1. 積ん読ざんまい
  2. 第10回 本当でない物語などな..
2021-12-24 46:09

第10回 本当でない物語などない〜『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』

今回は『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』(ポール・オースター 著/柴田元幸 訳/タダジュン 絵/スイッチパブリッシング)を紹介しながら、ありそうな話にはオチがないことや、クリスマスの思い出などをお話ししています。

【今回のハイライト】

・見知らぬ者同士で楽しくクリスマスを過ごすゲーム

・現在地を見失しないがちなオースター作品

・現実にはオチがない

・余韻を楽しむ贈り物

・嘘とタバコが人を繋ぐ映画『SMOKE』

・クリスマスに対する期待値が低過ぎる我々


【参考まで】
・映画『SMOKE』予告編
https://youtu.be/Tg8czhMcL6c

・ニューヨークで強盗に入られたピアニストの話→『日曜天国』2021年10月31日放送回 ゲスト ピアニスト・西川悟平さんのお話しより(ラジオクラウドで聴取可能)

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00:14
2冊目がですね、ポール・オースターの 『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』という本ですね、こちらを紹介していきます。
はい、お願いします。
で、これは、役が柴田本幸さんで、絵が田田淳さんという漢画家なんですかね。
で、絵っていうことなので、今回は冊子絵が入っている絵本ですね、その形式で出版されている作品です。
で、この話なんですけれども、1990年なので、もう30年ぐらい前ですよね。
30年以上前になるのか。
に、ニューヨークタイムズのクリスマスの朝にですね、掲載された作品が元になっていると。
クリスマスの朝に小説が掲載されているって、すごくおしゃれじゃないですか。
まあね、されてますよね。
されてますね。ニューヨークっていう感じですよね。
本当に。
で、その短編を元にして、もともとすごく短いんですよ。そんなにページ数、だいたい2、30ページあるかなっていうぐらいの短いお話なんですけれども。
で、その後に、このオギーレンのクリスマスストーリーを元にして、スモークっていう作品と、あとはブルーインザフェイスっていう続編ですね、これも書かれてまして。
こちらも新潮文庫から出版されてます。
で、さらにそれを元にして、映画のスモークも作られていると。で、脚本はオースターが書いているんですけれども。
もしかすると、この映画のスモークは結構有名というか、ミニシアター好きな人とかは知っている方多い作品なのかなと思うんですけれども。
それの元々の原作になったお話っていうところですかね。
これ絵本もなんかちょっとされてますね。
そう。
こう、表紙白黒で、まあ版画だからか。
送り物にもちょうどいい感じのね、サイズ感と、あと内容っていうところで。
で、内容に入っていくんですけれども、ちょっとこれがね、どこまで話したらいいのかなっていうような内容ではあるんですけれども。
まず出てくる登場人物は、主に2人いるんですけれども。
1人はその作家のポールですね。
で、この人はニューヨークのブルックリンに住んでいて、で、作家をしていると。
で、もう1人はオーギーっていう、ブルックリンでタバコ屋をやっている主人ですね。
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で、この2人が話をしたり聞いたりしていくんですけれども、ポールがオーギーのお店に来るようになって、で、タバコを買いに来るんですけど。
そうこうしているうちにオーギーが、なんかそういえばポールってそういえばこの間の新聞に書評載ってたけど、
あのあなたって作家だったんだみたいな。で、それでちょっと親しくなっていくっていう。
ただの客からちょっとそういう会話をするような仲になっていくんですけど。
で、そのオーギーがですね、ある日、俺写真毎日撮ってるんで、ちょっとその写真を見てほしいみたいなことをポールに持ちかけて、
素人が撮ってる写真とか見ても面白くないんだけどみたいな、あんまり気が乗らない感じで。
その話でも断るのもなっていう感じで。気取りはしなかったんだけど、その写真を見せてもらうんですけど。
どういう写真かっていうと、お店の前で毎日定点観察みたいな感じで、同じ時間帯に写真を撮るっていう。
毎日1枚1枚アルバムに貼ってんですね。それだけの写真なんですけど、それをもう10年ぐらい続けてるんですよ、この人は。
