じゃあちょっと呼び込んでいただいてもよろしいでしょうか。はい、では政教新聞社のベルバラさん。はい、お世話になっております。政教新聞社で記者をしておりますベルバラと申します。あ、ようこそ。新宗教連理屋の野望があり、ついにこちらにお邪魔しました。これネットフリーの人とか聞いてくれるといいですよね。
企画はどこ、どういう段階なんですか?
私の頭の中では3話までできてるんです。
はい、というわけで今日は、品の町にあるですね、政教新聞の施設というんですか、のスタジオ。
なんかさまじい。
はい、弊社のB2で今収録しております。
こんな場所があるとは。
なんとなく今日会議室とかでやるのかなと思ってたんで。
いつも我々自宅で撮ってるから、こんななんかすごいスタジオに来たのが初めて過ぎて。
そうだよね。
弊社もポッドキャストをやっておりますので、いつもここで収録して配信してるっていう。
なるほど。はい、今日ちょっと自分たちは宗教に必ずしも馴染みがあるわけではないですし、
特に創価学会という存在は自分も学生時代ぐらいにちゃんと知って、あんまり無知もはなだしいんですけど。
なんか当時は本当芸能人の誰々がいないらしいとかそういうネットゴシップみたいなのをちょっとこうネットで見てそうなんだみたいなとか思ってたぐらいちょっと俗っぽい距離感ではあるんですけど。
だんだんなんか大人になるにつれて、自分も政教新聞でインタビューをしていただいて、なんかちょっとお世話になる機会があって縁が生まれたりして、
ちょっと記者さんとの立ち話でそういう話もちょっとしたことがあったりして、個人的には興味深いテーマだなと思うんですけど、どうですか森戸さん和子さん。
確かに新聞社っぽくない建物でまずびっくりして、なんかおしゃれな建物っていうか。
めちゃくちゃ綺麗。
めちゃくちゃ綺麗でびっくりしたっていう今日の感想なんですけど。
そうですねなんか身の回りになんかあんまり信者の方とかがいなかったので、あんまりこうテレビの中とか報道とかそういうさっきのゴシップとかで知るぐらいで、あんまりこうすごい仲いい友達に信者がいるとかではないかなという感じなので、今日いろいろ聞いてみたいなと思ってます。
ぜひです。
どうですか森戸さん。
自分は中学高校大学とそれぞれ信者の方は割と近くにいて、近くって言ってもすごく仲いいって感じでもなかったんだけれども、どこかで正直に言ってしまうと危機感みたいなものがあったっていう最近まで。
それは自分の中で本当にいまだに、いきなりこんなこと言っちゃうのもあれだけど、いまだに払拭できているかというとできていない部分もあるんだけれども、やっぱりそうだな。
富永さんの影響っていうのも結構あって、富永さんがそういう活動をやられてるっていうのを見てて、なんか面白いなとか、そうやって見ればいいのかっていうのもあったし、あとやっぱり中土改革連合の影響っていうのはすごく自分の中では大きくて。
奥川寿司様とか。
そうだね。
すごいな。
自民、あの時に連立を解消した動きっていうのが、この人たちなんかすげえなっていうふうに思って、そこでちゃんとある程度情報を取りに行ったりして、それもポッドキャストだったりするんだけど、朝日新聞ポッドキャストとかで結構いろいろなことを話をしていたので、
そういう人たちなんだなっていうので、なんていうのかな、興味が湧いたというか、話をしてみたいなって、やっぱりその時に思って、そして今っていう感じなんですね。で、富永さんがやばい企画持ってきた。
なんか私自身は社会運動の研究者なんですけど、社会運動と新宗教と、あと多分労働組合とかもすごい似てる。意識調査なんかしてると似てる。伝統宗教もそうなんですけど、危機感がやっぱりすごい高いんですよね。なんか社会運動ってやっぱりすごく冷笑的に見られるというか、なんかちょっと遠まきに見られるのと一緒で、やっぱり日本人って伝統宗教、新宗教問わず宗教への危機感もちょっと高めに出ると。
で、労働組合なんかもやっぱり知らないというか、何やってるのかよくわかんない人が多いということで、なんかそういう色眼鏡系の、でも社会に対してもちろん相互扶助であるとか、公助であるとか、そういうものを重要な軸としてる人たちですから、その意味でなんか知ってみたいなというか、知るのは損じゃないんじゃないかという感じはすごくしてますね。
それでちょっと富永さんのパーティーで、直接ベルバラさんや他の方とお話しする機会があって、その時に富永さんがやってる恋バナの話とかを聞いて、ベルバラさんと話をして、なんて面白いんだろうと思って、ぜひ実現したいというふうに思ったっていう、そういうような経緯かな。
はい。我々も幅広くなってきたなって思いますけれど。
そうだよね。こないだの小川淳也さん。
小川淳也さん。鎮道改革連合の。
本当にたまたまなの、これは。流れ的には本当にたまたまで。
そうだね。
ということで、今日はそういう、もっと日常的な話をぜひ聞いてみたいなと思うんですけど、すごい率直に、信仰と恋愛っていうのが、例えばどのような場面で、そういうテーマに直面するのかなとか。
全然わかんないかも。
