目からウロコの理科ラジオ
めかラジオ
こんにちは、目からウロコの理科ラジオ、通称めかラジオをお送りします。
パーソナリティは、夏休みの宿題は一応終わらせたと思うカリウムと
夏休みの宿題は、ちゃんと最終日に着手して終わらせるタイプの日野英姫と
夏休みの宿題は、7月中に終わらせるタイプのけいです。
よろしくお願いします。
このラジオは、理系の話題が好きな人が集まるオンラインコミュニティ
理系トークラボの3人が、身近にある科学、科学の時事ネタ、歴史書の出来事を
科学で読み解いたいする番組です。
ということで今回は、夏休みの宿題どうしてたっていう話を
まず最初にみんなで喋ってみたいと思います。
けいさん、早いですね。7月中に全部終わらせちゃうんですか?
僕はもう7月中に終わらせますね。
8月は、ゆうゆうに遊ぶタイプ?
そうですね。8月はもう部活一筋で。
そうやっておきたいとは思うんだけど、ちょっとまで来なかった私でございます。
一応ね、終わらせたとは思うんですけれども、
いつから始めてどのぐらいで終わってたかという記憶はもう定かではございません。
けいさんは最終日に頑張るタイプ?
そうですね。正確に言うとさすがに2、3日前からやるんですけど、
それまでは一切手付けてないですね。
その間、終わらせてないな、終わらせてないなってソワソワしちゃったりしません?
そうですよ。やらないとな、あと半月だな、あと1週間だな、あと2日やばいな、やるか、みたいな感じでやってましたね。
なんとなくカツオくんかなとか思ってしまいましたけど。
多分そういう感じですね。
でもカツオは家族が手伝ってくれるから、そういう家庭とは限りませんからね、全国の小学生、中学生の皆さん。
そうですね。
なんとかやらないといけないなっていうところで。
さすがに最終日はなんとか終わってたと思うんだけど、うーんっていう感じで。
今、絶賛夏休みの宿題をやっているうちの娘ですが、工作系がまだ全然終わってなくて。
お盆休み中は親がずっと家にいるから、なんとかその辺を終わらせようと思っているんですけども。
なんか調べてみたらね、画用紙と絵版紙がなくちゃいけないんですけどね、絵版紙なかった。
よくよく見たら画用紙もなかった。
なんで今日は終了後終わった後、ちょっと近くのアピザで買いに行こうかなと思っております。
前に画用紙買ったはずは全部使い切っちゃったんだよなーっていう。
絵版紙の代わりに書き初め用紙はありました。
上の子供の時の余りですね、たぶん。
見た感じではそんなに一つ一つに時間かからないんですよ、たぶん。
なんか一つはね、科学的なやつで、コマなんですけども、白と黒の模様を塗り分けたコマを作って、
それを回すと黒と白じゃなくて色が変わるってやつだと思うんですけど、たぶん。
それを作りましょうってことが書いてありました。
まあこのぐらいだったらなんとかなるだろうと思ってます。
あとは書道がやんなきゃいけないのが1ページあるんで、
子供はあんまし書道そんな好きじゃないっていうか、
書道って好きな小学生いるのって習ってない人でっていうふうに思ってますけどね。
書道お好きでしたか?ひえさんとけいさんは。
いや、全くですね。
ちなみに書道って炭吸ってました?牧獣でよかったタイプどっちでした?
両方使ってたかな?
吸って、牧獣もありましたね。両方使ってたかな?
