はい。卒業式ですね。 卒業式、入学式シーズンですね。
はい。卒業された方々、おめでとうございます。 おめでとうございます。
入学された方々も、おめでとうございます。 おめでとうございます。まだやな。
今後ね。 あ、そう。息子が入園します。来週。 入園、おめでとうございます。
ありがとうございます。 1歳になりまして、ついにデビューするんですね。
幼稚園。 そうなっておりますね。 あ、保育園かな。 保育園かな。
新しい門出だったり、
する時期ですけども、 この間、
俺の最後の教え子の卒業式に行ってきたよ。 おー、だから中学の卒業式?
教員時代の、4年前の2年生なんだけど。 あ、じゃあ小学校のか。
そうそう、小学校の卒業式を最後行ってきて、 4年前に、みんなでわんわん鳴いてさ、先生との教室の別れでさ。
で、その時に、卒業式必ず来てねって言って、子どもたちが言っとったけん。 必ず行くよって言ったけん。
行ってきたんやけどさ、4年越しに。
で、その時に、もちろんもう立派な式で、子どもたち一生懸命頑張ってて、
感動したんだけど。 だけど?感動したって話じゃない? 感動したんだけど、やっぱちょっとね、
学校への思い入れが強すぎて、やっぱもう感情が湧き出しすぎて、もう大変でしたね。
あら、それは良い意味ってことね。感動した以上にってこと? もうあらゆる感情、暴れるのよ、やっぱ公立学校に行くと。
その辺の話をしたくて。一回さ、フィンランドでも有名になった、
小学校それは小さな社会っていう、エマさんの映画が。
なんか、日本の学校の、日本の学校は、こう、規律が異常だよね、みたいな話やね。
いや、全然そんなことない。 違ったっけ? うわお、全然違った。 日本の、良い意味でも悪い意味でも、日本の学校を本当にそのまま切り取ってて、
いや、ものすごい、だからすごい、すごい収録に、撮影に大変だったと思うんだけど、それが世界から、
こう、称賛されてて、日本の学校すごいなって、いうのを。 そうよね、あの、掃除とかがすごいとか、そういう話よね。
協調性とか、自分たちで動く自主性とか、すごいよねっていう声があったりしたんだけど、
その映画を見た時も感情が暴れて暴れて、なんやろね、やっぱ学校への思い入れ強いわ。
そう、まあそんなのもあって、卒業式とか学校という存在自体にやっぱり色々と、あの、美しさもあるし、
自分でもどかしさも葛藤もあって、そんな話をしたいんだけど、
うん。 その前に、もっとリスナーさんに伝えたいことがあって、
うん。 まあそれが、あの、まあ、
子どもとの関わりで、後悔しないために、大事なこと。
おー、まあなんなんやろ。もう、それを考えに考えて、
ほんとなんか熱でそうになるぐらいドッと疲れた。熱でたんかもしれんぐらい、あの、いろいろやっぱもう感情動きすぎてさ、卒業式に。
それさ、卒業式を見ながら、 うん。
うわっ、子どもとこういう風に接したらいいのにと思う。
あ、そう、接していこうって思う。 えっとね、そういう、人に対してどうこうは全く思ってないんだけど、
うん。 あの、自分の子どもたちとの思い出がさ、
うん。 もう色褪せることなく鮮明によみがえってくるわけよ、一人一人。
うん。 で、卒業式ってさ、こう幻覚な雰囲気で、保護者がみんな座っててさ、
うん。 で、一人一人がこう証書を受け取るときに、なんとか、なんとかさん、「はい!」
はい、それするね。 って返事するやん。もうその返事をするたんびに、
4年越しなんやけど、もう名前も顔も全部やっぱ覚えてて、
うん。 で、そのことのエピソードがきれーいに思い返されるわけよ。
うわー。 で、そのときの、 すごい時間やった。
もうそりゃあ疲弊するよね。だって毎回、映画一本分みたいなやつがどんどんその入ったたんびにさ、思い返されるんやけんさ。
うん。 もう涙も止まらんし、なんか、あのときごめんねも止まらんし。 あー、うん。
で、俺は子育てをしてきてないから、 子育てについてはみなさんが先輩なんだけど、サビスナーさんが先輩なんだけど、
学校の先生って、ほんといろんな子どもたちと同時に関わるっていう特殊な立場だと改めて思ってさ。
で、そのときに、この子との思い出はこうだな、この子との思い出はちょっと後悔だなとか、いろいろさ、比較ができるわけよ、同時に。
うんうん。 で、いろいろ考えた結果、もしかしたら後悔しないために、こんなことが大事なんじゃないかってことが見えてきて。
うわー、見えてくるんや。 そうそうそう、比べることによってさ、見えてきたんですよ。 なんなんやろ。
それを話したいと思ってます。 えー。 で、それを話した後に、最後と卒業式について思うことがあるから、それをちょっと物申したいなって。
物申すな。 物申させてくださいっていう話ですね。 えー、後悔しないために? はい。
えー、もっとたくさん笑いあえたらよかったなとか、そういう話?