なかなかの数になってんですね。でもそれを1枚1枚見ていって、それにまつわるうんちくみたいな話とかもするんですけれども、そんなやりとりが前半にあります。
それからちょっと時間が経ってですね、クリスマスの前あたりですね、1月ぐらい前なのか、クリスマスシーズンぐらいの時期に、
ポールがですね、新聞社の人からクリスマスの朝に載せるクリスマスストーリーを書いてほしいっていう依頼を受けるんですよ。
ポールとしては、クリスマスストーリーって、ディケンズとか、あとオーヘンリーとか、結構有名な作家がもうすでに名作を書いてるところに、自分が書くっていうのはすごくプレッシャーだし、
そういう日に書く作品って、なんかちょっと心温まる的な話書かなきゃいけないの?みたいな。なんか俺そういうの嫌なんだよね、みたいな気持ちはあったんだけれども、
ちょっと断りきれなくて、引き受けることにはなったものの、やっぱりいざ書こうと思うと、何を書いたらいいかわからないみたいな感じで、すごく困ったっていう。締め切りが迫ってくるしっていう。
で、そんな日もさちも行かなくなってきた状況のところで、またタバコを買いにいつものオーギーの店に行くんですけれども、タバコ買いながら、いやちょっと実は今参っててさ、みたいな話をするわけですよ。
クリスマスの話ちょっと書いてくれって言われてるんだけど、何書いたらいいかわかんなくて、みたいな話をするんですけど、そしたらオーギーが、じゃあ俺に昼飯を持ってくれるならさ、すごいいいネタがあるんだよね、みたいな。
それ聞かせてやるよ、みたいな。って言われたので、昼飯を食べに近くの食堂に行くわけですよ。
で、食堂に行って、そのオーギーの話を聞くわけですけれども、オーギーが話す話の内容がですね、毎日店の前で写真撮って、あのカメラにまつわる話なんだけどさっていう話をしていくんですが、
06:14
話の発端は10年くらい前に、今の店を引き継いで商売始めた頃に、万引きしに来たやつがいると。
で、その万引き犯を気づいた時に、すぐ追っかけては行ったんだけれども、追いかけきれなくて、途中で見失っちゃって、追いかけるの諦めたと。
でも、その万引き犯が途中で財布を落としちゃったっていう。で、それを拾ったんですよ。
そうしたら中に金が入ってなかったんだけど、免許証とか、あと写真がね、何枚か入ってたっていうんですよ。
で、免許証にはロバートって名前が書いてあるし、写真も多分自分の母親とかと撮ったような、小さい頃の写真とか、何枚か入っているのを見てて、なんかもういいかなっていうふうに思ったの。
なんかちょっとこういうのを見てると、なんかちっちゃい時はね、こういう楽しそうな時期もあったんだろうけど、今も万引きして過ごしているような、どうせろくな生活してないんだろうな、こいつみたいな。
なんかそんなやつを追っかけてもしょうがねえなと思って、追っかけもしないで、警察にもそれ届けるわけでもなく、でも住所書いてあるから、いつかそれ持ってってやってもいいかなっていうまま、日に日がだらだら過ぎてったと。
で、速報するうちに、季節は巡ってクリスマスになって、いつまだったらちょっと用事いろいろあるんだけど、その年に限っては用事がなくて、
アパートで一人で寂しく過ごしても、なんかちょっとやるせないなって感じだったっていう時に、なんか机の上にあの時の財布がまだあったっていうのを目に入って、
今暇だから、この財布届けに行ってもいいかなみたいな、っていうのをちょっとそう思って、その財布に入ってた免許証の住所に行くわけですよ。
で、そうするとちょっとこう、スラム街じゃないですけど、ちょっと荒れた地域のアパートにたどり着いて、予備輪を押して反応を待つんですけど、出てこない。
もう一回押すけど、出てこない。で、もう帰ろうかなって思ったら、中からお年寄りの声が、「どなたですか?」って聞こえてくるんですよ。
で、それに答えて、「ロバート・グッドリンという人を探してるんです。」っていうのを答えたら、このおばあちゃんが、「お前かい、ロバートや。」って返してくるんですよ。
で、「ロバート、帰ってきたのかい?」ってこう。で、鍵を外して、ドアを開けて、出てきたのが、すごい年取ってるおばあちゃん。
もう8時は絶対過ぎてるよねっていうおばあちゃん。で、このおばあちゃん、目見えないらしいっていうのをだんだん気づくんですね、大銀が。
09:03
で、おばあちゃんもずっとそのロバートが帰ってきたもんだと思い込んで、きっと来てくれると思ってたよってこう声かけてくるんですよ。
で、「お前がクリスマスの日におばあちゃんのとこに来るのは忘れるわけないもんね。」って。で、おばあちゃんは大銀を抱きしめてくるんですね。
