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朝のコーヒー、夜のビール ときどき武術 ライブ
2026-10-04 35:42

朝のコーヒー、夜のビール ときどき武術 ライブ


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00:00
朝のコーヒー、夜のビール、ときどき武術 ライブ、日曜日の昼下がりにお話をしていきます。
妻を迎えに小牧のアピタまでやってきました。 アピタドンキホーテですね。
まだ来ないので、何分かかるのかわかりませんけれども、しばらくお話ししたいと思います。 どういうふうに連絡が来るんだろうな。
ということで、ここしばらく旅に出ておりましたので、 そのあたりお話ししていこうと思います。
やおちゃん、早速こんにちは。 ありがとうございます。
ライブで話をするときは、話が取り留めもなくなるなという予感があるということで、 あと時間がちょっとあるというときですね。
なので今日は、ごたぶに漏れずここ数日ですね、 出かけてきた旅の様子などをだらだらと話していきます。
木曜日の朝から山口県、広島県行って帰ってきました。 昨日帰ってきました。
結構今回は大胆にですね、移動したという感触があります。
私としても今回はやらかしがいっぱい最初からあったので焦っていましたが、 全部ですね、なんとかなったのでよかったなと思っています。
山口県、広島県に何しに行ってきたかというとですね、 山口県はダッサイという日本酒の蔵に行ってきました。
これもね、僕は自分で勝手に行けるわけじゃなくてですね、
ボイシーの木下ひとしさんというパーソナリティーがいるんですが、 彼が主催する勉強会ですね。
教研ツアーという名前で地方を一緒に回ろうというツアーをやっています。
それに応募してきました。
今回はダッサイという日本酒の蔵と、 枝島と呉ですね。
呉の大和ミュージアム、枝島海軍兵学校というですね、
ちょっとマニアックなですね、戦争にまつわるような博物館とかですね、
そういうところを回って最後、 広島の平和記念公園にみんなで花をけんかして、
花を備えて帰ってこようというツアーでした。
私としてもですね、中国地方ほぼ上陸したことがありませんでしたので、
良かったですね。
まあちょっとこういうツアーでまず連れてってもらって、 信用できる方たちに連れてってもらって、
ざっとね、ザッピングして、 次回自分が行くときの参考にしようと思っていました。
そしてですね、ダッサイという蔵はね、 興味はあったんでね、
私が好きな日本酒とは違う感じのお酒なんですけれども、
03:05
やっているビジネスのスタイルとしては本当にすごいことやってるなと思っているので、
見てきたかったんですね。
ということでダッサイの様子からですね、行こうと思います。
まずダッサイは新岩国という岩国市に降り立つわけなんですが、
新幹線で降りるとなかなか味のあるというか、ほぼ何もない。
何もないっていうのは感性がないんだけど、
日本酒の蔵だけがどーんと目の前に、 村重酒蔵って書いてましたね。
それぐらいしか目に映るものがない。
周辺には飲食店だとか商業施設はほぼなくて、
民家があると。
新幹線の駅などでね、
もともとね、本当に何もないところを何とか買い集めて、
新幹線しているのでそうなんですが、
その町に降り立ちました。
で、初日はですね、近泰郷とかですね、岩国城をみんなで回って、
親睦を深めるのが目的だったので、まさに目的達成ですね。
全員集合して、ちょっと話ししながら近泰郷を渡って、
岩国城を見て、岩国という地域もちょっと見ておこうよと。
そして夜ですね、岩国で食事。
で、なかなかですね、今回王女隊で総勢29名。
26名が参加者。
ツアーガイドとして木下さんと小宮山理恵子さんというですね、
この方もボイシーのアカウントもパーソナリティとしてアカウント持ってるんですが、
もうほとんどね放送やめちゃってますけれども、