創価学会っていう団体はすごい大きいじゃないですか。
信者の方もたくさんいて。
すごいコミュニティとしての側面を連れて、なんとなく聞いたことがあって、そうすると、そういう中での出会いがあるのかなとか、そういうこともなんとなく想像はするんですけど。
でも、信仰がもし何かネックであるとか、壁になるとか、問題になる場合って、もしかしたら違うコミュニティ外の人との恋愛っていうか、出会いの時なのかなとかも思いますし。
なんかどういう場面でこう、ぶっつくのが出てくるんですかね。
まず、そもそもさっき言ったように、自分の中のイメージは、友達とか周りの友達のイメージは、学会員同士で恋愛とか結婚してるっていうイメージがすごく強いんですけど。
それはどうですか、実際は。
でも私の、全然もう非公式で、私の普通に個人の所感なんですけど、なんか半々ぐらいかなという感覚が。
それぐらいなんですね。
はい、あって、なんかこの恋人に自分の信仰、カムアウトしてる、してない。
カムアウト。
個人的にカムアウトっていうのが、ちょっとなんか一番しっくりくるなと思って使ってるんですけど、
行ってるとか、あと、一緒に信仰を共にしてるってことは、大体のこの生活リズムとかも似てくるので、
なんかそこで、なんか共感できるみたいなところもそうですし、
なんかまあ哲学というか、大事にしているものが一緒だからこそ、一緒になれるみたいなのはあると思いますね。
生活リズムっていうのは、例えばどういうことなんですか。
例えばそれこそ、会社が終わった後に、その創価学会の集まりに行くであったりとか、
会館。
会館に行きますとかであって、それこそ、そうですね、なんかこの大事にしている行事、
例えばまあそれこそ、公明党とか中道とか、選挙の時期になると忙しくなるとかもありますし、
っていうのはあると思いますね。
確かに信仰ってライフスタイルですよね。
キリスト教の人だって日曜教会に行ったりするわけで、それが合ってる方が付き合いやすいっていうのは、
まあ仕事、社会人と一緒かな。
で、しゅっちゅうあの人顔を合わすなとか、そういうのがあるんですか。
だと思います。
結構そうですね、私の両親も同じ会内で出会って結婚したタイプなので、
多分そこの、まあシンプルに人と人なので、まあそこでフィーリングが合えば結婚される方もいらっしゃるし、
特になんか信仰っていうものを全面に、まあ信仰を絶対しなきゃって方ももちろんいらっしゃるんですけど、
そんなになんか思ってないって方もいらっしゃったり。
ゆるいぜ、ガチぜ、ゆるいぜ。
ライトユーザー的な方もいらっしゃいます。
結構濃淡あるんですか。
濃淡ありますね。
その濃淡の違いが、こう、ちょっとあれだけど。
あいつぬるいみたい。
なんでそう、お前今日会館行ってなかったなみたいな。
そういうのあったりしそう。
結構あり、なんか友達とかからは聞きます。
なんかその相手がやってないとなんでやってないのみたいな。
熱いな。
とか、なんか一緒に頑張ろうよみたいなのはあったっていうのは結構ちらほら聞きます。
それはどんなサークルでも同じっていうか、どんなコミュニティでも同じだよね。
だってそれが例えば何だろう、運動のサークルとかでもさ、同じじゃん。
確かに、ぬるいやつとかとガチな人はやっぱり。
あと嫌な先輩のさ、文句を言ってる間に仲良くなるとかさ。
ありますね。
一応。
あ、あるんだ。
ありますね。
会合多いよね、みたいなところで息とおごす。
多い。
そうなんだ。
でもこうちょっと、そういう集まりがある中で、
なんていうんですか、あの人素敵だなとか、かっこいいとか。
ほんとすみませんね、賊っぽい質問をうまくしちゃって。
そういうことですよ。
そういうのってあるんですか。
ありますね。
結構個人的に、個人でつながるのもありますし、やっぱりこの中間集団、富永さんに研究されている中間集団なので、
まだこのおせっかいおばさん、おせっかいおじさん的な人が地域によってはいたりします。
ちょっとくっつけ、あんたとあの子いいんじゃない、みたいな。
気になってるな。
年齢だからみたいな。
それはちょっとね。
でも確かに。
そっか、あんまりその世代の違う人と普段、私とかはあんま接する機会がないんですけど、
何か集団というかサークルに所属していることで、そういう異世代というか、との交流があるってことですよね。
そうですね、結構おじいちゃんおばあちゃん80代の方もいらっしゃれば、小さい子どもたちもいるので、
結構地域の座談会っていうのを私たちは呼んでるんですけど、その地域の行政区とかで、その地域に会員の方がいらっしゃって、そこであんましんこ活動してるっていう、集まりですかね。
省内会とか消防団の寄り合いみたいな感じですかね。
そうですね、イメージとしてはそんな感じで。
定期的に集まる会があるんですか。
はい、定期的に集まります。月1回とかは集まりますね。
月1で集まってるようななんかはありますね。
いい人も悪い人も見分けられるんですね。
すごい基本的なことなんですけど、自由恋愛なんですよね。
恋愛に対する規定みたいなのはない?
