1. 燕のひとりごトーク
  2. なぜ「やろうと思えばできるこ..
なぜ「やろうと思えばできること」に、ブレーキがかかるのか♯002
2026-04-02 16:26

なぜ「やろうと思えばできること」に、ブレーキがかかるのか♯002

燕
Host

2回目の収録。ずっとできなかったわけじゃない。でも、やろうと思ってもなかなか動けなかった。その感覚の正体を探ってみたという話です。

自分の純粋な動きを邪魔していたのは、無意識にかけていた「思い込み」という眼鏡。その眼鏡越しだと視界が歪んでしまって、本来の自分らしい一歩が踏み出せなくなる。

父とのエピソードをきっかけに、自分の内側にあるその「邪魔な思い込み」を一つずつ手放してみる。

誰かの正解じゃなく、自分自身の経験として腑に落ちた「眼鏡の外し方」。動けなかった時間すらも、自分をニュートラルに戻すために必要なプロセスだったんだと、今は思う。

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:00
つばめのひとりごトーク
どうもみなさん、つばめです。
さて、今2回目の放送の録音をしているんですが、
正直、なんというか、全然やる気が起きなかったんですよね、この録音に対して。
なんでこんなにやる気が出ないんだろうって思ったんですけど、
それをほとんど、どんどん、なんでやる気が出ないんだろうって突き詰めて、
すごい突拍子もない話なんですけど、
私、幸せじゃないかもしれないっていうのが出てきまして、
私自身も、そんなところにつながるっていうのは正直思ったんですけど、
流れで言うならば、最初なんかやる気出ない、なんでだろうって思って、
これもしかして直接的にお金になることじゃないから、やる気出ないのかなって思ったんですよ。
そこからじゃあ、なんでお金にならなきゃやる気出ないって思ったんだろうっていうのを考えて、
そしたらやっぱり、お金にならないことというよりは、
お金のことを考えていることそのものが、自分にとって良くないことだ、
みたいな思い込みがあるなっていうところに気づいて、
それに気づいた理由は、結局うちの両親が、
お金がないから揉めてたわけでも、実際はないんですけど、
お金の話をすることそのものがタブーみたいな雰囲気がなんとなくあって、
俺は稼いでるのに、みたいなテンプレ的なことを言う父親でもあったし、
逆にその後ちょっと体調を崩して仕事ができなくなってしまったんですけど、
そしたら、お金を稼げていない俺は家族にとって役に立たない存在だ、
みたいなことを言い出したりとか、
結局お金というものそのものに関わることが不幸になること、
考えちゃいけないことだ、というふうに実は私は思ってたんだなと思って、
でも結局生きていくためにお金は必要なんですけど、
それを考えることそのものが私にとっては幸せじゃないというか、
不幸に近づくことなんだなって思い込んでたっていうことにふと気がついたんですよね。
今まで仕事をするとかって時に、すごいコスパだったりタイパを気にしてる自分がいて、
フリーランスでいろいろやってる部分もあるの。
これをすれば1ヶ月そこにいればこれだけもらえるみたいな働き方ではないからこそ、
余計にこの案件はこのぐらいの時間でできるからっていうのを考えなきゃいけない部分は大きくて、
余計にそういう仕事を自分が選んでることにもびっくりしてたんですけど、それに気づいた後。
03:04
でもお金のことを話題にすることが良くないことって思い込んでる時点で、
むしろそこをすごく意識してる。
お金っていうものを考えちゃいけないって考えてる時点で考えちゃってるんですよね。
っていうことに、昨日ふと気づきまして。
だからお金にならないことはやらないみたいなのって、こういうとこから来てたのかもしれないと。
それに気づいた後、なんかふと私幸せになりたかったんだなって思って。
なんなら今は幸せじゃないって思ってたんだっていうことが出てきて。
それは何やっても楽しくないよねっていう。
幸せじゃない今の私が思いつくことって、それは幸せじゃない前提だから。
これをしたいって思っても、じゃあそれが幸せな未来につながるっていう、
なんていうか、想像がつかないんだなって思って。
そこに気がつけたからこそ、
そっか、じゃあ幸せじゃないわけじゃないなっていうふうに、
切り替えればいいんだって思ったんですよね。
改めて思い込みって怖いなって思いました。
