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9つの視点で性別役割分担を考察する【人文的アプローチカード】
2026-06-27 32:58

9つの視点で性別役割分担を考察する【人文的アプローチカード】

長いので、9つの視点の話にタイムスタンプをつけました。
COTENと人文的アプローチカードの紹介
   9つの視点で性別役割分担を考察する
①人間の外に原因を求めてみる
   女性の社会活躍の壁は人ではなく社会システムのせい
②歴史を辿ってみる
   江戸時代はみんな仕事も家事もしてたよね
③未来の視点から見つめ直してみる
   意識は変わってても社会構造が追いついているか
④似ている何かを探してみる
   教育は男女格差なくしたじゃん
⑤自分の認識や前提を確認してみる
   地方正社員共働き前提だと明言する
⑥複数の理由を想像してみる
   性別役割分担は仕事でも家庭・教育でもデメリット
⑦相手の文脈に立って理解してみる
   人は自分とは生活環境も価値観も違うと認識する
⑧美しいと思う感覚に向き合ってみる
   自分をそのまま出せる姿に美を感じる
⑨矛盾を見つけて受け入れてみる
   産む決定権は女性にあると知った話
まとめ

COTENラジオのゲーム紹介動画です
後半に、人文的アプローチカードの紹介があります。
https://youtu.be/eVkhItBT400?si=y-cAlbyeh0g7nAgM
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/600ecdaf2b4a4592fe0df6ef

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サマリー

このエピソードでは、COTENラジオが開発した「人文的アプローチカード」を紹介し、性別役割分担というテーマを9つの異なる視点から考察します。まず、原因を個人の外、すなわち社会システムや時代の規範に求める視点では、高度経済成長期の社会構造が現代の共働きや育児参加のニーズに追いついていない現状を指摘します。次に、歴史を辿る視点では、江戸時代には男女が家事や仕事に協力していた事実を挙げ、性別役割分担が固定的なものではないことを示唆します。未来の視点からは、10年後の社会では性別による役割分担意識が減る可能性に言及しつつも、社会構造がそれに追いつくかが重要だと述べます。また、教育分野における男女格差の解消と比較し、社会に出た際の格差への違和感を表明します。さらに、自身の認識や前提を確認する重要性、複数の理由を想像すること、相手の文脈に立って理解すること、美しいと感じる感覚に向き合うこと、そして矛盾を見つけて受け入れることといったアプローチが、多様な価値観や状況を理解し、より良い関係性を築くための鍵となることを解説します。特に、妊娠中絶に関する議論を例に、自身の考えになかった視点を受け入れることの重要性を強調し、これらのカードが物事を多角的に捉え、深い対話へと繋がるきっかけとなることを期待しています。

COTENと人文的アプローチカードの紹介
はい、どうもこんにちは、たからんです。 この前ですね、あの
株式会社コテンっていうところの活動が、すごく私、今、興味が、興味津々と言いますか、 えー、すごくハマってるんですけれども
人文知とか歴史、人文知ってあの、人の文書の文の知識の知ですね。 私も人文知って言ったらどういうことを指すのか、まだちょっと分かってないところもあるんですけど、その社会学的なところとか、あと
歴史に学ぶとかっていうところから、こう、いろんなものの見方とかですね、自分の考え方とか、あと社会の構造とかっていうのを、こう、知っていこうという、そんなような活動を中心に発信してくれているところでして、そのラジオとか、コテンラジオとかをですね、あの、よく聞いてるんですね。
その中の一つに、ゲームでその社会学とか、人文知の面白さっていうのを伝えようという活動がされていて、で、そのコテンゲームスっていう
ところでボードゲームを作っているっていう話をこの前しました。そこのね、あの、製作課で見れるコミュニティに入ったりしましたっていう話をしてたんですけども、
そこで言ってたボードゲームとも同時に、あの、もう一個こう開発されて、発売されたやつがあったんですね。
カード、カードなんですけど、人文的アプローチカードって言って、