抱きしめようとして、両手を広げてきたと。で、そこで大銀も、「なんで俺もそういうこと言ったかわかんないんだけど、そうだよ、ばあちゃん。」って歌えちゃったと。
クリスマスだからばあちゃんに会いに帰ってきたんだよって。自分でもなんでそんなこと言ったのかわかんないんだけど、なぜか知らないけどそういう言葉がついてきちゃった。
で、前もうこれ嘘ですとも言えないから、もうロバートのふりしてやり過ごすしかないってなってきて、で、もうばあちゃんはばあちゃんで大銀のことを抱きしめてくるから、大銀も大銀でばあちゃんを抱き返すっていういいような流れになってくるんですよ。
もうこの際なので、もう今さらこう後が引けなくなってしまったので、孫のふりをしてクリスマスを過ごすっていうゲームをやり始めるんですね。
でも大銀もここで話してるんですけど、このばあちゃんもしかしたらうすうすこれ孫じゃないなって気づいてたかもしれないよねっていう。そこまでボケてる感じじゃなかったしっていう。
だからばあちゃんはばあちゃんでわかってはいるんだけれども、大銀と同じゲームをしてたと。孫だなって思い込んだままクリスマスを過ごす誰とも知らない人とっていうことをお互いにやってるっていう。
なんかクリスマスっぽい話ですよね。
で、近くのスーパーに行ってクリスマスのチキンとかスープとかおしそを買ってきて、ばあちゃんはばあちゃんで隠してたワインを開けて2人でクリスマスを祝う。
2人でって言っても赤の他人同士がですよ。孫とばあちゃんのふりをしてクリスマスを楽しく過ごすっていうね、そういうことがあったんだよと。
ただちょっとこの後の話は若干ネタバレになるので言わないですけど、そういう嘘つきあって騙し合いながらも楽しく過ごしたクリスマスの話を言って聞かせるっていう。
なんか私の感想、今の話を聞いての感想だと、真っ先に浮かぶのはポール・オースターンにしてはめっちゃわかりやすい話だなっていう。
ポール・オースターンこんな子供のストーリー書くんかっていう感じはあるんですけれども、でもなんかポール・オースターンっぽい話でもあるよなって感じはするんですよね。
偶然の出会いとか、本当と嘘が混じり合っていく話とか。
12:03
あとなんかすごくこの話、落語みたいなオチだなって思うんですよね。すごくいい人情話の落語を聞いてるような話のオチがすっごい綺麗に決まるんですよ、これ。
いいですね、それは。もう途中なんか私、オレオレ詐欺かなみたいな感じになる。
なんか孫じゃないってわかってるのに、オレオレ詐欺に乗っかるおばあちゃんと、あれ、薄々バレてるかなと思いながらオレオレ詐欺を進めるオレオレ詐欺みたいな。
でももしかしたら、おばあちゃんにしたら最初は孫かなって一瞬思ったんだけれども、おばあちゃんだとやっぱり孫じゃないって気づいてはいて、でもそこで慌ててじゃあ誰なのって言った時に、こういうあんまり治安のよろしくないところで住んでるから、あんまりかえって見知らぬ相手を進撃させたら、逆に悪い方向にことが転がっててしまうかもしれないっていうのを、
もしかしたら生活の知恵的な感じで、とっさに判断をして、孫じゃないってわかってるんだけど、孫の振りをボケてる同人の振りをしてやり過ごしたっていうような面もあんのかなっていうふうに思ったりとかも読めるし。
ですね。ブルックリンだとそうかもしれないですね。もしかしたら。まあニューヨーク自体はやっぱりちょっと怖いっていうか、場所によってですけど地域性とかありますけど、確かにおばあちゃんの知恵っていう感じもしますね。
おばあちゃんの知恵的なところなのかなっていうね。でもこれってその30ページぐらい?あ、63ページ。絵本なんで結構行間は、多分単行本とかにすると30ページあるかなっていう感じで本当に短い短編なんですけれども、本当にオチがすごく綺麗に決まるんですよね。
はっきりこうですよっていう話で終わるわけではないんですけど、ただ別に終わらなくてもいい話ですね。これは本当のところはどうだったのかなって。この間のクモ女じゃないですけど、2人が結局どう思ったのかなっていうのは別にお互いに分かんなくたっていいじゃんっていうような。大事なのはそこではないんだよっていうところにオチがちゃんとあって。
これはオチっていうかネタバラシにならないと思うので、最後の方に書いてある言葉ですごく印象的な話が、結局ね、この話自体も本当かどうかわかんないんですよ。そして大木が話してきた話っていう自体も。もしかしたらこれ作り話かもしれないし。でも私はその話を信じることにしたと。大事なのはそのことだけだと。
誰かが一人でも信じる人間がいる限り、本当でない物語などありはしないのだっていう一文が出てくるんですよね。いい一文ですね。
