるほどそれが近くなってくるから、
あえて考える場を設けたいっていうので、けんいちさんとこうやってお話しさせてもらってるんですけど、
無かなって思いつつ、でも無だとちょっとしんどいなっていう気持ちもあって。
僕もね、チブット仏教、ヒンドゥ教を見てきてね、インドとか行ったらね、
人が亡くなったら、インドは人が亡くなったヒンドゥ教の場合は、
そのまま火葬してね、川に捨てられるんですよね。
ガンジス川ですか。
そうそう、ガンジス川に。
そういうの、目の前で見れるわけですよ。
1日に何人も人が運ばれてきて、亡くなった人が運ばれてきて、
川沿いのところに薪を置いて、そこに死体を乗せて燃やすんですよね。
薪っていうのも、自分でお金払わないといけないのよ。
薪代がお金が少なかったら、中途半端にしか燃えなくて、そのまま捨てられるのよ。
完全に燃え切れない。
だからお金持ってなかったら、死ぬ、完全に燃やしてもくれない、みたいなところがあるんだよね。
それで、燃やし切れないと、今後の輪廻転生に関わってくるとかもあるんですか。
気持ち的にあるかもわかんないけどね。
そのまま、子どもも仕事やから、灰虫、ダンパのままでも、そのまま川に投げちゃうわけよ。
45:02
もう溜まってるから、次から次へと。
すごいですね。
そういうのを燃えながら、手がバキンって、真っ黒の手が割れて落ちたりとかするのを、また子どもが拾って、薪の中に入れたりとか、そういう作業を目の前で見れるわけですよね。
そういうのを見てたりすると、ヒンドゥー教の考えとしては、人間ってのは箱みたいな発想を持ってて、魂が箱に入るから、もう亡くなった時点で、箱には用がないわけだよね。
だから、綺麗に埋葬する必要がなくて、次の乗り物に移ってるから、もう燃やして川に、聖なる川に流して終わりみたいな感じがあって、ちょっとダンパな感じで流していったりするのもアリみたいなところだから。
そういうのを見てたり、生まれ変わりの話とかを聞いたりしていくと、僕も亡くなっても、お墓もいらないと思ってるのよね。
そうなんですか? 犬士さんは?
そう、お墓なんかいらないと。
家族とか親族たちが祈ってくれるような、例えば遺骨を小さい壺に入れて置いておくか分かんないけど、仏壇置いておくとか、そんなぐらいでいいよ、やってくれてもそれぐらいでいいよ、何もなくてもいいよみたいなね。
お墓っていうのは日本の仏教で言ったら、ビジネス宗教になってるのよ。
まあ、儲かりますかね、やっぱり。
かいみをつけるだけで、はい何万円?
だからそれ本来の宗教じゃなくて、ビジネスなんですよ。
それを、そうした方がいいとか、かいみをつけないといけないとか、お墓を建てないといけないとかいう、それは習慣としてはいいんだけども、それを信じる人は信じたらいいと思うし、僕はそういうのあまり好きじゃないなっていう風に変わってきたんで、
一切やめて、お金を一切かけたくないみたいなね。だから死んだら仮想はしてもらって、あとはもう何もなくていいっていう。
それはすごく分かりますね。共感するところありますね。
なんか私もいらないです。
お葬式の今のシステムで供養していただくっていうのは、あんまりいらないなと思ってて、なんかもう私の死をきっかけにみんなが集まって、パーティータイムみたいなしてもらって、ワイワイみたいな、でさよならみたいな、
それができたら、あんまりそういう形式的なところはなくても全然、その焼いた遺骨をどうするかみたいなところは若干ありますけど、なんか行々しく埋葬してもらう人もあんまりないなって感じてて。
48:06
これって自分の意思じゃなくてさ、結局は亡くなった人がどう思うかあんまりそこ組み取られてなくて、周りの人の目を気にしてというか、周りの家族たちがそういうことをしてしまうわけじゃないですか。
そうですね。
それをしなかったら他の人からね、葬式もあげないなんてかわいそうみたいなの言われたりするから。
確かに、葬式はやっぱり、周りの方のためにするっていうふうにも言いますよね。
そうだなと思って、だからある意味生きてる間に、そんなしなくていいよって言っとかないといけないなっていうね。
確かに、結局ね亡くなっちゃったら何も言えないから。
確かにそうですね。
だからそのエンディングノートとか聞いたことあります?
