始まりました、おおきなかぶは抜けるのか。この番組は日常で起きる一人では消化できない些細な悩みや出来事をおおきなかぶとして、ちょっと不思議な関係の3人がうんとこしょどっこいしょと引っ張ってみるポッドキャスト番組です。お送りするのは石橋と?とあゆりです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。山本先生。こんにちは、山本先生。石橋ちゃん久しぶりだけど、そうですね。そんなことはどうでもいい。話さなきゃいけないことがあるでしょう。山本先生。
ありがとうございます。実はですね、このおおきなかぶの8回、2年前ぐらいに第8回で石橋ちゃんが持ってきてくださったかぶで、その中で僕のスケジュール管理の方法をお伝えしつつ、ブログのノートに長編のものを作って一緒に公開するっていうことをこの番組でやったんですよ。
大気流計画術。計画術。で、まあそれかなりなんだろう、その当時はいろいろな声をいただいたんですけど、それが巡り巡って、2年後の今、オンライン講座化することに決定しました。
ねえねえ、ほんまに。すごいよね。ノートめっちゃそう、みんな聞いてほしいし見てほしいんですけど、第8回に貼ってあるノートがめっちゃバズったよね。
そうなんです。で、それこそあれから毎日今もいいねがきてる。すごい。回ってて、で、そのノートの記事をそのディレクターさんが目に留めてくれて、
ビジネス講座向けの、それこそスクーっていうオンライン配信サービスがあって、企業だったりとか、あと大学生、高校生とか高校とかにも納入してたりするのかな。
それって10代から50代までのオンラインサービスの会社があって、上場してるんですけど。スクーってひらがな?
スクールのLはないっていう意味のスクー。スクーっていうサービスがあるんですよ。
S-C-H-O-Oです。
そうです。スクーですね。で、そのスクーさんのディレクターさんから直接DMが来て、
ノートきっかけでってことでしょ?
そうです。
すごくない?
びっくり。僕もびっくりで。で、一回お話しさせてくださいって言った時に、すごい丁寧な企画書が元に打ち合わせに来てくれて、
この記事を読んで、こういうところが良くて、これが今ちょうどビジネスの方で若手社員向けに企画してる方だと本当に一致するというか、
山本さんのノートの内容をそこの講義としてやってほしいっていう風に依頼してもらって、
で、それが4月の28日の20時から生放送で全国配信が決まったっていうのが。
激アツやんけ。
本当にありがたいです。
山本先生。
これから山本先生って呼ぼうかな。
企画術の山本先生。
思った以上に先生呼びされて恥ずかしいんですけど、記事というか紹介のプロフィールの中でも、初めての講座なんですけど。
だって元はといえばね、そうやって自分で苦労しながら、どういうやり方が一番ベストかっていうのを探って、
一番いいやり方を見つけたから、それをもうシェアして、ちょっとでもそういう風に自分と同じように楽になったり楽しくなってもらえばっていう気持ちで始めたことじゃない?
本当におっしゃる通りです。
それがさらにそういう風に広がってくれるってやっぱり、ちゃんと本質と向き合ってるとそういう風に広がってくんだなって思うね。
結構時間経ったんで、今来たかっていう感覚ではあるんですけど、それこそ本当にそのイメージで、より広く知ってもらうのが嬉しいし、
だから時間とか関係なく全力で、その1時間なんですけど、コーナー、コンテンツは。
一旦その1時間に詰めて、できる限りのこと伝えて、どうなるかっていうところはちょっとまた見てみたいですね。
4月28日の8時。
火曜日の夜8時から1時間の。
誰でも聞けるんですか?
そうなんです。その生放送の時間に関しては無料でも聞ける。
アーカイブからは有料会員にならなきゃいけないんですけど、その無料は無料でも聞けるんですね、1時間。
僕がその画面で出てて、アナウンサーさんと2人でやり取りしながら講座を進めていくっていう。
みんなで聞きましょう。
特にあれですね、若手社員向けというか、
僕の時間術をそれこそ仕事のタスクとかに落とし込むとどうなるかっていうところを重点的にやってほしいっていうところだったので、
そこもやるんですけど、仕事のタスク管理とかタイムマネジメントっていうのは人生とめちゃくちゃ紐づいていて、
それは人生の生活豊かについてもめっちゃ使えるからっていう趣旨で僕は伝えようかなと思っていて、
そういう講義にできるように思っています。
ぜひ聞いてください。そして第8回もぜひ聞いてください。
そうだね。
まずはそこから。
口ずかしいですけど。
そうだね。
今でも続けてますもんね。
私も。
2年ちょい。
すごいよね、それもね。
これが嬉しいですね。
嬉しいですね、嬉しい。僕も2年前の書いたところから続けてるんでもう8年間ですね、毎日。
今日もちゃんと書いてますよ。
すごい永遠のノート。
マジで毎日書いてます。ちょっと白黒なんですけど。
マジ毎日。
すごい2人ともノートを持ち出して。
本当にそうじゃん。
毎日毎日やってますよ。
いやー立派だなー。
嬉しいですしやっぱなんかこうちょっとでもね本当に知ってよかったみたいな思ってもらえると嬉しいですね。
これ最近聞き始めた人用にあえて聞くならば西橋ちゃんはこれ途中で始めて何が良かったからそんなに続けられてるの?