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これ聞いてる方で小さいお子さんいる方はちょっと控えていただきたいんですけど、サンタさんっているのいないの論争ってあるじゃないですか。でも信じている人間がいればサンタさんはいるんですよ。なんかそういうね、サンタさん本当にいるのっていうクリスマスのまつわる話のこともここでちょっと触れてるのかなと。
なるほどね。サンタさんが本当にいるの問題ね。いくつまで信じる問題とかね。いいんですよ。別に大人になって信じればサンタクロースはいるんですよ。そうですよ。恋人がサンタクロースかもしれないですからね。
そうですね。そうですよ。なんかそういう話の組み立てがすごく上手い版編だなとも読めますし。そこら辺がなんかオースターっぽい感じもしますよね。そうですね。
本当プレゼントに良さそうな感じではありますね。さっきのシノエの記録のクリスマスとちょっと違っていて、やっぱりなんか都会的な感じがする。見知らぬ者同士がうまくやっていくっていうか、なんかそういうところにちょっと都会の寂しい部分ももちろんあるんですけど、でも都会ならではの人情みたいな。そういうのが書かれた話なのかなと思いますし。
そうですね。私読んでないんですけど、どっちとも取れる終わり方って結構苦手な人も多いじゃないですか。私結構それを克服した方なんですけど。なるほど。
どっちでも、お芝居とかも結構そういうの多いし、なんかふわっと終わっちゃうとか、あとはあなたの好きなように解釈してくださいみたいな。そこら辺もでもなんかそのサンタクロースに通じる感じもしますけどね。
どっちとも取れるっていうのは、お休憩がなくて、なんかうさむしょしていくどっちとも取れるような、だと本当になんかイラッとする時もあるんですけれども、なんか中途半端に終わってったなっていうようなこともあれば、はっきり結論を出してしまうと、それはそれで鼻地論でしまうので、余白を残すような感じで、お休憩じゃないですけど、あえてそこははっきり書かないことによって、あと深読みしてくれみたいな。
まあ読む人のその解釈の仕方によって、いろんな結末を導き出せるというか、そういうオチを残しておく。そのどっちとも取れるっていうのもあるじゃないですか。
ありますね。ハッピーエンドにしても、何にしても、オチがきちんとある話よりも、オチがきちんとない話の方が、ちょっと現実味感が実はあるっていうか。現実でそんな毎回オチがあるわけじゃないじゃないですか。
18:04
ちょっと話がまたそれちゃうんですけど、黒木あるじさんっていう山形在中のオラン作家の方がいらっしゃるんですけども、その人とお話ししていた時に、怖い話採集してるところがあって、彼は。
いろんな人のちょっとした怖い話とか、聞いたことのある怪談とかを集めるっていう趣味というか。ちょっと私も聞いた話があって、お話ししたんですけど、私の話した話ってオチがなかったんですよね。
それでオチはないんですけれどもって言って話した時に、本当の怪奇現象ってオチないんですよって言われたんですよ。
怖いですね。
怖いんだけど、その時にあーっと思って、オチがある怖い話って大体が創作なんですよねって。本当にあった怖い話っていうのは、大体オチがなくてなんだそれっていう終わり方をするっていう。それが現実味っていうか、なんかそんな話を聞いたのをちょっと思い出して今。
やっぱりオチのある怖さって、結局答えがあるようなもんで、正体見たりじゃないですけど。
だけど本当にある話とか、本当の人の思いとかそういうのって、毎回毎回オチをつけるわけじゃないから、余白が残るものじゃないですか。
だからこういう物語でもちょっと余白が残るものの方が、心に引っかかる物語ではあるなっていうふうに最近思うことが多いですね。
ただその余白をどの辺まで残すかっていうのが、やっぱりそこら辺がセンスというか、作家の技量を問われるところなのかなっていうのはすごく思いますね。
余白っていう余感?余感を残すっていうか、こうなるであろうっていう選択肢はそんなにいっぱいないんだけども、あなたの好きな方にコールを置いてください的な?そこら辺がスタイリッシュなポール・オースターって感じはしますけどね。
それがなんかわけわからないときも結構あるじゃないですか、彼の創設って。
どこに行ったのこの話みたいな。私今どこに行こうとしてんのこれみたいな。
まさにそれに私なるので、結構苦手なんですよ、ポール・オースター自体は。あれ、私今立ち位置どこにいるっていう。
そうそう、迷子になりがちですよ。
そう、迷子になっちゃって迷路に入っちゃったかなみたいな。
そこが面白いんでしょうけど。
そうなんですよね、ファンの方たぶんそこが面白くて、読み続けるんですけど。
そうですね、そうでした。