特にないです。戒律とかもないので、本当に自由ですね。人を傷つけなければOKです。
恋愛しないっていうのも別にいいんですか。
もちろん、そうですね。本当に日本社会って感じです。
その進行というものが持つ、ちょっと独特な問題とかもあるんですか?
そうですね。
どういうところに感じます?それを。
そうですね。でも、そんなにスピリチュアル感はないというか、
私はずっとちっちゃい時から進行してるタイプ、結構スクスク型なんですけど。
スクスク型しいんじゃない?
スクスクなんですけど。
後から進行を始める方もいるのか。
結構、閉会は3歳4歳とかが、今5歳とかが多いので、
ちょうど私の母も3歳で、父は第一世代というか、その時に入会したカップルなので。
そうなんですね。恋愛や結婚期に入会したってことですか?
いや、彼、私の父は元カノに誘われて入って。
えー、おもろ。
別れても残ってる。
直感の気まずさ。
そっか。
結構、2人とも気まずくなかった?って聞くと、いや、全然。みたいな。
ので、かぶってた?みたいに聞いたんですけど、その元カノと。
それ聞けるのすごい。
まあ、そっか。社内恋愛みたいなものに近いですよね。
濃いなっていうふうにも思って。だから、なんかいるんだろうな、そういうケース結構あるんだろうなとかっていうのも。
集会クラッシャーとかいるんですか?
いるんですかね。ちょっとまだ出会ったことないんですけど。
この同じコミュニティに元カノが。
いっぱいみたいな。
2人いるとか、そういう。
でも、どうなの?
森田さんみたいな輩はいるんですかね。
あの、高校時代ね。これ高校時代って高校時代じゃないんだけどね。
高校のコミュニティで、ちょっとやられてますけど。
クラッシュしてない。今でも仲いいから。
今でもね。
みんなで仲いい。
みんなで仲いいのは分かりますけど、何人かいらっしゃいますよね。そういうことはあるんですか?
ああ、でもどうなんでしょう。今、世代的にもなんかあると思う。
今ちょうど私の世代は結構少子高齢化だったり、結構マッチアップ化みたいなのも同世代的にも言うじゃないですか。
コミュニティから外に出て恋愛をしていくみたいなのもあるので、私の両親の世代とかは結構そういうのはちらほらみたいなのはありますね。
クラッシュはしてないんですけど、それこそ私の父も元カノ一人挟んで母と結婚したので。
一人挟んで。
今の世代は結構逆に外に出ていくっていうか恋愛的に言うとその体感半々ぐらいっていうふうにおっしゃってたじゃないですか。
何となく多いなっていうふうに自分は感じたんですけど、でもそういう機会もあるからっていうことですかね。
それは自分の体感的には今の若い人たちって当たり前にもうアプリ使うし、それで結婚してるっていうケースが多いんで、
そうするとコミュニティの外の人と全然違う、接してすらいないコミュニティの人と恋愛して結婚するっていうケースが結構増えてるなっていうふうに自分としては思ってるんですけど、そういうことですかね。
そうですね。結構コミュニティとしてなんかそんなにボーダーがないので、なんかこのハッシュタグ的に、ハッシュタグ創価界的なこの辞任でいるので。
何ですかそれは。
つまり会ですっていうメンバーシップが明確ですっていうんじゃなくて、ハッシュタグ創価界みたいな。
いろんな属性の一個みたいな。
そんな感じですね。例えばなんか、私出身が埼玉で埼玉県民とか、日本人とかハッシュタグ。
スラッシュみたいな。
はい、感じですね。ハッシュタグ創価界みたいな感じなので、なんかそんなにボーダーはないですね。
なので結構他の宗教の子がいてもそんなに手応わない、抵抗はないですし、みたいな感覚はあります。
その中でさっきのカムアウトっていう言葉が出てきたんですけども、それが、そういう感覚があるっていうことですよね。
その戸惑いとか、戸惑いじゃないな、迷いとか。
言いづらいみたいな。
結構なんか日本社会的に、なんかちょっとカムアウトっていう言葉を使ってはいるんですけど、本来ならちょっと使いたくないなっていう気持ちはありますね。
なんか堂々と言っていいじゃないかってことですよね。
はい、結構なんかそれこそ疲弊感があるのを感じてきたので、ここではちょっと言わないでおこう、みたいな場面も多いですし、結構友人がアンチ創価界だった時にめっちゃ気まずいとか。
そうか。言わずに、別に言う必要なんてないと思うんだけど、言わずに友達になった人がアンチだったりすることがあるってことですよね。
そうですね。理想ですね、確かに。
そういうのはね、もしかしたら宗教ならではといったらあれですけど、そういう問題があるかもしれない。
富永さんもそういういろんな団体を見てきて、人間関係の弊害になりうる団体の持つ運動の目的や属性というか、
そういうのがまた時に偏見とか、あるいはそういう恋愛関係よりも上位に来そうなイメージを持ってる人とか、それこそ具体的な時間の使い方とかを含めて、
その中で恋愛関係が仮に生まれたとして、でもその運動やら信仰やらがまたその恋愛関係の弊害になっていくみたいなパターンもありそうではあるなと思うんですけど。
そうですね、社会運動研究者だからやっぱり政治的に色がついている、極めて一般的な表現で色がついているとされがちな団体とか政党の人は結構恋愛に、
そんなに外から見られてないのかもしれないけど、うちらの組織ってこうだしっていうことでちょっと臆病になっちゃうみたいなのはあるかなというふうに思いますよね。
そういうのも実際、外の人と関わる場面だったらあるかもしれないですよね。
でもなんかちょっと内側の話に戻っちゃいますけど、あとちょっとジェンダー的な視点で言うと、なんかあの、何でしたっけ。
記事か何かで読んだんですけど、夫婦で学館移動して夫婦になりましたって時に、夫の方が活動で忙しくて家事、育児やんねみたいな。
あれ僕ね、最近本当に色んな宗教のそういうメディアの方にインタビューしていただく機会があって、他の言ってました?