いいね、こう歌詞みたいな。 歌ってるやん。もっといっしょに笑いあえたらよかったのにね。
いや、歌ってはないやん。 ほぼ歌ってた、もう表情とか。 ほぼ歌ってたか、はい。
いやー、えっとですね、色があったのよね。
おー、色? けっこう俺はなんか色で思い出の、なんかバリエーションがある感じ、感覚を覚えるんやけど、
この子の思い出は、あったかいなとか、あったかいオレンジみたいな色だなとか、
この子との思い出はちょっとブルーだなとか、よどんだ紫だなみたいな、いろいろ色があってさ。
でもやっぱそのあったかい思い出のやつは、やっぱりね、もうヨイ出しとか、いっぱいできたなって記憶が思い返されたりとか、
なんか笑顔で関われたなとか、子どもの話よく聞けたなとか、いっぱい遊んだなとか、全力で応援できたなとか、
そういう肯定的な関わりができたところはさ、いい思い出としてやってくるんだけど、
やっぱ余裕がなくて、話聞けんかったなとか、なんかスパッとこの子の言った言葉を切っちゃったなとか、否定しちゃったなとか、
もうそんなの綺麗に思い出せるわけ。
ありそう。
で、まずここで思ったのは、この子たちが大きくなった時に、今の関わり後悔しませんかっていうのを。
自分がね。
そう、提言したくて、俺は4年越しに久しぶりに会って、なんか申し訳なさとか後悔とかがもういっぱい出てきて。
うん。
やっぱ1つは、その久しぶりに会った大人として、今の関わりが、数年後後悔いのないような関わり方ができたらいいですよねってのが1個まず、
1個も思ったことだったんでね。だから今は自分が子どもたちと関わってるんだけど、この子たちが大きくなった時に後悔のない、
堂々と久しぶりって言えるような、なんか関係でありたいなっていうのがまず思って。
うん。
でさ、まあいろんな思い出あったよ。怒っちゃったなとか、話聞きなかったな否定したなとかいろいろあったんだけど、
まあ怒ったから自分の中で後悔とかっていうよりは、なんかね、分かってあげられてなかったなみたいなのが一番後悔が強かったよね。
なるほど、なるほど。
なんかその、けっこうぶつかったこともいて、一番その2年生の頃で、俺がもう声大きく怒っちゃった子とかいたんだけど、1人だけね。
1年間にその1回だけだったんだけど、その子との思い出はなんか後悔はなかったんだよね。
で、まあなんでだろうって考えた時に、いろいろまた思い出がバーってやってきて、
なんかこの男の子は、まあいわゆる1年生の時からもう問題児扱いで引き継がれてたんよ。
なんかほんと校長先生の車に石投げるし、あの職員室の前ウェーって叫びながら走るしみたいな。
で、うちの生徒になりましたと。
で、でこの子との関わりは、すごいまあ向き合えたんだよね。
うんうんうん。
なんかある日さ、この子が昼休みに、すごい子どもに意地悪ばっかりしとったよ。
すねを蹴ったりとか、バカって言ってみたりとか。
で、この意地悪がずっと続いとったけん、もう次同じこと繰り返したら先生は怒るからねって言って、ガツンと怒ったよ。
そしたらその子が、なんかなんで先生は買ってくれんとみたいなことを言ったよ。
うん。
で、なんで買ってくれんとってすっごい反発されて、でなんでなんやろと思って聞いてたら、なんかその子は足が速くて、鬼ごっこをすると全員捕まえちゃうんだって。
うん。
だから、その、ずっとこの子がいたら鬼ごっこが面白くないから仲間外れにされてたんだってずっと。
うんうんうん。
で、それが悲しくて、やってしまってたんよっていうふうに言われて。
うん。
で、ごめんみたいな、わかってなくて。
うん。
で、すごい俺も謝ったし、その後に話し合いができて、どうやったらいっしょに仲良く遊べるだろうねとかっていうのを話し合えて、その後うまく遊ぶことができるようになったんだよね。
うん。
