知識の価値の変化とAIの台頭
昔、物知りだとすげーって敬われましたが、最近はそうでもない。なぜならば、ネット検索エンジンにスタートして、今ではAIがさらに発達して、調べれば何でもわかっちゃう、逆雰囲気までできちゃうっていう時代になったからかもしれません。
そう考えると、これからの時代って博学者よりも、その人自身が持っているその人の雰囲気、優しさ、あるいは独特の視点とか感性ってものが価値を持つ時代が到来するような気がしてなりません。
AIに代替されない人間の能力
AIに聞いてみました。AIにはできない、人間にしかできない、まだ本質的に代替えできない能力って何でしょう?単なる知識量ではない何か。一つ目、それは責任を引き受ける能力。
確かに、AIって提案や分析はできますが、最終的な判断、この人、この会社を信じるとか、この人、この会社と手を組むとか、提携するとか、この作品を書く人とか世に出すか、この人を守ってあげようかどうしようかみたいな、決断の責任は委ねられない。
人間社会って情報だけでは成り立っていない。その先にあるのは、誰が責任を持つか、責任を持つ人が判断を最終決定をしないと動かないわけです。ここが人間固有の部分。
二つ目、空気や関係性を読む能力。
AIって文脈分析は得意なんですけども、じゃあこの正論より、今は正論を言うよりも黙ってた方がいいかなー的な空気。
あと上下関係とか人間関係的に、ここで本人に言うと私の知り合いの誰かに被害が及ぶかもみたいな関係性みたいなところは、全部情報を入れとけばわかるのかもしれませんけども、本人がその場にいる全ての情報を瞬時に入れることができませんよね。
あと、この人は怒ってるんじゃなくて傷ついてるんじゃないかとか、ここの場は笑いに変えた方が場が和んで全体最適になるとかっていうのはその場にいる人しかわからない。
そこにAIのモニターとか全部の情報を吸収する道具みたいなのがあればまた別なのかもしれませんけども、現状それはない。
ということはその場の温度における判断って、そこにいる人間の体の感覚に依存する、それが現状ではないでしょうか。
あと日本固有で空気を読むKYな部分についても、やっぱりAIは苦手なんじゃないかなと。
意味の創造と人間固有の価値観
3つ目、意味を作る能力。
AIってそもそもそこにある既存の情報を成立するのが得意。
だけど、なぜ、理由ね、なんでそれをやるの?そもそものんですよね。
何を大切にするの?価値観。
そういう意味そのものっていうのは人間側が与えるものです。
意思を持って、私はこれを大事にしたいとか言いませんよね。
こういう理由でこれをやりましょうとか言ってきません?
例えばの話ですけども、音声配信に例えるならば、再生数を増やすことが目的なのか。
孤独な人を減らしたいのか。
自己満足なのか。
誰か、自分以外の誰かを笑わせたいのか。
あるいは自分の存在を確認したいのか。
いろいろ目的が違ってきます。
例えば一つの音声配信でも。
だから、好意の意味っていうのはAIは持ってないんです。
人間自身、その人自身の中にしかその意味はない。
いろいろあるからね。
違いを説明することはできますけども、引き受けることはできない。
その人そのものになり変わるわけじゃないですか。
不完全さから生まれる信頼感
4つ目、不完全さ。
そう、不完全さですよ。
人間は、私もそうです。
喋ってたら言い間違える。
噛む。失敗する。
ついつい感情がただ漏れになる。
なんか偏っていっちゃう。
道、筋道外れることもありますよね。
迷ったりもする。
そういう不完全さこそが人間にや、その人への信頼感につながっていく。
ところが、それがAIにはない。
ちょっと整いすぎてる。
逆に、人間にある声の震えとか、
今考えてるなとか、
急いで訂正したの焦ってるなとか、
言い直しもそうです。
あと、変なこだわり。
そここだわるんだ、みたいな。
突っ込みたくなるようなものって、人間の不完全さの中にたくさん散りばめられます。
そういう価値が今後は上がっていくのではないか。
AI時代における人間らしさの再評価
音声、SNS、スタンドFMなんかそうですけど、
話し方の上手さよりも、その人らしさが重視されているのが近い現象というのではないでしょうか。
博学さ、知識よりも、その人そのものが持っているその人らしさや優しさや雰囲気、
独特の視点や感性が価値を持つ時代がやってくる。
今後は正しい人より、この人から聞きたい人になる。
それがAIにとって変わられない人間としての存在価値になっていくのかもしれません。
知識そのものってAIで平準化されちゃいますからね。
誰もが同じ情報を簡単に手に入れられる時代がやってきている。
だからこそ、その人しか発信できない温度感、面白がるポイント、笑いのツボ、
誰を傷つけないか、何に怒るか、何を愛しているか、
そういうその人固有の個性、人生が、逆説的にはなりますが、
AI時代ほど前面に出てくる人格や可能性の時代、
それは人間らしさの再評価がされていくとも言えそうです。