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はい、みなさん、おはようございます。 2026年7月21日火曜日、高橋ツカサです。
この放送は、ペアレン・ビール営業部長が…
間違えた。 もう一度話しますね。
営業部長の高橋ツカサが、日々の仕事や生活の中での学びや気づき、 そしてビールを通じて豊かな人生をお届けする番組です。
みなさん、おはようございます。 今日も元気よくやってまいります。
今日はですね、昨日まで私が走ってた ツガルジャーニーランという、260キロのレース。
このレースに出走してきた話の総集編という形で、お話ししたいと思います。
長いので、長く話すつもりですので、 後でね、お時間あるときに聞いていただけたら嬉しいです。
後半の方は、最後乾燥した後に思ったこと、 そして今ね、考えていること、みたいなことを話します。
何分先ぐらいかちょっとわかんないけど、 尺を見てからラスト10分ぐらいを聞いていただけると、
ここまで聞いてくださった方はね、 その方がいいのかなって思っておりますので、
前々回放送を聞いてて、とりあえず短縮で聞きたいなって人は、 後半ラスト10分ぐらいを目安に聞いていただけたらいいかなって思います。
さて、私がね、今回報告する内容は、 7月の18、19、20の三連休のところで開催されました、
津軽ジャーニーランというね、 何度かこの放送でもお話ししてますから、
分かっている人は分かっていると思うんですが、 260キロですね、260キロのレースって言うほどのレースではなくて、
でもレースって言うのかな、そういうレースに参加しました。
出走人数は200人ですね、この部門に関しては。
この大会はですね、第10回大会でして、 記念すべき第10回の大会ということで、
大会運営の会長の方がですね、青森出身ということで、
この大会にはものすごく思い入れがあるということだったんですよね。
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その思い出のある津軽ジャーニーラン、 今年ね、大幅にコース変更して、
広崎市から海側をぐるーっと津軽半島でね、 青森県の左側の半島を一周して、
タッピー岬まで行ってですね、 そして北のね、石川さゆりさんが歌っているあれですよね、
あそこまで行って、そしてあとは外側をずっとまた海沿いを走って、
青森市まで行きまして、青森市から広崎市に戻るという、 非常に見所満載の260キロ走ってくるというものでした。
私はですね、去年154キロを完走しているので、 今年この出走権を得られまして、それで230キロ走るということでした。
急にね、230キロ走ろうと思っても走れないということなんですね。危ないから。
今回参加させてもらったということですね。 当然エントリー費も払っています。
この大会ですけども、私前からね、すごく楽しみにしていて、 参加するということでいるんだけどね、
なんでこの大会に参加するのかという意味。 意味はですね、あんまりないんだけど、
ないんかいって話なんだね。 ないんだけど、非日常的な体験というかね、
よく普段やらないようなことをやらないとさ、 大人になっちゃうとどうしても守りになっちゃうから、
51歳になったからいうのもなんだけどもね。 だからまあちょっと、やっちゃいたいなみたいな気持ちになって、
やっちゃいましたということですね。
まずね、前日から行こうかな、前日。 長いよ、今回はね。
前日は7月17日ですね。 だいぶ昔のように感じますけども、前日は普通にお仕事をしまして、
で、実はね、その前の日まで出張で、 さらに言うと私、虫歯で爪物壊れちゃって、
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いやー走ってる間爪物ない状態だとやばいなと思ってね、 歯が壊れちゃってね。
それで、歯医者へ行きましたね。 前の日のお仕事が終わってからですね。
それで、歯医者に行って寝て、18日の朝、弘前に行って移動しまして、
で、18時から出走するという感じですね。
この辺は、リスナーの皆様はご存知の通り、 私は前の日のお仕事、当日の趣味、翌日のお仕事、
このサンドイッチ、全部やったところまでが 私のレースだと思っているので、