9アプローチズトゥヒューマニックス、ああ、言えない、英語下手。9アプローチズトゥヒューマニスティックシンキング。
ヒューマニスティックシンキングっていうのが人文知のことなのかな?の、まあ9つのアプローチでね、アプローチするっていうカードがあります。
で、これが私ものすごく好きで、あの、紹介されてたYouTubeで、こう開発、
もうすぐ発売なんですっていうところを紹介されてた時に、その9つのやつをね、読み上げられてたんですけれども、
これがですね、なんだろう、この、物事を客観的に見るというか、
見方を、なんだろうな、なんて言うんですか、難しい、難しいんで、どんなものなの?どんなものなの?っていうのをちょっと
ご紹介したいと思うんですけど、これまだね、開発段階だったのかわかんないけど、もしかしたら、
発売されている時には変わっているかもしれないんですって、なんですけど、そのYouTubeでね、紹介されていたところで、その9つの言葉をちょっと
お伝えさせていただきますね。 まず1つ目。1つ目が
① 人間の外に原因を求めてみる
人間の外に原因を求めてみる。 っていうことで、
えー、こうなんでしょう、
こう、いいこととか悪いことがなんかあったときに、自分とか他人とか、その人とか、人とかに
原因を、原因がね、人が悪いとか、あいつが悪いとか、自分がダメなんだとかっていうふうに言ったりとかすることはあるけども、
いや、それはもしかしたら、社会とかその、
その時代の規範、常識とか制度とか、社会構造とかっていうところに原因があるんじゃないのっていうのを、
あるかもしれないねっていうのを考えてみましょうという、そういう視点のことを言ってますね。 人間の外に原因を求めてみる。
これめちゃくちゃあってですね、
今回じゃあちょっと、わかりやすくというか、自分が思っている子育て関係ですね。子育て、
要は、男が仕事、女が家庭っていうのを、昔ながらの規範がですね、
いまだに日本残ってるんじゃないの?そんなんじゃダメなんじゃないの?俺別にそんなことやってないよっていうのをよく言ってるわけなんですけど、
そこら辺をちょっとベースにちょっと考えてみたいんですけど、
人間の外に原因を求めてみるっていうと、
そうそう、だから、なんだろう、これまさにだと思ってて、
高度経済成長のところの社会システムですよね、社会の形っていうのが、
やっぱりその工業化がどんどん進んでいく、戦後からね、復帰していって、工業化が進んでいくっていう中で、
戦後の人がいっぱい亡くなっちゃって、その反動だけかわからないんですけども、
そのベビーブームがありましたよね、すごい、その分子供が一気に増えた。
第二次ベビーブームがまたその後に起こりますけども、
そこで一回人がいっぱい増えたっていうこともあって、そういう日本の状況の中で、
男性はどんどん都会に出て行って、出稼ぎとまでその時言ったかわからないけど、
出て行って仕事をガンガンやると、24時間働くと、
家政で社会をどんどん回す、経済復興する、経済大国になっていくとしながら、
家庭のほうは全部、家庭というか人材育成というか、子育て、子供を育てること、教育することっていうのは、
家庭で主に女性が担うっていうような、そういう体制を作り上げましたよね。
法律とかも見ても、男性が専業主婦を養うっていうことは前提で作られてるので、
年期金とか、属年金とかね、そういうのを見るとですね。
なので、そういうふうに生きることを前提の形にしてますよね。
だからそういうふうに生きたほうが、生きやすい形になってるし、
そこを目指すのがいいと思ってるし、
一億総中流で、みんな中級だけよりちょっといいかしみたいなのを目指そうっていう、
モデルケースを目指すみたいなのがすごく良くなってるしっていうような常識があるから、
そこを目指したくなるよっていうやつですよね。
その社会状況と今は変わってきたしって中で、
やっぱり社会の成り立ちがうまくいってない。
だから女性が、うちも友も働きですけど、
女性が仕事もやる、私も男性も子育てをするっていうような形も別にあり得るし、
それが適合するような技術的な発展をしてきてるのに、
社会の常識、規範とシステムが追いついてないみたいな感じのところがあるんじゃないかなと。
だからそういうところですよね。
女性がとかそのママさんがとか、パパが男性がとかっていうことよりも、
社会の影響の方が大きいんじゃないかっていうのがよく思いますね。
長いな、長くなっちゃった。1個目、ちょっと軽くいこうか。
② 歴史を辿ってみる