あるある。やってそうよ。
本当ですか?いいなと思って。
どう扱われたいかみたいな亡くなった後に、そういうのって大事だよなって私も思いますね。
年に1回ぐらい書き直すみたいよ。
確かに変わりますよね。時々その時々でどうしたいかみたいなのって。
そっか、1回書いて終わりじゃないですね、確かに。
今そういうアプリ、同じねKindleサッカーさんの仲間でもアプリを作った人もいてて、
収穫アプリみたいなねことを作ってて、そこで記録しておいて、定期的にね、なんか更新し直して。
で、やっぱり自分の親が亡くなったりしたら、非常に大変だったっていう、その人が苦労されてて、
お金の管理とかね、亡くなった後、銀行はすぐ凍結されたりするから、お葬式の金がね、いるとかさ。
で、その遺産相続どうするとか、何を持ってるとかいうのがもう分からなくなって、ぐちゃぐちゃになるらしいのよね。
最終的にちゃんとできなかったら、国に全部募集されるから。
あ、そっか。ちゃんと決めとかないと。
パスワードが分からないとか、どこにお金があるかって、今かなり分散されてるじゃん。
籠にあったり、ここにあったり、あっちにあったりみたいなね。
で、そういうのがよく分からないじゃん、本人しか。
うん、確かに。
で、そういうのをちゃんとパスワードを残して、他の第三者が後から管理できたりアクセスできるようにしとかないと、
最終的に本当に手放しするしかない、よく分からないみたいなことが起きてるみたいで。
募集は募集されるか、あとは遺産相続で税金払うか払わないか問題も出てくるから、
この間もニュースで中山美穂さんがお亡くなりになって、
その親族の方が遺産相続で放棄したっていうニュースが出てたんですよ。
51:04
で、かなり高額な何億円という遺産があったみたいなんだけど、
それを相続するのに現金で何億払わないといけないらしいんですよ。
えー。
で、そのお金を区免できないから放棄するしかないらしいんですよ。
わー。
もしお金が区免できたらプラスで残るらしいんだけども、
いきなり何ヶ月以内に何億円払ってくださいっていう、遺産相続税払ってくださいって言われるから、
放棄せざるを得ないっていう。
いやー。
その仕組みってどうなのって。
ほんとですよね。
なんか国が得するようになってませんか。
そうそうそう。だからそういうことになってんのよね。
うーん。なるほどねー。
あ、あやまらさん。
あ、すごいあやまらさんいいことおっしゃってる。
けんいちさんが以前コラボでチベットのお坊さんになぜ仏教を学ぶのかという回答に、
死を恐れないために学ぶという考え方がとても印象的でしたということで。
いや、私も全く同じですね。
なんか結局考えてこなかった。
知ることが怖くてとかなんだろうな、考えてこなかったけど、
でも知らないと怖いままだから、
それをこう少しでも恐怖を和らげるために知りたいみたいなところがありますね。
そうね、僕も仏教の謎が解けたみたいなちょっと大げさに本を書いてはいるんですけど、
本当にね、何のためにみんな信仰してるのかなってすごく疑問だったんですよね、若い時ね。
単純に信仰してるだけじゃなくて、本当に人生かけて信仰してるわけよね。
うんうん。
仏教だったら仏教に命を捧げてるみたいな感じで、
すごく深く深く信仰してるから、
なんでそこまでの力があるんだろう、見えないエネルギーじゃないけどね、
仏教になんでそんなエネルギーがあるんだろう、これいろんな宗教全部そうだけど、
そういう謎が知りたくて、チベットにたまたまハマっていった中で、
チベットのお坊さんがね、教えてくれたのが、
仏教を極めたら笑って死ねますよって教えてくれたんですよ。
へー、笑って。
人が亡くなるときって最後やっぱ苦しいんですよ。
で、笑って死ねる人っていうのは、たぶん浪水しかないのよ。
うん、確かに。
浪水できたらいいけど、浪水できる確率より病気とか事故で亡くなることもあるから、
最後は苦しみながら死んでいくのが大半の人だっていうね。
でも、その中で少しでもね、笑顔で亡くなろうとしたら、仏教はそのために存在してますみたいなね。
へー。
で、そのときにね、チベットのお坊さんだけども、
54:02
どこどこの宗派にこだわることは一切なくて、お金も払う必要もありませんみたいなね。
へー。
だから、何かの宗派に属して、そこだけの教えを信仰して、
お布施払ってとかしていったらビジネス化していくんですよ。
そうですね。
だから、そこに騙されないでくださいみたいなね。
それはね、いろんなお坊さんに教えられた。
あー、すごく真っ当なことをおっしゃってくださってますね。
なんかその、ビジネスとして言ってるんじゃなくて、
その人の考え方とか、救われるためにっていうか、
少しでも考え方が悪くなるためにというか、本当の意味でちゃんと言ってくださってるっていう。
バルさんにちょっと聞きたかったお話としてね、
テーマをちょっと変えて、安楽詩ってどう思いますかっていうのは、
1回聞いてみたかったなと思ってたんですよね。
ありがとうございます。私も最後のトピックとしてそれ残してたので、
ありがとうございますって言っていただいて。
なんか、安楽詩と尊厳詩みたいな言葉がありますよね。
安楽詩は薬とかを使って強制的に楽にするっていうのと、