全部やるっていうね、そこまでやります。
で、その後、話は戻りますけども、18日の朝、岩手を出て、
大体2時間半くらいですかね、会場まで行きまして、出走すると。
ここでですね、私、痛恨のミスをしてて、実は。
本当にね、ここまで言ってなかったんだけど、実はレースシューズを忘れていて、
ランニングする方からするとびっくりする話なんですけど、
当日走るための靴ね、靴、これを家に忘れてきちゃったんですよ。
だから今回230キロ走り切った靴っていうのは、実は予備のランニングシューズで走り切っていて、
全くの想定外だったっていうことがありました。
ビビったね、本当に。全部準備してたと思ったけど、肝心の足元を忘れてたっていうね。
これもまたね、いい学びになりましたね。
というのもね、260キロ走る上で必ず足がむくんで痛くなるだろうなって思っていたから、
予備のシューズも入れていたんですよね。
予備のシューズって、あまり高くないシューズって言ったらなんだけど、
ジムに使うような靴、ちょっと柔らかめみたいな靴で室内履き用みたいなものを入れていったんですけど、
結果これが正解だったなっていう気もしますけどね。
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これまた後ほどお話しします。
その靴で走り切りましたと、一足でね。
まずは18日から行きます。
18日は朝、ドロップバッグとかそういうお荷物を大会に預けまして、
18日朝から、お昼過ぎ、開会式とか注意事項。
長いからね、このレースがね。
いろんな注意事項がありまして、
あと大会の運営の代表がですね、
このレース前の説明と、あとは選手とのコミュニケーションがすごく大事にされているなという風に感じていて、
まず開会式とかいろんなのがあって、そこからスタートみたいな感じでスタートしましたね。
これ面白いのが、津軽半島を一周するんですけど、
最初のスタートは、これ3部門あってですね、レースの距離の長さによって、
260キロ部門と、177キロ部門と、あとは83キロ部門ということで、
この3つのカテゴリーが、この津軽ジャーニーランというイベントにはですね、混在しているんですね。
だから、最初のスタートは、260キロの人と177キロの人が同時スタート。
そして、途中の177キロ地点で、その部門の人たちはゴールして終わり。
そして、その177キロ地点から始まるのが、83キロ部門のショートの部がここからスタートするということで、
260キロの人は一周、177キロの人は3分の2ぐらいまで行って、
83キロの人は3分の1を残り走るみたいな感じで、
コースはすべて津軽半島一周のコースを走るというような流れなんですよね。
だから、最初のスタートは、170キロの人たちと一緒に走るというような感じだったので、すごい人数でした。
と言っても300人ぐらいかな。
そこからスタートしましたということで、走り始めました。
そして、ざっくり言うと、この日は雨でして、雨が途中から降り始めて、
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これはどうなるんだろうなと思っていたんですけど、
どんどん雨足が強くなっていくと。
長い距離を走る人たちは、この雨が最悪のコンディションを招き起こすだろうと分かっているわけですよね。
だから早め早めに靴の中の調子というかコンディションを何とかしようと思っているんですけど、
天気が分からないと。
しかも山に入り始めていて、電波も悪い。
どうなるのかなと思っていて、
私自身は途中でコンビニエンスストアに寄りまして、靴下を買って取り替えるという選択をしたんですよね。
それをやらなかった人たちは、ずっと靴がぐちゃぐちゃの状態で走るということをしていました。
この選択が正しかったか正しくなかったかというのは、
結果から言うと、どっちでも良かったという選択になっちゃったんですよね。
というのは何かというと、その後雷雨になるんですね。
雷雨を伴う激しい雨に変わって、
すごいバケツをひっくり返すような雨が続くんですね。
夜の12時ぐらいから朝6時ぐらいまでですかね。
大雨でしたね。
私たちはそれをエイドステーションでちょっと雨宿りしながらも、
やっぱり行かないと進まないよねとか言いながら、