最近日曽厚生会さんの。
厚生新聞さんとかあとね、京都なんだっけな、本願寺的に。
なんか読んでいただいて、いろいろ公演させてもらったりする中で、結構その話が出てくるんですよ。
そうなんですね。
宗教とジェンダーといったらあれですけど。
ジェンダー感が若干保守的に見えるみたいな。
どうですか。
そうですね。でも時代とともに日本社会の宿図というかっていうのもあったりするので。
それはどういうことですか。創価学会が日本社会の宿図っていうことですか。
宿図というか反映されてるみたいな意味で、やっぱりこの社会が変わるとちょっと遅れてついてくるみたいな感覚があるというか。
なので、それに伴ってやっぱり男性の育児参加であったりとかは進んでいるなってすごい感じますね。
ただこの上の世代の、それこそ両親祖父母世代だとやっぱり男性が結構その活動時間が長くて、
多分女性の方が短いわけではないんですけど、なんかその男女さんみたいなものは感じますね。
そういうときってちょっと揉め事の種になるんですか。
そういうときばっか出てないけど。
仕事と私どっちが大事なのみたいなやつで、信仰と私の関係をどう考えるんだみたいな。
結構それで悩んでることとかも周りにちらほらいますね。
あとなんかちょっと僕もぼんやりした知識なんですけど、その立場がちょっと上がっていくとかそういうのもあるんじゃないですか。
熱心にやられてる人は。
管理職的な。
そう、その界の中でみたいな。
それって要はそこにリソースぶっ込める人は上がるわけじゃないですか。
そこでまた不平等が生まれてるなみたいな、そういう問題もなんとなくありそうな気がするし、
それは会社とかでも同じ話。
会社っぽいですね。会社っぽい。
男性でコミットめっちゃしてる人がどんどん偉くなったら上の方に男性ばっかりとかってなるってことですもんね。
それもなんか似てそうです。
そうですね、そのイメージです本当に。
それもあって多分、多分それっていろんな宗教が抱えている問題で、だからこそ清太にインタビューとか依頼されるんだろうなっていう気はするね。
なるほど、責任重いね。
多分あらゆる日本組織じゃないですかね、多分労働組合とかでも同じような話は聞いたりするし、
おそらく企業もそうだろうから、なんかそこは本当に変わんない。
なんか宗教、逆に言えば宗教だからといって何か偏見を持つ必要はないんだろうなっていうのは感じるところですよね。
何でもあり得ますよね。
友達の友達ぐらいの人と付き合ってすごい価値観が近いっていう場合もあれば、
似てるが故にここがどうしても気になっちゃう。
違いが気になるところもね。
京都さんが何年半だっけお付き合いしていた。
5年半。
あの方もすっごい結構思想違ったじゃん。
実家の思想も違ったし。
発祥的だったもんねお家がね。
そういうのとちょっと似てるって言うと似てるよね。
結局、続けなかったじゃないですか。
思想の壁に。
確かに。
だって親の影響を受けて自分も同じ感じになるってことですもんね。
その時はまだ俺も自分の政治含め思想心情をはっきり自覚していたわけではなかったから、
当時の自覚としてはそんなにそこにフォーカスしなかったけど、
結婚をめぐる話し合いの時にやっぱり、
基本的に男が働いて家族養ってみたいな家族像を向こうが結構強く持ってる。
自分はそういう家族像にとってもちょっと嫌だなみたいな、
どっちかっつと個人と個人で、
それぞれがあっていう、その中でパートナーシップを築き、
じゃあ子供を持ちたいねみたいな選択と縁があったりしたらそうしようみたいなぐらいの感覚を持ってるんだな自分はってことを、
すれ違った時に初めて強く意識したというか。
最初に感じたのはやっぱり嫌だなみたいな。
なんか家に入るみたいな。
俺が家に入るみたいな感じだったんですよ。
むしろ君はこっちの、向こうになれみたいなことではないかもしれないけど。
就職しろって。
就職しろとかね。
変なフリーの大胆なのやめろみたいな言われましたし、
向こうはお金持ちのお家ですごい立派なお家もあって、
親族もみんな都心のいいとこにでかい家があってみたいな。
そこにやっぱ、もしそういう人とお家と結婚するってことになったら、
もう完全に弱い立場で行くことになっただろうなと思うし、
そこはちょっとだから、今思えば完全に思想心情の違いだな、家族間の違いだなって思ったんですけど。
知らなかったら、恋愛って別の好きとかだけで言っちゃうじゃないですか。
言っちゃいますね。
危うかったなとは思うよね。
でも結構、もやまのお便りとかでも政治への考え方が合わないみたいな。
あるよね。
もやもや系のお便りとか聞いてたりしたじゃないですか。
あるある。