で、なんでこの子とはこんなにこう本音で話し合えたんだろうって思った時に、なんかこの子はすごい問題行動多かったんだけど、授業中も全然参加しなかったりとか、歩き回ったりとかして、だけど俺はこの子の問題行動をこの子のせいに絶対しなかったよ。
なんでかって言うと、この子はいろいろ困ってることが多いんだろうなと思って。
例えば、そのノートの、その子、勉強で全然参加しないんだからさ、授業中。
だけどよく見てると、最初は頑張ろうとしてるんだけど、文字がノートのマスに入りきらんかったよね。
だけど、入りきらんのやって、一生懸命書こうと頑張るんやけど、どうしても書ききらんのやなってことがわかったけん、じゃあこのノートに書く以外の方法で、自分の考え表現しようかってことで、音声入力したりとかさ、チャット入力したりとかして、参加できるようにしたりとかさ。
そんな形で、この子の、すごく周りを困らせる行動をするけど、この子はどこが困ってんだろうって見方で関わり続けた結果、先生は自分の困ってる感情わかってくれるなって多分思ってくれたと思うよ。
やけん、俺がガツンって怒ったときも、「なんで先生わかってくれんの?」って言って、自分の今困ってる状況を話してくれたよね。
やけん、その子とは久しぶりに、4年ぶりに会っても、怒ったから後悔とか言うよりも、すごいキラキラした思い出が蘇ってきたんよね。
一方ですね、ちょっと長くなってるけど、一方、本当に本当に後悔が止まらんかった子が一人だけいて、その子が卒業式の退場のシーン、退場するときにさ、もう心の中でごめんごめんごめんみたいなのが、ずっと心の声で。
はるか繰り返しのわけね。
繰り返ししちゃった子がいて、その子が算数の授業中に、ずっとわからんもんわからんもんって言って、取り掛かろうとせんかったのよ、勉強に一切。
で、俺の授業のスタイルって、俺が講義で教えるんじゃなくて、自分たちの目標を決めて自分たちで実行して、で、わからんときには友達とか先生頼って、で、できるようになって振り返りをしてっていう、自分たちで運営するスタイルの授業をしとったよね。
で、それってわからんときにはわからんって言えるのが前提やった。で、その子よく見とったんやけど、一切友達に聞こうとせんで。で、ずっとぼーっとしとうけんさ。で、その子に対して、何も動かんと始まらんよって言ったんよ。ひどいよね。
いや、ひどくはないやろって。
いや、何回か、何回かね、励ましてたんよ。こういうふうに言うんだよとか。わからないときはこういうふうに伝えるんだよとかっていうの。いろいろした結果、全く動かんかったから、ついになんかちょっと冷たくね、「いや、動かんと始まらんよ。それはぼーっとしとけんわからんだよ。」とか言って、ひどいこと言っちゃったと。
で、どんどんどんどんやっぱその子は算数の授業の参加への意欲がなくなっていくわけなんよ。で、いよいよスクールソーシャルワーカーさんに相談して、この子は全然もう算数取り掛かろうとしないんですよねって相談したときに、ソーシャルワーカーさんに、この子はもうどう見ても学習障害ですと。
よく観察してたら、言われたことが当たり前に欠けたりとか、理解することが今難しい状態にありますと。
で、俺としてはだからこそ、わからんときにすぐわからんっていうことが大事やなって思ったんやけど、そのソーシャルワーカーさんに言われたのが、「ずっと頼りっぱなしで言い続けることの苦しさ、先生はわかる?」って言われたんやな。
ヘルプ出すっていうのが大事なのはわかってるんだけど、ずっとこのクラスでは、ずっと教えられる側にいるこの子の気持ちわかる?って言われて、なんかもうごめんみたいな、いうふうになったんよ。
で、だから何が後悔で残ったかっていうと、この子の困り感とかを、俺が理解しようとせずに、俺側から見た子供の状況を見て、そんなんじゃできんよっていうふうに、なんか言っちゃう?