なんといっても修行が足りないと、はーみたいな。
21:04
本当にそういう話って読み慣れるっていうか、慣れていく相性もあるとは思うんですけど、ある程度は慣れの部分もありますよね。
そうですよね。
読み解きの力というか。
そうそう。
山登りみたいなもんですからね。
映画とかお芝居とかだとわりと飲み込めるんですけど、本だとね、あーみたいな。また迷路に入れられてしまったみたいな。抜け道どっちだろう。
抜け道がない。
克服したい作家でもあるんですけどね。
ちょうどこれの前に話したらドフトエフスキーだったので、すごく難解だって言われるじゃないですか、ドフトエフスキーって。
でも個人的には20世紀とか21世紀にかかえて現代作家の小説の方が私にとってはよっぽど難解なんですよね。
書き方がかなり高度、こみ入ってきてるなという感じがして、文学を読む体力がないと読み解けないような作品って結構あるんですよね。
ありますね。そして最近の日本の小説も結構そういうの多い気がします。
特に日本のミステリーなんかだと、結構ワーッと散らかしたのを最終的に回収していくから、どこに私は今いるんだろうみたいな。
我々どこに来て。
どこに行こうとしてるのか。
ミステリーはまだまだちゃんと起承転結がはっきりしてくれているので、独了感はスッキリする感じはするんですけど。
でもそうですね、昔の小説の方が話す筋が単純なのかもしれないですよね。
そうですね。話す筋が単純というか、わかりやすいですね。結構はっきりと書かれていたり。
あとは今、名作として残っている作品って、やっぱりエンタメ色がすごく強いんですよね。
基本的にエンタメなんですけれど、そこにいろんな思想とか、いろんな考えとかを組み込んでくるっていうような書き方をしているので、
お話自体がすごく読みにくいかというと、実はそうではなかったりするんですよね。
それが何かわかる。
書き方は結構エンタメ小説の、王道エンタメ小説的な書き方をしてくるので、案外難解ではないんですよ。パッと見は。
難しそうな気がしちゃうけど。
ロシア小説だと特に名前がいっぱい出てきて、わけわかんなくなるっていう。
名前が読みにくい説、すごくあると思うんですけど。
個人的には20世紀以降の作品のほうがよっぽど、本当にどうこれを読んでいったらいいかわかんないような小説がたくさんありますからね。
本当に今どの地点に立っているのかっていうか。
それが面白いんでしょうけど、なかなか小説自体から離れた時期が長かったので。
24:05
それでまたさっきの話に逆に戻しちゃいますけど。
オチのない話の先を自分で続けていく?
結局オチがない話って、後の続きはあなたがっていう、バトンを渡される的なところがあるじゃないですか。
続きはあなたで考えてください。
そうそうそうそう。続きはあなたっていうところが難しい。
難しいと撮る人がやっぱり多いのかなって思うところはありますけど、そういう訓練にはすごい良い絵本だなって。
これですか?
ほら、ページ数がうんと長くて、最後の最後に続きはあなたでって言われると。
学理ですね、それは。
絶望に近いものがあったりしますけど、嫌いじゃないですけど。
でもこの絵本的な短さで続きはあっていうのは、意外にギフトの一つになるかなって。
余韻までもが楽しめる時間として。
ページ数を超えての時間が使える楽しみがあるのかなっていう気はしますね。また絵本なのがいいですね。
絵本なのがいいんですよね。
全部絵本にしてほしい。
わけわかんないですよ。現代美術みたいな感じで余計混乱する。
ポール・オースターのちょっとした話を数ページの漫画にしてた方がいたんですけど、それですらわからない。
迷子になる。
面白かったんですけど。
続きというか、これを基にしていろいろ作品が描かれて、映画にもなって、その映画もすごくポール・オースターっぽいっちゃポール・オースターっぽいっていうか。
でも人情話で綺麗にまとまっていく話で。
最後の最後にエンディングでこのオーギーレーンのクリスマスストーリーの話がモノクロの無声でエンドロールにずっと流れてくるんですよ。
しゃべってますね。
バックがしかもあれですよ。トム・ウェイツですね。
トム・ウェイツ?でもわかんないな。
トム・ウェイツのめっちゃ渋いクリスマスにちなんだ曲を歌うんですけど。
しかも映画だとポールの役を前回のクモ女で出てきたウィリアム・ハートがやっていて、オーギーはハーヴェイ・カイテルがやってて、すごいハマり役なんですよね、これが。
いかにもタバコ屋のちょっと癖のあるおっさんっていう感じで。
27:00
感じでしたね、予告見たら。
絶妙に悪い。
絶妙に悪い言葉ですね。
絶妙に悪い、でもなんか人情あるっていう感じの。
なんか全体的にこう本当に濁合?濁合な長屋話みたいな?
