大学の時代でインターネットとか携帯電話を使って友達同士でコミュニケーションするようになった。
メールをするようになったとかね。そういう変化の中にが学生時代だったんですよね。
大学の時代で結構遊べたというか、いろいろネットの世界に触れて利用してっていうことをできたんですけど、
私が高校3で携帯を持った時期、インターネットでネットサーフィンするようになった時期っていうのと、
もう社会に出てた人、つまり私より5歳上の人ぐらいの人は、
もうその変化をそんなに自由にはできなかったんじゃないかなと思うんです。
まあわかんないんですけど。
だから会社に入ると、今よく思いますけど、会社の古い、古いって言い方ないんですけど、今あるシステムってそう簡単に変えられないじゃないですか。
そう簡単に変えられなくて、変えるにも規模にもよりますけど、規模がでかければでかいほど、
大企業であればあるほど大きな変更はすぐにはできなくて、
小中小であればあるほど変更するようなシステムを変えるようなお金もなくて。
やっぱり変わるにはかなり大変だったし、変わりきれなかったというところで、
しかも不景気だからなんとかしなきゃっていうほうが大事で、
ネット社会の変化に社会がついていけなかったっていうのが、
今の停滞してるもののひとつかなと思ったりしてます。
インターネットがあったことで変わったのは、多分人の意識というかメディアの変化のことっていうのがあって、
今まではそれまではテレビだったんですよね。全部情報がテレビと新聞とラジオというところで、
職業として情報を出す人たちが、ちゃんと裏付けを取って信頼性のある情報を出してくれるんだけども、
みんな大体同じようなことを言う。同じ情報が来る。
で、たぶん知らないけども、なんか統制なりなんなりあるでしょう、きっと。
こういうのは出してはいけないみたいなのがあったり、きっとあるんじゃないかなみたいな話があって。
で、全体に話す報道だから、社会全体的な視点でニュースになりますよね。
見てるほうは、それが全て見えたものが全部真実だから、
そういうもんだなと思って、そういう方向に向かおうとか、こういう問題があるんだなって思って、
みんなが同じような問題を持って、みんなが同じような目標を持って動いてたっていう時だったと思うんですけど、
インターネットっていうのができちゃったら、情報が個人に行っちゃったんですよね。良くも悪くも。
で、信頼性はわからないかもしれないけども、でも生の声みたいなのがいっぱい見えるようになってきて。
そんなのも多分昔からずっとあったんですけども、昔からあったんだけど見えなかったのが、
で、見えないで住んでて、見えないからこそ馬が浮いてたみたいなのが、見えるようになっちゃったから、
そういうこともあるじゃん。そういうのでもいいんじゃん。とかね、人の考えが、それこそ多様化っていうんですかね、したんですよね。
自分は普通だと、私この前も講演のところで、普通っていう言葉に苦しめられたって話したんですけど、
普通だと思ってたとかね、普通から外れてるとかって思ってたっていうのが、
割とそうじゃなかったとか、いろんな人が言うとかっていうのがわかって、人がいろいろと求めるものが変わってきた。
ある意味統制が取れなくなってきたともいえるし、自由な発想が増えてきたともいえる中で、
それに対応するためのやり方っていうのを構築するのが遅れてるんじゃないかなと思ってます。
いまだにみんな同じようにっていうことが行われがちなところがあるのかなと思ったりしてました。
で、なんかそれが問題だと思ってたんですよ。
で、結局男性が小刀女性が子育てみたいな状態も、よくないなと思ってたんですけど、
教育もきっと、昔ながらの集団教育で、軍隊のように成功しなさいってやるんかなと。
やってるんだって思ってたんですよね。
で、こういうのまずいやって思ってワーワー言い出し始めたんですけど、