2個目が歴史をたどってみるっていうことで、
歴史を見るとまたちょっと違う目線があるんじゃないかっていう、
ざっくり言っちゃいましたけど、そういうところですね。
子育ての話で言えば、まさに40年前、40年前の構造経済成長期の時とはまた違ってるし、
さらに昔っていうふうになると、明治期とかさらに江戸時代とかみたいなことを考えると、
男性が仕事、女性が家庭というふうにやってたかというとそうでもなくて、
農民とかですね、一般人ってほとんど農民平民だったんで、
みんなで畑仕事して、みんなで家事をしてっていう。
しかも子供もね、子供も仕事も手伝うし、
自分より小さい弟妹もお姉ちゃんお姉ちゃんがおんぶして世話してる間に、
お母さんもお父さんも畑仕事するとかっていうような動きとかがあったわけだから、
別に男が仕事、女が家庭っていうのは人間の歴史的に固定されてる話ではないっていう感じですよね。
武士とかね、上流階級の人たちの暮らしっていうのは違ったかもしれないけど、
テレビとかで見てるとこれが日本の伝統だって思っちゃうかもしれないけど、
そうじゃなくてってところですよね。それはもうドラマとしてというか、
その階級の物語だけ見てるからそう思っちゃうかもしれないけど、
一般人そんな生活してないよというところがあったりするんで、
そこで固定関連があったんじゃないのかなっていうことを気づけたりするっていうのがあると思いますね。
③ 未来の視点から見つめ直してみる
3番。
長いね。
3番。未来の視点から見つめ直してみる。
未来の視点から見つめ直してみる。
これ難しいよね。10年後の視点で今日振り返ったらどんな説明をするでしょうか。
10年後か。10年後って2036年。
今10年経つとものすごいですからね。AIなんて10年前なかったし、2016年でしょ。
コロナだって起こってなかったしってなると、リモートワークだってしてなかったしね。
ここからの10年って本当に予想つかないですけど、
じゃあ子育て仕事ってどうやってる?って言ったら、
男性の育牛がどの子のとかって騒いでるのはあと数年で終わるだろうし、
ここでも重要ですよね。
10年経って男女の差というかそういう役割分担という意識はかなり減ると思うんですよね。
かなり減ると思うんだけど、
でもこの10年中に頑張れるというかどうかで、
社会の仕組みの方が、さっき1番の男で言ってた社会構造の方がそれにマッチして追いついて、
どんな人でもいろんな生活の中でね、男性女性っていう意味じゃなくて、
それぞれの生活の動きっていうの。
介護もあるしとか、いろいろあるわけですよ。
留学したりとかもしたりしとかっていうのがあったりとかして、
そういうのが、要はずっと何時間も定時まで仕事つききりっていうような状態で、
働かないと成り立たないという状態になっているのかどうか、
みたいなところが変わるかどうかかなと思いますね。
それがうまくいっていると、それぞれの働き方、生活の仕方っていうのが選べるし、
それぞれが選んでもちゃんと回るっていう社会になっているかなっていうふうに思うんですけど、
そうなれるかどうかですよね。
④ 似ている何かを探してみる
4番、似ている何かを探してみる。
似ている何かを探してみる。
共通点を探してみましょうね。
近いもの、近い例を見つけたり、遠い分野から共通点を探してみる。
この考えで言うとどうなるんだ?
子育て、男女。
子育て以外にも考えてみるか。
男と女の役割分担ってそんな必要?みたいなところ。
ぱっと思いつかないな。
子育ての仕事は対なんで、
じゃあ男女じゃない方で考えてもいいのかな。
なんかね、思いつけばいっぱいあると思うんだけどな。
ちょっと長くなっちゃうね。ここ一回飛ばしますね。
でもそういうところですよね。
これも同じような話だよねっていうのがあるし、
ちょっと話変わるけど、これも似たようなものとして捉えられない。
こっちの分野はもうそういう何かと何かを隔てる考え方ってなくなったよねみたいな。
例えば教育ですね。これ言いたいのはありますね。
教育って、昔って女性って教育って受けさせられなかったじゃないですか。
男子だけが学校に行けるっていう時代があって、
女子が学校に行っても女学校で裁縫とか水地洗濯とかを習うみたいな時代があって、
だけど教育って今男女でほぼほぼ平等なんじゃないと思いますね。
私が小学校に入った頃に、
男女は雇用機械均等法みたいなのが施行されて、
男の子も女の子も一緒なんだよみたいなことを言い始められて、
私が中学に入った年、あれは何年だ?