やっぱね、この第8回でも言ったんですけど計画的の概念が変わった?計画的っていう言葉に付随する概念。
イメージがめっちゃ変わって、今までこう自分を縛るものとかやんなきゃいけないハフトゥーのためにやる。
とにかく目標達成とかためにやるって感じだったんだけど、西橋さん大輝さんがすごい楽しそうにやってるから、
まあなんかそうか幸せに生きるためにやるものだったみたいなパラダイムシフトみたいなのが起こって、
私はめっちゃ不安症というか結構ネガティブだしすぐおしまいだみたいな感じの気持ちになるんだけど、
その時にいつからでも能動的に時間は過ごし直せるぞという気持ちで書き直して、
大輝のニコニコの笑顔などを思い浮かべながら書き直して、
めっちゃ忙しいけどここはこことここは空けられるみたいなのを自分から時間を定義し直すことによって、
なんかより楽しく過ごせているのではという感覚ですね。
うわー、すごーい。
計画することによって自分の気持ちもリセットできるみたいなことか。
そうですね。なんかそう、めっちゃ、何だろう、最近改めて聞いたんですけど、かなり不安症なんですよ。
だから私今完璧しげだから、明日までの提案とかやることがあるともうそれで頭がいっぱいになって、
こうしてこうしてみたいなずらっと考えちゃうんですけど、でもうその日が終わったら、
あ、次の日これだったわ、みたいな感じで結構一生懸命走るみたいなのに気づいたらなっちゃうんですけど、
それが1週間予定を土日とかにガーって開けた時に、あ、金曜にこの予定があるわって。楽しいみたいな。
そうかそうか。
よりこうフラットに自分の人生というのを捉え直せる感覚があります。
すごい。あとあれですよね、取り戻せるっていう話があったもんね。
それめっちゃ僕大事だと思ってて、僕も全然スケジュール管理忙しくなりすぎて向き合えないとか、
それこそ受動的になっちゃってるなって思う時がめちゃくちゃあるんですよ。
でも、ハウとしてそれを取り戻せるというか、方法を知ってるから戻る。
それを知ってるだけで強い武器になるというか、自分でもなんだろう、
じゃあこの時はこうなっちゃってる時はこういうリズムの戻し方は確か前うまくいったなっていうのをまたやってみて、
でやっぱりそこの能的に戻れるみたいな。
その戻れるきっかけになるすごい強い武器だなって僕思ってて、
その感覚だから、きつい瞬間瞬間はあるんだけど、ちょっと立ち直れるというか、
そこが僕救われててすごいこの方法に。
それ頭だけでやってると残っていかないからね、なかなかね。
そうそう、記録というか後で2回するのもそうだし、そこで当たっても僕は。
また文字で可視化していくと、それで自分がこう考えてるんだってさらにインプットされるしね、
自分で気づけるというかね。
なんか最近知った言葉で反復なき反復っていう言葉があって、
ロシアの生理学者の方が言ったことなんですけど、
日常の同じ動作だとしても一度としてその同じことはないみたいなのを、
なんかこう絵をもすると、なんだ、明日も仕事かとか、また寝る時間ないとかなるけど、
そこに対してずっと定点観測的に記録しておくことで、
あ、私ってこうしたらもうちょっと幸せにこの時間過ごせるんだわみたいなのを、
自分にインプットできるというか、
何でしょうね、ただ繰り返すだけじゃなくて、
ちょっとずつ、しんどいがしかし幸せのためにやっていくぞという視点がずっと持ち続けられるみたいな感覚。
すっごい勉強になります、すげー。
何中反応も。
すごい、なるほどね、確かに確かに。
本当にそうだわ。
だからスケジュール術っていうよりかは観察術なのかもね。
そうかもしれない。
抜き合い方術というか、抜き合い方法。
本当にそうですね。
そうだよね。
だからスキル的な響き方はするけど、より結構本質的だなって思うので、
そこを伝えられたらなと思うし、
バッシーの話もぜひ伝えてみます、その観点で。
講座ありがとうございます。
私の画像と吹き出しとかで使ってもらってね。
実践したかったからね。
私でもできました、という感じで使ってもらって大丈夫です。
ありがとうございます。
それは結構めちゃくちゃ前向きに考えさせてください。
ビジュアルで出てきたらそれに引っ張られるよ、全部絵が強すぎて。
大きな株は抜けるのか。
ではまずはじめに、それぞれ持ち寄った話題、つまり株の種を発表して、
今日抜く株を決めていきましょう。
みんなどんな種を持ってきたでしょうか。
じゃあ石橋ちゃん。
私は今回かなり強い気持ちでカードを切らせていただくんですけど、
私前回3回分、松森一回分の収録休んじゃったわけですね。
その中で話してたことからの株なんですけど、
女性の中の女性性の扱い方について話したい件が。
きた。
すごい新しい。
スタイルが新しい。
そうなんです。
私はこれを聞いていて、
編集会だっけな、自分の。
編集しながら聞いてて、最後の方に、
この回が何かというと、男性の中の女性性の扱い方について聞きたい件。
第107回のね。
その最後の方にアイリーさんが、
女性こそ自分の中の女性性の扱い方は考えなきゃいけないよって言って、
本当にそう。
最近、今24歳、2001年生まれなんですけど、
同世代の友達とかと話してても、
大人の話題ですよね、キャリアとか。
結婚、子供どうするかって時に、
どんだけ抑えなきゃいけないんだい、
この世の中っていうのはって感じることが多すぎて、
ちょっと話したいという。
今回じゃなくてもいいんですけど、
結構強い気概で持ってまいりました、今回は。
いやー、これ本当に重要なテーマなんだよなー。
女性の中の女性性。
そう。
うわ、その強いカードに対抗できるカードを切れないんですけど。
切る自信ないんですけど。
何個かちょっと考えてきたんで、持ってきます。
はい、1個あげます。
僕が持ってきた株の種は、
本気で謝る方法は何が正解なのか。
大丈夫?
何があった?
どうしたの?
何あった?
何した?
思う話じゃないです。
結構ふと思ったことなんですけど、
仕事の文脈とかで、本当に自分が悪いからというか、
自分が悪くなくても相手にとってかなり不都合な状況だから謝らなくちゃいけない、
ないし謝りたいっていう気持ちがあるっていう時があると思うんですね。
その時に、どうやって謝ったら一番伝わるのかなとかをちょっとふと考えてて、
結構いつも、なんだろうな、結構よくこれ出現するテーマというか状況なんですよね。
僕の中でというか、いろんな人そうだと思うんですけど、
人とやっぱ仕事してる、そういう中でやっぱ人間関係の中でやっていくと、
謝罪って本当に大事なファクターじゃないかなと思っていて、
いろんな要素分解できると思うんですよね。
まず自分の非をちゃんと認めるだったりとか、
自分が完全に悪くはなくてもその人のことを思うと絶対謝らなくちゃいけないなっていう状況だとか、
いろいろあると思うんですけど、その中でこの謝りたいという気持ちをどうやって表現したら、
一番いい方法で着地するのかなっていう、
変に謝りすぎてもちょっと違うじゃないですか。
本当に最終的にどういった形で丸く収めるのが一番いいのかというのを、
なんか分解したことあんまなくて持ってきたっていう。
これシーンによっても違うしね。
それは間違いないと思います。
関係性とかね、その人の関係性とかもそうなんですけど、
逆にどういう風な視点観点で見て、その使い分けを判断してるかとか、
そことかもちょっと考えたいですね。
私も謝罪受け付けませんって言われたこと何回かあるな。
どういうこと?