そういうのでやっぱり、違いを感じるポイントみたいなのもありそうですね。
あったよね。あれ去年、一昨年か、紹介したメールでさ、
政治の話。
政治の話あったよね。
ネトウヨ、夫がネトウヨみたいな。
YouTubeばっか見てるみたいな。
そうそうそうそう。
自分はすごくリベラルだけど。
そうだね。
結婚したら自分のサブカルな本棚にさ、夫の日の丸の本、
背病院に日の丸が踊る本が入ってくるのが本当に嫌だったみたいな。
確かにそういうことは起きないですよね。
確かに。
だから中で。
安心できる。
ああそうですね。
でもどうなんですかね。
恋愛で言うと、外部の人と恋愛や結婚だみたいなふうになって、
元カノに誘われたみたいなのあったじゃないですか。
ああいう形で、じゃあどう?入んない?みたいな感じの勧誘であるとか、
あるいは変えるっていうか、こっちこない?みたいな。
分かんないですけど、レンリアでももしかしたらちょっと議論した末に、
回収するみたいな。
回収しようやみたいな。
すごいですね、その瞬間は。
見たい。
そういう恋愛の場面とか、結婚の場面でもそういう入る入らない、変える変えないとか、あるいは抜ける抜けないとか、
そういう瞬間も現実にあるんですか?
ありますね。
たぶんご結婚されて、家族で入るというかパートナー同士で入る方もいらっしゃいますし、
自分は入らずパートナーだけ続けてて、みたいな方ももちろんいらっしゃいますし、
というのはあると思います。
それと子供が、自分は家はそうだけど、自分はちょっといいやみたいな、そういうこともあるんですか?
そうですね、たぶんご家族の考え方にだいぶよるのかなと思っていて、
絶対、それこそ家族で同じ信仰を保ちたい、みたいな方は小さい頃入ってて、みたいなのもありますし、
そういうことは私もちっちゃい時からずっとやってたので、やってて、
もう旬期とかになって、それこそ会合とかいっぱいお祈りしきたくない、みたいなことを伺いて、
結構フェードアウトしていく子も結構いました。
そうなんですね。
結構あれですもんね、安倍首相が亡くなった時の宗教二世とか、そういう問題が社会問題化したじゃないですか、
ああいう物心ついた時からとか、家庭環境がそういう結構ハードな、
例えば信仰を貸すとか、子供にとってはつらい経験になっちゃうとかもきっとね、
それは全国にたくさんあるんでしょうけど。
それはどんな宗教でも同じだと思う。
新宗教だろうと、あれだろうと。
あらゆるところにね、それは宗教じゃなくてもきっとあるんだろうし、仕掛けって考えればね。
めちゃくちゃ野球やらせるとか。
スポーツ虐待とかね、教育虐待とかあって。
教育虐待だと同じじゃないですか。
うちのお母さんも中学受験でギンギンになっちゃって、すごかったんで、ああいうのも含めてね、
ギンギンになっちゃう人が、その感情を子供にみたいなのもあるだろうしね。
そこはどうなんですか、そういう問題っていうのは。
やっぱり宗教二世の問題、複合的にいろんな問題が関わっているなと思っていて、
例えばその人がどうしてこの宗教にそこまでのめり込んでしまったのかみたいなものをひも解くと、
いろんな問題があるなというのを感じているんですけど、
やっぱりこの当事者として、宗教を信仰している者として、
二世問題というのはちょっと腐ってくるというか、チクチクするみたいな感じはあったんですけど、
でも実際なんか自分の信仰というのは、それこそ社会運動とかとも近し、
それこそ富永さんと一緒にお仕事させていただいて、
なんかこの社会運動とかと近しいんだなっていうのを感じたので、
ごめんなさい、私もずっとうまく言語化できていないんですけど、
そうですね、そんなにこのスピリチュアルで閉ざされたものという感覚はないですね、個人的には。
一方でカムアウトという感覚というのは、それはこちら側の問題ならもうすごく大きいよね。
今こちら側って言っちゃったけど、非マイノリティ側の態度の問題でもあるじゃない、それって。
カムアウト、言いづらさがあるってこと。
だからマジョリティの人が、例えば信仰がない、富永さんも信仰がないことになってるけど、
ほとんど何らかの何かに所属してんじゃないみたいなことを前の中でおっしゃってたじゃないですか。
だけど自分は所属特にないよ、フラットだよみたいな意識を持った人を、
例えばマジョリティというなら、そういう人の意識ってジェンダーの問題でもそうだけどさ、
マジョリティの何か謎の自信みたいな、何か俺こそが標準だみたいな、普通だみたいな、
ああいう問題って本当に岩のように硬いからね。
だから平気でさ、ちょっとあれだけど気持ち悪いって言っちゃったりするでしょ。