年に技術課程、男子は技術課程だけど女子は家計課だけやるみたいなやつが撤廃されたんですよ。
男子も女子も同じ授業になったんですよね。
だからそういうふうになって教育のレベル感っていうのはかなり同じになってきてるんだけど、
だからそこなんですね。私の違和感も教育上ずっと男女で差なんかつけられないで、
もちろん身体的な差はあるから、体育とか運動面とかは男子の教育、女子の教育にしたりしますけど、
教育っていう面では同じにやってきたのに社会に出たら格差がつけられてるってところに異常な違和感が感じるんですよ。
そこを差をなくしたのに社会的な役割なんで差をつけたままなのっていうところがすごく気になりますね。
5番、自分の認識や前提を確認してみる。
⑤ 自分の認識や前提を確認してみる
自分の認識、自分が知っていると思ったことは本当に人と同じでしょうか。
これすごく重要ですよね。
私こういうふうに言っている話ってかなり自分主観の前提が入っていると思います。
なのですごく子育ての話とか話すときも、こういうものですよっていう、自分の条件とか前提をある程度話すようにしています。
全部は言えないですけども、例えば私群馬県に住んでますってことはよく言うんですよね。
都会の生活の仕方と地方の生活の仕方って本当に全然違うので、違うし、
子供が学校に行くにしても集団、これ同じ群馬県内でも全然違うんですけどね。
集団登校、集団下校っていって6人から10人ぐらいまとまって歩いていくとかっていうのって、
都会じゃあんまり、私が東京で仕事に行くときとか遊べると結構子供とか一人一人でね、
学校行ったりするんで、おーすげーなと思ったりするんですけど、大人の出勤のラッシュの中でトコトコと子供が歩いてて、
これでいいんだみたいな、思ったりするわけですけど、そういうところの違いとかね、子育て事情とかも違うので、
なりふく言うようにしてますね。あとどういう仕事してますとかっていうのもちょっと言ったりして、
職種によってもできることできないこと違うんで、やっぱりそういう自分はその生活の中で考えてる、
自分が生きてきた環境の中での前提があるっていうのは、なりふくできるだけ表現して、
だから自分はこう思いますっていうふうに言わないと、そんなのできないよとか、
そんなの恵まれてるだけじゃんっていう話で終わっちゃうので、それを踏まえて自分や人との違い、
前提の違いがあって、前提の違いがあるから、前提の違いがあるからじゃあここは自分に置き換えたらどうなるかなとか、
あの人はこういう前提からこういう意見を言ってるんだなっていうふうになるから、表面的な言葉だけで捉えると、
あまり意味がないかなって思いますね。
⑥ 複数の理由を想像してみる
6番、複数の理由を想像してみる。
複数の理由。多角的に理由を考えましょうってありますね。
複数の理由。自分が子育てとかを、子育てと仕事を男女で分けない方がいいと思っている複数の理由。
理由がいっぱいありますね。
やっぱり経済的に発展するためにも個人のパフォーマンスを出していくと。
今、労働人口が減っているっていうこともあって、人を選べない社会になってるから、
たくさんいるからたくさん選ぶ中でいえば優秀なやつを見つけて引っ張ってくれるっていうわけにはいかないですよね。
家に行かないし、子供を産むから産休と言います、育休と言いますって言って休まれちゃうんだよね。
女の子がそれでいなくなっちゃうから困るよね。やっぱりとれないよねっていう考え方でいると、
優秀な女性をとらないで優秀じゃない男性をとるんでいいんですか?みたいな話になるんですよね。
実際そういうことが起こってたりするので、意味あるって思ったりするので、
子供、社会における女性だけじゃないんですけど、個々のパフォーマンスをちゃんと出せるように、
社会側が準備できているかっていうことが大事だと思ってるし、
あとは教育側かな。子供の教育とか子育てのほうが、男性女性含めてなんですけど、
社会の動きを知っている人が子供の育成に入るっていうのは結構重要だと思うんですよね。
言葉で言えば難しいですけど、例えば専業主婦、ずっと家にいますって人とか、
これ言葉で言えばかなり難しいんですけど、学校の先生とかっていうのが、
社会の動きを全部知っているかっていうと知らないじゃないですか。逆もしっかりなんですけど。