失礼かして。
失礼かしてっていうか、もうどうしてもそうせざるを得なかったんだけど、
で、謝罪しに行こうとしたら、いやもう謝罪不要ですみたいな。
だから謝罪さえ受け付けてもらえないみたいなことが何回かあったな。
もしくはそれは関係性はもう切れる。
だから、切れちゃった人もいるしそこで。
で、その後にもう一回は諦めずに行ってみるかっていう風に学んで、
いや諦めないみたいにしたこともあったし。
あるよね。あるある。
いやもう本当に、もう絶対避けて通れないからね、謝罪するって。
特に社会人。
絶対何かしら起きるじゃない?
面白い。
板上さんいきますか。
私はちょっと長いんですけど、
誰も傷つけずに生きていくことは難しい。
じゃあ何を大切にして生きていくについて話したいと思います。
長い。
インスタのタイトル書けないから投稿をやめてほしい。
急須が小さくなる。
4行ぐらいでやるやつ。
受け取り限りです。
ポティファイルの点々でぐらい。
そうだよね。そうだよね。
確かに確かに。
でも分かりますよ。
本当にそう。誰も傷つけたくない。
間違いない。本当にそうだよね。
で、これさ、このポッドキャストとかでもこういう風に、
ポッドキャストだけじゃなくてSNSとかもそういう風に、
一対多数に向けて発信してる以上、やっぱり誰も傷つけたくないって思ってる。
それはもう発信する以前にそう思ってる。
特にここの3人なんて特にそうだと思うんだけど。
でも最近、
ただ誰も傷つけないっていうことって不可能なんだなって思うことがあって、
それは傷つけないようにしようと思ってたとしても、
例えば極端な話、自分が普通にただ楽しく生きているだけで、
その姿を見て傷つく人もいる。
とした時に、じゃあ自分って何を大切にして生きていくかな。
みんな何を大切にして生きていきたいっていうのをちょっと改めて聞いてみたいな。
ちょっと待って、3個強すぎませんか。
重くて面白そう。
全部重いけど。
これはちょっと結構同点じゃないですか。
悩ましいね。
これ、何?何?
じゃんけんしようとしてる。
じゃんけん?じゃんけん?
これは何ですか?これ?これ?これは?
いやいやいや、分かんない。なんか大輝くんのはなんとなく真ん中っぽいなと思ったの。
真ん中。
謝罪の。なんか最初じゃなくて次でもいいかなって感じもしたんだけど。
確かに最初のやつだとカロリーちゃんと高くね。
3回ね、取るからね。
そうそうそうそう。
聞いてること忘れてますよ、その人が。
そうそうそうそう。忘れがちだから常にね。
1回の終了から3回ぐらいに収録し、その真ん中がいいという話。
なんかこの番組視聴者置いていっちゃいますもんね。
本当にありがとう。
皆さんついてきてくださいね。
あの置いていきたいわけではなくて。
お嬢様すぎる。
常にね、一緒に。
ついてきてください、皆さん。
本当に申し訳ない。
お母さんが謝ってる。
お嬢様代表として、姫代表として謝らせていただきました。
でもいいよ、じゃんけんでも。じゃんけんにする?
じゃんけんって本当に。
でも確かに、ちょっと最初やっぱカロリー使うんで。
ちょっとそれこそ話したい。
でもわからない。私がそういう風に頭で考えたけど、じゃんけんはさ、やっぱり。
じゃんけん出るのが正しいと思うから。
これで一番になったら。
メロンじゃなくて。
じゃんけんは全てを知ってるわけ?
そんなことはないよ。確率だからじゃんけんってのは。
どういうことやねん。
何段階かありましたけど、どっちも解放するみたいなことがない、あんまり。人生で。
解放するのがちょっと怖いしね。
怖い。
っていうのはあるよね。
本当に今石橋ちゃんが言ってくれたように、怖いし、あと意味あるのかなみたいな。
解放したところで、いいことあんの?みたいなこともあるよね。
あとなんか、私の話じゃないですけど、同い年2001年生まれで大企業就職でいた子がいて、久しぶりにご飯に行ったときに、
なんかその子はすごい女性性もちゃんと持って、超魅力的だし仕事もバリバリやるしみたいな子なんだけど、
これは女性性じゃないのかもしれないけど、この子は本当に結婚もしたいし子供も絶対欲しいんだって。
だけど、それを今の新卒2年目とかの時点で言うと、出世ルートに乗らないみたいなことになるから、意欲がないじゃないけど、
もったいなくに取られちゃうから、絶対言えなくて、それで私が結婚して子供を産むことが幸せって思ってることって、
どうなんだろう?みたいなモヤモヤしてるみたいなこと言って、やばみたいな。
大企業ででもそういう風潮があるってこと?いまだに?