言われること結構ありますね。だんだん慣れてきちゃいますね。
対象を身につけてきちゃうってことはあるでしょうけど、
でもそういうマジョリティの問題って確かにつながる問題でもあるし、
それこそちょっとわっこさんなんかの家庭環境はさ、もしかしたらお母さんは結構何かさ、
当時ギンギンになってただけじゃん。
いろんな、例えばビーガン信仰というか、そういうものを押し付けてたという側面も。
それはもちろんそうですね。でもなんかそれは宗教と一緒にしていいのかちょっとわからないんですけど。
でも生活する主体じゃないですか、家族は。
だからやっぱり一緒に生活するときに影響は絶対受けますよね。生活する限り。
そういう、広げてみればいろんな問題とリンクするというか。
家族の問題っていうのはやっぱり結構、実は前にお便りいただいたことがあって、
その方は宗教二世なんだけれども、兄弟が3人いて、
姉と兄はすごく熱心に信仰宗教に、両親の信じている信仰にそのままどっぷり使っていったんだけど、
自分だけは大人になって抜けようっていうふうに思って抜けて、そうすると深い溝ができてしまって。
もうあっちには戻れないなみたいな、そういうのもあって。
それはね、芸者のしゅんさんが来てくれた、兄弟会があったね。
あれに対するお便りでそのままいただいたんだけれども、そういう話もあって。
だからやっぱり結局家と結びついているっていう話になるかなっていう。
家社会なわけですよね。祖家会も家社会だっていうふうに前に。
祖家会も兵会も世帯数で会員数が公表されているので、家社会ですね。
そっか、一世帯。
世帯で数えるってことは家単位。
はい、家単位ですね。
そこにもうすでに現れてるんですね。
それとリベラルな価値観っていうのが、結構面白い組み合わせだなと思う。
リベラルだと思うんだけれども、基本的な信条ってそうですよね。
そうですね、各家族と保守的なみたいな感じのイメージですよね。
なおとおく公明党って福祉みたいなイメージを勝手に持ってたんで、
そういうリベラルの中でも福祉みたいな寄りの領域と、
もうちょっと個人の自由っていうか、むしろ家族ってどうなんみたいな、むしろ個人でしょみたいな。
そういう幅がある中では、もしかしたら家制度には寛容というか、
神話性がありつつ、もうちょっと福祉、ネオリベ的な。
自助で、努力で、自己責任でやれみたいなものにはどうなんみたいなことを。
そういうイメージ。
そういうイメージを勝手に思ってたけど。
だから、ある種。
すごい漠然とした知識。
でも、ある種歯止めになってたっていうふうにも聞きますし、ネオリベ的なもののね。
そうだね、そうだね。
そもそもの出発が結構、それこそ新宗教、宗教自体が結構ブルーカラーとか貧病層ってよく言いますけど、
ブルーカラーの人とかが多いっていう背景がありつつ、その閉会も戦後に1930年に、11月18日にできたんですけど、
なんかその時から、やっぱりこの宗教自体が福祉を必要としている人たちが多かったっていうところで、福祉の党として、そこにメトができたっていう背景もあるので、そういうのもあると思います。
ちょっとこう、貧しい庶民というか生活が苦しい人たちの間で立ち上がってきたみたいな感じが由来、なんていうんですかね。
はい、縁起としてはあるっていうのはありますね。
確かにやっぱ、わたち北千住の商店街育ちなんですけど、やっぱ多いですもん。
うちの電気屋さんなんで、お客さんに新聞撮ってよみたいな感じの、うちのお父さんもなんでも撮っちゃうんですよ。
男子撮ってたり。
よーっと、ほんと一時期を、郵便受け、電気屋のシャッターの新聞が入んないから、いつも俺の自転車のカゴに新聞が入ってて。
あの、政教新聞、読売新聞、毎日新聞、赤旗、これが全部俺のカゴに入ってた。
すごいジャンル。
本当は読んではなかったんだけど。
思想デパートですね。
なんかすごい、いつもいっぱい心配ってんなと思ってて、3ヶ月だけ撮ってやるよみたいな。
なんかそうやって付き合いの中で撮ってたらしいですけど、でもやっぱ、めっちゃ多かったですね、確かに。
うちがバブル崩壊して、家が傾いて実家売ることになったんですけど、買ってくれたのも学会の方だったんですよ。
お弁当屋さん。
お弁当屋さん。
そうだった。
そうそう、買ってくれたの。
ご縁が。
みたいな、すごい縁をかき集めて、個人的にはあったりしましたね。
じゃあちょっと、時間が経ってきてしまうから、レンリアの野望を。
レンリアの構想を聞きたいね。
構想を聞きたいね、最後に。
レンリアが、そうですね、なんか。
あれですよね、エンターテイメントだって、エンタメ?創価学会。
個人的に宗教エンタメだと思っているので。
どういうことなんですか?