だから結構世界が違うんですよね。
仕事をして回っているのと子供を育てて地域で動いているっていうのとか、
あと学校現場とかっていうのがやっぱり違うんで、両方見ていると色々気づくことが多いんですよね。
だから結構全員がそうなる必要はないと思うんですけども、
完全に分けちゃうとそこだけしか見えていない人たちがいっぱいいちゃうんで、
ただそこだけ見てるから深く知っている人っていうのがいたりするので、
うまく混ざるっていうのがちょうどいいんじゃないかなというふうに思ったりします。
やっぱり今世の中動いているからこういうこと大事ですよねっていうのが、
子育て教育のほうにも反映されていっていくと、
やっぱその子たちが10年後20年後、10年後20年後ってすぐなんで、
自分が生きている中で一緒に社会で活動するメンバーなんで、
その彼らがどんなふうに育ってくるかっていうと、自分の生活に直結するんですよね。
だから子育てを卸すかにしちゃいけないと思いますね。
そんな感じで、こんな感じでいいのかな。
⑦ 相手の文脈に立って理解してみる
7.相手の文脈に立って理解してみる。
相手の文脈に立って理解してみる。
これ大事ですね。
相手がどのような構造の中に埋もれて、どのような立場に置かれているか、
どのように見えているかを想像してみましょう。
自分からは相手の状況というのは分かっていないはずなので、
相手の前提というのもちょっと似ているんですけど、
相手の前提は何があるのかなというふうに思って、相手の言葉を聞かなきゃいけないなというのは、
これはもう何だろう、全ての場面でよく必要ですよね。
子育ての話か。
うーん、そうね。
これも、私は会社員でもともばたれき正社員でフルタイムでやっても、
やろうと思えばできるから、
いやーでもそれも職種にもよるしね、地域規制とか生活の仕方とか価値観にもよるんで、
難しいんですよね。
でもやりようあるかなとは思っているんですけどね。
で、そうだな。
これすごく一人一人の生活とか価値観とかを含めていると、
本当に千差万別なので何がいいかって、
これ本当に、
こうやって不特定多数にバーンて喋っているときは、
ある程度自分の意見を言って、聞いてくれている方が、
ちょっと自分の場合はどうだろうって考えてもらえればいいかなと思うんですけど、
そうは言っても、聞いている人たちも含めて、またこう異帯域で話すときも含めて、
相手の状況をわからないで勝手に自分の意見を言っちゃうと、
やっぱり相手にとってプラスになるかどうかってのはわかんないですよね。
だからこうやっぱり対話するっていうのがすごく大事かなと思いますね。
これね、とっても大事だしとっても難しいんですよね。
でも大事なのは自分は相手のことをわかっていないっていう前提が
全てにおいて絶対そうだよっていうふうに思っておくことですね。
自分の正義は正義として持っていていいけど、
これもね、相手は違うよって単純に言いたいわけじゃないですよね。
自分のちゃんと正義の前提を踏まえて、
踏まえた上で伝えるってことで相手もそれを踏まえて考えることができるっていう
そういう関係性がいいんじゃないかなと思ったりしますね。
⑧ 美しいと思う感覚に向き合ってみる
8番、美しいと思う感覚に向き合ってみる。
これちょっと新しいんだよね。美しいって感じるのは何ですかっていうふうになってて、
これは面白いカードだなと思ってますよ。
自分が美しさを感じる。
たぶん、情景とか絵とかも含めて、美的感覚もそうだし、
あとは行動とか考え方とかっていうことの好みというか、
美しさ、いいなっていうところも含まれるかなと思うんですけど、
何を持って美しいと思っているのかな。そうですね。
ちょっと今パッとあんまり深く考えないで答えると、
私は人が自分の個性をそのまま出している姿っていいなって思うんですよね。
個性って言葉もこれちょっといろいろあるんで、個性とからしさとかね、
こういう言葉を出すだけで美化されることもあれば反発されることもあるんですけど、
でもやっぱり、私自身が自分を抑えながら、
自分、人にはこう見られてるからそういうふうにやってるけど、
本当はそうじゃないんだみたいなところがあったりするのを抑えたりしたことがあったので、
今も若干そういうのも当然ありますけども、
