ご自愛の方向性は真逆?整える派 vs 自由にさせる派
こんにちは、たまです。
こんにちは、まりかです。よろしくお願いします。
今回はですね、前回の MBTI シリーズでお互いに似ているところもあれば、
反対のところにもあるみたいな話になりましたけれども、
ちょっとそれと似た感じで、最近、季節の変わり目で疲れがたまりやすかったり、
体調を崩しやすい人も多いシーズンかなって思うんですけれども、
そこに対応するのって、結局ご自愛なのではないかって私は思ってるんですけど、
ご自愛って一言で言っても、実は結構方向性が異なるよねっていうのが最近話題になったことがあって、
ざっくり整える系か、それとも自分の好きなことを喜ばせる系か、
分かれるような気がするんですけど、
その辺はかなり感覚が異なりそうだなと思ったんで、
そんな話をしていこうかなと思っています。
たまの「整える系」ご自愛:攻めと守りのメソッド
私は先に言ってしまうと、整える系のセルフケアはよくしていて、
やるのも好きで、整える系っていうのは例えば、
栄養のある食事をするとか、生活習慣をガタガタにしないとか、
整った暮らしをするみたいな感じのところってのは、
私にとってはすごい大事なご自愛テクニックではあって、
その中で、より攻めと守りみたいなのは一応あって、
より整えていく、ドラスティックにやっていくみたいな、
整えメソッドみたいなのもあれば、
例えば、私マッサージとか好きなんですけど、
信頼しているマッサージ師さんのところに行ってとか、
そういうプロの手を借りるみたいなのが、
私にとっての攻めの整え術っていう感じ。
守りだと日々の生活習慣で、
お座りになっているところを整えていくみたいな感じが、
私にとってのセルフケア、ご自愛って感じなんですけど、
自分が好きなことをして喜ばせるみたいな、
何かしらの効能とかメリットがなくても、
自分の好きなことをさせてあげるみたいなのは、
ほとんどないんですよ。
いろいろ考えたんですけど、結局唯一思いついたのが、
自分の好きなコーヒーの銘柄ってことじゃないんですけど、
コーヒーの豆のメーカーがあるので、
そこのコーヒーを買い続けていることくらいって、
本当に思いつかなかったんですね。
自分の効能がなくても喜ばしいからやってることっていうのは。
それって両方、ちょっとそれはアンバランスだなって思ったので、
自分の喜ぶことだけが効能として残るみたいな、
セルフケアもあっていいんじゃないかなっていうのは思っています。
まりかの「自由にさせる系」ご自愛:公園に放たれた犬のように
私の方はご自愛というか、自分ので言うと、
自分がしたいことを自由にさせてあげる。
ひたすらゲームをやりたいと思ったらやるとか、
食べたいと思ったものを食べるとか、
逆に自分をコントロールするというよりは、
自由に走らせてあげるみたいな、
お腹に駆け回りたい子に後援を与えてあげるみたいな感じで、
暴走させるじゃないけど、
フリーダムにさせてあげるみたいなことが、
私にとってのご自愛の感覚だから、
ただ中澤さんが整えるみたいな言葉を言われた瞬間に、
すごいやらなきゃいけないことをやらされてる感が、
すごい言葉からするとある。
やるべきことを逆算して、
これをやった方がいいからやる、みたいなことっていうのは、
逆に私にはあんまりやったことがないから、
ご自愛と一言で言っても、
これほどまでに真逆な感じなんだなっていうのが、
ちょっと事前に喋って、すごいびっくりしたところですね。
規律とこだわり:たまの丁寧さとまりかのフレキシブルさ
マリカさん、私から見ると、
結構いい意味で貴重面なところとかもあるじゃないですか。
スケジュールとかのところは、
確かにわりと今日やっちゃうみたいな、
今日出力しちゃうみたいな感じのところとかも踏まえて、
わりとフレキシブルに派だとは思いますけど、
例えば、キッチンとか、
家のこういう環境にしたいとかっていうのは、
わりとしっかり規律があるタイプには感じてるんですよね。
だから、自分にとっては自然な規律みたいなのは多分あって、
それを超えてくるとこは結構嫌なんだろうなというか、
それはちょっとグリップされてる感があって、
ちょっともうってなっちゃうっていうことなのかしらっていうのは。
本題とずれますけど、今言われてすごい気づいたのが、
私なんかすごい細かいんですけど、
生肉をいかに触れないかっていうのと命をかけていて、
牛乳パックをまな板にして、
タップから出すときもビニール手袋を使って出して、
っていうことをやったりしてるんですけど、
でもあんまりそこまでやってる人いないなと思うし、
洗濯物回すときも白物と黒物とその他色物で分けて、
洗濯するんですけど、
でもそれは私にとってはやりたくてやってるから、
それをちゃんとしてるとかとは思ったこともないし、
でも確かにこだわりと言われたら、
ルールと言われたら確かにルールな気はする。
私は多分それらは全てできないですね。
やれって言われてもできない。自分で当然やろうとしない。
さすがに真っ白は分けるかなみたいな、
何回かピンクとか薄い青とかにしちゃったことがあるので、
それはやると思うけど、