言葉を選ばず言うと、節操がないというか、不謹慎なやつが考えそうな企画じゃないですか。
確かに。
いろんな宗教のやつ集めて、レンリア作ろうってね。
集まったらおもろそうだね。
確かに。
内部から出てくる。
内部から上がってきたっていうのは、ちょっとびっくりしたんですけど。
何度聞いてもよくわからない、宗教エンタメだっていうのが。
ちょっと詳しく聞きたいですね。
もうちょっとそこをされて。
なんかストーリーがあるじゃないですか。
私、それこそ、そうですね、これから出る内容なんであれなんですけど。
富永さんと、その、平海の仁王子賢という仏法を学もうみたいな試験がありまして。
仁王子賢。
仁王子賢というその日蓮大聖人、日蓮の生涯と、あとその法華経、私たち信仰した法華経と、
創価学会の歴史を学ぶギュッとした試験があるんですけど。
ギュッとした。
ギュッとした試験があって、それを富永さんと一緒に勉強していたんですけど。
そういうストーリーが。
面白い企画ですね。
富永さん幅広く、いろいろ勉強ばっかやってるんだね。
すごいな。
そういうストーリーがあるのは、けっこう面白いなと思っていて。
なんかその、普通に自分一人で生きてたら、自分のストーリーじゃないですか。
でもなんかその、それこそ法華経とか絶対学ばないし、普通に生きてたら。
確かにね。
法華経を学んだり、戦後の歴史を学んだり、鎌倉時代を学んだりっていうストーリーが、
インプットされてるのは、めちゃめちゃ面白いなと思っていて。
それを他の宗教も、シカリティスト教、ヒンドゥー教、イスラム教の方と話してても、
なんかやっぱりこの、自分の生活地として、そういうストーリーがインプットされてるのは、
すごいエンタメじゃない?みたいな。
なるほど。
それぞれのヒストリーを引き下げて。
違うわけですもんね、みなさん。宗教ごとに。
違うし、自分の中に落とし込まれてるっていうのが面白いんだな。
多分普通の知識と違って、歴史とかっていうのと違って、
信仰って、生活でしょ?そこそこ最初に生活リズムって話が出てきたけれども、
要は生活で、そこに刻まれている。
勉強として。
雑学だけじゃないんですけど。
そうそうそう。
自分自体がもうそうなわけですね。
素材っていうことでもあるよね。
そうですね。
なのですごいエンタメだと思って生きてます。
それは、何人ぐらいの共同生活みたいなイメージなんですか?
生活というか、その場を共にするみたいな感覚が近いかもしれないですね。
連理屋って結構共同生活して、
そうですね、多いですね。
ミッションに一緒にいますね。
閉会も朝と晩に祈るので、
そうなんですか。
そうなんです、朝と晩に祈って。
私も今日緊張したんでめっちゃ祈ってきました、朝。
なるほど。
それやっぱ、自分の中のなんか、
なんかあるんですか、気合い入れみたいな。
自分も気合い入れたり、沈めたりとかあるんですね。
落ち着かせたりとか。
そうですね、なんか自分の中のものを整理したりとか、っていう時間でもありますし。
それをみんなが持ってるわけですね。
マルセリウムは何回でしたっけ?
あれですか、礼拝?
礼拝って4回とか5回とか。
あー、なんかどっちか見てとかそういうやつ。
アザン。
すごい薄い知識ですみません。
本当に。だけど、そういうのもそうだよね。
4回なんだ、とか。
2回、2回しか。
マウントが少ないな、みたいな。
そうですね。
あと、なんだろう。
結構低レベルじゃないですか。
4回か4回は少ないなって思う。
確かに。
ちょっと低レベル。
レベルが低い。
私たちのところでも、結構、なんかそれこそありえないぐらい祈る人とかいるんですよ。
ありえないぐらい。
ありえないぐらいは祈る。
祈る人とか。
なんか尺が長い。
尺が長いっていうので、それこそは富永さんと一緒に、この恋愛のイベントというか、恋愛の企画をやりましょうって話してて、私も結構恋愛悩んでたので、
結構、なんか10時間招待みたいなチャレンジがあって。
10時間?