尊厳詩は延命行為とかをやめて自然な死を受け入れるみたいな違いがあるらしいんですけど、
なんか、私はさっき自分の死をどっちかというと、
意思で自分の死とか死んだ後をコントロールしたいみたいな気持ちが、
おそらくどっちかというとそういう寄りなので、
そういうものをどっちかというと肯定的な考え方で見てるんですね。
あってもいいんじゃないかっていう。
でも、なんかそのシャープ22でも話したんですけど、
平野圭一郎さんの本心っていう本の中で、
その主人公の母親が尊厳詩っていうか、その本はSF的な感じなので自由心、
本当に自分の意思で死ぬっていうことを選択するっていうのを選ぼうとするんですけど、
その自由心を認めるか否かっていう部分で、
それに対して反対の意見がその話の中でできていて、
一旦その自由心を認めてしまうと、
弱い立場の人たちに対してプレッシャーがかかる。
例えばその国が厳しくなって余裕がなくなってきたときに、
眩しい人たちは、
なんですかね、圧力がかかる、死ぬべきだじゃないですけど、
死を自ら、本当に心からの意思じゃなくて、
強制的に選ばされるみたいなことが起こり得るんじゃないかって言って、
57:00
それが怖いっていうふうに登場人物が言っていて、
簡単にそれを認めてしまうと、
どこまで辛かったらOKなのかとか、
どういう方がそれを選べるのかみたいな部分、難しさもあるし、
この間見たNHKのドキュメンタリーで、
末期患者の方に寄り添いながら、
少しでも最後まで希望を持って生きられるように奔走されている意思、
終末意思の方っていうのかな、この話を見ていると、
その人の活動に意味がないとも思えないんですよね。
安易に死を選ばないみたいな、なので、
どちらかというと肯定寄りなんですけど、
すごく難しいテーマだなって正直思います。
安楽死ができる国が何個あるのかな、
1,2,3,4,5,6,7,8,9,10個ぐらいあるんですよ。
結構あります。スイスとかがそうだって聞いたことあります。
やり方が安楽死も2つパターンがあるみたいで、
スイスは控除式っていって、
亡くなることを助けるやり方。
決定するのは、最後の薬を投入するのは本人なんですよ。
ある意味、自殺を助けるみたいな、ちょっとそういうニュアンス。
自分で死ぬことを助けるみたいな、それがスイス式みたいな。
オーソラリアとかもそんなやり方を取っていたり、
アメリカの一部の州、オレゴン州とかカリフォルニア州とかもそのやり方を取っていて、
もう一つは医師が薬を投入するっていう。
そっち側の方はオランダとかベルギーとかね、アクセンブルクとかスペインとか、
ヨーロッパ中心に多いんだけど、そういう国が取っていて、
2つの方法があるみたいで、日本のね、僕もドキュメンタリー見たのは、
スイス式のやつを見て、何個か見たんですけど、
その時も、これも別に簡単に選べるわけじゃなくて、
いくら自分が安楽死したいといっても、簡単には許可が下りないわけですよね。
もう余命宣告されて、6ヶ月の余命宣告されてるとか、
医師が、2人以上の医師が、同じ宣告をしてるとかね、
そういう条件があって、自分が安楽死したいからといってもね、
その条件が満たさなかったらできない。
さっきバルさんが言われてたように、
外的な圧力によって、もう死んだ方がいいんじゃないかと、
追い込まれて死を選ぶっていうのも確かに存在するから、
そこの問題を、特に日本はなりそうだなっていうのがあるから、
1:00:03
安楽死は認めないっていう方向になってるらしいんですよね。
医療費が高騰するから、家族がちょっと、
もうこれ以上生きて長生きされたら困るんでっていう人も出てきたりして、
無言のプレッシャーをかけられるみたいなね。
あと半年やから、じゃあ早く死ぬかみたいなね。
私が死んだ方が楽になる。周りが助かるんだったら死ぬかみたいなね。
そういう人が増えるっていう問題が、
今はちょっと倫理的に許すと良くないっていうことで、
未だに安楽死は認められてない傾向があるらしいんですけど、
でも世界でだんだん増えてきてるんですよ。
今、安楽死を認める国がね。
10カ国あるなんてびっくりでした。
多分まだ今後も増えてて、特にデータでオランダとかもそうなんですけど、
年々増えてるらしいですよ。
安楽死する方が、選ぶ方がね。
全体的に見たら年間2、3万人はいるらしいですよ。
全世界で2、3万人。
全世界で、年間で全世界で2、3万人ぐらいの人がいてるみたいな。
そんなことらしいんで。
確かにドキュメンタリーを見てたら、
それは日本の方ですよ。
日本の方で安楽死を選ばれたお母さんがいてて、子供2人いててね。
旦那さんもいてるんだけども、
お母さんと旦那さんは最後スイスに行って、子供は日本において、
病院のベッドで自分でボタンを押すみたいなね。
そういうのを見て、やっぱりちょっと身に詰まる思いがあるというかね。
それが正解かどうか分からない。本人しか分からないんだけど、
子供たちはね、遠くに離れた日本からテレビ電話を通じてお母さんと最後バイバイしてたんですよね。
だからその後子供にもインタビューしてたけど、
どこか旅行に行ったまま帰ってこないみたいな感覚のままなんですよね。
子供たちはってことですか?