ジャブジャブ水没した場所も走りながら、雨に打たれながら、
人によっては傘を持って走っていた人もいましたね。
そんな感じで進むんですね。
運命を分けたのは、2日目の明け方ですね。
19日の朝、3時から6時ぐらいの天候でしょうね。
ここがものすごい大雨で、
雷もすごかったし、
そこで大きなエイドステーションというところがありまして、
そこにみんな待機していたんですよね。
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早い人は5時ぐらいに到着していて、
私は5時半、6時ぐらいに到着して、
そこは屋根も架かっていて、
二進五天という建物なんですけど、
昔海の漁師さんたちが二進でものすごく儲かったんでしょうね。
そこに建てられた施設なんですけど、
その中でみなさん休んでましたと。
行くか行かないか、
260キロ長いから、
ここでしばらく寝ちゃうかどうするかみたいな、
そんなところになっていたんですけど、
私は行ったんですね。
朝6時半ぐらい、30分ぐらいそこで、
ご飯食べたり、足の裏を拭いたりなんかしながら、
どうするみたいな、みんながいろいろ言っている中で、
行こうかなと言って、私は行きましたね。
そういう人が何人か出始めた時間帯だったんですよね。
それでもうザブザブの中を走って行くんですけど、
そしたら何十キロ行かないですね、
7キロぐらい走ったところで、
土砂崩れがあって、
そこから戻ってくる選手がいて、
それによって私もこの大会、
コースが埋まっているなと、
そしてそこから先は行けないんだなということを知りました。
戻る道すがら、他の人たちがみんな、
いやもう中止、これもう中止だよ、みたいな話をしていたんですよね。
今振り返ると、この情報、結局、
合戦ネタだったんだけど、この情報が、
後に選手のモチベーションをダダ下げして、
かつ、人の情報伝達ってやべえな、みたいなことを感じさせた出来事だったんですね。
やっぱりね、ものすごく疲れているし、
なんというか、実はみんな心の底では、
こんな悪天候の中でやるの?みたいな、
そういう少し弱気になっていたんでしょうね。
だから、これを中止だったらいいな、みたいな、
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道が埋まっていたから、道は通れないよ、
道が通れないからコースは進めない、進めないから大会は運営できない、
みたいな感じで、伝言ゲーム、伝言ゲームで、
ネガティブな方向に話がどんどんずれていって、
それで大会中止、みたいな話にすり替わっていったんじゃないかなと思うんですよね。
現にですね、現地で大会の運営の方から、
私たちがね、ちょっと戻ってって言われて、戻っている最中に、
そんな中止なんて話は一言も出てませんよっていう言葉をいただくんですよね。
でも大会運営の人一人が言っているんであって、
選手そこにもう20人もっとかな、25人ぐらいいたかな、
30人弱いるから、30対1だとか、
なんか人数多い方が正しいような感じになっちゃうんだよね、なんとなくね。
そこでね、いや中止なんじゃないか、いや中止じゃないんじゃないかみたいな話になって、
いざ休憩するエイドステーションって呼ばれるところに戻ってみたら、
コースが再設定されて、別のところに走っていくような短縮ルートになっているよっていう話を聞かされて、スタートすると。
そんなことがあったんですよね。
選手によっては、ザブザブの大雨の中、朝6時ぐらいに、
これは待機して一眠りしようって思っていた人は、一眠りした後に大会の短縮コースを告げられて、
もう無駄に走ることなく前を走っていたようなんですよね。
私たちは、大雨の中、道が氾濫というか、土砂崩れが山以外もありまして、
消防車とか出て、ブルドーザーみたいなのも出てきて、土砂がやっぱり崩れちゃって、主要な道で。
そこを歩いて戻ってきたんだけど、これすげえなと思いながら、そんなところをザブザブ走って戻って、
1時間ぐらいかけて歩いて戻ってきたんですよね。
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テンションが下がっているから、僕らの先に行った選手は。
っていう感じでね、戻って、大会最終日だと、えー!みたいな感じ。