10時間祈るんですよ。
10時間。
そうなんです。やばいですよね。
ちょっと私もやばいなって思って、それをやってみようってチャレンジしてたんですけど、
前の富永さんと井戸端会議の誌面の中でも、やっぱり祈ってすぐ結果が出ないことを、なんかもっと大事にした方がいいっていうのを富永さんがおっしゃっていて、
ネアティブケイパビリティ的なものみたいなことで、ごめんなさい、ちょっと着地点がないんですけど、
どれくらい祈ったかでマウント取ってくる人とかも中にはいます。
俺は10時間行ったぞみたいな。
なるほど。
でもあるかもしれない。
ある。
そういうのに人柄も出そうで、レンリアとしては結構面白そうだね。
そうだね。相互理解にもつながると思うし。
やっぱりあんまりカムアウトしづらいからかもしれないけど、私あんまり周りに宗教を何か信仰してるっていう人がほんとにいなくて。
なんかね、ちょっと急に。
なんか秀越じゃなくて。
いや本当本当。
なんかそうだよなーって思われた時からそうだったらそうだし、
そういう人に対して今までの自分の態度って確かに。
知らず知らずに傷つけたりしてたのかもなーとか思いますよね。
なんかね、狭い世界で生きてきたけど自分はマイノリティじゃなくてマジョリティと歌わずに生きてきたやつのなんか。
外から見たらお前らが変だよみたいな。
そうだね、それは差別だしな普通に。
それはね、普通に差別。
その人が、それはさ、成人になって選ぶっていうフェーズはもちろんあると思うけれども進行あるタイムで選ぶっていうのもあると思うけど、
でもやっぱり選んだわけでもないもの、本人が選んだわけでもないっていうものでもあるわけじゃない?それって多くの場合。
当たり前にそういう環境だったりしちゃう。
やっぱりそれが差別だよね。
だから本当に知識もなければね、そういう。
そうなんだよな。
あれで醸成されていくんだろうな。
だからますますレンリアの。
確かにレンリア。
アベマのヒアルやってくれるんじゃないの?
確かに。
軽く言うなよ。
アベマはできますよ。知らないけど。
アベマのレンリアも俗っぽいからね、危ないんじゃない?もっと。
ネットフリーですかね。
変な編集されちゃうかもしれない。
フラットになってほしいですね。
もっとネットフリックスぐらい世界の感覚があるさ。
確かに。
外国とかではないんですかね、そういうレンリアは。
そうだね。
ありそうだけどね。
葛藤とかが生まれないと困るわけだから、最初から葛藤を抱えるわけじゃない。
恋愛感情を持った相手が自分と信仰が違うってなったらそこに葛藤が生まれるわけだから、それが面白いわけだよね。
それがドラマを生むわけであって。
そっか、でもそうだね、日本っぽいのかね。
だって、海外のリアリティショーだったら参加者が宗教違うなって。
無宗教辞任をみんな持ってるから、日本は。
日本はね。
そうだね。
だから日本ならではの。
そう考えたらやっぱりネットフリックス。
いや、そう考えたら逆にアベマで、村社会っぽい感覚のディレクターとかを。
逆にみたいな。
逆にみたいな。
色濃く出す感じ。
みなさん、素朴な疑問なんですけど、マッチアップとかをやられるときは書くんですか?宗教、信仰。
書かれる方もいらっしゃいますし、もちろん書かない方もいらっしゃるんですけど、海内で、この人同じ信仰だろうなみたいなワードが入ってたりします。
え?プロ風に?
プロ風に入ってたりします。
品の町によくいますとか。
言わなくていいでしょ。
そうですね、ちょっと言わないでおきます。
…って入ってる人は創価家かな、みたいな。
そういう言葉が、座右の銘とか?
みたいな感じで書かれてる方もいらっしゃったりします。
これは多分あまりありますけど。
キーワードを挟み込ませるっていうか、それでお互いを認識、お互い仲間だねっていうふうに認識するっていうようなことなのかな。
そういう感じだと思う。
なんかすごいネットワークビジネスみたいなリアルですよね。
そうなのかな。
例えばジェンダーの問題に関心がある人なんかは、SNSの名前のとこにこのマークがついてるとか。
シーハーとか?
とかもっとね、ハサミ?ハサミのマークがついてる時期とか。
ちょん切ってやるみたいな。
あ、そっち。
まぁでも、
例えばサッカー好きなんですけど。
粗いですよね。
粗いですか。
サッカーファンでも、このチームのファンは何色の何かをアイコンに入れてるとか。
例えばそういうのもあるし。
押し勝つみたいな。
押し勝つみたいなのもあれば、そういう確かに記号?ハッシュタグの一つみたいなこと。
富永さんがマッチングアプリの座右の銘とかでお互いを認識しあったりするカルチャーみたいなのがあるみたいなことを。
それはもうご存知なんですね。先生も。
やり取りの中でそういえばこの話ちょっと出てきて。
それの時に抵抗運動、社会運動で権力に対してこう、密かにサインを送り合うみたいな、そういうのに似てるって。
なんかあったんだよ。
運動の。
それは東南アジアの農民の。
農民の抵抗運動の事例とか。
抵抗運動じゃないとは思いつつ。
でもやっぱりそれを堂々と書くと引く人がいるから、っていうことですよね。
そうなの、っていうことだろう。
そうか、ちょっと記号化してみる。
なるほど、なるほど。
面白いね。