なんとなく死を完全に目の前で見たわけじゃないから、
そんな感覚で何年も生きてるみたいな、でも死んでるってことは受け入れてるから、
お母さんが選んだ道だからっていうところなんだけど、
一方で、がんとか苦しい病気で痛みと耐えながらやってる人も現実には山ほどいるわけじゃないですか。
そうですね。
その痛みを訴えてるシーンっていうのはほぼほぼ流れてないわけですよ。
一般的には多分ほとんどの人が知らないんですよ。病院関係者以外とか親族しか。
1:03:04
そうですよね。見たことないですもん。
当事者の関係者しか知らない。
だからそういう人を目の前で見ていったら、ああやって自分は死にたくないなってなっちゃうわけですよね。
そこまで苦しんで死にたくないじゃないけど。
確かにそうですね。みんなが苦しみたくないから。
そう考えたら、選ぶ権利は何でもいいんじゃないかなっていうのは僕は思ってて、
だから安楽死は認めてほしいなってちょっと思ってるんですよね。
はいはい。
自分のちゃんとした意思でそれを選ぶのであればっていうことですよね。
あやまるさんが、ありがとうございます長文。
けんいちさんがおっしゃっているスイスのドキュメンタリー見ました。
独身の日本人の女性がスイスに渡り、最後意思にこのバルブを開いたらわかるわねって本人に渡したら、
その女性が迷いなくバルブを開けていたのが印象的でした。
本当に生きるのが苦しくて、やっと安楽死を迎えられたという表情が何とも言えませんでした。
これ多分私も見てますね。3人多分見てますね、同じドキュメンタリー。
超たまたま。
私も同じシーンを見た気がする。
もう本当に迷いなかったですよね。もう決めた、決めましたっていう感じで、
その中に、ドキュメンタリー上ではそういう葛藤とかも全く見せず、
毅然とした最後まで姿でいらっしゃったなっていう。
そうですよね。
日本人しかわかんないよね、ここの苦しみから逃れたいっていう。
単純にね、何もなく安楽死じゃないからね。2つとは違うからね。
そうですね。
でもじゃあ例えば、そうですね、例えばその死を選ぶ、安楽死を選ぶとしてもお金がやっぱりかかるから、
じゃあ例えばインドでめちゃめちゃ苦しんでいる日々を、上で苦しんでいる人たちを死を選ばせるのかみたいなところになると、またなんかちょっと違う気もしてきますよね。
でもどう?人生の中でね、本当に死にたいとか思ったことはあります?
私はね、ないですね。なんかこう、死にたいっていう言葉ってなんだろう、どっちかというと本当の意味じゃなくて、
今が苦しいとか、ちょっと逃げたいとか、なんだろうな、どっちかというと消えたいみたいな、
一旦もう塵になりたいみたいな気持ちで、もしかしたらボソッと言うかもしれないけど、本当に死にたいみたいなことを思ったことは私はないんですよね。
1:06:13
天一さんはどうですか?
