松本康子の幅広い音楽・芸能活動
ようこそ、まきの部屋へ。 教育コンサルタントの有田まきです。
ご機嫌いかがですか。園田哲也です。
毎日ご機嫌に過ごせれば最高の人生ですが、なかなかそんなわけにはいきません。
学校から職場、そして家庭まで、様々な悩みはつきません。
悩みの多くは、人間関係が原因となっています。
この番組、まきの部屋では、誰もが陥りやすい人間関係の思い込みや錯覚から抜け出し、
お悩みを解決する方法を有田まきさんと探っていきます。
さて、YouTubeの方はいいんですけども、ラジオの方は残念です。
とっても素敵な浴衣姿で、今日はゲストの方にお越しいただきました。
ありがとうございます。
こんばんは。
お名前よろしいですか。
松本康子と申します。
松本康子さん。
日本美人って感じですね。
素敵な黒髪で、また黄色の帯が華やかでいいですね。
赤い髪飾りと。
また今日も園田さん、ワクワク。
ムラムラ。
そんなことがあっても、それはつゆとも見せず。
見せず。
真面目に相談を。
松本さんは、見た目からだと何をされているかよくわからないんですけど、何をされているか。
私はですね、YMプロダクションという会社を去年立ち上げたんですけれども、
数々のお仕事をやって、やっぱり音楽が好きだというところで音楽制作に携わらせていただいたりとか、
あとは自身で演歌を歌わせていただいたりとか、
役者さんたちのフォローに回ったりですとか、
そういった伝統を広げたいというところでイベントをしたりとか、いろんなことをさせていただいて。
幅広いですね。
まずプロダクションを経営されている社長さんなんですね。
はい。女社長。
すごい。
それでもって伝統文化を広げるためのイベントとかを仕掛けた。
仕掛ける。
音楽はプロデュースとか、プロデューサー業とかもされていらっしゃるという。
なおかつ、ご自分で歌われている。
はい。
演者でもある。
演歌ってどんなことあるんですか?
演歌は、私は3歳の頃から美空ひばりさんが大好きで、両親の影響なんですけれども、
ひばりさんの歌を歌わせていただきながら。
いろんなステージで歌われたり。
会社経営、プロダクションを経営していて、イベントをやったりとかね。
ご自分でも歌われて。
それは忙しすぎるじゃないですか。
忙しいですよ。
忙しいと言いますか、まずいろんなことに手を出しすぎまして、
自分迷子であるというところから、
ちょっとここのきょうは、まきさんにお二人に相談したいと思ったんですけれども。
迷子ってのは、本当はやりたいことがあるけど、できていなかったりとか。
何がやりたいかわからなくなっちゃったりとか。
そういうことでございます。
ちょっと具体的に教えていただいてよろしいですか。
まず、仕事の経験はたくさん。
接客サービス業ですとか、営業ですとか。
いろんなお仕事をやってきまして、
音楽の世界に入ったのが、まず40を過ぎた頃に。
やっぱり音楽好きやんっていうところで、
すごい素晴らしいご縁があって、
福岡で活動されている作家さんとご縁がありまして、
そちらでお仕事を一緒にさせていただいたっていうのがきっかけだったんですけど。
すいません。ちょっと女性に年齢を聞くのもあれなんですけども。
40を越えてからというのは、今から何年前ぐらい?
もう、かれこれ5、6年前でございます。
40代に半ば?
お若く見えるけれども、5、6年数では音楽のお仕事にどっぷり使ってこられたということなんですね。
父との約束とカラオケ喫茶の再開
でも、もともとはプロデュースをする方が好きで、
若手の方ですとか、役者さんとかも応援したいというところで動き始めたんですけれど、
やっぱり伝統文化とか、私が大好きな博多織りを広めたいという気持ちも強くて、
今は演歌をプロデュースして、自分自身でも歌いながらやってるっていうところなんですけど、
いろいろ動きすぎちゃって、迷子になってるっていう。
それで、相談内容なんですけど。
迷子になってるかつ?
かつ、父の影響でひばりさんを好きになって、
そして父は10年前に他界しまして、
その他界した時に父が大好きだった、先ほど歌った愛さんさんをずっと歌って見送ったっていうのもありまして、
父との約束がカラオケ喫茶を開くっていうところなんです。
お父様が松本さんに対して、カラオケ喫茶をやってもらいたいっていうふうに何か遺言というか、望みを託してたんですか?