ガセネタに驚かされた人たちはみんな、結構リタイアしていましたね。
私は気持ちを立て直すために、いろんな人と話をしながら、
これ絶対完走したいよね、試されているのは僕らの方だよね、みたいなポジティブな選手につけて話をして、
で、再出走ということで、リスタートするぞ!みたいな感じで走りました。
ちなみにですね、この区間長く走った人も、そうでない人も、全く関係なくゴールするから、
このジャーニーランはタイムがどうとか、そういうのを気にする人はほとんどいないし、
大らかな大らかな大会だなというふうに、目的は旅ですからね、旅。
だから多少の予定不調は、全然みんな、シリアスじゃない人たちはウェルカムって感じですよね。
そんな出走する選手たちと一緒に走れたから、僕は楽しかったですけどね。
まずはそんな感じで、2日目の朝を迎えました。
2日目の朝は雨も上がったんだけど、
みんなね、継続して走っている人たちは、みんな足がぐじゃぐじゃの状態。
つまり水没したところに足を突っ込んで、靴下も乾かない、靴もびしょびしょ。
そんな中走り続けているので、足の裏がふやけちゃって、
ふやけた上に豆ができたりとかね、簡単に言うと。
そんなことが起きているから、なかなか前に進まないと。
それを無理して走っている人たちは、靴の中が豆だらけになっています。
私はどうしたかというと、基本的にスピードは全く関係ないから、
乾燥することだけを目的にしているので、休みながら足を乾かして、
どうぞ先に行ってください、みたいな感じでね。
休みながら足を乾かすとか、おしゃべりを楽しむとかしながら、
2日目のコース変更を存分に楽しんで、別のコースを走っていたんですね。
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だから食べれるところでたくさん食べたし、水分補給もしたし、
結構それが後に効いてきたなと思います。
ここ頑張っちゃった人は、結局リタイヤしてましたね。
頑張った人は、僕の印象ですけども、
シリアスな人ほど、真面目に早く走りたかったとか、
自分の力を試したかったという目的で走りたかった人たちは、
痛い思いというのは、体の感覚的に痛さを抱えながら走り続けたんじゃないのかなと思いますね。
私はこの旅を味わい尽くすという方向だったから、
比較的、痛いけど、その人たちに比べれば、
だいぶ良い感じに足の裏をケアしながら、
最低限のダメージで乗り切れたんじゃないかなと思ってます。
ここはね、候選考による大きな違いが、
選手、参加されている方の一人一人の判断で大きく変わったところだったんじゃないかなと思います。
それでね、2日目ありました。
この2日目が一番僕は辛くて、距離は短いものの、
自分といろんな向き合いをしながら、
選手、他の周りの人たちもいろんなことを考えてたんじゃないですかね。
話す機会も多かったから、他の周りの人たちもね、
こんな風に思いながら走ってるんだなぁとかね、
優しくアドバイスしてくれる人もいればね、
そうでもない人もいるっていうのは、みんな良い人じゃないからね。
人の常だなっていう話だね。
まず2日目が終わりました。
2日目はですね、のんびり走っちゃったんで、
夜に着いたんですね。
7時くらいに、短縮コースとは言うものの、
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短縮した40キロのコースの中で、
38キロから40キロくらいのコースの中に、急遽短縮しちゃったからさ、
エイドステーションも何もないわけ。
しかも食べれる場所も1カ所しか、道の駅1カ所しかなくて、
そこで食うしかないじゃん。
食べて走るんだけど。
それ以外、本当に自動販売機もほとんどなくて、
結構ここが肝でしたね。
ちなみになんですよ、話はちょっと変わるんだけど、
その道の駅っていうところが、
短縮コースの中に1カ所だけあって、
つまりザブザブの大雨の時に、
最後のエイドステーションになった場所から、
短縮コースになって、次のエイドステーションまでの間の
短縮コース40キロの間に道の駅が1カ所だけありますと。
だいたい走り始めて5キロくらいのところかな。
そこの道の駅でも足止めがあって、
そこでも道が塞がってて、
走れるか走れないかみたいな、
