Summary
エピソードでは、バレーボールの送り迎えを通じて慣れや成長について語られています。また、エレクトーンの基礎練習を振り返り、基礎の重要性が再認識されています。エレクトーンを学んだ経験を通じて、基礎が他の分野にも役立つことに気づかれました。さらに、英語の発音やコミュニケーションの大切さを考え直すきっかけにもなっています。
バレーボールの送り迎え
オカンの話なんて誰が聞くんです。
バレーボールを迎えに行く車の中で録音しております。毎回です。
なんかちょっとちょっと離れたところに、そのバレーボールの練習の体育館があるので
習い始めた春ぐらい、夏前ぐらいは運転も得意じゃないから
いちいち迎えに行かなあかんとか送って行かなあかんとか
ちょっと車の通りの、交通量の多い道路を通らなあかんということが
すごいプレッシャー&ストレスになってたんですけど
だんだんだんだんやっぱり、週に最低でも2回ぐらいは
送ったり、迎えに行くのはパパのことが多いけど
送り迎え送迎をしていると、慣れてくるね。本当に。慣れてくるわ。
なんでもそうよ。なんでもそうやな。本当にさ。
子育てもさ、最初は、こんなことみんなしてんの?って思ってたけど
そんな、どうやってみんなやってんの?って思ってたけど
まあまあ、できてるできてないに関わらず、そこじゃないけど
できてるできてないって言わないけれども、なんとなく行なせるようになってくるしさ
運転も駐車も、みんなすごい、どうやって運転してんの?
どうやって運転できるようになったの?駐車できるようになったの?って思ってたけど
まあまあやってたら、数をこなせばできるようになってくるよね
本当にそう思うわ。やっぱり淡々とコツコツ
積み重ねていくことが大事なのね。すごくそれを思う今日この頃です。
発声の基礎練習
この間、兄弟のNF学祭に行ったときに
アナウンスの基本というか、伝え方の基本みたいな
声の出し方とか、そういうところの基礎のキーのところを教えてもらったんですよね
発声方法とかストレッチ方法とか、発音のこととか
あとAOのアナウンサーさんがよくやってるような感じのやつとか
右目右目右目右目みたいな
発声発音滑舌をよくするようなトレーニングとかっていうのを資料とともに教えていただいて、少し軽く
日本語は母国語なので私は
特に発音とかをあんまり考えて喋ってないんですよね
気がついた頃には喋れるようになっていたし
語彙力はあんまりないし漢字とかもあんまり読めなかったりするんですけど
でもまあ普通に生活をしていて
習得した言葉なんでそこまでその
なんていうの特に発音に関しては
考えたこともなかったわけですよ
だから自分の日本語の発音がどうかとかそんな考えたことなかったんですよね
ただ私の声って通らんなーとはずっと思ってきたんです
でもまあ通らん声やから仕方ないかみたいな風に思ってたんですけど
もしかしてこれもトレーニングしたら聞きやすい声になるのかもしれないと思って
聞きやすい声というか音になるのかもしれないなと思ってたんです
一音一音早口言葉みたいな感じではなくて
スピードが上がれば上がるほどいいんだろうけどスピード重視じゃなくて
右耳右耳
覚えてるのが右耳右耳右耳右耳右耳右耳
右耳右耳しかなくてちょっとあれなんですけど運転してるし
それも早口で早口言葉っぽく言いたいけど
それよりも発音とか滑舌をよくして
よくできるようなトレーニングをするっていうのを聞いてそれをやってみてて
これすごいエレクトーンと似てると思ったんですよ
なんか
すっごい基礎の練習ばっかりさせられててしていて
しかもそれは最初の頃じゃなくて私結局3歳から中3までエレクトーンをしてましたけど
その一番最後の中3の時ですら
最初のレッスンの半分ぐらい使ってその基礎の練習みたいなのがあって
個人ではないけどグループと個人やってたからグループではずーっとそのスキルって言って
ドレミファソラシドレミファソラシドレミファソラシドみたいなの
でまた高いとこからドシラソファミレドシラソファミレドシラソファミレドって弾いて
それをドレミファソラシド
ドからドまでドレからレまでミからミまでファからファまでみたいな
それの長調短調を全部やるみたいな
であと和音とかさ
いろんな長調でやるみたいな