なんかね、上の子供、今もう二十歳ですけども、
10年前とかに学校で書いて言われたすずりが、
すずりのような形をしてて、実際には石じゃなくてプラスチックみたいなやつで、
そこに牧獣を用意して、筆で吸った後にすずりみたいな形のやつで整えて、
それで書くっていうタイプだったんで、
すずりなんていらないんだって、すずりは形ばっかりして炭がいらなくていいんだとか思って、
炭を吸ってる時間が好きだっていう人もいますけどね、なかなかね。
そうで、終わった後の筆をちゃんと片付けるのも、
毎度毎度ちゃんと水で洗うのは良くないって話もあったりしますけども、
どれが正解?ちょっとよくわからない。
少なくとも洗ったらその後流しもちゃんと洗わないとしっかり跡が残るんだっていう。
親目線でそういう風なことを考えちゃったりしますけども。
そんな感じで夏休みトーク、まずは最初はジョブをやってみました。
そんな3人がお送りする今回の目倉寺もぜひ最後までお楽しみください。
今回は教育系ポッドキャストの日の企画に参加します。
テーマは宿題。
この教育系ポッドキャストの日はデジタル時代の国語教育を語ろうの笠原さとるさんが
北京に毎月24のあたりにやっているようなんですけども、
一つの共通テーマに沿って参加番組が語っていくというオンラインイベントです。
笠原さとるさんの方のツイッターのアカウントについては概要欄に載っています。
載せておきます。
面白かったらぜひツイッターXなどでハッシュタグ教育系ポッドキャストの日をつけてご感想を投稿してください。
皆さんのコメントで教育系ポッドキャストを取り上げていきましょう。
今回の第3回教育系ポッドキャストの日、8月24から8月30日の間に公開されます。
共通テーマは宿題。
8月下旬といえば宿題が気になる季節ということで、子どもの頃に泣きそうになりながら終わらせた思い出、
もしくは大人になった今、自分へ貸して楽しんでいる探求、こだわりについて広く募集しますということです。
今回の収録の会は8月24日に公開なんですが、この時期の宿題といえば、まずは夏休みの宿題かなというところで、
まず私カディウムの夏休みの宿題の話をもうちょっと深盛りというか、一部のところでやってみたいかなと思うんですけれども、
自分の子ども時代で言ったらもう40年前とかになっちゃうんで、記憶が曖昧ですけれども、それでも覚えていることといったら読書感想文かなというところなんですよ。
くれすめられるやつだわ。
本当に読書感想文ってめんどくさいんですよねというところで、特に小学生はめんどくさいなというふうなところがあります。
本が読むのが楽しい人と読むのがめんどくさい人っているので、読むのが好きだからといって、学年相応の本が好きかどうかというのはまた別じゃないですか。
ということで、ただ読書感想文を書けてもらえたら一応自分の学年相応の本を選んでこなくちゃいけなくて、ちゃんと読み終わらせた上で書くということでね。
つまらなかったら他の本を選んでもいいんですけれどもね、なかなかいい本というか、いい本って全体的に言われている本はあるかもしれませんが、自分が読めるという意味の良い本でめぐり合うの難しいよなというところであります。
一応ね、推薦図書というのが毎年、低学年、中学年、高学年用の本でこれを推薦図書にしますよなんていうシールがペタッと貼ってあったりするんですけれども、あのシールに書いてある妖精がなんか怖かったような記憶がございます。
今もそのシール貼ってあるようですね、多分。角の生えた妖精がラッパーみたいなの吹いてて座っているってそういう絵ですけれども。
よかった気がしますね。
ねえ、なんでこんなもんつけてるのかって言われがちともわからないんだけれども。
で、読書感想本の書き方っていうのは小学校で多分教科書で載ってたんじゃないかなと思うのが、本のあらすじと時々感想を入れるっていうやり方でしたね。
なんか文章の中の半分ぐらいはあらすじだったような感じなんですよ、私の記憶では。
だからちゃんとその本読みながら何が書いてあったかってメモを取っていかないといかんっていうね、割とたくさんメモを取っておかないと書けないじゃんっていう感じだったんですけども。
ただ今現在ね、小学生の子供がいるんですけども、その夏休みの日誌っていうのがありまして、これね、愛知県内の小学生に配布されている長期休業中の学習帳っていうやつなんですけども、夏休みの日誌。
だから冬休みにもそういうやつ出るんですよ。
で、そこに読書感想部の方はこういうのですよっていうのが今年書いてあったんで、それ読んでみるとあらすじは2、3割でいいと。
で、本に関連する自分の経験とか主人公のように何々がしたいというような感想を8割書けばよいと。
まあそのほうが断然書きやすいと思いますよ、私も。
本を読んで、特にここのところが良かったっていうのだけは言っといて、あとそれに似たような私はこういうことやってみてどうだったっていうようながあったんですね。
で、その日誌に今回書いてあったのが、主人公は石とか化石とかが好きっていうのがテーマで、探す楽しさとか調べる面白さっていうようなことが書いてある本だったようです。
で、それに対してどういう読書感想部を書くかというと、私の場合はスポーツの何とかが好きです。
どういうことするのが楽しくて、良い成績が取れると嬉しいし褒められるのがいいなっていうようなことをそこに入れていくような感じの読書感想文でしたね。
お二人どうでした?読書感想文、どんな感じだったかっていうのは。
こういう書き方のガイドとかこういうのがなかった気がしますね。
2割、3割、あらすじで感想8割の方がいいよとか。
数字は書いてなかったですけど、見た感じではそういうふうだったんで。
こんなにこういうガイドがあったらよかった。
もっと早く言ってくればよかったのにって思ってて。
ひえさんどうでした?