ただですね、やっぱりそれを勝手に、今このライブでは勝手に言っちゃってるんですけど、
あんまり言わないようにしてるのは、自分の知らないところで何が、
自分はそうは言ってるけど、知らないことのほうが多いから間違ってるかもしれないとかね、
っていうことがあるだろうということを思ってるので、
あまり強く自分だけの視点の主張をしないほうがいいのかなとかですね、
ということをちょっと考えたりして、いろいろ発信の中では言葉選びとかどうしようかなって迷ってるとこあります。
自分なりの意見として言ってもいいと思うんだけど、思ってるし。
例えば教育の話でも、私はもう教育なんか全然変わってないと思ったんですよ。
だけど、学校の先生とかにいろいろ話を聞くことがあったときに、
結構子どもたちの主体性で主体的に意見を出してとかいう授業構成がされてたりとか、
勝手に導くんじゃなくて子どもたちに考えさせるような、
目当てか。授業するときに最初に目当てっていうのを決めるんですって、もう一のコアのところだと。
今日はこういうことをやりますけど、こういう目当てでいきましょうっていう感じでね。
先生が勝手に目当て書きますよね、ナッティさんね。
そうなんですよ。知らなかったんです、私。本当に不勉強だったんですけども。
自分の仕事の関係で、教育関係にIT系の機器をシステム的なものを提供できないかと思って、
ヒアリングに行ったようなときがあったんだけど。
そのときにいろんな先生とか知り合いの先生とかから話を聞いたんですけど、
なんか実はもう目当てをつけて、しかも子どもたちが考えてとかね。
グループで話し合って、それぞれの意見を出し合って、
最後に何があったかって自分なりのまとめを考えるっていうことを、一つの授業の中で構成されたりするんですよね。
ああ、こういうこと学校もやってるんだって思ったんですよ。
本当に申し訳なかったんだけども、先生たちだって、教育だって、つまりその上の国だって、
全員同じに言ってるんじゃなくて、そういうことをやろうとしてるんだなって思ったんですね。
これ保育の世界も一緒で、保育もSNSで出会った人たちと保育のコミュニティとか行ったりしていくと、
保育士さんも保育士陣っていうのがあって、
保育士陣も何年かに一度変わるのが数年前にガラッと変わったらしくて、
やっぱり子供の主体性を育むための保育ってどういうことだろうっていうことを一生懸命考えてるんですよね。
会社なんかでも結局、イノベーションを起こしましょうみたいな感じで、
聞くだけ社員みたいなのはダメだよねっていうような感じで言われて、
自分で考えるみたいなことを言い出してて、結局全世代というか、
社会の上から下まで、子供から大人まで、
やっぱこのままじゃダメだよねって思いながら、やってるんだなってすごくわかってきたんですよ。
で、
なってたのね、コロナ禍で対話が減り、人間関係が希薄化しているのが課題だと感じます。
あーそうですね。
コロナは確かに本当に、
ちょっとこれ、もともと私課題感を持ってたのはコロナ前からだったんですけども、
コロナでちょっといろんなことが変わっちゃいましたね。
別の課題というか、困難さが増えてきたなと思うんですけど。
お、略してスターさんです。スタンドFMラジオ朝日製作所さん。
こんにちは。雰囲気ですね。フォローさせていただきます。ありがとうございます。
初めましてですね。フォロワーさんがすごいですね。
Twitter2,800人、インスタ2,600人。素晴らしい。よろしくお願いします。
はい、それで、そうだな。
なんかこう、そんなことを考えてました。
ごめんなさいね。話が飛んじゃったんですけど。
高田沙耶さん、知らないことって多い。そうなんですよね。知らなかったんです、私。
で、ちょっと、なんだろうな、ものを考えてる気持ちになって、
こうやるべきだ。こうじゃなきゃダメだ、社会は。みたいな感じで、ずっと思ってたわけです。
基本的な考え方は変わってないんですけども、