なんかいろんな連中が集まってくるお店のところで聞いた本当なんだか嘘なんだかわかんないような話みたいなが連綿と続いていって、でも最終的には一応まとまりのあるオチにはなるっていう。
またこれも群蔵劇的な話ではあるんだけれども、でもなんかこう不思議な縁で繋がっていくっていうような。
で、それもやっぱり嘘と本当のやりとりというか、嘘は誠になったり、本当だと思われてた話が実は嘘でっていう。
でも嘘ってすごく悪いような、今だとすごくね、あのフェイクニュースとか、ちゃんとそれ裏を取った話なのかとか、ファクトが大事だとか。
ソースはどこだみたいなね。
嘘ってなんかどっちかっていうと悪者というか、よくないものとして今はちょっと受け取られがちですけれども、でも真実というか本当のことが人を救うとは限らないじゃないですか。
逆にそれを知ってしまったからすごく気付いたりとか、絶望したりっていうこともあるし。
まあ疲れる、べっくりして疲れる嘘っていうのもあるじゃないですか。
あえてつくっていうか。
さっきのあのばあちゃんと大喜利蓮の騙し合いじゃないですけど、こんなところで赤の他人だってわかって寂しいクリスマスを過ごすぐらいだったら嘘でもいいから、
楽しいクリスマスを過ごすためのゲームをすればいいじゃないかっていうような、そういうちょっとずる賢いじゃないですけど、生きる知恵的な。
生きる知恵。
まあファンタジーですよね。
そうファンタジーですよね。
どっちかといえば嘘というよりは。
なんかそこら辺のこう、あとは本当のことを知ってしまった時の悲しみとか、そういったのがすごくうまく描かれた。
でもやっぱり見た後ちょっと心が温かくなるような、あんまり言いたくない言葉ですけど。
でもしみじみいいなって思えるような、お話としてすごくうまくできた作品でもあるし、
やっぱり役者の皆さんがものすごくうまい方たちばっかり出てくるので、そこも安心して見てられるし、
あとやっぱり渋いんですよね、みんなもうタバコをバカすか吸ってて。
タバコがすごく絵になるし、タバコポイ捨てとかしてますけど。
もう今だったら絶対こんな、まずタバコをバカすか吸うっていうの自体も、結構それはそれでまたね、いろいろコリコレ的な観点から言うとどうなんですかっていう話になってくるんでしょうけど、
30:02
これはもうタバコなくしては成り立たないっていうぐらい、タバコがすごくいい味を出してる映画なので、スモークっていうぐらいですかね。
そうですね。今見ておかないと、もしかしたらね、見れなくなるかもしれないですからね、これからね。
タバコだらけの映画なんて不謹慎だよみたいな。
不謹慎だって言われちゃうからタバコは。
そうですね。いやでも最後の最後にクリスマスになっていく、クリスマスのお話で締められていくっていうのがすごくよくできた映画だなっていうのは思って、時々思い出してみたりとかするんですけど。
へー。
このポッドキャストにしては珍しく本当心温まる。
いつもどんだけポッドキャストしてるんですか、うちの番組。
何というかこう、あーわかりますーっていうしみじみとしたあれじゃなくて、ちゃんとこうね、クリスマスに合うような、このクリスマスと無縁っぽい2人がですよ、ちゃんとこうクリスマスをね。
打ち捨てられた。いろんな方が打ち捨てされたようなポッドキャストですけど。
前回の収録、死の家の記録をクリスマスだって言って的さん持ってきてますからね。
それに比べたらですよ。本当にハートフル。
でもちょっとこれは私読んでみたいですね。映画を見たい感じがしますね。
そうですね。映画は2時間くらいあるんで、長いっちゃ長いんですけど、気楽に見れる内容なので、のんびり見るにはいいのかもしれないですけど。
でも映画もすごくいい作品なので、ぜひぜひ機会があれば見ていただきたいなっていうところはありますね。
作品も読んではいるんですけど、やっぱり映画はすごく良かったので、どちらかというと映画をお勧めしますね。
そうですね。じゃあお子さんにはこの絵本を、ご自身では映画を。
お子さんこの絵本結構ハードル高くないですか?
お子さん2人はずっと。そんなわけないですかね。でも小学生くらいだったら面白く読めるのかな。
結構私思うんですけど、小さい時に読んだ本って、その時分からなくても本当大人になってから、あの本良かったなとか、その時分からなくても詰め込んでおくっていうのは大切ですよ。
でも確かにそういう原体験は必要ですよね。
だからそれこそ小学生の子にあげたとして、それから中学生くらいになってから、ふわっと思い出す。
もうちょっと大人になってからでもいいけども、思い出したら思い出したら、その時がまたギフトみたいになるかなっていう気がしますけどね、こういう本って。
おしゃれプレゼントとしてもいいですし、おしゃれなだけじゃなくて内容もとてもいい話なので、機会があればこちらも。
出たばかりですね、こちらの本は。2011年の10月に刊行されたばかりなので、おそらくまだ店頭で手に取っていただけるのかなと思います。
33:09
もう一度じゃあ本のタイトルを。
大木蓮のクリスマスストーリー、著者はポール・オースター、役が柴田本幸、絵が田田純です。出版社がスイッチパブリッシング。
またしゃれたところから出てますね。我々にしては本当にいい本だと思います。
そんなわけでクリスマスにまつわる本を2冊紹介しましたが、あとクリスマスにまつわる何か思い出があれば。
そうですね、的さんは小さい時サンタを信じてましたか?