私は感想を書くなって言われてた気がする。
あらすじを書くな、感想を自分の感想を書くな、経験を書けっていう。
読書感想文っていうのは、読んだ本をきっかけにした字がたりをしろみたいな感じでしたね。
それは読書感想文なのかとか思いながら。
全然何か名前と違いますね。読書感想文っていう題名と実際に書けて言われてる内容がだいぶ乖離してる気がしますけど。
乖離してましたね。感想文なのに感想を書いちゃダメって何を言ってんのこの先生はとかずっと思ってたんですけど。
本当ですね。
あらすじもダメですね。本当にこういう本でしたみたいな一文ぐらいしか許されなかった気がしますね。
そうなんだ。じゃあ逆に言うと本そんなに読まなくても良さそうな気もしちゃうね。逆に。
本はとりあえず読んどいてもそこまで覚えてなくて気になる一文ぐらいあれば、あとは自分のことを書けばいいって話。
まあそうですね。語れることがないと辛いんですよね。
そりゃそうだ。その通りですわ。語れることがないっていうのと、いろいろ小学生だっていろいろ考えてることはあるけどそれを文章化するっていうのは結構難しいじゃないですか。
そうなんですよね。それに合わせて本を選ぶってなるとそれもどうなのっていう話になるので。
なんかよくわからなかった覚えがありますね。
なかなか読書感想部に良い思い出を持ってる大人はいないんじゃないかって気が、一部はいるでしょうけれども、っていうふうに思います。
あとは夏休みに読むものって言ったらだいたい戦争関係の本が必ずちょろっと入ってたような気がしますね。
課題図書?
課題図書っていうか夏休みの前ぐらいに国語の教科書に載っている文章がだいたい戦争関係だったような気もするっていうところがあったりはしますけども。
私の小学生の時にガラスのうさぎっていう戦争関係の本がなんか紹介されたような記憶があります。
地元が私出身神奈川なんで、神奈川の二宮町ってところが舞台になっているお父さんがガラス工芸の職人をやっていて、ガラスのうさぎっていうのを作ってくれたんだけど、戦争に巻き込まれてうさぎがドロドロに溶けてしまうっていうそういう話でしたね。
簡単に言うと。
っていう話なんかがあったような。
私のメインの話なんですけども、自分が読書感想文でそこそこ評価が高かったし書いて面白かったなって思うようになったのは高校生になってからです。
中学、小学校はろくたらね楽しくなかった記憶があります。本読むの自体は嫌いじゃなかったと思うんですけども。
それで高校に入ってから1本書いてみたらそれが割と面白く書けたなと思ってて、学校の評価でも一応過削ぐらいはもらったんじゃないかなという感じですね。
何本を読んだかっていうと夏目漱石の心です。
教科書に一部載ってるんですけど、実はあれ上中下って3部構成になってるんだけども、教科書に載ってるのは下だけなんですよね。
主人公の学生さん、3部下の時には学生さんほぼ卒業してて就職先がどうしようかって言ってるぐらいの時の話なんですけども、
その学生さんが知り合った先生と呼んでいたある男性から遺書をもらったってところからスタートするんですよね、高校の教科書では。
実はなぜその人がその男性から遺書をもらうことになったのかっていうのは教科書に書いてないので、教科書に実際に載ったのが私が読書感想文を書いた後だったから、
なんで上と中を教科書に入れないんだっていうふうにちょっとイラッとした思いがあります。
では本題の本なんですけども、夏目漱石の心を私はミステリー小説として読んでみたっていうふうに書いたんです。
ちょっとこの話って割と不可解な点が多い気がすると思って、どこが私が気になったかっていうと、
先生が昔若い時、学生だった時に下宿先に住んでいた下宿の親さんが奥さんだったんですね。
女性で、お父さんの方も戦争で亡くなってていないと。
娘さんがいるわけです、そのうちに。お嬢さんっていうふうに呼ばれてるんですけど、
