00:00
どうしよう。 ダメだよ。
こんにちは。 なんか最近思った霊視ってこういうことかなーみたいなことをちょっと話して、ちょっと頭の整理をしようと思ってチャンネルつけました。
なんか人によって、感じるとか見えるとか、いろいろあると思うんですよね。
で、その感覚を信じるからこそ、その感覚にいさせてあげられる。
当たり前のものとして見てあげるっていうことができて、存在を認めてあげて、
あるとして、あるものっていうことで、
定義付けることで、そこに
見えたものが存在できているのかなーっていう気がしていて、
ということは、なんか最近霊視の人増えているんじゃないかっていう話を、以前他の方とお話ししたときに、
そういうお話になったときに、なんでだろうなーって思ったんですけど、もしかしたら
多様性とか、なんかいろんな人がいてもいいよねっていう感覚がちょっと世間的になってきてるからこそ、みんな自分の感覚を信じられるようになってきて、
あれって、なんか今ちょっとこういう感覚があったなとか、こんなものが見えた気がするっていう感じが出たときに、それを信じられるようになって、
それが感覚として使えるようになって、っていう人が増えているのではないかっていうふうに、
あ、つむぎんさんこんにちは、昨日はお邪魔しました。
昨日、あ、今日じゃない、静かにね、私が思う、なんで霊視、
霊視ってなんだろうっていうことについて話しています。
つむぎんさんも、きっとカード引いたりとかすると、感覚でいろいろなるっていうのがあると思うんですけど、そういうのって、
どっからどこが霊視で、どっからどこまでが、ありますよね、なんかああいうのって、
あ、じゃあ友さん霊視ですねって言われたりするときあるけど、それは名付けるとそうなるのか、みたいに感じることがあって、
あれはどっから来てるんだろうな、自分の勘違いかもしれないっていうふうにして、勘違いだとしたら、
見ないようにして、なかったことにする、感じないっていう、目を閉じる方向に向かっていくかなっていうのも思っていて、
で、一方に、そういう感覚が当たり前のようにあって、別に特別じゃなくてあるよねって、
03:08
あ、すむぎんさん、シャッフルしていて、今のは邪気があるからシャッフルし、いやーありますよね、私もある、ちょっと気が散っている時とか、ありますよね、そういうの。
それを、何だろう、勘違い、機能性、変なこと言うなっていうふうに言われがちだったのが、前の時代はそういう見えないものはないとされがちですが、
そう、私も理由はわからないのよ、すむぎんさん一緒、でもなんか感覚としてっていうのがありますよね。
それを信じていくからこそ、直感的なものがうまく使えるようになっていくのかなって思うし、
それが当たり前っていう人同士で話していると、あ、感じたから普通にあるとしていい、カウントしていいんだなって思うようになってきて、
理由がわからないけれど、私はそう感じたという事実があるっていうのをみんなが当たり前に思っていい、自分に許可出せるようになれば、
結構みんなの冷静が上がっていくっていうのかな、ちょっと私も手探りなんですけど、そういうものなのではないかなと。
悪い方向に進むと失敗したり、あ、進む道間違えているんだって言いながら感じたり、そうそう、そうなんですよね。
それをうまく説明できなくて、しかも変に思われそうとかで閉じちゃうと、無きものになっていく。
あーっていう風に感じて、どう整理していいんだろうっていうのを思って、スタイフ開きました。
ここでお話できてよかったな。
そう、感じたり気づいたり閃いたり理由はわからないわ。そうなのよね。
やっぱりわかんないけど、誰しもきっとある。だけどわかんないし、人に話しても、ちょっとふわふわしててよくわからないってなりがちだから話せない。
っていうので聞いていくのかなって感じております。ちょっと取り留めのないお話なんですけどね。
日々自分の中にある感覚を大切にしていく。そんなのはないってパシンって消してるのではなく、見ていくっていうことが一人一人直感とか、霊的力って言うと怪しいっていうのも私の思い込みかな。
06:06
霊感って言葉を変えると、第六感って言うと皆様受け入れやすいかな。
第六感、いろいろ言葉を選べばいいんですよね。
第六感を開くためにも、別に開きたいってわけじゃないけど、本当は感じているものを無きものにして過ごすっていうのはすごく違和感がある。
あ、つむぎさんありがとうございます。来てくださって。またぜひ来てください。
霊感じゃなくて第六感っていう言い方にするとして、
これは何と言えばいいかな。さっきから同じことばっかり言ってるな。
これはまともな内容っていう感じはしないけど。
本当はみんな第六感、霊感があるっていうのはよく言われていることであって、
今まではみんながみんな同じような教育を、同じことを思っているとか、
そんなに個性がない方がいいとされる教育があったから、
きっとそれによって第六感は使われにくくなっているんじゃないか。霊感は無きものになっていたのではないだろうかって私は思っていて、
ただ一人一人が個性を出してもいいだとか感じたものを信じていいっていう世界観を持っていくことで、
自分の中の第六感、直感を信じるようになってくると、それが感覚研ぎ澄まされて、
霊感だったり、チャンネルリングだったり、第六感だっていろんな言い方がありますけど、
そういったものが使えるようになってきているのではないかと思っているというところですね。
何回も同じことを言いながら言葉を整理していますが、もし何か気になることとか、私はこう思うよとか、
自分も頭整理したいとかあれば、ぜひコメントください。
では終わっていきます。失礼します。