風潮というか、どうなんでしょうね。風潮とは言ってなかったけど、その子が感じてるのは、やっぱりそれを言うことは、外資系の会社なんですけど。
仕事をちゃんとやるみたいなのから外れていく、女性としての役割というか、命としての役割を発揮することと、
今の仕事、資本主義家の仕事の在り方っていうのが、めっちゃコンフリクトだ、みたいなのも感じたり。
それは女性性っていうよりは、女性社会構造みたいな話になってますけど。
そうだよね。女性性がまさに社会とか組織の中での、社会の中での女性の活躍の仕方とか、
抑圧のされ方と、もっと外側の女性性の極め方みたいな感じ方みたいな話と、もっと内側の話と3つぐらいレイヤーはあるよね。
マジでいろいろ話すべきことっていうか、話したいこと。
本当にたくさんある。
大企業の話は衝撃ですね。やっぱり未だにあるんだな。
なんか1個気になったのは、今、和紙は最終的に現状を抑えてるって話があったじゃないですか。
で、そのまでのフェーズがいろいろあってみたいな、女性性を一旦出して、で、社会に出てから抑えてる現状に、
今落ち着いたじゃないけど、そうなってて、どっちがどっちか分からないみたいな話だと思うんですけど、
理解しました。
その時に、やっぱり女性性を出したいっていう気持ちに、そういう欲求はあるんですか?2人とも。
もうそういう気持ちもなくなっちゃってるんですか?
私はもうあるよ。めちゃくちゃある。
出したいというか、私はフラットでありたいっていう気持ちが強くて。
生きてるだけで、ずっと1個気をつけている線が張っているみたいな感じ?頭の中で。
っていう感じだから、こう、フラットにいきたいというか、いきみなくいきたいみたいなのがある。
緊張してる状態は力んでるっていう。
そう、緊張してて出さないようにするという選択を1個してるから、自分の中で。
分かる。私も今、めっちゃ出したいって言ったけど、それなんでめっちゃ出したいって今そういう風に言えてるかっていうと、
その1個手前で、自分が出せてないんだ、抑圧してたんだっていうのに気づいたから今出したいっていう風に思えてるんだよね。
だから、そういう風に一芝居しちゃうほど自覚的になってなかったから、
たまたまちょっときっかけがあって、私抑えてたって気づいたけど、
だから、むしろ出したいっていう風に何もなく思えてる人はほぼいないんじゃないかな。
何かストレス感じてたり、何か引っかかってたり、もやもやしてる部分があって、
あれ、これってもしかして女性性を抑えてるのかな、みたいな。
女性性と捉えてなくても、何か私抑えてるよな、みたいな。
なんか全開じゃない部分があるよね、自分の中にっていう感覚かもしれないけれど。
本当に大前提の定義みたいな話なんですけど、
今、女性性イコール感情的だったり需要的だったりっていうニュアンスがするんだよね、みたいな話があったじゃないですか。
そういった実感としても、そうだなっていう感覚が女性の二人にはあるんですか?
私はある。
あるね。
母性的な?
需要する。
どういう時に逆に感じるんですか?本能なんですか?
恋愛してる時とか。
私の場合だと、恋愛してる時にはもちろん感じるし、
例えば組織にいた時とかに、明らかに男女とはあんまりはっきり分けたくないとは思ってはいたけれども、
でもどうしたってやっぱりプロジェクトの進め方の考え方が違うっていうか、
やっぱり男性は外側で見てそれをいかに積み上げて、論理的にやっぱり進めていこうかとするけれど、
私はもっと内側の方を見てるみたいな、そういうところで感じたりもするし、
あと例えば、わかりやすく言うのは、例えば何かイベントをやりましたっていう時に、
これぐらいの人数入ったから成功だよねって言ってる男性陣に対して、
こういうふうに楽しんでる人がいたから良かったよねって思ってる私とか、みたいな。
みたいなそういうので感じたりすることもあったかな。
バシもあるんですか。
感じる瞬間。
でも私もその優しさというか、決め細やかに物事を見て、
プロジェクト仕事になったらプロジェクトの中で、
この人何かできてなさそうだなみたいな日々とかに気が付いて、
しょしょしょしょやるとか、
共感的に意見を発する。
これは女性生じゃないかもしれないけど、シンプルに整理前とか。
気象の波が激しいとか、感情の波が超激しくて、
そうっていうのとかで一旦無視して進めるみたいな感じとか。
感情観察してるとやっぱりそういうのは嫌なことあるから。
めちゃくちゃ面白い。
女性の体って分かりやすいじゃない。
だから男性みたいに直線的じゃなくって曲線もあって、
整理もあって、
すごい分かりやすいことがいっぱいあるから、
女性っていう風に自分で感じるんだけど、
でも逆に言うとそれが当たり前になりすぎちゃってて、
本当に自分って女性なんだって感じる機会も少ないのかなって思ったりもする。
意外とスキップしちゃってるっていうか、
そこをちゃんと見ていくと、
もうちょっと自分で自覚して行動したい、振る舞いたいみたいなことって、
実はなんかあるなって感じることが結構私もあったりして。
あと私、意図的に声低くしてます。日々。
普通、自然にだと声もうちょっと高かったりするんだ。
高いかも。うん、高いです。絶対低くしてる毎日。
低くしてるの!?してるの!?
そう、なんかこういうキンキンするの嫌だから。
キンキンしてうるさくて感情的なの嫌だ。
でも働いちゃうの?メタニッチみたいなの。
そう、めっちゃ働いちゃう。
それは家庭とか幼少期とかもあるかもしれないけど、
感情的に主張して場が良くなったみたいなことがあんまりない。
周りの人とか見て。
そうはならぬぞという気持ちで低めに声出してます人。
まずは耳障りの良い声みたいな感じで。
マジで日々気をつけてますね、それは。
確かに。
すごい状況。
あるよなぁ。
でも私も20代の時もずっと声低く出してたから。
本当に!?
あれあれなのかな結構。
分かる。
それはでも落ち着いてるっていう風な状況になるから声低くなってくるのかな?
大人に見せたいから。
ちゃんと仕事ができる、落ち着いてるっていう風に見せたいっていうのが私は声を低く出したと思うけど。
確かに、声低いと落ち着いてるっていう風に取られますよねちゃんと。
プレゼンとかでも。男性とかでも多分そうだと思って。
逆に僕高いので結構落ち着いてないって見られることが確かに多い。
それじゃない良さもあるんですけど。
でもなんか特に女性の場合はやっぱり石橋さんのキンキン喋ったり感情的に見せてるのがなんかちょっと嫌悪感があるみたいなのって、
絶対そのちっちゃい時の何かがあるじゃない?