そんな噂が流れちゃって、
ここでもメンタル折れちゃった人がいたらしいですね。
ということで、2日目もそんなことがありましたね。
そんなことがありながら、
短縮コースのチェックポイントに入りました。
ここは短縮コースをガチで走り抜いた人と、
ゆっくり走っていった人の時間差がだいぶ生まれた場所でして、
私はゆっくり走った派なんで、結構遅く入ったんですね。
夜の7時にそこの場所に着いて、
3時間くらい寝てから、
お風呂に入って3時間くらい寝て走っちゃおうと思ってたんですけど、
みんないびきかいたりとかガサガサガサガサしながら横になってるから全然寝れなくて、
結局1時間半くらいしか寝ない状態で、
3日目に突入ということですね。
ここまでの間、初日から合計睡眠時間が1時間40分くらいしか寝てなくて、
そこでスタートするんだけど、
この後がすごく大変で、やっぱり食べたら眠くなる。
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眠くなったら前に進まないっていうような状態が続くんですね。
まずその日、3日目の朝がそんな状態。
明け方がね。
深夜もそうでしたし。
どんどんどんどんね、自分の体が休みたいっていう信号を送ってるんでしょうね。
だからもうね、全く食べ…
でも食べないと動けなくなっちゃうから。
食べたい。
食べると眠くなっちゃって前に進まない。
前に進まないとゴールできないみたいな感じがぐるぐるぐるぐる回って。
そのうちね、今回発見したんですけど、
眠くなるって脳の中のスイッチがオフになりたがってるから、
オフになるタイミングってアドレナリンとか全く出てないから、
脚の痛みとかいろんな箇所に不具合が生じてるんだけど、
その痛さが倍増してくるんだよね。
ほらほら痛いよ痛いよ。
寝て休んだ方がいいんじゃない?みたいな感じで、
脳が信号を送ってくるんですよ。
なんか豆痛いなとか、膝痛いなとか、肩痛いな、頭痛いな、腰痛いな、張ってるなとか、
そんな風にすごく痛みを感じるようになってきて、
やばいな、このままいったらゴールできないな、みたいに思ってたのが3日目の朝でしたね。
3日目突入しまして、3日目の朝はあるタイミングで復活するんですけど、
それがインスタグラムのストーリー図にもあげましたけど、豆を潰した瞬間ですね。
あれ地味な作業ですけど、豆が痛いんですね。
豆ができた状態で歩くと痛いじゃないですか。
その状態で走り続けるともっと痛いんですよね。
そんなこと普通やらないから、
僕は普段は豆ができたら潰さないで、豆を潰さないように生活するタイプなんですけど、
豆ができて痛いなって歯を食いしばって走ってたら、
歯を食いしばってフーフー言いながら走ってたから、
近くにいた人が、胃腸トラブルですか?みたいに聞いてきて、
いや足が痛くて豆なんですよって話をしたら、
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豆だったら潰して絆創膏を貼った方がいいですよみたいなことを言われて、
まずそれを試すんですけど、試したけど痛いんですよね。
痛みの種類が違うだけで、豆のまま走るか潰して走るかは、
痛みは違えど痛いんだなぁみたいなところが分かって、
その時にこれがあれかなぁみたいな、
痛みはみんな一緒で、辛さは自分次第みたいな、
どっかの名言がありましたけど、それかぁと思ってね。
そこで気がつきましたね。
受け入れるしかないなぁみたいな感じで。
その辺りから痛い状態でやるしかねぇなぁみたいな、
ちょっと踏ん切れて、豆の処置をして、それで走り続けるということがあって、
目が覚めるというか、眠気が一山二山越えて、
なんとかまともになり始めたという感じなんですよね。
その後、知り合いも応援に来てくれて話をしてくれるんだけど、
本当にね、眠気って人と話したりとか、
痛さの体験をするとかってことをやってると、
一山越えちゃうんですよね。
一山越えると意外と動ける。本当マジで。
だから良かったですよ。
おおむね眠気対策にもなったし、豆を割るみたいなことはね。
だから期待が外れちゃったっていうのが良かったかもしれないですね。
痛みから解放してもらおうと思ったら、やっぱり痛かったみたいな。
で、どうすんの?みたいなところが自分の中にあったのが良かったのかなっていうね。
