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和田おはまです。今日、1月17日は阪神淡路大震災の起こった日でした。
28年前、私は当時、兵庫県の宝塚というところに住んでいて、まだ次男は生まれていなくて、長男が1歳3ヶ月でした。
朝5時46分に、すごいぐらっと揺れて、当時、寝てた部屋が和室に布団を敷いて、親子3人で寝ていて、
タンスを横に置いていたのですが、結構、婚礼ダンスの重たいタンスが横に動いていて、
これが向きが逆だったら、寝ている私たちの方に絶対来てただろうな、というような感じだったのです。
当時、ハイツーに住んでいたのですが、隣のリビングの部屋を見に行くと、小さいタンスが落ちてきていたのですが、
その場所というのは、長男をリビングでお昼寝させるときに、そこに座布団を敷いてお昼寝をさせていた場所だったので、
時間帯が違ったり、揺れる方向が違ったりしたら、どうなっていたかわからなかったという、すごい怖い記憶として残りました。
その後も、電気もガスも水道も止まってしまって、
とりあえず電気が通っていた西宮にあった私の実家の方に車で移動して、その間にも道路がボコボコになっているところとか、
すごい怖い思いをしながら移動したりとか、
あとしばらくは余震も強かったので、寝るときもちゃんとパジャマとかは着ないで、いつでも逃げ出せるように、
冬だったので、ジーパンにトレーナーを着たまま寝ていた記憶があって、
本当にちゃんと日常に戻るまでにはかなり時間がかかったという記憶があります。
でも、それから28年たって、やっぱり記憶ってすごい薄れていくんですよね。
なので、今日は防災リュックを一応作っているので、
久しぶりに引っ張り出してきて中身を点検していたんですけど、
期限切れている食料品があったりとか、
せめて年に1回は見直しをしようと思いながら多分何年もしていなかったなという感じで、
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本当に喉元を過ぎれば暑さを忘れるというのは、本当にそのままやなって思いました。
何回トラフ地震とかも絶対来るんじゃないかみたいなことを言われていますし、
やっぱり今の時代、本当に何があるかわからないので、
それを全部防ぐことはできないにしても、
やっぱり備えておくというのはすごく大事なことだなと思うので、
そういう意味でこうやって、私のように忘れっぽい人間にとってみると、
こうやって、関東の方はちょっとわからないですけど、関西ではやっぱり1月17日というのはかなりテレビとかでも取り上げられて、
いろいろそういう慰霊の式典があったりとか、
すごい辛い思いをした人の声が出てきたりとか、そういうのがあって、
やっぱりそういうのを見ると忘れてはいけないなということを思うんですけど、
そうやって節目の日に振り返って、なおかつただ振り返るだけじゃなくて、
これから先どうしたらいいか備えていくというのもすごい大事だなということを思いました。
ということで、最後まで聞いていただきまして、どうもありがとうございました。