でもみんな考えてない、わかってないっていうふうに思ってたのが間違いでしたね。
考えてる人やってる。難しいながらもみんなやろうとしてる。
まあ、やれない人もいるけど。
そういうふうにみんなやってるんだなと思って。
で、SNSでいろんなコミュニティ行くと、本当にみんな自分たちで考えてやろうよっていう人たちがすごいいっぱいいて、
何だろうな、なんで一人でモヤモヤしてたんだろうって最近すごく思ってるんですね。
こんなにいるじゃん、考えてる人ってっていうふうに思って、
それを知ったんで、私は今すごく希望に満ちてるんですよ。
何だろうな、例えばですね、今ここにお話しに来てくださってるね、
畑沙耶さんとか前谷さんとかなっきぃさんとか、最近まあまあさんたちのグループでお友達になってますけれども、
みなさんも集まって、いろんな気づきの場とかをやってるじゃないですか、それぞれの形でね。
そうやってみんなやろうっていうふうになって、互いの考えを聞いてっていうのをやってる。
で、そういう気持ちがみんなきっとあったってことで。
本当にコロナ禍でなっきぃさん、人間関係が軽薄化してるって言うんですけども、
私はかなりこれチャンスだと思っていて、日本の変われるんじゃないかっていう。
オンラインの力使うっていうのが、それこそ日本のITの利益らしいっていうか、
そういうのって低いっていうか遅れてるっていうかな、うまくできてないところがいっぱいあると思うんですけど。
でもSNSも、私も2年前まで全然やってなくて、危ないとぐらいしか思ってなかったんですよ。
危ないし、何が、何が、つぶやいて何があるんだろうみたいな感じの感じだったんですけど、違うんだなーって思いましたね。
あれも自分の中で特に問題がある。それを微妙に配慮しながら、むしろ配慮しながらぐらいの気持ちで言ってた感じだと思うんですね、本人としては。
あれを聞いて、多くの人は怒っちゃいましたけども。
私なんかで見たんですけど、あれを聞いた年配の女性。
女性が何がおかしいのかっていうコメントをしてたんですよね。
女性が一歩引いて、男性を立てて、当たり前じゃないの?っていう。
それで何か悪いことあるの?っていうふうに言うでしょ。
だから女性が怒ってるわけじゃないんですよ。
世代が大きいけど、世代間でそういう常識というか文化というか考え方でうまくいってたから悪くない。
で、実際そのときは悪くない。
そうなんです。実際そのときは悪くない。
でも今そのままじゃまずいっていうところをうまく伝えるっていうことを、
努力をしないといけないよなっていうふうにすごく思ってます。
なので、子育てっていうのは、ただ男性も子育てしましょうとかね、
ということじゃなくて、経済を回すことっていうのと、
子供を育てる、人材を育てるって、社会の人間を一緒に育てるってことって、
社会とか国にとって必要なことじゃないですか、大事なことじゃないですかっていう。
自分が生きてくるために、もう人間ってだけで自分一人で生きることを放棄してる生物なんでね、人間って。
自分一人で絶対生きらんないから。家建てらんないし、服作れないし、飯作れないし。
それを人に任せて、人にもやってもらって、自分でもやれることを提供して、
互いにやっていって、社会的な生物として生きていこうよっていうのが人間なんで。
そこを忘れてるのかな、わかんないけど、その感覚を取り戻してほしいんですよね。
だから子育ては、子供は、自分は子育てしなくてもいいけど、
子供に対して、また子供を育ててくれてる人に対して、感謝というか、
尊ぶ、敬意を払うっていう気持ちは忘れちゃいけないと思うんですね。
それを子育てだけじゃなくて、誰かがやってくれるから、今この社会があるんだよねっていうふうに思えるようにしたい。
だから冒頭で言った、子供が泣いてるのうるせえよとか、ベビーカー蹴飛ばすとかね、
それができると、例えば会社なんかでそれが成り立つようにすると、
