仕事における指摘の理解
どうも、慎重内省型モヤリーマンのことわーぱぱたかしです。
今日はですね、悩みの種は〇〇であるというね、お話をしていこうかなと思います。
このチャンネルでは転職3回、現在4社目なのにもやもやしながら働いているモヤリーマンたかしが理想の働き方になるまでの過程をお話ししております。
はい、えーとですね、最初のね、悩みの種は〇〇ということで、こちらはですね、ずれですね。
皆さんね、頼まれ仕事とかされたりとかね、あとちょっと上司にね、こう相談、こうだけどいいですかねとか、
まあいろいろね、頼まれた仕事を報告した時に、あれこれ違うよとか、これはこうした方がいいよみたいな、ちょっと考えが甘いよみたいなね。
まあそんな時ありません。僕はね、最近いろいろあるんです。
まあちょっと納得いっているものからいかないものまで、まあいろいろあるんですけれども、
この時にね、やっぱりこう自分がこう出した成果物に対して指摘が入るとね、やっぱもやもやするんですよね。
で、これはなぜかって考えた時に、やっぱりそこにね、仕事を頼んだ人とやった人とのずれがあるんですよ。認識のずれですね。
まあ差分でもいいでしょう。これをね、意識するかしないかで、その指摘がね、心に腐るのか、事実としてそれを捉えるのかっていうので、
割とメンタルが変わるかなーなんて思っております。
まあ以前の僕はね、なんかそういうのを指摘されると、なんか俺ダメだなーとか、またなんか自分ってダメだなーみたいなことを思っていたんですよ。
なんですけど、まあ最近はですね、まあいろいろありまして、まあ考え方をね、ちょっと変えてみるというかね、解釈を変えてみた時に、
やっぱり人それぞれね、ニュアンスってやっぱり違うんですよね。
わかりやすく言うと、今現場監督をしてるんですけれども、設計図があってこれ通りに施工してくださいって言ったとして、
担当する人によって結構ね、やっぱ差異が生まれるんですよね。
やっぱり気を使ってここをこうした方がいいってやる人もいれば、ここよりもこっちを気を使ってこうした方がいいとかっていうことでね、
設計図1枚出しても、出来栄えっていうのがね、100人、100色?違う、10人、10色なわけなんですよ。
なのでそれからもわかるように、結局ね、なんかこう自分の思った通りにね、部下が仕事をしてくれるなんてことはまずありえないわけで、
その逆もしっかりで、上司が何を思ってこうしたのかが理解できてないとね、やっぱその分の差分が生まれてしまうということですね。
行動実験としての挑戦
人はね、それぞれ違う、みんな違ってみんないいって言うぐらいね、同じ人はいないので、
そりゃ解釈の違いも出るのも当たり前だし、それでね、違うよっていう指摘が入ったこと、指摘イコール間違いじゃなくて指摘イコールズレなんですよね。
それを考えておくと、なんかこういろいろとね、頼まれ仕事やって、いやちょっとこここうなんだけどなぁみたいな会話になった時に、
あ、向こうがそういうニュアンスだったのね、そういう頭だったのね。
いや僕はなんかこう聞かれた時にこうだと思ったんだよね、じゃあその差ってなんだろうとかさ、じゃあその差って本当に良いものか悪いものなのかとか、
そういうのを考えるとね、なんか面白いというか、やっぱ人それぞれね、やっぱ考えてることが違うんで、面白いなーっていうことにね、気づいたんですよね。
本当に以前の僕は、なんかその出した書類赤ペンされると、うっ、みたいな勝手に傷ついてたんですけど、
でもそれはね、事実として捉えておいた方をおくと、やっぱ気持ちもね、違うし、あ、ここは違ったんだとか、あ、ここはもう単純な僕のケアリスミスだ、次直そうとか、
赤ペン先生とかね、向こうのね、温度が伝わらなくて、無駄にね、被害妄想的な感じでね、
自分の作った文章が悪かったせいでこうのこうの、みたいなことを思ってはいましたけど、結局それ全然違くて、
ただ単に考え方の違いであるということだけなんでね、それに気づいてからね、なかなかなんか面白いというか、やっぱこの人はなんかここを大事にしてるんだなとか、
この人はなんかこういう体裁を気にする人なんだなとか、この人はこういう本質をここに捉えてるんだなとか、っていう風にね、なんか見えてくるとまたね、面白いですよね。
まあ現にね、今仕事をしてて、同じ課のね、いろんな人から仕事をもらうわけなんですけれども、やっぱ人それぞれによってね、なんか指摘する誤差とか、やっぱ別々なんですよね。
僕からしてみれば、いや全然そんな別に気にする必要ないじゃん、結果的になんかこうなるんだから別にこんな細かいところ気にしてても別、よくね、みたいなところも指摘する人もいれば、ざっくりいいようにやっといてって言って、
まあいいようにやって、ここはこうでこうで、みたいなこと言われて、あーなるほどねって勉強になる時もあるし、でも僕はなんかね、最近は逆にこう、ちょっとなんかやってみてって言われて、自分で考えてやって、そっからね、答え合わせをした時に自分がね、足りない部分とか、
あとは逆にね、よくここ自分は合ってたなとか、なんかそういう答え合わせをするのがね、なんか楽しいような気もしてきてて、なんかこの考えがあるとね、なかなか指摘で悩む人にとってはいいかなと思います。別にあの人が嫌いで指摘するわけではなくて、やっぱりこう、仕事なんでね、間違ってるものは間違ってるし、それを事実として受け止めるということがね、まあ大事だと思いますし、
チームビリーディングという点から見てもね、そこでなんかいちいちなんかこう、被害妄想を続けてたら、まあ持たないなというところもありますんで、日々行動実験なのでね、自分がやった仕事、フィードバックが返ってきた時に、どう捉えるかはやっぱりその人次第なんでね、僕はそれをちょっと最近面白く捉えてやってみております。
だって、一生懸命やってさ、なんかこれが足りない、あれが足りないって言われたところでさ、言われないとわからないし、なんていうんですかね、後悔する余地もない感じなんで、そこはね、自分の伸びしろだと思ってね、やるしかないですし、本当に仕事のね、なんか注意されたとかさ、苦情とかっていうのもさ、結局なんかズレなんですよね。
相手はこう思ってるけど、自分はこう思ってて、その思いの差分がそういうクレームになったり、褒めの言葉になったりとかっていうのはあるんで、そこをね、見定めるためにもやっぱり量をこなして経験値をね、入れておくということが大事かなと思います。
今日は、悩みの種はズレ、または差分でしたというお話をしてみました。
参考になった方、面白いなと思った方はぜひいいねコメントしてみてください。
では、以上です。