リクルートのAIスタディサプリ研究所所長という方です。
肩書きの方です。
ただ今回は阪賞として参加していて、
彼女のツテで脱細を見せていただけるということで、
みんなで行ってきました。
そして26人の参加者ともう一人はですね、実は木下ひとしさんの長男が来てたんですね。
なかなかやんちゃってほどでもないけど、
まあ小学校1年生ちゃかちゃかしておりましたよ。
愛の伝道師さん、こんにちは。
はい、えっとですね。
で、木下さんの長男、もう初めて見ましたけれども、
結構ね、みんなと一緒に遊びましたよ。
で、29名で脱細へ行ってきたわけです。
これは2日目です。
岩国城行った後、夜みんなでご飯食べて、
で、岩国の街ですね。
見てきました。
この米軍基地のある街というののパワーをですね、
まざまざと見せつけられましたね。
人口はですね、11万人の都市です。
岩国。都市というほどではないですが、
街なんですよね。岩国市。
06:02
ところがですね、飲み屋街はですね、結構ちゃんとありまして、
なんか普通のご飯屋さんもいっぱいありますし、
なんかですね、タコスとかですね、ステーキ屋とかですね、
ハンバーガーショップとかですね、ローカルのバーとかですね、
いっぱい小さい店があるんですね。
そしてフィリピン系の店、スナックなんかもあって、
なんか意外と夜の街充実してるなということで、
ヒアリングをね、いろいろしてきたわけなんです。
私は個人的にですね。
みんなでご飯食べた後に、
2次会に一応アメリカンダイナーに行って、
その後早い時間にね、解散になったんですけれども、
私はもう1軒2軒と繰り出しまして、
行ってきたのが、タコス屋さんだったかな。
タコスって書いてあるバーですね。
ちょっと入ってみたらですね、
カウンターに1人座ってたんですね。
なので、1人地元の人がいればお話できるかなと思ったんですが、
どうもですね、その人が店主。
入ってったらですね、
カウンターから急いで立ち上がっていらっしゃいませという風になりましたので、
その方とですね、
喋ってました。
お酒を飲みながら。
一杯ご馳走して、ちょっと教えてっていう話をしていたら、
やっぱりですね、
その地域は米兵向けですね、
アメリカ人の軍人向けに飲み屋をやっているっていうのが、
かなり実態だと。
彼らはやっぱり金払いはどうなんだと聞いたらですね、
かなりやっぱりいいみたいなんですね。
住むところはベース、基地の中に住んでいて、
手取りでお金が50万とかもらえる感じみたいなんですね。
アメリカ、USドルでもらっているのかな。
基本的に彼らは貯金するっていう習慣があんまりないはずなので、
飲みに来るというのがあって、
アメリカ人相手の商売を上手にやっていけば、
ここは今んとこ食っていけるよという話でしたね。
それを聞いてですね、
そのためにこんなけ、この規模の町なのに、
集まって飲み屋があるんだということがよく分かりましたね。
後で調べてみたら、
10万人ぐらいの、
約10万人だったかな。
確か10万人ぐらいだったと思います。
の住人に対して、
1万人ぐらいですね。
1万人ぐらいの米兵がいると。
だからだいぶ水増しされてるんですよね。
住民票に載っていない人口がいるってことになりますよね。
しかも飲みに行きたい人がいっぱいいると。
お金も周りもいいということなので、
1万人が毎月50万使ってくれたら、
09:02
20万とか使ってくれたら、
まあまあですよね。
1万人かける20万ってすごくないですか。
1万人かける2万円でも2億円そうね。
20万のと20億落ちるってことになりますね。
それぐらいの規模のお金が落ちるということなんでしょう。
なかなかそういうビジネスというか、
街なんだなというのはよく分かりました。
私もそういう話を聞けてよかったなと思ってます。
そして、
昼間が朝とか喫茶店とかがあんまりなくて、
コーヒーを飲みに行きたかったんですが、
朝やってる店がフランチャイズっぽいところしかなくて、