雑にやる才能がない?たまの自己分析とスイッチ思考
全自動洗濯機にぶち込むみたいなことをしょっちゅうやってしまうので、
その辺は、この前GPTと久々ぶりに壁打ちしてた、
最近ちょっとチャッピー賢くなったので、
目的によってはチャッピーもありだぞみたいな感じで、
また使ってたりするんですけど、
その時に、私の自己分析とかした時に、
雑にやる才能がない人なんだと思いますみたいな感じで、
チャッピーに言われて、ほうほう、確かにみたいな。
だから何でしょうね、
マリカさんみたいにはその逆で、
丁寧にやる才能があるから、
そこにすごい努力してやらなきゃいけないとか、
やってる感とかっていうのはないんだと思うんですよね。
自分にとって自然なことだから。
でも私はあんまり微妙なんですよ。
雑にやる才能がないってことは、
それは丁寧にやる才能があるんじゃないかってわけでもないんですよ。
そこね、変なの。
同じことのように思えたけど。
同じことのように思えたけど、違うんですよ。
どう違うのかをちょっと説明するのが難しいんですけど。
上手く手を抜けないみたいな。
上手く手を抜くことができないから、
めっちゃちゃんとやるか、めっちゃ雑にやるかの
二通りになってしまうみたいな。
それを自分が快適なレベルにコントロールすることっていうのは、
そういう才能はないんだと思いますみたいな。
分かったっていうよりは分かるって感じだったんですよ。
そこのレバーの微妙な調整みたいなのが
自分に心地よい形でマリカさんはできているということなのではないか
みたいな感じでちょっと思った。
レバーが0,1か、滑っと動くレバーなのか。
そうそうそうそう。
私はもうスイッチみたいな感じなんですよ。
ここはちゃんとやる。
コンフスイッチなんだ。
ここは妨物なことだから気にしないみたいな。
死なないみたいな感じになっちゃうっていう。
そこだけ切り取ってみると結構雑な生活とも見える。
もともとのトピックに若干戻ると。
真逆なご自愛スタイルのバランスと外部パートナーの可能性
私的には自分の喜ぶことを
めっちゃ雑かめっちゃ丁寧にやるかの二択しかないところに
程よい形で自分が喜ぶエッセンスを入れていくっていう風にすると
実はそれが本当にちょびっとだったとしても
生活があまりストレスフルじゃなくなるのかなってちょっと思ったりはしてます。
聞いてて思うのが私と真逆で
自分で予定をスケジューリングして
自律的に自分をコントロールしてあげることが喜びなのであれば
やりたいことを私がやってるような
やりたいことをさせてあげるっていうことが
逆に邪魔なんじゃないかって思っちゃうんですけど
そこがバランスっていう感じなんですか?
まず大前提、自分に何々させてあげるっていう感覚がないんですね。
それ多分外向と内向の違いだと思ってて
視点の位置が違うみたいなことがよく言われてるんで
面白いなって聞いたんですけど
だから自分が、私は基本第一人称視点でしかないみたいな感じ
なのでそれである程度規律があった方が
自分がいろいろ計画立てやすいからっていうのはあるんですけど
それはあくまで頭の中でやってることであって
芯のところまでが100%合うかどうかっていうと
それは時と場合によるんですよね
だから典型例だと私AI大好きなんで
6時間でも7時間でもAI触っちゃうんですけど1日に
当然首肩懲りとか最終的に頭痛みたいなことはあって
この前マッサージに行ったりしたんですけど
その時にも合間合間にちょっとずつ
体に意識を向ける時間を
1分とか30秒とかでも儲けてこういうストレッチを
首を動かすストレッチとかやるだけでも違う
今はそれだけでいいんじゃないでしょうか
みたいなことを言われて確かに
バランスといえば確かに
そういうのが逆にやっぱりやりたいことを
自由に放牧させすぎてしまうので
もうちょっと上手いこと自立じゃないけど
ケアしてあげる方のご自愛も
ケアというか整えてあげる方のご自愛の存在を
ちゃんと初めて認識した気がするので
それも自分が嫌がらない程度に
上手くできたらいいなと思うんですけど
お互いだから自分の自然とやってることのご自愛もできるけど
そうじゃないことを言えるって難しいから
難しいですよね
練習していきたいですね
私はそこは外部の
第三者のプロの力を借りるっていうのに
絶大な信頼を置いてて
AIにそれを模倣させるっていうのも
一つ選択肢としてはありだと思うんですけど
私にとってもAIってどっちかっていうと
自分に近い手足に近い存在になっちゃってるので
ワークしたりしなかったりだとか思うんですが
第三者からそういう自分にない視点を
補ってもらいつつケアもしてもらうみたいなのが
結構私には向いてるみたいで
でもまりかさんの場合だとそれが
あんまりコントロールしてる感じにならず
程よく規律をってなると
結構難しいですよね
どうしたらいいんだろうって感じですけど
ちょっと課題として考えていきたいと思います
うっすら伴奏してくれる人とかいたらいいです
そういうサービス人気だそうです
欲しい気がする
いわゆるアカウンタビリティパートナーですね
はい どうもありがとうございました
本日は以上でした
ありがとうございました