やっぱりなんかそれがちっちゃい時のことだったり、何かその母親を見てこれいいな、これなんか違うなって思ったりとか、
みたいなのはすごく影響あるだろうなとは思う。
めちゃくちゃあると思うんだよね。
でもなんかそうじて言えるのはやっぱりその感情をなんでこんなに抑えなきゃいけないっていう風になってるんだろうとは思う。
女性の。
なんかそれはなんか全部のその感情を出すみたいなのも一つの欲求だと思うんだけど、
なんかこうデフォルトで抑えようとするみたいな、何かね収まりがいい形で抑えとこうみたいにしてる人は本当に多いんじゃないのかなと思う。
逆に男性ってそんな感情的じゃない人って多いですか?
なんか感情的イコール女性的みたいな感じの今話になってるけど、
なんかあんま男女関係ないんじゃないかなとか聞いて思ったんだけどどうだろう?
なんかそれがさ、まずその問いを設けられることがやっぱり大輝くんの私は、
の中の女性性がちゃんと強いっていうことなんじゃないかなと思うんだけど、
私に関して言うなら周りの男性見てた時に、
そういう風に割と感情のこととかを話せる男性もいる。
けど割とそういう人は女性的だし、
女性の気持ちに共感する気持ちも強い。
だけどやっぱり感情本当に出さないなっていう人もいる一方で。
それは男性に多い?
多いよ。
もうそれはもう圧倒的に多い。
もう火にならないぐらい。だからやっぱりそれは男女の差だと思うね。
と私は感じるけどどう思う?
いやーそうですね。むずいけど、
私はやっぱこのホルモンによる感情の肯定さみたいなのがどうしてもめちゃくちゃあるタイプだからこそ、
なんかそれも個人差ではあるけど、
なんかそこの分のアドバンテージなのかディスアドバンテージなのかわからないけど、
は確実に性差っていう論点で言うならあるんじゃないかなと思っております。
起きた瞬間消えたいみたいな感じその。
で勝手に涙が出たら絶対前立つみたいな感じでも結構ホルモンに左右されてるなって思う方が割とある。
って意味で感情的にならざるを得ない局面があるねっていう感覚?
なるほどね。
自分のこの生物学的に従って。
まあそれぐらいジェットコースターになってると、
それがさあやっぱりちょっとドキッともするから、
自分でやっぱりそこをちゃんとコントロールしたいという気持ちは当然生まれるよね。
でもなんかそのジェットコースターの波が来る差が激しい時じゃない時も、
そういうふうに自分の感情を抑えてるなと思う時ってある?
は、でもありますね。
それはもう女性だからってよりはその場におけるこう良い形みたいなのを考えた結果出さないっていう反応をしてるみたいな感じも。
普通になんか感情を抑制するっていう動作を日常的にしてるからそうなってる感じもあるっすよね。
そのなんかまあホルモン脳とか精査でもう抑えてるっていうのはできるから、
まあ通常デフォでもなんかそれをやっちゃうみたいなのは聞いてて思った。
あるだろうなって。
逆に言うと、女性的な面を見せてめっちゃ魅力的になってるなって感じることもないんですか?
自分が?
自分が。
ある。
私の仕事の面だったら私その論理的に裁くとかっていうのは魅力的に映る部分もあると思うんですけど、
一方で、そうじゃない女性的な面を出して自然と発するときに、逆に言うとめちゃくちゃ状況がプラスになったり魅力的になるみたいな状況ってお手の中であるんですか?
あるね。だけど、あるけど、仕事の場だとそこってトライしにくいのかもしれない。
それはそうかもね。
だからそうじゃない、仕事のようなでももう少し何か油断でき、思わず油断しちゃったみたいなことがあったときに、
自分が意図して女性性を出そうとは思ってないんだけど、
リラックスして油断してたからつい自分が例えば柔らかくほどけちゃったときに、
意外と物事が上手くいっちゃって、その方が。
あれ、これぐらい出しちゃっても意外とうまくいくんだ。
っていうかその方が届くのかとかっていうふうな気持ちとかがね、思いとかが。
とかって思ったときに、そっかーって思ったりするけど、
なんかやっぱりそれをまた再現するみたいなのはまだちょっと勇気が必要な部分も私もあったりもして、
だからいいことがあったからといってすぐそのやり方を導入できるかっていうとそういうわけでもなかったりもするなとは。
なるほど。
私はあるけど、会ったときに若い女だからっていうのがつくのが嫌すぎて見ないようにしてる絶対。
そこ、なんか器用な人はそれを価値にするというか、ある資質全部使ってやっていくぜみたいな感じなんですけど、
そこに依存するのが本当に嫌すぎて、低減していく資質だからその若い女というものは。
だからもう絶対ないようにしたいという感じ。
若い女イコールどういう印象、若い女だからこうなるんだって言われるってことでしょ?
言われるわけじゃないけど、逆にじゃあ例えばなんだろうすごい穏やかに、にこやかに何かが進みましたってときに、
これ私なんか逆の性別だったらそうなってたかなみたいな感覚。
例えば割と年上の男性を前にしたときに、怖いその若い女っていう資質を使ってる可能性があるのが結構怖いみたいな感覚があるからあんまり認めたくないっていう感じかも。
なるほど。
しかし自分に対してはそうなんだけど、人に対してはなんか結構感じることがあって、
例えば仕事の場ですごいなんだろう、女性らしい女性の方がいて、物腰柔らかな感じでいて、
結構その音頭の場で、なんかこうめっちゃその、じゃあ例えばロジカル団体がいて、私と話してて、私も釣られて、
マジで早口で低い声でロジカルにみたいな、しゃべってしゃべってしゃべってみたいなしてるときに、
やばいなヒートアップしちゃってるなって思ったときに、その女性がずっとなんかトーンが変わんないその方、自分の中のリズムが変わんなくて、
たぶん私たちがしゃべってたらその3分の1倍とかくらいのスピードで、じゃあこれはこうしていこうっていうことですかねみたいな言ってくれて、
ありがとうみたいな気持ちになったりとかするときもあって、人に対してはすごい魅力的に発揮している、いろんな場でって思うことはあるけど、
なんか自分自身に対してそれを使うことの怖さがなっちゃったなみたいな。
なんでだろうね。
だって別に使ってもいいじゃん、だって若い女なんだから。
価値が低減していくのは本当にそうなのかなとかも思う。
これはあれかな、自分でSNSの発信とかもしてるからかも、そこをすごいめちゃくちゃ使ってお金を稼ぐとか、
そういうことをしてる人を見てるからこそ、私はこれはやりたくないみたいな気持ちが強いのかもしれない。
見てるからその環境として。
哲学だったりするよね、自分の中の。
なんなんだろう、でもたぶん生き物的には一番魅力的みたいな感じじゃないですか、
求められる眼来の方のせいだし、
若いってことは生物学的に言うと妊娠しやすく魅力的に映るみたいな。
そこに抗ってフラットにいたいのかも。
じゃあ主に男性からどう見られるかを気にしてると思う?