行きませんでした。
コーヒーは持って行ったのもあったので、
ローカルのコーヒーを飲むことができなかったのはちょっと残念でしたね。
そして、
岩国城に行って、
1日目の夜はそんな感じで、
2日目にダッサイへ向かうわけなんです。
ダッサイというのが、
ご存知でしょうね、お酒を飲む人は。
日本中どこでもどこの酒屋にも必ず置いてあると思います、今やね。
そんなに高くないですよね、売ってるやつはね。
そのダッサイについてみると、
私のイメージしている酒蔵とはちょっと違うんです。
12階建てのビルがあるんですね。
結構敷地は狭くてですね、
どれぐらいでしょうかね。
20メートル四方ぐらいの敷地にですね、
12階のビルが建っていて、
そこの上の方から順番に工程が進んでいくと。
最初に10階に通されて、
10階で説明を受けます。
ホールみたいなところがあってね、
集まって写真を撮って、
社長さんの思いなんかも聞かせてもらって、
順番にお米の洗うところから見せてもらいました。
9階がお米を洗う工程だったかな。
お米を洗うのもですね、人間が洗わないんですよ。
お米を人間は運ぶだけ。
浸水の時間だけは人間がコントロールするよってことになっていて、
お米を洗う機械で、
お米は240キロずつを一箱に、
洗い置けみたいなところに入れて浸水して、
その浸水したものを、
今度はポンプみたいな、
真空バキュームみたいな脱水器みたいなので、
水気を吸い取ってですね、
次の工程に送ると。
蒸す工程ですね。
そういうような工程になっていました。
240キロ、一日に8000キロ仕込むって言ってましたので、
12:05
320回やるんですね、それをね。
っていうことになりますね。
いいか。
じゃあ32回か。
240キロの10回で2400だから、
30回ぐらいやるってことですね。
それぐらいをやっていると。
洗う人は、お米を洗う工程の人は、
ずっとお米を洗うと一日。
要するに流れ作業になっているわけですね。
そこを超えると、今度は蒸す工程になります。
洗うから、次は蒸す。
蒸す工程がですね、
蒸し器にお米を投入すると、
ある時間を経て、蒸されて出てくると。
で、麹になったり、
お米になったりとかですね、
という形で、
それは手作業でね、
蒸したお米をバラしていく。
返すのかな。
蒸したお米をバラしていく作業をやっていました。
そして、次にタンク見せてもらいましたね。
タンクがですね、ずらーっと並んでいました。
見た中で100本ぐらいあったんじゃないですかね。
3キロリットルのタンクが100本ほど。
そこは何階だったんでしょう。
7階ぐらいなんでしょうかね。
にあったので。
上の方ですね、結構。
で、そこに100本ぐらいあって、
空いてるタンクというか、
今ちょうど絞った後ですね、
もう中身が入ってないタンクが2、3本あったと思います。
で、その3000キロの、3000リットルか、
3000リットルのタンクに、
お米を入れて水を入れて仕込んでいくと。
で、大体1本のタンクで
イショビが1000本取れると言ってましたね。
そしてそのタンク室のすぐ横に
ろ過器が2台置いてありました。
ろ過器は全部で7台か8台あると言ってましたかね。
そこの工場だけでなくて、他も含めてですね。
で、その2本でろ過をしていくと。
で、いつ絞るかとかそういうのは、
全部数値管理なんですね。
タンクが置いてあるところも見せてくれたんですけども、
本当に普通ね、酒屋さんで
ボコボコボコボコってお米が発酵してるところ
あんま見せてくれるところないらしいんですけど、
今回我々が行ったところは、
大井を取ってですね、
温度計が刺さったタンクを見せてくれました、直接。
で、ちょっとかき混ぜるとすごいボコボコボコボコって出てくるのがね、分かりましたね。
で、その後ですね、絞り器見せてもらいまして、
その後ですね、一番驚いたのが、
ラボがあるんですね、脱砕には。
脱砕にはまさに科学メーカーのようなラボがあるんです。
15:00