男性も人がいなくなっても回りますよっていうことができるようになると、
男女の区別ってのが一番ハードルが高そうな気がしてて、
それができるんだったらもう何でもできるんじゃないって思うんですよ。
海外留学したいからちょっと1年休みますとかね。
自己検査のためにちょっと勉強したいんで1ヶ月勉強、修行に出ますとか。
それでもまた働けるとか、パラレルワークするとかっていう感じで、
この人材が少ないという中で一人一人が活躍する場を変に固定して、
一本道でキャリアっていう感覚で目指すっていうんじゃなくて、
結構いろんなフィールド、いろんな経験がいろんなところに生きていくっていう形で、
みんながそれぞれの一つのすごいことを目指すっていうんじゃなくて、
その人なりのいろんな場所での感覚とかがあるから、
それを活かせてチームで伸びていけるっていうのがあっちでもこっちでもそっちでもある。
で、自分もあっちに行ったりこっちに行ったりしながら、そこで活躍してまた次のところに行くとか。
なんかそんな感じで、みんながいろんな場所で融合していく形になっていくっていう競争社会って言ってるんですけど、
協力の協、協力の形で作り上げる、想像するの社会に持っていくために、
一つの視点として全員で子育てする社会を目指しましょうがあると、
そこでそっちにたどり着けるんじゃないかなという思想でこの言葉を使ってます。
競争社会、そう思うもいいですね。競争社会もいいですね。
私は想像作る、作る、作るほうですね。
創世、なんて言ったの?
あ、そうそうそうそう、競争作る社会の、今ね、なっちんさんが、
競争で想が思う、思う想を書いてくれたんですけど、なんかそれもいいねって今そこで思いましたね。
いいですね、想像。共にですね、思い合ってですね、そして一緒に作っていく。
っていうような形がいいなっていうふうなのを、私は思ってるというお話ですね。
お話というか、そんなことを持って、こういうタイトルというかね、ラジオ名にしてやっているところがあります。
すみません、コメント今全然覚えてなかったですね。
昭和を否定してしまう時期がありました。
さやさん、子連れに厳しいお年寄りに許容しろというだけでなく、
私たちもお年寄りに偏見はないかな。
あ、そうそうなんですよね。
そうなんですよ。
邪魔だって思う気持ちって、どういう気持ちなのかなと。
ストレスを感じるわけじゃないですか。
なんかすごい我慢してきたんじゃないかなとかね、思うわけですよ、きっと。
自分たちに選択肢なかったと思うんですよね、彼らって言う方もあるんですけど。
子供を見るとか育てるとか、そんなのはいらないから、
そういうのを犠牲にして全部働くってことに価値を置いたから、
俺たちがやってくれたんだっていうのがあると思ってて。
まあまあね、いろんな気持ちがあるんじゃないかなと思いますね。
なっちさん、私自身も言語化できず逆切れした2年前。
そうですよね。逆切れなんですけど、仕方ないんですよ。
分かんないから。もう切れますよ、それは。
切れた上で、切れた気持ちと相手が分からない気持ちってなんだろうみたいなところまで考えられると、
もうちょっとより添い合えるというか、
そうしていくのを少しでも少しでもやっていかないと、分断されていっちゃうだけですよね。
世代が広くて、価値観も広くてみたいになってたら、
みんな一人ひとりが個人主義でバラバラになっちゃうので、
そうじゃなくて、個人主義は自分を大切にすればいいんだけど、
それを持って、みんなででもできる形に目指そうよっていうような、
そういう共感力というか、ただバラバラでっていうじゃない形。
バラバラを生かして協力し合うっていう、そういう発想でいきたいなって私は思ってるんですよね。
昔のお母様の運動のおかげで、スーパーの子供用カードができたと聞き、
スクライブタイミングに感謝して…あ、そうなんですか。そうなんだ。
あ、あそこ乗っけるところ?