もちろん信じてましたよ。
そうですか。
サンタクロースの足跡ついてないかなとか見てました。
いいですね。
純粋な子供だったので。
純粋なお子さんでしたね。
素直な子供でしたよ。サンタクロースから手紙来たんですよね。
カタコトの英語で書いてあるクリスマスカードをもらったことがありますね。
カタコトでしたけど。
あれ?外国人のはずなんだけど、なんかカタコト?みたいな。
でもサンタさん、手紙くれたんだみたいな感じで喜んでましたけどね。
いいお子さんですね。
なんか私全然サンタクロースっていうものを信じるも信じないもなく、存在を知らなかったっていうか。
存知なんですね。
幼稚園のイベントとかでサンタさんとか出てこなかったんですか?
なんかあんまりクリスマスの記憶がなくて。
ただ両親がクリスマスの寝るときに枕元に靴下を置いておきなさいみたいなことを促されるんですけども、
一体この靴下に何の意味があるのか。
何のまじないだこれみたいな。
何のまじないだと。
うち結構周りも今でこそ住宅街になったんですけど、
全方向田んぼでしたし平屋でしたし、もちろん煙突もなかったですし。
逆に今の方が焙煎機で煙突あったりしますけど。
なるほど、そっから入っていくんですね。
でもサンタさんが来るとかそういうわくわくする記憶がなくてですね。
大人になってからサンタクロース信じてない問題の話になったときに、あれ?って。
サンタクロースそんなみんな信じてたんだっていうのでちょっと驚いたっていう。
なるほど、自分はそこを通ってこなかったぞっていう。
クリスマスツリーとかはあったんですよ。
ケーキとかも食べる家だったんですけども、
そのサンタクロースに対しての期待感が全くない子供で。
36:01
なんかそれも珍しいですね。
例えばうちではクリスマスやらないですっていうお家は、
友達とかの家ではあったりしたんですけど、
友達としては世の中的にはそういうイベントがあるっていうのは知ってるんだけど、
うちではそういうのやらないんだよねみたいなことを言ってる子はいましたけど、
クリスマス自体はあるけどサンタクロースって結構メインじゃないですか?
割と重要キャラクターですよね、あれ。
そうですよね。
何だったらキリストよりも重要なんじゃないかっていうぐらい。
もちろんそうですよ。
花形ですよ。
あの人なくしてはね、日本のクリスマスは語れないですからね。
成り立たないというか。
何ですかね、クリスマスプレゼントがいつも実用品だったからですかね、うち。
切ない。
なんかこう鉛筆削りとか。
すごく実用的。
なんかちょっと違ったんですよね、色鉛筆12色とか。
それまだちょっと夢があるかもしれない。
ありますか?12色ですよ。
え、でもお絵かきね。
大切にずっと使ってましたけど、なんかもらうものが分多くなったので。
私クリスマスで何かあったかなって考えた時にやるせない感じの日々になるクリスマスの話なんですけど、
大人になってからクリスマスの日にですね、暇な人だけ集まって飲みに行くっていう会もですね、
飲み屋でやったことがあって、
なんかやたら酔っ払って帰ってきたんですよ。
普段そんな記憶が曖昧になるぐらい飲むっていうことって滅多にないんですけど、
枕元にカバンをそのまま放り投げて寝てて、
次日すごい、2日間も結構ひどくて、
仕事に行かねばっていう感じだったので、
起きた時にカバンの中に買った覚えのない栄養ドリンク剤が入っていて、
満壁した?って思って、
満壁したの?酔っ払ってたって言っても、さすがにそれはないでしょうと思って、
すごく真相になったんですけど、
よくよくカバンの中を探したら、一応レシートは出てきたんですよ。
夢のないクリスマスの朝だったなっていうのを思い出します。
あれですよ、次の日の自分のためのクリスマスプレゼント買ったんですよ、的さんは。
もう、がっくりきましたね。本当に現実にそれこそ引き戻される気分。
そうですね、でも現実に引き戻されるって言ったら、
私ずっとアパレル業だったので、どっちかというとサンタを手先の方だったんですよね。
そうですよね、法理業って、私も客というかそっちの仕事が長かったので、
クリスマスと正月はもう働いてるっていう感じでしたから。
だから殺伐としたクリスマスをずっと過ごしてきたので。
そうですね、売り上げがとか、販売目標がとか。
39:03
あとは年末のセールの準備で疲労困敗しているとか。
そうですよね、一番のかき入れ時ですよね、福袋とか祭りなどと。
そうです、だからもうミーティングにミーティングを重ねる日々みたいな。
だからクリスマスはもう気づいたら終わってるっていう。
ほんとそうですね、忙しくても大変だし、忙しくなくてもそれはそれで大変っていう。
もう老後の楽しみですよ、クリスマスは。
確かに今そうですね、接客じゃなくなったんですけど、
そうなるとイベントごとってこういう感じの流れでみんなやってるのねっていうのが。
それまでは人ごとでしたからね、そういうものは世の中にあるらしいっていう、知らんけどっていう。
遠い国のお話みたいなものですよ、同じ日本だとしても。