きっと思い込みなんか山ほど持ってるし、色眼鏡で見てるものってたくさんあると思うんですけど、
でもそのせいで見えなくなってるものだったり、前提条件が変わってきたりすることってすっごいたくさんあって、
改めてそれを外すだけで、同じ人生なんですけど、
同じ昨日と今日と同じ場所にいても、なんか見え方が違うみたいなことが結構あって。
私、接客業をするタイミングもあるんですけど、
もともと父が結構話をまっすぐ受け止めてくれないタイプの人で、
というよりは父が持ってる正解を私が見つけなきゃいけない。
何かで怒られた時に、何でこんなことしたんだ、次どうするんだって言われるんですけど、
私が自分で考えて、こういう理由でこういうことをしてしまった、
だから次からこういうところを気をつけるって言ったとしても、
父は父が思う正解を言わないといけないっていうタイプだったんですよね。
いやそれは違うみたいな。
違うって言われてもって、今なら思うんですけど、
それは父の中にあるこういう理由で次こうするっていう答えがあるんですよね、父の中に。
それを当てるクイズみたいに結局なってて、
それが結構幼少期、本当に保育園。保育園はいいすぎかな。
06:04
小学生ぐらいの時から繰り返されてきている中で、
私が考えて話すことって意味ないんだとか、
私の話はそもそも誰も聞いてくれないんだなっていう前提条件がすり込まれてしまってて、
だから相手が求めている答えだったり、
欲しい言葉だったりを一生懸命探すっていう癖が結局ついてたんですよね。
ここに気づくまでは、父と似たようなタイプの人だったり、
自分が話を聞いてもらえなかった経験のあるようなタイプの人が目の前に現れると、
もう防御反応みたいな感じでオートマチックに話をしなくなるんですよね、私が。
怖くなって。
普段だったらこういうふうに喋るみたいな接客の方があったりするんですけど、
それができなくなる。
そのタイプの人が来ると。
でも、だから私この人たちに怖がってたんだって気づいてからは普通にできるようになったんですけど、
その思い込みがあるって気づかなかったら、
一生その人たちと仲良くもなれないし、避けるしか方法はなくて。
避けても結局お客さんだから、また同じようなタイプが来た時に同じような反応をしてしまうんですよね。
それがこの人が悪いって一生思い続けてたら、ずっと結局同じことが繰り返されるんですよね。
不思議と。
なんか自分にとっての結局、課題っていうかハードルっていうか壁の一つとして、
そこにずっと残り続けるから、結局それを無視し続けている状態になってしまうんだなっていうのを改めて思って。
でもクリアさえしてしまえば、その根本の原因をね、私の場合は父だったりっていうことだったんですけど、
その根本的な部分を理解してクリアしちゃえば、同じ人が来ても課題というかハードルに感じないんですよね。
だからあれ、そういえば最近あのタイプの人来ないなって思ってたんですけど、
後から思うと、いや同じタイプの人来てるけど、自分が気になってなかっただけだなっていうことに気づいて、
思い込みって怖いって思う反面、
でも逆に言うとそこの根本の部分をクリアしちゃえば、どんどん世の中行きやすくなっていくなっていうのも思ったんですよね。
今回この今2回目が無事録音できているのも、そもそも撮りたくない、めんどくさいって思って、
09:05
それをしんどいからとか、天気悪いからとか、感傷しんどいからとかっていう何か別の理由だったり、他のもののせいにする。
例えばさっきの話だったらお客さんだったり、その人、自分以外のもののせいにしてしまえば楽なんですけど、
でも一生同じことが起き続けるから、実は楽じゃないんですよね。
やりたいことができないし、私はこの録音したいって思ってるけど、でも一歩が出ないみたいなことが起き続けてしまうと、
結局自分がやりたいことができなくなっちゃったり、もういいやってなっちゃう。
なんかすごい選択肢が狭まってて、嫌だなって改めて思って。
結局思い込みって本当によくフィルターがとか色眼鏡がみたいな表現されることがあると思うんですけど、バイアスかかってるとかね。
なんか私がやっぱ思うのって、どんどん狭い、細くにしか見えない眼鏡をかけてるみたいなイメージ?
どんどんどんどんなんか視野が狭くなっていくというか、選択肢の中から、だってそうですよね、しんどいからやりたくないことがあったとして、
そのしんどさの原因を取り除かなければ一生しんどい。