あー、そういうことですよね、昔のお母さん。
だからね、一つ一つやっててですよ。
30年後に、また一つ良くなってれば、今たって30代とかね、30,40代じゃないですか、我々がね。
子供生まれてるでしょ。それが同じ年になるわけですよね。
そのとき、良くなったらもっといいですよね。
子供は家のものではなく、社会のものですね。
そうなんですよ。自分の大切な子供。一番自分の子供を大切にすればいいと思うんですけど。
まあそう、ものって言うのと少し違うけど。でもそうなんですよね。
自分の子供でもあるし、社会の子供でもあるし。
なんかこう、子供生まないからって独身だから、子育てしてこなかったから、子供は育ったからって中で、
で、今のちっちゃい子供っていうのを苗枯れし色にしちゃいかんよ、というのはもうちょっと私の中ではありますね。
なっちさん、わーままという言葉が死後になる社会に。
なんでまだ死後になってないんだろうってのはちょっとありますね。
わーままね、わーままさん、なんだろうな。
ここもね、私の中では違和感でしかないんですよ。
わーままって何?
なんだろうな。それが使えて意味が通っちゃうことに違和感というかを説明したい。
なんかおかしくないですかっていうのを、逆の気持ちをなんとかしていたいんですよね。
今は私はそういう立場でいるから、ここにいるわーままさんたちともお話ができるっていうところはあると思うんですけど。
否定的なというか、考え方が違う場合は、人とはまだまだつながりがなくて。
そういう人ともつながるというかですね、言葉、意見、考えを聞いてみたいですよね。
聞いてみなきゃわからないので、何に引っかかってるのかっていうのは本人もなかなかわからないところがあると思うんでね。
そういうのって話しなきゃわからないかなと思うんですよね、競争社会。
あしゅがさん、こんにちは。すいません、今気が付きました。
ハートニコニコありがとうございます。
いくめんももうしんこだよね。たかささやさん。いくめんはポンって出てすぐ死にましたね。
でも自分のことはわーままで表現しやすい。さやさんのね、わーままさやですってすごく好きですね。いいと思います。
なんかこう、なんだろうな。わーままだから、わーままって言葉自体に別に違和感あるけど、
私はわーままじゃないよみたいな感じで、わざわざしなくてもいいと思ってて。
まあでも、今はまだまだカットキーだと思ってて、働いてる女性が頑張るっていう。
頑張って、自己実現もしてっていうようなマインドもちゃんと持っていいんだよっていう。
持っちゃダメなんだよ的なことがまだまだあると思ってて、無意識の中に。
いいんだよってとこから入っていくってのがとても大事で、
だからママさん同士で話をするってすごく大事だと思うんです。
あとね、昨日実際イベントをやりまして、働いてるパパさんとママさんとかですね、育休をとってるパパママとか。
ちょっと4人、パパママが混ざった場でいろいろ話をしようっていうのをやってですね。
男女の違いってのもありまして、いろいろ気づきがある回だったんですけど。
私はやっぱり、今言ったように女性同士で高め合ってっていうのも大事だし、
今自分のいるコミュニティパパさんの育休パパさん、片目が狭い、話せる人がいないっていう中で、
そういう人たちで集まって話をするっていう、育休パパのっていうのも大事だと思ってて、思うんですけども。
やっぱりこれからもう一歩先を見据えたときは、その融合ですよね。
わがままっていうかな、やっぱりわがままさんたちの気持ちを、
私が皆さんのところにこうやってわざわざ首突っ込んでいるのは、やっぱり皆さんの気持ちが知りたいからで。
言葉を知って、そういう気持ちでやっぱり、やっぱりじゃないんだ、やっぱりじゃないです。
やっぱりって私は思ってるけど、そうじゃなくて、勝手な思い込みでわがままも語りたくなくて、
わかるわけがないんだから。だからやっぱり皆さんの言葉を聞いた上で、