お嬢さんとお母さんが下宿先の家主として住んでて、そこに下宿人として主人公の先生と後に呼ばれる人が住んでて、
そこに今度主人公の先生の友人のケイっていう人を連れてきて、彼がすごく生活に困窮してたから、
私と同じ下宿に住んで、とりあえず金銭的な余裕をあげますみたいな感じで一緒に住もうっていう話になってたんですけども、
その主人公の友人のケイが途中で自殺してしまいましてね。
なんですけども、下宿先のお嬢さんはケイさんが死んでしまったことについて、
なんで死んでしまったのかわからないわっていうふうな表現しかされてないんですよ。
なんでこんなに自分のところに下宿してた人が死んだことに対して無関心なんだろうなっていうのがすごく不思議で、
女性は何も考えていないっていう認識でこの話進んでるのかなっていうふうに思ったんです。
そこがずっと気になってたもんで、最近今回テーマで話す上で、明治の文学ってどういうふうな流れだったのか、
なんでこれが教科書に載ることになったのか。
もう一つ明治文学で教科書に載ってるといえば森王街の舞姫。
あれも割と内容がゲスですよねっていう。
留学先で知り合った貧乏な踊り子の女性と知り合って、
自分が留学に来た理由をほっぽり出してその女性と一緒に住むようになって、
そうしたら仕事を免職されてしまって、女性は妊娠して、
主人公の友人がお前はちゃんと才能があるんだから日本に帰って仕事をちゃんとしろって言って、
その代わり女は置いていけっていう話なんですけども、
どっちにしても割と主人公の男性が女性に対して雑なんだよな、扱い方がなっていうのがすごく気になってたもんで、
そういうところを見てみると、明治時代の文学っていうのは江戸時代までの封建的な考え方と、
明治時代から西洋から入ってきた新しい考え方、個人主義とか、その辺の攻め合いが色濃いっていうことなんですよ。
それが割と端的に現れているのが舞姫だったり心だったりするのかなっていうことらしいんですわ、
教科書に載ってる理由っていうのは。
この考え方が時代によってどんどん移り変わっていくっていうのを、文学じゃなくて、
例えば皆さんよくご存知のアニメでいくと、サザエさんとかチビマルコちゃんとかクレヨンシンちゃんって、
あれ出たの昭和だったり平成だったりするじゃないですか。今も続いてるじゃないですか。
サザエさんは昭和もう確か戦後ぐらいからスタートしてるし、チビマルコちゃんも昭和40年ぐらいが舞台設定。
チビマルコちゃんはあれはもうシャクシャの桜桃子さんの思い出の時代っていう設定になってるから、
現代にまで年々時代が引っ張られてないから昭和の形のまんまずっと続いてるんですが、
サザエさんはそういうのを割と何も厳明しないんで、中身はすごく昭和だし、黒電話だし、
冷蔵庫は2ドアだし、ブラウン管のテレビだし、御用機器の三日屋さんが来るし、
土管のある明智とか、平成とか令和のこの時代まず見ないっていうね。
で、クレヨンしんちゃんを昨日たまたまテレビで見てたら、クレヨンしんちゃんの中にはスマホが出てくるんで、
現代に合わせて来てるんだなっていうのを思いましたけど、
そういうちょっとなんか今見るとこんなの今ねえだろっていうのをついつい突っ込みたくなる設定っていうのがあったりするんで、
そこら辺の今の考え方とその頃の考え方とか普通だったっていうのがちょっとずれるっていうのは、
この明治時代のやつとちょっとずれてはいるんだけど話としては、
そういうずれっていうのが今見ると気持ち悪い話だなっていうのとの違いが出てくるのかなっていう気はちょっとします。
そういうのは置いといても、今ね読書感想文ってさ難しいんだけれども、
インターネットでいくらでも書き方のヒントが見つかるよなと思って、
有名な本であれば、ココロなんかね、今回いろいろ検索したらいっぱい出てくるんですよ、ココロをこう読んでみたっていう話とかが。