うちの両親が元々とっても歌が好きだったもんだから、
カラオケ喫茶の多い町で天ヶ崎にカラオケ喫茶をオープンさせまして、
元々経営されてらっしゃったんですね、ご両親が。
私がやり始めて、3年くらい両親に行きまして、カラオケ喫茶をやってたんですけど、
父がそこで病気になっちゃって飲みすぎちゃって、自分が。
それで病気になったもんだからこっちに看病するので連れて帰って、
でも必ずこっちでするからねっていう約束で連れて帰ったものの、ずっとそのまま糖尿生活に入りっていうところで。
もともと兵庫県の天ヶ崎市で松本さんとご両親とでカラオケ喫茶をやってらっしゃった。
でもお父様がご病気になったのを契機に福岡に戻ってこられて、
福岡で糖尿生活をされてらっしゃったけれども、いつかもう一回あれを再開しようというお約束があったということですね。
そうです。そのタイミングが、自分迷子になっている今、年齢的にも自分もいい年になってきて、
母も高齢なので、そろそろなのかな、それともいろいろなご縁でつながった方々がいるので、
やっぱりそこも中途半端にはしたくないっていう気持ちがあって。
それでもう、牧さんに。
なるほど。
助けてくださいって。
活動の軸を一つに絞る提案
体も一つですね。
やりたいことは山ほどあって。
ズバリ結論を先に言いたいところですけれども、一つに絞りましょう。
これ才能がある方ゆえの悩みなんですけど、プロデュース業も何となくやってみたらうまくそれなりにいくし、
求大展は取る、合格展は取る、イベントをやっても何となくうまくいく、後輩支援をしてもできると。
合格展を生じとってしまうとですね、何でもやっぱり気持ちの上で一生懸命な方みたいにお見受けするから、
やろうと頑張りすぎるけど、やっぱり年齢的にも限界があるし、今言った通り、体は一つですよね。
一番やっぱり危険だなと思うのは、今まであるご縁の方もいらっしゃるから、やっぱり中途半端にできないからプロデュース業もこれもやってるって言うけど、
考え方逆でですね、やっぱりこのまま行っちゃうと逆に中途半端になる日が来ると思ってるんです。
だから縁がある方には感謝し続けることはどの形でも感謝し続けられるし、人として恩返しはどんな形でもできる。
けれど仕事に関しての自分の人生は自分でしか責任が取れないので、私も別に芸能人でもなんでもないから偉そうなことは言えないけど、
少なくとも芸能関係に携わっている友人とか知り合いの話を聞くとですね、演者なら演者、プロデューサーならプロデューサーにどちらかに徹した方がやっぱりうまくいくと思うんですよ。
これはどちらを選ばれるかはご本人次第ですが、今見る限りとさっきの歌の一節を聞く限りと雰囲気、イメージ、私が考えるご性格からするとですね、演者側に回られるといいんじゃないかなと。
そしたらおそらく支援者の方、スポンサーさん含めてですね、いろいろとまた今まで縁があった過去にも縁があった人がそちら側に応援しやすく明確に応援できると思うんです。
でも今あなたがいろんなことをやっているとどう応援していいかわからないって周りも迷子にさせてしまうと思うんですね。演者でいく、プロデューサーでいく、どっちかを明言すると必ず縁ある人はまた再びあなたを支援してくれると思うので、その結果カラオケ喫茶っていうのは正直言って他の人と一緒にもやることできるから、それは忘れずに持っていると必ずできることだと思うんです。
でも仕事という意味で自分を生かしていくっていうのを一度大きな大木っていうのをきちんと幹を据えて、そしてその中でカラオケ喫茶も必ず叶えるという意思を持っていたら私はいいんじゃないかなと思いますけど、どうでしょうか園田さん。
でもお父様との約束を大事にしたいっていう非常に親孝行なところは終わりですけれども、やっぱりまずは自分が生き生きと自分の好きなことをやっていることの方がきっとお父さんも天国から喜んで見守っていてくださるんじゃないかななんて気がしますね。
ありがとうございます。ぜひでも叶えてください。叶えられると思いますよ。どっちかを起軸にすれば。
ありがとうございます。どうもありがとうございました。