全体的に?ってわけでもないかもしれない。
なんなんだろうな、確かにその気持ちが。
とにかく色をつきたくない、フラットでありたい。
何の色なんだろうね。だって石橋ちゃんってめちゃくちゃ色があるじゃん。
めっちゃ色があるじゃん。
それも、前に似たような格好をしてる人と意見があってわーってなったんですけど、
女のレールから抜けたいっていう。
20代女性としての振る舞いとか見た目みたいなステレオタイプから抜けたすぎて、
妖精さんのようにありたいみたいな、社会規範から抜けたいみたいな気持ちで色をつけてる感覚。
でも女じゃん。
男にはなってないじゃん。
なるほどね、確かに。
男になりたいんですよね、生まれ変わったら。
シンプルに。
ちなみにね、私は結婚してる最中、30代後半くらいかなの時期に、
すっごい女も出る、抜ける。男からも抜ける。
いかに真ん中になるかってことを目指してる時期があった。
で、なんでか分かんないよ。自分でもよく分かんない。
だけど、なんか女っぽくも嫌だ。男っぽくも。でももちろん性の対象は男性ではあるんだけど、
だから髪型も極力中性的にしていく。
ほんと坊主でもいいかなぐらいに思ってたんだけど、坊主ちょっとやりすぎかとか冷静になったりとかもして、
服も基本パンツだけ、真っ黒い服しか着ないみたいな。
ダボっとしたシルエットで、で、メンズの服ばっかり着てたし、
言ってみれば今の石橋ちゃんよりも分かりやすくメンズの服を着てた。
もうレディースの服なんて着てなかったし。
で、っていう時期がなぜかあって、でもそっから何かその数年過ぎてから、
離婚することとかにもなって、急にパッてあれ、私なんかめちゃくちゃ欲張りしてたみたいに笑っちゃうぐらいにパーって気づいて、
で、変わっていったんだけど、で、今があるんだけどね。
だから、なんかその、分かる、なんかその、なんていうかな、たぶん私の場合だと、
なんていうんだろう、自分の中で女性性も男性性もあって、で、私とかだともう子供を産まないっていう風にしてたかもっていう風に結論を出していたから、
で、なった時に、あ、じゃあ自分がどういうバランスで生きていけるんだろうみたいなところを探りたかったっていうのがあるとは思うんだけど、
だからなんかその、女性っていうものの性から抜け出したい、その人が持っている先入観からも抜けたいっていう気持ちはなんか分からなくもないんだけど、
だけど、その一番下のやっぱり場合は、女性っていうものを保った状態でやっぱりそこをなんかサバイブしてる感じもあるから、何か根底で嫌じゃないんだと思うんだよね。
っていうところは、なんかポイントな気はするよね。
だからなんか、嫌じゃない、でも何か見られ方で抵抗したい部分があるっていうところじゃないのかなって思うんだけど、
でも見られ方とかに抵抗する力が強いとそっちのストレスの方が高まっていくじゃない。
だからその抵抗しないで本当にその自分が本来持ってる女性を楽しんでいくみたいな、それは見た目も含めてね。
っていうのに前振りできたら結構私は楽しいんじゃないのかな、もっと楽しいんじゃないのかなっていう気もするけどね。
嫌なところもあるんだよね、嫌というか。
だからその反発するエネルギーって物事を時に生み出すから。
そうそうそう、なんかいい部分というか、抗ってることによっての何か得ていくスキルとか、すごいエネルギーになってる部分もあるなとか思うから、
本当に塩梅な気がするけど、何なんだろうこの正体はみたいなところは探る価値とかありそうですよね。
思うし、あと本当にその女性性みたいな、女性の中の女性性っていうそのこの大きなテーマに戻るならば、やっぱりいろんな形で何かしら抑圧してる人たちはやっぱり多いと思うので、
で、抑圧してる人見ると相手も抑圧されるからね。
だからこの社会の大きなこの流れで見た時には、私はやっぱりもっともっともっと一人でも解放されていくべきだと思う。
解放していくべき。で、そうすると相手も解放されていく可能性があるというか。
確かに。一個いいですか。
思い話になるわけではないと思うんですけど、その嫌な根底って女性性を男性から消費されるものっていう価値観があったりしないんですか。
ある。
なんかそれが嫌でっていうのはめちゃくちゃわかるけど、本当に女性性は男性から消費されるものでしかないのかとかは、何か考えてもいいのかなとか思う。
現実問題は確かに女性性を消費するみたいな男の価値観とかは、部分的にある可能性もあって、そこはすごい強いものだからめちゃくちゃ目立つけど、
なんかそれだけじゃないんじゃないかなとか思ったりとかして、その部分とのグラデーションを考えていくっていうのは大事なことなんじゃないかなって思いました。
私もそのさ、今の大輝くんの男性はやっぱり女性を性として消費してしまうところがあるっていうのも、逆もしっかりだからって思うわけ。
女性だって男性を消費したくなるような瞬間だって別にあるし、気がなくったっていわゆる性欲を感じた時とかあるし、
いやだからそこの男性側がそう思ってしまうっていうのもさ、それは大輝くんの優しさなんだけど、女性もそうだよっていうのも女性も思ってもいいよねって思う。
だからそこがさ、なんでそんな構造になってんだろうってすごい思うんだよね。
なんか恋愛関係とかにおいても、男女関係においてもなんか遊ばれたみたいなのがさ、女性からだとなんか出にくいっていうか、
いやいやあなただって遊ばれてるかもしれないよみたいな男性側にっていう、なんかそこがなんで例えば遊ばれちゃうとか消費されるみたいなのが女性側だけなんだろうなっていうか、
全然そんなことないはずなのにみたいなのはあるかな。
