抵抗不読の考察
おはようございます。オドリバというチャンネルをお届けしております。とうふやと申します。
このチャンネルでは、仕事や暮らしのことにちょっと疑問を感じたときに、
お伝え談のオドリバのようなところで立ち止まって、これからのことを考えてみる時間をお届けするということで、
そのきっかけになればと思ってこの放送をお届けしております。
今日はまた久しぶりに配信になります。
2週間ほど前にフルエンドになり、1週間後ぐらい経ってから1回配信してみたんですけども、
喋ると咳が出て、なかなか喋りづらいので、もう1週間お休みしようと思ってお休みしました。
そして、今日また久しぶりの放送ということで、初っ端から咳を出してますけども、
あんまりあげても面白くなってしまうかもしれないので、ここらで一つで配信しました。
今日はどういうテーマ?
抵抗不読。
抵抗不読というと、私自給自足ラボというブログを運営してるんですけども、
抵抗不読もなんとなく似たようなイメージ。
晴れた日には畑を耕して、雨の日には本を読んで、今で言えばパソコンで何かしたり、
もしかしたらサブスクで家牛してる映画を見たり、
そういう悠々知的というスローライフ、そういう暮らし方になるんだろうなと思って、
そういう暮らし方は私自身すごく憧れを感じているところなんですけども、
そういう方多いと思うんですけども、
抵抗不読という言葉のことを少し考えてみました。
言葉のことなので、早速辞書を聞いて、
ウェブ上で辞書を調べてみると、
晴れた日には畑を耕し、雨の日には家に込めて、読書をすること、悠々知的な生活を送ること、
というふうにデジタルライフ。
思った通りの意味。
そういうことですね。
じゃあそういう言葉っていつぐらいから出始めたんだろう。語源はどうなってるんだろう。
ということを少し調べてみました。
すると、私は全然知らないんですけども、
明治時代の漢文の学者さんとか小説家とか歌人の人が、
いろんな小説に書かれた言葉の中に抵抗不読という言葉があるんです。
明治時代ぐらいに出てきました。
抵抗不読という江戸時代のもともと昔の言葉ではないということです。
昔の暮らし方がまさに抵抗不読になりました。
昔からある暮らし方の言葉として、もともと古い時代からあるのかなと思ったんですけど、
どうもそうではないようなことが分かって、
そう思うと、もし思いを巡らしてみると、
明治時代より昔というのは、
抵抗不読の暮らし方が当たり前、ストローライフが当たり前ということだったのかなというふうに想像しました。
なので、明治時代以降、近代というような時代になると、
暮らしの意味
そういう昔の暮らし方に憧れる人が増えてきて、
抵抗不読という言葉が出てきたのかなというふうに感じて、
日々の暮らしに余裕がなくなると、慌ただしい生活から逃れたい。
あとは成功不読の、いわゆる四字熟語なんですけども、
四字熟語ということで調べてみると、また違う使い方というか解説が出てきまして、
三国志に出てくる孔明さんの話がありまして、
孔明さんは、劉備という人に参考の例に迎えられる、
一緒にやってくれというふうにお誘いを受ける前というのは、
いわゆる成功不読のような生活をしてたんだと。
本を読んで知識を蓄えたり、
これから大きなことをするための準備をしてたんだというふうなことがあります。
こう聞くと、自主の正義だと退職した後の悠々自的な生活というようなイメージに出てくるんですけど、
今から大きなことをするための準備をしているということで、
老後というよりも学生時代、勉強して体力を作っていく。
クラシブではなんとなく似てるんですけど、そもそもステージがみんな違う。
そんな言葉の意味もあるのかということを、
他にもいろいろ定義がある。定義というか捉え方がある。
前語。前の言葉としての前語としての定義語。定義というかそういう位置づけもあるみたいで、
それによると、晴れとか雨とかっていうのは天気のことではなくて、
例えば気持ちの状態。気持ちが晴れてる。気持ちが雨が降ってる。
そういうように捉えて、気持ちが晴れてる時は外で働いて、
気持ちが雨の時には自分の心を読みながら言ったりするか、
気持ちが晴れない時には無理をしないよというふうな意味もあるみたいです。
それとか気持ちではなくて、自分の周りの環境、
自分の置かれた立場が良い時、晴れてる時にはしっかり働いて生活の糧ももらうと。
でも立場が恵まれない、そういう時でも気力にならずに目の前のできることをやる。
無理をせずに自分のできることをやるということで、
置かれた状況でできることをしましょうというふうな意味もあるみたいです。
ということで、成功読の辞書の定義から、四字熟語の前後としての考えから、
いろんな捉え方があるんだなというふうに思いました。
なんとなく成功読は暮らしぶりのスローライフのイメージなんですけれども、
結構幅広い意味があるんだなということを感じたところでした。
私はどうかというと、やっぱりスローライフがいいなと思ってますけれども、
せっかくこういうことも知れたので、スローライフのイメージも持ちながら、
気持ちとか自分の置かれた状況も考えて無理せずに生きていくという意味もプラスして、
人間らしく生きるというふうなちょっと広い意味で捉えていきたいなと感じたところでした。
インフルエンザから2週間経ったのでもう喋れるかなと思ったら、
喋りにくいですね、咳が出て聞き苦しいと思いますけれども、このまま配信しようと思います。
あまりに咳こんだところはカットしますけど、すみません、聞き苦しいと思いますけれども、
今日は以上になります。ありがとうございました。失礼いたします。