僕もそうだと思うんだけど、本気ではないですよね。
その前に何か違う解決策にたどり着いているとは思うんですけど、
結構自殺される方に関しては、意外と僕が思っているのはね、殺人もそうだけど、衝動的じゃないかなと思っちゃうんですよね。
計画的にっていうのもあるけど、でも実際に計画的にというよりか、殺すつもりがなかったみたいな気配になるじゃないですか。
だからその一瞬の衝動的な行動で、人を刺しちゃったじゃないけど、押しちゃったとかさ、なんでそうなったか自分でも判断ができないみたいな。
意外とそんなもんじゃないかなっていう、本当に殺意を持って殺しているのは本当に凶悪だなって思うんだけど。
たまに自分でも人生を振り返ってみて、嫌だなとか死にたいなと一瞬思うことがあってさ、
頭をよぎりることがあるじゃん、考えたりね。
どうやったら楽に死ねるかなんじゃないけど、そういうことを考えて、それを実際に行動で起こすか起こさないかの境目があって、
やっぱりそれって怖いからね、しないんだけども、衝動的にやっちゃうっていうケースあるわけじゃん。
あるかもしれないですよね、例えばなんかその自殺の名所みたいな場所に公衆電話があえて置いてあって、
それを見て電話を誰かにかけて思いとどまるみたいなものも聞いたことがあって、
本当にちょっとしたきっかけで、あ、やっぱ生きてみようかなみたいなことに変わりますよね、たぶんね。
言える言える。
僕もね、若い時に仕事がね、いろいろ嫌になって辞めて、もう人生終わったわみたいなそんな瞬間があった時に海外に僕は逃げたんですよ。
そういう経験があるから、もしつらい経験をしてるとか、本当に死にたいと思ってるぐらいの思いまで気持ちがいってるんだったら、
それこそ海外じゃなくてもいいんだけどね、違う地方に思い切って行っちゃうとかね、環境を変えちゃうっていうね。
1:09:00
それは僕はたまたま海外だったんだけど、これは旅行って意味でね、本当に9ヶ月ぐらいで日本帰ってこないぞみたいな感じで、
全財産持って行って、後のこと何も考えずに出て行ったから、
すごい。
もう日本帰ってこないぞみたいなつもりで出て行ったぐらいの勢いで行って、やっぱり井の中の蛙じゃないけど、
違う世界を見ることによってね、違う環境に行くことによって、なんか悩みがちっぽけになっちゃうんだよね。
確かに、なんかこうやっぱ視野がね、ギューって狭くなってる状態ですよね、もうそれを選ぼうとしてる段階って、
それをあえて全く異なる価値観の場所に行くことで、パーって視界が開けるみたいな。
ほとんどの人間が亡くなるときに、お金を使い切って死ぬ人はいないと思うのよ。
絶対に何らかのお金は残ったまま死ぬ。銀行に、たとえば10万円でも残ったまま死ぬ、きれいに死ぬ人っていないじゃん。
だから、そう考えたら、そこまで思いつき進めていったら、全財産持ってどっか行くよって思っちゃうわけよね。
確かに、そうですね、その行動力があったら、それを別のことに使っちゃえば。
それから死ぬかどうか考えてもいいじゃんっていう。
確かに、ほんとですね。
行ったら行ったら変わるから。
こんな素晴らしいものが世の中にあったんだっていうもの見ちゃうからさ。
ちょっとしたきっかけですね、と行動の違い。
あ、あやまらさんがいいって言ってくれてる、一言。
もう死ぬつもりでオーストラリア行ったんかな。
いい決断ですねってことですね。
確かに、海外行くのいいですよね、確かに。
やっぱこの、日本社会ある意味そのちょっと窮屈な部分から抜け出して、広い視点で見る、いいですね。
私もじゃあ辛くなったら、善財さん握りしめていこうかな。
行ってから考えてっていう。
確かに。
そしたらね、ほんとに世界ってこんな楽しいんだって思うから。
いいですね、それは。
結論出ましたね。
あやまらさんから質問が来てますね。
ちなみに仏教の世界ではお金はどういう考え方なんですか?とのことです。
お金か。
日本の仏教はちょっとわからないけど、
チベットの話ばっかりになるんだけど、
そこではお坊さんは基本的には、
働いてないというか、職業を持っているわけじゃなくて、
1:12:04
オフセで生きてるんですよ。
ほぼほぼオフセです。
そうなんですね。
それだけ信者が結構熱心なんですよ、みなさんね。
信者がお金を入れに来てくれるというか、再生してくれる。
観光とかもあるから、観光で寺院が成り立つっていうこともあるので、
そのお金を集めて、僕が行った一つの宗派のところのお坊さんのね、
偉いお坊さんの人がお金を集めて、またそれで仏像をみんなで作るんですよね。
今の新しいお坊さんたちによって、新しい建物を混流して、
仏を掘って作って、それでまたその技術を受け継いでいくっていうかな。
だからね、町中に住んでないから、ある意味でお金を使うっていう感覚が、
たぶん一般人のね、僕らのような社会とはちょっと切り離れてるのよね。
これってだから日本じゃちょっと不可能なのよね、たぶんね。
よっぽど山にこもらないとっていう。
確かにそうですね。
だからよくお坊さんでお金を持って高級車乗り回してるっていうのは、
僕から見たらあんなお坊さんじゃないのよ。
確かに。
そんな人に教えられたくないって思う。
確かに本当ですよね。
仏教だけじゃなくてそういう人はいますよね。
でもね、やっぱり今の社会からいったら、
それでは生きていけないようになってるから、維持できないようになってるから、
お守りを打ったりね、何かやったりしないといけない。