そっからしてなんかその、なんていうか、女性は弱い側に立ってるっていう、なんかその社会が作り出したそれもなんか先入観な気がしてるけど、そういうフォーマットっていうかね。
なんかこの前、それもまた、それも河合俳夫先生だったかな、の本読んでたときに、もう江戸時代まで女性の方が強かったって書いてて、
決定権は女性にあるし、でもどうやってその土地を統治していくかとかっていうことになってきたときに、やっぱりその男性にちゃんと身分を与えて強くしていくってなって、で今の構造につながってるけど、
本当にこの人類の歴史で見たら最近の話ですよみたいなことを書いてるのをちょうどこの前読んでたんだけど。
なるほど、めちゃくちゃ面白いね。
確かに。私個人の話で言うと、悲しい出来事が多すぎたかもしれない。若い女であることによって。だから、まず消費されるということに警戒するっていう第一点みたいなのがある気がします。
逆に消費してやるぞみたいな気持ちはない。
ないないない、バカバカ。消費するって言葉がなんかね、
別に求めるとかはあるけど、それを消費すると自分は思ってないというか、消費される、例えば具体的なことで言うと、
普通の打ち上げの場で、突然触られて、その場にギャラ飲みの女の子がいたらしくて、間違えたみたいに言われて。
あー痛い。
なるほどね。
それはありそうだな。
色々ある。
ありそうだな。
だからさ、たとえばギャラ飲みとかもさ、ギャラ飲みの女の子とかって、私全然会っていいって思ってるんだけどね、自分のスタンスとしては。
ギャラ飲みの女の子って、見た目的には女性性が強く感じるじゃん。でも、内側すごい男性性が強いなって思うわけで。
画滅さがありますよね。
そうそう、ちゃんと使って生きていくみたいな、そこのちゃんと効率を考えてるっていうかね。
で、なった時に、じゃあ本当にその男性性をちゃんとフルに活かして、あと自分の年齢とか外側をフルに活用して生きてる、そのギャラ飲みの女の子たちは、果たして消費されてるのかっていう感じがするわけよ。
私は分かんないけど、対等なんじゃないかって思うの。そのスタンスにもよると思う。参加してる女の子たちのね。
で、なんならギャラ飲みで可愛い女の子と飲めてるっていう風に、信じきってる男の人たちの方が、実は被害者かもしれないよって思ったりもするわけ。
だから、明らかにパッて触ってくるとか、そういうのとかも、そう見てんじゃねえよって本当に言いたくなる気持ちはあるけど、そこをなんていうかな。
絶対あり得ないっていうのは大前提としつつも、そこの哀れさを、哀れだなと見るというか、そこの視点を入れてみるのも女性性な気はするね。
あと1個思ったのは、若さを低減する価値だっていう話があったと思うんだけど、一方で僕も全く同じ感じで若い男っていうのの価値として、正直いろいろ使ってるし、
同じような年上の男性、同じ立場の人からも僕も可愛がってもらってるから、全くバッシと同じ立場な部分があると。
思考としては、この価値が低減するからこれを使うのは怖いっていうところには僕はならなくて、どう考えてるかっていうと、それによって今の価値を発揮して得るものがあります。
得るものがあるんだけど、この価値ってのは永続的じゃないから、ちゃんと違う価値のところに自己投資をして回して、長い時間をかけて生き抜くための準備をする。
その利益をまず得て、違う場所に投資していくみたいな感覚でいるから、決してこの価値を今使うことを全然後ろめたく感じないというか、
何ならきちんと今できることという意味で、今出せる価値というか、届けられる価値っていう文脈で、自分が納得できるものだったら嫌をなく出すっていう感覚がする。
そうやって、本当に使うじゃないけど、メタ認知してきちんと、これも変な話ですけど、自分が嫌じゃないっていう大前提があるんだけど、
これは自分がきちんと今与えられるプラスな意味の価値だっていうふうに思ったものは嫌をなく出していくっていう。
まあね、わかるよ。わかるわかる。でも、それがさ、やっぱり女性は利用されるとか、消費されるみたいな潜入感がやっぱりどうしたってあるから。
本当に難しい話だってわかるし。男だからできてる可能性もめちゃくちゃある。
そうそうそうそう。っていうのは、あるよねって思うよ。
うーん、思うよね。
それちょっと行きづらくなってるんだったら、確かにバッシの中で意味の少しの転換みたいなところはあってもいいのかなと思いつつ、
なんかその塩梅っていうか、逆にそれによってめちゃくちゃ得てるものが大きいんだったら、全く変える必要ないと思うし。
本当探りながらだよね。これぐらい出しても大丈夫な場合もあるなとか、
でもやっぱり今の自分の年齢で、本当そういうの気にしなきゃいけない社会っていうのはまた腹が立つけれども、
でもこれぐらい出したら自分がちょっと傷ついた感覚がするなとかっていうのを、本当に調整しながらだよね。
いやーそうだよなー、でもすっごいわかるなー。
もう私もプリプリのタイトスカートとか履いてさ、ロン毛に髪の毛も巻いて、カラコンとか入れて、
もうすごいそういう女っぽさを外側としてはね、出しながらも、でもそういう時は逆にうちが超男っぽかったと思うけど、
っていう風にやっていた時期もあったから、
なんかわかるよね、なんかそのやっぱり女性性と男性性のバランスを自分でどういうバランスで見せていくのがいいのかなみたいな、
やっぱりそういう自分の外側をそういう風なさ、特に外側ってやっぱりどうしたってわかりやすく伝わってしまうものだから、
そうするとやっぱり本当に、はっきり言って男の人の本当に単純だからさ、わかりやすく反応するから、
どうしたって、そんなのだって自覚してるでしょって思うんだけど、男性って。