なんでそういう意味ではヒントとしては楽になったんだなって、
それこそAIなんかに書かせていくらでも普通にだらだら書いてくれると思うんですけども。
ポスター、コンクールのポスターの絵とかも割とこういうのが優秀賞とかに選ばれてるっていう絵とかも出てきたりするから、
こういうところポイントを抑えればそれなりの絵が書けるんかななんていうのが結構すぐに見つかったりするから、
夏休みの宿題ってそういう意味では書きやすくなったのかなっていう気はちょっとします。
ちなみにちょっと今回調べてみて、私が女性の書き方が雑すぎないかって思ったのについてはいくつかネットで見てみたところ、
ココロの連載が始まったのが大正の3年ぐらいで、このときに夏目漱石が学習院大学で講演をしてて、
講演のタイトルが私の個人主義だったというところで、今まで作者の夏目漱石はこういうことを色々苦悩がありましたって、
それを乗り越えることができたのは自己本位という考え方ですと。
人から言われるままに動いてはいけない、自ら動き、自己を確立する、何かをつかむまでは徹底的にこだわり抜けと言っていますと。
ただし、独りよがりにならずに他者の考えも認めよっていうふうに解いていて、この考え方を著作によって解き広めるって宣言しているそうです、この講演のときに。
それがココロだったという、そういう時代背景があったようですね。
なので、明治時代でないと、このココロの中に出てくる先生というのが学生だったときにどういうことがあったのかっていうような話なんかも書いてたから、
最後明治天皇が亡くなって、私は明治の時代は天皇が終わったことによって終わってしまったんだなって思ったっていう話が書いてあったりするんで、
やっぱりこの時代によって考え方がいろいろ変わってて、私はもう今前の考え方以上のことはもうできないから、もう死ぬわみたいな話が一緒に書いてあるっていうことなんだったりするんで。
で、女性の書き方についてはいろいろ。
夏目漱石は書いている他の諸説で、例えばココロ以外に三四郎とかそれからとかっていう有名な作品があるんですけれども、
そこに出てくる女性たちの書かれ方とかいうのを考えながら、比較しながら、漱石の中の女性感を探る論文とかっていうのがあったりしたんで、こういうのも概要欄のほうに載せておきます。
あと3つぐらいあったりするんだけれども、例えばその夏目漱石ココロ徹底解説って書いてあるページがあって、それには個人主義を突き詰めると孤独になって死ぬんだよって話が書いてありました。
ココロの中の主人公の周りにはケイがいて、あとお嬢さんとか下宿先の奥さんとかいたはずなんだけれども、どんどんどんどん人間不死になってしまって相談もできずに最終的にはケイは自殺するし先生も死んでしまうっていう話になってしまうんだよなって、個人主義がどこまでいいんだろうなっていう話が書いてあるねって言っているところもあったり、
あとココロっていうのは結構性差別性がでかいんじゃないかっていうふうに書いてる人もいて、それの中に女は何とかだからっていうセリフがやたら多いと、これ現代的に言うといわゆる主語でかい問題ってやつかなっていう。
ツイッターなんかでもよく出てきますけれども、主語でかいこと言ってて本当にわかってるのか、ただあなたの中に出てくる周りにあるN1、N2ぐらいの話を持って女は何とかじゃないんだろうっていうふうな言い方するっていうの結構あるよねっていう話だったりね。
あと面白かったのが、お嬢さんは魔性の女じゃないのかっていう話が書いてあって、これはまあ一つしょうがないところはあるんだけども、明治の女性っていうのはお父さんとか夫とかが稼いできてちゃんとお金を持ってきてくれるっていう状態になってないと基本的に生き延びることができないと。