そこでお金を稼がないと、再生を集めないとってなるから、
そういう意味ではちょっとビジネス化してるよねってなるよね。
全くゼロにはできないけど、そこに執着しちゃうとちょっと違うよねみたいな。
あやまらさんが。
どうぞ。
本当に中国の四川省とか雲南省、山奥いったらね、
未だにそんな生活してる人たちいるから、そういう宗派があるからっていうね。
宗派のお寺があったりするんだよ、集落がね。
時給自足みたいな近い、電気は通ってるけど、時給自足みたいな感じに近いところがあって、
ここでやっぱり修行すると、やっぱりこういうところで修行したいと思うよねって思うんですよね。
街中のお寺で修行するんじゃなくて。
なるほどね、確かに。
欲がないというか、言うわけがない場所というか。
1:15:03
確かにあやまらさんが、欲をそぎ落とした先はお金もいらなくなるんですかね。
でも現代では無理ですねっておっしゃってますね、多くの場所では。
インドの聖人でね、ラーマ・クリシナっていう方がいてて、1800年代くらいの人なんですけど、
その人はヒンドゥー教をマスターして、その後神様と出会うんですよね、瞑想の中で。
ずっと神様を見たいって祈ってたんですけど、全然見れなくて、最終的に神様とヒンドゥー教の中で出会って、覚醒するんですよね。
そこからいろんな教えをね、だんだん吸収がすごく早くなって、
キリスト教の神様と出会ったり、他の神様と出会ったりしてて、いろんな神様と出会っていって、
自分の財産とかを全部捨てて、お金も一切持つなって弟子たちに言ってまわるんだよ。
そういう聖人がいてて、その人が住んでた寺院にずっと住み込むんだけども、
そこにはいろんな人がやってくるんだよ、その人の教えを学びたいからってことで。
すごく有名人になるわけよね。日本でも本になったりしてて、僕もその本を読んで知ったんだけど、
そのラーマ・クリシナという方が、とにかく来る弟子たち、弟子というかいろんな人たちが、
ラーマ・クリシナに越見しに来るんだけど、とにかく寺院に寄付してくださいと。
お金を持たないでくださいっていうことを伝えていって、
なんでかって言ったら、越見しに来る人たちも救いを求めてやってくるんだけども、
自分はどうやったら生まれ変われるんだとか、救いが得れるんだとか、貢献できるんだとか、
そういう願いを持ってくるんだけど、お金を持ってるからあなたはダメなんですっていう、そんなことを告げていくのよね。
お金が人々の心を狂わしていくから、お金をまず捨てなさいと。
本当に最低限のお金にしなさいみたいな。
今で言ったら、ミニマリストになりなさいみたいな感じですよね。
なかなか難しいですね、現代人は。
なるほどね。
そこまで極端にはいかなくても、
踊らされないっていうか、コントロールされないように気をつけて生きるみたいな程度に、
その仏教のエッセンスをもらうみたいなのはありなのかもしれないですね。
バルさんとか比較的ね、自分軸持ってる方だと思うから、
他人軸になると振り回されるから、気をつけた方がいいかもしれない。
例えば、周りがこれが流行ってるから、それに合わせて買わなきゃみたいな。
1:18:07
そういうのもそうだし、自分の考えで行動する。
これが流行ってるねって言って、自分もそれに乗っかったらいいなと思ったら乗っかったらいいんだけど、
それを自分の考えを持たずに乗っかると失敗するみたいな。
確かにそうですよね。
でも、なんでもそうかもしれないですよね。
でもね、これがね、不思議とね、結構いろんな方は人の教えをこいたいわけよ。
誰かに教えてもらいたい、誰かについていきたいっていう思いがあるのよね。
楽ですもんね。
楽だからね、わからないと思ってるからさ、教えてもらった方が早いと思うじゃん。
だからビジネスとかコンサルとかが成立してしまうというかさ、
自分でやればいいじゃんっていうのもあるじゃん、半分ぐらいはね。
でもまあ、やっぱりそこは時間をお金で買うみたいな形でやっていきがちなんだけど、
その時にちゃんと自分塾を持ってやっていったらあまり騙されないじゃないけど、
他人に振り回されていくと、本当にお金も時間も浪費していって、
精神がズタボロにされていくっていう人が今見てきてるから。
あ、そうなんですか。なんか闇がありそうですね。
闇があるから。
確かに。
そこは自分塾を持ってないんだよ。他人塾に振り回されやすい人。
確かに、まあね、決めてもらうのは楽だし、
コスパももしかしたらタイパもいいのかもしれないですけど、
結局ね、なんか立ち返った時に、結局自分何したいんだっけみたいな、
あと周りがその責任、自分の行動の責任を取ってくれるわけじゃないから、
自分がやっぱこう思うみたいな嗅覚はあったほうがいいですよね。
なんかね、そう思うね、うまくいくかいかないかも自分次第と思ってやっていったほうがいいよね。
そうですね、確かに。
あやまらさんも情報がたくさんある中で自分自身を持つことは確かに大事ですもんね。
あ、そうそうそうですよね、なんかいろんな情報を吸収するのはいいことだと思ってて、
私はあの積極的に考え方も変えるんですけど、
なんかでもそれを決めるのは自分みたいな、選ぶのは自分みたいなところがあれば、
なんていうんですかね、あんまりぶれないみたいな。
うん。
そうね。
なんか生き方の話になりましたね、だんだん。
でもね、このやっぱり死を考える、自分の死を考えるっていうことはさ、
結局そこに行き着くんじゃないと思わない?