分かろうとしなかったっていう態度をとってしまったことに対しての後悔がものすごくあったんよね。
だからつまり、何か問題が起きたときに、その子の側の下に立てんかったときの後悔ってやっぱりすごいなって思って。
で、それの眼鏡を持てたのが、俺がずっと初任の頃からお世話になってる師匠って呼ばせてもらってる方がいるんだけど、山下先生って。
その方が、1年目にずっと授業さぼってちょっかいかける子を俺が怒鳴ってるのを見てさ、その師匠が、この子は困った子じゃないよ。困ってる子ないよっていうふうに教えてくれて。
この子は授業分からんで苦しんでるんよって。その見方をできるかどうかが子どもとの関わりで重要なんだよって話をしてくれたのが、まずスタートやったんよ。
逆にこの視点がなかったときの後悔がすごくて、なんかこっちがもうこの子は困った子だなってレッテル貼ったときの関わりを続けてたら、そりゃ心平かんし。
そりゃ改善はせんし。だから、分かろうとできなかった自分に対する後悔がやっぱりすごくて。
だからティーチャーティーチャーでずっと一貫して発信してるのはさ、子どもの問題コードを見たときに、この子が問題ある子っていうふうに見るんじゃなくて、
この子はどこで困ってるんだろうって。問題と戦ってる子なんだなっていうふうに見方を変えるだけでさ、全然変わるけんさ、こっちの関わりは。
で、それがなんかもう解決するかどうかは、俺はあんまり4年後は重要に感じんくて、そういうスタンスで関われたかどうかが、
お互いのなんかこう絆を育んでる気がして、それだけでいいんですよねっていう。
それはほんとそうかもしれん。それは今から10年後も言ってそう、この若いとき、仕事で関わった人にこう思っちゃったり、こう言ったりしたなーみたいなのが、
言ってそうやねん。 後輩になりそう。 向こうはどこで困ってんのかっていう視点をね。
そうなんよ。だから人との関わり、とりわけやっぱ子どもたちとの関わりってさ、なんか自分の中ですごくやっぱ大きくて、それを後悔のないようにどうやったらできるだろうって思ったときに、
もし子どもが問題を起こしても、どこで困ってんだろうっていうふうに見ようとし続けること。もちろんダメなことはダメって言うし、怒ることもあるんだけど、最終的には分かろうとする姿勢を取れるかどうかが。
これだけは大事なんじゃないかなって思った。どんな状況でも。
なるほど。 だね。だからそういう眼鏡をティーチャーティーチャーでいっぱい、
多分発信してきたんだろうし、これからも発信し続けていきたいなって思うよね。なんかアクションに繋がらないとしても、たとえ
子どもがここで困ってるんだなって思うと全然関わり方変わってくるし、それを分かってくれる人が世の中に一人でもいるかどうかがさ、
子どもにとって救いがあるかどうかだよね。
すげー、それを30人とか?クラス。 35人やったね、その時。
卒業式で思い出す。 思い出すよー、もうねー。
いやほんと4年後堂々と会えるっていう関わりを、
なんかね、伝えたくなった、リスナーさんに。いや確かに。 これなんか俺のティーチャーティーチャーの原点にもなっちゃうんだけどさ、
けっこうヨイ出しとかそっち側、温かい関わりにめっちゃ寄ってるよね、ティーチャーティーチャーって。 うん。
うちの父親がめちゃくちゃ厳しかったよね、まず、そもそも。うん。 で、基本的に足りてないぜっていうスタンスで、厳しく叱られて育ってきたんだけど、
なんかさ、 結局兄が思春期とかなったりとかした時に、
厳しさで乗り越えようとしてたよね、俺から見たら。 兄はこうすごい思春期ですごい反抗期がすごかったからさ、
それ上から思いっきりこう抑えつけようとしてたのを見てて、 で、お父さん、父めちゃくちゃ怖いんよ。