働かなくても良い程度のお金を持っている先生っていうのはお嬢さんにとっていい金鶴だったから、だからお嬢さんは先生を結婚したい相手だっていうのを持ってて、でもうまく表現できないし、ちょっと小悪魔的にケイさんにもちょっと手を出してみて、ケイさんとちょっと仲良くなって先生にお嬢さんを手放したくないっていうふうに思わせたいなっていうふうに動いてた結果じゃないのかなっていうふうに書いてある。
ところがありました。なかなか面白いなと思いました。
はい。
そんな感じで私の読書感想文の思い出の話をさせていただきました。
はい。
じゃあケイさんお願いします。
はい。私はもう冒頭に話した通り、本当にギリギリに夏休みの宿題をやっていたことから、普段の宿題もギリギリにやっていましてですね。
小学生の時点でもうなんか0時ぐらいになって、やらないとなーって言ってやり始めて2時になるとか、ザラだったんで。
はい。
っていうので、でも高校の時の友達は思いっきり踏み倒して卒業してたので、それに比べたらまだ足出しをっていう感じですね。
はい。
その踏み倒してる最中、私にクレームが先生から来て、直接本人にいいやと思ってたんですが。
本当だね。それはその通りだね。
行ってもどうにかできないから、そう。
お前からなんか言ってやれみたいな。
そうですそうです。
言ってるけど無駄なんですよねーって言って、本当に出さずに。
子供に子供の世話させるのはね、先生と責任放棄ですよと思いますけどね。
いやー、本当にそうなんですよね。よく見られますが。
まあまあまあ、それを置いといて。
はい。
宿題っていうか、今私が普段学習してることみたいな感じになるんですが、
仕事のこととか、通信制、放送大学とか秋田大の通信学部のものとか、個人的な興味のことの3種類、3つの軸でやってますね。
仕事のものっていうと、仕事に関わることなので、本当に幅広くて、電子顕微鏡扱ってるので、電子顕微鏡のことについてだったりとか、
そもそもその測定、機械とか測定法についてとか、解析の仕方であったりとか、材料に関してとか、デバイ半胞体デバイスに関してとか、そういうことを調べたりしてますね。
最近だとレーザーダイオードをちょっとメインで調べてた時があって、青い色も含めてLEDとどういう差異があるのかとか、どうやってあんな強い明かりを出してるのかとか、そういうのを見たりしましたね。
割とレーザーの中見てみてっていう依頼が来てたりするので、これってこれだ、この像のここの部分はこういう部分でこういう明かりがあるんだみたいな、そういう理解が深まったので、結構効果はある感じですね。
原理的なところはちょっと難しすぎて、まだまだ時間かかるかなって感じですね。
放送大学とかは決まった時期にテストとかあるので、それに合わせて本当に1週間前からとか当日とか頑張ってやって、その場しのぎでやってきてるんですけど、ちょっともう限界が近いので、そのやり方だと、本当はちゃんと毎日コツコツやりたいんですけどね。
着いたら直前になってて、ああーってなるんですよね。
お仕事忙しいから。
秋田大のやつは一切手付けてないので、本当にどっかで手付けないとなっていう。
本当は今月やるはずだったんですけど、今月別のことで忙しいのでちょっと無理だなっていう感じで、冬なのかなーって感じですね。
それでもなんとかなる感じですか、期間が。
2年、3年の中でデポートさえ出しちゃえばいいので。
1日あれば1票ができるでしょうって楽観的に思ってるんで。
期間がすごく短くて、その間でなんとかしなきゃってなるとね、アップアップだろうから。
個人的な興味だと、ネットの友達と定期的に読書会をしてて、今は統計学を学んでやってますね。
一応最終目標で統計研定3級かな、受けるって話をしてるので、そういうことをしたりとか。
あとはその読書会、統計いろいろ。
北大の先生が出してるわかりやすい教科書がありまして、用途書から出てる。
それを使ってやってますね、結構わかりやすくて、かかどってはいますね。
