ヘドロの涙の紹介
MCで日本メンター協会オフィシャルパートナーのたまここと今井陽子がお送りする毎日がちょっと楽しくなる3分フリートーク
ヘドロの涙
今日はそんなお話です。なんのこっちゃ!と思いますよね。
ヘドロの涙
そういう題名の曲があるんです。
お友達に誘われて、ある方のライブに行きました。
日本人です。東京音大を卒業された、しっかりお勉強なさったシンガーソングライターと言っていいのかな。
とにかく才能豊かな方なんです。ピアノは弾けるし、ウクレレは弾けるし、歌はめちゃめちゃ上手だし、エレクトーンは何か大会で優勝したこともあるということですし、
とにかく音楽に関しても万能の方ですね。
自分で作曲した曲をたくさんライブでも演奏されていて、月に4本もライブやってるって言ってましたね。
それに加えて、オーケストラと共演するとかですね。
いろいろとご自分の発想を豊かに展開されて、どんどん進化なさっているそんなミュージシャンなんだなあっていうふうに思いました。
この方が私の知人のピアノの先生だったらしいんですね。
知人の息子さんの先生かな。ちょっと忘れちゃいましたけれど、そんな関係でお誘いいただいて行ってきたんですよ。
で、演奏してくださった曲の中の1曲に、ヘドロの涙がありました。
これはね、詩がね、ズキューンときてしまったんですよね。
どういうことを歌った曲かっていうと、ご自身が小学校の時かな、いじめられた体験があるんですよね。
その時の描写、その時のご自分の気持ちをすごくリアルに歌ってらっしゃるんですよね。
それを聞いて、ああそうだよなあって。
私はいじめられた体験はありません。
でも、親との関係がイマイチだったんで、やっぱりそういうことに近い感覚って持ってるんですよね。
いじめからではないけれども、私もヘドロの涙流してたと思うんですよね、昔は。
今はこんな濃天気でちょっとね、ヘラヘラしてますけれども。
そう、やっぱりでもそういう体験が、この方はこんな素晴らしい曲になって消化できてるっていう、
それはね、すごいことだなって思ったんですよね。
感情の昇華と表現
毎日汚いとか、この人の落としたね消しゴムはバイキンがついてるから触っちゃいけないとか、
なんか小学生ってそういう意地悪しますよね。
でも毎日毎日汚いって言われてると、自分ではなんでだよって反発心も覚えつつも、
でもね、みんながそんなに言うんだったら汚いのかなって。
そんな気になっちゃうっていうのがすごく切なくてですね、もう死がストレートなんですよね。
なんでやっぱりそういう気持ちって、こんな風に大事に曲にして死にして消化させるっていうことはすごく大事なんじゃないかなってそんな感じがしました。
結構毎日何かに感謝をするとか、こういうSNSだとかスタイフのようなもので、
ネガティブな発信をしないっていうことを私も心がけています。
でもだからといって自分の中に湧いたそういう悲しい気持ちとかネガティブな感情っていうのも、
見ないふりをして蓋をするっていうのは良くないのかもなっていうことに気づかされましたね。
ですからそこにあまりにも長く浸ってですね、悲劇の広いみたいになることは決して良くないと私は思います。
でもそこが何だったんだろうっていうことを自分なりに感じて、
そうやって自分は耐えたんだよねとか、そういうことに対しても暴力的になったりしないでね、
自分で対応してきたんだよねっていう、そういう自分をハグしてあげるみたいな、
そういうプロセスって実はとても大事なんだよなって思うわけです。
私は独親本を書いてます。
親から何を言われてもあなたは幸せになれるというタイトルにしてるんですけど、
それを書いた気持ちっていうのはやっぱりそういう過去の辛かったことを消化させるっていう意味合い、
そして同じような境遇にある人に絶対そんなに私と同じような体験をしてほしくない、
一刻も早く抜け出してほしいって、そういう思いから書いたんですけど。
このヘドロの涙を書いたフラニさんもきっと同じお気持ちだったんじゃないかななんて想像しています。
URL、YouTubeがあったのでね、貼っておきますので、よかったら聴いてみてください。
こういうふうに曲を自分で弾いて歌って表現できるっていいなーって思います。
私にもそういう才能があればよかったんですけれど、そうじゃなくて自分なりの表現の仕方って何なんだろうなって、
そんなことも考えていきたいなという気持ちになりました。
そんなわけで、今陽子がお送りしました。それでは。