そうじゃなくて、いつでも俺はこうだっていうふうにやって、
自信を持ってっていうのかな、出していける。
で、それをあいつはこうだよねっていうふうに周りも認めてくれる。
逆もそうですね。相手がこういうふうにして、あいつはこういうやつだからねって思いながら、
でもあそこ得意だから彼に任せるとすごくやっぱいいよねみたいな、面白いよねとかさ、
そういう良さを認め合いながら、足りないところを補い合いながらっていうので、
自然と和を作っていく。
やっぱりそこなんですね。そこが不揃いな和っていう話を前もちょっと知ってましたけど、
やっぱりそこなんだよな。
それぞれの良さで、足りないところがあっても、
みんなでやるといいねっていう感じが出せてる空間を見ると、
いいねっていう美しさを感じますかね。
⑨ 矛盾を見つけて受け入れてみる
9番が、矛盾を見つけて受け入れてみる。
対立する物事を考えるときに、矛盾をなくそうとしがちですけども、
一方を切り捨てる前に両者が同時に成り立つ状態はないか、
あるいは統合した第三の答えはないか探ってみましょう。
これね、そうなんですよね。
これは本当に自分の中にない考え方みたいなのを知ったときに、
あ、そういう考えしたことなかったな、
それってどういうことだろうなって思うことっていうのが、
結構大事かなと思うんですよね。
子育ての話ではないんですけども、
ちょっと思ったことが過去にあったのが、
妊娠中絶の話とかだったかな。
産むっていうことですね。
産むっていうのを女性が決めるんだっていう話があって、
ツイッターやってた頃にそういう話があったんですよ。
私は男性としてね、父親として、
自分が子供を持つっていうことの権利というか、
自分が子供が欲しくて、自分の体、細胞での子供が生まれる、
女性と関係を持つことで子供が生まれるはず、生まれるっていうことに対して、
自分の子供が欲しいと思ったときに、
でも産む権利は全て女性にあるってなったら、
男性の権利はどうなるんだっていうふうに思ったのを、
ツイッターの中で誰かの発信に対して、
それってどうなるんだっていうふうに思ったって言ったんですよね。
そしたらそのときに、それは別問題だって話だったかな。
要は女性の体での子で起こっている、女性の体のことなんだから、
その女性の体の、自分の体をどうするかの決定権は自分にある。
それは男性でも女性でも同じで、自分の体で起こっていること、
自分の体をどうするかって決定権は基本的な考え方として自分にあるはずだ。
自分にあるんだっていうこと。
だから妊娠という形で子供が自分のお腹の中になるっていう状態になったら、
それを産むかどうかを決めるのは女性だっていうふうに話があってですね。
そうかって思ったんですよね。
やっぱり自分のことを大事にするのは自分だっていうのは、
ここは私とすごく共感するところがあって、
精神的なものもそうなんですけど、
自分がどうしたいかとか自分がどうすればいいかっていうのは、
やっぱり自分が決めるしかないと思うんですよね。
自分が決めるっていうふうになったときに、
周りにコントロールされない、周りに影響されない自分に決定権があるってなったときに、
やっぱり人は一つ、自分に対してというか、
一つ安定した幸せな状態っていうんですかね、
一つの安定した形になるかなというふうに思ってて。
その考え方はめちゃくちゃ大事だと思ってるんですよ。
なので、自分の体なんだから自分が決めるんだっていうことはすごく納得がいて、
ああそうかと思って、だったら子供が生まれるっていうこと、
子供ができるっていうことは男性と女性の2つがあってのことだけど、
その子供が欲しいかどうかみたいな話は、それはまた精神的な部分というか、
医者のようじゃないけども、そこは同意とかいろんな立場での、
そっちの問題として捉えることであって、
でも体に対してどうするかの決定は最終的には女性にあるっていうのは、
そうだね、これが男性の意思によって女性が産むか産まないかを男性が決めるってなったら、
女性に自分の体をどうするって決定権がないっていう話になりますよね。
ああそれは違うかもしれないなってちょっと思ったっていうような感じで、
何でしょう、要は自分の考えになかったことっていうのも、
その理屈とか前提とかをちょっとよく知ると、