ってことはそのしんどいって思うことをできなくなる。
ってことはやっぱり結局選択肢が狭まるっていう結果になるし、なんかそれって私は嫌だなーって思ったからこそ、
じゃあどうやってそこにどんな思い込みが隠れてて、その思い込みをするに至った原因だったり、
もともとのなんかトラウマになった、ある種トラウマですよね。
トラウマになった出来事だったり、感情、嫌だった、悲しかった、悔しかった、みたいな、寂しかったとか、
なんかそういうものを見つける作業をすると、案外理解すると結構すっきりして、
じゃあこれは父が悪い、父がそういうことを幼い私にしたからだって、
もう父のせいにしてしまうことはすごく簡単なんだけど、でもそうすると何の解決にもならなくて。
自分は父のそういう態度やったり、そういう言葉を受け止めてたんだなっていう話なんですよね、これって。
面白くて。父がじゃあどういう言動をしようが、私がどう受け止めるかっていうだけの問題だから、
父は正直関係ないっちゃ関係ないんですよね。結局それを父のせいだったり、
まあ母のせいだったり、わかんないです、周りの大人だったり、社会だったり、
自分以外のものの原因にすり替えちゃうと一生解決しない。それも無駄だなって思うし、
12:09
もちろん、もう今目の前でそういうことが起こっている時に、私は悪くないって思うのは当然だと思うんですよね。
だってしんどいし、当時の幼い私はもうすごく嫌だったし、悲しかったし、しんどかったし、苦しかったし、
私の話聞いてよって本当に思ってた。何でこの人はそんな自分勝手なことばっかり言うんだろうって結構最近まで思ってた。
父が悪いって。でもそれじゃあ何の解決にもならないし、何なら父に振り回されてて、むしろムカつくなって、今なら思うんですけど、
もったいないことしてたなぐらい。父のせいにすることによって、むしろ父に振り回されてるなあっていうか、
それも別に父が悪いわけじゃないんですけどね。本当にだから、そこに100円があって、
100円しかないって思うのか、100円もあるって思うのか、100円があるってまず受け止めるのか。
そこからかなって思ってて。結局100円もあった、嬉しいって思えば嬉しいだけだし、
100円しかないって思えばなんか嫌だなあって気持ちになるし、
まずは100円がそこにあるっていう事実を一旦、事実だけとして受け入れて、その後に続く感情の部分に関しては、
結局人それぞれ、そこまでの人生経験だったり、見てきたもの、感じてきたもの、体験してきたもので変わるからこそ、
どうとでも変えられるんだなっていうのを思った、自分の経験としてね。
だからどんだけ辛いことがあったり、悲しいことがあっても、それを辛いと感じてるのはあくまで自分の問題?
問題って言い方も良くないね。あくまで自分の感情、悲しいって感じるのも自分の感情だから、
それをどう受け止めるかっていうのは、むしろある意味自分なら変えられるんだなって。
他人の言動は変えられないけど、自分の感じ方は変えられるんだなって思ったんですよね。
今日何の話しようかなって思ってて、でも素直にこれは録音する気にならなかったんだよなって話をするのが、
すごいリアルかなと思ったから、今この話をしてるんだけど。
これを聞く人がどれだけいるかわからないけど、でも自分がまず録音するのめんどくさい、
嫌だなって思ってるっていうことを一旦受け入れる。
そこからじゃあそれはどうしてなんだろうって深掘りしていく。
15:00
結構しんどい作業だけど、自分自身の感じ方とか感情とかっていうものを深掘りしていくと、
意外なところにその原因が隠れてたりするっていうのが私は楽しくて、
面白いなあ、人間って不思議だなあって思うんですよね。
人間っていうか人間の脳?感情?記憶?わかんないけど。
そういうもので今の自分って出来上がってんだなあって改めて思ったっていう出来事でした。
私自身興味があるもの、人間ってすごい面白いなと思ってて。
他の動物に詳しい専門家っていうわけではないから、
他にもいるよって言われたらそうかもしれないんだけど、
元々人間っていう生き物に興味があって、その理由もいっぱいいろいろあるんだけど、
それを話し出すと長くなるので、
次回は私が人間に興味を持ったっていう話をちょっと喋ってみたいなと思います。
というところで今日はこのあたりです。
マイクの接続を間違えてるので音があんまり良くないですが、申し訳ございません。
では。
16:26

コメント

スクロール