多分液黒とかですね、ガス黒とかそういった機器が置いてあったと思うんだけど、
ガス黒はね、あんまり使ってないって言ってましたね、まだね。
これから使いこなすって言ってましたけども、
毎日ですね、アルコール度数とかですね、糖度とかを、
残糖の量とか、そういうのを測っていくわけですね。
全部のタンクを毎日測るんです。
で、温度のプロットと。
で、ある一定時間のところで、それを測って毎日プロットしていき、
一応理想の曲線があるので、それに沿っているのかっていうのを見ていきます。
で、いくつかの指標があって、
それを、その指標がいくつぐらいになったら絞りましょうかみたいなことを決めていくと。
打ち合わせで決めると。
で、糖値がいないんですよ。
データで全部やると。
で、その絞ったお酒自体が置いてありまして、そこに。
前日絞ったお酒だったかな。
が、一樽ずつですね、瓶に入れられたお酒がですね、
観能検査用にですね、ラボに置いてあって、
10本ぐらい置いてありましたかね。
で、授業員誰でもテイスティングができるようになっていると。
で、誰でも来て飲んでいいと。
飲むんじゃなくて舐めるですね。
で、ペッて吐くんですけど。
で、最後は観能検査で、これはどういう出荷に足るものか。
この酒のグレードとして出していいのか。
どっかブレンドに出すのかみたいなことを含めて決めるって言ってました。
数値制御でできるだけばらつきを減らしておいて、
最後の取り出はやっぱり人間で異常がないかっていうのは確認しているということが分かりましたね。
酒屋さんね、しっかりやってるなと本当に思いました。
で、驚いたのがですね、壁一面に貼られているそういったデータ、グラフをね、
僕が当事者でしたらね、訪問してくる人に見せたくはないですね、そこまでね。
でも全部普通に毎日管理しているところを見せてくれました。
写真撮ってもいいよって言ってましたからね、相当な自信ですよね。
真似はできないですよ、それは。
そんなことできるっていうぐらい地道にやってましたね。
1個ずつタンク、小さめのタンクですよね、3キロリットル。
そのタンクを毎日モニターしていくと。
そしてお酒を作りはですね、昔は冬に仕込んで、次の春に絞るっていうのが普通だったんですけれども、
そこの脱菜はですね、四季醸造って言ってましたね。
要するにどの季節でもお酒を醸しますよってことですね。
これはほんとすごいなと思いますね。
温度管理がされている部屋で、ちゃんとタンク自体も温調の効くタンクを使ってコントロールしていくと。
18:05
温調もですね、どういう温調をかけていくかっていうのはノウハウがあるようでしたね。
ほんと一度単位で狙いを変えていくみたいな話をしてましたからね。
何でしょうね、工場ですね。
だからビールの工場とかのイメージに近いのかもしれません。
ただ、ビールとかに比べるとやっぱり日本酒って小さい工場だなと改めて思いましたね。
タンク1本1本が1000リットルですからね。
ビール工房とかがやっぱりいかに頑犬かっていうのはよくわかりますね。
もちろんしっかり品質管理をしてるんでしょうけれども、日本酒に比べるとビールの方が圧倒的に1バッチ、タンクの容量がでかいですよね。
だから日本酒ってやっぱそれぐらいしかまだ作ってるとこがないんでしょう。
日本で一番多分ね、違う一番じゃないかな。
立憲館とかで作ってるとこもありますからね。
一番輸出してる会社って言ってましたね。
ダッサイはニューヨークにも投資をして大きい工場を作っていて、そこでは湧き水だけじゃなくてウォーターソフナーを使って水を軟質に変えて仕込んで、
アメリカでお米を作って、そのお米でお酒を作り、アメリカからヨーロッパなんかへ輸出しているということでしたね。
だから海外市場で売っている比率もかなり高いはずです。
どれぐらいって言ってたかな。
日本から輸出している日本酒の半分はダッサイって言ってましたね。
すごいことですね。
そして日本中の山田錦の3分の2ぐらいを買ってると、半分だったかな、をダッサイが買ってると。