はい何長調みたいな言われたら
じゃーんって弾くみたいな
っていうのをずっとしてたけど私本当にそれが嫌いで
もうなんならそれが嫌いすぎて辞めたまであるんですけど
私は意味がわからなかったんですよ
それをずっとさせられている
私なんかさ楽しい曲とか弾きたいんだけどみたいな
もはや3歳からやってるから何のためにレクトンを習ってるとか
分かってなかったんですけどね
もうなんかご飯食べる寝るレクトンいくぐらいの
生活の中に入り込んでいるものだったので
何のためにレクトンを習ってるかとか本当に
いまいちなんでやろって感じで最後の3、4年とかはやってたんですけど
でも本当に
本当に嫌やったあの基礎の練習が私は本当に嫌やった
で今思い返してもちょっと吐きそうになるぐらい嫌で
先生も怖いし嫌やから練習もそんなにしていかへんから
控えへんくてなんかみたいな言われたりとか
なんかもう話にならんわみたいな感じで言われたりとかしてたんですよね
でも回り回って
すごい腑に落ちた
レクトンの時にずっと基礎の練習させられてたっていうのが
35歳にしてようやく回り回って点と点が繋がった感があったんでしょう
この間の発声の基礎の木の練習してやる時に
でレクトンの時も
はいじゃあこの曲弾こっかってなって一曲額ふがたされます
エレクトーンとその思い出
でその曲を練習していってなんとなく弾けるようになりますと
でその通常のリズムで速さで弾けるようになります
でもそっからその先生の転作みたいな
なんて言うんだろうあれ
じゃあ弾いてみてって言って弾きます
そしたら先生がここの小節目から
ここまでをゆっくり弾いてみてとか
そこもっかいやってみてみたいな感じで言われるからその通りに弾くんですよね
そしたらめちゃくちゃゆっくり弾かされたりとか
何回も同じところを何回も弾かされたりとかするわけですよ
で私はいやもういいって正直思ってた
もういいってわかったってみたいな
もう嫌なんやけどみたいな感じで思っていて
ちょっと待ってなんか入られへんここも嫌だよ
どこに止めたらいいんだ私は
早く私この音楽のリズムで弾きたいんですけどみたいな感じで思ってたんやけど
ちょっと待ってなんかさ運転もさ慣れたらできるようになるよねとか
言ってる日々からって感じなんやけどどうやって止めたらいいかわからへん
止められるところがもうないから私はどこにどうやって止めたらいいんだ
どうやって止めようか
待ってここにバックで入れるか
えーちょっとここにバックで入れるのか
私が入れたいバックで入れたい場所があるんだけどそこはすごい入れにくそう
あーちょっとすごいやどうしよう
無理やこれは私には無理だ
どうしましょう
謎の動きをしている今私は
謎の動きをしております
長くなったし色々話したけれど
とにかく基礎が大事ということですね
基礎が大事ということを改めて感じたということ
というか基礎が大事なんてことは分かってたのや頭では
当時も分かってた中学3年生の私も分かってた基礎が大事ってこと
まあでも中3の私は分かってなかったかもしれへんな
だってさ3歳からやってきててさ
基礎はごめんやけどあるやろって思ってたからさ
もういいやろって思ってたかもしれない
けどもういいやろって思ってたけど
やっぱり必要だったんだわ
あの時の私にも基礎が
すごい右もうちょっと左に寄せたい
なんかハンドルギューギュー言ってるしもう
ちょっと待ってよ本当にさもう
暗いからな見えへんのよもう
だからこんなもんにしておくか
タイヤどっち向いてるか分からんけどこれでいいわもう
よいしょっと
だからまあいろいろ言ったんだけれども
結構私はそのエレクトーンの思い出は
結構苦い思い出として残っていて
いっぱいなんか
賞とかももらったりとかしてたんですよ最初の頃は
1とか2ぐらいの頃は個人でも賞もらったりとかしてさ
いや私なんか賞もらった後が
しんどいんやなきっと何事も
勝手に期待されているように感じてしまうんかもしれんな
小学校低学年の時に結構個人の発表会で賞もらって
で
でそっから先生が変わって
すごい先生はあの
めちゃくちゃレベル高い先生に変わったんですよね
小林先生にね小林先生に変わって
小林先生が教えてるチームは結構本当に京都風の大会とかでも優勝したりとかするし