だっけ、うん。 今はもうあんな優しい。 丸くなってるけど、めちゃくちゃ怖くて、それはもう抑えつけようと思えば抑えつけられるんだよね。
だけど、どんだけ怖く怖く怖くなってたとしても、厳しく厳しくなってたとしても、
結局それで乗り越えられんかった姿を見てる。 厳しくしたりとか、怖くすれば子どもはなんか
後世していくっていうのはもう違うんだなっていうのを、すごいN1だけど、 感じてて。
だからそのけっこうアンチテイゼ側にいる。 やっぱ俺の兄も反抗してるけど分かってほしい部分がいっぱいあって。
結局それを分かってくれた時に、今すごい仲良しなんだけど、 ギリとか忍者とか、決まりとかけじめとかすごい言うよ、父。
それ大事なんだけど、それだけじゃ乗り切れん部分やっぱあって。 で、初めて父の方からこう分かりに行った時に、母の方から分かりに行った時に、
心開いて、やっぱ兄がどんどん良くなっていく姿とか見てさ、 なんかそれは
あるよなぁ。 あるねー。
あるねー。 いや俺も最近さ、ちょっと話変わるんやけど、
すごい卒業式の感動とかがなんか分かるようになり始めた。
あー、結婚式でなんかちょっと。 昨日ね、あ、一昨日かな。 一昨日ね、はるかといっしょの結婚式やったんやけど、
初めて涙出そうになったね。 うんうん、あ、出てないんやね。
ちょっとだけ出たくらいかな。 出そうになった。
で全然さ、俺らはさ、新郎側は友達やけど、 新婦さんが全く初めてお会いしましたって人やったやん。
でもそのお手紙とかで、なんかちょっと感動したい。
それは、なんかちょっと人の心を取り戻しつつある感じがあって。 取り戻しって何それ?
分からんけど、卒業式とかも分かる、感動するっていうのが。 生徒一人一人のね、
これまでのストーリーとかを想像しちゃう。
そうね、だから、ストーリーを想像できる経験が増えたんじゃない?
あ、そうかもね。
だからその父親としての、生まれてこんなに嬉しかったとか、
夜泣きすごく大変だったとか、それを乗り越えての今のお父さんの言葉があるんだろうなとかと思うと、
涙が出ちゃうんだよね。 いやもうその通りや。
いや、すごくない?
あの育ってた子がさ、結婚していくんやろって、すごいことって。
想像しただけでヤバいね。
みんなこれに感動してたんだっていうのを一昨日知った。
素直やな。
でもあれだね、なんか意味で理解するんだね。
なんか俺とかはけっこう、卒業ソングとか流れただけでもう潤んじゃうよね。
それはもう多分感覚で感情がバッて動いちゃうもんだけど、
ひとしはこう、ちゃんと意味を理解して感動するんだなって。
そうやね、なかなか感動少ないタイプやったけど、最近はありますね。
だからこうやって心がこう丸くなっていくんだろうね。
なんかほんと最近、俺理論なんだけどさ、
なんかじいちゃんばーちゃんだったらみんな丸くなるやん。
うん、頑固側もいる?やっぱどっちか。
あれ以外がおったわ、あれ以外がおったわ。
なんかいいじいちゃんばーちゃんぞってけっこう丸くさ、
丸いね、優しい。
なんでも、なんかそう受け止めてくれるみたいな印象ないけどさ、
もうじいちゃんばーちゃんがさ、何十年って人生経験してさ、
その態度を取ってるんだとしたらさ、もうそれが正解やけど。
確かに。
もうそうなった方がいいんだろうなと思って、
もうじいちゃんばーちゃんの姿をね、真似してるっていうのが俺の理論としてありますね。
なるほどね。
確かに。
だからめちゃくちゃ頑固にいくか、めっちゃ丸いかって。
まあまあ頑固なじいちゃんを見てね、確かにまあ。
俺はあんまり望ましいとは思ってないけどさ。
ってなるともう丸い側にいくしかないもんね。
うん、やっぱ孤独やもん。
がんこになっていくとさ。