自分は知らなかっただけかもしれないし、
自分にその考えがただなかっただけかもしれないなって思うんですよね。
それを聞いた上でまたやっぱり自分はこう思うっていうのでもいいと思うんですけども、
なんかこう表面的なところでね、バーンて反発するっていうのがSNS上ではよくあるんですけど、
やっぱりそうじゃない、相手側が言っている主張のロジックとか、
前提とか課題があってそれを解決したいっていう気持ちとかっていうところを、
やっぱりよく理解しないと反論もできないな、反論もできないなっていうか、
よく理解しての反論とか議論っていうのはすごく意味があるなって思います。
逆に自分の知っている目線だけでただぶつかり合っているというのは、
かなり不毛だなと思いますね。
あんまり意味がないというか、
結局それしか言いたいことを言っておしまいになっちゃうだけだから、
前に進まないというんですかね。
身になるものがないので、
やっぱりそういう対立する意見、物事であったときに、
対立しているんだから両方を同時解決するのは無理。
矛盾しているというふうに思っちゃうかもしれないんだけど、
でもそれを持って一体何を実現したいのっていうところがあって、
そのことを実現することによって何かがこれが実現して、
だからこれが良くなるみたいな3段階ぐらい先の目的が多分あるんですよ。
そこを達成するためには本当に今これしか手がないのか、
反対側の意見も踏まえた上でそっちも解決というか、
解決する、または妥協ということになるかもしれないけど、
するということができるんじゃないかみたいな、
そういうこともあるんじゃないかなと思うんですよね。
そういう考えができるというのを矛盾見つけて受け入れてみるという考えが
すごくいいと思いますね。
まとめ
そんなことで、
1.人間の外に原因を求めてみる。
2.歴史をたどってみる。
3.未来の視点から見つめ直してみる。
4.似ている何かを探してみる。
5.自分の認識や前提を確認してみる。
6.複数の理由を想像してみる。
7.相手の文脈に立って理解してみる。
8.美しいと思う感覚に向き合ってみる。
9.矛盾を見つけて受け入れてみる。
という9つのカード。
これちょっと変わるかもしれないということなんですけども、
これをタロットカードみたいにして引いてパッと見て、
その視点をね、9つの視点の1つを見て、
ああ、自分は今回こんなことを思ったけど、
それを改めてこの視点で考え直してみようみたいなことをやっていくって、
すごく意味があって面白いんじゃないかなと思いましたね。
今ちょっと自分も全部じゃないけど、今子育ての話とかね、
ベースに考えてみたら、今今考えてみただけで、
ああ、なんかすごく長くなったという、こういう、いろいろ考えられたんで、
なんかこういう考え方をするきっかけの1つになるということで、
ちょっとこのカードすごく手元に来るので楽しみにしています。
また自分の中でのいろんな課題というかいろんなことが気になったときに、
ちょっとカードを引いてこの視点で考えてみようかなというのを
出してみるのも面白いかなと思っているので、
そういうのもやってみようかなと思ったりしています。
ということでですね、ちょっと長くなっちゃったんですけど、
今回でもこの人文地、人文的にっていうことが、
割と自分がやりたいことだったんだなっていうのを最近、
このコテンさんのやつを聞いてたり、こういうカードとか見ることによって、
すごくわかったんですよね。
自分がこういうなんかこう、ちょっと物事を客観的に見るっていうことをするのが、
多分好きなんですよね。
だからそういう、それがこういう見方があるよっていうのを提示してくれるのって
すごくやりやすいし、
そこから展開していく話っていうのがすごく面白いので、
ちょっと紹介させていただいて、今後も使っていきたいなと思っています。
はい、ということで、長々と最後まで聞いていただきありがとうございました。
私の知らない新しい世界を教えてくれるあなたの存在に感謝します。
皆さんにも素敵な気づきのある毎日になれますように。
タカランでした。それではまた会いましょう。
32:58

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