で、最終日3日目ね。
朝、眠気と戦いながら走り始めて、
で、まず3日目はざっくり80キロぐらいですかね、走って。
最後の方ね、結構余裕かなと思って、
私このまま行ったら全部歩いてもゴールできるなって思ってたんですけど、
意外と歩いてたら足も痛いし疲れてるし、このままだと間に合わないなっていう状態になってきて、
最後30キロぐらいでブーストかけなきゃヤバいみたいな感じになりまして、
カフェイン剤とあとは痛み止めを飲んで走りました。
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この時にね、思ったんですけど、声をかけられたんですよね、ある知り合いに。
痛いし眠いって話になった時にね、
カフェイン飲んだ?って、いや飲んでないですって。
じゃあ痛み止めは?って、いやまだ飲んでないですって。
塚田くん、今でしょ飲むのはって言われて、準備はいいよと。
準備はいいが、やっぱ飲む時飲まなきゃって。
ここ躊躇しちゃダメよみたいなこと言われて。
ああそうだよなと思って。
それよくやるタイプだな俺って思って、準備はするが躊躇するっていうところがね、
自分らしさをまさに表す的確な一言だったなって思ったんですよね。
それで躊躇うことなく1秒でも早く飲めって言われたから、
すぐその場で言われた通りに飲んで。
そしたらね、やっぱり10分ぐらいすると薬が効いてきて、脳が覚醒状態になってね。
足の痛みも減って、すごくポジティブになれるんですね。
眠気とかがなくなるとね。
副交換神経が加減を潜めて、交換神経プラス興奮状態になるっていうことでかなり走れましたね。
最後のチェックポイントまで行って、
これで間違いなくゴールできるなと思ってからは徒歩で最後の距離を味わいながらゴールすると。
最後の3キロくらいかな、そこはきちんと走ったけどね。
そんな感じでゴールしたということでございました。
ちょっとね長い話でしたけど、だいぶ長いよね。
長いんですけど、そうして今回の旅の話はですね、楽しかったです。
一番良かったのは、想定外のことがたくさん自分の身の回りに起きて、
その時自分はどう思ったかどう感じたかって本当にありましたよね。
その時ゴールできないかもみたいな、やばいかもって時には馬鹿力みたいなところが出てくるし、
そのきっかけを作るのが自分だったり他人だったりってことになるんだけど、
それを振り返る度に自分は結構恵まれてるなって思いましたね。
あと最後自分を振り立たせる時に出てくるのって、これまでの経験もそうなんですけど、
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どんな本を読んだとか、知識とか、誰かの言葉だったりするんですよね。
過去に支えてくれた人の言葉だったりとか、出会いだったりとか、
あの人だったらどうするのかなとかね。
矢沢ならどうするじゃないけど、冷静な時の司ならどうするんだろうかみたいなこととか思っちゃいましたね。
だから今回非常に充実した旅だったけれども、いろんな経験学びもありました。
最後支えるのは自分だなってことも分かったし。
最後もう一つ思うのは、この放送を聞いてくださっている方も含めて、
Instagramのストーリーズで今まで走っている姿とかあげてきましたけど、
皆さんすごく応援してくれて、僕Instagramの投稿にはあまりしなかったんだよね。
ストーリーズだけにあげていったんですよね。消えていくようなところだけにあげていった。
そのストーリーズを見て、DMくれたりとか応援メッセージくれたりとかして、
すごい励みになりました。本当にありがとうございました。
また来年は同じようなレース、もしかしたら年内やるかもしれないけど、やらないか。
さすがにダメージが大きいし、日にちがあまりいっぱい取れないんでね。
サラリーマンとしてはね。やらないかもしれないけどね。
やる時にはまた事前に皆さんに共有しながら、楽しく味わい尽くしたいなと思っておりますので、
またその時にはよろしくお願いいたします。
今日も最後まで聞いてくださってありがとうございました。
明日からは通常放送で行きたいと思っておりますので、皆さん明日からもよろしくお願いします。
それではまた明日お会いしましょう。さよなら。バイバイ。