全国大会とか行きたりとかするようなレベルのチームとか
生徒を教えてる先生で
私はそんなの全然知らんかったし
別にそんなとこ目指してないから
って感じだったけど
なんかいつの間にかそういうグループに属してたりとか
そういうところでレッスン受けるような環境になっていて
ありがたいことになんですけど
で
まあ一応なんか優秀賞取ってるしみたいなのも自分の中であったりとかして
でもあの頃は取れてたのにもう今は取れへんみたいな
なんか乗り越えられない自分みたいなところにもすごい葛藤があって
それがちょうどその中学とか小学校高学年とか中学ぐらいで
自分過去の自分を乗り越えられないもどかしさみたいな壁にぶち当たり
でだんだんだんだん楽しくなくなってきて
練習するのも嫌になってきて
でもなんか今更辞められへんみたいな感じになってきて
グループのレッスンで
グループのレッスンは楽しかったから
グループのレッスンは楽しんで行ってたんですけど
友達が好きだったから
グループのレッスンでは賞とかはまた取れるけど
やっぱり個人では取れへんかったりとか
なんなら個人の発表会で覚えていったはずのやつが
発表会でも全部飛ぶみたいなのが何回かあったりとかして
もうトラウマよねそんなんとか本当に
そのもう忘れていったトラウマ的なものが
息子があの私はヤマハ習ってたんですけど
息子がヤマハのドラム教室に通いだした時に
エレクトーンを教室で見てまたうーってなって
やばいみたいなきたエレクトーン
しかもヤマハの音楽教室のエレクトーンうー痛い
胃が痛いみたいな感じになって
でもこの発表会とか行くたびに
あーこの雰囲気懐かしいなーとか
思ってうーってなってたんですけど
なんかそんなに
当時はすごく自分の中でいろいろ深刻に考えてたけど
辞めたいわけじゃないけど
なんて言ったらいいのかな
ここで辞めるわけにはいかんけど辞めたいなとか
頑張りたいのに頑張れないなとか
エレクトーンの経験
過去のその自分を超えられないなとか
周りの子たちは楽しそうにやってるのに
私はどうしても楽しめへんなとか
だから練習も全然せなあかんの分かってるけどできへんくて
できへんからそのスキル的にも
周りの子よりも上達せへんくて
みたいな感じ
だから
なんかピアノの先生になりたいとか言ってる子が
周りに一緒に習っている友達の中ではいたりとかしたけど
とかピアニストになりたいとか
もう私は一切そんなこと思ってなくて
音楽には絶対携わりたくないぐらいに思っていたから
その仕事として
もうエレクトーン辞めたら音楽からは本当に離れたい
作る側の人には絶対になりたくない
作るっていうか携わる側
音楽聴くとかカラオケ行くとかCD買うとか
そういうのはずっと好きでいるけど
聴く側にも徹しようみたいな風に思ってたぐらい
なんかすごいこう
モワンとした気持ちを抱えながら
エレクトーンやってたなとかっていうのをまた
思い出したりしてましたね
でもずっとそのモヤンとした思い出として
あったんですけど
それはそれでそのまま置いときゃいいかなとか思っていたけど
でもその兄弟のアナウンスの基礎の木の話を聞いて
実際にその発音のこととかを聞いた時に
エレクトーンのアレと一緒やなって思って
そこが自分の中で勝手に重なったことによって
結局基礎が大事ってことを身をもって感じて知ってるのは
多分あのエレクトーンの10年間のおかげやなっていうのを
結構初めてレベルで思えたかもしれない
でその基礎の木みたいなところは
基礎の木じゃないな
っていうところはそんな1日や2日で
身につくようなものではなくて
やっぱりそれこそ10年とかかけてもまだ
しっかりとしないといけないところなんだな
っていうことを今になったら分かる
でもなんかこれ本当に分かってよかった
あとこれは多分今ノーノーガールズのオーディション見てるから
オーディションの中で
何か言うのもありそうな気がするんですよね
なんかこうラップをしてる女の子がいて
オーディションでラップを歌うんですけど
その
なんていうのかな
そもそも何言ってるか聞こえなかったら
言葉を届けなかったら意味がないみたいな話を
してる場面とかがあって
これは旦那にとこの話してたら
いや俺はちょっと違う意見持ってるなって思って