哲学関係もその読書会で読んでたりとかしますね。
NHK出版から出てる哲学始入文は一応4巻全部読み通しましたし、哲学以外で言うと、そもそも読書会の発端は、
何だったっけな、ちょっと本があってすぐにないのであれですが、
国語の文章読解の本がありまして、
読書さるさんの読学大全に出てくる本に紹介された本なんですけど、
それを初めて会ったあたりの時に話題に出て、お互いに積読になってたんで、
じゃあ一緒に読まないっていうことで、一年かけて一緒に読み通したことが、問題が結構載ってるんで、
問題をやってきて、お互いにどうだったかとか、ここわかんないとか、そういうのを一年ぐらいやって、っていうのが始まりですね。
なるほど。
そういうお友達と一緒にやれると、ペースメーカーというか、お互い励まし合える感じでいいですね。
そうですね、なかなか面白いというか、わかりやすいというか、やりやすくて、
そういう人は薬学部出身なんですけど、私は分析系、科学系出身なんですけど、やってること全部文系なので、
なかなか面白い感じの会話になってますね。会話というか取り組み。
という感じでやってますね。本当にそんな感じでいろいろやってるんで、本当にキャパオーバーがひどいというか、
もうちょっと時間があればなと思ったりとか、わりと仕事とかの疲れとかで、
手つけれない時間が多かったりするので、その辺なんとかしないとなーっていうのもあったりしますね。
結構ね、お仕事で帰ってくるの遅かったりするんですかね。
そうですね、最近はだいたい19時、早くて19時ぐらい。
19時半、20時がちょいちょいあって、最近時折22時超えたりとかはありましたね。
1回0時近くまで残ったこと、1回じゃないな、2、3回ぐらい0時近くまで残ったことはありますし、
まあまあそんな感じですね。
そうっていうので、これも大学行ってないから、なんかいろいろ苦しいっていうのが大きいので、やっぱ大学行っとけばよかったなーみたいな感じですね。
あれです、大学行かなかった宿題が大量に山積みって感じです。
うまくまとまってなかった。
大学はね、そういうための時間だったりするからね。
本当にそうですね、なんで大学は行きましょうと、休ませましょうと。
さっきその用土者の統計学で北海道大学の先生って言ったんで、ちょっと調べてみたらあれかな、これ基礎から学ぶ統計学ってやつかしら。
あ、そうですそうです。
北大の農学部でね、10年間農学部でやってた名物工芸をベースにして作られていて、挫折したでも二項検定などの具体的にわかりやすく学べる内容となっています。
なるほど。
割と農学って統計が大事だったりするらしいから、という話ではあります。
これは結構評判いいので、おすすめできるんですが、一応地表講義の経験からどこでどれくらいの人がつまずくって書いてあるんですけど、
前提が北大の農学部なので、立派に広げたら、もうちょっと増えるだろうなって感じはします。
一番難しいとこ、本当に5人に1人つまずくっていうこと書いてあって、北大に入れる1人5人に1人か、っていう感じにはなりましたね。
そうですね。
はい。
はい、ありがとうございました。
ありがとうございました。
じゃあ、けいさんお願いします。
宿題、夏休みの宿題、冒頭にもありましたけど、文句を言いつつも、真面目に取り組んでたつもりかなと、今になって思い出しました。
別にやり忘れてしまったりとか、学校に持ってくるの忘れたっていうのも、特に記憶にないですよね。
今思ったら、宿題はやったけど、結局あれって先生が僕たちに勉強する習慣をつけるために与えてくれてたんだなっていうのを思いますね。
社会人だったら今でも、自宅で書き物をしたりとか勉強したりするんですけど、それが習慣づけられたのは、やっぱり小学生とか中学生でやった宿題のおかげかなっていうのを、今になって、社会人になっても強く思ってるところなんですよね。