生きることを考えること。
今をどうやって生きていくかっていうことを考えるのに直結していく。
1:21:01
死ぬっていうゴールがあるから、そのゴールに向かってどう生きようかっていう。
確かに。
ことを考えるんじゃないかな。
うんうん。
なんかね、僕もたまに思うのは、いつ死ぬか教えてほしいなって思わない?
あーわかる。
逆算できます。
人生設計できるのに。
そうそうそうそう。
そこがあれですよね、何の神様にもよりますけど、
神様のいたずらというか、憎いところですよね。
短かったら嫌いけどね。
確かに。
でも、それこそね、短いって決まってたら逆算してやりたいことやるとか、今のうちにみたいなのもあるんですけどね。
絶対仕事やめるよね。
確かに。意味ないもんね。
遊びまくりますね。
だからやっぱ、向き合っていくべきかなって私は思いますね。
いつかいなくなるっていうことを念頭に置いた上で、じゃあ今どう生きるかみたいなのって考えていきたいですね、これからも。
あとは何を残すかですよ。
何か形になるもの、残るものを頑張って残せれたらね、後世に。
そんな人がいたよっていう、思いや魂っていうのは見えないけど、残り続けるから、ということを信じていったらね。
そうですね、確かに。ありがとうございます。
もしかしたら未来の女性史の一部として、バルという人間がいたよみたいな、こういう生き方を提唱したみたいなね。
100年前はみたいな。
まだ女性は多様ではなくみたいな、もしかしたらあるかもしれないですからね。
それをちょっと確かに、そう考えると楽しみですね。
健康寿命をね、健康寿命を長くしたいからね。
そうですね、ほんとに、いやほんとに多分今不健康なんですよ。
運動を全然しなくて、このままだとほんとに早い段階で死にそうみたいな。
だから健康大事ですね、ほんとに。
考え方も大事だけど、まずは健康かもしれない。
運動を始めます。
足腰、とりあえず足腰を。
そうですよね、足腰から弱っていくって言いますもんね。
お互いに健康で、できるだけ長生きして、いい作品を、作品というか、不幸性に残る何かを残して。
平然の最後は楽に死にたいね。
1:24:01
そうですね。
痛い痛いって死にたくないよね。
できたらね、そうですね、
眠るように息を引き取りたいですね、できるなら。
けんしさん、ありがとうございました。
今日はいろいろお話しさせていただいて。
面白かったね。
いろいろな話ししましたね。
なかなかこのトピックを、誰かにコラボしませんかっていうのは、なかなか勇気がいることだったんですけど、けんしさんにやっぱりお声掛けしてよかったです。
すごい面白かった。
ありがとうございます。
けんしさん、何か直近でアナウンスしたいこととかありますか?
僕はね、Kindle出版をしている中でね、月刊電子文芸って言ってね、毎月一冊ね、Kindle出版を何人かの方集まって教長でやっていてね。
毎月だからね、今月もね、4月も出版頭にしたんですよね。
1年ちょっと続いてきて、第16号、1ヶ月1回だから16ヶ月目になるんですけど、
続いてきて、今月もね、12名の方が参加していただいて、それで僕が編集してまとめて本にして出版していくんですけど、
今月はね、月刊電子文芸の文学賞みたいな形で賞金が出るレースをやってるんですよね。
すごい、賞金。
1等は1万円が当たるみたいな、Amazonギフト券1万円当たりますみたいな感じで、2等で3500円、3位特別賞は1500円当たりますみたいなね。
モチベーション上がりますね。
しかも12名しかいないからね、めちゃめちゃ確率高いわけですよ。
確かに、めっちゃいいじゃないですか。
そうよ、そこで皆さんで参加しているメンバー、ノートのメンバーシップで1ヶ月500円かかるんだけども、
500円払って、コンセプトとしては書く習慣をつけましょうみたいなことでやってて、
僕も1年半ぐらいずっと書いてきてて、毎月毎月締め切りがあるから書いてるんだけど、3000文字ぐらいの文字量なんですけど、
意外とこれが最初は苦しかったんだけど、慣れてきたら楽しくなっていくのよ。
何ヶ月、半年ぐらい経ってたら楽しくなってきて、毎月毎月テーマがあるから、次何しよう、あれしようって考えながらね、
バーッと書いててて、書くことって意外と自己肯定感を上げてくれるんじゃないけど、
自分の思いを吐き出したりできるし、それが終わったら誰かが見てくれたりするし、
そういう意味では書く習慣をつけるってね、生きていく中で楽しい趣味だなと思ってるのよね。
1:27:08
そんな感じでちょっと500円でお金かかるけども、年に2回から3回は賞金レースをやるので、
そこで当たったら全然ペイできちゃうから。
確かに。
投票でやってるから誰が当たるかもわからないし、結構みなさん接戦なんでね、1票の差で1位2位が入れ替わったりもするので。
楽しいですね。
そんな活動をね、月刊電子文芸っていうことでやっていてて、僕のスタッフのところでもね、いつも概要欄にリンク載せたりしているんですけども、
もし興味があれば一緒に参加しませんか、または出しているので毎月ちょっと本読んでみませんかっていうね、99円でいつも販売しているから、
激安で結構プロの作家さんも中には参加していただいてるから、いい面白い本になっているので、ぜひぜひ一度お手に取ってみてくださいっていう。
ありがとうございます。私も一度購入させていただいて。
ありがとうございます。
ボリューム自体スーッと読める感じなので、本当に気軽な形で手に取っていただけるといいのかなと思います。
ありがとうございます、けんしさん。
ありがとうございます。
はい、じゃあ今日はそんな感じで。
私は特にアナウンスはありません。
次の次のジーンフェスは予定あるの?