こういう言葉があるんですよっていうのを周りに知らせたい。
パパのコミュニティにいてこういうことありましたよっていう、こういうこと言ってることがあるんですよね。
逆の気持ちも知らせたいし、
ああいうふうに2つが合わさった場とかを作ったりとかできれば、
もっと気づき合えるような場所になれないかなと思ったりとかして。
やっぱりそういう気持ちで、2人ふりはわがままさんと繋がりが多いんですけど、
続いて主婦の方たちと繋がったりとか、パパさんたちと繋がったりとか、
保育士さんと繋がったりとかっていうのをいろいろしてて、
いろんな自分のわからないところがわかってきたので、
見えてるとこだけでもシェアっていうんですかね。
ちょっとずつ知ってもらって、それぞれのコミュニティが今度は、
コミュニティ同士が知り合って協力し合ってってなったら、
もっともっと社会がグッと動くと思うんですよ。
そういう、これからともそういうふうになってくるだろうなと思ってて。
今は一つ一ついろんなところでコミュニティを立ち上げてる人たちがいてくれて、
そこで盛り上がってたりとか、
みんなの力を合わせてっていう気持ちが醸成されてると思ってて。
それがきっと今度は絡み合って、もっと大きな形でできるよねっていうか、
社会の雰囲気をつくっていくとかっていうのも含めてね、
そういうふうになっていくと思うので、
今すごくそういうコミュニティがいっぱいあるんだなっていう、
知れてることがすごく希望があって、私は、
日本はまだまだ捨てたもんじゃないなと思ってますね。
イクメンは志望なんですよね。なんでだろうね。
イクメンは正直、イクメン側からしても違和感があったんですよね、相当ね。
ちわほやされてるの、みんなイクメンと言われて戸惑う顔の人っていうのもしっかりイクメンですよね。
そう。イクメンと言われてやってるわけじゃないんだよなーっていうところですね。
わままってサラリーマンと同じ感じ。サラリーマン。サラリーマン。
どういう意味だろう。サラリーマンだからか。ってことかな。
そうですね。サラリー…なんでマン…男なのかと。
自分を表現する言葉として。あーそういうことですか。
そうですね。働いてますって言ってるだけですよね。働いてますって言ってるだけ。
私も働いてます…だけなんだけど。ワーパパ。ワーパパっていうか。
でも最近ワーパパって言う人もいますよね。わざわざ。
そんな感じでですね。
つらつらとお話をしてるのにまとまらない気持ちはいっぱいあるんですけれども。
働いてるはがです。わままです。そうですよね。
それだけですね。自然ですね。それでいいと思いますよね。
特別そこに意識をする必要はないですよね。外からも中からも。
そういう気持ちを持って、いろんなところで知ったこととかいろんな考えっていうのを、
少しずつみんなで共有していきたいっていう気持ちがありまして。
そういう発信ができたらな。発信で言うのかな。
そういう表現をアウトプットができたらなと思ってスタイルフォームを始めたんですけども。
なんかこう…
あ、そうそう。それで、人に何かを伝えたいっていう気持ちがあって。
正直ね、鞘さんの配信が好きだったんで、あの形をすごく真似させてもらおうと思ってたとこがあって。
子育てのエピソードをちょっと挟んで、何かのテーマを話してっていうのを。
やっぱりやってたんですよ。他の配信者さんも似たようなことをやってたりする人がいるんで。
だけど、なんかこう、ちょっと自分は、あの形はあの形ですごくいいんだけど、
たぶん鞘さんとか他のいろんな人がやってるから、よりいいんだろうなと思ってて。
ちょっとなんか、まあ違う形で、違う形っていうのは、ただ喋れるような感じにしようかなって思ってます。
ちょっとそれが、いつ届けるか今日届けるかよくわからないですが。
ちょっと気軽に本音を出して、猫かぶらずにっていう配信もしましたけども。
言いたいことは言うし、気遣うことは気遣ってっていう気持ちで話していけたらなと思ってます。