言ってたからいろんな意見があると思うんですけど
英語を歌詞として入れるんやったら
その英語もちゃんと相手に伝わるように発音しないといけない
英語をちゃんと発音できないなら
歌詞を作るときに自分が発音できない英語は
入れるなみたいな話をしてたところがあって
ちょっとニュアンス違ったら申し訳ないけど
でもそんな感じのこと言ってた
とにかくその
ラップの歌詞を自分で作って歌うんやったら
届かないと意味がないみたいなこと言ってたのかな
それを聞いてそれとも重なったかも
やっぱりちゃんと発音して聞こえているってことが大事
そもそものところみたいな
ほんまに
ほんまにそう
だから
いやーなんか
すごい
何言ってるかわからないかもしれないけど
かなり消化された感じが
して
良かったな
頑張ってたなって思った
あの時嫌々ながら頑張ってたなって
頑張ってたあの時間があったから
あの時嫌々ながらも頑張ってたあの時間があったから
このアナウンスの基礎の話とか
発音の話とかそういうところが
あーなるほどって
こう腑に落ちるし身に染みるところがあるんやろうなって思って
うん
ありがたいなと思いましたね
なんか消化されたかもしれない
エレクトーンの呪いから
英語の発音の重要性
解き放たれたかもしれない
あと英語とも似てるな
英語の発音のことをすごく思い出しましたね
私はスタバでストロベリーフラペチーノが半年間頼めなかったので
でもどうしてもその時ストロベリーフラペチーノが大好きで
15歳の私はどうしてもストロベリーフラペチーノが飲みたかったのに
ストロベリーフラペチーノがもう
注文できない発音がもう伝わらないっていう
毎回違うの出てくるから
なんかソイなんちゃらとかキャラメルフラペチーノとか
バニラフラペチーノとかさ
全然違うやつ出てくるから
ストロベリー
どこ行ったストロベリーみたいなのが毎回出てきてて
でこれもその学校の高校の
これ何回もいろんなところで出てるやつやけど
高校の隣にスーパーがあって
スーパーの中にスタバが入ってて
私はアメリカでは稀なチャリ通をしてたんですよね
高校
あっちの高校通ってる時に
だいたいみんな車で来たりとかさ
スケボーで
ちょっと遠い子はスケボーで来たりとかさ
自分の車を運転して来るか
家族の誰かに車で送ってもらうか
スケボーで来るっていう
その3パターンの中で
近年稀に見るようなチャリ通をしてたんですよアメリカで
ほんで
なんか周りの子達からも
えっ自転車なの?みたいな感じで
言われたりとかして
でホストマザーホストファザーね
どちらともすごい忙しくて
ママで働いてた人やったから
だから勝手に一人で自転車で行ってねって
自転車を渡されて自転車で行ったんですけど
その自転車を
学校から途中でスーパーに寄って
スーパーでスタバを買って
スタバを飲みながら帰るっていう優雅な
夕方を過ごしたかったのに
ストロベリーフラペチーノがなかなか頼まれへんからさ
ほんとにいつになった私
ストロベリーフラペチーノ飲めるんやろって思ってたら
半年後ぐらいやな
半年
正確に覚えてないけど
絶対に3ヶ月よりは後
感動したもんね
初めてストロベリーフラペチーノが
通じた時には
ほんとに
時間がかかるよね
やっぱりね
ほんとそう思いました
私
なんか
私ポッドキャストを
やってるけど
素人やからって
いうのは
やめようかなとも思ったな
なんか
それは甘えになるなみたいな
感じで思って
どうせするなら
素人とかプロとか関係なく
プロではないのは確か
かもしれないんですけど
プロではないんですけど
ノラポッドキャスターなんですけど
私はアマチュアなんでっていう
アマチュアっていう言葉
に
を
使うことは悪くないと思うけど
アマチュアっていう言葉
に甘えを
載せるのはやめようって思った
それはちょっとダサいなと思った
自分自身がね
だから
アマチュアという言葉とか
に
甘えず
やっていきたい所存です
だからマイクも
もう一個
買おう
全てはそれの言い訳
はい
バレボールが終わったっぽいから
最後まで
行ってこようと思います
終わったのかな
行ってこようと思います
今日もお疲れ様でした
26:08
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