ジーンフェスは、もし早くても10月ですかね。
仙台ジーンフェスは6月に実はあるんですけど、ちょっとスパンが短すぎて間に合わないかなっていう、さすがにけんしさんみたいな筆が早くないので私は。
そのバルさんのババー暮らし、ヘア暮らしあれはどうやったら手に入れるの?
今は私の地元の石巻のカフェで置いてもらっているのと、
しまうまプリント、しまうまマルシェっていう出版社が出しているオンラインなんていうんですか、ECサイトみたいなところで一応購入はできる。
でもけんしさんが買うってなると配送量がすごいことになりそうですね。
だから日本の実家に送る、送ってまた日本帰った時に読むって感じですね。
確かに確かに、それかデジタル、綾村さんにもコメントいただいたんですけど、
Kindleぜひっていう風に言われてたので、いずれデジタルにもできたらいいかもですね。
ジーンフェスはジーンフェスのね、本にしてる良さもあるし。
そうですね、紙の良さもあって、そうそうそう。
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で次もし作るとしたら、変わらずやっぱり女性のお守りになるような話にしたくて、
自分の実体験の話と、あとはその作品、映画とか本とか何でもいいんですけど、
それら何ですかね、私の実体験とその実体験をもとにこういう作品に助けられたみたいな、
を間でこう挟んでサンドイッチして、一つのエッセイみたいにできたらいいなと思っているので、
そうですね、ゆっくり。
あれ、バルさん行った?台湾に行かれるみたいな。
そうです、来週行きます。
来週か。
まだ何も準備してなくて、この土日に頑張って準備します。
どこを回ろうとかしてるの?
実は私初台湾なので、本当はいろんな人に、淡水がすてきだよって言われてたんですね。
台湾のベネチアって呼ばれてるんですか、なんか海の水の町。
淡水どのへん?
淡水魚の淡水なんですけど、漢字で言うと。
台北から電車で50分ぐらい、斜め、台北から見て斜め、北上するのかな、斜めに。
上に上がるってこと?
そうですね、はい。
言われたんですが、初台湾で、しかも2日、丸2日、動けるのが丸2日しかないのでって考えると、
台北市内を回る位置で1日潰れる、9分行くで1日潰れるなので、ちょっと淡水は1回目じゃ無理かなって思いまして。
でもきっと何度も行きたくなると思うので、今回は下見みたいな感じでね、まずは雰囲気を楽しめればいいかなと思ってます。
ご飯もおいしいしね。
そうですよね、いっぱい食べたいものがたくさんありますね。
僕も9分、10分行きましたね。
10分もあるんですか?
9分の先に10分ってあるんですよ。
すごい、おもしろい。
9分はね、やっぱり昔ながらっていうか、あの雰囲気、千と千尋のね、あれみたいな雰囲気、すごい素敵だし。
ただブラブラするだけでも多分楽しいと思うので、楽しんでいってきます。
いいですね。
はい。
それのスタイフも楽しみに待ってますね。
ありがとうございます。
次回は多分、
台湾からの、
そうですね、旅行記になると思います。
すいません、なんか長くなっちゃう、1時間。
いつもだいたい長くなっちゃうんですけど、ありがとうございました芸師さん。
1:33:01
こちらこそありがとうございます。
はい、綾原さんも、あ、お気をつけて楽しんできてくださいということで、はい、楽しんできます。
綾原さんもありがとうございました。
ありがとうございました。最後まで綾原さんもありがとうございます。
はい、ではまた。
01:33:17

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