そもそも宿題って何っていうところをちょっと見てみたんですけれども、中国の漢語に基づくと宿っていうのは前もってっていう意味があって、古いとかっていう意味があって、題は問題とかテーマっていう宿題。
本来の意味は前もって提出された課題っていうことらしいですね。
あらかじめ出されてる課題とか、持ち越された課題っていうのは本来のニュアンスらしくて。
で、今の宿題っていうのは、学校の課題になったのは、明治時代の教育制度、いわゆる学生ってやつですね。
で、その時に、西洋の教育システムが導入されたときに、ホームワークっていうのを異訳して、それと元々宿題っていう言葉が割り当てられたっていうことらしいですね。
だからちょっと、本来の意味と現在の意味っていうのがちょっと違ってるんだなっていうのを感じました。
そんな感じですね。
そうだ、宿題言ったら、計算とか漢字とかっていうのが小学校の時によく出てくるんで、この辺、愛知県の一部かもしれませんけど、計算ドリルのことを経度、漢字ドリルのことを門っていうのは言い方をするっていうね、独特な言い回し文化があるなと思ってて。
私の地元の、あるんだ。神奈川県でそういう話聞かなかったんで、経度と門っていうのは、経度と門ぐらいのなんか日本で言ってたような。
日本で言ってたような気がするんだけど、そうそう。で、私はどっちかというと、かんぷりとかけいぷりとかって言い方はあったような気がするなって、プリントでね。
プリントで。
そうで、漢字の書き取り練習っていうのは、例えば一つの漢字を覚えるために10個ずつ書けとかっていうのは、だいたいあれはダメらしいっていう話があって、ただの、何て言うんだろうな、とにかく10個埋めればいいやっていう方になってしまうっていうのがあって、
例えば普通漢字って、1画、2画、3画、4画、5画、6画って順番で書くじゃないですか。それを例えば10マス分あるとしたら、10マスにそれぞれ1画目、1画目、1画目、1画目って言って戻って、上から2画目、2画目、2画目、2画目って書くことをやるやつがおるっていう。
何も覚えたことにならないっていう話があって。
だから漢字を覚えるんだったら、例えば最初練習するのは3文字分ずつ、3回練習するっていうのをやって、一通り練習をやったら、じゃあテストって、小テストやって、その場でも今練習したやつをテストやって、書けなかったやつはもう1回覚えるっていう風にやって、どんどんどんどん減らしていく、わからなかった漢字をっていう風な覚え方が多分一番効率がいいって話を読みました。
いましたね、博の文章とかを先に書いて。
そうそう。ごめんごめんごめんごめんって。
ごめんごめんごめん、にんべんにんべんごめんごめんって。
こんなの何も覚えたことにならないわっていう。
分割されて記憶されちゃいますよね、多分。
そうですね。
左と右とか上と下とかね。
本当に苦行を与えているだけになってしまうんで、漢字そのものを覚えたことにならないよねっていう。
でも私小学生の時は10文字ずつ書けとか20文字ずつ書けとかやってたような気がするな。
さすがにそういう書き方はしなかったと思うんだけども。
ていうことをちらっと思い出しました。
宿題ね、大変だよねっていう。
それが大人になってからちゃんと役に立っていってね、
けいさんの話聞いて、そりゃそうだっていうところに至りましたけれども。
勉強が楽しくなるようになっていけばいいんですよ、結局。
宿題って家でもちょっと文字読むなり文字書くなり考えをちょっとまとめてみるっていう習慣づけっていうのがあると。
そうそうそう。
頭を使うテストをね、日々ちょっとかけてった方がいいような気がします。
文章も書いていればそのうち書くのが楽になるって書かないと書けないよねっていう。
いう感じはします。
はい、そんな感じで今日は3人で宿題の話をしてみました。