そうですね、なんかそういうのラジオから流れて、ニュースとかで聞くけど。
もう何百回とマライア・キャリーを聞いても、
一言のように。
一言のように、またマライア・キャリーが流れ始めた、何回転目だろうみたいなことをお店で思うわけですよね。
マライア・キャリーと山下達郎、ツートップが。
ツートップが、そこにジョン・レノンが入ってきたりして、もうつらい。
もう脳内でもかかってる、お店ででもみたいな。
だからクリスマスに対しての期待値が本当に低い。
そうですね、何か子供の頃からのお話、急かみに確かに期待値がかなり低いなっていう感じがしますけど。
かなり低い感じでしたね。
別に何か宗教的な問題でも何でもないんですけれども、クリスマスには縁のない人生を送ってしまったので。
でもあれじゃないですか、今やっぱりコーヒー屋さんをされてるので。
でもやっぱりそれもイベントごとなので。
そうですね、手先ですね。
もうかんぱおばあさんとして。
かんぱおじさん。
つらい。
そうか。
そうです。
あれじゃないですか、梶原さんのところに来てたのに、サンタクロースじゃなくて。
かんぱおじさん。
かんぱおじさんだったんですね。
ロシアのかんぱおじさんが来てました、かんぱおじいさんが。
かんぱおじいさん来てたんですね。
気づいたら自分かんぱおばあさんになってるみたいな。
どっちかというと、雪娘ポジションじゃないんですか、そこは。
そうですね、雪娘ポジションとはちょっとね、そんなことは言えない年頃になってしまいましたので。
せつない。
だからさっきの大喜礼のクリスマスストーリーでも、どっちかというと、おばあちゃんにきっと感情移入するだろう。
大喜礼の話でちょっと思い出したんですけど。
日曜天国っていうTBSラジオでやってるあずみさんの司会のラジオで、なんかゲストのコーナーで、
42:06
今年のパラリンピックのエンディングでピアノを弾かれていた方がゲストで呼ばれていて、その方がニューヨークで修行していた時の話で、
自分のアパートに強盗が入った時の話をされてたんですよ、夜中に。
で、鍵をかけないで、たまたま書き忘れてたのか、もともと書けない人だったのかちょっと忘れてたんですけど、書けなかった夜中に泥棒が押し入ってきて、2人。
で、銃で脅されて手を上げろって言われて、殺されるかもしれないと思いながらも、だんだんその泥棒たちを見ていると、
家の中を漁っていろいろ取ろうとしている泥棒たちの様子を見ながら、この人たちはどういうふうな育ち方をしたら、こういう他人の家に押し入って物を取っていくっていうようなことができる人間になるんだろうなと思って、
本当に疑問に思ったから、どういう人生を送ってきたのっていうのを、本当にナチュラルに聞いたら、泥棒がピタッと止まって、その老いたちを話し始めるっていう。
すごく悲惨な老いたちで、親もいなかったし、小さい時から路上で過ごさなきゃいけないような、スラム街に育ってきたんだ、俺たちはみたいな話をして、こんなピアノとか弾くような環境になかったんだっていうのを、もちろんコンサートなんて行ったこともないし、そんなの遠慮いい社会だったっていう、に育ってきたんだみたいなことを話し始めて、なぜか泥棒とだんだん息統合してきて、
なんかそうするうちに、その一人が確か泥棒の一人が、俺今日誕生日なんだけどっていう話をし始めて、誕生日泥棒に入るっていうのもなかなかすごいよなって思うんだけれども、泥棒がそういうこと言うから、じゃあ誕生日のお祝い歌ってあげるよって言って、ピアノでハッピーバースディという音を歌いながら弾いたら、泥棒がすごく感動して泣いてしまって、
最終的にみんなでハグするって。
なに?ニューヨークなんでもあり?
ニューヨークすげえなって思いましたね。
ニューヨークなんでもありだね。
でもその後の話の展開とかも、本当にポール・オーストの話そのままやなっていうような。
アメリカンドリームとかね、そういうのって本当にあるんだなって。
私の友達は同情しないって言ってましたね。一発逆転があるところだからって。
逆にね。
逆にね、そうそう。
ポール・オーストの話もやっぱりそういう場所だからこそと成り立つというか、現実味がないような話なんですけど、もしかしたらニューヨークだとあるかもしれないなっていうような下地があるじゃないですか、ニューヨークって場所に。
45:00
そうですね。本当ファンタジーが似合いますもんね。
ありそうもないことがそう。
実際にあるっていうクリスマスっぽいお話をした人でもよろしいかと思います。
では今回はこのあたりで。
そうですね。
良いクリスマスをお過ごしください。
良い年末もお過ごしください。
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皆さんからのお便りお待ちしております。
それではまた次回まで、メリークリスマス。
メリークリスマス。
46:09

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