大正解です、大正解でございます。
否定してるわけじゃない、良さだとは思ってるけどね、
そうするとやっぱりちょっとでも自分のその外側を変えるだけでやっぱり反応が違ったりもするし、
でもなんかそのそれに対して抗ってた時期もあるけど、でも逆に年齢を重ねる中で、
いやでも女性として生まれてきたんだからそういう部分も楽しんでもいいじゃんって思ったりすることも出てきたし、
そういう風に言ってる友達の話も聞いたりとか、それによって逆に自分の中で何か言えるものがあったりみたいなっていう人もいたりもするから、
本当に自分の中のバランスを、なんだとは思うけどね、本当に個人差があるとは思うけど。
難しい問題ですよね。
でもなんかその石橋ちゃんの場合はわかんない、
やっぱり特にどう見られるかどう扱われるかみたいなところがさ、過去の経験もあってギュッと力が入っちゃう部分があるかもしれないけど、
その傷ついた気持ちをすぐに癒せるわけではないとは思うが、ただまあなんて言うんだろうね、
ではないと思うが、ある意味でもその人たちにされたことによって自分の活動が制限されるのってすごくナンセンスだと思うし、
あと石橋ちゃんが感じてるほど相手はさ深刻に捉えてないじゃんってなるとなおさらムカつくし、
だからそういう過去はあった、しかし本当に自分が出したいバランスはどんな感じなのかなみたいなところに集中していけるといいよね。
そうですね、結構そういうことがいろいろあって泣いちゃいそう。結構嫌なこといっぱいあって今まで。
そうですね、そういうのがあったから結構自分がどう思うかよりどう思われるかが絶対先に入ってきて、
その防御みたいなのが結構意識的に入ってきたけど、
ハンカチが出てきて、私泣く間に絶対ハンカチが出てくる。
隣なの。
結構ショックなことがいろいろあったから、そういう自分を守るみたいなのが最初にあったけど、
思われるじゃなくて自分がどうありたいかみたいなのを第一に考えるみたいなのがベース。
考えることすらやめてたというか、戦うことしかしてなかったみたいな感じだったから。
なんかさ、私も20代前半の時に、
言える話の中のピックアップで、
20代前半の時に結構怖い思いをして、男性とのことでね。
それが今になって急に記憶が出てきたの。
で、私なんか怒りがあるみたいな。
男性に対してね。
で、なんだろうこの怒りって思った時に、
ああ、もしかしてあの体験だったかもなみたいな。
でもやっぱりさ、なんで今さらって、20年ぐらい経ってるわけじゃない。
なんで今さらって思うんだけど、
多分その時に怖かったからとっさに蓋をしたんだと思う。
なんだけど、多分今何か色々自分がその蓋をしてさらに色々、
その上にも色々重ねていったものがほぐれてきた時に、
それが出てきて、今でもパッと思い出すとなんか嫌な感じはするけど、
でも、じゃあその、自分が嫌な思いをした、とある当事者である男性で、
でもその人みたいな男性が他全員そうかっていうと、
今冷静に考えてみるとそうじゃないし、
全然安心して話せたり、向き合える男性いっぱいいるよなみたいな。
ってなった時に、なんかあの出来事を機に何か男性に対しての怒りみたいに大きくなってたかもしれないけれども、
でも本当にちゃんとちゃんと出来事を見ていくと、
あれでもたまたまあの人がそうだっただけかもしれないっていうね。
っていう風にちょっと見られるようになってきた部分もあって、
だからなんかまださ、そのやっぱり時間が解決する部分もあるから、
簡単に扱っていい話でもないと思うんだけれども、
でも本当に扱い方だけどね。
でも本当にいろんな人がもちろん絡んでくるのが人生ではあるけれども、
でもそれがありながらも、私はどう生きていきたいかなっていうところに、
常に立ち続けるっていうね。
いやー、そうですね。
センターピンを立てるみたいなのをすぐ忘れちゃいがちだから。
トラウマ級に嫌な出来事、たくさんあったんだろうな。
それは嫌だ。逆に言うと男性がそうってなっちゃいますよね。
そういう捉え方されてもおかしくないぐらい。
もうちょっと具体にしたいなって今思っちゃったから、
もうちょっと具体的に言うと、私の場合だと、
わりと知り合いぐらいの人に、すっごいキレられた、詰められたの。
命の危機を感じるぐらい、ちょっと記憶も曖昧なんだけどさ、
めちゃくちゃ怖かった、それが。
だから、相手としてはどこまで自覚していたかわからないけど、
本当に自分の男性的な怖さを完全に使って、
私が意見しようとしたら、それを抑えようとしてきたんだよね。
今思えば、そういう経験があると、なおさら自分が対等に立とうとするじゃない。
だから、すごく女性っぽいものじゃなくて、
もうちょっと中性的な格好をしてとかっていう風に、
多分その後なっていったんだろうなとかって、今は振り返ると思うんだけど、
だから本当に男性も、前に大輝君と話した、
男性の中の女性性の扱い方みたいな話に戻ると、
男性も、やっぱり自分の中で絶対女性性があるんだけど、
それを無視して、男性でいなければいなければって思うと、
そういう風に爆発するっていうかさ、
それは振る舞いも性欲に関してもそうだと思うの。
だから、お互いにね、男性も女性も。
男子ビビるさ。
女性性も自分の中の。
そうそうって思うよね。
そうですね。結構1時間超えちゃってるけど、
これそもそもやっぱ、今の社会の構造が論理、合理を重視するところにも
端を走ってるんじゃないかなって気持ちもちょっとあったり。
っていう中で自分は、どうしても自動的に、
そこもある種女性性なのかもしれないけど、
この構造の中でどうやるかとか、
受けたことを受けてどうするかみたいな思考の仕方をしてたんですけど、