とんでもないですね。
しかも磨くんで、米を。
あそこはシンプルに磨くことのブランド作りをしているので、3割キューブとか2割三分とかそれぐらいまでお米を磨いて使っているみたいです。
売りやすいストーリーになりますし、ちゃんとそういうとこから逆算して、逆算してじゃないのかな、そこへ行き着いたのかもしれませんけどね。
社長さんがね、ダッサイの社長さん桜井社長という方がご挨拶いただいた時に、狙ってこうなったんじゃないよと。
日々も足掻いて足掻いて、なんとか生き残ろうとしているうちにこうなったよってことをおっしゃってたので、そうなんだろうなと。
でも本当に中小企業ですよね。
授業200人っていうと中小企業になるんでしょう。
中小企業が生き残るためにはですね、強力なリーダーシップととにかく朝礼募会を繰り返すぐらいPDCAを回しまくる、すぐ変える、やってみる、変える、やってみる、変えるを繰り返しているんだなっていうのをすごく感じることができました。
21:19
なんかダッサイだけで結構長いことしゃべってしまいましたけれども。
肝心の味はというとですね、ダッサイはですね、すっきりした酸味とちょっと銀錠香が少しある。
あんまり銀錠香がめちゃくちゃ強いとは思わないですけど、爽やかな味ですよね。
どんな料理と合わせるのかはちょっと悩むな。
お米料理じゃないですね、私としては。
ただいくつかのフレンチにも合うような感じはしていますね。
あんまり甘くないんでね。
中国地方のお酒、広島のお酒とか何個か今回いただきましたけど、やっぱり甘いなという、甘みの強いお酒が多いなという印象です。
その中でダッサイはやっぱり異色の方へ舵を切っていったんだなというふうに感じました。
久平寺とかね、ああいうのも多分ダッサイを真似していってんじゃないかなって勝手に思ってますけどね。
お酒の話をひたすらしておりますが、岩国ではそんな体験をさせてもらいました。
そしてですね、岩国で食事系の話は分けましょうかね。
岩国の次の日がクレですね。
クレに行って、ダッサイに行った後の午後はですね、クレに行ってヤマトミュージアムですね。
戦艦ヤマトが生まれた地がクレの海軍工廠という海軍の船を作るところですね。
そこを見てきました。そこにあるヤマトミュージアム。
ヤマトがいかにでかい船だったかというのはよくわかりますし、悲惨な最後を。
送ったかというのがですね、よくわかりましたね。
直前に見ていった男たちのヤマトがね、とても良かったですね。
あれは本当に見ていて良かったなと思っていて。
まあ、辛い思いをしてみんな、あえて死ぬ覚悟でね、乗り込んでいったと。
何でしょうね、それが本当に必要だったのか分かりませんけれども、僕たちにとっては今教訓として響くところはあるので。
当たり前に殺し合いのない今の世界というのをね、大事にしたいなと改めて思いましたよね。
そういうのがないとやっぱり意識することが少ないので。
まあちょっとね、自分でも、あまにはですね、そういう戦争とかの情報はね、見ていってもいいかなと思いましたね。
24:05
太平洋戦争とかね。今回はそういうところに特化した勉強会だったので、その後鉄の鯨艦というね、潜水艦、自衛艦ですね。
日本の今の自衛隊の活動を紹介しているところですね。海軍特にですね、海上自衛隊か。
総会から始まって潜水艦とかもね、中乗せてもらいましたしね。乗せてもらうっていうか、展示があってですね、乗れるんですよ。
で、今のその後ですね、その次の日なんかは止まっている潜水艦がね、見えるわけですよ。
何隻もありましたね。5、6隻、呉には止まってましたね。
まあちょっとそういうのも見れてよかったなと。
そして、加賀ですよ、加賀。護衛艦加賀。
加賀には、空母いぶきっていうね、漫画があるんですけど、それのモデルというか、まさにそれと同じですね、加賀という護衛艦がありまして、飛行甲板を持った護衛艦。
F35Bというタイプの戦闘機が飛び立てるし、そこに着陸ができるというね、なかなかかっこいい船が止まってましたね。見れてよかったです。
ちょっとだらだらと話しておりますが、こっからですね、枝島の話です。
次の日、枝島へ行ったんですね。呉が終わって。
それは昨日です。枝島というのは、枝島と書きますけど、枝島と読むらしいです。
男塾世代としては、枝島兵八というキャラがね、いましたので、つい枝島と呼んでしまうのですが、枝島ですね。
そこの兵学校ですね。士官学校なんですね。日本のね。そこ見せてもらいました。めちゃくちゃかっこいい建物がいっぱいありましたし、今まで排出してきたですね、海軍の戦争の歴史みたいなのも含めてありましたね。
海上自衛隊の前の日本海軍も含めて展示がしてありまして、ずっと見せてもらいました。
たまたま同行したあの人、小宮麻里恵子さんは、親族に海軍大将が何名かいるということで、何かそういう話をしてましたね。
その時に聞いた名前がですね、展示の中にありましたね。
山本ゴンの氷江というね、有名な人物ですね。出てきますね、魚の上の蜘蛛にもね。
というのをザーッと見てきました。ほんと時間が足りなくてですね、1時間では見れなくてですね、また行かなくてはと思います。
田志村さん、昨日はお世話になりました。大した話はしておりませんので、いつでも離脱ください。
妻を待っている間に、自分が何を見てきたかをもう一度ですね、アウトプットしております。
江田島まで今ね、来ました。ずらずらっと。江田島はね、海軍兵学校の建物が超絶かっこよかったと。
27:09
大正から、大正何年から経っていると、戦争を越えてですね、まだ現在、昔の建物があるということでですね、
同行した人がね、建物の専門家の人もいて、建物、建具とかありの詳しい人がいたので、ちょっと解説してもらいながらですね。
で、面白かったのが、面白かったというか、その昔の海軍士官学校の建物の床は、
えー、何だっけ、武津、永戸のどっちかの甲板の木材、地育材を剥がして、そこに敷いているらしいですね。
そんなものがまだ現在、100年前の建物が現在なのもすごいし、100年前にも小材であった木がまだそこに全然朽ちることなくあるというのがね、すごいなと、素晴らしいなと思いましたし、建物見れてよかったなと思いました。
なんか、昔からここでね、海軍もですし、自衛官のですね、士官たちがここでトレーニングを積んでいって、
まあ今のね、日本の海をね、守ってくださっているというのがね、なんとなく見れたと、感じれたというのがよかったですね。
やっぱりね、行かないとわかんないことってありますね。
何かというと、船の大きさってやっぱりね、聞くだけじゃピンとこないですね。
放題が置いてあるんですよ。とんでもないデカさなんですよ。
大和の玉の大きさですって置いてあるのを見るじゃないですか。
砲身これぐらいですとかあるじゃないですか。
もうとんでもないんですよ。
一本の砲身もどうやって作ったのか全くわからない大きさ。
そしてそれを組み立てるためにどんだけクレーンがいるんやっていうのもありですし、
アッセンブリしちゃったら今度はそれをまた船に乗せるために何ですかね、
何百トン、二千トンとかの鉄の塊を船に乗せるわけですよね。
とんでもない技術だなというのを改めて感じましたね。
大きいものを作るって難しいなと思いましたし、
失われちゃうともうなかなか作れなそうだなというのを本当に思いましたね。
造船技術はあんまり軍事産業に偏らないではほしいんだけど、
維持していってほしいなと改めて思いましたね。
クレの造船所もそうですし、
エタ島にあった巨大なムツの砲塔とかね。
ガンダムちっちゃいなって思いましたもんね、逆に。
そんなことを感じましたね。
エタ島の兵学校はちょっと時間足りないんで、またいつか訪れたいなと思います。
そして美しい天気と海ですよね。
瀬戸内海はいいですね。
最後に訪れたお昼ご飯のレストランがとても良かったんですけど、
30:05
食事系はまた後でお話ししたいと思います。
最後にその後、広島市内の平和記念公園に行きまして、
私としては初めての広島。
平和記念公園でおろしてもらって、
みんなでお花を喧嘩して解散となったわけなんです。
原爆ドームが後ろにドーンと見える。
ちょっと遠いですけどね。
ここがそれかと。
私はその後個人プレイでですね、
みんな解散してから原爆資料館に行くっていう風に決めていたので、
行こうと。
そしたらですね、結局木下さんたちも原爆資料館には行ったみたいでしたね。
ただ僕急いでたので先にサササッと行きましたけれども、
原爆資料館もね、昔よりはだいぶマイルドな展示になったよという風に聞きましたけれども、
なかなかヘビーな内容が多くて、
ここに一番行きたかったので、
今回の旅はそこに集大成したなという風に感じています。
原爆資料館に行って驚いたのはですね、
その外国人の多さ。
白人、黒人いましたけど、白人多かったかな。
どっから来たか全く喋ってないんですけども、
かなり多くの外国人がいて、印象ですけど、
6割以上は外国人だったような気がします。
広島の原爆資料館を見に来るという外国人がいることに、
なんとなくですね、価値が高いなという風に思いました。
世界で原子力爆弾、原発、アトミックボムの攻撃を受けたことがある街は2つしかないわけですね。
とんでもない悲惨な状況になると。
もうあそこの展示もわかりやすかったですけど、
街が全部一気に廃墟になると。
一瞬というか、1時間とか足らずでしょうね。
録音されていた語り部の話を見ていくと、
炎の竜巻が起きるんだと。
そうですよね。急に爆発が起きて空気が膨張して、
急に熱が発生すれば上昇気流で竜巻が起きますよね。
爆風で全部ぶっ飛ぶと。
熱線だけじゃなくて爆風でぶっ飛ぶんですよね。
恐ろしいですね。
本当に瓦礫の山になってましたよね。
その場所に行ってそれを感じることができたので、
今年の夏というか、秋の私の一番の活動になったと思っています。
33:00
その後はタシズンさんと合流して食事を楽しんだんですけど、
食事編はまた別で話したいなと思います。
今日は自分が見てきたものを自分なりのログとして残したかったので、
だらだらとライブで話させてもらいました。
もうちょっとで終わりますけど、雑談をもう少ししていこうと思います。
タシズンさん、2日酔いは今日ないですか?
結構昨日飲んでましたよね。だいぶ酔ってましたよね。
私はあんまり飲まずに済んだのが良かったなと思っています。
帰って良かったです。
今日1日休憩が取れたので、家の整理をしたりとか夕飯の準備をしたりとか、
そういうことができる時間が取れて。
今日は妻の機嫌も取らないといけませんので、迎えに来たりとか、
夕飯のための買い出しをしたりとかをしておりました。
おかげさまで広島流川となんとか堀、夜間堀のあたりを見れて良かったですね。
そして駅西の小さいところも良かったですね。
ああいうとこ好きです。
広島がでかい町だということは本当によく分かりました。
1回2回じゃ分からないですね。住んでみたいところですね。
そんなことを思いましたね。
ちょっとですね、妻がそろそろ来るのか分からないので、1回見てこようと思います。
車の中がだいぶ喋っていたら、蒸し暑くなってきましたので、
1回外へ出てリフレッシュして、どんけほてをうろうろしてこようと思います。
ということでお付き合いいただいた人ありがとうございます。
大した話はしていませんけれども、旅行のアウトプットなんかでしないとなと思っているので、
ノートかなスタイフかな、そこから学んだこととかを整理して話したいと思います。
今日は記録としてお話ししてみました。
ダッサイの話は結構長くなってしまいましたけれども、
日本酒もいいのいっぱいあるでしょうし、ジンも美味しかったな。
広島の、何でしょうね、死闘編をね。
またお酒と食べ物の死闘編をお話ししたいと思います。
ということで今日はここまでです。
皆さんありがとうございました。
バイチャー。
ポチッと。
35:42

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